Loreley(First&Last Gig)

    作者:飛角龍馬

    ●Loreley
     都内某所に位置するライブハウスは、間もなく開演の時を迎えていた。
     およそ二千人の収容人数を誇る施設である。客席は既に観客でごったがえしており、各々が流れてくるハードロック風のBGMを聴きながら、ライブの始まりを心待ちにしている。
     ところが、ステージでは、ローディが行ったり来たりするばかり。肝心のアーティストたちと言えば、こちらはステージ袖で、メンバーの一人をじりじりと待っていた。
    「遅ぇぞ、セイレン」
     責めるように言ったのは、金色の短髪が特徴的な青年、カストル。薄暗い舞台袖へ悠然と歩いてくる小柄な人影に、彼は声を掛けたのである。
    「悪い悪い、ちょーっと手間取っちゃってさぁ」
     片手を挙げて応えたのは、小柄な少女。ゴシックパンク風の服に身を包み、髪は紺のショートボブ。中性的な顔立ちに、小悪魔的な雰囲気を湛える淫魔。
     彼女は名を、セイレンという。
    「焦らせないで下さいよ。貴女がいないと始まらないんですから」
     メンバーの一人である銀髪のポルクスはそう言いながら、ふと、セイレンの頬に擦れたような血痕を認めた。
    「ああ、これ? 気に入らないから殺しちゃった」
    「……愉しんでくるんじゃなかったのか?」
     問うたのは、バンドを支えるドラム担当。サングラスをかけた、黒髪のオルフェ。 
    「仕方ないじゃん。つまんない批評してくるんだもん」
     ボーカルのセイレンは、先程まで雑誌記者の単独取材を受けていた。記者は若い青年だったのだが、その結末はどうやら彼女の言う通り。
    「でも、最後はいい声で鳴いてくれたよ?」
     楽しげに言うセイレンに悪びれた様子は全くない。
    「仕方ないですねぇ」
     ポルクスが飲料水を浸したハンカチでセイレンの頬を拭く。
     化粧落ちちゃうよー、などと文句を言う少女を横目に、カストルが舌打ちした。
    「済んだら出るぞ。手前ェの所為で遅れてんだからな」
    「円陣はー?」
    「要らねぇ」
     金髪の男に目配せされて、セイレンが口を尖らせながらもステージへの階段を昇る。
     歌い手のセイレンを先頭に、やがて四人がステージに上がる。同時に巻き起こる歓声。
     爆音と共に、熱狂的なライブが幕を開ける。
     金髪のカストルはギターを、銀髪のポルクスはベースを。無口な黒髪のオルフェは要塞じみたドラムセットを駆使し、ボーカルのセイレンが唄とともに舞い踊る。
     彼女達の名は、ローレライ。
     その音に触れた者を、次々と狂気に駆り立てる四人組。
     悪魔的な笑みを浮かべながらセイレンは唄う。
     その眼差しが向かう先、二千人を超すオーディエンスは、その殆どが数日と経たずに内なる闇に侵食され、狂気的な事件を引き起こすことになる。
      
    ●Introduction
     ところ変わって、武蔵坂学園の校舎内。
     教室に赴く灼滅者たちを迎えたのは、廊下までかすかに届く、澄んだ唄声だった。
     教壇の前で、笑みを含んで立つのは、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)。
     そして、カーテンが風になびく窓際の席には、唄声の主、橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)の姿があった。
     灼滅者達の到着に、レティシアの唄が止む。
    「ふふ、皆さん揃いましたね? では説明を始めます」
     姫子は言うと、全員に一枚ずつビラを配っていった。紙面に荒く刷られているのは、バンドのライブを告知する内容だ。開催の日付は、今日の夜である。
    「バンドの名前は、えっと、ローラレイ」
    「……ローレライだと思うわ」
     紙面を眺めながらレティシアがさらりと突っ込み、姫子が肯定する。
    「こほん。今回、皆さんには、このバンドのライブ開催を阻止して頂きたいんです」
     バンドの中心人物であるボーカリストは、淫魔と呼ばれるダークネスである。
    「淫魔の名前は、セイレン。気に入った男性を集めてバンドを組み、その力で聴衆を魅了して狂気に陥れる。そんなことを繰り返しているみたいなんです」 
    「歌で人を惑わせ、堕落させる。……そう、如何にも淫魔らしい振る舞いね」
     詩の一節でも口ずさむような話し方で、レティシアが言った。
    「はい。そこで、皆さんには本日行われるライブの数時間前、リハーサルの時を見計らってライブハウスに潜入して貰おうと思います。ライブが始まるその前に、バンドをばしっと壊滅させちゃって下さい」
     穏やかながら、姫子の言っている内容はかなり乱暴である。しかし、現状はこの手段がベスト。そう、彼女は判断したのだ。
    「メンバーはリハーサル中、ステージや客席からスタッフを遠ざけるみたい。だから、その時間帯に行けば気兼ねなく戦えると思います」
     姫子が言うには、その時間帯は警備も手薄になるらしい。潜入自体もそれほど難しいことではないだろう。
    「ただし、相手はダークネスですから、油断は禁物。配下を三人抱えていますが、こちらは余り強くないからご安心、です」
     三人のうち二人は、ギター型の武器を構え、もう一人は身体に纏った闘気を駆使する。
     最初は前衛を三名で固め、淫魔は後方からの攻撃に徹すると予想される。
    「一番厄介なのは、やはり淫魔のセイレン。こちらは唄や攻撃的な踊りで攻めてくるみたいですね。服にナイフを忍ばせているので、恐らく、それを使って」
     淫魔と言えば、ダークネスの中ではそこまで戦闘に優れる部類ではない。
     とは言え、相手はダークネス。油断は命取りだ。
    「説明は、以上です。……大丈夫。皆さんなら勝てると、私は信じています」
     ええ、とレティシアも同意して、席を立つ。
     そして彼女は、共に戦う灼滅者達を見回して、
    「目は、意志の強さを示すものよ。……皆と一緒なら、きっと勝ち切れると思うわ」
     唄うように言うと、レティシアは軽く口元に笑みを浮かべた。
     この場に集った灼滅者達に、信頼の眼差しを向けながら。


    参加者
    秋篠・誠士郎(流青・d00236)
    風依・鏡悟(風の魔物・d00646)
    花乃崎・真歌(天才とは俺のこと・d00775)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)
    川代・山女(色褪せた鎖・d03521)
    音羽・彼方(中庸・d05188)
    羽室・葵(黎明の繊月・d05219)

    ■リプレイ


    「俺達はバンドの招待客だ。本番前に会っておきたいって話でな」
     突然の来場者を見咎めた男性スタッフに風依・鏡悟(風の魔物・d00646)はそう応えた。
     正面から入り込めば目立つのは当然だが、そこは乱波集団の末裔である鏡悟のこと。プラチナチケットを駆使した彼の話術に、スタッフは納得したように頷いた。
    「しかし、そちらの方々は……」
     流石に不審を抱いたか、スタッフが残りの八名にちらと視線を注ぐ。
     途端、彼の目が恐怖に見開かれた。その瞳に映るのは、薄く笑みを含んだ黒髪の少女――函南・ゆずる(緋色の研究・d02143)。
     彼女から放たれる殺気に、男性スタッフは後ずさり、
    「か、かっ……確認、してきますので……!」
     声を上ずらせながら言うと、一目散にその場から逃げて行った。
     殺界形成。半径三百メートルを自らの殺意で満たすゆずるの能力により、最早、一般人は彼女達に近寄ることさえ適わない。
     ライブハウスという狭い建物において、その力は極めて効果的に作用した。
     別働隊としてサポートする他の灼滅者達も、これで動きが取りやすくなる。
    「ライブには来たことがなかったのだが、中はこうなっていたんだな」
     ロビーを歩きながら感心する秋篠・誠士郎(流青・d00236)。
    「リハーサル中に来て正解でしたね」
     川代・山女(色褪せた鎖・d03521)は、警備スタッフが少なかったことに、安堵の一息。
    「ローレライ、ですか。歌声を武器にするとは淫魔らしいというか」
     ロビーに飾られたスタンド花を見て、香祭・悠花(ファルセット・d01386)が呟いた。
    「歌は感情を表現し他者に伝播するもの。理に適った道具ですね。……興味深い」
     音羽・彼方(中庸・d05188)が独り言のような言葉を口にする。
    「前衛は五人。あ、レティシアさんは遠距離からの攻撃をメインにお願いしますね」
     入念にポジションの確認をする羽室・葵(黎明の繊月・d05219)。
    「ええ、支援は任せて頂戴」
     軽く微笑んで、橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)が頷いた。
    「今のところ、逃げ口はさっきの出入口だけみたいだな」
     花乃崎・真歌(天才とは俺のこと・d00775)は敵の逃走経路を確認しつつ、いち早くステージホールに繋がる防音扉に駆け寄り、皆に手招きした。
    「これほどの施設となれば有名ではあるのだろうが。敵であることに変わりはない」
     誠士郎の言葉に一同が首肯して、
    「それじゃ、livejackと行こうぜ!」
     真歌が勢い良く防音扉を引き開ける。
     灼滅者達が踏み入れるのは、随所にスポットライトが降り注ぐ暗闇の客席。
     そして、彼等の視線の先には、
    「へえ……意外。思ったよりボク好みなのが多いって感じ?」
     煌びやかなステージの正面、縁に座って足をぶらつかせているのは、ゴシックパンク風の服に身を包んだ小柄な少女。その手にあるのは、一振りのナイフだ。
    「手前ェの予感ってのはホント当たるよな、セイレン」
    「いい予感であれば大歓迎なんですがね」
     ギターを持つ金髪のカストル、ベースを手にした銀髪のポルクスが灼滅者達を睨み遣る。
     オルフェが前に出て、セイレンに手を差し伸べた。
    「予感っていうかさあ。あんな殺気、誰だって気付くもんじゃない?」
     手を取ってステージ正面に立ったセイレンが、灼滅者達にナイフを向ける。
     その切っ先が狙うのは、今しがた殺気を放ったゆずるだ。
    「リハーサル、おつかれさま。ライブは永遠に、中止、だよ」
     微塵の動揺も見せず、言い切るゆずる。
    「……隊列を。橘さんは中衛へ」
     彼方が静かに陣形の形成を促す。指示されたレティシアもまた位置につき、
    「It'sショータイム♪」 
    「デイブレイク!」
     悠花と葵が真っ先に灼滅者としての能力を解放。
     呼応して全員が力を解放し、サーヴァントと共に戦闘態勢に入る。
    「さあ、ラストステージと洒落込もうか。未練が残らぬようにな」
     眼鏡を外した誠士郎が、武器を手に、戦闘の開始を宣言した。
      

     深い霧がホールに立ち込める。
     セイレンが展開した夜霧は、濃霧さながらに灼滅者達の視界を阻んだ。
     霧で獲物を惑わせ、破滅へと導く――海の魔物の常套手段である。
     互いに窺うような静寂の後、霧の向こうにパッと光が生じた。
     それが敵の放つオーラの塊であると察した時には、葵は既に回避行動に移っている。
    「――っく!」
     追尾能力故に避けきれず、防御に切り替える葵。オルフェの放ったその攻撃はしかし、前衛の壁役である彼女には大した痛手も与えない。
     同時に響いたベースの轟音。発したのはポルクス。音波は濃霧を引き裂き、波動となって、目標である彼方へ殺到する。
    「……射線さえ外せば」
     殺気を読み取った彼方は難なくこれを回避。
    「甘ぇよ、風で解る。そんな動きじゃあな!」
     奇襲を掛けようとしたカストルが振り下ろしたギターは、鏡悟の目の前で空を切った。
     微弱な風の動きさえ見逃さない鏡悟に、この程度、見切れぬ攻撃ではない。
    「男三人も従わせて良い気分だろうが」
     人を誑かす淫魔に嫌悪感を覚えながら、誠士郎が手下三人に除霊結界を展開する。
    「くそ……何をしやがった……!」
    「罠に掛かったとでも!?」
     誠士郎の縛霊手から生じた結界が、敵三人の自由を奪う。
    「先手必勝と行ければ良かったんだがな……」
     鏡悟が毒を塗りつけた十字手裏剣を三人に飛ばした。爆裂手裏剣の使用を想定していたのだが、用意があったのは乱れ手裏剣のみ。
     しかしそれを皮切りに、灼滅者達の一斉攻撃が始まる。
     彼等の作戦と連携の構想は、ここに来て完璧なまでに機能していた。九名のうち誰一人として、作戦が共有されていない者はなかったのだ。
     予言者の瞳で能力の底上げを図った山女が、マジックミサイルをポルクスに放つ。
     連携を狙っていた悠花の影喰らいが続けて彼の身体を包み、霊犬の花とコセイがその両足を切り裂いた。トラウマに怯える間もなく、ポルクスが倒れる。
    「しまださんっ」
     ゆずるのナノナノがしゃぼん玉をカストルに飛ばす。生じた隙を突いて、ゆずるが日本刀を鞘から抜き払った。奔った一閃はカストルの胴を薙ぎ、戦闘不能へと追い込む。
     陣形の後方から響くのはレティシアの唄声だ。子守唄を思わせる、低く、揺蕩うような歌唱は黒髪のオルフェに向けたもの。
     伝承では、弦楽器を用いてセイレーンの唄声を掻き消したとされるオルフェウス。その名を頂く男は皮肉にも防ぐ手立てさえなく、僅かに残った意力で前衛の葵に殴りかかった。
    「勝てるわけないでしょ? 誰を相手にしてると思ってるんだ!」
     百裂拳は、最初の一打も届かない。攻撃を読みきった葵が彼の手を取り、いとも簡単に投げ飛ばしたのだ。
     オルフェの長身が、鈍い音を立てて墜落する。
    「……彼はまだ、息があるのか」
     足を切られて倒れこんだポルクスに、彼方が歩み寄る。
     その身に纏う殺気は、灼滅者をして息を呑むほど。
     彼は何の躊躇いもなく手にした剣を振りかぶり、
    「危ねぇ! 皆、躱せ!」
     声を張り上げたのは、霧の動きを察した鏡悟だった。
     恐ろしいほどの悪意――凝り固まった怨念の塊が襲来する。紫色の光を帯びたその攻撃は、毒を孕んだ妄執の竜巻。犠牲者達の恨み言を撒き散らしながら、刃の如き暴風が前衛を切り刻む。悪いことに、味方の中では小柄な戦士、霊犬の花もまたクラッシャーに配置されていた。
     一様に傷を負った前衛の灼滅者達。 
     恐るべきその攻撃に、濃霧と思われていた霧が薄まり、
    「……ナメてたよ、君達を。まさかここまでやってくれるとはね」
     ナイフを手に、ダークネスの少女が刺すような視線を彼等に向けた。
      

     視界はまだ、僅かに霞んでいる。そんなホールに響くのは、呪詛のような唄声だ。
     ナイフを水平に構え、緩慢に歩を進めるセイレン。
     真歌も負けじと声を張り上げて唄うが、彼のディーヴァズメロディさえ、セイレンの唄声に押し込まれてしまう。跳ね返ってきた催眠を、真歌は振り払うように頭を振った。
    「あの三人ね、結構気に入ってたんだ。まさか壊されちゃうなんてさ」
     くつくつと肩を震わせるセイレン。その様子は、泣き笑いにさえ見える。
    「コセイ、弾幕お願い!」
     唄声の止んだ隙を突いて、悠花が霊犬に命じる。
     六文銭の連射がセイレンの小柄な身体を襲った。傷付いた花も同じく六文銭射撃で援護。
     悠花が更に光の刃をセイレンに向けて放つ。
    「動きが止まれば僥倖だが」
     誠士郎が除霊結界を張り巡らし、
    「可愛いお洋服、ボロボロになっちゃう、けど、悪く思わないでね?」
     飛び込んでいったのは、日本刀を手にしたゆずるだ。
    「はははっ! 脱がしたかったら当ててみなよ!」
     刃と刃がぶつかり合い、高らかに響く。ティアーズリッパーの一撃は、セイレンの持つナイフに止められていた。更に打ち鳴らされる剣戟。
     その全てをセイレンはナイフで容易くあしらって、
    「来ます……!」
     山女が注意を促したのと同時、悠花の光刃でボロボロになった服をなびかせながら、セイレンが前衛の灼滅者達に襲いかかる。
    「さあさあ、ダンスの時間だ!」
     暴風が吹き荒れた。
     傍からは、そうも見えただろう。
     踊るようにナイフを舞わせる、パッショネイトダンス。
     灼滅者達はもとより、霊犬の花も大きな傷を負い、攻撃に吹き飛ばされる。
    「戦闘向きでないタイプで、この実力とは」
     つくづく興味深い。集気法で傷を癒しながら、彼方は静かに呟いた。
    「私も、いつかはこうなるのでしょうね……」
     山女が言いながら、自らの内に秘めたダークネスの力を、花に注ぎ込んで傷を癒す。
     誠士郎は霊犬の無事を確認すると、二度目の除霊結界を放った。
     葵が真紅のオーラを纏わせたナイフでセイレンに斬りかかり、傷を負わせる。
    「痛っ……やってくれるね。でも、君――傷だらけだよ?」
     苦痛に顔を歪めたのは、寧ろ葵の方だった。先に喰らったヴェノムゲイルの毒が効いているのは勿論だが、防御の要となるディフェンダーは彼女だけ。
    「心配無用よ。やらせないから」
    「ナノ!」
     葵の傷を、レティシアが唄で、しまださんがふわふわハートで癒していく。
     作戦は綿密に。連携は絶えず意識して。
     鏡悟のトラウナックルがセイレンの胴にぶち当たり、少女の矮躯を吹き飛ばした。
     起き上がったセイレンは、やれやれと肩を落として。
    「あーあ。もう一匹増えちゃった。こりゃキツいや……」
     現れたトラウマを見て、セイレンは溜息。ちら、とステージ袖に目をやった彼女に、九名は揃って警戒した。飽くまで連携の取れた彼等に、少女は乾いた笑いを見せて、
    「逃げないよ。……無駄だし」
     外を張ってるの、君達の仲間でしょう?
     続いて紡がれたセイレンの言葉は、彼女の置かれている状況をよく表していた。
     そう、別働隊として馳せ参じた灼滅者達は、ダークネスの逃走経路を完全に封鎖していたのだ。
     逃げられない。逃げられるわけがない。
    「さあ……最後まで踊ろうか。正真正銘、これがボクのラストライブだ」
     再び漂うような唄声が響き、ヴェノムゲイルによって生じた怨念がその歌唱に重なる。
     殺到する竜巻。
     傷を深めた灼滅者達はそれでも、更なる攻撃をセイレンに加え――
     ダークネスの少女はここに来て、正に獅子奮迅の戦い振りを見せた。
     唄いながら舞う。舞いながら唄う。
     自らの消滅をも省みぬ、死の舞踏。
     彼方の黒死斬が少女の足を再起不能なまでに切り裂き、
    「ライブは人を満たすためにある。お前だって、そうだったんじゃないのか……!」
     叫んだ真歌が、力強く唄声を放つ。
    「そう……それがきっと、貴女が今まで置き去りにしてきたものね」
     レティシアの唄が、真歌の歌唱に重なった。
     そしてレティシアは心に浮かべる。
     今も会場の外で勝利を祈ってくれている数多の仲間達を。
     たとえ届かなくても――小さく唄声を重ねてくれている同胞達がいることを。
     唄声は波動となり、セイレンの呪詛めいた唄を遂に掻き消した。
     そして――静寂。
     よろけたセイレンは、立っているのが精一杯という様子で、
    「……ははは……負けたよ……これは敵わない……」
     精神を消耗し尽くしたセイレンは天井を仰ぎ、満足したような笑みを見せ――
     自らのナイフを、その胸に深く深く突き刺した。
     血を吐き、膝を突くセイレン。
    「人側にいたら歌姫になれたのに……」
    「もし貴女が淫魔ではなかったら……ライブを聴きに来たかったです」
     悠花、そして山女の言葉に、セイレンはまた乾いた笑いを見せて、
    「残、念……。でも、最後が君達ってのも……ま、悪くなかった、かな……」
     それが最後の言葉。
     セイレンの身体は霧のように形を失くし、やがて跡形もなく消え去った。
      
    ● 
     静寂に満ちた会場は相変わらず薄暗かったが、ステージの上は別だった。
     戦闘の痕跡を消そうと試みた鏡悟に、灼滅者達は続き、作業を終えた後に揃ってステージに上がった。
     特に目立った戦闘痕はなかったのだが、収穫があったとすれば、
    「……ま、誰かに見つけて貰えれば問題ないだろうさ」
     一般人三名にはまだ息があったのだ。安堵したのは鏡悟だけではない。誠士郎も、そしてゆずるもまた同じ気持ちだった。
     山女は消え去ったセイレンに黙祷を捧げる。淫魔とは言え、彼女も生きていたことには違いないのだからと。
    「お客さんたち、残念がるかな。仕方ないんだけどさ……」
    「人を誑かしさえしなければ……」
     葵の言葉に、悠花も溜息混じりに呟いた。
     彼方は、先程からESPを用いて黙々と服のクリーニング作業を続けている。
     レティシアもそれに倣い、自分だけでなく仲間のクリーニングも始めていた。
    「あ。ありがと、レティシア」
     ゆずるの服を綺麗にし終えたレティシアは微笑んで、
    「ここに来る前に言われていたの。皆の分もクリーニングしてあげたら、って」
     とびきりの微笑み付きでね、なんて言う彼女は何処まで本気なのやら。
    「ねぇ、レティシアは、こんな風にステージとかで、歌ってみたいって思う?」
     え? と小首を傾げたレティシアにゆずるは続けて、
    「あのね、教室でちょっとだけ聞いたの、素敵だった、から」
    「ありがとう。……そうね、少し憧れてしまうかも」
    「それ、私もです。ライブとかステージとか。でも、私には似合わないかな」
     悠花の言葉に、そんなことないわ、とレティシアが返す。
    「それに、場所なんて関係ないのかも知れないわね。もっと大切なのは」
    「ハートだな! ライブは人を満たすためにある!」
     真歌は、先程もそう宣言したのだ。レティシアが微笑と共に頷きを見せた。
    「さて。洗浄も終わったようだし、行こうか。長居するのもよろしくない」
     誠士郎の言葉を受けて、全員がステージ袖から会場を後にする。
     外では、灼滅を助けた数多の仲間達が、彼等の帰還を待っている。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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