野山を駆けるバーニングボア

    作者:飛翔優

    ●人里へとさまよいて
     火の粉を散らし、奴は駆ける。
     月が眩く輝く空の下、蕾が膨らみ始めた木々の間。苔むした地面を蹴散らして、時には登り時には下り……山中を、縦横無尽に駆け抜ける。
     輝く残像残す丸みを帯びた体つき、揺らめく姿はまるで火の玉。隙間から伸びる角を突き出しながら、忙しなく鼻を鳴らしながら……奴は宛もなく、目的もなく、ただただ風を切り続けた。
     轟く足音が止んだのは、麓へとたどり着いた時。
     開けた原っぱへと足を踏み入れた時。
    「……」
     つぶらな双眸が見つめる先、おぼろげな光を放つ幾つもの家屋。奴は荒い息を吐きながら、姿勢を低いものへと変えていく。
     獲物を、その家屋の群れに定めたから。本能のまま蹴散らすと決めたから。
     イノシシ型のイフリート。強い風の訪れとともに、再び強く大地を蹴り……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、静かな表情のまま説明を開始した。
    「とある街の近く……山麓にある原っぱにイフリートが出現する……そんな光景を察知しました」
     本来、ダークネスにはバベルの鎖による予知能力があるため、接触は困難。しかし、エクスブレインの導きに従えば、その予知をかいくぐり迫ることができるのだ。
    「とは言え、ダークネスは強敵。本能のままに暴れまわるイフリートならば尚更です。ですのでどうか、全力での戦いをお願いします」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「皆さんが赴く日の夜八時ごろ。イフリートはこの山の麓の……この辺りにある原っぱに出現します」
     そして、その先には街がある。イフリートは、その街を襲撃するつもりなのだ。
    「ですので、原っぱで迎え討ち……灼滅して下さい」
     イフリート。姿は赤き炎を纏うイノシシ。力量は高く、全力を尽くす必要があるだろう。
     行動方針としては攻撃を中心に据えており、加護を砕く炎の突撃、動きを封じる炎の突き上げ、複数人へと襲いかかり炎をもたらす回転突撃。そして、小さく唸り気合を入れる事で傷を癒やし毒などを浄化する……と言った行動を取ってくる。
     攻撃技の威力はどれも高く、回復無しで複数回受けるのは難しい。また、素の体力も高いためある程度の長期戦は視野に入れる必要があるだろう。
     一方、毒などを受けた場合は浄化のために気合を入れやすい癖がある。毎度毎度気合を入れるわけではないが、一つでも毒などを与えておけば余裕が出ることに代わりはないだろう。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「放っておけば街に被害が出てしまう……今回はそんな案件になります。ですのでどうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    ヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)

    ■リプレイ

    ●炎のイノシシが来る場所
     星々あまねく空の中、陰ることなく輝く月。近き場所から遠い場所へと流れる風が集まる荒野にて、静かに佇むは灼滅者。
     ざわめきとともに揺らめく木々の影、その間へと意識を向けながら、新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)はひとりごちる。
    「イノシシのイフリートかー。実は獣系なら何でもいいんだね。まぁ、理性を失ったら結局野獣と同じなんだし、人里はなれて暮らしてればそれはそれでいいんだけど……」
     今回相手取るイフリートは、違う。
     本能のまま山を降り、人里を襲おうとしている存在だ。
    「今回は人里に被害が出る前に灼滅しなきゃね。しっかりがんばるよ」
     決意に満ちた横顔が淡い電灯に映されほのかに輝く中、風が止んだ。
     けれども木々のざわめきは止まず、強さを増していく。
     影に、小さな光が宿りはじめて行く。
     イフリートがやってきたのだと、月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)は霊犬のリキを呼び出しながら、狼姿のヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)へと視線を向けた。
    「奴を後ろへ逸らすなよ」
    「……」
     静かなため息を吐いた後、ヴォルフは人の姿へと戻る。
    「朔耶こそ、治療をとちらないようにね」
     視線を返し、全身にオーラを巡らせ始めた。
     各々が準備を整えていく中、光は炎を、炎を抱かれしイノシシの……イフリートの姿を映し出す。
     星々にはかなわねど命の息吹を宿す人里の明かりを背負いながら……灼滅者たちは、守るための戦いを始めていく……。

    ●イフリートは駆けまわる
     風が熱を運んでくる荒野にて、機先を制したのはヴォルフ。
     灼滅者たちを見つけるなり速度を早めてきたイフリートを迎え撃つために、影を刃状に変化させて解き放つ。
     下からすくい上げるような斬撃は、サイドステップにてかわされた。
    「……」
     すかさず刃の進路を変え、額に向けて振り下ろす。
     身をかがめて避けていく最中、大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)が悠々と間合いの内側に踏み込んだ。
    「……」
     駆ける姿を眺める中、期待は淡いものへと変わっていたけれど……やはり違うと、蒼侍は心のなかで嘆息する。
     されど無視しようものなら被害が出る。それだけは避けなければならないから、淀むことのない動きで刀を振るった。
     横に描かれし剣閃は影刃と交錯し、イフリートの額に薄い傷跡を刻みこむ。
     悲鳴を上げることなく、鳴き声を漏らすこともなく、イフリートは体中を炎で満たした。
     速度を早め、ヴォルフとの距離を詰めていく。
     影を引き戻し受け止めながらも炎に抱かれていく光景を前にして、朔耶は弓に癒やしの力を込めた矢をつがえた。
    「リキ、お前も治療補助に回ってくれ」
     導くため、ヴォルフに向けて矢を放つ。
     呼応し、リキは瞳に力を込めた。
     治療を受けたヴォルフの体が鎮火していく様子を横目に、蒼侍はイフリートを追いかける。
     一秒、二秒と重ねるたびに距離を詰め、すれ違うとともに刀を振るった。
     左足を薄く裂かれ、バランスを崩していくイフリート。
     すかさず桃子は跳躍した。
     土煙を上げながらバランスを整えようとしていくイフリートの正面へと着地して、炎を宿した足を思いっきり振り上げる。
    「いっくよー! せーのっ!」
     勢いのままに放たれた炎のキックは、イフリートを遥かな空へと打ち上げた。
     質の異なる炎に蝕まれ始めながらも、イフリートは体を捻り着地する。
     理性の宿らぬ瞳を灼滅者たちへと向けたまま、再び荒野を走り始めていく……。

     質の異なる炎を消すためだろう。イフリートは小さな唸り声を上げ、自らの炎を高ぶらせた。
     傷が癒えていくさまを見据えながら、朔耶は光り輝く剣を握りしめる。
    「俺にも攻撃のタイミングがあるのはありがたい。リキ、行くぞ」
     頷き駆けて行くリキを見守りながら、剣を横に構えていく。
     リキが再び走り始めたイフリートに跳びかかっていくタイミングで、剣を横一閃。
     斬魔刀を跳躍して交わしたイフリートの頭を斬り裂いて、後方へと転げさせていく。
     そんな中、朔耶はヴォルフへと視線を移した。
    「それでもイフリートの攻撃が止むわけじゃない。たまの攻撃で転がるなよ」
    「それはこっちのセリフだよ」
     視線を外し、ヴォルフはイフリートを炎を宿した大鎌を握り走りだす。
     姿勢を正したイフリートに向けて振り下ろした。
    「っ!」
     大鎌は、小さな音を立てて地面をえぐる。
     されど頬を掠めさせることには成功し、イフリートを再び蝕む炎で包み込んだ。
     抱かれながらも動きを淀ませることなく、再び猛進し始めていくイフリート。
     正面に立つは蒼侍。
     半歩だけ左へずれた後、刀の切っ先を下へと向け……一閃!
     すれ違いざまに、右前足に深い傷跡を刻みこんだ。
     小さな鳴き声を漏らしながらも、イフリートは止まらない。
     土煙を上げながら旋回し、蒼侍に向かって駆け出した。
    「おっと、ここは通さないよ!」
     すかさず桃子が割り込んで、オーラで固めた両手でイフリートをを受け止める。
     衝撃を殺しきれなかったのだろう。桃子は後方へとふっとばされた。
     素早く朔耶は癒やしの矢をつがえ、着地した桃子に向かって解き放った。
    「問題ない。こういう時のための備えもある」
     頷き、治療を始めていくリキ。
     痛みが引いていくのを感じながら、桃子は満面の笑顔を浮かべた。
    「ありがとう! それじゃあ……」
     よどみない動作で走りだし、注射器を取り出しながらイフリートを追いかける。
     横に並び、旋回のタイミングを突く形で背中に針を突き刺した。
     毒や呪縛を解くため行動を優先しがちなイフリート。ならば、それらを重ねれば重ねるだけ楽になるのも必然。
    「これでもくらえっ!」
     力強く注いでいくは、毒の液。
     イフリートを蝕むための、強固な毒。
     悲鳴に似た鳴き声を上げながらも、イフリートは注射器を振り払うかのように走りだし……。

    ●猪突猛進その果てに
     癒えていく傷、薄れていく炎。
     されど完全に消えることはなく、イフリートを蝕み続けていく全ての呪縛。
     朔耶は静かな息を吐きだし、新たな矢を弓につがえた。
    「さあ、ラストスパートだ」
     頷くリキが六文銭を放ち走ろうとしているイフリートを抑えこむ中、体の中心めがけて矢を放つ。
     矢が額に突き刺さっていくさまを眺めつつ、ヴォルフは影刃を解き放った。
    「……ほんと、獣なら獣らしく、山の中で大人しくしてれば良いものを」
     影刃は呟きと共に起動を変え、大地を蹴ったイフリートの腹を斬り裂いた。
     若干足取りを乱しながらも走り出していくイフリートを、蒼侍は追いかける。
     悠々と横に並んだ後、炎の刃を一閃!
    「……今だ」
     切り上げられたイフリートが宙に浮く。
     呪縛にも囚われたか、灼滅者たちの攻撃を受けながら墜落した。
     立ち上がろうと震えていくイフリートを見据え、ヴォルフは静かに腰を落とす。
     風の訪れと共にオーラの塊を打ち出して、イフリートを桃子のいる方角へとふっ飛ばした。
    「……」
     静かな眼差しで見つめる中、桃子はイフリートを掴みとる。
     一呼吸の間を置いて、桃子はイフリートを持ち上げた。
    「とんでけー!」
     力任せに山の方角へとぶん投げて、よろめきながらも軌道を観察し続けた。
     炎を散らしながら墜落したイフリートは、徐々にその輝きを失っていく。
     警戒を解かぬ灼滅者たちが足元にたどり着く頃にはもう、跡形もなく消え去っていて……。

     陰ることなく輝き続ける星々が見守る中、勝利を収めた灼滅者たち。後片付けなどの事後処理が行われていく中、蒼侍は月を見つめてく。
     今回も違った。
     けれど、悲劇を防ぐことはできた。
     落胆と安堵の入り混じった吐息を吐き出しながら、自らの治療を開始する。
     ……そう、勝利できたことに違いはない。
     平和を守れたことに違いはない。
     あるべき静寂を取り戻してくれた灼滅者たちを祝福してくれているかのように……風は優しく、山のざわめきも心地よく……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月20日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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