あなたが冷たくしてたのは

    作者:飛翔優

    ●あなたの心が知りたくて
     少しずつ、暖かな陽気が風に混じり始めてきた春先。夕暮れの兆しはまだうかがえない昼下がり。小学三年生の少女・花村可憐(はなむら・かれん)は、ベンチの傍らに腰掛けている少女……晴海を見つめていた。
     暖かな陽射しを浴びながら、船を漕ぎ続けている晴海。
     あどけない横顔は、昔からよく知っているもの。つい最近まで、すぐ近くにあったもの。
    「……」
     いつからだろう? 晴海が冷たくなったのは。自分を避け始めたのは。
     声をかけても無視されて、眼があっても逸らされて……そんな日々を過ごして、もうすぐ迎えようとしている春休み。すれ違ったままでは嫌だからと、いろんな場所で晴海と会おうと試してきた。
     今日もまた、昔から一緒に遊んでいた公園で晴海を見つけた。声をかけようと近づいたら、眠ってしまっている事に気がついた。
     ――だったら、夢のなかに入ってしまえばいい。そうすれば、きっと何を考えているか分かるはず。
     同時に浮かんでくる、不思議な思い。
     いつしか手にしていた力を使えとそそのかす、自分ではない何かの声。
     可憐は小さく首をふり、拳をギュッと握りしめる。
     晴海の思いを知りたいのは確かだけれど……仲直りをしたいのは確かだけれど……でも、きっとこの力は使ってはいけないものだから。
     使ったらきっと、自分が自分ではなくなってしまうだろうから。晴海にも、何かの迷惑をかけてしまうだろうから……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちを出迎えた後、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)の予想によって小学三年生の少女・花村可憐が闇堕ちしてシャドウになろうとしている。
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかき消える。しかし、可憐は人としての意識を保っており、ダークネスになりきっていない状態。
    「もし、可憐さんに灼滅者としての素養があるのであれば、救い出してきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスと化してしまうようならば、灼滅を。
     そう前置きした上で、本格的な説明へと移行した。
     地図を広げ、町中の公園を指し示していく。
    「皆さんが赴く日の昼下がり……午後二時頃ですね。可憐さんはこの公園の、花壇のそばにあるベンチに腰掛けています。傍らに座り眠っている、幼馴染の晴海を見つめながら。その理由なども含めて、可憐さんについて説明しますね」
     可憐、小学三年生女子。引っ込み思案なけがあるが、心優しい女の子。晴海とは保育園に入る前からの幼馴染で、今までずっと一緒に過ごしてきた。
     しかし、最近になって晴海が冷たくなった。可憐が声をかけても無視したり、視線があっても逸したり……そんな事を積み重ねている内に可憐の心に想いがつのり……あるいは、それがシャドウとしての闇を呼び起こしてしまったのかもしれない。
    「可憐さんはベンチで眠っている晴海さんの前で、葛藤しています。夢の中へ入れば真実が分かるだろうと、けれど入ってしまえば今までの自分ではいられなくなる……晴海さんの迷惑になってしまうかもしれない……そんな形で」
     故に、まずは可憐を止める必要がある。その上で、アドバイスを施して上げると良いだろう。
    「内容はどんなものでも構いません。ただ、可憐さんが晴海さんへ本当の意味で声をかけることができるように。二人の仲が、より強いものとなるように……」
     そして、そのアドバイスの成否に関わらず、シャドウと化した可憐と戦う事になるだろう。
     シャドウと化した可憐の力量は、全員で挑めば倒せる程度。
     妨害・強化面に特化しており、春の暖かさを招き心を惑わす、幸せな幻影を見せて攻撃の勢いを鈍らせる。夢の力を抱き傷を癒しながら力を高める……と言った行動を取ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「晴海さんが冷たい理由。それは……一言で表すならば別れ、ですね」
     晴海は親の都合で、春休みの途中で引っ越し転校する事になった。それを可憐に上手く伝えられず……伝えることができず、冷たく接している事に気づいていながらも動くことができない、そんな状態だった。
    「これは、可憐さんが知らなければならないこと。しかし、心の準備ができていなければ受け止めきれないかもしれない……ですので、タイミングを見計らい伝えるか……あるいは、可憐さんが前に進む決意をした後、晴海さんの口から直接伝える場を設ける……そんな形で伝えるのが良いかと思います。いずれにせよ……全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    穂村・白雪(焔輪白猩々・d36442)
     

    ■リプレイ

    ●絆は決して
     穏やかな陽気に誘われ命が芽吹き始めていく春先の、穏やかな陽射しが降り注ぐ昼下がり。落ち着いた調子で歩を進めていく人々と、軽やかに走り抜けていく自転車と、賑やかなアクセントを刻み通り過ぎていく車とすれ違いつつ、灼滅者たちは公園へと向かっていた。
     公園を飾る木々のざわめきが聞こえてきた時、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)は悲しげに視線を落とす。
    「二人の少女たちの気持ちのすれ違いによって起こった誤解。それを解かないと、ずっと誤解を抱いたままお別れする羽目になってしまいますね。必ず仲直りさせてあげたいです」
    「幼い頃であれば特に本心とは真逆な行動を取ってしまうものだね。私にも身に覚えがあるよ」
     ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)もひとりごちて、重い溜息を吐き出した。
     春色に染まりし公園で、眠る友人を前に葛藤している幼い少女。すれ違う二人の関係への言葉が重ねられていく中、穂村・白雪(焔輪白猩々・d36442)は空を仰ぎ眼を細めた。
    「……」
     抜けるような青空の中、輝き続けていく太陽。まばゆいほどの光の中に、白雪が隠した煌めきは果たしてどんなものだっただろうか?
     各々、思い思いの感情を抱く中、草花と木々の香りに満ちた公園へと到達する。
     足を早めた押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は、花壇のそばにあるベンチに腰掛けている二人の少女を発見した。
    「……悩んでるっすね」
     方や眠り、方や瞳を伏せている少女たち。光りあふれる世界の中、影を落としたような……そんな雰囲気を漂わせていた。
    「……別れが辛いから疎遠になろうとするのはわかる気もするけど、それが別のまずい事態招くのは、悲しいっす」
     眠っている少女……晴海もまた、どことなく苦しげな吐息を漏らしている。そのたびに、瞳を伏せている少女……花村可憐は、瞳に心配げな色を宿していた。
     二人を救うため、灼滅者たちは歩を早める。
     近づく中、赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)は小さなため息を紡ぎだした。
    「友達、か」
     瞳を伏せ、口元は上がる。
     楽しげな様子など微塵も感じさせないまま。
     されど、足取りが乱れぬこともまた確かであり……。

     近づいてくる足音に気づいたのだろう。互いに手を伸ばせば届く位置に至った時、可憐がはっとした様子で顔を上げた。
     白雪は立ち止まり、片手を上げて笑っていく。
    「よぉ、はじめまして」
    「は、はじめまして……」
     警戒の色を浮かべながらも、可憐は躊躇うことなく晴海を抱きしめた。
     身動ぎしながらも目を覚ます様子のない晴海を横目に、白雪は言葉を続けていく。
    「おっと、警戒すんな……って方が無理か。ま、いいや、そのまま聞いてくれ」
     両手を上げて敵意がないことを示しながら。
     女性陣へと視線を向け、安全であるとの証を立てながら。
    「俺たちは通りすがりのお節介焼きさ。昔の俺をみてるみたいでな、ほっとけなかったんだ」
    「……」
     沈黙。
     警戒の光に満ちた瞳。
     受け止めたまま、白雪は瞳から笑みを消す。
    「迷ってるんだろう? 力を使うべきかどうか」
    「……え?」
    「でも、迷う内容を間違ってるぜ」
     瞳に宿る光が、戸惑いに変わった。
     白雪が紡いだのは、静かな吐息。
    「友達なんだろ? じゃあ、まずは声をかけてみろ。勇気いるよな。怖いよな。だけど、力を使えばおまえは大切なモノを失っちまう」
     あるいは、そう。自嘲混じりの鼓動。
    「昔の俺は失敗した。大切なものを亡くし……戻ってこなかった。おまえは違う。おまえの大切なものは目の前にあるじゃないか。だから、勇気出して声かけてみろ。……おまえは、俺みたいになっちゃいけない」
     力強く拳を握りしめ、瞳をまっすぐに見つめていく。
     逸らされることのない瞳は戸惑いを宿したまま、不安そうに揺れていた。
     心もまた、きっと揺れている。
     天秤をこちら側へと引き寄せるため、ユーリーが一歩前に踏み出し問いかけた。
    「ところで、晴海さんの態度が変わってしまったのはいつ頃だったかな?」
    「え、えと……」
     紡がれたのは、三月の初めごろ。
     きっと、晴海が引越しのことを知ったころ。
     頷き、ユーリーは晴海へと視線を向けた。
     晴海は眠り続けていた。
     可憐の腕の中。けれど、どこか安らかなようにも思えて……。
    「……なら、その頃に何かがあったんだろうね。晴海さんが変わる、何かが」
     まだ、仲間たちの言葉が残っている。可憐自身が考える時間も必要だろうし、無理に起こすこともないだろう……と、ユーリーは視線でバトンを渡した。
     受け取り、碧は頷いていく。
     どことなく不安げに灼滅者たちを見回している可憐を、まっすぐに見つめていく。
    「心を覗きたくなる気持ちも解る。しかし、見せるのはほんの断片であって、真実ではない。それに本当に心を除けば、きっと君は後悔する」
     言葉を伝えるたび、揺れる瞳。
     震えていく肩、煌めきを宿し始めていく目の端。
     一つ、一つに意識を配りながら、碧は言葉を重ねていく。
    「初対面の俺たちが言うことを信じられないかもしれない。だがそれなら尚更自分から話しかけ真実を聞いた方が良い。後悔したくないなら」
     呼吸を挟み、瞳を閉ざした。
     穏やかに微笑み、頷いた。
    「そして、これだけは信じて欲しい。彼女は、晴海さんは決して君のことを嫌いになってなんかいない」
    「……そうっすね。嫌ってないことはみてればわかるっす」
     言葉を引き継ぐため、ハリマが晴海へと視線を向ける。
     可憐もまた、晴海へと視線を向けた。
     穏やかな寝顔がそこにはあった。
    「……」
     驚くこともせず、否定もせず、ただ、可憐は強く晴海を抱きしめた。
     視線はそれてしまったけれど、その先にあるのが晴海ならば問題はない……と、ハリマは言葉を続けていく。
    「夢の中に入ったって本当のことが分かるとは限らないんじゃないっすか? 悪夢だってあるし」
     夢は、常に形を変える。
     心のままに、形を変える。
     たとえそれがありのままの思いによって描かれたものだとしても、うまく読み取れるとは限らない。
    「よくわからない力で夢の中に踏み出すよりも、まず怖くても直接話をして訊いてみた方がいいと思うっす。急いでなにかやって取り返しつかなくなるよりも、話してみた方が案外取り返しもつくはずっす!」
    「……」
     瞳を閉ざし、俯く可憐。
     まっすぐに見つめ、毬亞は切り出した。
    「そうですね。では、例えば……の話で少し考えてみましょう」
     仲間の意も汲み、真実を真実として伝えない形で。
    「例えば引っ越しとか……何らかの形で可憐さんとお別れしなければならなくなったなら……逆に、晴海さんとお別れしなくてはならなくなったら……可憐さんは、どうします?」
    「……」
     しばしの沈黙の後、可憐は首を横にふる。
     わからない、と唇を震わせていく。
    「そう、わからない。きっと晴海さんもそのように……わからないから、あのような態度を取ったのだと思います」
     もっとも……と、毬亞は自分の携帯端末を取り出した。
    「今の時代、携帯とかで簡単に連絡が取れますし、ずっと会えないわけでもないでしょうけどね。ですから……」
     毬亞は歩み寄り、手を伸ばす。
     可憐の瞳から涙のしずくをすくい取り、微笑みかけていく。
    「たとえどんな理由であったとしても、仮に別れる事になったとしても……これからもずっと、晴海さんと友達でいてあげて下さい」
    「……」
     唇を固く結んだまま、可憐は頷いた。
     再び開かれた瞳にはもう、迷いはない。
     怯えたような光も存在しない。
     柔らかな微笑みを浮かべた可憐は、、安らかな寝息を立てている晴海に視線を向け……。
    「っ!」
     眼を見開き、晴海の体を突き飛ばした。
     素早く毬亞は晴美を受け取り、抱えたまま仲間の元へと戻っていく。
     振り返ればもう、そこに可憐の姿はない。
     シャドウと化してしまった少女が、言葉を紡ぐこともなく佇んでいて……。

    ●夢の力なんて必要ない
     晴海をかばえる位置にあるベンチに寝かしつけた後、毬亞は武装した。
    「さあ、貴女の葛藤を、私達が受け止めてあげます。全力で戦いに来てください」
     空に浮かべた魔力の矢を、シャドウに向けて解き放った。
     魔力の矢に貫かれながら、シャドウは腕を伸ばしていく。
     視界が若干歪むような感触を覚えながらも、碧は動きを乱さず地面を蹴った。
    「早々に終わらせてしまおう。彼女のためにも」
     呼応した霊犬の月代が六文銭を放つ中、大上段から漆黒の妖刀を振り下ろした。
     双方をまともに受けたシャドウがよろめいた先、ユーリーが騎士剣を非物質化させて佇んでいた。
    「大丈夫、先ほど見せた笑顔があるなら、きっと……」
     霊犬のチェムが六文銭で押し返す中、非物質化させた剣を突き出し闇の力そのものを切り裂いていく。
     動きが鈍くたやすくさばけると、灼滅者たちは間断のない攻撃を重ねた。
     固く握った拳に雷を宿し、ハリマは距離を詰めていく。
    「戻ってくるっすよ、彼女のために!」
     霊犬の円と呼吸を重ね、斬魔刀と共に突き出した。
     二つの力に押しのけられたシャドウは尻もちをつき、空を仰ぎ……。
    「これで……」
     立ち上がれぬようライドキャリバーのクトゥグァが機銃を放つ中、白雪は静かに帯を放った。
     顎を打たれたシャドウは空を仰ぎ、姿を薄れさせていく。
     得物をしまう灼滅者たちが見つめる先、シャドウはやがて可憐へ戻った。
     介抱を各々の治療を行うのだと、灼滅者たちは動き出す……。

    ●真実の時
     先に目覚めたのは、晴海の方だった。
     灼滅者たちが見守っていることに気づき怯える様子を見せたものの、近くのベンチに寝かされている可憐発見して眼を釣り上げた。
     救わんとばかりに立ち上がった晴海を抑え諭した時に頬へと刻まれた引っかき傷が痛むのを感じながら、ユーリーは申し訳無さそうに伏せられた晴海の瞳を見つめていく。
    「さて、ここからが本格的な話なんだけど……」
    「……」
     一呼吸の間を置き、尋ねていく。
    「君は可憐さんと目が合っても視線を逸らしてしまうのだったね。しかし、逆に考えるとそれだけ可憐さんに視線を向けていたということじゃないかな」
    「……」
     肯定はない、されど否定もない。
     真実だと受け取り、ユーリーは続けていく。
    「何かを伝えたい。そう思って可憐さんに声を掛ける機会を伺っていた、違うかな?」
    「……」
     瞳を伏せ、頷いていく晴海。
     静かな息を吐き、ユーリーは可憐が寝かされている方角へと視線を移した。
    「さて、答え合わせだ」
    「え……」
     視線の先、可憐が起き上がっていた。
     説明などを行っていた毬亞が、可憐の背中を軽く押していく。
    「さあ、真実の時です。あとは、ご自分で……」
    「……うん」
     頷き、歩き出していく可憐。
     拳を握り、立ち上がっていく晴海。
     二人の邪魔をしないよう、毬亞もユーリーも離れ仲間たちと合流した。
     きっと悪いことにはならないだろうと、碧は背を向けていく。
    「万事解決、だな」
    「そうだね。腹割って話し合うのに僕達がいるのはちょっと話辛いかもだし、帰ろうか」
     ハリマもまた歩き出した時、白雪はクトゥグァに跨がりエンジン音をうならせる。
     仲間たちを導くかのように、一足早く立ち去った。
     ――ありがとう!
     公園を出た後、風に乗り言葉が聞こえてきたのは気のせいだっただろうか?
     暖かな陽気に抱かれた世界の中、光りあふれる公園で更に強く結ばれた絆を胸に、灼滅者たちは帰還する……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月20日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
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