闇姫

    作者:atis


    「時代が時代なら、貴女は『お姫様』だったのよ」
     わかっているわ。
     優しく、温かく。皆の為に生きるように。
     そう躾けられてきましたもの。
    「では、どうして皆、私の前から居なくなってしまいますの?」
     たおやかな淑女が、姉との写真を見つめた。
     ……素敵な婚姻だと、思っておりましたのに。

     淑女は手にしたグラスから、赤黒い液体を一口含む。
    「……次は、何の血にしようかしら」

    「高2の九重・百花(ここのえ・ももか)さんが、お姉さんがヴァンパイアに闇堕ちをした際に、一緒に闇堕ちをしたようです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、顔を曇らせてぺんぎんファイルを開いた。
     よくある旧家の御令嬢の微笑みが、そこには写っていた。
    「百花さんは、まだ完全にヴァンパイアにはなっていません。いうなれば『ヴァンパイアになりかけ』ですね」

     百花の控えめなのに華やかで、包み込む様な存在感は『姫』としての生き様を示し、また『現代社会』の大多数との異をも放っていた。
     そして、それは写真の中の姉と同じ性質のもの。
     姉の闇落ちの理由は、そのあたりにあるのかもしれない。
    「すぐにヴァンパイアにならなかった、という事は百花さんは灼滅者の素質を持っている可能性があります」
     普通なら、闇堕ちした時点で元人格は消滅する筈だから。

    「ですがこのままだと、百花さんは遠からず完全にヴァンパイアになってしまいます」
     もし救助できなければ灼滅を、と姫子は悲しげに言う。
    「ヴァンパイアは闇の貴族とも称される、非常に強いダークネスです」
     生物の生き血を喰らい、生命を保つ。
     そして快楽の為だけに人間を狩り、その生き血を啜る。

    「百花さんはマテリアルロッドを持ち、ダンピールの様なサイキックを使います。配下はいません」
     百花は『ヴァンパイアになりかけ』といえど、かなり強力だ。
    「ただ、百花さんはまだ元人格を残しています。百花さんの元人格に呼びかけて心を揺さぶることが出来ましたら、戦闘力を落とせるでしょう」
     百花を救うにも、一度彼女と戦って倒す必要がある。
     戦闘は避けられない。

    「百花さんは幼い頃から今でも『旧家・名家』の集まる学校に通っています。お姉さんも同じでした。ですが数年前にお姉さんは『今までいなかったタイプの人よ。人柄が素敵なの』と言って結婚した後から、お姉さんは情緒不安定になっていたようです」
     百花は闇落ちをした今でも普通に高校に通っている。
     ただ、自宅は眼下に海を望む一軒家だ。
     姉は嫁いでもう居ないし、他の家族も仕事に社交に忙しく、帰ってくるのは夜中近くだ。
     百花は学校から帰った後、海を望む庭で1人紅茶を飲みながら庭の秋咲き薔薇を愛でるのが日課となっている。
     もっとも、最近は紅茶ではなく、生物の生き血を飲んでいる様だが。

    「お庭に直接出入り出来る扉の鍵が、この日開いています。ですから、この扉から入り、百花さんに接触するのが良いでしょう」
     庭師が鍵をかけ忘れたのかは、わかりませんが。と姫子は微笑み、赤丸付きの地図を灼滅者達に渡す。
    「世の為人の為に我が身を尽くそう、というのが判断基準の『お姫様』です。自分も含めた皆が幸せであってほしい。お姉さんも同じ考えの持ち主で、百花さんはお姉さんをとても尊敬していました」

     そんなお姉さんが闇堕ちするなんて。
     よほどの事が重なったんですね、と姫子が悲しそうに呟く。
     そのあたりが百花の元人格への呼びかけの鍵となるのかもしれない。
     もし、百花の元人格の心を揺らせなければ。
     百花の戦闘力を削いで助けるどころか、こちらの敗北も覚悟しなければならない。

     願わくば、と姫子。
    「百花さんを闇堕ちから救って学園につれて帰って頂ければ、と思います」
     ……百花最愛の、姉からの『感染』。
     姫子は無理して笑顔をつくると、灼滅者達へと丁寧にお辞儀をした。


    参加者
    平・等(渦巻き眼鏡のレッドキャバリア・d00650)
    冴木・朽葉(ライア・d00709)
    成重・ゆかり(闇光を紡ぐ手・d00777)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    真榮城・結弦(中学生ファイアブラッド・d01731)
    上代・椿(焔血・d02387)
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    慈山・史鷹(哀を叫ぶジャマー君・d06572)

    ■リプレイ

    ●潮騒の薔薇園
     樹々の葉が色づき始めた海辺の高台に、時代のついた石造りの塀が延々と連なる。
     地図を広げて歩いていた灼滅者達はその塀の一つに、小さな木扉を見つけて立ち止まった。
     黒鉄の飾り枠のついたその小さな木扉をそっと押す。
     すんなりと開いた扉の先には、まるで森の様な木立の通路が、灼滅者達を奥へと誘う。
    「しかし……ヴァンパイアの闇堕ちか……。あぁ今回も助けてやりたいよ。助けられる人は何が何でも助けてやりたいしな」
     そう呟きながら上代・椿(焔血・d02387)が全員庭に入った事を確認し、木扉を閉める。
     ヴァンパイアの感染闇堕ちは、本人の事情とは全く関係なく起る。
     近親者の闇堕ちに道連れにされる、運命的な闇堕ちだから。
    「姉妹か。今まで培って来た常識と、現実との差で悩んでいたのかね?」
     女性が大好きな慈山・史鷹(哀を叫ぶジャマー君・d06572)が軽薄な顔に神妙な表情を浮かべる。
     先行隊を先頭に、手入れをされた木立の通路を道なりに進んで行く。
     そして木立の切れ間から、秋薔薇の庭がこぼれ見え始めた。
     その庭ではたおやかな淑女が、赤黒い液体の入ったグラスを手に1人、秋薔薇を愛でていた。
    「ごきげんよう、百花さん。鍵が開いてたっすよ。不用心っす」
     突然の声に、淑女がふんわりと声の主へと向く。
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)だ。
    「こんにちは、不躾な訪問失礼するよ」
     相手は旧家。慇懃に、気を抜かず。
     月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は口上を述べるとスカートの裾を軽く摘まみ、無礼を詫びる。
     侵入者だけに、敵意を向けられるだろうと思っていたが、さすがはお姫様。
     敵意どころか笑顔で歓迎、か。
     冴木・朽葉(ライア・d00709)が帽子を上げて軽やかに微笑む。
    「綺麗な庭だね。手入れされて、大切にされてるの、よくわかる」
     秋咲きの薔薇の香りが色が、庭を華やかに彩っている。
     高台とはいえ、海が近いのに。
     3人が現れた木立の裏側で、残りの5人は時を待っていた。
    「いいか煎兵衛、オレ達の役目は催眠からの回復だ。今までのように簡単な事じゃないが、しっかりやれよ?」 
     幼児と見まがう幼き少年、平・等(渦巻き眼鏡のレッドキャバリア・d00650)が真剣な声色を出す。
     ふよふよと浮かび、コクコクと頷くナノナノ・煎兵衛。
    「真偽は分からなくても百花さんがお姉さんに会わないといけないという事位は分かります」
     成重・ゆかり(闇光を紡ぐ手・d00777)が魅力的な紫瞳の光を強め、史鷹と椿と、百花について語り合う。
    「彼女が前に進むために必要な事ですし、彼女にはその資格があるのですから」
     桜の様な佇まいで、庭の様子を伺っていた真榮城・結弦(中学生ファイアブラッド・d01731)が「僕たちも行こう」と穏やかに微笑む。
     百花を刺激しない様に、仲間達と静かに柔らかく庭へと入る。
    「はじめまして姫君。オレはタイラヒトシと申します。こちらは相棒の煎兵衛。どうぞお手柔らかに」
     渦巻き眼鏡を外し、ナノナノ・煎兵衛と共に会釈をする等。
     礼を失しない様に気をつける。
     百花は新たなる客人達へと、柔らかく微笑んだ。

    ●血の記憶
     一体どこが『闇堕ち』なのか。
     灼滅者達と穏やかに談笑する百花。「お茶はお好き?」と誘ってくれる。
     ギィが百花のグラスの、赤黒い液体に興味を示す。
    「血の味に酔ってるみたいっすね。それは何の血っすか?」
    「……野兎ですわ。先ほど頂きました、獲れたてですの」
    (「だから、庭の鍵が開いていたのか」)
    「後で、お肉もちゃんと頂きますわ」
     いのちを無駄になど、いたしません。
     微笑む百花。
    「血は、素敵……野兎の人生が、見える様……」
     野兎が見てきた風景、感じた気持ち。私の中に、入ってきます……。
     うっとりとグラスの血を口にする百花。
     その瞬間、百花の纏う空気が、変わった。
     その瞳が、闇色に揺らめく。
    「……ね、あなたの血を頂いたら、あなたの気持ちもわかるかしら」
     百花の手には、百花繚乱のマテリアルロッド。
     ロッドが緋色のオーラを宿すや、ギィへと躊躇無く紅蓮斬が叩きこまれた。
     その血を私に、とでも言う様に。
    「殲具解放。さあ、一つ踊りやしょうか。嫌とは言わないっすよね」
     真剣勝負っすよ。余裕ぶらない方が身のためっす。
     生命力や魔力を奪われつつ、ギィは無敵斬艦刀を構える。
    「リリースッ!!」 
     千尋が叫ぶ。
     負けちゃダメ、自分の心の闇に、血の渇望に。
    「キミを止める、ここで解き放つ!」
    (「家族への愛は海よりも深く。この庭から見える景色のように、その愛も美しければ良かったのにね」)
    「断ち切るよ、キミに絡みつく因果の糸を」
     千尋は華麗に宙へと身を踊らせるや、百花へとアクロバティックに鋼糸を巻き付ける。
    「……なんてことだ、闇と契約できない!! オレの使命が……!」
     メディックなのに、と等のうめき声がする。
    「くっ。だ・が・ヒーロー☆ は諦めないぜ? 煎兵衛!」
     煎兵衛の、ふわふわハートがギィを包み込む。
     こうなれば戦うのみ、と等は百花へ石化の呪いを試みる。
     重ねる様にどす黒い殺気が百花を覆う。
    「領域展開っと。それじゃ……行くぜ!」
     史鷹がどす黒い殺気の中へ、漆黒の弾丸を撃ち込む。
     そこへゆかりの影が放たれ、百花を絡み取る。
    (「お姫様……か。自分一人の幸せを叶える事ですら難しい現代、それを人の幸せまで望むという事できっと周囲には分からない苦悩もあったはず」)
     ゆかりは金髪を潮風に流す。
     椿の背中が切裂かれ、炎の翼がバサリと開いた。
    (「現代を生きる姫君ね。周りと違うって事は色々とやっかみがあったり孤独にさせられたりと大変なもんだが……原因はそこにあるのかね?」)
     椿は中衛へと不死鳥の癒しを、仲間達へと破魔の力を与える。
     結弦は薔薇を散らさない様配慮しつつ、体内から噴出した炎を百花へと叩き付けた。

    ●国之本在家
    「お姉さんの事は気の毒に思うよ。世の為に人の為に、自分の事は二の次で今迄生きて来たんだよね」
     『自己犠牲』。陥りやすい罠だ。
     八重桜の如く微笑む結弦に、百花も微笑み返す。
     ーーですから、気をつけておりますのよ。
    「国家のもとは家にあり、と申しますでしょう?」
     まず自分や家族が幸せでなければ、世の為人の為になど、なれませんもの。
    「……それゆえに、姉の苦悩は深かったのかもしれません」
     柔らかく頷く名家の嫡男。
     だけど。
    「百花さんは今、ヴァンパイアになることで自分の為に誰かを傷つけて生きて行こうとしている。それは百花さんにとってきっと意に反する事だと思うんだ」
     静かな結弦の言葉に、百花はぴくりと動きを止める。
     その百花の死角から、朽葉の黒死斬が綺麗に入る。
    (「憧れてた人の喪失って、自分の形作るものの崩壊に繋がるよな……どうにか、してやりてぇな」)
     血飛沫をあげる百花。
    「私が、ヴァンパイアに……?」
     飛び散る血は気にもせず、聞き慣れない単語に動揺する。
     自分の身に何が起っているか、百花は知らない。
     ただ分かるのは、血への渇望。
    「無敵斬艦刀が軽く感じられるっす」
     ギィが戦神を降臨させると、鮮血色のオーラを無敵斬艦刀に宿す。
    「いい加減、目を覚ましてもらえないっすかね。ダークネスが一匹増えるだけで、駆除には何人もの灼滅者が駆り出されるんすから」
     金長髪をゆらし斬艦刀振りかぶると、ギィは百花へ思い切り叩き付ける。
     よろめく百花に、やれやれとギィ。
    「旧家のご令嬢っすか。お姉さんはよっぽど悪い男に引っかかったみたいっすね」
     自分ちも旧家だっけ? と反抗期真っ最中のギィ。
    「ね、あなた。明治維新ってご存知?」
     ーー義兄が大好きな時代だと言っていた。
     皆理想に燃えて、アツかった時代だと。
    「私達も幼い頃から、親しんでいました。家に遊びにいらしてた方々が、身振り手振り交えて、お話して下さったものです」
     良い事も、悪い事も。
     だから、義兄のこぼす現代社会への不満を、姉は『その不満を好転させる為の第一歩』だと信じて疑わなかった。
    「ですが、義兄は違ったのです。『義憤』ではなかったのです」
     百花のロッドから中衛たちへと竜巻が襲いかかる。
     ゆかりが庇おうとするが、及ばない。
     竜巻に巻き込まれた3人を、千尋の夜霧が優しく包む。
    「気休め程度だけど、ね」
     眼鏡を直し、笑う千尋。
     等が、契約の指輪にペトロカースを命じる。
     石の様に固まる百花。
     幼き等が庭椅子の上に立つ。
    「姉君の事は残念だった。何故そうなったと思う? 救いを求めていたのさ。お仕着せからの、な」
     灰色の逆立った髪に、渦巻き眼鏡のヒーローが、百花をビシッと指差した。
    「家柄に潰されてしまうのか、それとも、自身の生き方を見つけるのか」
    「……わかりませんわ」
     姉の『世の為人の為に生きる』という生き方を、義兄もその親族も、理解出来なかった。
    「嫁は『お嬢さん』だから」と、笑って相手にしない。
     姉は夫と共に前を向いて、生きたかった。
     違う育ち方をした者同士だからこそ、より広い視点から世の為人の為に役立てると喜んでいたのに。
    「周りとは違う、たったそれだけで孤独感は生まれる。それは非常に強烈だ、何しろ誰と話していてもソレは頭に残るし、何より最後には自分の周りには誰もいなくなってしまうと考えてしまう」
     椿の声と共に大量の弾丸が百花へと連射される。
     身体全体に弾丸を浴び、その身から炎を爆発させる百花。
    「でもそんな事は無いんだ君は一人じゃない……手を伸ばせば必ず誰かが握ってくれるんだ、だからもっと周りを良く見ろ!」
     ーーありがとう、お優しい方。
    「ありがたいことに、学校の子達は皆そうですわ」
     全身から流れる血を止めようともせず、百花は椿へと微笑む。
    「自分はどんな形で『世の為人の為』に役立てる人間になるか。悩みはありますけれど」
     百花の学校は、皆『時代が時代なら……』という人達ばかりだ。
    「私達だけでは、ないんですの。不思議な責任感はありますけれど、それも喜びです」
     皆が幸せであって欲しい。
     皆が笑顔で、つつがなく毎日を過ごして欲しい。
     ただ、それだけ。

    ●貴婦人
     結弦がレーヴァンテインを放ち、百花へ桜の様に微笑む。
    「お姉さんってどんな方だったの?」
     百花は延焼する身体をぴくり、と固まらせる。
     その声がわずかに滲んだ次の瞬間。
     百花のロッドが掲げられ、フォースブレイクが放たれる。
     史鷹が体内から血を爆ぜる。
     庭に倒れ、血を大量に流す史鷹。
     その意識が薄れかける。
    「……何に悩んでたんだか知らねぇけどな、そいつを打ち破れなきゃ前に進めはしねぇんだよ!」 
     史鷹は気力で立ち上がるや、百花へとトラウナックルを殴り込む。
    「目を背けるな! それこそキミが乗り超えるべきモノだ!!」
     千尋もトラウナックルと共に百花の懐に飛び込む。
     心の奥底を炙りだされる百花。
    「百花さんがお姉さんを大切に思っている事……よく分かります」
     ゆかりの赤きオーラの逆十字が百花を引き裂く。
    「でも……だったら尚更、こんな所で立ち止まっていてはダメです。もしまたお姉さんに会いたいのなら、伝えたい事があるのなら、一緒に探しましょう。私達も手伝いますから……ね?」
     ゆかりは一呼吸するや、鍛え抜かれた超硬度の拳で百花を撃ち抜く。 
    (「最愛の人が少しずつ壊れていくのを見続け、失ったのはすげぇ辛いと思う」)
     だけど。
     朽葉が解体ナイフの刃をジグザグに変形させる。
    「あんた、人の上に立つんだろ」
     宵闇の深い赤髪をなびかせ、百花へ刃を走らせる。
    「幸せ願うなら、闇なんかに囚われんなよ。振りほどいて、幸せ願い、与えるのは……誰でもない、姫君、あんたの心ひとつなんだ」
     百花は無言で刃を受ける。
     ヴァンパイアをこれ以上1匹たりとも増やさせないと、紅蓮斬を浴びせるギィ。
    「お姉さんに何があったかは知りやせんが、あなたはお姉さんじゃない。本当のお姉さんなら、あなたが闇落ちすれば悲しむと思わないっすか?」
     ヴァンパイアの、運命的な『闇落ち感染』。
     だが一度感染してしまえば、奈落の如く深い闇が、感染者の心を蝕み始める。
     椿のガトリング射撃が、等のペトロカースが百花を襲う。
     満身創痍の百花。
    「お姉さんは助けられないけど、百花さんはまだ間に合う」
     結弦が日本刀を納刀する。
    「呼べば、笑って応えてくれる人がまだ心にいるはず。その心が本当に消えない内に。その人の為に生きられるように」
     静かな言葉と共に、百花へと一瞬にして抜刀する。
    「ねぇ、お姫さん……貴女は、今、幸せ? 今の貴女は、最も尊敬した人からみて、胸を張って、笑える?」
     朽葉のジグザグスラッシュが百花の身体を駆け抜ける。
     百花から生命力や魔力が奪われて行く。
    「闇に囚われんなとはいわねぇけど。ありったけの悲しみ、やるせなさ……全部さ、此処に置いていきなよ」
     百花の瞳から、静かに涙がこぼれ落ちる。
     薔薇園に柔らかく佇む結弦と瞳が合う。
    「……君が自分を見失わなければ、お姉さんはいつでも傍で優しく笑っているよ」
     わずかに、微笑む。
    「強い心をもったお姉さんに、憧れてたんでしょ。その人が壊れたからって、その心を目指してたのは変わりない。……貴女は強い女性だよ」
     消え入る意識の中、響く朽葉の声。
     百花はかくり、と瞳を閉じた。
     地面に投げ出される百花を、あわてて抱きとめる千尋。
    (「優雅な立ち居振る舞い、そして芯の強さ、尊敬に値するよ」)
     しかし、ひどい怪我だ。
    「……次に目覚めた時は、きっと悪夢から覚められるさ」
     怪我は、しばらく休めば、戻るだろう。
     百花に、灼滅者の素質があるのなら。

     潮風香る薔薇園が、再び穏やかさに包まれる。
    「んじゃ、とっとと帰るとするかね」
     用は済んだ、と百花の側を立上がる史鷹。
    (「少しは、悩みも解消できてりゃ良いんだけどな。まぁ、気にしすぎか」)
     史鷹がボサボサの黒髪をかきながら、1人薔薇園を後にする。

    ●前途洋々

    「……私……」
     うっすらとぼやける視界に、自分を心配そうに覗き込む顔が見える。
    「生きてるっすか?」
     ギィの声。
    「これまでのことは悪い夢だと思ってくだせぇ。いつかはあなたのお姉さんを灼滅する日が来るかもしれないっす。……それなら自分の手でとは思わないっすか?」
     庭に倒れる百花の薄ぼんやりとした瞳が、徐々に本来の輝きを帯びてくる。

     百花の周りを心配そうにウロウロしていた等が、顔を輝かせナノナノ・煎兵衛と共に手を差し出す。
     差し出された等と煎兵衛の手を取り、ふわりと立上がる百花。
     そこには、嬉しそうに百花を迎える灼滅者達の笑顔が咲いていた。

    「……ありがとう」
     柔らかくささやき、百花は庭の薔薇へと手を伸ばす。
     そして灼滅者たちへと優美に微笑んだ。

    「お帰り、姫君」

     眼下の海で、汽笛が鳴った。

    作者:atis 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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