6人の盟主候補~九形・皆無

    作者:邦見健吾

    「……」
     山中で待ち受けるのは、白く乱雑に伸びた髪をなびかせ、裏腹に黒い肌を大胆に晒した羅刹。黙して腕を組み、来たるべき時を待つ。
    「来やがったか……!」
     しかし灼滅者の気配を感じた途端、目を見開いて野獣のように猛々しい笑みを浮かべた。瞬間、元より筋肉質だった肉体が膨張を始め、赤黒く染まった肌に瘴気を迸らせて巨躯の鬼へと姿を変えていく。
    「待ってたぜ? さぁ、力の限り殺り合おうかっ!」
     その姿はまさに伝説に伝え聞く悪鬼そのもの。破壊の化身が今、灼滅者に暴威を振るう。

    「まずは富士の迷宮での戦い、お疲れ様でした。セイメイの作った生殖型ゾンビについては現在対応に向かっている方が解決するでしょう。ですがこちらは別の案件です」
     教室に集まった灼滅者を前に、淡々と説明を始める冬間・蕗子(高校生エイクスブレイン・dn0104)。
     セイメイと合流しようとしていたダークネスは生殖型ゾンビと同時に迷宮を抜け出したようだが、刺青羅刹の1人であるうずめ様はエクスブレインと別の予知能力を持ち、その足取りを追うのは困難だった。しかし今回、何とか田子の浦で闇堕ちした灼滅者の動きを掴むことができたという。
    「闇堕ちした6人の内5人は南アルプスの山中に、残る1人が鈴鹿山脈で灼滅者を待ち受けているようです。その中で私が正確に居場所を把握できたのが、九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)さんです」
     闇堕ちした皆無は無明と名乗り、うずめ様の軍門に下った。闇堕ちした6人のうち1人でも救出することができれば、富士迷宮から脱出したダークネスの行方を追うことができるだろう。
    「配下はおらず、単独で待ち受けていることは断定できますが、どのように戦うかは予測できません。厳しい戦いになると思いますので、覚悟してください」
     闇堕ちした灼滅者達の目的は、富士の迷宮から逃げたダークネス達を安全に逃がすことと、自らが彼らを率いる『盟主』となることのようだ。灼滅者を単身で迎え撃つこともそのための試練なのだろう。
    「正直なところ、九形さんを救出できる可能性がどれだけあるかは私にも分かりません。ですが敵の戦力が増えるのを見過ごすこともできません。どのような結末になっても、ここで必ず羅刹を倒すようお願いします」


    参加者
    室崎・のぞみ(世間知らずな神薙使い・d03790)
    儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)
    水無月・詩乃(砕蹴兵器彼女・d25132)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    片桐・慎也(グリーンホーン・d25235)
    大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)
    ルーシー・ヴァレンタイン(ホームシック・d26432)
    フィオル・ファミオール(蒼空に響く双曲を奏でる・d27116)

    ■リプレイ

    ●鬼は頂きを目指す
    「来たな……!」
     南アルプスの山中、その羅刹は灼滅者の気配を察すると、野性的に唇を歪めてニヤリと笑った。全身を異形化させ、伝説に聞く巨躯の鬼の姿になって灼滅者を見下ろす。
    「折角の機会だからな、場所を整えといてやったぜ」
    (「……読まれたか」)
     羅刹となった皆無、いや無明の笑みを見て、儀冶府・蘭(正統なるマレフェキア・d25120)は作戦が読まれているのを悟った。林に身を隠して敵を翻弄するつもりだったが、おそらく無明の仕業だろう、周囲の木々は力ずくで薙ぎ倒されて視界を遮る物はなくなっていた。
    (「でも、九形くんをちゃんと連れ戻すのが私の仕事。MM出張所の常識人枠……隅でお茶を啜る枠にきちんと帰ってきてもらわなきゃ」)
     しかしそれでも、蘭のすべきことに変わりはない。クラブでの皆無の様子を脳裏に浮かべ、確かな決意を持って敵を見つめる。
    「やっほー、皆無くん。大変な感じになっちゃったね、お陰で山中ピクニックだよ」
     普段と変わらないような調子で、まるでいつもの挨拶のように話しかけたのはフィオル・ファミオール(蒼空に響く双曲を奏でる・d27116)。
    「ま、仲間の為に自分を……なんて皆無くんらしいけど。言っとくけど、私は心配なんてしてないよ? 皆を守る為に前にいてくれる、キミの強さと頼もしさを知っているから」
     しかしその瞳には強い意志と、固い信頼が宿っていた。今は悪鬼に成り果てていても、必ず帰ってくると信じている。
    「こんにちは、九形さん。いえ今は無明でしたか?」
     水無月・詩乃(砕蹴兵器彼女・d25132)は穏やかな微笑を浮かべ、小さく会釈。
    「これより貴方を無力化し学園へ連れ帰ります。逃亡は不許可ですが、抵抗はご自由に。わたくしも含め貴方の帰りを待つ方が大勢いますので……お覚悟を」
     淑やかな口調にも拘わらず、その内容は明確な宣戦布告。その宣言は無明の中にいるであろう、皆無に向けてのものでもある。
    「挨拶は済んだか? それじゃ……さぁ、思う存分殺り合うとしようか!」
     強者の余裕とでも言いたいのか、無明は灼滅者の言葉を聞き終わってから拳を振りかぶった。岩塊のごとき巨拳が空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)に迫る。
    「そんな攻撃、通さないよ!」
     しかし大夏・彩(皆の笑顔を護れるならば・d25988)が飛び出し、小さな体で鬼の拳を受け止めた。
    「盟主になんか、絶対にさせない……ここで、終わらせる!」
     強烈な一撃で吹き飛ばされながらもすぐに立ち上がり、白く光る盾を拳に展開。彩の声に応え、霊犬のシロも勇敢に吠えた。

    ●鬼の試練
    「おらよっ!」
     無明の胸の霊子ガラスから青白い炎が現れたかと思うと、次の瞬間、赤い炎が広がって前衛の灼滅者を呑み込んだ。燃え盛る炎が波打ち、サーヴァントごと焼き焦がす。
    (「少なくとも、ここに私がいるという理由があるはず……ここに来たかった人の分まで頑張らなければ……」)
     室崎・のぞみ(世間知らずな神薙使い・d03790)は優しい風を吹かせ、仲間の負った火傷を癒す。闇堕ちしてしまった皆無とは面識はなかったが、今ここにいるのもきっと何かの宿命だと思っている。
    「いつまでそこでそうしているのさ、皆無くん。そのままいけば病院を弄んだ連中と同じように、君の嫌っていた奴らみたいになるのはわかっているだろう?」
     フードを脱いだ陽太は、その顔に表情を映さず淡々と皆無に告げる。無明が逃亡しないよう包囲を形成しながら鋼鉄の糸を伸ばし、鈍く光る糸が刃となって羅刹の足を斬った。
    「こいつに好き勝手されてそれでいいの? 盟主になった無明がどんな悲劇を起こすか分からない、多くの人が傷つくかもしれない、黙って見ていられるあなたじゃないでしょ!」
     声を張り上げ、皆無に向かって懸命に訴えるルーシー・ヴァレンタイン(ホームシック・d26432)。草の上に転がる丸太を蹴って跳び上がり、星のように降り落ちて跳び蹴りを繰り出す。星の瞬きが羅刹を打ち、ウイングキャットのとよたも肉球でパンチを見舞った。
    「ハッ、勝つのはこの俺だ!」
     灼滅者の必死の訴えにも拘わらず、無明の暴威は収まることを知らない。無明の体から膨大なサイキックエナジーが立ち上り、黒い瘴気が漂う。さらに瘴気が漆黒の鎖となって伸び、のぞみ達後衛の灼滅者に絡みついた。
    「皆無くんはもちろん知ってるよね……私がそれをさせないってこと!」
     フィオルは鎖に縛られながらも浄化の風を吹かせ、鎖の呪縛を吹き飛ばす。霊犬のシーザーも癒しの眼差しを送って漆黒の鎖を打ち払った。
    「聞こえますか、九形先輩! みんなが先輩を待ってます! 俺だって同じです! 俺達はお茶飲み同盟でしょう? また一緒にお茶を飲みましょうよ!」
     片桐・慎也(グリーンホーン・d25235)の腕からデモノイド寄生体が噴出し、縛霊手を取り込んで巨大な腕と成す。決して気持ちで負けまいと羅刹にも劣らぬ巨腕を叩き付け、同時に霊力の網を放った。
    「あなたなんかには……負けないっ!」
     蘭の体に巻き付いていたダイダロスベルトがほどけ、矢となって突き刺さる。詩乃もエアシューズを駆って岩や木々の破片を華麗に躱し、ローラーに炎を纏わせて蹴り上げた。

    ●立ちはだかる鬼
    「九形先輩! MM出張所のみんなが待ってるんだよ! また演劇や旅行もみんなで一緒やりたいのに、先輩だけいないなんて嫌だよ!」
     揺らめく炎が灼滅者を包み込み、広がる光景はまるで地獄絵図。だが彩は炎に身を焼かれながらも挫けない。
    「先輩はこいつなんかに負けるような人じゃない! 今ならまだ、帰れるはずだよ!」
     まさしく全身全霊、己の全てを懸けてぶつかっていく彩。エアシューズで加速して跳躍し、流星のごとく真っ直ぐ落下して蹴りを見舞った。シロも続けて迫り、魔を絶つ刃を振るう。
    「さっきから好き勝手言ってくれるじゃねえか」
     無明は炎や鎖で前衛の灼滅者を攻撃していたが、痺れを切らして殴りかかる。広範囲の攻撃を選択し続けたが、対象の数が多すぎて威力が減衰してしまっていたのだ。
    「こいつでくたばれ!」
     だが一点に集約された破壊力は強烈と表現する他ない。拳がシロを打つ瞬間、フォースブレイクの要領で膨大なサイキックエナジーが注ぎ込まれ、内側から破裂して消滅した。
    「生きている限り絶対に諦めないで。力が足りないなら、いくらでも私たちが引っ張り上げるから!」
     無明は膨大なサイキックエナジーを武器に襲い掛かるが、皆無を救うために戦う灼滅者がその程度で怯みはしない。ルーシーは火傷を負った体を奮い立たせ、渾身の力で光の盾を叩き付ける。続けて詩乃が拳にオーラを纏わせて肉薄し、凄まじい連撃が鬼の巨体を打った。
    「無明、『1人』のキミは怖くない。だって私たちは『9人』だからね!」
     皆無は今も闇の中で戦っていると信じている。フィオルは白い帯を伸ばし、包帯のように包み込んで傷を癒す。のぞみも自身の周りを飛ぶ光輪を分裂させて飛ばし、光で照らして仲間を回復させた。
    「私の知ってる九形くんは、うずめ様とやらの配下で働くことに満足するような男の子じゃないな。帰ってきて一緒に平和に過ごそうよ? うずめ様とか従えてお山の大将するよりずっとずっと楽しいよ」
     蘭が天空に杖をかざすと、無明の頭上から雷鳴が轟いて稲妻が閃いた。小さな雷が黒き鬼を貫く。
    「クラブのみんなから寄せ書きを預かってきました。……それに九形先輩がいなくなったらフェケテはどうなるんですか!? 先輩は、まだここで終わっちゃいけないんですよ!」
    「ッ……!」
     フェケテとは皆無を父のように慕う女の子の名前。慎也は喉が張り裂けるほど悲痛な叫びを上げ、星のように降り落ちる。無明は腕を薙ぎ払って慎也を打ち落とそうとするが、体が思うように動かず、流星の煌めきが直撃した。
    「効いてるみたいだね」
     敵の様子を冷静に分析していた陽太が、無明の動きが鈍っているのに気付いた。今までの灼滅者の言葉が皆無に届き、無明の力を弱めているようだった。陽太は一瞬の隙を突いて魔弾で射抜き、行動に制約を与える。
    「喝っ!」
     追い込まれつつあることを悟った無明は、気合の一声とともに自身の中のサイキックエイナジーを活性化させた。その瞬間余波で地面がひび割れ、禍々しい体躯に刻まれた傷が塞がり、自身を束縛する呪縛を吹き飛ばした。
    「言ったはずだぜ。思う存分殺り合おうってなぁ!」
     無明に与えたダメージは蓄積しているはずだが、前に立つ灼滅者の消耗も小さくない。大切な仲間を取り戻せるか、今ここが正念場だ。

    ●夜叉は消えて
    「おおおおっ!」
    「させない!」
     サーヴァントを蹴散らした無明は、雄叫びとともに蘭目掛けて蹴りを繰り出した。だが彩が咄嗟に動いて蘭を庇う。
    「あとは、任せたよ……」
    「ありがとう……後は任せて」
     巨躯から放たれた強力な蹴りを浴び、とうとう力尽きる彩。しかし蘭はその想いを受け取って頷き、強く杖を握り締める。一直線に駆けて羅刹を打ち、同時にありったけの魔力を注ぎ込んだ。
    「足掻いて、藻掻いて、闇を振り払うんだ。武蔵坂に帰るために、君におかえりって言うために待ってる皆のために」
     陽太はエアシューズを自在に滑らせ、無明を翻弄しながら接近。距離を縮めながら球状のローラーに炎を灯し、回し蹴りを叩き付けた。
    「私もお役に立たないといけませんね」
     回復を担っていたのぞみも攻撃に転じ、断罪輪を構える。自身ごと断罪輪を回転させて斬撃の渦と化し、羅刹の肉体を切り刻む。
    「貫かせていただきます」
     戦いの最中でも詩乃のたおやかな態度は変わらない。紫紺の和傘を真っ直ぐ突き立て、鋭く力強い一撃で悪鬼を打ち抜く。
    「俺はっ、誰よりも、強く……!」
    「あなたはどこにも行かせない!」
     無明の拳が詩乃を狙うが、ルーシーが自身の身を盾にして受け止める。瞬間、サイキックエナジーの奔流がルーシーの体内を駆け巡るが、気持ちで持ちこたえた。
    「無明、あなたに恨みなんてないけど……皆無くんの帰りを待ってる人たちがたくさんいるの。例え我儘でも絶対に譲れない――だから、引っ込んでてもらうよ!」
     力を振り絞り、もう一度光の盾を展開する。想いに呼応して輝きを増し、鬼の顔を打った。
    「帰ってきてください! 俺達のところに!!」
     そして慎也が蒼に染まった縛霊手を振りかぶり、一気に前進。目の前に迫るや否や全力を込めて拳を突き出す。衝撃で羅刹の巨体が浮き、勢いのまま吹き飛んで地面に叩き付けられた。
    「やっぱ、まだまだ足りねぇか……畜生」
     無明は地面に倒れて空を仰ぎ、そのまま立ち上がろうとしない。悔しそうに顔を歪めて空に腕を伸ばすと、何かを掴もうとした手は空を切って地に落ちた。そして異形化していた体が輪郭を失い、そこには黒曜の角を生やした青年が残された。今は気を失っているが、彼こそが仲間達の知る九形・皆無だ。
     無明は盟主となるため灼滅者と戦い、敗北を喫したが、結局のところ盟主として数多のダークネスを束ねるには役者不足だったのかもしれない。
     倒れた皆無に次々に駆け寄り、様子を見守る灼滅者達。そしてうっすらと目を開く皆無に、みんなの気持ちを代弁してフィオルが言う。
    「おかえりなさい、皆無くん!」

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月24日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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