名古屋七大決戦~屍人らの先に待つ白磁の君

    作者:夏雨

    ●敗残の徒
    「うずめ様は言いました。盟主は現れませんでしたと」
     6人の盟主候補の全てが、灼滅者によって救出された頃、南アルプスを抜け濃尾平野へと歩を進めていたダークネス達を前に、うずめ様がそう宣じた。
     長い敗走の旅を耐え抜いたダークネス達に、失望の表情が浮かぶ。
     灼滅者の裏切り者、闇堕ち灼滅者。
     その中でも、ダークネスの盟主となる事を望み、その為の試練を受けた筈の者達が、全て、灼滅者に戻ることを選んだというのは、彼らにとっても衝撃の事実であったろう。

    「うずめ様は言いました。灼滅者は追討軍を送ってくるだろうと」
     拠点も持たぬ敗残の徒である彼らに、武蔵坂学園を正面から迎え撃つ戦力は無い。
     頼みの綱は、うずめ様の予知能力であるが、それも、武蔵坂学園が持つという予知の力の前では充分な力は発揮できない。
     敵は、うずめ様の予知に掛からない作戦を予知する事ができるのだから。

    「万已むを得ない。いざ、決戦の時。戦い勝たねば生き残れまい」
     日本のご当地幹部、ザ・グレート定礎が、皆の心を代弁する。
     この危地を脱する事ができねば、この濃尾平野に、無残に屍を晒すことになるだろう。

    「楢山御前、あなたと轡を並べて共に戦う時が来ようとは思いませんでしたぞ」
    「それについては、おばちゃんも同感ねぇ。まぁ、白の王を灼滅されるなんて、予想外の事が起こったのだから、そういうこともあるわ。ところで、ソロモンの大悪魔のお二人はどうするの?」
     北征入道の言葉に頷いた楢山御前は、新参の大悪魔達を振り返る。
    「あなた達は客人だから、ここから脱出するのなら、出来る限り助けてあげるわよ」
     その御前の言葉に、ソロモンの大悪魔・ザガンが首を横に振った。
     ザガンに同意するように、フォルネウスの力を継いだ、海将ルナ・リードが言葉を継ぐ。
    「逃げて生き延びる確率と、戦って生き延びる確率に違いはないのではなくて? それに私達が逃げれば、他の大悪魔達の計画も狂ってしまうわ」
     楢山御前は、そう、と頷くと、最後の一人、緑の王・アフリカンパンサーを見た。

    「ボクもここで戦うよ。この日本で、グレート定礎の傍以上に安全なところなんて無いんだから。それに、ボク達の危機を知れば、アメリカンコンドルも駆けつけてくれる。それまで、ボク達はなんとか耐え抜けばいいんだ」
     自分に言い聞かせるようにそう言うアフリカンパンサーに、ザ・グレート定礎が言葉をかける。
    「濃尾平野は、古き盟友であった安土城怪人の拠点であった場所、地の利は無いわけでは無い。灼滅者達が驕り油断するならば、勝機は充分にあるだろう」
     こうして、竹生島の敗残兵を吸収した、富士の迷宮のダークネス残党軍は、名古屋市を望む郊外に陣取り、灼滅者達の追討軍を迎え撃つ準備を始めたのだった。
     その喧騒の中、
    「うずめ様は言いました。ここが決戦の地であると。そして、更に言いました。この戦いは決戦とはなりえないだろうと……」
     うずめ様の最後の予知は、誰にも聞かれる事無く口中に消えたのだった。

    ●ノーライフキング『楢山御前』
    「盟主候補となっていた6人の闇墜ち灼滅者……救出に向かった人たちのお陰で、無事に全員連れ戻すことができたね」
     うずめ様の思惑通りに盟主となる者は出なかった。灼滅者同士の絆の強さが招いた、その強さをうずめ様が侮った結果と言えるだろう。
    「で、喜びたいところではあるんだけども……早速そのうずめ様共を追討するチャンスがやって来たんよ」
     暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は早々に富士山及び竹生島のダークネスの残党に動きがあったことを告げた。

     うずめ様、ザ・グレート定礎、アフリカンパンサー、北征入道、楢山御前、ソロモンの大悪魔ザガン、海将ルナ・リードらは、逃げ延びていた残党勢力を濃尾平野の一部である名古屋市郊外に集結させ、灼滅者たちを迎え討つつもりのようだ。7体それぞれが多数の配下の軍勢を従えており、その軍勢を突破して灼滅までの道を切り開く必要がある。
    「簡単に勝てる相手じゃないけど、学園総出で軍勢に挑めば切り崩せるはずだよ。君らにはノーライフキングの1人、『楢山御前』の灼滅を目指してもらいたい」
     7体それぞれの攻略に集中するために募られたチームの1隊に、結人は『楢山御前』についての情報を伝えた。
    「楢山御前はアンデッドの軍勢を率いて、名古屋市郊外にある墓所を占拠する。君らはそこで楢山御前と対峙することになるね」
     アンデッドの軍勢に対し30名程度のサポート役が居れば、アンデッドを操る楢山御前の守りを充分突き崩せる。100名以上ともなれば互角以上の戦力となり、正面突破を図れるだろう。もう1つの問題は、楢山御前の本体と分身に同時にとどめを刺すことである。その条件が満たされない限り、楢山御前は不死身なのだ。
     分身である楢山御前の氷像は前線でアンデッドたちの指揮を取り、本体の楢山御前は壁となる軍勢の後方に陣取る。そこで本体の元まで突破口を開き、少人数を送り込む形で本体を追い詰めていく流れとなる。分身とアンデッドたちを相手取るサポート役の勝利も、楢山御前を仕留めるカギとなる。
    「本体と分身を同時に倒すことが問題かもしれんけど、それ以外の力の差は歴然て訳でもない。君らの連携次第で勝負が決まるだろうね」
     腕組をして結人の説明を聞いていた月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)は、「腐乱死体共をかき分けた先にノーライフキングの美熟女がいる訳ね」と大雑把なまとめ方をする。
    「あ、言い忘れた……お前、全裸で突撃しないと死ぬからな。ちゃんと予知通りにやれよ」
     結人のあからさまな大嘘に、未光はすぐに反応する。
    「エクスブレインという特権を最大限に利用したジョーク!? 無事に帰って来いとか心配するところじゃないの、そこは」
     「心配なんかしてねーよ」と結人は仏頂面で言う。
    「信用してやってんだからうまくやれよ」
     未光はにやにやしながらそう言う結人の顔を「ほぉー」と覗き込むと、
    「結人くんがデレたからには、張り切って挑みますか」
     赤面する結人は堪え切れずに否定した。
    「うぜぇなぁっ! 何もデレてなんかいねーよっ」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    藤原・漣(とシエロ・d28511)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ

    ●屍人たち
     名古屋市郊外にある墓所。アンデッドの軍勢を引き連れて墓所を占拠した楢山御前は、敷地内に建つ本殿に陣取った。
     死者が眠る場所には、おびただしい数のアンデッドが徘徊していた。本殿までまっすぐ続く石畳の道には、特にアンデッドの姿が目立つ。石塀の門の向こうにその死地の光景は広がり、暗く淀んだ空気に覆われている。
     アンデッドの不気味なうめき声が響く中、灼滅者たちはかん声を発して一気に乗り込む。門を抜け、塀を乗り越えて雪崩れ込む瞬間、あちこちで真っ赤な炎が吹き上がる。
     己の拳や刃に炎をまとわせたファイアブラッドの一団が、アンデッドを各個撃破するために飛びかかる。
    「雑魚は引っ込んでなベイビー」
     塀の上からダイブした椎葉・花色(グッデイトゥダイ・d03099)は、炎を吹く鉄拳でアンデッドの1体を叩き伏せた。
     アンデッドたちは灼滅者たちの姿を捉え、不気味な声を絞り出しながら接近しようとする。
     アンデッドのひしめく墓所に乗り込んだ花檻・伊織(蒼瞑・d01455)は、花色と共に剣を携えて敵陣に切り込んでいく。かつて対峙した楢山御前の姿を思い返しながら、伊織はつぶやいた。
    「今度こそ、永遠に眠ってもらおうか」
     生命の活動を終えてなお、腐乱した人形となって押し寄せる敵の群れ。目の前に迫るアンデッドを退けようとする者たちの中に、
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     カードから『希望の戦士ピュア・ホワイト』の姿を解き放った白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)がいた。ジュンは魔法少年……いや、少女として戦場へ赴く。
    「私たちで道を切り開きましょう! 今までの因縁に決着をつける時です!」
     勇ましく槍を振るい、確実に敵を葬ろうとするジュンに、女子……ではなく、女子のように可憐な容姿の蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)が続き、真珠のように艶めき輝くエナジーの刃がアンデッドを貫いた。
     アンデッドから刃を踏み抜き、敬厳は刃を振りかざして声を張り上げる。
    「全力で攻め抜くぞ! うぬらの相手はわしらじゃ!」
     多くの仲間と連携して何百というアンデッドたちを一掃しようと、灼滅者たちは戦場を駆ける。
    「うぉぉぉぉお! 道をお空けなさいっ!」
     阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)は進んで先頭に立ち、ロケットハンマーを振り回してアンデッドたちをけん制する。防御する術もなくハンマーをその身に受けた1体は、破片となって飛び散った。強襲する桜花を狙い、アンデッドの1体は手にしていた鉄パイプを投げ槍のように構える。姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)はそれを阻止するために行動する。セカイが振り下ろした刀からは衝撃波が放たれ、パイプごとそのアンデッドを両断した。
     複数のアンデッドを切り裂き、桜花のそばに背中合わせに立つセカイに対し、桜花は信頼を示す。
    「ふふ、背中は預けますわ!」
    「任せてください。さあ、刀の錆になりたい者からかかってきなさい!」
     眷属とはいえ数で勝る相手に押し負けぬよう、各々攻撃の手を緩めることはない。攻勢に出る者たちに向けて、暖かな光となる癒しの矢が次々と飛び交う。神原・燐(冥天・d18065)はナノナノの惨禍と共に支援役に回り、味方の状態を逐一把握し続けるために奔走する。
     弓を構えることに夢中になる燐に、墓石の影からふらっと現れたアンデッドがつかみかかろうとしたが、異叢・流人(白烏・d13451)の一撃がそれを阻んだ。アンデッドは白光を放つ破邪の刃を受けて怯み、燐は透かさず自身のデモノイド寄生体を操る。燐の寄生体から放たれた強烈な酸がアンデッドの体を急速にむしばみ、動きを停止させた。
     再び敵陣へと深く踏み込もうとする流人の背中に、燐は呼びかける。
    「流人さん、無茶だけはしないでくださいね」
     流人はわずかに顧みる素振りを見せて、
    「ああ、援護は任せた。頼りにしているぞ」
     剣を構え直した流人は、分厚い壁となっているアンデッドたちを切り崩しにかかる。
     巨大な斬艦刀を構える者たちは、地を揺らすほどの衝撃で次々と敵陣を叩き潰していく。
    「決戦が後に控えています――」
     葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)は楢山御前が待つであろう道の向こうを見据え、斬艦刀を振り下ろす。
    「ここで止まっている暇はないのです!」
     地面ごと粉砕される衝撃により、アンデッドの多くは原型をとどめながらも吹き飛ばされた。その隙に8人の別動隊は、アンデッドが分散された石畳の道を一気に進む。8人に合わせて陣形も動き、アンデッドの妨害を受けぬよう周辺の守りを固めていく。
    「わたしたちも頑張るんだよ。みんなも気をつけて!」
     別動隊として楢山御前の元を目指す錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)は、無数のアンデッドをけん制し続ける者たちに向けて交通標識を構える。標識からイエローサインのネオンの光が照射され、攻撃から保護される能力を授けた。
     琴弓の声援を受けた深夜白・樹(心は未だ薄氷の上・d32058)は、
    「安心して、琴弓さん! みんなで協力して、必ず成功させますから」
     更に羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)に向けて声を張り上げた。
    「結衣菜さん、どうか楢山御前に引導を渡してください」
     結衣菜も張り切って言葉を返す。
    「任せて! 分身の方もお願いね、頼りにしてるよ」
     星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)は高らかに癒しの力を込めた歌声を響かせ、
    「どんどんいくよ! 私の歌声で、みんなを守ってみせるっ」
    「俺からも応援歌を送らせてもらうぜ!」
     そう宣言したマイクを持つファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)の姿に、えりなの表情は強張った。

    ●道の先へ
    「だ、誰だ!? 大音量でお経なんか読んでんのはっ」
     ファルケの超絶音痴な歌声をお経と捉えたのは、月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)。
    「い、一応、応援ソングの歌詞みたいだよ」
     気にしている場合ではないと思いつつも、華上・玲子(高校生ご当地ヒーロー・d36497)はファルケの途方もない音痴が気になっていた。
     「とにかく、うちらも気張らな」と、行動を共にする風上・鞠栗鼠(剣客小町・d34211)は鞭剣を振るいながら周囲を見渡す。
    「まだまだ本体との距離もあるようやし、分身の氷像だってアンデッドの影に隠れとるみたいや」
     鞠栗鼠は姿を確認できない氷像を気にするが、イヴ・ハウディーン(怪盗ジョーカー・d30488)は威勢よくバベルブレイカーを構え、
    「とりあえず、こいつらぶっ飛ばす! 行こうぜ、七火兄ちゃん!」
    「ああ、俺たちでできることを成し遂げよう。本体の元に向かうまで、消耗は抑えてもらわないと」
     鑢・七火(零ノ太刀・d30592)はイヴと共に雑魚の掃討に励んだ。
     白石・翌檜(持たざる者・d18573)は次から次へと押し寄せるアンデッドの数に対し、
    「ったく、面倒くせぇ……一気に片付けようぜ」
     行動を共にする仲間に合図を送る。
     刃が連なる鞭を素早く操る翌檜は複数のアンデッドを切り刻み、更に足元をすくい上げられた標的は地面から次々とはね上げられる。翌檜の攻撃に続き、第2波となって鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)の鞭剣が猛威を振るう。波のように打ち寄せる攻撃はアンデッドたちをひるませ、
    「いくぞ、オラアアアアア!」
     第3波となる鞭剣の攻撃を、吠える大須賀・エマ(ゴールディ・d23477)が繰り出した。積み重なった残骸を踏み越えてなお押し寄せようとするアンデッドたちに向けて、鳥辺野・祝(架空線・d23681)はバベルブレイカーを振り上げる。
    「饅頭図書館、ふぁいっ、おー!」
     拳を振り上げたポーズからバベルブレイカーの杭を地面に打ち込み、アンデッドたちに凄まじい振動波を打ち出した。
    「漣、無事に帰って来てね」
     日向・一夜(雪歌月奏・d23354)はそう言って浄化の力を持つ風を操り、周囲の者を癒しながら藤原・漣(とシエロ・d28511)たち8人を送り出す。
     漣は一夜の方を顧みると、笑顔で答えた。
    「おっぱいごぜ――必ず楢山御前を仕留めるっす。分身の方は任せましたよ」
     何かが台無しになったと思われた瞬間、肌に触れる空気が冷たさを増したように感じた。
     今まで鳴りをひそめていた楢山御前の分身、物言わぬ氷像の姿が頭上に浮かんでいた。浮遊する氷像を見上げると、道中の半ばまで来ていた8人の目の前に、巨大な氷柱がいくつも突き出る。
     小太郎は深く考えずに漣の発言を問題としてあげる。
    「藤原くんが『おっぱい御前』とか言うからー」
    「ウソ!? オレのせい!?」
    「いろいろ突っ込みたいところやけど――」
     迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)は氷柱へと助走をつけながら、
    「とにかく進まなあかんのやあああっ!」
     進路を遮る氷柱を勢いよく蹴り砕き、その向こう側へと着地した。
     氷像が地上へと手をかざすと、無数の鋭い氷柱が灼滅者たちへと降り注ぐ。
     ファイアブラッドの深火神・六花(火防女・d04775)は炎を操り、氷柱の攻撃を防ぎ切って仲間を鼓舞する。
    「恐れるな! 氷に永久は無い! 我等が触れれば消え去るのみ!!」
    「本腰入れんとのう……参るぞ、ハク」
     九曜・亜門(白夜の夢・d02806)の足元で霊犬のハクは余裕の大あくびを見せ、六花の後に続く亜門に付き従う。
    「大将の御登場か……」
     氷像を見上げる千布里・采(夜藍空・d00110)はつぶやいた。
    「分身の方に用はあらへんのや。目指すべき大将は――」
     采たちは氷柱を跳び越え、本殿の建つ方角を目指した。

    ●白磁の君
    「あらあら~。もう来ちゃったの~? せっかくあなたたちの遊び相手を用意してあげたのに~」
     楢山御前の周囲は霜のような結晶に覆われ、白銀の本殿に鎮座する姿があった。真っ白に染まった木々は氷の花を開花させたように美しく、枝を揺らす風が氷の花弁を散らす光景は幻想的でさえある。その様子を穏やかな表情で眺める楢山御前の両肩には、肩口から2匹の竜が顔を出している。楢山御前は灼滅者を威嚇するような眼光の竜をなでてなだめるが、こちらに向かってくる様子はない。
    「もう遊びは終いや――」
     そう言いかけた采は、わずかな楢山御前の変化に気づく。指先から徐々に結晶に覆われ始めていた楢山御前の体が何を意味するのかを悟り、采は躊躇なくダイダロスベルトを射出した。ベルトは鋭い刃と化して楢山御前の顔面へと迫ったが、急速に形成された分厚い結晶に阻まれる。わずかにヒビを造られた結晶は、楢山御前の姿をそのまま象り全身を覆っていた。
    「あらやだ。勘がいいのね」
     結晶の下からくぐもった楢山御前の声が響くと、結晶から脱皮するようにするりと抜け出してみせ、結晶の抜け殻はもろく崩れ去る。楢山御前のまとう冷気が濃くなったように見えるのは明らかであった。
    「そんなにおばちゃんと遊びたいの? こんなに若い子たちの相手ができるかしら」
     強気な発言とは言えないながらも、すでに相手の準備は整っているようだ。
    「泣き言を言うても可愛ないわ。俺の知っとる大阪のおばちゃんの方が気合い入っとるで!」
     そう言って影業を操る炎次郎は、相手を影で飲み込もうと楢山御前に向けて襲いかからせる。楢山御前も簡単には攻撃を受けず、舞を踊るように滑らかな足さばきで大きく伸びる影から逃れる。霊犬のミナカタは影の陽動に合わせて楢山御前に突進するが、自在に体を伸ばす竜に2匹がかりではね飛ばされる。
     攻撃の流れを止めぬよう、霧月・詩音(凍月・d13352)はすばやく楢山御前へと迫る。
    「ここがあなたの最後の地です」
     靴底の車輪から火花を散らして滑走し、炎を吹く蹴りを勢いよく放った。楢山御前は大きく体を反らし、至近距離の攻撃にも鮮やかに対処する。
     虚空を蹴る詩音の足に双竜が食らいつこうとするが、ナノナノのシエロと采の霊犬が瞬時に飛びかかる。殺雨・音音(Love Beat!・d02611)と結衣菜も一挙に加勢し、楢山御前に攻撃を浴びせようとする。
     車輪状の武器を操る結衣菜は楢山御前に向けて鋭い斬撃を命中させようと、回転し続ける断罪輪を放とうと構える。しかし、氷霧を吐き出す双竜により視界を遮られ、楢山御前の姿を正確に捉えられない。
    「んん? じゃあ、こういうのはどうかな~?」
     そう言う音音は刃が連なる鞭となる剣を操り、高速で振り回す鞭剣で地面をえぐりながら楢山御前を切り刻もうとする。振り回される鞭に巻き込まれそうになりながらも、捨て身で楢山御前を守る双竜の働きで大打撃は免れた。そこへ結衣菜の断罪輪が脇腹をかすめ、一瞬楢山御前の表情から余裕の色が消える。
    「ネオンちゃんたちは、ただいま楢山御前の本体と好戦中だよ~。そっちの状況をどうぞ☆」
     音音はいつもの明るい調子で、通信機のインカムから分隊へ状況を伝えた。インカムのスピーカーからは、シグルス・グラム(獅子焔迅・d26945)の声が響く。

    「了解。俺らもタイミング図りながら分身削ってくぜ」
     音音たちと同じように通信用のインカムを身につけていた複数の灼滅者は音音の通信をキャッチし、本殿側の状況を把握する。
     シグルスは同じ探求部の面々に通信の内容を伝えた。
    「わかった。万全の態勢でいかないとね」
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は霊力を集中させ、負傷した仲間の回復を担う。
     秦・明彦(白き雷・d33618)と新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)は邪魔なアンデッドの排除を努める。
    「俺たちは俺たちの役目をしっかり果たそう。8人の戦いを無駄にしないためにも」
     七波は明彦の言葉に対し、「ええ、その通りですね」と力強く頷き、果敢にアンデッドたちに挑んでいく。
    「どきなさい。邪魔をするなら排除するのみです!」
     夕凪・真琴(優しい光風・d11900)は前線で戦う七波たちに向けて、浄化の力を込めた風を送り込み、皆の傷を癒すことに専念する。手を組んで祈りをささげるような仕草で風を操る真琴は、心の底から皆の無事を願った。
    (「どうか、七波くんが……皆が無事で、戦いが終わりますように」)

    ●氷嵐の君
    「お遊戯はとっくに卒業してるよ~。ここからはガチの大人の遊びだよっ」
    「なんかいやらし――変な意味に聞こえるっすよ!?」
     楢山御前の動向を見極めようとしていた漣だったが、『大人の遊び』という音音の他意のない言い回しに反応する。
     「や~だ~♪」と言う楢山御前はノリノリなテンションで、
    「だめよ~、おばちゃんをからかわないで」
     腰をくねらせながら両手で顔を押さえた。
     炎次郎は小学生の結衣菜の耳を塞ぎながら、
    「変な意味とかいやらしいとか聞かせんといてっ!」
     口調だけなら気のいいおばちゃんだが、相手はノーライフキングなのだ。くすくすと笑っていた楢山御前だが、漣に照準を合わせて距離を詰めた彼女の表情は凍てつき、瞳の奥底から深い闇がせり上がる。漣が身構えるよりも先に瞬時に目の前に迫り、氷のように冷たい指先で漣の頬をなでる楢山御前。美しさよりも恐怖が勝る。
     手にした小刀を漣に突き立てようとしたが、飛びかかってくる霊犬の円に気を取られる。円を退ける楢山御前に対し、縛霊手をはめた押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は得意の相撲の形で攻撃に出る。すくい投げを狙って相手につかみかかろうとするが、目の前に飛び出す竜が牙をむく。ハリマが鋭い牙の根元をつかんで竜を引き倒してみせると、確実に憎たらしい思いを秘めているはずの楢山御前は、「かわいいお相撲さんね〜」とハリマを惑わすように艷やかに微笑む。
    「かわいいとか、女性の感性ってヤツはわからないっすよ」
     聞き流すハリマには挑発が通じる気配が毛頭ない。
    「あらそう? じゃあ、おばちゃんの本気が受け止められるかしら?」
     楢山御前の一言と共に、氷の枝を張る木々が不自然にざわめいた。懐中から扇を取り出した楢山御前はそれを一振りで開くと、采たちに向けて勢いよく扇を振った。その瞬間、冷気の嵐が4人の方へとどっと押し寄せる。円は琴弓にのしかかるような形になったが、楢山御前の攻撃から体を張って琴弓を守った。
     嵐にさらされた采、音音、結衣菜の体は一気に熱を奪われ、骨の髄まで冷気が浸透するようであった。
    「こ、こんな攻撃くらいで……!」
     唇まで真っ青になる結衣菜は楢山御前へと1歩踏み出すが、思うように体が動かない。悔しさをにじませる結衣菜の様子を捉えている楢山御前を危惧し、漣と詩音は瞬時に楢山御前へと向かっていく。
     容易く双竜の防御を崩すことはできず、楢山御前は2人を相手に退屈そうな表情さえ見せる。その間に楢山御前の持つ小刀は徐々に結晶に覆われ、巨大な刀へと形を変えた。
    「うふふ……おばちゃんも張り切って決めちゃうわよ」
     楢山御前は詩音に狙いを定め、相手を貫く形で刀を構えた。
     漣は夢中で詩音を押し退け、十字架の碑を構えて刀を受け止めようとする。目を細めた楢山御前はそれでも構わずに、渾身の力を込めて十字架ごと漣を貫く勢いを見せた。ある程度の痛手は覚悟していたが、漣の体は弧を描いて突き飛ばされる。
    「ナノォッ!」
     シエロは怒り心頭で楢山御前に向けてたつまきを発生させるが、竜の1匹に追い回される状況に陥る。琴弓はその隙に交通標識を構え、
    「みんな、大丈夫なんだよ。手当てするよ」
     イエローサインの表示を浮かび上がらせた。標識のネオンの光が結衣菜、采、音音に向けて照射される様子を見た楢山御前は、
    「あらだめよ~。邪魔しないでちょうだい」
     そう言って扇を構えた。また冷気の嵐が来るかと思い、琴弓は回避しようと身構えた。しかし、左肩の竜が、恐ろしい速さで琴弓に迫り、全身に巻きついた竜は琴弓を締め上げる。
    「ぐっ……!」
     竜はあっという間に琴弓を宙へと持ち上げ、動きを封じ込めた。
     再び琴弓に向けて扇を振ろうとする楢山御前に対し、音音は懐に飛び込んでいく。
    「よくもネオンたちに極寒地獄を味わわせてくれたねっ」
     間髪を入れずに連続で繰り出される音音の炎をまとったキック。見事に流れを読んだ体さばきは敵ながら見事なものであった。だが、その間を縫って至近距離から放たれる采の一突きに動きを止めた瞬間、炎次郎の『除霊結界』が楢山御前を捕らえる。足元に浮かび上がる結界の文様を凝視して固まる楢山御前。そこへ結衣菜の弓から放たれた鋭い一撃が楢山御前を貫く。一方で、琴弓の救出に向かったハリマは力ずくで竜を引きはがした。
     楢山御前の竜の動きもどこか鈍くなる中、詩音は更に攻撃を重ねようと、
    「……死者を弄ぶ輩に、かける慈悲などありません」
     エナジーの弾丸を撃ち出した。
     結界の影響により体の自由が利かない楢山御前は、弾丸を受け止めてよろめく。漣はその瞬間を逃さず、強烈な足技を楢山御前の脇腹へと直撃させる。防御しようとした竜と共に蹴り飛ばされた楢山御前だが、まだ倒れるまでには至らず地面を踏み締めている。竜の影からのぞいた楢山御前の鬼のような形相を見て、炎次郎は皮肉を込めて言った。
    「どないしたん? せっかくの美人が台無しやで」
     余裕の表情が完全に消えた楢山御前は、扇を振り回して闇雲に冷気の嵐を発生させる。嵐の奔流をかわした者たちは、楢山御前を追い詰めにかかる。凍結する寒さに絶叫する炎次郎と漣は、霊犬たちの霊力によって癒され、戦意を盛り返した。
     凍てつく冷気の影響を受けて消耗しながらも、確実に相手の損傷を蓄積させていく。

     炎次郎たちからの連絡を伝え聞いた日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)は、分身を倒すために本腰を入れる。
    「目標の撃破まで間もなくです! 確実に分身を仕留めましょう」
    「おら、退きやがれ! 雑魚に用はねぇんだよ」
     神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)は、水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)と共に分身への攻撃の妨げになるアンデッドたちを蹴散らしていく。
    「……倒されたいかたから、いらしてください。情けも容赦も致しませんゆえ、お覚悟をもって」
     ゆまは無表情かつ冷静に目の前の敵を斬り捨てていく。
    「さて、もう遠慮はいらないようだ」
     墓石の上から氷柱の雨を降らせる氷像を見据え、雨堂・亜理沙(死色の獣・d28216)は言った。 神宮寺・柚貴(不撓の黒影・d28225)は対戦闘用の鋭いハサミを構える亜理紗の隣りで、緊張した面持ちになりながら言った。
    「任されたからには、しっかりやり遂げんとな」

     本殿側の楢山御前と8人は、両者共に肩で息をする様子が目立ち、切迫した状態が続く。肩の双竜も力なく項垂れ、相手の消耗が激しいことを物語っている。
     槍を構えて楢山御前と対峙し続ける采のインカムに、漣・静佳(黒水晶・d10904)からの通信が入った。
    「千布里。そっちは、どう? 分身のとどめなら、いつでもいけるよ」
     采は槍を振るう勢いに任せて静佳の声に返答する。
    「まだ、まだやぁあっ!」
     楢山御前は采の気迫に押し負けそうになるが、なんとか刀で槍を押さえ付けた。
     ここまで来て、失敗する訳にはいかない。8人の気持ちは同じものであった。
     結衣菜の魔力から生み出された矢が楢山御前に向かって乱れ飛び、距離を取ろうとする楢山御前を狙って、ハリマの蹴りが炎を吹く。ハリマの重い一撃を食らい、楢山御前の体にはようやく土がついた。起き上がるだけでも苦しい様子の楢山御前を見た采は、インカムを通して静佳へと指示を出す。
    「合わせますで。確実に仕留めてや。5カウント――」
     采のカウントだけに耳を傾け、這いつくばる楢山御前の姿だけに集中し、漣は己の右手に聖なる光条を宿す。放たれた光条によって貫かれた瞬間、楢山御前の体は眩い光と爆風に包まれた。
     これで終わり。そう思い分隊側と連絡を取り合おうとしたが、8人は閃光の中から響く笑い声に耳を疑う。
    「うふふ、ふふ……あははははあははっ! よくも、よくも――」
    「聞いてる? アンデッドたちが――」
     まだ立ち上がる楢山御前の姿に気を取られ、インカムの声を聞きとっているものはいなかった。
    「やってくれたわね……」
     よろよろと踏み出す楢山御前の髪や着物はすっかり乱れ、疲れ切ったひどい表情をしている。
    「どうしたの? おばちゃんはまだ戦え――」
     作戦の失敗を意味するであろう楢山御前の状態を呆然と見つめていたが、彼女は確かに終わりを迎えていた。
    「あら……?」
     刀を手にしていた楢山御前の右腕は、陶器のような音を立てて地面に転がる。割れた断面は白磁の人形の腕のようであった。
     崩壊を始めた自らの体に気づき、楢山御前はその場にへたり込んだ。肩の竜も人形のように動かなくなり、崩れ落ちていく。
    「ああ、ここで…………終わり、……なのね……」
     楢山御前の目は徐々に光を失い、霜のような氷の結晶に覆われていく。やがて粉々に砕け散った楢山御前の体は、風にさらわれて散り散りとなった。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月9日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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