花時雨に烟る

    作者:菖蒲

    ●rain
     彼女は、雨を連れてくる。
     死を悼む葬列に加わるかの如き漆黒のドレスから白磁の肌が覗いている。その整った怜悧な美貌を隠すヴェールの向こう側で花瞼が見えた。
    「――幸せ、なんかじゃないわ」
     鴉の濡れ羽を思わす長い髪は雨に濡れ、重たげに垂れ下がっている。
     女は――レイニィ・レイディは孤独を悼むように断罪輪を振り翳した。
     濃い血液の香りに表情を一つも変えること無く刹那を呪う。
     しあわせねと唇に乗せた疑似的な幸福さえ今は苛立ちに変わってしまった。
     ひとつ、男の首が玩具の様に飛んでゆく。それさえも興味を持たぬ様に『情の深い女』を演じたレイニィは降り続ける雨に散る花弁を眺めた。
     桜の花は女に似ている。
     花が散る様は、血雨に似ている。
    「――狡い女ね……逃げて尚、彼の元にも行けなかったなんて」
     灼滅者が言っていた。絆は尊いのだと。
     灼滅者が言っていた。真なる愛は幸福なのだと。
     なんて憎らしいー―なんと、我儘な『いのち』なのか。
    「愛する意味なんてないわ。あたしには、赤い血潮が必要なの。
     あたしに生きてる証左を頂戴? ……本当の幸せは、これなのよ」
     また一つ、首が飛んだ。
     
    ●introduction
     花が咲く時節になれば雨が煩わしく感じるのは折角の花弁が散ってしまうからか。
     季節を謳う花見シーズンの到来に僅かながら楽しげであった不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)の表情が打って変って、曇りに転じた。
    「レイニィ・レイディが動いたというのは――本当ですか」
     新緑の色に翳りを落とす森田・依子(深緋・d02777)の表情は厳しいものへと転じる。
     姿を消してから久しい名は橘華中学へと向かうバスの中で見たきりだろうか。血雨を好み、無差別に殺りくを繰り返すレイニィ・レイディはその身に湿った雨の臭いを纏っていたのだったか。
    「うん。『レイニィ・レイディ』って呼ばれる六六六人衆は――本名不詳。あめという名前らしいの――みんなと闘ってから逃亡して、何処かに隠れてたみたいなの」
     でも、その彼女について察知した。バベルの鎖による予知を得るダークネスに迫るべく真鶴は今回の事件を口にした。
    「怒ってるみたい」
    「……怒ってる?」
     余りに唐突な言葉に依子は首を捻る。倒錯的な女が怒るなどとあまり想像ができない。
     雨のかおりに融け込んだレイニィが生きたいと願うのは人間の生存本能からくるものなのだろう。己が生きているという実感の為に人を殺すと公言した彼女が『怒る』。ダウナーで執着心をあまりに見せない女らしからぬ行動だ。
    「怒ってるの。タカトの時に、逃げて、彼の所にいけなかったでしょ?
     だから、皆が教えた『絆』とか『愛』とか『いのち』とか、それが煩わしくて、理解できなくて怒ってるの」
     ただ、己が生きている意味が『殺戮衝動』で、赤い血潮の臭いに心をときめいていただけの女。
     結婚式場で愛を謳った男の首を刈り血の雨を降らせる事が幸せだとせせら笑う女には到底理解できない感情の話し。彼女の中の幸福の意味が揺れ動いたのだろう。
     だからこそ、苛立ちを持ち人を殺して回っている。殺せばその『苛立ち』を消せるからと感情を呪う様に。
    「怒っているからって人を殺すなんて、我儘だとおもう。
     マナは、恋愛はあんまり分かってないの。でもね、でも……殺す事が幸福じゃないのは良く分かってるの」
     みんな揃って帰ってきてね、と真鶴は祈る様に小さく呟いた。


    参加者
    森田・依子(深緋・d02777)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    檮木・櫂(緋蝶・d10945)
    ルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)

    ■リプレイ


     燻ぶったにおいがする。湿気た空気に混ざり込んだ違和のかおりが。
     くん、と鼻を鳴らし痛みよりも敏感な嗅覚が『死』を嗅いでハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)はぺろりと舌を出した。遠巻きに聞こえた祝福の声に、満開の花びらを慈しむ人々の姿が相俟ってこの場所は幸福に満ち溢れているのだと朗々と語ったルコ・アルカーク(騙り葉紡ぎ・d11729)の表情は欺瞞に満ちている。
    「助けて――!」
     ざわりと群衆が目線を向ける。花を慈しむ人々達にとって、この場所には似つかわしくない『注意勧告』は少しばかりの不安を広げる。一般人らにとってその関係は分からずとも何らかの施設の人物か、はたまた、私服警官にでも見えたのだろうか。堂々と達振る舞うルコの「暴漢が出ました」の言葉に顔を見合わせる。
    「付近で暴漢が出たので近くに避難して頂けますか?」
     柔らかな物腰で一般人へと近づいた森田・依子(深緋・d02777)はあくまで真摯な姿勢を貫き通すと、片膝をつき、避難に応じた一般人達の荷物の片付けを手伝っている。不安げな緑の瞳はタイムリミットを確認する様にちらりと木々の隙間から覗く時計へと向けられた。
    「暴漢? 知るかよォ、折角の花見だぞ!」
    「怪我人が出てるんだ。少しでいい。あちらへ避難してくれ」
     遠巻きに刃物を握りしめ、黒いフードを目深にかぶった女が立っている。赤い唇が覗き、獲物を見定めんとする暴漢――檮木・櫂(緋蝶・d10945)が放った殺気に避難を渋る男がひ、と小さく声を上げた。
     櫂のアシストを受け、杠・嵐(花に嵐・d15801)は友人の暴漢ぶりに眸に笑みを乗せる。警備員を装った嵐がもうひと押しと声をかけると渋々と男は荷物をまとめ、近隣の施設へと足を向けた。
     一方で、結婚式場から散歩の様にふらりと姿を出した参列客達は暴漢の姿を見ることなく思い思いに語りあっている。新たな門出を祝福する彼らへと割り込みヴォイスを使い避難を誘導する幸宮・新(二律背反のリビングデッド・d17469)は鮮やかな式典に紛れこむ黒を探す様に目を光らせた。
     人々が固まって動く式典は、レイニィ・レイディにとっての好奇ではないか。花見を行う客より避難を渋る事はないだろうが、一分として無駄にすることはできない。猫の様に瞳を細めた鳥辺野・祝(架空線・d23681)は泣きだす子供を抱えて走り出す。手早く室内の中に――『レイニィ・レイディ』を外に留めて一般人に真なる敵を悟らせぬ様にと祝はひた走る。
     小さくなったタイマーがリミットを周知する。雨の匂いが、濃い。深い深い死のかおり。
     楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)にとって嗅いだ事のある女の残り香。執念深い莫迦者は直向きに雨雲を連れて向かっているのだろう。へたり込んだ女性を祝へと頼んだ梗花がゆっくりと戦闘の体勢を整える。
     10分の時間の内に過半数は避難する事が叶った。結婚式の参列客や多くの花見客を近場の室内へと押し込めて、ふと安堵を零したその刹那。
     ピピピピピ――
     ぽつ、と依子の頬へと雨粒が落ちる。倒錯的な情愛と劣情を連れて女が濡れた髪を払い歩み寄ってくる。
    「レイニィ……」
     歯を軋ませた梗花は目の当たりにする。鮮やかな赤から死を悼む黒を見に纏ったおんなの姿を。鴉の濡れ羽を思わせる長い髪がだらりと垂れ下がり、女は唇に弧を描いた。
    「ごきげんよう?」
    「待ってましたよ。レイニィ・レイディ。あなたのことをまた邪魔したくなって、ここへ来てしまいました」
     勢いよく投げだされた断罪輪を受けとめてルコが意地悪く笑みを零す。彼の背後でへたり込んだ男を抱え走り出す祝は『一般人を狙った』と咄嗟に気付きはやく、と仲間へ誘導を指示した。
    「……それは余りに莫迦だわ。そうしてあなたは幸福なのかしら?」
    「さあ? でも、そうですね。この気持ち。ひょっとしたら――恋と呼ぶのかもしれませんね?」
     なんて、嘘だけど――?


     女の出現に残った少数の一般人の確保の為に誘導班と抑え班に分かれた灼滅者達はレイニィ・レイディを逃さぬ様に布陣を整える。何時もより好戦的な女は傷つける事をより重視していた。
    「灼滅者」
     憾みを籠めたその言葉にフードを脱いだ櫂が肩を竦める。死を尊いという感性を持たぬ六六六人衆は櫂の心境とは別のベクトルを持っている。理解できない女だわと空に発した言葉にレイニィ・レイディはワザとらしく首をこてりと傾げる。
    「理解したくはないけれどもね。貴女に慰めの言葉なんて無意味でしょう? だったら灼滅あるのみよ」
    「殺すのね」
     淡々と告げた女が櫂の言葉を買う様に地面を蹴る。降り始めた雨が激しく肌を差すようで小さく舌打ちを漏らした櫂が紅色の刃に悪鬼羅刹の如き鋭さを宿した。
    「ッ――」
     叫声を漏らしかけた小さな子供に静かにと囁いた嵐は友人へと向かう凶行から目を逸らす事無く懸命に一般人の避難を進める。纏う花の香りに安堵したように息をつく子供をあやし、施設へと誘導する。
     無力じゃないけど万能じゃない。冷静な判断でより多くの人を救わんと動く祝はその言葉を幾度も反芻する。
     知っている人が死ぬのは嫌だと闇にその身を投げ売る事は出来た。しかし、多くを求めるのは人の性なのかと自嘲する。
    「『殺す事が幸福じゃない』んだよね。そうだね、喪うのなんてやだよねえ」
     周辺の音を遮断したハレルヤは殺意を滾らせながら背後でへたり込んだ男に「早く離れなよ」と低く囁く。
     怯える一般人への射線を塞ぎ、契約の指輪に灯された魔術を見下ろしてシアワセと何度も唇に乗せた。
    「シアワセ、あは、ホント? じゃあなんで、そんなにイライラしてるのお」
     ぎ、と睨みつける女の掌から断罪輪が離れる。レイニィ・レイディの攻撃から一般人を護る様に射線を塞いだハレルヤの前へと躍り出た梗花は手にしたシールドを展開した。
    「苛立って八つ当たりだなんてレディのすること、じゃないよね。絶対に」
    「黙りなさい」
     酷く苛立った声だと梗花は想う。ちくりと胸が痛んだのは前回、光の軍勢達を留めんと尽力した際に喪われた人命の事。後悔が胸に降り積もる事が彼を前線へと送り出したのだろう。静かに燃え限る感情はレイニィと似ていて、違う殺意の形。
    「絆とか愛とかいのちとか、僕も正直、わかっているかはわからない。わかってるのは、君も身勝手だってこと」
    「身勝手? あたしは、幸福だったのに」
     愛されて殺して、愛しい血を浴びて。自分の衝動と生命の歓喜するその瞬間を味わえる。
     黒いドレスが翻る。女の長い髪を切り裂く様な勢いで突き立てられた槍がぐん、と断罪輪とぶつかりあった。
    「絆や愛は一瞬の生の実感より頼りない絲。途切れた事を貴女は気付いたのでしょう?」
     依子の言葉にレイニィが息を飲む。タカトへの情愛は、彼を喪った時にぷつりと喪い途切れた事と同義だった。
    「実らなかった初恋の八つ当たりにつきあってやるからさ」
     一般人達が距離を保ち、施設へと向かってゆく。降り荒む雨の中、祝は、じっと女の瞳を睨み返した。

     ――こっちへ来いよ。五九九番。

     啖呵を切ったその言葉にハレルヤの瞳が好奇に彩られる。
    「キミとボクは似てるよね。いくらバラバラにしたってボクの中は埋まんない」
     教えて、と放たれた一撃が重くレイニィの腹を裂く。我武者羅に投じられた攻撃に、ルコが小さく呻き頬の傷を拭う様に乱暴に拭いとる。
    「教えて、教えて、教えてよお! シアワセって? アイって? ――ボクって!?」
     ハレルヤが荒げた声音にレイニィは「あたしも、しらないわ」とダウナーな女らしからぬ感情を露わにする。
    「くだらねぇ感情に流されて、八つ当たりしてるだけじゃねぇの?」
     昂る感情を露わにルコが声を荒げる。雨に濡れた帽子が彼の頭から滑り落ち、濃紺へ変わった髪先に気遣うことなくルコは縛霊手を振るい上げる。
    「欺瞞と傲慢だらけで何が恋だ、絆だ、全然見えてねェじゃねぇか!」
    「黙りなさい」
     剥き出した牙は穏やかな影を脱ぎ捨てた依子の一撃。女の腹を掠めたソレに続く様に新は雨を切り裂いた。
    「貴女はその衝動に抗うべきだった。誰かを尊重しなければ絆も愛も、誰からも貰えないんだ」
     翡翠の瞳に映りこんだ女の苛立ちに新が息を飲む。激しい勢いで放たれた攻撃にその体が桜の木へと薙ぎ払われる。先輩、と呼んだ祝の声に顔を上げ新は「苛立ってばかりじゃ幸せなんて得られない」と吐き捨てた。
    「絆を理解しろなんて言わないけど、それはお前だけで発生するものじゃない」
     手を伸ばせば良かったんだよ、ばか。
     囁く声音に嵐は頷いた。彼女が衝動に吞まれる前に、愛と絆を知って欲しかった。血の雨では虹を見る事ができないのだから。
     苛立つレイニィの放った攻撃に彼女が強かに体を打ち付ける。唇の端から流れる血を拭い、雨で頬に張り付く髪を払い彼女は細い両足に力を込めた。
     折れても咲く花が如く――あたしは、杠 嵐だ、と力強く彼女は云う。
     幸運は何処にもないと新は知っていた。彼女にとっての幸せは、自分にとっての不幸なのだと理解してしまったから。
    「ごめんね」
     きっと、何処かで幸せになれたかもしれない不運な赤い花嫁。
     その生涯が寂しいのだと、不確でも心を強く支える標がない女の寂しさを酌み交わす様に依子は一撃を投ずる。
    「貴女も知った筈でしょう? 命に次は無いの。
     おかえり、ただいまを、交わしたかった人はもう――」


     雨脚が強まり体力が削り取られて行くのはどちらも同じ。
     強力な力を持った六六六人衆であれど、怒りに我を喪っている今、短期決戦は力と力のぶつかり合いだった。尽力する回復のおかげか、灼滅者側がリードし、レイニィの力が徐々に弱まって行く事を嵐は感じとる。
    「最後くらい、名乗っていきなよ」
     少し伸びた前髪が水を含んで額へと張り付いた。ふるりと小さな身震いをした新は鋭い視線を向ける『レイニィ・レイディ』へと――否、当に『六六六人衆』と呼べなくなった哀れな女へと声をかける。
     あめ。堕栗花あめよ、と新へと小さな声で告げた女はヴェール越しに彼をじっと見遣る。
     泥に濡れたドレスを見下ろして、折れたヒールを脱ぎ捨てた女は真白の爪先を泥濘に埋めてくつくつと咽喉を鳴らす。
    「ふ――」
    「どうして笑ってるの?」
     些細な感情の変化が『痛み』も『傷』も伴わない以上、彼女には理解の範疇になかった。ハレルヤの愛する殺意が今や鈍らになった以上、彼女は壊し飽きた玩具を眺める他にない。
    「ふ、ふふっ……んふふ、ふっ……」
     壊れた玩具は痩躯を丸めて肩を震わせる。覆うヴェールはぱさりと地面に落ちた。踏み荒らされた桜の花びらが泥に塗れて彼女のドレスを、躯を汚してゆく。余りにも小さく見えて、祝は唇を噛み締めた。
    「なあ、五九九番――あめ。お前だけじゃだめだったんだよ。おまえが与えるだけじゃ、だめだったんだ」
     地面に這い蹲った女を見下ろして祝は朽ちた堂を稼働させる。世界と『彼女』をつなぐ縁は朽ちてしまったと、女の絶望に染まった表情が余りに、悲痛に満ちていたから。
     水気を孕んだ着物が祝の細い足首に絡みつく。肩を叩いて祝を制止したルコは唇に相も変わらずの欺瞞を乗せて笑った。不幸を嘲笑う殺人鬼はバトルオーラをその身に纏い女の身体を蹴りつける。
    「もどかしいなら、闘えばいいじゃないですか。殺人鬼ってそんなものですよ?」
     今一度、鈍らになった殺意が研ぎ澄まされる。裸の爪先が地面を蹴って、泥濘を掻き分ける。
     女の動きを制御せんと狙い穿つが為に、華やぐ結末をその身に纏い嵐が斜線へと躍り出る。黒いネイルの指先が空気を撫で、研ぎ澄まされた殺意の隙間へ呪いを送る。
    「――もっと早く、気付いて欲しかった」
     愛情は、絆は、女を綺麗にするのだと嵐は良く知っていた。赤いルージュに色付かれた唇から飛び出した泡沫に血色の瞳を揺らした櫂が瞳を伏せる。
     嵐へと狙いを定めたレイニィへと襲い掛かる黒揚羽が不吉を笑う。高いヒールが地面へ丸く孔をあけ、豪奢なレースが水気を孕み重くなる。櫂は――唇からちらりと牙を覗かせ笑った。
    「……大切な人を喪うのは悲しいわね」
     生きる証左を、愛される実感を、血潮のかおりに塗れて感じとってきた六六六人衆。そうする事が彼女にとっての『生命』だったのか、生涯を通してそうしなければ生きていけなかったのか――彼女は何も語らない。
     只、奪う事だけが彼女にとっての証左だったのだ。奪った者は何時かは奪われる。それを梗花は良く知っていた。
     誰かを護るために誰かを害する。その穴を埋める様に誰かを癒す。それはレイニィ・レイディも梗花も同じなのだと自嘲する様に唇に笑みを乗せて。
    「それでも僕は、奪わせたくないんだ」
     酷く重い音を立て、盾にぶつかった断罪輪を受け流す。頬を切り裂く鋭い一撃に眼鏡の奥で眉を顰めた青年は体を捻り上げた。
     きっと、これは、矛盾しているのだろう――
     嘲笑う様に降り荒む雨を受け入れる様に梗花はレイニィ・レイディを引き付ける。女の断罪輪が彼の身体から発される錆びた鉄の匂いさえ霞むその空間に、ハレルヤは一撃を投げ入れる。
    「赤くてグチャグチャなキミの部品。好きって思うのは、おかしい……のかなあ」
     ぽつりと零された言葉に返答する事は無い。『お揃い』の女は最後に牙を剥く様に灼滅者へと襲い掛かった刹那、
    「もう、いいんですよ。貴方の孤独も雨も、此処で止める」
     梔子の花言葉は彼女の口癖に良く似ている。槍の穂先を女の胸に突き立てながら依子の緑の瞳が仄かに焔を灯す。
     ――ダークネスでは無い、生身の人間を殺す感覚がその掌に伝わった。
     それは、『あめ』の命の終わりなのだと新は激しい雨に濡れた女の姿を見詰める。
     ぷつりと、この世界と彼女を繋ぐものが消えたのだとからんと下駄を鳴らした少女は実感していた。
    「これ以上は、もう」
     赤い血潮が、雨に流されてゆく。至近距離で女の表情を見た依子は息を飲む。
     どうして泣いているのとハレルヤは首を傾いで聞いた。レイニィ・レイディ――あめは唇を震わせる。
    「……ねえ、あたしは、ここに……」
     女を見据えた櫂は「ええ」と小さく返した。卑しい蝶は真紅の姿を顕すこと無く成りを潜める。
     彼女と言う存在が自分の果ての様に感じて赤い瞳を逸らす事の出来ない櫂の手首をぎゅ、と握った嵐は首を振った。
     雨はその強さを弱めない。雨粒に落とされた花弁が泥に濡れて美しさを喪ってゆく。
     幸せだったかな、と小さな声で問い掛けた新へと視線を向けた女の唇が僅かに動く。
     女は、華の様に刹那的に生きていた。
     哀れな赤い花嫁にルコは唇を歪める。
    「恋をしてましたよ――嘘ですけれど」

     幸福だった、と。
     降り止まぬ雨に流されてゆく女の声は桜の花が散り往く様に消えて行った。
     それは、桜雨の頃だった。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月29日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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