失恋! 黒蜜かけるウーマン

    作者:雪神あゆた

     とある一軒家のダイニング。
    「お父さん、ソースとって」「ほいよ」
     長女が言うと、新聞を読んでいた父親がソースをとって渡す。
     長女はソースを目玉焼きにかけようとしていた。
     よくある家族の朝の光景。
     しかし、
    「待ちなさい!」
     いつの間にか、ダイニングルームの入り口に、一人の女が立っていた。女は、全身に黒いタイツのようなものを身に着けていた。
     そして体から、甘い香りが漂っている。
    「どこから入ってきたんだ?!」
     問いかける父親を無視して、女は語りだす。
    「それは、去年の事――私は、当時付き合っていた彼のご両親に、挨拶にいった。
     彼の両親は私を歓迎してくれた。おやつにどうぞと、ところてんを出してくれた。
     ところてんには、黒いものがかかっていた。
     私は黒蜜がかかっているのだと思った。私の住んでいるこの地域では、ところてんには黒蜜が普通だったから。
     だが、彼のご両親の出身地では、違ったのだ。
     私がところてんを口に出した途端、私の口の中を予想外の酸っぱさが襲った」
     そこで、女は顔を歪めた。天井を仰ぎ、絶叫する
    「黒蜜がかかっているものとばかり思っていたのに、酢醤油がかかっていた!
     ご両親の出身地域では、ところてんには酢醤油だったのだ!
     私は驚いた。むせた。せき込んだ。口に入っていたところてんを、テーブルの上にだしてしまった。
     家族の前で口からものを出すという醜態をさらした私を、彼は軽蔑のまなざしで見――そして、私たちは別れた」
     女の目には涙が浮かんでいた。
    「私は悟った。悲劇が起こったのは、世に黒蜜以外のものをかける風習があるからと。ゆえに、私は提案する。食べ物にはすべて黒蜜をかけよ! 目玉焼きにも黒蜜。サラダにも黒蜜。白米にも黒蜜ぅぅぅぅうううう!」
     女は掌をテーブルに向けた。掌から黒い液体――黒蜜が放射された。
     テーブルに乗る食品全てに黒蜜がかかる。目玉焼きも食パンも黒蜜まみれ。呆然とする一家の前で、女は、
    「世界のすべての食品に黒蜜をかける。そしていろいろあって世界征服! そう、私は黒蜜かけるウーマン!」
     涙をぬぐい、颯爽とダイニングルームから姿を消した。
     
     教室で。姫子が灼滅者たちに説明を開始する。
    「一般人がご当地怪人に堕ちてしまい事件を起こすのを、確認しました。
     しかし、彼女――高校一年生のヒナさんは堕ちてしまいましたが、まだ人の心を残しています。完全にご当地怪人になり切っていません。
     放置しておけば、完全に堕ちきってしまうでしょうが。
     その前に彼女と戦って、KOしてください。彼女に灼滅者の素質があるなら彼女を助けられるでしょう。そうでなければ、灼滅してしまうでしょうが」
    「まずは、大阪府のある公園で、何か食べ物を食べてください。そうすれば、ヒナさんがきて、食べ物に黒蜜をかけようとします」
     たとえ、その食べ物に、黒蜜が合いそうであろうがなかろうが、黒蜜をかけようとやってくる。
     そこで戦闘を仕掛けるのだ。
     彼女は戦闘では、粘度の高い黒蜜をあいてにかける影縛り相当の技、黒蜜色のご当地ビーム、相手を黒蜜の水たまりに投げつけるご当地ダイナミックを使ってくる。
    「ユーモラスに見えるヒナさんですが、仮にもダークネス。実力は本物。
     とはいえ、説得でヒナさんの人の心を刺激できれば、ヒナさんは弱体化し、倒すことも容易になるでしょう」
     地域の文化の違いによって醜態をさらし、失恋した少女ヒナ。そんな彼女の人の心をどうやって刺激できるか、考えるのも良いだろう。
    「今のヒナさんは闇堕ちして思考がめちゃくちゃになっています。
     ですが、闇堕ちさえしなければ、失恋のショックがあったにせよ普通の女の子でいられたはず。どうか、彼女を救ってあげてください」


    参加者
    獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)
    神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)
    黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566)
    シグ・ノイキス(家庭的パニッシャー・d07997)
    小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)
    東海林・風蘭(機装庄女キガネ・d16178)

    ■リプレイ


     風に梅の香り。
     公園の隅。木陰に、小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)が隠れている。
     真理はベンチを伺う。
     ベンチに座っているのは、神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)、東海林・風蘭(機装庄女キガネ・d16178)、黒木・摩那(昏黒の悪夢・d04566) 、シグ・ノイキス(家庭的パニッシャー・d07997)、エイティーンで久遠になった獅子堂・永遠(だーくうさぎ員・d01595)。
     彼らは食べ物を手に、談笑している。
     突然、「待て」と声。公園入口に、全身黒づくめの女がいた。
     女は灼滅者たちに近づいてくる。彼女は黒蜜かけるウーマン。ヒナだ。
    「私は黒蜜かけるウーマンだ! 食べる前に、黒蜜をかけさせてもらうぞ!」
     ヒナは片手を上げた。掌から黒蜜が放射される。灼滅者の食べ物へ。
     希紗と摩那のきな粉アイスにも、とろぉりと黒蜜がかかった。
     希紗はアイスに匙を突き立て、ぱくっ。そしてはしゃぐ
    「きな粉の香ばしさと黒蜜のコクの相乗効果で、アイスがパワーアップしたんだよ! 凄く美味しい! 凄く美味しい!」
     摩那もアイスを一口し、
    「味がグレードアップしてるわね。やっぱり黒蜜ときな粉アイスの組み合わせは鉄板です」
     と穏やかな口調で称賛。
     希紗は美味しいと繰り返しつつもう一口。希紗を目を細めてみる摩那。
     シグも黒蜜が滴るほどかかったバタートーストをかじる。さくっと音。
    「バターの塩っけと、黒蜜の甘いのと。二つのハーモニーが、ええ感じやで」
     満足げに頷き、親指をぐっと立てるシグ。
     一方、風蘭は眉間に皺を寄せ、自分が持ってきた発泡スチロールの容器を見る。溜息をついてから、顔を上げ、
    「確かに黒蜜は割と何にかけても、イケちゃうことが多い、そんな物かもしれません。が、万能ではありません。黒蜜かけるウーマン、あなたの思い通りにはならない」
     風蘭は容器の中身を、ヒナに見せた。中には黒蜜まみれになった牛丼。
     牛肉の旨みもタレの絶妙な甘辛さもふっくらしたご飯の味も、黒蜜がすべて塗りつぶしていそうだ。
     見ただけで美味しくなさそうでしょう、と風蘭は厳しい顔。
     そんな風蘭を、久遠が強く睨んでいた。久遠は、息を吸い止め、ヒナに向き直る。
     久遠は腕を振り上げた。ぱしんと音が響く。
     久遠がヒナの頬を打ったのだ
    「黒蜜かけるウーマン・ヒナ。貴様は分かっていないようだな!」
     久遠は、豆かん、黒蜜塗れになっているそれを指し、説明しようとするが、ヒナは叩かれたことで逆上する。
    「ああああっ。私の全食品黒蜜化計画を阻止するつもりかあああっ、黒蜜黒蜜黒蜜!」
     瞳に狂気を浮かべるヒナ。
     隠れていた真理は、
    「始まったみたいね。ヘル君、行くよ!」
     というと、ライドキャリバーのヘル君にまたがる。そしてヒナへと突き進む。
     ある程度近づいたところで真理はジャンプ。空中で体を捻り、彼女の背後に着地。
     真理は天星弓に矢を番え、弦を引く。


     他の者達も、彼女を囲むように立ち、武器をそれぞれ構えた。
     ヒナは黒タイツから黒蜜を滴らせつつ、叫ぶ。
    「黒蜜黒蜜黒蜜ううううっ」
     ヒナは興奮しきっているが、囲まれているという状況と灼滅者の武器を警戒してか、すぐにはかかってこない。
     久遠はおもむろに口を開く。
    「己がご当地への誇りと他の食材に対する礼節を忘れない、それがご当地愛というものだ。黒蜜かけるウーマン・ヒナ、もう一度あそこにおいた豆かんを見ろ!」
     ベンチの上に置いた豆かんを指さす久遠。
    「見ろ! 豆かんが黒蜜塗れになって、泣いている……」
     指摘に、ヒナの動きが止まった。
    「くっ……だがしかしっ、黒蜜をかけないと、悲劇が……」
     摩那が口を挟んだ。
    「ところてんトラップに引っかかってリバースは、確かに悲劇ね。でも……彼と別れた理由は本当にところてんのリバースが原因かしら?」
     摩那はヒナへと一歩距離を詰める。茶の瞳の目で、ヒナの目を覗いた
    「ひょっとしてヒナさん。自分にも原因があるのが分かってて、ところてんのせいにしてない?」
    「……そんなことは……え、でも、まさか……私にも原因が……? 鼻から黒蜜がじゅわわって出たのが、理由ではなかった……?」
     摩那の問いかけに、ヒナは額を抑える。

     希紗は考え込むヒナの前でぎゅっと拳を握りしめた。
    「希紗は彼氏さんが悪いと思うよ。ヒナさんが悪いわけじゃないよ。彼氏さん冷たすぎるよ、酷すぎるよ! そんな人のためにダークネスにならないで欲しいよ!」
     シグも腕を組み同調する。
    「せやな。習慣の違いはしゃあないもんやけども。彼女がピンチの時に何のフォローもせぇへん彼氏は、酷い思うわ」
     真理は頷き、早口でまくしたてる。
    「ヒナちゃんの好みに理解がない彼氏とかその家族。そんな人たちだったって、早くに分かってよかったんだよ」
     ヒナは額を抑えていた手をおろした。希紗、シグ、真理の顔をそれぞれ見る。
     希紗とシグが言葉を重ねる。
    「きっときな粉に黒蜜がピッタリなように、ヒナさんにピッタリな人がいる筈なんだよ!」
    「せや。世の中は冷たい人ばっかりちゃう。俺らの学園に来て、いろんな文化で育ってきた人を見てみたらどうやろ?」
     ヒナは、瞬きする。
    「いろんな人を見たら……ぴったりな人がいる……?」
     真理は、うんうん、と元気よく頷いている。
    「スイートな魅力のヒナちゃんなら、素敵な彼が見つかるから。それで素敵な人と結ばれたら、きっとすっぱいものが欲しくなるよ。その時、全部が黒蜜で、本当にいいの?」
     ヒナの目が大きく開く。
    「……なんで すっぱいものが? え? ええー? それって?!」
     その声は威張り散らした黒蜜かけるウーマンではなく、乙女のヒナの声だった。
     風蘭は苦笑しつつ、穏やかに告げた。
    「その前に新しい恋ですね。その舞台に、武蔵坂学園はどうですか? イケメンもいっぱいいます。それに全国から人が来る学園です。ところてんに何をかけても、悲劇は再現されないはず」
     手を差し伸べながら、風蘭は告げた。
    「様々な食べ方を知り受け入れる。そうして悲劇を防ぐほうが、気分がいいでしょう、『ヒナ』さん?」
     はたして、ヒナの手が持ち上がる。ヒナは手を風蘭の手に近づけ、けれど後少しの所で下ろしてしまう。


     ヒナは戦闘の構えを再開する。けれど、顔は今にも泣きそうだ。
    「うう……戦いたくないよぅ……でも、止まらない……わわあああっ、黒蜜黒蜜ぅ!」
     ヒナは腕を振り回す。手から黒蜜色の光線が飛び出した。
    「ちょっと待ったー!」
     摩那がヘル君とともに疾走。ヒナが放った光を受け止める。
     摩那は衝撃に膝を震わせる。が、ダメージは小さい。
     食物の良識を説いた久遠。多感な乙女心を刺激した摩那と真理。やさしく慰めた希紗とシグ。新しい道を示した風蘭。彼らの言葉はヒナに確かに届いていた。
     結果、ヒナの攻撃の威力は大幅に弱体化していたのだ。
     摩那は体勢を立て直すと、跳びあがった。Dark cometに光をともし、ヒナの顔面へ蹴りを放つ。
     希紗は摩那の背にくっつき、隠れるように移動していた。摩那が跳ぶと同時に、姿勢を低くして疾走。ヒナの横に移動。
    「惑星直列アタックだよ!」
     両手で握った槍で、渾身の突き! 腹に痛烈な一撃を加えた。
     攻撃がきいたか、ヒナは喚く。
    「くろみつかけるうううううう」
     ヒナは腕を振り上げたが、ヘル君が突進。ヒナに機体をぶつける。
     真理はすかさず弓の弦を強く引き、手を離す。
    「ハレー彗星ショット!」
     真理の狙いは極めて正確。真理の矢はすばやく飛び、振り上げていたヒナの掌を、貫いた。

     攻撃を受け続け、ヒナはふらつく。が、なお抗おうとする。
     ヒナの掌が風蘭に向く。黒い液体が風蘭へと飛んだ。黒蜜が風蘭の全身を濡らす。
     べたべたして不快。体力を奪われる。
     が、風蘭は冷静な表情を保ち続けた。
    「山形県の海の幸の寒鱈よ、庄内平野の野菜よ、どうか私に力を貸してください。――どんがらビーム!」
     ご当地愛の言葉を口にし、光線を撃つ! 風蘭の光が、ヒナの体を直撃。
     間髪いれず、久遠がヒナの側面をとった。
    「全力で……斬る!」
     巨大剣型殲術兵器『闇斬剣・キングカリバー』で、ヒナの足へ切りかかる。確かな手ごたえ。
    「うわああああああああっ、くくくくろ、くろくろみ、くろみつううう」
     壊れたように声を出すヒナ。眼に涙がたまっている。一分後には、久遠に掴みかかるが、丸いフォルムのライドキャリバー・カイワレが久遠を庇って掴まれた。機体は投げられ黒蜜の水たまりの中に落ちる。が、攻撃の要の一人、久遠を守ることはできた。
     その後も灼滅者は戦いを有利に進める。ヒナの黒スーツはボロボロになっていた。
     シグはヒナに近づく。ヒナは目から涙をこぼしながら、それでも攻撃しようとしていた。
    「辛かったな。けども――ここで仕舞いや」
     シグは銃口をヒナに突き付け、オーラキャノンを放つ。
     力がヒナを吹き飛ばす。ヒナは地に転がり、目を閉じる。ヒナの体からダークネスの気配が消え、ワンピースを着た少女の姿になった


     戦闘が終わった戦場に、春の温かな風が吹く。
     ヒナはすやすやと寝息を立てていたが、うっすらと目を開く。灼滅者たちを見て、慌てて立ち上がって頭を下げる。
    「ほっ、本当にすいませんでしたっ」
     摩那は、やさしく微笑んで首を横に振る。彼女の手を握った。
    「大丈夫ですよ。あなたが本当に辛い思いをしたのは分かってるし」
     希紗も摩那の言葉に同意して、
    「うん、大丈夫だよ! それにヒナさんがかけてくれた黒蜜、凄く美味しかったし!」
     と元気よく話す。
     ヒナの顔に笑みが少し戻った。
     久遠は考えるそぶりをしていたが、やがて、豆かんのカップを取り出した。
    「黒蜜は寒天を程よく浸す程度でいい。これを食べてみれば分かる」
     黒蜜を丁寧にかけ、皆にふるまう。
     うっすらとした黒蜜の色に、透明な寒天。日差しを反射していて、見るだけで食欲をそそる。
     七人は、匙を手に食べ始める。寒天の感触と、黒蜜の甘みととろみが、程よく絡み合う。
    「美味しい! 今度からは、黒蜜は適量にします!」
     感動の面持ちでいうヒナ。
     食事も終わり、真理はおもむろに立ち上がり、
    「彼氏もほしいけど、今日はロケット探しに行くよ! あっちにロケットがある気がするよ!」
     公園の出口を指し歩きはじめる。
     シグは真理の背中からヒナに視線を移す。ヒナへにっかりと笑って見せる。
    「ほら、ヒナさんも一緒にいこや! もしよかったら――」
     風蘭が眼鏡越しにヒナを見つめ、シグの言葉を引き取った。
    「――もしよかったら、私たちの学園へも案内しますよ。来ませんか、ヒナさん」
     シグの伸びやかな声と風蘭の落ち着いた笑みに、ヒナはこくんと頷いたのだった。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月22日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
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