死者の骸を奪うモノ

    作者:J九郎

     地方都市の国道沿いに建つ葬儀場。
     その駐車場に、一匹のスサノオが舞い降りた。かなりの年を経ているのか、その灰色の毛並みは薄汚れ、目は長く伸びた毛に隠されて、うかがい知ることは出来ない。
     スサノオは大儀そうにアスファルトで固められた地面を数度前脚で叩くと、一声高く吠え、そしてそのままゆっくりと歩き去っていったのだった。

     スサノオが去った後。
    「にゃあ」と、猫のような鳴き声が駐車場に木霊した。見れば、いつの間に現れたのか、全身から炎を吹き上げる人ほどの大きさの化け猫が、葬儀場の駐車場を駆け抜けていったのだった――。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。年を経たスサノオが現れ、『古の畏れ』を生み出したと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……今回スサノオが生み出したのは、火車(かしゃ)と呼ばれる妖怪」
     妖の言葉に、鹿島・悠(常笑の紅白・d21071)が反応する。
    「火車というと、葬儀を襲撃し死体を奪うという妖怪猫のことですね」
     妖は頷くと、憂鬱そうな表情で先を続けた。
    「……そう。火車は葬式の最中に葬儀場に乱入し、死体を奪おうとしてる。だから、それを阻止して欲しい」
     火車が現れるのは、100歳で大往生した地元の古老の葬儀だという。式場内には親類縁者や近所の人など、50人ほどが参列している。
    「……もし葬儀場内に入られてしまったら、例え火車を灼滅できても式は滅茶苦茶になってしまうし、もしかしたら死傷者も出てしまうかもしれない。だから、火車が葬儀場内に入るのをなんとか阻止して欲しい」
     なお、火車と接触できるタイミングは、火車が駐車場に出現した直後になる。
    「……火車は戦いよりも死体を奪うことを優先して行動するから、充分気をつけて」
     ちなみに火車は攻撃力はそれほど高くないが、動きが素早く回避能力に優れているようだ。
    「……残念なことに今回もスサノオ本体は捉えられなかったけど。スサノオの生み出した古の畏れを倒していけば、いずれスサノオ本体の足取りも掴めるはず。……そのためにも、火車を確実に灼滅してきて欲しい」
     妖はそう言って灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)
    鹿島・悠(常笑の紅白・d21071)
    興守・理利(竟の暁薙・d23317)
    梢・藍花(白花繚藍・d28367)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)

    ■リプレイ

    ●駆ける化け猫
    「にゃおん」
     葬儀場の駐車場に、人ほどもある大きな猫がしなやかに降り立った。いや、異様なのはその大きさだけではない。前脚の肩に備え付けられた巨大な車輪も、全身から吹き上がる炎も、その猫がただの猫ではないことを示していた。
    「うにゃあ」
     駐車場に降り立った化け猫――火車は何かを探すようにしばらく首を巡らせていたが、やがて葬儀場の方へ目を向けると、全身の筋肉に力を矯めた。そのまま一気に、火車は葬儀場の入り口目掛け駆け出そうとし、
    「目標視認。制圧します」
     だがその足下目掛け放たれた光線が、火車の出鼻を挫いた。
    「にゃお!?」
     火車が光線の発射された方角へと目を向ければ、そこにはHkG29A4L-SOPMOD "Schweiss hund"を構えた灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)の姿。
    「墓場の次は葬儀場からですか……。泥棒な妖怪ばかり起こして悪質なスサノオですね」
     フォルケはそう呟くと、『殺界形成』を発動させる。
    「しゃあああっ!」
     威嚇の唸り声を上げつつも、火車の視線は再び葬儀場へと向けられていた。だが、今度はその視線を塞ぐように駐車場の植え込みの影から小野屋・小町(二面性の死神モドキ・d15372)が飛び出し、
    「さぁさ、死神様のお通りや!」
     スレイヤーズカードからブラックハルバードを解放すると、そのままの勢いで薙ぎ払う。
    「ふにゃあ!?」
     火車は後方へ跳躍しその一撃をかわすも、
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     いつの間にか背後に迫っていた狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)が、スレイヤーカードを解放しつつ鬼と化した腕で火車に殴りかかっていた。しかし火車は背後に目があるかのごとく、驚異的な身のこなしで中空で身を捻り、その一撃をも回避する。
    「話に聞いていた通り素早い相手ですね」
     だが、火車の着地点には、すでに鹿島・悠(常笑の紅白・d21071)が回り込んでいた。
    (「生まれつき灼滅者の僕に平穏無事という4文字は程遠い。ならばせめて日常を影から守り抜くよ」)
     悠は決意を胸に、火車が着地した瞬間を狙って、展開したWOKシールドを思いっきり叩きつけた。
    「にゃおっ!?」
     すかさず跳躍して間合いを取る火車。だが気付けば四方全てを灼滅者に包囲されており、このまま一息に葬儀場に飛び込むことはできなくなっていた。
    「言い伝え通り、死体を地獄に連れてゆくのですか? ならば教えて下さい、おれに地獄というものを。……出来ないのなら此処で灼滅します」
     興守・理利(竟の暁薙・d23317)は『サウンドシャッター』で周囲の音を遮断すると、足を止めた火車目掛けダイダロスベルトを射出。同時に、デモノイド寄生体で腕とリトル・ブルー・スターを一体化させた富士川・見桜(響き渡る声・d31550)が、火車に斬りかかった。
    「大往生したおじいさんを、ちゃんと見送ってあげられるようにしないとね」
     しかし火車はダイダロスベルトを回避し、見桜の一撃で多少の傷を負いながらも、なおも葬儀場目掛けて跳ぼうとする。だがそんな火車を、突如飛来した魔力の弾丸が撃ち抜いていた。
    「そっちは……だめ、よ。あなたは……こっち」
     あらぬ方向に着地した火車を見据え、弾丸を放った梢・藍花(白花繚藍・d28367)が呟く。
    「しゃああああっ!!」
     火車も目の前の人間達をどうにかしなければ死体を奪えないということをようやく理解したのか、一声高く咆えると前足の爪を振り上げ、そして、高速で灼滅者の間を駆け抜けていった。
    「な、なんや!?」
     咄嗟に守りの姿勢を取っていた小町の腕から血が吹き上がる。目にも止まらぬ速度で駆け回りながら爪を振るう火車は、まるで猛り狂う嵐のようだ。
    「厄介な相手のようですが、黄泉国へお引き取り願いましょう」
     後方で戦いの様子を窺っていた鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)が、ピックを指で弾いてキャッチする。そして瑠璃の奏で始めたギターの音色に合わせ、舞い散った黒い桜の花びらが荒れ狂う火車を捉えていた。

    ●火の車
    「火の車の言い伝え。……祖父から聞かされた話の一つです。 生前に悪行を為した者が、火車に連れて行かれると。地獄に行きたくなければ良い子にするのだよ、と」
     祖父の教えを呼び起こしつつ理利が放つのは、影溜りから飛び立った数羽の影燕。
    「生前がどうでも……大切なお別れの邪魔は……させないよ」
     続いて藍花が火車を指させば、その足下から帯のように影が立ち上がり、満開の花のように火車の周囲に展開する。影の燕が火車の足を切り裂き、動きの鈍った火車を影の花が蕾に戻るように飲み込んでいった。
    「シャアアアッ!!」
     それでも、火車の動きは止まらない。動きを封じる影を爪で切り裂き飛び出すと、一直線に葬儀場へと向かおうと試みる。
     そんな火車の行く手を阻むのは、戦闘にも最低限しか参加せず、常に葬儀場を背に守りを固めていた2体のビハインド。そーやくんと十字架だ。
    「悪あがき、させないで」
     藍花の指示のもと、自らの体を壁にして、火車の突進を防ぐ。
    「死者の安らぎを妨げる不届きな輩は成敗せなあかんね」
     動きを遮られガラ空きになった火車の背に、小町がブラックハルバードを振り下ろした。
    「うにゃおっ!?」
     背中を切り裂かれた火車が振り向き、怒りを宿した瞳が小町を捉える。次の瞬間、火車の肩にある炎を発する車輪が、火車自身から分離してブーメランのように小町に襲いかかった。至近距離からの一撃をかわしきれずに、小町の体が吹き飛ぶ。
    「けど、葬儀場や無くてこっちに目を向けてくれたら、それでええねん」
     受け身を取って着地しながら、小町が不敵な笑みを浮かべる。
    「昔は火車対策にお葬式を二回に分けるとか、呪文を唱えるとか、色々あったそうですが。偽の遺体を用意とか」
     瑠璃が蘊蓄を語りながら巻き起こした桜吹雪が、そんな小町の傷を癒していき、
    「……昔から、故人を汚す客はお呼びじゃないと思いますよ?」
     フォルケが応じつつも解体ナイフで火車に接近戦を仕掛けた。解体ナイフと火車の爪が打ち合わされ、激しい火花が二度、三度と巻き起こる。
    「うにゃおっ!」
     苛立つように火車が肩の車輪を放つが、
    「……この旅は、誰にとっても一度しか訪れぬ片道切符、決して邪魔させはしませんとも」
     悠がフォルケの前に立ちはだかり、シールドを広域展開させてその一撃を弾いた。
    「もう、きみも少し休んだ方がいいよ」
     そんな時火車の耳に届いたのは、見桜のハスキーな歌声。見桜は火車の目を見ながら、子守歌のように優しい歌をあやすように歌い上げていく。
    「ふにゃあ……」
     火車の目が次第にとろんとしていき、放たれていた車輪が火車自身に命中したことで慌てて目を見開いた。
    「猫舌といいますが、熱いのはいかがですか?」
     だがその隙に、翡翠が無敵斬艦刀を振りかぶったまま兎のように大きく跳躍し、火車に迫っていた。
    「はあっ!」
     無敵斬艦刀の刀身から炎が噴き上がり、火車自身が纏う炎さえも取り込みながら振り下ろされる。
    「うにゃあっ!!」
     たまらず火車は悲鳴を上げると、もんどりを打って倒れたのだった。

    ●死出の旅路
    「にゃあああああ」
     思わぬ深手を負った火車は、自らの負った傷を舐めて直し始める。だが、灼滅者達は火車に回復の余裕を与えるつもりはなかった。
    「なんだっけ……『火車には食わせん』……だったかな。効果、ありそう?」
     藍花が、火車避けのお呪いを口にしながら天星弓を引き絞り、霊力を込めた矢を放った。彗星の如き燦めきと共に、狙い違わず矢は火車に突き刺さる。
    「にゃおおおんっ!?」
     矢の刺さった火車は狂乱したように爪を振り回しつつ、高速で周囲を駆け回り、手当たり次第に前衛の灼滅者に切りつけ始めた。
    「おとなしくしいや!」
     小町が暴れる火車の前に立ちはだかり、攻撃を受け止めつつ大鎌『紅の三日月』で後ろ脚を切りつけ、機動力を削ぎにかかる。
    「暴れるのは勝手ですが、絶対に葬儀場へは行かせません」
     悠はちらりと葬儀場の方へ目を向けた。大往生して親族に無事に葬儀を挙げてもらえる。それはきっと、それだけで幸せな事だから。
    「だから、狙うなら僕にして下さい」
     そうして、シールドをかざしたまま体ごと火車へとぶつかっていく。
    「しゃあああっ!」
     火車の怒りの声に呼応するように、両肩の車輪が激しく回転し、地獄の業火の如き炎を吹き上げ始めた。
    「……地獄など、この世が既にそのような場所。それなら、無意味な所業は阻止するに限ります」
     これ以上死者への弔いを邪魔させはしないと、理利が八念五戒滅尽定を発動させ、霊力の縛めで火車を絡め取る。最早、火車に移動する隙も攻撃する間も与えない。
    「別れを惜しめるなら……邪魔はさせません!」
     そこへ、追い打ちとばかりに翡翠が、裾を気にしながらもエアシューズによる炎の蹴りを繰り出した。火車の腹に突き刺さった蹴りは、火車が本来上げていた炎とは別種の炎を、その身から吹き上げさせる。
    「ふにゃあああっ!?」
     影の束縛が、霊力の戒めが、足の傷が十重二十重に火車の動きを縛り付け、燃えさかる炎が火車の身を焼いていた。火車は苦し紛れに両肩の車輪を射出するが、それも守りを固めた悠に阻まれ、致命傷には成り得ない。
    「cover入ります」
     フォルケが牽制射撃で、火車の注意を自分に向ける。
    「フォルケさん」
     瑠璃がそんなフォルケにアイコンタクトを送ると、
    「Ja,」 
     フォルケも頷き返し。
     二人同時に、影が蠢く。フォルケの影から放たれたのは触手のような木の影。瑠璃から放たれたのは影の桜吹雪。二つの影は重なり合って火車を飲み込み、まるで大輪の花咲く桜の木のように火車を磔にした。
    「これで終わりにしよう」
     影の桜に飲まれた火車目掛けて、見桜が盛り上がった腕と一体化し青い燐光を纏った剣を、力任せに振り下ろす。その一刀は影の桜ごと火車を一刀両断に断ち切っていった。
    「歪みし理は……潰えるが道理」
     同時に、戦闘中瑠璃が奏で続けていたギターの演奏も終わりを告げる。
     葬儀場の駐車場に、静寂が降りた。

    ●お別れ
    「名前からして車っぽいのかと思ったら、猫みたいな妖怪でしたね……」
     フォルケが武器を収めつつ、そう呟く。
     一方、見桜は戦いの跡を見回しながら、
    「最近思うんだけど、私ってどっちかって言うと悪役っぽい気がするんだよね、攻撃方法とか。だから悪役は早めに退散した方がいいよね」
     そう言い残し、足早に葬儀場に背を向けた。
    「ところで火車って……罪人の死体を取りに来るという伝承も有りましたよね……。実際はどうなのでしょうか」
     見桜の後に続きながら、翡翠がふと足を止め、葬儀場の方を振り返る。
    「あのおじいちゃんは……悪い人じゃ、ないよ。きっと」
     藍花が確信を込めてそう応じ、二人の会話を耳にした理利は、
    (「今のおれは……良い子なのだろうか」)
     そっと自分の心に問いかける。 
     皆が葬儀場に背を向け去っていく中、ひとり悠だけは葬儀場へと向かっていた。その手に握られているのは『プラチナチケット』。
     善い翁の旅路に幸あれと、多少の羨望も込めて葬儀に参列し、花を供え、焼香をするつもりだった。
    「スサノオ、いつか君の尻尾を捕まえてやるよ」
     感傷を振り払うように悠はそう口にすると、葬儀場の受付へと足を向けたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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