獣は瓦礫に君臨する

    作者:波多野志郎

     ――がらり、と瓦礫が崩れる。
     そこは山の中腹、かつて工場があった場所だ。古くはバスで麓の街から多くの人が通い、賑わっていた。しかし、数年前の大きな不況の際に立ち行かなくなり潰れてしまった――が、決して時の流れだけで忘れ去られた訳ではない。
     瓦礫を踏み砕いたのは、一体の獣だ。猪にも似たシルエットの全長5メートルを超える緋色の獣は、周囲に火の粉を舞わせながらゆっくりと歩き出した。
     時間は夜、かつてはここに訪れていた者が今も住むだろうそこへと。万色のイルミネーションで飾られた街へ、獣は進む……。

    「何を思ってかは、不明っすけどね」
     ただ、その結果だけが悲劇である事は間違いない。湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)の表情はそう物語っていた。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「もう数年前に潰れた元工場……イフリートが住みついて、すっかり瓦礫の山なんすけどね?」
     その瓦礫の山にいたイフリートが、街へと足を伸ばした――それが、悲劇のきっかけであり全てだ。破壊と殺戮、その衝動のままに暴れ回れば文字通り災害のごとき被害が出るだろう。
    「そうなってしまう前に、止めてほしいんすよ」
     時間は夜、イフリートが瓦礫の山から移動しようとした時に戦いを挑んでもらいたい。相手のバベルの鎖に感知され、不意打ちも意味をなさない――真っ向勝負するしかない。
    「人払いの必要はないっすけど、光源は必須になるっす。後、足場が瓦礫になっていて悪いんで、そこは注意が必要っすね」
     相手は体長五メートル以上の巨体を持つイフリートだ。攻撃力はもちろん、耐久力のある相手だ。十分に注意して立ち回る必要があるだろう。
    「理由は何にせよ、放置できない相手っす。みんなが連携して挑んでようやく倒せる相手っすから、十分に注意して挑んでくださいっす」


    参加者
    加賀谷・色(苛烈色・d02643)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    辛島・未空(高校生殺人鬼・d14882)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    日向・焔(未来へ輝く・d25913)
    新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)

    ■リプレイ


     春の夜空は、どこまでも澄み渡っていた。瓦礫の山から吹く風は温かく――否、熱くさえあった。
    「イフリートは山中にいるケースが多いけど、この場合、さしずめ瓦礫の山の主、ってことになるのかな」
     新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)が、瓦礫の山を見上げて呟いた。既に、その瓦礫の山の主は視界に入っている。猪にも似たシルエットの全長5メートルを超える緋色の獣は、周囲に火の粉を舞わせながら静かに佇んでいた。
     遠近感がおかしくなりそうな大きさだ、その光景にロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ(愛と殺意・d36355)が呟く。
    「イフリート……意外とでかいな。街の方に行くとか人が恋しくなったのかな?」
    「街のイルミネーションに興味を持ったのですかね? ここに隠れていれば私達に見つかる事なかったのに馬鹿な猪ですね」
     辛島・未空(高校生殺人鬼・d14882)が、そうため息をこぼすと加賀谷・色(苛烈色・d02643)は言い捨てた。
    「もしかしたらちょっと行ってみよ、くらいの気まぐれかもしれねぇけど。それでも行かしてやるわけにはいかねェんだよな」
     不意に、イフリートがその視線を周囲に巡らせる。視線が合ったと感じて、色は笑みを見せた。
    「お前があっちいったら、良いことなんて一つもおきないのだけは、確かだから」
     その言葉が届いたのか、あるいは届こうと意味が理解出来ただろうか? ただ、ガラリと瓦礫を踏み砕きながらイフリートが一歩前に出る。
    「……これ以上は進撃をさせはしない」
    『ゴ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)の決意に重ねるように、イフリートが吼えた。瓦礫の破砕音が続き、その感覚が短くなっていく。加速しているのだ――大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)は、目を開きイフリートの姿に舌打ちした。
    (「また外れか」)
     自身の求めた敵ではない、それを知ってなお蒼侍は闘志を燃やす。自分達の背後、街に行かせる訳にはいかない――そうなれば『悲劇』が起こる、それを誰よりも知っているから。
    「巨大な体躯からは恐ろしい強力な攻撃が繰り出される強敵だな。だがこっちも数では負けていない、皆の協力があれば、決して負けないぞ」
     もはや瓦礫の山を震わせる地響きのようなイフリートの突進を前に、日向・焔(未来へ輝く・d25913)は告げる。この場にいる誰一人、怯む物はいない――決意を持って、戦場に立った者ばかりだからだ。
    「かつて、人だった存在……それでも。俺は、貴方の命を奪う悪となる」
     そうしなければ、より多くの命が失われる――水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)がそう言った瞬間だ。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ゴゥン! とイフリートの炎が翼のように広がり、灼滅者達へと振り払われた。


     ガゴン! と瓦礫が舞い散り、イフリートの龍翼飛翔が唸りを上げる。
    「……イフリート相手ならば、攻撃には攻撃を、よ」
     A-Belt【シリウス】、肩に装着した帯革からライラは蒼い特殊繊維を射出した。イフリートにライラのレイザースラストが突き刺さるが、突進の勢いは止まらない。
    「まったく、大した猪っぷりだぜ!」
     ヴン! と色は眼前に掲げたWOKシールドを広範囲に展開、ワイドガードを発動させた。バチン! とイフリートのシールドが接触した刹那、未空はケミカルライトをばら撒きながらガシャン、と踏み出す。
    「よっと!」
     ジャラララララララララララン! と未空はウロボロスブレイドを躍らせ、イフリートの胴に蛇腹の刃を巻き付かせた。そこへ、低い体勢で焔が疾走する。
    「さぁ、お前にこれを避けられるかな? これでも食らいな!」
     ヒュガン! と焔が零距離で投げ放ったリングスラッシャーが、イフリートの右後ろ脚を捉えた。バシュ、と吹き出る炎、蒼侍もまた横から滑り込むと、居合いの要領でイフリートの左後ろ脚を切り裂く。
    「硬いな」
     切っ先から伝わる感触に、蒼侍がぼそりとこぼした。発達した筋肉というのは、鉄のように硬くゴムのようなしなやかさを併せ持つ――それが、イフリートともなれば顕著なものだった。
    『ゴ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     その全身の筋肉による疾走は、止まらない。灼滅者達が咄嗟に左右に散ると、イフリートは大きくUターンした。
    「遅いよ!」
     猪は、急に止まれない。だからこそ時間のかかったUターンに合わせて、桃子の跳び蹴りが炸裂した。ズズン! と桃子のスターゲイザーによる重圧と度重なる攻撃に、ようやくイフリートの巨体が揺らぐ。
    「もう一つ!」
     そこへ、滑り込んだのは旭だ。自重のみで敵を貫く双刃の馬上槍を、横回転の遠心力で振り払って前脚を切り裂く――旭の黒死斬にイフリートの体が大きく傾くと、ロードゼンヘンドがドンッ! と破邪の白光を放つ剣を突き立てた。
    「はっ――!」
     笑みを浮かべたまま、ロードゼンヘンドが突き刺さった剣に力を込める。ごぷり、と溢れる炎――その炎が、イフリートの周囲で炎の弾丸へと変わっていった。
    「おっと!」
     素早くロードゼンヘンドは、イフリートを蹴って後方へ跳ぶ。その直後、ガガガガガガガガガガガガガガガガ! と炎の銃弾が嵐のように瓦礫の山に降り注いだ。


    「瓦礫の山が出来る訳だぜ、こりゃあ」
     イフリートの暴れっぷりに、これ以上なく納得を得て色は笑う。鳴り響く破砕音、その中心にいる瓦礫の主こそ、この光景を生み出した張本人……張本『人』なのだ。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
     ガシャン! と瓦礫を蹴って、色は半獣化した右腕をイフリートへと振り下ろす。ザン! と色の幻狼銀爪撃がイフリートを斬り、そこに死角から回り込んだ蒼侍が刃を重ねた。
    『ご、が、ああああああああああああああああああああああああああ!!』
     怒りに燃えるイフリートが五芒星の炎を展開、ズンッ! と重圧で灼滅者達の足を止める――そのはずだった。
    「させませんよ?」
     未空の振り払った解体ナイフから染み出た夜霧が、広がっていく。夜霧隠れに、ダンダンとイフリートが苛立たしげに足を踏み鳴らしたその時だ。
    「……こっちだ」
     紫色の筋繊維が膨れ上がり無数の牙が生えた怪腕で、ライラが殴打する! 霧の中から飛び出したその一撃に、イフリートが四肢に力を入れて踏ん張り――その間隙に、桃子が駆け込んだ。
    「これでもくらえっ!」
     放電光をまとった拳を低い位置から振り上げ、桃子の抗雷撃がイフリートを強打する。のけぞるイフリート、そこへ向かって焔が死角からバベルブレイカーをガゴン! とイフリートの足に突き立てた。
    「や、れ!」
     ギシリ、と気を緩めれば一気にバベルブレイカーがもぎ取られそうな感覚に襲われながら、焔は全力で抑え込む。暴れようともがくイフリートへと、旭が駆け込んだ。
    「それにしても……5メートルは、大きいよなぁ……。足場にするには動きも素早いし――」
     どうしたものか、その疑問はすぐに切り捨てた。旭に出来る事、それをするしかないのだ――見上げる程のイフリートの巨体へ、加速をつけた鬼神変の異形の怪腕を全力で叩き付ける!
    『ぐ、が、ああああああああああああああああああああああああッ!?』
     大きく体勢を崩したイフリート、そこへロードゼンヘンドはジャッジメントレイを放った。ドォ! と裁きの光の圧力に、イフリートの瓦礫の足場が崩れて転がり落ちる。しかし、すぐに炎の翼を利用してイフリートは起き上がった。
    (「もっと小さくなれば可愛いだろうな」)
     立ち上がったイフリートを瓦礫の上から見下ろして、ロードゼンヘンドは思う。その瞳には、ずっと一人でいたのは寂しかっただろうな、という憐れみの輝きがあった。どこかで、過去の自分と重なる……自分とイフリート、その違いがなんだったのか? それは、定かではないが――。
    「……何にせよ、行かせない」
    「そうですね」
     ライラの言葉に、未空はうなずく。イフリートがもしも街へと降り立てばどうなるか……その答えは、目の前に広がっているのだ。そして、大きな違いはここのように無人ではない事。この瓦礫の山のように、屍が積み上げられる事となるのだ――それを見逃す事は、出来ない。
     悪い足場での戦闘は、事前に覚悟出来たか否かの差が如実に現れていた。対策もなくこの場で戦っていれば、こうも上手く同等の状況に持っていく事は出来なかっただろう。
     だからこそ、この一進一退の攻防に意味がある。相手に押し切られず、相手を追い込むそのための、我慢の時。それを超えた先にこそ勝利がある事を、彼等は知っていた。
     ――そう、その時は間近に近付いていた。
    『ごる、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
     ガゴン! と瓦礫を巻き上げながら、イフリートが駆ける。火の粉は全身に広がり、獣自身を一つの巨大な炎の塊へと変えていく――イフリート渾身のレーヴァテインだ。
    「いっくよー! せーのっ!」
     それを迎え撃ったのは桃子だ。迷わずイフリートへと突進、燃え盛るドロップキックでイフリートのレーヴァテインを相殺した。
    「お願い!」
     イフリートがのけぞり、桃子が吹き飛ばされる。桃子の言葉を受けて、ロードゼンヘンドが笑みと共に跳んだ。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     非実体化した剣を、大上段にイフリートへと振り下ろす! 肉体ではない、その魂を断つロードゼンヘンドの神霊剣の一閃に、イフリートが苦痛な声を上げた。
    『ご、が、ああああああああああああああ!?』
    「畳み掛けるぜ!」
     そこへ、色が続く。炎に包まれた膝が、イフリートの顎を強打――色のグラインドファイアを受けたイフリートが、瓦礫から四肢が引き剥がされた。
    「そのまま、終わらせる!」
     ヒュガガガガガガガガガガガガガ! と焔の足元から伸びた無数の影が、縦横無尽に空中のイフリートを切り刻んでいく。イフリートが、ズズン! と轟音を立てて、瓦礫の山に落下した。
    「そこです!」
     ズザン! と未空が空中に逆十字を刻むと、ギルティクロスがイフリートの額を切り刻む。刻まれた額の十字傷へ、旭が鐵断の切っ先をその額へと突き立てた。
    「これで幕を引くよ! ……せめて、安らかに」
    「……獣も眠る時が来た。お休み、名もなき獣」
     鐵断へ、ライラはM-Gantlet【プリトウェン】の拳を叩き込む――それと同時、疾走した蒼侍が居合いで刀を抜き放った。
    「イフリートは――斬る!」
     ゴォウン! と、イフリートが、内側から爆ぜた。眉間に突き刺さった刃が、そこから伝わった衝撃が、両断する斬撃が、同時にイフリートへと終わりをもたらしたのだ。
    「……綺麗なもんだな」
     まるで、暗闇に咲いた一輪の赤い華のようだ――色は、皮肉なまでに美しい一瞬の光景を確かに胸へと刻んだ……。


    「あんな巨大なイフリートなだけあり、相当な強敵だったな。皆、怪我は無かったか?」
     焔がそう問いかけたが、自分自身その答えは既に理解していた。無傷な者は、この場には一人としていない。全員が全力を尽くして得た、そういう勝利だ、と。
    「だけど、瓦礫の山か。人が近くに居なくてラッキーだっただろうけど、ゴミが捨てられているのは感心しないな。どこか役所で廃墟の撤去をお願いしたいな」
    「そうですね、これは私達ではどうしようもないです……皆さんお疲れ様でした」
     ケミカルライトを拾い終え、未空は眼鏡をかけ直した。そして、戦いで汚れた服に気付いて、物陰で替えの服へと着替える。
    「……瓦礫の中にいれば、こうはならずにすんだのかな?」
    「――――」
     ライラが黙祷を捧げ、旭も手を合わせる。やらない善よりも、やる偽善――倒した者ができる精一杯のことであるから。
    「…………」
     蒼侍はため息を一つ、踵を返した。一瞬だけ街の方を見て、足早に歩き出した。
    (「昔の俺と同じ悲劇が今回は起きなかった……それでいいじゃないか」)
     仇ではなかった相手への落胆と自分と同じ犠牲が出ずにすんだ安堵の入り混じった複雑な感情。何事もなかったような街の様子を見て、無理やり自分を納得させた。
    「街の方、散歩してみます?」
     替えの服に着替え終えた未空の提案に、仲間達も歩き出す。街のイルミネーションは、今も輝いていた。その光の一つ一つに、誰かの生活がある――彼等は、それを守ったのだ。
     こうして、灼滅者達は人知らず多くの人々の命を救い、主を失った瓦礫の山を後にした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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