黒き青春への導き手

    作者:飛翔優

    ●誰も知らない教室で
     頭の良さが災いして、友人が一人もいない……顔見知りすら存在しない高校へと入学した。最初の挨拶に失敗して友人はできず、一人ぼっちで過ごす日々。焦りが成績を落とし、取り戻すために勉強に傾注してより孤独になる……。
     高校に入学してから早二ヶ月。入学前から抱いていた不安が的中したような日々を、シンは送っていた。
     毎日毎日、学校と家を往復する日々。時々図書館にもよるけれど、それ以外の場所に足を運ぶことはない。
     部活動を行っている者たちの顔は、あんなに輝いているのに。
     街へと繰り出していく同級生たちも、あんなに幸せそうなのに。
    「……」
     重々しいため息を吐きながら、シンは帰路についていく。
     ただ一人、地面を見つめたまま。
     誰に知られることもないままに。
     ……もっとも、それはまだ描かれることのないはずの光景。ただただ、シンが抱いていた不安が形となっているだけの……シャドウの創りだした、悪夢世界なのだけれども……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)の予想によって、今年の春に高校生になるシンという名の少年がシャドウの創りだした悪夢に囚われている光景を察知した。
     本来、ダークネスにはバベルの鎖による予知能力があるため、接触は困難。しかし、エクスブレインの導きに従えば、その予知をかいくぐり迫ることができるのだ。
    「とはいえ、ダークネスは強敵。ソウルボード内では弱体化するシャドウといえど、です。ですのでどうか、全力での行動をお願いします」
     そう前置きした上で、葉月は地図を取り出した。
    「街中のこのマンションの一室が、シンさんが家族とともに暮らしている場所になります。シンさんの部屋は……」
     家までの順路や部屋の位置、侵入の際に必要となる鍵などを提示した。
    「この鍵を用いれば、問題なくシンさんの部屋に侵入することができるかと思います。後は早々にソウルボード内へと侵入し、行動を起こすだけですね。その際に必要な、シンさんについての説明を行います」
     シン、春には高校生になる少年。頭が良く本来は明るい少年だが、多少人見知りのけがある。その上、友達はおろか顔見知りもいない高校へ進学する事になり、不安を抱いていた。
     うまく友達ができるだろうか? うまく溶けこむことができるだろうか? と。
    「そんな不安を、シャドウは突きました」
     現在、シンは高校最初の挨拶に失敗して友だちができず、そのせいで成績も落ち……と言った、孤独に過ごす高校生活を送る……そんな悪夢に囚われている。
    「皆さんがソウルボードに侵入したタイミングでは、おそらく高校から自宅へ帰宅している途中になるかと思います。ですので、接触して下さい」
     接触後は、心を軽くして上げる必要があるだろう。
    「方向性としては色々とありますが……そうですね、簡単にはそこが夢のなかであることを納得しないかと思います。そして、納得しなければ悪夢を打ち破ろうとも思わない……そう思います。ですので、どうにかして悪夢の中であることが理解できるように説明した上で、前向きになれるよう導いてあげたなら……」
     そうしてシンが前向きになったなら、悪夢を邪魔されたことに腹を立てたシャドウが配下を引き連れてやってくる。後は迎え討てば良い、という流れになる。
     敵戦力はシャドウの他、高校生型の配下が二体。力量は、配下がいる状態ならば灼滅者たちと五分程度。また、シャドウは配下が二体とも倒れたら逃亡するという用心深さを持つ。
     シャドウの立ち位置は妨害役。闇を取り込み自らを高める力の他、不安を掻き立てる波動で複数人を威圧する、いびつなチャイムをならし複数人の足を止めさせるといった攻撃を仕掛けてくる。
     一方、高校生型の配下二体は防衛役。シャドウを守りながら、意地悪な足掛けで動きを止めさせる、意地悪に笑い怒りを誘う……といった行動を取ってくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図などを手渡し、締めくくりへと移行した。
    「新しい生活への不安……それは、誰にでもあることだと思います。けれども、いつかは乗り越えなければならないこと……乗り越えることができたならさらなる未来へと向かえること……そう思います。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    西場・無常(特級殲術実験音楽再生資格者・d05602)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    立花・翔(かすみぐも・d31919)
    佐久・明(泡沫のアクル・d32959)

    ■リプレイ

    ●友のいない世界の中で
     ――ソウルボードに突入して最初に見えたのは、どことなく精彩を欠いているように思われる陽射しだった。
     世界に影が混じり始めていく、陽が傾き始めた昼下がり。バットの快音、仲間を呼び合う力強い声音、街へ繰り出すのだと心を踊らせている会話……様々な喧騒に抱かれている、放課後を迎えた高等学校。
     参考書片手にうつむき気味に校門の外へと歩いてきた少年……シンを眺め、西場・無常(特級殲術実験音楽再生資格者・d05602)は瞳を細めていく。
     初めて武蔵坂学園に来た時は、苦労した。右も左もわからない状態だった。
     けれど、一人ぼっちにならずに、上手くやれている。だから、上手くできていない……そんな未来を悪夢として見せ続けられているシンを救いたい。
     だから……。
    「……」
     悪夢のきっかけは、挨拶の失敗。
     ならばこちらから普通に挨拶を持ちかけんと、前方から歩み寄っていく。互いに手を伸ばせば指先が触れるだろう位置で立ち止まり、歩き続けているシンへと視線を送った。
    「こんにちは」
    「え? あ、はい……こんにちは……」
     驚いたように顔を上げ、一礼していくシン。
     一呼吸の間を置き向けられた訝しげな視線を受け止め、無常は頬を緩めていく。
    「俺は……西場無常だ。宜しく」
    「えと、その……よろしくお願いします」
     わけがわからぬ様子ながらも、きちんと応対してくれている。
     無常は眦を下げ、微笑みかけた。
    「挨拶できたな。簡単だったじゃないか」
    「……ええと」
     状況が理解できぬのか、小首を傾げて行くシン。
     理解させるため、佐久・明(泡沫のアクル・d32959)が無常の影から歩み出た。
    「こんにちは、シンさん。私は佐久明って言います」
     返事を待たずに、生徒たちが賑やかな放課後を迎えている校舎へと視線を移した。
    「シンさんが友達を作れずにいる事、成績も下がってしまう事……悪い事ばかり起こるのは、ここが悪夢の世界だからなの。ここを出ましょう?」
    「……はい?」
    「……そうだね」
     目を丸くしていくシンの前に、立花・翔(かすみぐも・d31919)もまた歩み出た。
    「見てて……」
     瞳を細めながら槍を抜く。
     驚きすくみあがっていくシンを横目に、自分の指を刃の部分に押し当てた。
    「ひっ」
     軽くなぞれば、指先が浅く裂けて行く。
     血が滴り始めていく傷跡を、小さな悲鳴を上げたシンへと向け……。
    「え……?」
     指先に、炎が点った。
     まるで、血を燃料としているかのように。
     あるいは、血そのものが炎であるかのように。
    「他にはこんなものもな」
     続いて、赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)が自らの隣を見るよう促した。
     促されるがままにシンが視線を向けた先、ビハインドの……顔を隠し下半身を持たぬ人型の何かである月代が、ただ静かに佇んでいた。
     炎と月代、現あらざる存在を交互に見比べ始めていくシン。
     混乱していくだろう思考を導くため、碧は切り出していく。
    「世の中に下半身が無い人なんていないだろう? トリックだと思うならそれでいいが、初対面でそんなんことやるメリットなんて何もない」
     これこそが、悪夢である証明だと。
     その上で、伝えたい事があるのだと。
    「……」
     納得したかどうかは、表情からは伺えない。ただ、混乱は収まったのか灼滅者たちへと視線を戻し、深呼吸を始めていく。
     ――気づけば、校舎から聞こえる喧騒は少なくなっていた。すれ違う生徒たちの数もまた、減っていた。
     シンの心の変化を感じ取りながら、碧はなおも言葉を投げかける。
    「今君が抱えている不安……それを俺たちに吐きだしてみないか。少しは心も軽くなる」
    「……」
    「シンさん、あんまり考え過ぎないように、もっと気を楽にして。これは夢のなか、なんですから」
     優しく微笑みかけながら、翔もシンに促した。
     風の音が聞こえる沈黙が訪れてしばしの後……ひときわ大きな風の訪れとともに、シンはぽつり、ぽつりと語り出す。
     挨拶に失敗して以後、一人ぼっちの高校生活を行っていると。孤独への焦りからか成績も落ち、補うために勉強したため遊ぶ時間もなく……という悪循環に陥っていると。
     全てを受け止めた上で。碧は返す。
    「君の不安も解る。転校した経験があるからな。緊張が止まらなかったが、踏み出せば案外すんなりいった。簡単じゃないのは解っているが、踏み出さなければ前には進めない」
     かつての失敗を経てなお、前に進む方法を。
    「それに悪夢とはいえ、なんで失敗したか学べることはあったんじゃないか? その過ちをしないようにすればいいんだ」
     あるいは、まだ訪れていない未来の話なのだからいくらでもやりようはある……そんなアドバイスを。
     シンは再び口を閉ざした。
     巡っているだろう思考を導くため、翔もまた優しい声音で告げていく。
    「繰り返しになるけど、あんまり考え過ぎないように。もっと気を楽にして。現実では皆もっと優しいよ。大丈夫、すぐに友達できるよ」
     隣では、明がうんうんと頷いていた。
    「シンさんは悪夢の中でも頑張ったもの。そんなシンさんならお友達になりたいと思う人が必ず現れるわ。諦めないでね」
     悪夢の中にあっても、失敗したのを引きずっていても……心を折ることなく、生活を続けていたシン。その心の強さがあるのなら、きっと悪い事ばかりが起きるわけではない現実世界ならばいかようにも挽回できるはず。
     灼滅者たちが紡ぎだす励ましの言葉の数々に、シンは拳を握りしめる。
     口を開こうとして、すぐに閉ざす……何かを切り出すかのような、そんな気配を見せていく。
     だから無常は促した。
    「そうだ、お前が挨拶できなかったこの世界は……マヤカシだ。そんな未来など、吹き飛ばしてしまえ!」
     まっすぐにシンを見つめたまま、力強い言葉と共に。
     シンは瞳を閉ざし、頷いていく。
     顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。
     ――気づけば、世界から異質な影は消えていた。賑やかだった喧騒も落ち着いたものに……どことなく優しいものへと変わっていた。
    「もし、本当にこれが悪夢だというのなら……僕は、負けない。君たちの言う通り……まだ、取り戻せるなら……僕は、頑張る。思い描いた、そんな学園生活を送れるよう……」
    「そうして描いた高校生活、果たして何人ほどが実現できたとお思いかな?」
     決意の言葉が紡がれし時、校門の方角からいびつな声音が聞こえてきた。
     灼滅者たちはすぐさまシンを背中に隠し、校門へと視線を向けていく。
     生まれていたのは三つの闇。
     二つは男子高校生へと変貌し、残る一つは……この悪夢の元凶たる、シャドウの姿へと変貌する!
    「まったく、邪魔をしおってからに……あえて悪夢よりも辛い厳しい現実を見せさせるよう促すとは……」
     シャドウは怒気をはらんだ声音を紡ぎながら、灼滅者たちへと殺気を向け……。

    ●高校生活の闇を打ち倒せ!
     シンに遠い場所へ退避するよう促した上で、碧は右腕に漆黒の妖刀を飲み込ませた。
    「さ、後はこいつらをぶっ倒すだけだ。月代、援護はよろしくな!」
     意気揚々と地面を蹴り、高く、高く跳躍する。
     道中、右側男子生徒の左肩を踏みつけて、奥に位置するシャドウの背中へと着地した。
     振り向くことは許さぬとばかりに放たれた月代の霊障がシャドウの動きを止める中、碧は振り向きざまに一閃!
    「年貢の納め時だよ、シャドウ」
    「ぐ……」
    「きばっていくよ!」
     背中を切り裂かれたシャドウがよろめく中、翔は槍で虚空を斬り裂いた。
     生み出されし風刃がシャドウの右肩を切り裂いていくさまを見つめながら、流れるように右側へとステップ。
     勢いのまま走りだし、歩き始めた男子高校生たちの視界から逃れようと試みる。
     左側の男子生徒が翔へと視線を向けかけた時、その体が大きな結界に抱かれた。
     担い手たる無常はヘッドフォンの一を調整しながら、足先でリズムを撮り始める。
    「さあ、さっさと倒すぞシャドウ! まずは東洋のエキゾチックなメロディ、ミュージックスタート!」
     ダンスステップと共に、流れ始めるエキゾチックメロディ。配下たちが動けぬのなら……とばかりに笑い始めていく中、シャドウもまた前衛陣へと手をかざす。
    「この程度、ぬるいわ!」
     空気が揺れた。
     前衛陣が、一瞬だけ動きを止めた。
     すかさず明は歌い出す。
     エキゾチックなメロディに合わせて。
    「……」
     明は、翔と同様に今回が初めての依頼。
     不安はある。
     励ます時。きちんとできていただろうか?
     今も、回復役を務めることができているだろうか?
    「……」
     結果は後からついてくる……と拳を握りしめ、歌声にさらなる力を込めた。
     朗々たる歌声は、揺さぶられ始めた前衛陣の心を鎮めていく。不必要に猛ることなく、されど怯えることもない……間断なき攻撃を継続させていく……。

     シャドウとの距離を詰めようと駆け回っていた翔が、不意につんのめった。
     音もなく近づいてきた右側の男子高校生に足をかけられたのだと気づき、静かな息を吐きながら立ち止まる。
    「なかなかやるね。でも、負けないよ」
     勢いを失ったのなら必要のない力を用いればいい。
     ガトリングガンへと持ち替えて、シャドウに狙いを定めてトリガーを引く。
     数多の弾丸が戦場を駆け抜けて、シャドウをその場に縫い付ける。
    「ぐ……」
     うめくような声が響いた時、無常はメロディを小刻みなドラムベースの音色に変えた。
     二度、三度とリズムと取った上で跳躍し、男子生徒たちを飛び越えながらシャドウに向かって足を伸ばしていく。
    「シャドウ、貴様の卑劣さに……負けはしないぞ!」
     つま先は、よろめくシャドウの喉元をとらえた。
    「ぐはっ」
     衝撃を殺しきれずに踏み倒され、シャドウは尻もちをついていく。
     今、このタイミングなら……と、明は手元にオーラを集め始めた。
     手のひらが熱くなっていくのを感じながら、物悲しげに目を伏せていく。
    「これ以上、シンさんをいじめないでね」
     願いと共に放たれたオーラは光を導き、立ち上がろうとしていたシャドウを再び地面へ引き倒す。
    「が、こ、このままでは」
    「このまま、終わらせる……!」
     碧は漆黒の刃を腰元の鞘に収め、一跳躍で男子生徒たちの間をくぐり抜けた。
     足元へ到達すると共に立ち止まり、腰を落とす。
     さなかには後を追いかけてきた月代が、得物を用いてシャドウの身体を押さえつけた。
    「や、やめっ」
    「……」
     喚くシャドウを冷たい瞳で見下ろし、居合一閃。
     身体を真っ二つに断ち切って、消滅の時を迎えさせていく。
     後に残された男子生徒たちに、まともに抗うすべは存在しない。
     灼滅者たちは程なくして、完全勝利を収めたのである。

    ●明るい高校生活を目指して
     灼滅者たちが傷を癒やし始めたころ、退避していたシンが戻ってきた。
     シンは静かな息を吐いた後、灼滅者たちに笑いかけていく。
    「ええと、ほんと色々とありがとうございました! おかげで、頑張れそうな気がします!」
     頭を下げていくシンを抱くのは、再び咲き誇り始めた桜の色。
     始まりの未来を、明るい心を示す、明るい色。
     受け止めた上で、無常もまた笑い返していく。
    「……そうだな。そして、俺たち灼滅者の役割はここまでだ」
    「君は独りじゃないよ。少なくとも此処に君のことを想っている存在がいる。夢の中の存在ではあるがな」
     碧もまた笑いかけたなら、力強く頷き返してくれた。
     だから明も優しく微笑みかけ、静かに瞳を伏せていく。
    「それじゃ、そろそろお別れだね……」
    「今度は友人へ伝えられるように、言い合える友人ができるように……」
     翔も頷き、シンと視線を交わしていく。
     頷き、シンは顔を上げた。
     まっすぐに、灼滅者たちを見つめていた。
     もう、大丈夫。
     きっと失敗はしない。失敗したとしても、後から挽回することができる。
     そんな決意を、思いを、言葉なくとも伝えるため……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月26日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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