そこは自然公園のひとつだった。
四季折々の花が咲く、それだけではない。ガーデニングの本場・イギリスからガーデナーを招待し契約して、ただ自然に溢れるだけではない造形美を作り上げた庭園。迷路のような花の小径、区画により色を変える花壇、花が咲き零れるアーチの下で揺れるブランコ。
壁に蔦を這わせる葉すらハートの形を描いている、遊び心に溢れた空間だ。
春の深夜。
風が涼やかではなく冷たいと感じるのは何故だろう。既に春も佳境を迎え、桜を始めとした花が爛漫と咲き誇る頃、夜の石畳を踏み往けば清々しさが胸に密かに宿る。どうやらその区画は花を白に統一しているらしく、名もなき小さな花から定番のチューリップ、桜すら白に近い品種が花弁を揺らしている。小路の側には雪柳や小手毬が枝をしならせる。
灯りが必要最小限に絞られているのは、都内から程良く離れたこの庭園を、天の星が何より眩く照らしているからだ。瞬きに手を伸ばすように花弁を膨らませるのは白木蓮。小鳥がいっぱい木に集っているかのように、白き花弁を天に向ける。
夜半の静けさが庭園を抱き留めれば――清冽な白が羽根を翻し夜空に羽ばたけば。
幾つもの硝子片を縫いつけたような天鵞絨が世界を包み込む。
●Magnolia heptapeta
「春はあけぼのって言うけど、春の柔らかい夜も素敵だと思うの!」
力を籠めて小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が主張するも、要は彼女はつまるところ春のすべたが好ましいのだろう。うららかな日差しが注ぎ、優しい芽吹きに彩られる季節。
「前に一緒出来た人もいるかしら、今度は夜の間ずーっとゆっくり楽しめるらしいわ!」
行ってみようかなって思うのと示したパンフレットは、ある景勝地に設けられた庭園だった。広く、それ故に季節や区画ごとで様々な植物で満たされていて、今回鞠花が気になっているのは『星空庭園』とテーマをつけられた箇所。
「花の主役は白木蓮、花弁が天使の羽根みたいであたし大好きなの。木に咲く花が天蓋みたいに見える中庭もあるみたい、素敵よね」
流石に夜中となれば幾分冷える。花や植物で彩られた小さな小屋がいくつかあるからその天井窓から空を眺めるのもいいし、ブランケットを無料レンタル出来るということだから、それに頼るのもいいだろう。
庭園を眺めるもよし、花の絨毯に寝転ぶのもよし、カフェスタンドがあるから飲み物を注文してカフェテーブルで寛ぐもよし、写真撮影に挑むもよし。鞠花もデジカメを持ち込むようだし、勿論携帯のカメラでも十分だろう。ただし夜ということもあって昼間とは違い少々撮影にもコツがいる。いっそ目で焼き付けると決めてみるのもひとつの選択肢だ。
飲み物はカフェスタンドで買わなければいけないが、食べ物はよっぽど特殊なものを除けば持ち込みも可能らしい。軽食からお弁当、お菓子を持ち寄る客もいるようだ。
うみへび座やおとめ座、てんびん座やさそり座。あらかじめ春の星座を予習しておけば、きっと当日の感動もひとしお。
「よければ一緒に行ってほしいの。星を数えて花を慈しむなんて、きっときっと楽しいわ」
気が向いたら一緒しましょと踵を返し、鞠花は教室を去った。
窓の外は夜の帳を降ろし、静かな闇の世界へと手招いているかのようだ。
●『気高さ』
「……天使の羽、綺麗な花ですね」
烏芥が手招いたのは夜に夕色燈す娘――小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)だ。羽ばたく白木蓮、天に星、足許に小手毬が鏤められるその一角を勧めたかったのだと彼の声は瞬く。
誕生日を、その日が特別な事を、学園に来て少しずつ知った。
「……鞠花君、誕生日おめでとう御座います」
手渡す毛布に祝辞と、感謝を籠める。
「鞠花さんはお誕生日おめでとうなのよ」
白花の天蓋に向け歩く傍ら、紅葉が小さく寿いだ。辿りつくのは白詰草が絨毯を成す一帯。弁当箱を広げて途中で買ったココアを置けば、白い湯気が棚引くように上る。相変わらずの料理上手に紫炎は内心舌を巻く。
「はいしーちゃん、あーん」
紅葉が差し出したフィナンシェを、紫炎は無言で咀嚼する。常の険しさはなく薄ら笑みを浮かべる。それこそが美味しいというサインだから、紅葉はどんどん食べてねと繰り返し差し出して。
同じブランケットの中、優しい幸福に浸る。
花に包まれた世界で、恵理はスケッチブックに丁寧に筆を走らせる。モデルとなる鞠花は緊張で若干顔が強張っていて、恵理は小さく微笑みを零した。
「ねえ、これ見て頂けます?」
スケッチブックの中には豊かな緑宿す庭園と鞠花。更に手にはHappy Birthday!と書かれたボードと小箱を持っているようで。
「これ、受取って頂けますか?」
誕生祝にと差し出された絵と同じ小箱。中身は星屑に似た銀破片を抱く水晶の首飾りだ。
更に鞠花とお呼びしてもと問うたなら、あたしも恵理って呼びたい! と娘は顔を綻ばせた。
こんな誕生日を何度重ねたことだろう。鴻崎・翔(高校生殺人鬼・dn0006)の手を引いて、杏理は鞠花の元へ馳せる。
「鞠花さん、Joyeux anniversaire a toi!」
また一年、幸いがありますように。杏理が相手なら二人ももう写真を拒まない。去年も生き永らえて三人で写真を撮るのも三度目だ。最初は贈るための、今は貰っている写真の幸福。
更に生きて、その幸福が続けばいい。
花、星、朝日、夕暮れ――それらを紡ぎ織り成す、希望という名の物語。
肩には毛布をふわり、蜜浸るミルクティーで身も心もあたためて、サンドイッチは気持ちまで満たしていく。白花の絨毯で寝転び、千聖と散耶は星図片手に空を仰いで星数え。
「おおぐま座、おとめ座……」
「まあ。おとめ座の一等星はスピカ、というのですね」
耳に優しい星の名は、千聖の耳元で反響する。
「スピカ……あ、あれですね!」
ふたりで夜空を辿り、指先に輝く真珠星見つけたならば、視線を交わし微笑み零す。
星空を映す代わりに散耶へカメラを向ければ頬が熱を帯びるなんて事態もあれど、それは別の挿話だろう。
モノトーンのお揃いの服で歩けば、一層気持ちも重なっているみたいだ。似合っているのが嬉しくて、恋人繋ぎのぬくもりが愛しくて、照れ交じりで歩くのは春の白い花園。
「夜空に白い桜……。素敵」
淑やかなよろこびを浮かべ桜を見上げる紅音を、狼煙は背中から覆うように抱きしめる。ぬくもりを分かち合いながらの花見の、なんと格別な事よ。
「実は厳密に言えば自然界に白い花ってなくてだな?」
口から洩れた薀蓄は照れを紛らわすため。ふたりの時間はまだ、これから。
夜の散歩は新鮮で、少し特別感も滲む。翔と鞠花と共に、紗はゆっくりと春の夜を泳いでいく。紐解きながら語るのは花や星に纏わる物語や思い出だ。瞳を輝かせ頷いて、紗達が辿りついたのはカフェスタンド。
「鞠花さんの誕生日だしよかったら二人分奢らせて?」
翔は全力で遠慮したが、代わりに紗の分を奢ることで決着した。笑い弾ける三人の輪に、星が瞬く。
これからも、一緒に色んなところに行こうね。
芥汰の肩にブランケットをかけたら、夜深はいそいそと彼の腕の中へ収まりに行く。二人羽織りみたいな格好で、けれど伝わる熱は確かにあたたかい。
見遣るは白木蓮、星空に映えて幻想的だ。春の星座をなぞるだけでは物足りなくて、夜深は慣れたばかりの携帯を取り出すも、上手くいかずに四苦八苦。その様子を穏やかに見つめる芥汰はこっそり、己の携帯に収めておいた。今日を懐かしむ時に、一緒に見よう。
「くッ付いテる、と。ヌくぬク、で、安心デ……眠イ、なチャう……」
はしゃいだ声がだんだんおとなしくなる様に、笑みと欠伸を噛み殺して。
「でも安心感には同意だなァ」
それを逃さぬよう、腕に力を籠めるんだ。
今はもう、大丈夫。
夜を往く希沙には微かな微笑み。白木蓮にカメラを向けるもなかなかうまくいかない。鞠花に助言を受け眺めて、笑みを綻ばせる。
まるで、白い小鳥が天体観測しているみたい。
「ところで先輩、わたしさっき流れ星も見かけましてね」
捕まえたそれを披露すれば、小瓶の中で金平糖がきらめく。感激の声を上げた鞠花に祝辞と共に差し出せば、こころにもほら、お星様。
この庭園のように、沢山の素敵に満ちた一年になりますように。
●『自然への愛』
周囲に一般客もいる状況だが、ギターを小さく爪弾くくらいは許されるだろうか。夕江の唇から紡がれるのは、星座に添う優しい旋律。
生きているそれだけで、寿がれる特別な日。
カフェスタンドでコーヒーを飲みながら、朔之助はひとつの星座を探していく。やや目立ちにくい位置にあるそれを、ようやく指先が捉える。女神の天秤――てんびん座だ。
恋人から教えてもらった自分の星座。知らぬうちに、微笑みが浮かぶ。
各自重ね着はしてきたが、春とはいえ夜は些か冷える。霧湖がしっかり用意しておいたカイロを【モリフクロウ】の面々に配れば、指先からぬくもりが染みる。一方皇鳥がテーブルを確保してくれていたから、そこにお弁当を広げよう。
さあ、夜のお花見のはじまりだ。
風が吹けば梢が鳴いて、白い花鳥が囀るかのよう。燈はお手製弁当を披露しながらも、つい見惚れてしまう。
「すごいなあ」
「夜空に白い大きなお花ってすごーく映えますですねえ」
市も純粋な賛辞を口に上らせながら、苗代は器用だねえと弁当に素直な感心を寄せる。チャイを喉に落とした霧湖は瞳を輝かせる。サンドイッチの中身も多様なのに、更におかずも色とりどりとくれば心遣いが憎いというもの。
「お弁当のウインナーはちゃんと蟹にしてくれた? やっぱりタコより蟹の方が高級感あっていいよねー」
潔く花より団子な皇鳥は、要望通りのウインナーにご機嫌な様子。料理苦手そうと仲間達に見透かされた一は、これを機に料理を勉強してみようかと思案する。霧湖も参加したいと希望すれば、皇鳥も参加したほうがと勧める声もある。
食べ終わる頃には肩を並べて、星座板を手に天を見よう。
「これ、北斗七星かな」
燈の指が一等輝く星を指す。
さざめく皆の声が、何よりの幸福の音律だ。
夕暮れ色の娘に寿ぎを贈り、ふたりは星の下へと往く。
「えーと、春の大三角形ってあれかね?」
瞳を輝かせる夕月の高揚に、アヅマは口許を綻ばせる。楽しそうなのは何よりだし、晴天のおかげで星がよく見えるから。
勢いのままに撮影を続け、こことここで星座かなと夕月は首を捻る。正直星座にはとんと疎いアヅマだけれど、一緒に付き合って言葉を交わす。
そうこうしているうちに、日々の疲れか睡魔がアヅマを手招きする。そんな瞬間、フラッシュが光った。
「え、いや。なんか眩しかった様な……」
「おはよー。ふふ、なんの事かなー?」
夜に咲いたのは、遊び心。
春麗らが、夜と情緒を衣替え。
そぞろ歩きに浮く心は、特別感をやさしく醸造する。
「なんか楽しそうだね」
「まあ、其れは楽しいでしょう」
だってこれは逢瀬ではないの。そう囁いては先往く蝶の背を追い、辿り着くのは白花の小径。見惚れる横顔に視線を向ける咲桜に、菫色の星が向けられる。
――此の方のさくらも、可憐ですこと。
揶揄を咎めようと試みるも、どうにも敵わないと吐息が笑う。慈しむ事を許されたのは、果たしてどちらか。
咲桜の手に咲く繭子の手。
花弁を重ね、夜をひと時泳ごうか。
白木蓮の天蓋は、星からも二人を隠す。
こんな夜だから遥は尋ねたい。察しがよすぎていつも先回りされるけれど、一悟の話をどうか聞かせて。
例えばそう、初恋の話とか。
厳密には初恋とは言えないかもしれないけれど、と前置きし、
「幼い頃、絵本に出てくる呪われたお姫様に惹かれて」
何度も読んだ絵本の姫君。呪縛が解けた彼女の気持ちに寄り添ったと語る。遥は恋の所以を辿りたかったけれど、自分にはあまり似ていないみたい。踏み込むのは躊躇われて、だから君の母に似ているという胸中の囁きも聞こえない。
続きを視線でねだれば、紡がれるのは物語。
暗い夜は恐怖を呼ぶ。
孤独を際立たせる闇が怖くて、けれど朱彦が確かに初衣の傍にいてくれた。三年は想い出が燈火になると、知った日々だ。
初衣の頭を撫で空を仰げば、朱彦の視界に数多の恒星が光を届ける。
「この空に輝く星たちは実際はとてつもない大きさなんやって」
一見小さくても存在は確かに大きい、優しい光を注いでくれる輝き。自分にとってのお星様たる朱彦に、初衣も告げる。
「よる、の、せか、いは、まだま、だ、こわ、いで、す」
でも一緒なら、大丈夫。
互いの手を握り、寄り添いながら世界に在る。
貴方が、貴女が、好きですよ。ふたりを星の光が、優しく見守るそんな夜。
●『高潔な心』
「……霧夜様、一つお願いがございます」
白木蓮の下、あたたかい飲み物を手に座っていた隣から声がした。従者たる彼は真摯な面持ちで、告げる。
「私を片桐でなく『巽』と呼んで頂きたいのです」
ささやかな願いに霧夜は瞬くも、今まで要望など申し出なかった巽だ。大切な事なのだろうと感じたから、名を声に乗せる。
「――わかった、巽」
これでよかっただろうかと小さく首を傾げるが、彼個人で在る事を許された喜びに満ち、巽の顔には微笑が浮かぶ。
お会いできて幸せです。その言葉に内心頷いて、これからを思い二人は、夜空を見上げた。
久々のクラス会は女子会になった。【吉祥寺中2B】の三人で花満ちる小屋に集まると、女の子らしい華やぎが生まれる。
「でも好きな人の話はしないよ」
「シエラ、そーいう話ふってくるって、ことは。すきなひと、いるの?」
「ってわーっ、夜奈ちゃんストレート!」
水の向け方を間違ったようだ。憧れ秘めた夜奈の瞳は心なしか瞬いている。
「オトユキは、どーかしら」
「ひえっ?! す、好きな方は、あの、その……」
想い人がいるのか、ブランケットをかけた音雪の肩が揺れる。残り二人が朧な分、頬に上る朱色はわかりやすい。つい夜奈は微笑ましく見てしまう。
軌道修正。今後の事を考えたなら、皆で行く二度目の修学旅行が思い浮かんだ。まだ行先もわからないけれど、輝く思い出がきっと見つかる。
「これからもよろしくです」
重なる声。流れ星に願うなら、これからも仲良く出来ますように。
購入した飲みもの片手に、空を見上げて星探し。
「あたし、星座早見盤を持ってきました。これでお星様見つけられるのですよ」
あれが、春の大三角形。うしかい座のα星アークトゥルスに、おとめ座α星スピカ――数えていく陽桜の指先をふたりが追う。
聖也も残暑も生憎星には詳しくないけれど。
「ですが、春の大三角形ぐらいは覚えて帰りたいですわ」
難しさに目を回していた聖也の隣で、残暑が小さく決意を燃やす。と、聖也が眼前の花の庭にごろりと背を預ける。
「うわぁー、こうして星空を見てると更に綺麗に見えるのです!」
皆もやるのです! と促され、三人揃ってせーので花の絨毯に寝転べば、眼前に広がる輝きの銀河。
いつしか寝息を立てた聖也に、残暑は陽桜からブランケットを受け取りかけてやる。零れる、ほほえみ。
今夜もそう、大切な思い出のひと欠片になる。
ふたり用のブランケットを借りて、海星はルーチェの肩に頭を預ける。
「背、伸びたね……すぐ抜かれちゃいそう」
海星の囁きに、胸中でよかったとルーチェは思う。背が伸びてきた今なら、ブランケットもちゃんと包んであげられるから。
常なら星空を見ていれば落ち着くのに、鼓動は高まったまま。
星より花より、君が恋しい。
それはいつかの不意打ちのお返し。ブランケットで顔を隠して唇を重ねる。火照る熱も想いの向く先もきっと同じだから。
こうして、ずっと手を離さずにいる。
大きめのブランケットにふたり包まれて、花の庭に寝転んで星空を見上げる。浮かび上がる花の白を眺めるスヴェンニーナの隣、彼女を見つめる流の視線に彼女はようやく気付いた。はらり落ちた花弁を、彼のこめかみに飾る。
「こら。ちゃんと、マグノリア、みている?」
「……違う花に見惚れてた」
恥ずかしい言い方だと自覚はすれど、滑らかに出てくるのだから仕方ない。年月はふたりを分かたず、想いは溢れるまま。
花言葉は高潔な心、清々しい彼にはぴったりだ。けれど誰より彼の近くにいたいから、花にすら妬いてしまう。
視線が絡む。
いとしの蒼が近づいてくる。瞼を伏せる。もどかしい熱を分かち合う。
いつだって、色んな君が欲しい。
●『自然な愛情』
夜の白花の花見も、青く差す影に風情があるもの。【あかいくま】の面々は、非日常に迷い込んだ心地で歩を進める。星光を浴びる白い花弁はとても美しい。
「この羽のような花弁は……白木蓮だそうですね。あちらにあるのは雪柳か」
手元のパンフレットを読みながら解説する嘉月に、ほうと息を漏らすのは胡桃と春陽だ。特に北生まれの胡桃は四月に咲く花がひどく興味深い。
「とても神秘的」
「まさに夜の魔法ですね」
歩き過ぎたら花咲き誇る庭で身も心も休めよう。満天の星を見上げればそれ自体が物語を綴るよう。時間を忘れる、ひととき。
けれどそれは夜の間だけ。
「大学のレポート、今日提出だった!」
「私も大学のレポートやらなきゃでした!」
賑やかな焦りがこだまするのも、また別の話。
ふたりは東屋の片隅で、同じ毛布でくるまり空を見る。
静謐が横たわる夜に瞬く宝石を、辿る。君がいれば寒くないから、頬を寄せて瞳に映る星を見ようか。茅ヶ崎・悠が小さくからかえば、保は少しだけ照れて拗ねた様子。けれどそんな時間すら、心地良い。
仄かな香りに包まれて、いつしか赤の瞳が微睡に沈む。最初は彼女の名を繰り返し読んだものの、ひとつに溶けたぬくもりに浸ったのは彼もきっと同時。
広大な天と地の狭間で、ちっぽけで確かなふたりの存在が見る、穏やかで優しい夢。
――まるで私達だけの為に用意されているみたい。
そう茅花が想うのも無理はない。恋しい白色と花と星、傍らの温度が伝わる距離。そういった熱に浮かされてしまうのも、きっと仕方のない事。
二人並んで座れば御伽がブランケットを掛けてくれて、彼女に好きな花を当てようかと嘯く。
「霞草に白木蓮、あとはなんだろ」
指折り数えて正解を問えば、見上げる顔にいとしさが満ちる。
「――……好き、全部」
繋いだ指先から優しい気持ち全部伝わればいいのに。春の大三角形を繋いで、得意げな顔にはにかんで。
変わりない幸せを共有出来る事こそが、しあわせの花だ。
白木蓮の木の下で、神羽・悠とひよりはゆっくりと寝転ぶ。勿論、繋いだ手は潰さないよう留意しながら。
視界の花はあたかも羽ばたく鳥達。散らばる星屑は金貨。
けれどひよりの心に過るのは誰より愛しい彼への想い。二人で一緒にいたくて、傍にいたくて、どんどん我儘になっていく。
名を呼び、その肩に額を寄せる。邪魔じゃないかは心配だけれど、どうしてもそんな気持ちだったから。
そんな気持ちを誠実に確かに受け取って、顔を上げて目を見て伝える。
「『ずっと傍に居たい』って思うのはさ、俺達にとってはもう当たり前のことだろ?」
大好きという気持ちは、おんなじだから。溶け合いひとつになったこころを経て、ふたりの笑顔が咲いた。
小さな白花が星の光にきらめく様は、春の雪のよう。触れば確かに冷たくなくて、百花は不思議と微笑み融かす。そう、雪はいつか融けるもの。ゆるやかに光灯る天を、エアンと一緒に見上げるのだ。
君と見る世界に向けて、万感の思いで囁いた。
「……綺麗」
「暗闇が解けていく……ももと、この光景を見られて嬉しいよ」
空の濃紺が薔薇色帯びる頃には、星も見えなくなっていく。
もうすぐ空が明るさを増す。
これからも始まりの時間を積み重ねて、永遠にしていこう。
独り庭園を歩く。
白い花が咲き零れているから、星明りだけでも淡く浮かび上がるよう。
葵が歩を進めるのは人の気配がない、小さな庭の一角だ。
風が吹く。浸るのは空虚か静寂か。常の賑やかさを思うと、この場にひとり星の囁きを聴く事すら、非日常そのものだと感じる。
微かに瞼を上げる。こうした『ひとり』が非日常だと確かに実感するのだ。つまりそれは誰かの隣に居る、誰かが隣に居る事が日常であり、それを己が喜ばしく思うという事実。
ふと一人浮かべた笑みの端に、星が光る。
いつもの場所でまた明日、土産話をするために。
真夜中の花々も、星の天蓋も、しっかり目に焼き付けておこう。
作者:中川沙智 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年4月21日
難度:簡単
参加:51人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 2
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