名古屋七大決戦~海の女王 ルナ・リード

    作者:長野聖夜

    「うずめ様は言いました。盟主は現れませんでしたと」
     6人の盟主候補の全てが、灼滅者によって救出された頃、南アルプスを抜け濃尾平野へと歩を進めていたダークネス達を前に、うずめ様がそう宣じた。
     長い敗走の旅を耐え抜いたダークネス達に、失望の表情が浮かぶ。
     灼滅者の裏切り者、闇堕ち灼滅者。
     その中でも、ダークネスの盟主となる事を望み、その為の試練を受けた筈の者達が、全て、灼滅者に戻ることを選んだというのは、彼らにとっても衝撃の事実であったろう。
     
    「うずめ様は言いました。灼滅者は追討軍を送ってくるだろうと」
     拠点も持たぬ敗残の徒である彼らに、武蔵坂学園を正面から迎え撃つ戦力は無い。
     頼みの綱は、うずめ様の予知能力であるが、それも、武蔵坂学園が持つという予知の力の前では充分な力は発揮できない。
     敵は、うずめ様の予知に掛からない作戦を予知する事ができるのだから。

    「万已むを得ない。いざ、決戦の時。戦い勝たねば生き残れまい」
     日本のご当地幹部、ザ・グレート定礎が、皆の心を代弁する。
     この危地を脱する事ができねば、この濃尾平野に、無残に屍を晒すことになるだろう。

    「楢山御前、あなたと轡を並べて共に戦う時が来ようとは思いませんでしたぞ」
    「それについては、おばちゃんも同感ねぇ。まぁ、白の王を灼滅されるなんて、予想外の事が起こったのだから、そういうこともあるわ。ところで、ソロモンの大悪魔のお二人はどうするの?」
     北征入道の言葉に頷いた楢山御前は、新参の大悪魔達を振り返る。
    「あなた達は客人だから、ここから脱出するのなら、出来る限り助けてあげるわよ」
     その御前の言葉に、ソロモンの大悪魔・ザガンが首を横に振った。
     ザガンに同意するように、フォルネウスの力を継いだ、海将ルナ・リードが言葉を継ぐ。
    「逃げて生き延びる確率と、戦って生き延びる確率に違いはないのではなくて? それに私達が逃げれば、他の大悪魔達の計画も狂ってしまうわ」
     楢山御前は、そう、と頷くと、最後の一人、緑の王・アフリカンパンサーを見た。

    「ボクもここで戦うよ。この日本で、グレート定礎の傍以上に安全なところなんて無いんだから。それに、ボク達の危機を知れば、アメリカンコンドルも駆けつけてくれる。それまで、ボク達はなんとか耐え抜けばいいんだ」
     自分に言い聞かせるようにそう言うアフリカンパンサーに、ザ・グレート定礎が言葉をかける。
    「濃尾平野は、古き盟友であった安土城怪人の拠点であった場所、地の利は無いわけでは無い。灼滅者達が驕り油断するならば、勝機は充分にあるだろう」
     こうして、竹生島の敗残兵を吸収した、富士の迷宮のダークネス残党軍は、名古屋市を望む郊外に陣取り、灼滅者達の追討軍を迎え撃つ準備を始めたのだった。
     その喧騒の中、
    「うずめ様は言いました。ここが決戦の地であると。そして、更に言いました。この戦いは決戦とはなりえないだろうと……」
     うずめ様の最後の予知は、誰にも聞かれる事無く口中に消えたのだった。


    ●海将ルナ・リード
    「……約束、守ってくれたのか……」
    「? ゆ~……優希斗君? どうしたの?」
     夕暮れ時の放課後の教室で、じっと机に置かれているタロットを見つめ、そっと溜息をつく目の下にクマを作った北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)。
     心配して少し様子を見に来た南条・愛華(お気楽ダンピール・dn0242)が、他の灼滅者達と共に彼に近づく。
     優希斗の目の前に置かれているのは、1枚のタロット。
     ――月の、正位置。
     自分に近付いて来た灼滅者達を見て、淡く微笑む。
    「皆、盟主候補だった6人の灼滅者の全員救出、おめでとう。皆の戻って来て欲しいと言う願いとその強さには本当に驚かされてばかりだよ」
     優希斗の称賛に其々の表情を浮かべる灼滅者達。
     其れに1つ首を縦に振ってから優希斗がほんの少しだけ息をつく。
    「彼等の情報のお蔭で、俺達はうずめの予知を掻い潜って逃げ延びていた残党勢力と戦うことが出来る様になった」
     逃走する強大なダークネスは、全部で7体。
     全員が軍勢を率いている。
     難しいだろうが、上手くいけば全てを灼滅出来る、千載一遇のチャンス。
     その一方で、予知により優希斗の前に姿を見せた『月』の正位置。
     其れが意味するのは……。
    「……優希斗君。もしかして……」
     期待と不安を交えて愛華が先を促すと、優希斗は、微笑みを消して静かに首肯した。
    「ああ。……その中に、『彼女』がいる。ルナさん……白の王の迷宮でのフォルネウスとの戦いで闇堕ちし……フォルネウスに『槍の魔力』を託され、大悪魔、海将ルナ・リードとなった彼女がね」
     優希斗の告白に、愛華と灼滅者達が、其々に息を呑んだ。
     
    ●血戦
    「ルナさん……今は、シャックスと名乗っているけれども。彼女はフォルネウスの配下だったソロモンの悪魔や、援軍として割り振られたゾンビやペナント怪人の軍勢を率いている。先ずは此処を突破する必要がある」
    「どうすればいいの?」
     目をパチクリさせて首を傾げる愛華に、微苦笑で返す優希斗。
    「一番手っ取り早いのは多数の灼滅者を集めて強行突破なんだろうけど……」
    「私が皆と一緒に『此処は任せて先に行って!』とか何とか言いながらルナさんまでの道を切り開けばいいってこと?」
     愛華の呟きに思わずこめかみを解す優希斗。
    「……まあ、愛華達が配下を蹴散らして道を切り開く間に、襲撃班がルナさん……ああ、シャックスか……を灼滅するか、或いはシャックスが弱った所で、ルナさんが意識を目覚めさせてくれる可能性に賭けて説得するのは確かなんだけど」
     口で言うのは簡単だが、其れは決して生半可なことではない。
     シャックスがフォルネウスの魔力を得ている上に、彼女自身が持つその特異な能力を考えれば、尚更。
    「シャックスは、自分自身の能力として、他人の『視覚(見たこと)』、『聴覚(話した声)』『思考能力』を盗む能力を使うことが出来るらしいんだ」
    「盗まれると、見た筈のものが見てないことになったり、話し声を真似られて連携を乱されちゃったり、何も考えられなくなってただ言われた通りにすることしか出来なくなっちゃうとか?」
     愛華の言葉に優希斗が渋面になりながら首肯する。
    「それは一例かな。ただ、シャックスは、灼滅されたりルナさんが救われない様に行動する様だから、適当にその場を搔き乱して、撤退する隙を作るために活用するだろう。部下達と慎重に策を練って来るし。……自分達が優位な時にしか動かないみたいだから、もしかしたら、そこが隙になるかも知れないけれど……」
    「……ただ灼滅すればいいわけじゃないんだね。難しいな……」
    「その辺りは、手を貸してくれる皆に従って欲しい。ただ力任せに薙ぎ倒すだけが最善じゃないだろう、と俺は思うから」
     優希斗の助言に愛華が僅かに首を縦に振った。

    「……ルナさんが出発する前、俺は逃げずに覚悟を決めて戦う人もいるだろうから、其れを止めるつもりはないと言った。そして、こう願った」
     ――死なないで。
    「ルナさんは、この約束を守ってはくれたけれど……その裏に籠めていた『生きて帰って来て欲しい』と言う約束は守って貰っていない。でも、もし、彼女を救えればソロモンの大悪魔について分かる可能性も非常に低いけれど有り得無い話じゃない。ただ……」
     束の間沈黙する、優希斗。
    「幾ら、この機会を見逃したらルナさんを救える可能性が無くなるとはいえ、君達に何かあったら其れこそ本末転倒だ。そうでなくても、非常に危険な任務なんだから。だから、いざという時は……」
     彼女を灼滅するのも万已むを得ない。
    「その時は、ただこうやって皆を見送ることしか出来ない俺だけど……其れでも皆と一緒に十字架を背負わせて貰う。だから……」
     ――絶対に、死ぬな。
     優希斗の呟きに灼滅者達が其々の表情を浮かべ、静かにその場を後にした。


    参加者
    月見里・无凱(深遠揺蕩う銀翼の泡沫・d03837)
    獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)
    黒絶・望(果てる運命にある無力な花・d25986)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    高原・清音(彼岸花と霞草を持つ娘・d31351)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)

    ■リプレイ

    ● 開幕
     ――名古屋。
     無数のソロモンの悪魔やペナント怪人、ゾンビ等によって構成された混成軍。
    『彼女』の意志によって統率された軍勢は、いずれもが防御の構えを取り、徹底抗戦の意志を見せている。
    「敵多数。その中央で指揮を執っているのが、ルナさんみたいです」
     空飛ぶ箒による上空からの偵察をしていた地獄極楽丸の、仲間達への報告。
    「地獄極楽丸君、ありがとう! 皆も聞いたよね?」
    「ああ、勿論。ルナは必ず僕達が救い出す」
    「なのです」
     南条・愛華(お気楽ダンピールdn0242)に、誰よりも真っ先に頷いたのは月見里・无凱(深遠揺蕩う銀翼の泡沫・d03837)と黒絶・望(果てる運命にある無力な花・d25986)。
    (「あの時は届かなかった手を……今度こそ」)
     固くそう心に誓うは、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)。
    「……借りは、返す」
    「そうっすね、有城君」
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)がきつく拳を握りしめるのに、獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)が頷き、戦場を見据えた。
     
    ●緒戦
    「これだけの規模だろうが、なんだろうが……関係ないな」
    「そうです! 風の団の仲間の无凱さんの大切な人を助けだす為にも……!」
     先手を切って駆け出したのは、風真・和弥、柳・真夜、冴凪・翼等【風の団】の灼滅者達。
     軍勢とぶち当たるや否や、ゾンビ達を一閃する和弥。
     更に靴玉兎で暴風を巻き起こし、敵を叩きのめす真夜を守る様に、翼が迫りくるダークネス達に抗雷撃で応戦。
     軍勢が波の様に押し寄せて来るのに、愛猫、リンフォースと共に応戦する神夜・明日等。
     死を齎す弾丸で軍勢の一角を崩すと、タージ・マハルがそこに踏み込んだ。
    「ルナさんを助ける為には、シャックスが大嫌いな、『友情』とか、『信頼』を見せつけてやるしかないよね、くるみ!」
    「うん! ボク達の『友情』と『信頼』の力で頑張るんだから!」
     榊・くるみがシールドバッシュで悪魔からの攻撃を引き付ける、相羽・龍之介の傷を癒していく。
    「くるみ!」
    「くるるん、マハルさん、続くよ~!」
     タージが解体ナイフで敵を斬り裂き、くるるんが竜巻を起こして周囲のダークネス達を飲み込み、休む暇を与えずライラ・ドットハックがA-Belt【シリウス】でまとめて敵を締め上げた。
     倒れた仲間をものともせず、ダークネス達が、クレンド・シュヴァリエ(サクリファイスシールド・d32295)等の行く手を阻もうとするが、その時には、戯・久遠が両者の間に割り込んでいる。
    「道は俺達が切り開く。ルナへの対処を優先してくれ」
     行く手を阻まれた怪人達が久遠に群がり飛び掛かるが。
     厳流・要が交通標識で叩き落とした。
     続けて青い光を撃ち出す、要。
     青光が周囲の者達を次々に射貫き、日向・和志が螺穿槍の一撃で悪魔を貫き、休む間もなく賽目・茶羅の除霊結界がまとめて敵を拘束、野老・ヒナの影から撃ち出された刃が残虐に悪魔を斬り裂き止めを刺した。
    「私達の役割は本体の援護! 撃ちまくる!」
    「ザコは俺達に任せて、早く行け!」
    「しっかりと救出してきなさい」
     ヒナが啖呵を切り、野々上・アキラが後押しと同時のクルセイドスラッシュで敵を灼滅。
     アキラの霊犬、ツガルさんに庇われた明日等が救出班の背を押すべく檄を飛ばした。
    「取り巻きの片づけは、お任せくださいねぇ~」
     絶えず攻撃を続ける彼女達の後見よろしく、閃光百裂拳で援護する雪乃城・菖蒲。
     和弥が、无凱に背を向け不敵に微笑む。
    「月見里! ばしっと決めて来いよ!」
    「さて、月見里の兄さんの大事な人とのことやし、猫ならぬ、狐の手ぇ、貸しましょうか」
     和弥と共に、露払いを担う諫早・伊織。
    「団長、伊織……感謝する……!」
     彼等の援護を受け、无凱達は戦場を疾駆する。

    ●乱戦の向こうへ
     緒戦で勢いをつけた灼滅者達の進軍を止めるべく、逐一投入されるダークネス達。
     だが、その穴を埋めようとする僅かな隙間こそが、本当の弱点。
     入れ替わりの時に生まれる隙を掘り下げるべく、神風に乗り戦場を駆け抜けるは、片倉・光影。
    「片倉・光影。仲間を救いに行く者達の為に、修羅となる!」
    「故郷でこんな戦いをすることになるとはな。まあ、いいか。梅雨払いは任せな!」
     突貫する光影に呼応する様に、紅羽・流希が愛刀、堀川国広を振るい、後衛からの増援部隊を抑える間に、救出班の為の道を掘り進めるべく、竹尾・登を初めとする、【TG】研の者達が動く。
    「こっち、こっちだよ!」
     ダルマ仮面の機銃で敵を撃ち抜き、自らもその拳を雷に変換した一撃を叩きつける登に襲い掛かるダークネスから、秋山・清美のナノナノ、サムワイズが登を庇う。
     踏鞴を踏む敵毎、清美が罪を灼く光線で周囲を焼き払い。
     動揺した敵を、備傘・鎗輔が断罪鉞をまるで龍が翼を広げるかの様に撃ち振るって薙ぎ払った。
    「全く、人の故郷で勝手に決戦なんてするなよなぁ」
     ぼやく鎗輔の背に、強烈な蹴りを放つペナント怪人。
     だが、その一撃はわんこが防ぎ、隙を見せたペナント怪人に富山・良太が接近、バベルブレイカーで心臓を貫き止めを刺す。
     中君がポルターガイスト現象を起こして、周囲のダークネス達に毒を振り撒き、安藤・ジェフがダイダロスベルトを全方位に展開して次々に敵を締め上げ、道をこじ開け。
     連携が追いつかず綻びを見せる敵陣へ、ツバメの様に滑り込んだヘイズ・フォルクが、妖刀「雷華禍月」を抜き打ち衝撃波を叩きつけ、数体のゾンビをまとめて灼滅。
    「来やがれ、雑魚共! 一刀のもとに叩き斬ってやるよ!」
     ヘイズを倒すべく、後衛の悪魔の指先から放たれる、海色の針。
     だが……。
     ――ヘイズの前に姿を現した影が、針を塵一つ残さず飲み込んだ。
    「後ろは頼んだぜ、結乃」
    「勿論よ!」
     背中合わせにしている甘莉・結乃の笑みに答える様に眼前のダークネスをヘイズが斬り裂き、灼滅するが援軍は止まらない。
    「結乃さん……」
     多くの灼滅者達に守られる救出班の1人、望の気遣いに、結乃が安心させる様に首を縦に振った。
    「急ごう、望さん。ルナさんを救うのがオレ達の役目だ」
     ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)に促され、結乃達の無事を祈りつつ、彼等がこじ開けた血路を走る。

    ●『縁』と言う名の絆
     次に灼滅者達を待ち受けるのは、ソロモンの悪魔を中心としたダークネス混成軍。
     先程までの第2陣よりも、その陣容は、遥かに厚い。
    「……もう、ルナさん。幾ら深窓の令嬢だからって……」
    「……いずれにせよ、場を整えるのが私達の役目だ」
     玲奈の溜息に蔵座・国臣が返し、向かって来るダークネス達の攻撃を受け止める。
    (「皆さんにルナ先輩を救い出して貰う為にも……!」)
     鶴の様な翼を背に展開し、優しき温もりの籠められた翼で国臣の身を癒すのは、荒谷・耀。
    「行くぞ」
     淡々と呟き、手近の一体をノイエ・カラドボルグを非物質化させて霊魂を破壊する小碓・八雲。
     瀕死の悪魔をダイダロスベルトで締め上げ消滅させたのは、伊波・総士。
     ――【Risk Breaker】。
    「皆さん。此処は私達が止めて見せます。どうか……ルナ先輩を」
    「耀さん……うん」
    「荒谷先輩……」
    「リードっちは、必ずオレ達が助けて来るっす……荒谷っち」
     耀の呟きに玲奈が僅かに心配を見せながらも、雄哉や天摩と共にその場を後にする。
     迫りくる軍勢に連携と互いへの声掛けで応戦する【Risk Breaker】。
     だが、精鋭であり、且つ数の多い悪魔が相手では、殲滅速度が追いつかない。
    「やらせるか!」
     鬼神の如く戦う八雲と国臣。
    「八雲先輩、国臣先輩……!」
     耀が三宝の御幣の山吹色の宝玉から黄色の結界を生み出し傷を癒すが回復力が足りない。
    (「やむを得んか……」)
     攻撃の手を緩め、国臣が自らの体を癒そうとした時、不意に自分の体の闇との契約による癒しが体を覆った。
    「お久しぶりです、耀さん」
     国臣を癒したのは、契約の指輪を使用した、高野・妃那。
     ――かつて、ルナと共にフォルネウスと戦い、彼女の闇堕ちを見届けた1人。
    「高野さん……」
     息を呑む耀に、微笑する妃那。
    「あの時のことを気に病んでいるのは……何も出来なかったことを悔やんでいるのは、貴女だけではありませんよ」
    「その通りです……皆さん」
     天使の様な翼を展開しながら、殺気を矢の様に飛ばし総士や、八雲の攻撃に重ねてダークネスを灼滅したのは、セレスティ・クリスフィード。
    (「願わくば私もルナさんのいる戦場に、と思わなくもないのですが……」)
     今出来ることは、自分達の最善を尽くし、救出班を支援する事。
     その為にも周囲のダークネスを殲滅し、シャックスに逃げられぬ様、包囲を完成させることだ。
    「オレにも、誰かが彼女を救う為の土台になることは出来る筈だ……!」
     セレスティの想いを代弁する様に、罪を灼く光線でダークネスを射抜いたのは、狂舞・刑。
     苦痛にのたうつダークネス達を、ウロボロスブレイドを高速で回転させ、次々に斬り裂いていく、今井・紅葉。
     連携の為に合流してくる刑達に動揺しつつも、ソロモンの悪魔の一体が、紅葉達をまとめて葬るべく、周囲の空気の温度を下げ、雪を降らせて熱を奪おうとする。
     だが……。
    「させるかよ!」
    「ルナ・リードさん含めて、誰も死なせはしないよ!」
     国臣が総士を守る間に、文月・咲哉が耀の前に立ちはだかって日本刀で攻撃を受け、冬城・雪歩が紅葉を庇う。
    「まあ、正に此処は私達に任せて先に行け~! だよね、これ」
     冗談めかして笑う雪歩に、微苦笑を零す、八雲。
     更に、上空から爆撃よろしく、ウニの形を取った、雲・丹が、強い魔力のこもった弾丸をばら撒き、周囲のダークネス達を灼滅していく。
    「おのれ、灼滅者達……!」
     咲哉達増援を忌々し気に見つめながら、ソロモンの悪魔が、光の矢をその手から撃ち出す。
    (「ルナ、強い意志を持って戦ったお前のことだ。例えダークネスの中にあろうとも、そう簡単に消えている訳ないだろ」)
     その攻撃を日本刀で斬り払いながら咲哉が突進し、逆袈裟で悪魔を斬り捨てる。
    (「必ず皆と一緒に帰って来い。此処には来れなかったが、優希斗も心配しているからな……!」)
     共に戦った戦友に、心の裡で語り掛けながら。

    ●最終防衛ライン
    「此処から先には行かせぬぞ、灼滅者共!」
    「邪魔はさせないわ」
     朽桜一振を振るい、護り手である悪魔を斬り上げたのは、七夕・紅音。
     僅かにその動きを止めたソロモンの悪魔へと、無動・律が、百鬼夜行。
     小妖怪の幻影に襲われた悪魔の内の1体を、矢神・桐子がご当地ビームで撃ち抜き灼滅する。
    「絶対に皆の邪魔はさせないんだよ!」
     勢い込む桐子に後ずさる後衛の悪魔たちに、蒼珈・瑠璃が無数の光線を撃ち出す。
     射貫かれた悪魔達の内、難を逃れた何体かが无凱たち救出班を狙って一斉詠唱を完成させ、マジックミサイルで撃ち抜こうとするが、彼等をずっと守り続けていた、平・和守が捨て身の防御で食い止めた。
    「クレンド達は傷一つ付けさせん……!」
    「必ず無事に送り届けてやるからな!」
     和守と同じく本隊の盾となり続けている穂村・白雪が気迫で傷を吹き飛ばし、愛機であるクトゥグアもまた、自らのエンジンを限界まで引き絞り体力を回復。
     白雪たちが自分達の傷を癒す間に、その上から、師走崎・徒が飛び出し、暴風の如き回し蹴りを叩き込み、複数体のダークネスに強かな一撃を加える。
    「友達の為だ! 幾らでも相手してやるぜ!」
    「ここでルナさん見殺しにしたら、ヤマさんに殺されるよなー、俺達」
    「そうだね、兄貴。逃しちゃいけないし、それにラー油をルナさんに注射するのも駄目なんだろ?」
    「ったく、そんなことしたら、お前、ヤマさんに殺されっぞ……」
     徒や本隊と少し離れた距離から二丁ガンナイフで弱っているダークネスに確実に止めを刺していく、幡谷・功徳。
     彼の隣では、弟である幡谷・妙覚がガトリングガンを出鱈目にばら撒き、ダークネス達に確実に負傷を蓄積させている。
     怪人やゾンビの中には、弾丸に撃ち抜かれそのまま灼滅された者も複数いた。
     因みに彼等の目の前では、ナノナノさんが涙目になりながら、主達を守っている。
     幡谷兄弟の苛烈な弾幕の間隙を拭い、反撃を試みる悪魔たち。
     だがそれよりも先に、エン・ジャッカルが、地面にロケットハンマーで凄まじい振動を起こしていた。
    「させると思っているんですか!? 甘く見ないで欲しいものですね!」
     衝撃につんのめる悪魔たちを横目に次のダークネスとぶつかるエン。
    「邪魔したければ、私達を倒して見せて下さいよ」
    「アンタらの相手は俺達だ。前座は引っ込んでな!」
     螺穿槍で悪魔に突進したエンに合わせて、蒼上・空がマテリアルロッドに籠めた魔力を炸裂させ、耳を劈くすさまじい音と共に、悪魔を灼滅。
    「……何故、これ程までに……!」
    「ダチのダチを助けるのに理由なんざいらねぇだろ」
     後衛から仲間を回復していた悪魔の呻きに、空が答えるのに合わせる様に、シャオ・フィルナートが接近してサイキックの力で構成した剣で袈裟斬りにする。
    「ルナさんは、俺にとってはじめてのともだちの一人で…受け入れてくれた時、すごく、嬉しかった。だから、話した期間はまだ短いけど、それでも…絶対、助けたい。まだ、全然…話し足りないから」
     呟くシャオの脇を駆け抜け、卯月・愛奈が断ち切り・ひとまとめ【ユカリ】を大上段から振り下ろして、灼滅。
    「部員の為にもあなた達には消えて貰うわ」
    「お前達にオレ達を止められると思うなよ!」
     小さく息をつく愛奈に合わせる様にバイオレンスギターを掻き鳴らしてダークネス達を打ちのめすのは、マサムネ・ディケンズ。
     死体を踏み越え、尚迫りくるダークネス達が反撃とばかりに雨あられと水の力を帯びた光線を撃ち出すが、木津・実季が、結界を展開。
     網状の結界がそれらの攻撃を絡め取り、取りこぼした攻撃は、白金・ジュンがヴォルフ・アイオンハートと抑え込んだ。
    「ルナちゃんには帰って来て貰わなあかんからね」
    「道は私達が切り開く!」
     白銀大蛇を高速回転させてダークネスを斬り刻みながら、荒吹・千鳥がのんびりと、その実真剣に呟くのに、有馬・鈴が決意と共に応じ、『咎』の魔力を籠めた大鎌でダークネス達の命を刈り取っていく。
    「邪魔はさせません!」
     血路を開く為、睦沢・文音がガンナイフから銃弾を連射し、ダークネス達を牽制。
     動きが止まったダークネス達を、紫乃・美夜古がその拳に雷を纏い、突き倒して灼滅する。
    「……!」
     光となって消えたペナント怪人の向こうに、フワリと風になびく銀髪の娘の姿を見た。
    「ルナさんはあそこです!」
     上空から偵察を続けつつ、仲間達の負傷を回復していた地獄極楽丸の報告に、蜂・敬厳が鷹揚に首肯する。
    「ここは、わしらに任せて貰おうか」
     緋色のオーラを纏わせた刃で敵を斬り裂く、敬厳。
     反撃が飛ぶが、その傷は瞬く間に稲生・修の癒しの矢に塞がれ、更に貴夏・葉月が不死鳥を模した影の翼部が変貌した刃が悪魔を残虐に切り裂き、その先にある『彼女』の姿を確実に捕える。
    「さ。ご主人、望……皆、行きなさい。救うべき人のところへ」
    「俺は、ルナさんともっとお話をしたい。だから……連れ帰って来て」
     ライ・リュシエルが呟きつつ、清めの風を吹かせて仲間達を癒す間にも進軍して来ようとするダークネス達を、滝沢・クロノが密かに周囲に張った鋼の糸や様々な罠で絡め取り。
    「足止めはあたい達に任しとき!」
     小野屋・小町が機敏さを生かして、悪魔達を攪乱し。
    「ルナさんに帰ったらあなたの好きな曲を弾いて聞かせてください、お礼はそれで充分ですよ。と伝えてください!」
     ジュンがご当地ビームでダークネスを自分の方へと引き付けて。
    「わずかでも、お力になれば!」
    「ルナさんは、私の最も大切な親友で、絶対に戻ってきて欲しい人なんです。だから、皆さん必ず連れて帰ってきてくださいね!」
     消耗しているディフェンダーの疲労を、九重・優太の温かみのある光の玉と、宵闇・夕映の祈りを込めた風が吹き飛ばし。
    「天摩、しっかりやれよ!」
    「当たり前っすよ!」
    「こっちは任せなさい!」
     徒のサムズアップに天摩が返す間に、千歳・桜が攻撃を捌く。
    「ご武運を!」
     敵の攻撃を捌きながら言葉短かにそう投げかけた鴨川・卓也の後押しを受け……救出班は、高原・清音(彼岸花と霞草を持つ娘・d31351)と、クレンドの後輩である秋元・士現達が切り開いてくれた道を一気に駆け抜ける。
     疾風の如く駆けていく清音達を見送りながら、周囲の温度を下げ、ダークネス達の動きを止めて、微笑する、士現。
    「清音センパイ達なら大丈夫、きっとね」
    「……北条さんは言っていました。絶対に死ぬな、と」
     士現と共に清音達を見送りながら、律が何かに想いを馳せる様に小さく呟く。
    「リードさん。貴方自身も死んでは駄目だ――どうか生きて、皆さんと戻って来て下さい」
     祈りを、清らかな癒しの風に還元し。
    「大きなお仕事やる本隊の邪魔はさせねぇよ」
     ジュリアン達への追撃を阻止するべく天草・水面が敵に炎を纏った回し蹴りを叩き込んだ。

    ●接敵
    「……やっと着いたよ……シャックス」
     多くの仲間の助けもあり、時間こそかかったものの、消耗することなく辿り着いた玲奈たち。
     けれどもその体には、血糊がベッタリと付いている。
     周囲で鳴り響くは剣戟や爆発音。
    「わたくしの布陣を突破して此処まで来るとは、大したものね」
     カツン、と軽くその手に握る杖で地面を叩き、フワリ、と空中へと浮かび上がる。
    「迎えに来たよ……僕の月姫」
     ただ飛び上がるだけでは届かない場所に滞空する『彼女』を、サングラス越しに見つめながらスレイヤーカードを展開する、无凱。
     六叉の鉾と呼ばれる形状をした、妖黎槍『洛叉』の先端の3本の枝刃から、魔力を凝縮させた氷の弾丸を撃ち出し、シャックスの肩を凍り付かせる。
     さほどの痛痒を感じた様子もない海将の微笑みが、姿こそ違えどルナのものに瓜二つ。
    「ママ。迎えに来ましたよ」
     純白の指輪を翳し、闇に染まった弾丸を撃ち出す、望。
     射貫かれながらも、海将を名乗る彼女は、自らの持つ杖をクルクルと回転させる。
    「水は、わたくしの為の戦場。わたくしの為の、全て」
     詠唱に応じる様に、海将の魔力を受け取ったと言われる杖が青く光り輝き、同時に彼女の周囲に無数の水滴を作り出し。
     水滴はほんの一瞬で大きな水たまりとなり、その水溜まり同士が、まるで命を持っているかの様に蠢き繋がりはじめ……。
    「! メイルストロウムっすか?!」
    「! 黒絶先輩、高原先輩、柊先輩……来ます!」
     悪魔の刻印が刻まれた十字型突撃銃の先端から、鎮魂の聖歌を奏でる光の砲弾を天摩が撃ち出しつつ、警戒を呼びかけ、思考を戦闘用に最適化した雄哉の精密な計算が、対象を誰にしているのかを弾き出した。
     クレンド達が其れに即応するとほぼ同時に、凍り付くような冷たさを感じさせる大渦が巻き起こり、無数の睡蓮の花の形の氷と共に、後衛の者達を飲み下そうと襲い掛かる。
     ……大渦が消えた時現れたのは、望の前で、深紅の盾【不死贄】を翳し、鋭い眼光を光らせるクレンド。
    (「思ったよりも強烈では無いな」)
     飛行に自分の魔力を費やしている分、魔力の練り上げは少なくなる様だ。
     最も、手数が減るのは此方も同じことではあるが。
    「ルナ、君は俺に『護られる生き方』ではなく、『護る生き方』をすると言ったな」
    「何の話かしら」
     嘲笑する様に首を傾げる海将の言葉には耳を貸さず、淡々と彼女の内で眠っている筈の、ルナへと語り掛ける。
    「怖がりの君が見事にそれを成し遂げた。とても誇らしい」
     【不死贄】が展開する赤い結界を、清音を庇った天摩へと施すクレンド。
     その彼の脇を、清音の花の模様があしらわれたリボン、百花龍嵐が通り抜け、海将の右腕を縛り上げる。
    「……みんなと貴女の頑張りでここまで来ることが出来た……」
    「そうだ。だが、もう一つ誓ったよな? 『護る為に生きる』、と」
    「そうだよ! ルナさんが居るべき場所は、悪魔に囲まれるそこじゃないよ! だから……!」
     クレンドの呟きに合わせる様に、玲奈もまたレイザースラスト。
     玲奈の其れは、海将の左腕を絡め取っている。 
    「君が戻るまで、オレ達15人の決着はつかないままなんすよ……リードっち!」
     ミドガルドに命じて機銃を連射させ、プリューヌがポルターガイスト現象を引き起こし、周囲の木々を叩きつけるのに合わせて叫ぶ天摩。
    「そうだ、ルナさん。貴女を待つ者は沢山いる」
     オレも、と微かに呟きながら激しく、だが、何処か懐かしさを感じさせるような曲を奏でて衝撃波を生み出し其れを聞かせるは、ジュリアン。
     その音楽は……そう。
     ルナが良く練習していたピアノ曲の、アレンジ曲。
     衝撃に僅かに苦痛を浮かべる海将を見据え、クレンドが決意を籠めて叫んだ。
    「あの誓いは、違わせん!」
     其れは、激しい戦いの音が続く戦場一体に響く様な、鋭い声だった。

    ●終わることの無い闘争
    「今から17年前、月の女神を崇拝するリード家に双子の姉妹が誕生。だが生まれたのは『妹』だけで、『姉』は死産。しかし姉は妹の中でいつか自分が妹に成り替わろうと息を潜めて……そして現在その望みが叶ったワケだ?」
    「違うわね。あの子は、自分の意志でわたくしにこの体を譲り渡した。わたくしはただ、あの子が望んだから、体を預かっているだけ。成り替わろうと息を潜めていたなんて、言いがかりにも程があるわ」
     无凱の挑発に怒りを滲ませる海将。
     応じる様に、濃厚な月下美人の香りを周囲に漂わせ、花を生み出す。
     望の周囲に展開された其れが、矢の様に鋭い棘へと変貌を遂げるが。
     建速守剣で天摩が棘を斬り捨てた。
     无凱が身を翻して妖冷弾を撃ちだし海将の右肩を凍てつかせ、望が、純白の影の先端を真空の刃へと変え、海将に向けて放つ。
     杖を一振りして攻撃を捌こうとする海将のそれを、ジュリアンのダイダロスベルトが絡め取った。
    「空中に浮かんで攻撃されることを恐れる臆病な貴方が海将? 笑い話だ」
    「さっさと降りて来い、リード先輩。いやただの臆病者の、ダークネスか」
     数回の調整を行った雄哉が拳に蓄えた闘争心を拳から撃ち出し一撃。
    「言わせておけば……!」
     ジュリアンと雄哉の挑発に、杖をきつく握りしめる、海将。
     怒りに震え、行動に僅かに綻びがある様に見える彼女へと、清音が自らの影を彼岸花の様に変えて襲撃させ、海将の一部を喰らわせる。
    「くっ……?!」
    「……天網恢恢疎にして漏らさずよ……」
    「……何を言って……!」
     僅かに目を見開く海将を玲奈がジャッジメントレイで射抜く。
    「ルナさん、私達の声、聞こえているでしょ! 貴女の居場所は无凱さんや、望さん、皆といる暖かい場所なんだよ。そんなところにいちゃ駄目だよ!」
    「そうっすよ、リードっち。君は、オレ達の仲間っす!」
     黒い灰と煙をクレンドに纏わりつかせながら、想いを告げる天摩。
     其の間にミドガルドが天摩の上空を飛び越えながら、機銃を連続掃射。
     激しい弾幕に空中に在りながらも僅かに動きを止める海将を、玲奈たち後衛を守り、傷だらけのプリューヌが霊障波で容赦なく追撃。
    「……中々やってくれるわね……!」
     月下美人の芳醇な香りを漂わせながら、無造作に振るわれた手から放たれた睡蓮の花弁の様な刃が望を襲うが、クレンドが割り込み緋色の盾で受け止める。
     瞬間、自分が次にすべき行動が空白となり、一瞬ガクリと膝をついた。
    「くっ……!」
     咄嗟に自分の腕に刻み込んだ文字に目を通して我に返り、反射的にプリューヌへと緋色の結界による癒しを施していた。
    「……わたくしの『盗む』能力に……?!」
     ほんの僅かに息を呑み、一瞬動きを止めた海将に、連続しているのを承知の上で妖冷弾を叩きつける、无凱。
     弾丸に胸を射抜かれ、血を滴らせる海将に、言い聞かせる様に囁きかける。
    「……7月7日、ルナ17歳の誕生日。プレゼントに『月の華』を貰ったね。『これが……僕が咲かせた『想いの華』……ルナに受け取って欲しい』と。形ある物を望んだ君は『契約の証』をその指に。それは、今も君の手に……」
     无凱のその言葉に答える様に。
     彼女の薬指に嵌った、月光に彩られた翼と華があしらわれた其れが、まるで綺羅星の様に小さく揺らめく。
     チラリと自分の薬指の指輪に視線を落とし、ジュリアンがバイオレンスギターを掻き鳴らす。
     ルナがずっと練習していた曲を幾つも、幾つも思い出し……その度に、アレンジを加えながら。
    「貴女を呼ぶ声が聞こえているだろう。貴女を救いたいと命を賭して戦う仲間達の声が。だから……早く戻って来るんだ」
    「そうだよ! 海将なんか、貴女には似合わないよ!」
     玲奈が力の限り声を張り上げ、ダイダロスベルトを射出して海将の体を巻き取る。
     その隙を无凱は見逃さない。
    「……7月31日。ブルームーンと呼ばれるその日、月の女神が見守る中『誓いの言葉』を交わし、お互いの指に『月の華雫』を交換したね」
     自らの左の薬指に嵌めた白銀の双翼に包み込まれた金剛石の月華を示し。
    「指輪は二つで一つ心奏でる。月の華はこれから描く未来を暗示し……小さな綺羅星は『双子』。月の華雫は『永遠に誓う』」
     これ以上をルナに聞かせぬ様に自らの胸の裡の声を盗み、雑音を振り払おうとする海将。
     だが……拳型の波動が、集中を阻害した。
    「シャックス。あの時、堕ちて行ったリード先輩を大切に思っている人の声を、先輩に聞かせない様にさせる行為を、僕は絶対に許さない」
     雄哉の闘志が籠められたその波動に声を盗むことを妨げられ、忌々しそうな表情を浮かべる、海将。
     説得は、確かに効いていた。
     ――もう一押しですね。ママ……。
     視覚や聴覚ではなく、感覚で其れを感じ取った望が、此処でルナを取り返す為に、畳みかける。
    「折角頑張って生んだ子供たちを、育児放棄なんて駄目ですよ、ママ」
     ――その言葉に、海将の表情が、大きく動く。
     軽く胸を抑える彼女に説得が効いている確信を得て。
    「ママがいないと、あの子たちは生きていけません。大切なのでしょう? あの双子の赤ちゃんが。もう帰りましょう? 皆がママの帰りを待っています」
     淡々と、だが、確固たる意志を籠め。
    「だって、ママは私達にとって大切な人なんですから」
     彼の想いを綴った説得に。
     海将が、ゆっくりと地面へと降り立ち、蹲る。
     彼女の中の『ルナ』が自分の体を取り返そうと強く、強く抗っているから。
     
     ――後、少し。

     後は、彼女を倒しさえすれば、取り戻せる。

    ●暗闇の足音
    「……望様」
     ずっと苦しそうに蹲っていた『彼女』が、慈愛の女神を思わせる様な、優しい声で語り掛けて来る。
    「ママ……!」
     耳朶を温められる様な優しいそれを聞き、『彼女』を呼ぶ望。
     冷や汗を垂らしながらも、『彼女』はそっと顔を上げて微笑んだ。
    「……望様。申し訳ございません。……後……少し……!」
    「ルナ!?」
     クレンドが息を呑む間に、いてもたってもいられなくなり駆け出す望。
    「……今、助けます、ママ!」
     恐らく、ルナの意識が表面に出つつあるのだろう。
     既に周囲の戦いの音も止んでいる。
     結果はどうなったのかは分からないが、味方が救援に来る確信が何処かにある。
     『彼女』に駆け寄り、リュネットを眠らせる為に、純白の影で締め上げようとする、望。
     ――だが……その時。
    「ルナ、安心なさい。貴女の大切な者は、わたくしが、全て奪ってあげる……」
    「! 望さん!」
     直観的な、玲奈の悲痛な叫び。
     バシャッ! と大量の血飛沫が、望の胸から宙へと舞った。
     ――まるで、散華する花の様に。
    「う……あ……」
     勝利を確信する、海将の笑み。
    「ルナは……あの子は、誰よりも子供のことを気掛りに思っていながら私にこの身を預けたわ。だから……」

     ――子供のことを話されれば、手に入れた『幸せ』を捨てて、自分の我侭で帰らなかった、『母親失格な女』であると、絶望する。

     先程までの数倍以上に凝縮された、魔力。
    (「そうですか……私は……」)

     自らの間違いを悟った彼は、指に嵌められた其れを通じて、祈る様に、縋る様に。
     
    (「アネモネ姉様」)
     
     ――プツン。

    ●月は帰らず
    「……ルナ……!」
     望から放たれた殺気に、清音はただ茫然としていた。
     今、清音達の目の前には、リュネットがいる。
     ――傍にいるだけで背筋が凍り付きかねない程の、凄まじい威圧感を持つ『海の女王』が。
    「ありがとう、灼滅者。これでわたくしは、完全に蘇った」
    「ルナさん……! ルナさん……!」
     半ば悲鳴の様に呼びかける玲奈。
     リュネットは妖艶な笑みを崩さぬまま、陽炎の様にその姿を掻き消し、この場から撤退しようとする。
     だが……。
    「私が、逃がすわけないでしょお、リュネット?」
     純白のドレスにその身を包んだ望が、笑みを浮かべて愉しそうに告げて、純白の影を一斉に射出。
     影の刃が一瞬でリュネットを絡め取り、その逃亡を阻害する間に、周囲の制圧を完了した灼滅者達が、次々に戦場に辿り着く。
    「ルナさん……くそっ!」
     それまで周囲の仲間達に協力して、ダークネスの掃討を担っていた杉凪・宥氣が、顔を歪めつつ日本刀に炎を纏わせ、全力を持ってみね打ちを叩きつけ、業火と共に、リュネットを焼く。
     だが、リュネットは笑みを崩そうとせず、煩わしげに杖を振るい、宥氣を吹き飛ばした。
    「闇堕ち……! それに、これは……!」
     宥氣の回復をなっちんに任せた、ユークレース・リファが唇を噛み締めつつ、Ursaに籠められた魔力で結界を作り出し、リュネットを締め上げる。
    「……なんで、なんでこうなるんだ!」
    (「リード先輩。どうして、こんな……!」)
     どうしようもない感情のうねりに飲み込まれ、雄哉が血が滲むほどに唇を噛み締め、その拳を硬質化させて、正拳突き。
     望を騙す為、着地していたリュネットにその拳がめり込み、重石がずっしりと拳を這ってくる様な感じがして、雄哉の口の中に苦いものがこみあげた。
     次々に灼滅者達が戦場に辿り着き、周囲を包囲していくが、中には攻撃を躊躇う者もいる。
     未だ、彼女が完堕ちしたことを信じられぬ者も、多数いるのだ。
    「ルナ……。貴女の大切な者は、私が全て奪ってあげるわ……」
     多くの灼滅者達が辿り着いたのを理解したリュネットが、杖に爆発的なまでの魔力を蓄え、戦場全ての空気中の水分を凍り付かせ、巨大な睡蓮の花と共に、全てを押し流そうと激流を生み出す。
     暴力的なまでの魔力を宿した其れが全てを飲み込み……反射的にプリューヌ、ミドガルドが、後衛の雄哉と玲奈を庇うがそのまま消滅。
     ジュリアンがその様子を見て覚悟を決めたように目を細める。
    「……穢れも、罪も共に」
     スレイヤーカードを解放する時のキーコードを祈りの様に呟き、リュネットの『壊れやすい箇所』を見極め、ティアーズリッパー。
     放たれたその一撃が、リュネットの急所を斬り裂き、その体から、血を滴らせた。
    「逃さねぇ! ここでお前を……会って間もないお前を喪うわけには行かないんだ、ルナ!」
     包囲を完成させた一人である神代・蓮が震えを感じさせる声音で呟き、クルセイドスラッシュ。
     魂を斬られよろめく海将に、ニキータ・グーリエフが呼びかける。
    「知らない君、帰って来て。誰かが帰還、待っている。約束を、最後の破った約束に、しないで」
    「ルナちゃん! まだいるんでしょ! ちゃんと思い出して! 君の帰りを待ってくれている人が、こんなに要るんだってこと……!」
     同じく戦場に辿り着いたサイレン・エイティーンが。
    「リード様。帰りたい場所は無いのにございますか」
     断斬鋏で海将を斬り裂きながら、葛乃葉・霙が。
    「ねえ、ルナさん! 貴女の人達は貴方が大切な人達で、貴女が救われないとその人達も、救われないの!」
     闇堕ちした望とリュネットを交互に見ながら、哀しみの表情を浮かべた凰・紗夜が。
     ――そして、辿り着いた多くの灼滅者達が。
     奇跡が起こることを信じて、心を尽くして呼び掛ける。
     けれども……。
     リュネットは、其れを無慈悲に消し去る。
     無数の花を針に変え、无凱を倒すべく攻撃を仕掛け。
     無数の針の乱舞から、彼を庇った天摩が膝をつきつつ喀血。
     もし、駆けつけた神無月・佐祐理の回復が無ければ、力尽き倒れていただろう。
    「くっ……ルナ君……!」
     クレンドが何かを振り切るように、【不死贄】を叩きつけ、自分達の方へと意識を向けさせる。
    「……ルナ……!」
     諦めたように、覚悟を定めた様に、清音もまた一瞬でリュネットの視線から姿を消し、死角から黒死斬を見舞い、その急所を穿った。
    「なんで……なんで、こんな決着になるんすか……リードっちー!」
     悲痛な絶叫と、自分を苛む感情に押し流され、傷だらけの天摩が建速守剣で神霊剣。
    「リード先輩……死ぬのは……僕で良かったのに……!」
     感情を剥き出しにした雄哉がジュリアンと共に、海将の左右から強かな一撃を与え、彼等と共に、援軍の何人かが一斉攻撃。
    「ルナさんまで……どうして……!」
     過去に自分に起きたことと今、目の前で起きている光景がダブり、大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、玲奈が祖父から譲り受けた魔剣、怨京鬼で神霊剣。
     胸を大きく斬り裂かれたリュネットを、望……否、アネモネが漆黒に染まりきった弾丸でその身を撃ち抜く。
     戦力は十分。
     そして、闇堕ち者が出ることによって、戦力は増強。
     この状況を覆すことは……如何に完堕ちした彼女であっても、不可能だった。
    「くっ……そんな……!」
     膝をつき、全身で喘ぎ、肩で息を切らすリュネット。
     そして、リュネットの前に仁王立ちになり、微笑む无凱。
    「ルナ……。一度、約束したね。もし君に何かあれば、僕が殺す、と」
    「……」
     痛い程の沈黙。
     サングラス越しの无凱の瞳に、光る何か。
     ――それは、まるで流れ星の様。
    「……さよなら……僕の月姫……」
     消えてしまいそうなほどの掠れ声でそう呟き。
    『ヤドリギ』でリュネットを貫いた。
     心臓を貫かれたリュネットはまるで、眠る様にその場に倒れ、自らの『死』を受け入れ逝く。
    「ルナの……妹の、子供たちを宜しく……」
     そう、言い遺して。

     ――戦いは終わった。

     望は、何時の間にか姿を消していた。
      
     ――『海将』リュネット……灼滅。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:黒絶・望(比翼の望み・d25986) 
    種類:
    公開:2016年4月8日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 33
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