闇人、戦国しづは

    作者:立川司郎

     闇。
     心に宿るは、どろどろと渦巻く闇である。
     少女は一冊の生徒手帳をじっと見下ろして、にたりと笑った。手帳にはしづは、という名前と別の少女の写真が記されている。
     手帳に残された写真は、入学したてで新品の制服を着ており、黒髪を肩口でぴったりと切りそろえて化粧っ気もなくたたずんでいる。
     その、手帳の少女は廃墟で冷たい骸と化していた。
    「しづは、ね。良い名前」
     少女は少しだけ手を加えて、その名字を『戦国』と直した。
     戦国それが少女の名字。いや、コードネームといってもいいだろう。本名はとうに忘れたし、そもそも覚えていようとも思っていなかった。
     『戦国しづは』は少女の制服を頂戴して着替えると、スカートの腰を折りたたんで丈を短くした。
     ブレザーのシャツの中には、この間買った可愛いレースつきのキャミを着てちらりと見せる。
     髪は真っ赤に染めてふわりと結い上げた。
     死体をそのままにして、しづはは歩き出す。新しい名前と新しい身分を手に入れ、町を歩き回った。
     次は何を手に入れようか?
     つけ爪も良いな、あの子のつけ爪可愛い。
     あの子の靴はすごく可愛い。でもちょっと歩きにくそうだなぁ……また今度にしよう。何を手に入れようか、何をしようか。
     ふと見ると、見慣れないシルバーネックレスをつけた少年3人が歩いていた。
    「……ねえねえ、それどこで買ったの?」
     とりあえず、ブランドはチェックしておこうとしづはは少年に声をかけた。見知らぬ少女に突然声をかけられて驚いた様子であったが、顔立ちのいいしづはに声をかけられて満更でもなかったのかもしれない。
     ネックレスをつけていない方の少年が声を返した。
    「これ、彼女の手作りだって」
    「ちょ、彼女じゃねーって」
     慌てて言い返す少年であったが、顔は真っ赤。
     手作り……とすれば、どこにも売ってないという事か。しづはは、迷わず……にたりと笑った。
     決めた。
     今度はこれを手に入れる。
    「ねー、カラオケ行こうよ」
     しづはは少年の腕を取ると、強引に歩き出した。
     
     体育館の片隅で、エクスブレインの相良・隼人は静かに座する。事件について思案しているのか、それとも心を落ち着ける為であるか……。
     やがてメンバーがそろうと、隼人は目を開けてこちらに向き直った。
    「よし、始めようぜ」
     隼人はそれから、一枚の写真を差し出した。
     床板の上に置かれた写真は、一人の少女が写っていた。派手な顔立ちでメイクも濃いが、おそらく素顔も整った顔立ちであるとうかがえる。
    「これは現在の六六六人衆六二一番、戦国しづは……仮名、だ」
     仮名?
     と一人が聞き返すと、隼人はこくりとうなずいた。
    「こいつは名前や身分を殺した相手から奪って生きている。……まあ完全に他人に成り代わる事なんか出来やしないんだが、名前や制服なんかを奪ってなりすますのが楽しいんだろうな。だから現在の名前、仮名が戦国しづはだ」
     戦国しづはは実力でのし上がった六六六人衆で、かなり腕が立つ相手であるという。おそらく、八人束になっても倒すのは困難だと隼人は話す。
     だから隼人は、今回の目的を『防ぐ事』とした。
    「彼女が狙っているのが、三人の高校生男子だ。このうち最悪でも二人……シルバーのネックレスをつけた少年『以外』を守り切ってしづはを追い返せばよしとしよう」
     では、しづはは見逃すのか、この少年は死んでも良いのかと声が上がった。
     隼人は黙ってうなずく。
    「よほど運と作戦が良くきゃ、こちらの身も危うい。これから言うことはよく聞いて作戦を立てておいてくれ」
     しづはは少年達を連れて、カラオケボックスに向かうだろう。何も邪魔がなければカラオケで殺害を謀るが、隼人が言うには部屋は二階の奥であまり邪魔が入らない所であるらしい。
     ただし、ここで戦闘になるとほかの人間も巻き込まれる可能性がある。
    「まぁ出来るだけ犠牲が出ない方がいいし、あまり死人が出たら任務が成功したと言えネェ。ここでやらない場合、何とかして途中の廃墟に連れ込む必要がある」
     しづはが少年に接触する場所からカラオケ店までの間に、廃ビルがあるという。人通りが少ない裏路地にあるが、しづははそこで殺害する道は選ばなかった。
     なぜか?
     つまらないからである。
    「つまんねぇから、そこでは殺さない。人が居る所で皆殺しにすんのが楽しいんだ、今は廃墟で鬼ごっこする気分じゃねぇ。鬼ごっこするなら可憐な女の子がいいしな」
     にやりと隼人が笑った。
     まるで、しづはに成り代わったような、黒い笑みである。
    「……という考えなんじゃないかと俺は思う。戦うなら廃墟のほうが良いが、その場合どうにかして誘導する必要がある」
     廃墟は薄暗いが、あまり邪魔が入らないのがいい。人通りが少ない為、少なくとも犠牲者が大量に出るなどという事態には成らずに済む。
     少し考えて、隼人がじっとこちらを見た。
    「……あまり犠牲者を出したくないという話には、もう一つ……相手が死人を眷属に出来るという力があるからだ。こっちの殺人鬼と違って、アイツ等は自在に操れるからな……やっかいな事になる」
     ともかく、何としても彼らを守る事……犠牲者をあまり出さない事、しづはを撃退する事が重要だ。
     相手は手に負える相手じゃない、と隼人は念を押していった。
    「いいか、追い返す事を前提にして話してんだ。あまり無茶をしてくれるなよ、どんな方法を使ってでも生きて帰れ」
     隼人は冷たい表情でそう言うと、写真を手渡した。


    参加者
    ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)
    鈴森・斬火(炎刃狂姫・d00697)
    彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)
    後上・リオ(切々舞・d04098)
    篠紫野・紫之乃(刻紫霧葬・d06527)
    アルシャドネ・イリーツァヤ(小学生魔法使い・d09149)

    ■リプレイ

     そこに在ったのは、底なしの闇。
     闇は仄かに光る人々の中にふうっと這い寄り、そして光を奪って去って行く。そしてまた三つ、光が頼りなげに宿った。
     闇は、すうっとすり寄る。
    「ねー、カラオケ行こうよ」
     しづはは、少年の腕を取って歩き出した。
     その様子を確認すると、彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)はガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060)と鈴森・斬火(炎刃狂姫・d00697)に目配せをするとゆっくりと足を進めた。最初はゆっくりと……やがて早足になると、さくらえはパタパタと少年達の前へと飛び出す。
     先に視線を向けたのは、しづは。
     驚いた様子は無く、慌てる気配もない。しづははそのまま無言でいたが、少年三人はきょとんとさくらえ達を見つめている。
     さくらえはぺこりと頭を下げると、少し俯き加減で口を開いた。
    「あの……」
     同じ学校の生徒だと名乗ったさくらえは、同級生を演じるガムと斬火に急かされるようにして彼らの道筋に混じった。
     アクセサリーをつけた少年の左腕をしづはが取っているのを見ると、さくらえは逆の手をしっかりと取る。
     するとガムは残った二人の間に割って入ると手を引いた。
    「うちらヒマでさ、よかったら一緒に遊ぼうぜ!」
     同じ学校?
     何年?
     そんな質問が飛んだが、ガムが適当に答えて流す。斬火はにこにこと笑顔でガムやさくらえに合わせるが、比較的口数少なめに残った二人の相手をしていた。
     もし彼らが警戒した場合、プラチナチケットを使わねばならない。しかしそれはしづはに警戒される要因にもなる為、なるべく使わないに越したことはない。
     さくらえがちらりとしづはを見ると、しづはは少し考えて『いいんじゃないの?』と言った。機嫌良さそうに笑っている彼女からは考えが読み取れないが、ひとまず同行する事は出来そうである。
    「カラオケですか? だったら向こうの筋ですから、そこの廃墟を抜けた方が早いですよ」
     さくらえが言うと、こくりとガムが頷いた。
    「この時間人が多いから、早くいかないと部屋が埋まるぞ。ほら、向こうの裏門から抜けて……」
     鬼さんこちら。
     ガムが誘導役、さくらえと斬火は廃墟へと誘い込む為の『エサ』として。

     三人が少年達としづはに合流したのを見届けると、残る五名も少し置いて尾行を開始した。俯きかげで何かぶつぶつと呟いている葉月・十三(高校生殺人鬼・d03857)の背に篠紫野・紫之乃(刻紫霧葬・d06527)がそっと近づくと、プラント戦がどうのと言っているのが聞こえた。
     意味不明な彼の呟きに、紫之乃はとりあえず声を掛けるのをやめておいた。
     少し離れた所でアルシャドネ・イリーツァヤ(小学生魔法使い・d09149)はアイスを食っているし、一・葉(デッドロック・d02409) はただぼんやりと歩いている。
     後上・リオ(切々舞・d04098)は『聞いている』と一言だけ返すと、のろりと葉とともに歩く。
    「何でアイスやねん?」
     紫之乃がアルシャドネのハンチング帽の上から手を乗せると、ちょいとアルシャドネは見上げてアイスを差し出した。
     美味しいらしい。
    「美味しいのはもう分かったって」
     紫之乃は笑って、歩き出す。
     紫之乃が楽しみなのは、アイスや美味しいものよりも……戦い。勝っても撤退しても、ここで六六六人衆とやり合える。
    「あんまそう笑いなさんな、六六六人衆のナンバーだぞ?」
     リオがぽつりと言うと、紫之乃はからからと笑った。
     ここに居る殆どが殺人鬼なのだ、みんな同じように六六六人衆に対する興味があるはずだと紫之乃は笑う。
    「お前とはちょっと違うと思うよ」
    「そうやろか?」
     紫之乃が聞き返すと、先を歩いていた十三がじっとこちらを見ていた。前方を歩いていた彼らの姿が消え、目の前に廃墟が広がっている。
     そろそろ時が満ちる。

     斬火は一呼吸、息をついた。
     そろそろ、か。
     音もなく、戦いが開始した。尾行していた残りのメンバーが、終結する。戦いの気配に気付かなかったのは少年達だけであったが、しづはの反応は早かった。
     さくらえは腕を掴んだ少年をそのまま引き寄せようとしたが、反対側の腕を掴んでいたしづはは放さなかった。
     その時、既にしづははあのアクセサリーをした少年の懐に入っていた。少年の真横に位置して、その腕をしっかりと握っていたのだから。
     どこへも逃がさぬよう、一足二足……少年達の心と体の側に這い寄って付き従っていたのだ。
     それは、このナイフが届く範囲。
     せめてもう少し、しづはを引き離す事が出来ていたらナイフは届かなかったかも知れない。ぬるりとナイフが抜き放たれ、しづははそれを一呼吸の間に少年の首筋に当てていた。
    「しづは!」
     十三が掛けよりながら声をあげたが、ちらりと視線を向けただけでしづははナイフを引いた。
    「貰~いッ」
     ざくりと切り裂かれた首が、半分だけ残る。とっさにさくらえは、残った2人を背の後ろに庇っていた。
     顔に血しぶきが散り、唇に少年の血が滴り墜ちる。
     ……速い!
     さくらえの心に、ひやりと血の臭いが伝い落ちた。そこから少年を庇いきったのは、ほんの一瞬早くガムが割って入ったお陰でもある。
     飛び込んできたガムの鼻先をナイフがかすめ、背後から駆け寄った十三に体をひねりつつ蹴りをくらわせる。
     攻撃が当たるかどうか確認するよりも先に、しづはは動いていた。
     残った少年を片付ける気だ。その眼前を塞いだのは、ガムであった。ロケット噴射で勢いをつけてハンマーを振りかぶるが、しづははするりと後方に避ける。彼女のキャリバーは側に居るが、攻撃に使うよりも……様子を伺っていた。
    「ガハハ、こんなものではウチは倒せんよ」
     辛うじてガムはその前方を塞いだが、全員で攻撃を防ぐのでさえ困難。……動きの速さ、そして攻撃の正確さ。
     どれを取っても、今この時点で太刀打ち出来る相手ではなかった。それでも笑ったのは、ガムの性格故であろうか。
     ざくりとしづはのナイフがガムの胸元を抉ると、生暖かい血が噴き出した。流れ出る血は、体から力を奪っていく。
    「……なあ、逃げないの?」
     にやりとしづはは笑った。
     逃げたら追うよ?
     逃げたら一人一人、切り刻むよ?
     しづはは笑った。
     ガムは逃げず、そしてその目の前から退こうとしない。葉がしづはの背後に回り込むと、その間に十三がガムの側に寄った。
     思ったより傷が深い。
    「じっとしていて下さい」
     気をガムの傷口に集中させ、塞いでいく。かまわず飛び込むガムを抑え、十三は低い声で制止した。十三で足りない分は、アルシャドネのハウンドが補って治癒をしてくれている。
     仲間を治癒出来るのは、ここではハウンドと十三しか居ない。
    「キャリバーも指示しなければならないあなたは、怪我に耐えにくい。お願いですから、怪我はこまめに治癒させて下さい」
     攻撃を防ぎながらでは、治癒も満足には出来ない。
     だが、しないよりマシだ。
     怪我に弱いという事は、誰よりガムが一番分かって居た。しかし自分の性格を一番分かって居るのもまた、ガムなのである。
    「葉月殿は一体、何の為にここに居る!」
     ガムは少年達を守る為、ここに居るのである。たとえ体を明け渡してでも……と、その覚悟はとうに決めている。
     ガムは飛び込んでしづはの体を捉えた。ふわりとその体が浮き上がるが、たたき落とすより先にしづはは抜け出していた。
     するり、と地面に降りるとしづはがナイフを突きつける。
     至近距離から、ナイフがざくりと胸を抉った。
    「分かったよヒーロー、それじゃあご期待に応えなきゃね」
     しづははにたりと笑うと、ナイフの刃を返して下から更に切り上げた。ずるりと崩れたガムの体を、十三が庇う。
     彼がナイフを構えて防御態勢を取っている間、葉が影でしづはを追い立てる。影の触手はしづはの足を掴もうと伸びるが、しづはの動きを止めるまでには至らない。
    「……生きてっか?」
     葉が声を掛けると、ガムがぴくりと動いた。
     なら結構。
     逃げる時ゃ、担いで逃げてやる。葉は小声でそう伝えると、影をざわりと蠢かせた。担いで逃げる、その時までここで耐えなきゃならない。

     どこまで逃げれば安全だろう?
     どこまで連れて行けば、しづはは追ってこない?
     さくらえは、少年達を連れて走りながら考えた。少年達は訳も分からず引かれるままにしているが、さくらえは顧みる余裕はなかった。
     廃墟を出て雑踏に飛び込むと、その様子を繁華街の人々がゆっくりと振り返る。人をかき分けながら、彼らは走り続けた。
     やがて少年がぐいっと手を引いて、そこで初めてさくらえは足を止めた。ざわざわと騒々しい人の声の中、少年は後ろを振り返っている。
    「……あ、あいつ……」
     友の事を言っているのだろうか。
     少年達は、それ以上口をきく事が出来ずに立ち尽くした。さくらえはようやく手を放し、項垂れる。
     自分の手をじっと見下ろしたが、少し震えている気がした。
     恐怖では……ない。多分。
     あの時、体を明け渡していれば彼は助かっただろうか? しかしそれは、あの場の誰にも出来なかった事である。
     間に合わなかった。
     それに、まだその時ではない気がした。
    「……戻って来てはいけないよ」
     さくらえは少年達にそう言うと、踵を返して走り出した。

     影を使って縛ろうと試みる葉であったが、しづはの回避能力に追いつかない。少しずつ追い詰めてはいるが、その度に振りほどかれて傷もふさがれてしまう。
     それでも彼女の傷は完全にふさがる事はないと、葉とて知っていた。
    「葉月、アンタは無茶してくれるなよ」
     治癒は十三に頼らねばならない事もある為、彼が倒れればここを維持するのが難しくなる。壁となって耐えている仲間をチェックしながら、葉は攻撃を続けた。
     一方、ガムと同様にキャリバーを使う紫之乃は、突っ込む事なく葉のやや後方から葉達の動きに合わせて隙を突くように切り裂き続ける。
     しづはが飛び込むと同時に、その影に回り込み鋼糸で切り裂く。彼女に合わせて動くのは容易ではないが、今はただしづはを如何にして追い詰めるか、その事しか脳裏にはない。
     少しずつ追い詰められているのか、それとも紫之乃達が追い詰めているのか。
    「あんた、薄っぺらい女やなぁ……作り物と借り物ばっかりで自分という物があらへん」
     すうっと背筋を伸ばすと、紫之乃はしづはに言い放った。こちらに向けられた眼光が、ぞくりと奮わせる。
     しづははにたりと笑った。
    「……当たり前じゃない。あたしらはダークネスだ。生まれた時から、借り物の体に間借りして借り物の名前をもらって、一時しのぎで奪い合いのナンバーひっさげて生きてんだ。自分? そんなもの生まれた時からありゃしないよ。あるのは、番号だけだ」
     あるのは、番号の奪い合い。
     ただ、それだけだとしづはは言った。
    「それ以外要りはしないんだ、ただ面白いか面白くないかさ」
     しづはが見ているのは、殺し合いだけである。
     借り物。
     その言葉に、リオは少し声を落とした。彼女はとっくに自分ではなくなっていて、ここに要るのは元の『戦国しづは』の体に宿った別の何かに等しいのである。
     ぎゅっとチェーンソー剣の柄を握り、リオが構える。チェーンソーを鈍く光らせる緋色のオーラは、リオの顔に少し照り返っていた。
     落ち着いたような表情で、リオが溜息をつく。
    「あんた……元の体の名前はなんなんだ?」
     あえて、リオは元のと呼称した。
     それが本体の名前でないなら、本当の名前と聞いても仕方あるまい。
    「国見。国見……何だか忘れちゃったよ」
     本人にとって、既に本名はどうでもいいって訳か。リオは首を振ると、チェーンソーを唸らせて突っ込んだ。
     しづはの攻撃を受け流しながしながら、チェーンソーで『血』を削り取っていく。返り血をぺろりと舐めると、リオは後方を振り返った。
     自在に動き回るしづはは、斬火の脇を抉っていた。視線が合った斬火は、ただ冷たい瞳でしづはを捉えている。
     それでもその執拗な攻撃は、戦いを求めている殺人鬼のそれであった。体を抉られても、斬火は己を信じて肉体と魂を高ぶらせる。
     その信念が、斬火の痛みを和らげていた。
    「息が上がってるよ?」
    「……大丈夫です」
     斬火が答える。
     その背後から、十三が声をかけた。
    「戻って来ました、撤退です」
     十三がちらりと葉を見ると、葉はさっとガムを抱えて後退した。追いかけようとしたしづはのナイフを、十三が弾いて前に立ちふさがる。
     相手がダークネスだと思うと、遠慮が要らなくていい。
    「ダークネスの邪魔をするのは、気持ちいいな」
    「そうだろ? あんたらもあたしも、お互い様だもんね」
     そうかもしれない。
     十三は、それを聞いて目を細める。
     まだ戦いたそうにしている斬火を引き寄せると、後ろに突き飛ばした。足下がよろけて、ふらついている。
     斬火の傷は大分深く、殿を任せる訳にいかなかった。紫之乃は残ったガムのキャリバーと自分のキャリバー『星明かり』を見ると、声をあげた。
    「時間を稼いでくれへんか?」
     自身も撤退しながら、キャリバー達をしづはに突撃させる。彼らでは長く保たないかもしれないが、時間稼ぎになるならそれで構わない。
     名残惜しそうにキャリバーとしづはを見て、紫之乃は走り出す。アルシャドネはハウンドに攻撃の指示をすると、少しずつ撤退をはじめた。
     治癒を攻撃に切り替えて、魔法弾を次々しづはへと叩き込むアルシャドネ。
    「ハウンドとキャリバー、保ってくれてる間に行くの」
     斬火の手をアルシャドネが引くと、斬火はしづはのナイフをかいくぐってアルシャドネと走り出した。
     なおも追撃するしづはに、リオがギルティクロスを叩き込む。十三が斬火達を庇いながら先に撤退すると、リオは最後にその場を後にした。
     先に出た紫之乃がもう一度振り返ったが、廃墟を抜ける頃には彼女の姿はもう見えなかった。……多分、あの少年からアクセサリーを奪って去ったのだ。
    「人間てのは、蹴落として奪って生きていくもんだよなぁ」
     街灯の下にぺたりと座り込み、リオは言った。
     どこからか買ってきたのか、アイスを口にしてアルシャドネがぺたりと座り込む。ハウンドを残してきてしまったのが気になるのか、ちらりと廃墟の方を振り返る事がある。
    「しなければいけない事は、出来たの」
    「しなければいけない事、か。……まあ、そうだね」
     いつかもっと強くなったら、ナンバーを倒す事が『しなければならない事』になるだろうか。リオは立ち上がると、仲間とともに雑踏の中へと紛れていった。

    作者:立川司郎 重傷:ガム・モルダバイト(ジャスティスフォックス・d00060) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月8日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 20/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ