導く者、再び

    作者:波多野志郎

     ――もうすぐ、新学期が始まる。
     本来なら、新学期に備え学校に人はいないはずだ。しかし、何にせよ新しいスタートには準備が必要になるものだ。特に、この高校のように新入生を迎える準備を整えている場合には。
    「ああ、初心忘れるべからず。通って来た道だからこそ、後ろに続くものの不安と期待を理解できる……実に、素晴らしい事です」
     そう微笑むのは、学校関係者ではない。撫で付けたオールバックの黒髪。ノンフレームの眼鏡。真っ白な白衣姿の男だ。
     既に、日は暮れている。だが、まだ生徒や教師が残っている。その新しい日々の準備に浮かれる空気は、男にも好ましいものだった。
    「ええ、初心忘れるべからず。私もまた、この空気に初心に帰りましょう」
     じゃがん! と大量のメスと鋏をその手に、男――六六六人衆序列六二一、メンターは微笑んだ。
    「では、授業といきましょう。授業内容は――『死ぬ事という意味』です」

    「ほとほと懲りない奴だぜ」
    「まったくっす」
     ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)が吐き捨てれば、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)も渋い表情で同意する。
     翠織が察知したのはダークネス、六六六人衆の動向だ。
    「その高校では、新入生の入学式の準備と打ち合わせのために、十人の教師や生徒が夜まで残って作業してるんすけどね?」
     作業中の体育館、そこでメンターは彼らを皆殺しにする。そうなる前に対処してほしい、という依頼だ。
    「相手も意識してかどうか、阻止しやすい動きをしてるんすよ。その代わり、不意打ちもできない真っ向勝負を求められるんすけど」
     夜、体育館へと向かう渡り廊下。そこで、待ち受けてほしい。ESPによる人払いは必須、光源の準備もしておくといいだろう。
    「そうっす。渡り廊下――外、なんすよ、唯一仕掛けられる場所が。なので、向こうとしては逃亡しやすく、振り切り易い状況なんす」
     へたに事前に教師や生徒達を逃がそうとしても、メンターのバベルの鎖に察知される。だからこそ、そこで撃退するか灼滅させるしかない真っ向勝負となるのだ。
    「お互いにメリットとデメリットが見えてる勝負っすね。だからこそ、こっちは連携が重要になるっす」
     相手が相手だ、十人の内二人までの犠牲はやむを得ないだろう。しかし、向こうも囲まれる状況というデメリットは理解しているはずだ。
    「でも、この状況なら――灼滅だって不可能じゃないっす。厳しいっすけど、灼滅を狙っても悪くないはずっす」
     ただし、そうなればより緻密な連携が求められる。その事だけは、忘れてはならない。


    参加者
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)
    識守・理央(オズ・d04029)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)
    蔵座・国臣(病院育ち・d31009)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)

    ■リプレイ


     新しい学期が目前へと迫るその日、ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)は小さく呟いた。
    「確実に仕留める、こんどこそ……」
     日の暮れた学校、体育館へと続く渡り廊下。自分達の背後にあるのは、未来の希望だ。新たな門出を祝うための準備――それを血で汚す訳にはいかない。
     暗闇の中、気配もさせずに一つの人影がこちらに向かってきていた。それに、シルフィーゼ・フォルトゥーナ(菫色の悪魔・d03461)はライトの明かりを向ける。
    「また会ったのぅ、授業とやらの相手をしてやろうかの」
    「おやおや」
     小さく笑うのは、真っ白な白衣姿の男だ。撫で付けたオールバックの黒髪。ノンフレームの眼鏡。見知っている者も少なくない、六六六人衆六二一番、メンターだ。
    「彼らはもう逃がした、無駄足だよ」
    「ええ、半分はそのようで」
     ESPを用いて避難を終わらせていたガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)に、メンターは眼鏡を押し上げながら答える。そして、何の気なしに言った。
    「ええ、半分は間違いです。散っていても、時間があれば十分に授業が行えますよ?」
    「導く者、メンターか……確かに貴方は優秀みたいだ。しかし、指導の本質とは育む事にある筈だよ」
     無道・律(タナトスの鋏・d01795)の言葉に、メンターは視線を向ける。その視線を真っ直ぐに受け止め、律は続けた。
    「しかし指導の本質とは育む事にある筈だよ。貴方は育む処か教え子を死へ導いているんでしょう? 己は死を知らず、根本から間違ってる輩が名乗るとはね」
    「それは、意見の相違ですね」
     小さく、肩をすくめるだけだ。メンターのその態度には、言われなれたという空気がある。
    「死を語るか、我等が怨敵よ。なれば手を貸してやろう、幾多の死を紡いだ我等なれば語り合うに相応しかろう」
    「なるほど、殺人鬼と呼ばれるだけの力はあるようですね」
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)の言葉に、メンターはじゃがん! と大量のメスと鋏をその手に出現させた。
    「二限目といこうか、メンター。お前の教えとやらは、届いていない。不出来な生徒と見捨ててくれるなよ、センセイ」
     ギシリ、と手袋を軋ませて言い放つ蔵座・国臣(病院育ち・d31009)に、メンターは身構える。その殺気に、比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)が言い放った。
    「これ以上学校を血に染めさせはしません!」
    「Go ahead, make my day.」
     メンターは、吐き捨てるように答える。やれるものなら、やってみろ――と。
    「会うのは二度目だね、メンター。あんたの“授業”、もう一度受けてやるよ!」
     識守・理央(オズ・d04029)が言い放った直後だ、メンターの殺気が黒い波となって灼滅者達を襲った。


    「ええ、始めましょう――授業内容は、『死ぬ事という意味』です」
     鏖殺領域が、夜を黒く黒く塗り潰していく――その黒の中を、ESPサウンドシャッターを発動させたヘイズが駆け抜けた。
    「わかっておれば、問題ないのじゃ!」
     同時、シルフィーゼが魔力の霧を周囲へ放つ――ヴァンパイアミストだ。
    「お久しぶりですねぇ……先生!」
     ヒュガ! とヘイズの妖刀「赤雷」がその名のごとく雷のごとく速く力強く振り下ろされる。メンターは、それを両手の大量のメスや鋏で咄嗟に受け止めた。
    「行くよ」
     黄色標識にスタイルチェンジした交通標識をガーゼが振るうと、殺気の黒が切り払われる。ガーゼのイエローサインが発動したのと同時、アレクセイが魔法の矢を生み出した。
    「はい、ハーコート先輩!」
     ヒュガガガガガガガガガガガガン! とアレクセイのマジックミサイルが降り注いでいく。それをヘイズの刃を振り払ったメンターは、駆けながら対応していった。
    「そっちは、駄目だよ」
     その軌道上に、律が立ち塞がる。跳躍してからの重い踵落とし、スターゲイザーがズズン! と受け止めたメンターの足元から衝撃が地面に伝わり土煙が舞い上がる――そこへ、理央がダイダロスベルトを射出した。
    「あた、れ――!」
     ヒュガ! と理央のレイザースラストがメンターの白衣、その脇腹を切り裂く。タタン、と軽い足取りでメンターは間合いをあけ、そこへ織久が踏み込んだ。
    「逃がさん」
    「そうです、か――!」
     ギギギギギギギギギギギギギギギン! と織久が最短距離で繰り出した螺穿槍をメンターは紙一重で両手のメスで受け止める! 薄暗闇に咲く火花、強引に織久の槍の軌道を逸らしたメンターへ、ライドキャリバーの鉄征が機銃を掃射した。
    「お――!!」
     そこへ、シールドに包まれた拳を国臣が叩き付ける。メンターは手首の返しで回し受けして受け流すと、国臣へと笑みをこぼした。
    「随分と、今回は前のめりですね」
    「死ななければ安い、というやつだ!」
     ガガガン! と一合、二合、三合と拳をぶつけ合い、国臣はメンターから離れない。それは、機動力で間合いを詰めて来るヘイズやこちらの動きを読んで挟撃を狙って来る織久もそうだ。
     メンターは笑い、そして言い放つ。
    「面白い、今回は心底楽しめそうです」


     ――楽しむ、六六六人衆にとっての楽しみとは何か?
     例えば、アンブレイカブルであれば戦いという行ないそのものだろう。それぞれのダークネスが持つ楽しみは、様々だ。
     ならば、六六六人衆が持つ楽しみとは――これだ。
    「が、ぐ……!」
     理央が、体のくの字にしながら後退する……否、させられた。目の前に、メンターがいる――なのに、その拳に、蹴りに、対応できないのだ。
    「くっそ――!?」
     体を起こした刹那、理央の視界が反転した。背中に衝撃が走ってから、足を払われて転がされたのだと気付く。それに、理央は素早く立ち上がった。
    「ああ、殺人技巧をもっと使わせてくれるのですか? よい生徒です」
     傷つき、なおも闘志を燃やして立ち上がった理央に、メンターが鮫のように笑う。それに、内側から湧き上がるような衝動を織久は感じた。
     ――『あれ』が、『あれ』こそが六六六人衆だ、と。
    「――ッ」
     織久が、死角からメンターへと迫る。闇器【闇焔】の切っ先が、しかし振り返らないメンターの鋏で受け止められた。
    「見事です、だからこそ死角の外にさえ注意していればいい」
     そこへ、鉄征が突撃する。メンターはそれを紙一重で右足の靴底で受け止め、その間隙に国臣が断斬鋏を繰り出した。
    「浅い、か……!」
     捉えた、そう思ったが肩口をかするのがせいぜいだ。メンターの返しの下から放つ掌打に、国臣の顎がかち上げられる。
    「させないよ」
     ヒュゴ! と律の投擲した妖冷弾が、連撃しようとしたメンターに迫った。メンターはそれを振り抜き様のメスで粉砕――しかし、それに合わせたシルフィーゼが、ふわりとロリータドレスに裾をはためかせクルセイドスラッシュを振り払った。
    「ぬ!」
     その破邪の白光を宿したシルフィーゼの斬撃を、メンターはメスで受け流す! そこへ、合わせてヘイズが動いた。
    「赤雷、眼前の敵を叩き斬れ!」
     ヒュオン! と鋭い斬撃、それを逆の手でメンターは鋏で受け止める。ギリギリギリ、という力比べ――ヘイズは、歯を剥いて笑った。
    「俺は強くなる! アンタを倒して、今よりも更に!」
    「その情熱は、認めま――」
     しょう、と続くはずだった言葉は、放ったメスがヘイズの投げブラック・ナイヴスに弾かれ、喉元で止まる。
    「驚いたかい? アンタの動き、あの一戦で学んだよ」
    「いいですね、成長する姿というのは心躍ります」
     笑い、メンターは後退。すかさず、光弾を無数に生み出した。
    「爆ぜなさい」
     ドドドドドドドドドドドドドドドン! とメンターが放つオールレンジパニッシャーの光線乱舞、その中で庇った鉄征が粉砕される。すかさず、ガーゼがWOKシールドを拡大、ワイドガードを発動させた。
    「死ぬ事に意味なんてないよ」
    「そうです!」
     それに合わせ、ヒュガン! とレイザースラストを撃ち込んだアレクセイがメンターに向かって真っ直ぐに告げる。
    「授業? あなたに教えられる事などなにもない。あなたは何も教えてなどいない。教えたと思い込んでいるだけです!」
    「学ぶとは、生きてる限り挑戦し続けること。失敗にも挫折にも挫けず立ち上がり、立ち向かうことだ。あんたがやってるのは学ぶ機会を奪うだけのお遊びでしかない」
     理央は、真っ直ぐにメンターに向かって駆け込み――半獣化した腕を、思いを込めて振り抜いた。
    「僕は、あんたを否定する!」
     ――戦いは、メンターが優位に進めていた。否、より正確には優位に進めていたはずであった。
     しかし、サーヴァントである鉄征以外はかろうじて持ち超えている。凌駕の数は、全員で合わせれば5回を越える――越えながら、脱落していないのだ。
    「ああ、やってくれましたね」
     メンターが苦笑する。前回、足りなかったものがそこにはあったからだ。
    「必死さが足りない。あんた、前にそう言ったな……その教えを活かさせてもらう!」
     理央が、マジックミサイルを叩き込んでいく。一つ、二つ、三つ、とメンターはそれを切り落としていきながら、鋏を理央に突き立てようとして――国臣のシールドバッシュの拳に阻まれた。
    「今回は、違うぞ!」
     ガゴン! と大きくメンターの腕が弾かれ、体が泳いだ。この戦いの中で見せた、もっとも大きい隙――それを、織久は見逃さなかった。怨念をまとう黒い大鎌が、メンターの脇腹に突き刺さる!
    「ぐ、ぬ――ッ」
    「今だ」
     織久が、そのまま大きく闇器【闇焔】を振り抜いた。メンターの足が地面から引き離される――そこへ、アレクセイがマジックミサイルを撃ち放つ。
    「動きを止める! 穿て、マジックミサイル!」
     ズシャ、と着地しようとしたメンターの足を、魔法の矢が貫いた。それでも、バランスを取り戻したメンターに、真っ直ぐに迫ったシルフィーゼが異形の拳を振りかぶった。
    「まだまだまだじゃ!」
     ズガン! とシルフィーゼの巨大な拳、鬼神変の拳がメンターを殴打する。メンターは、かろうじて両腕でブロックするが、そのまま壁に叩き付けられた。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     ズバァ! と牽制の鏖殺領域が、視界を黒く黒く染めていく。しかし、構わずガーゼが影の刃を放った。ヒュバ! と殺気の黒を切り刻み、ガーゼの斬影刃がメンターを切り裂く!
    「人が死について考え学ぶべきはその生涯を通しての命題だ。他者を巻き込み何を解ったと云うのだろう」
     律は憤りを隠す事無く、静かに拳を振り上げた。異形の怪腕と化したその腕で、律は目の前の理不尽へと挑む。
    「騙るでなく『死ぬ事という意味』の授業だというなら、お前の死をもって――お前の形を示すがいい」
     ドォ! とメンターの上半身を巨大な拳が捉え、宙に浮かせる。しかし、メンターは壁を蹴ってその場から逃れようとして――ガクリ、と空中で体勢を崩した。
     その手首を掴む手、その持ち主である理央にメンターは視線を送る。その視線に込められたものが、賞賛である事を悟って理央は超えるべき相手として、立ちはだかった壁として――自分を一歩前に進ませてくれた大きな存在として、こう呼びかけた。
    「さよなら、“先生”――ご指導ありがとうございました」
     そこに、ヘイズが迫る。それはさながら雷をまとう獣の疾走のごとく、俊敏で――そして、決意に満ちていた。
    「これで沈めぇ!」
     必殺の気合を込めた、居合いの一閃――その斬撃が、メンターを両断した。崩れ落ち、掻き消えながらメンターは微笑み、呟く。
    「なる、ほど……これが、死……よい、もの、です……」
     満足げに、死を教える指導者がここに灼滅された……。


    「なんとか、彼らの入学を無事に迎えられそうでよかったです」
     アレクセイの言葉に、仲間達も笑みをこぼす。誰もが、満身創痍だった。幾度も倒れそうになり、気力で耐えた――皮肉にも、必死になる事こそ、死や敗北から遠ざかるのだ、とメンターという男に教えられた結果となったのだ。
    「……そこは、複雑じゃの」
    「そうだね」
     シルフィーゼの呟きに、ガーゼも同意する。前回の戦いがなければ、あるいは結果は違ったかもしれない。その想いは、誰の心にもあった。
    「さよなら、いい勉強になったよ。先生?」
     刀に付いた血を振るって、ヘイズは鞘に納める。戦いの中で何かを掴む事はあったとしても、ここまで突き刺さる自覚もないだろう。
     もうすぐ、新学期。敵から与えられた教えを胸に、彼等は新たな年度を迎えるのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月1日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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