日向の誕生日 ~緑風渡るそばに~

    ●中学2年生になりました
    「誕生日なのか」
     言われて、夜明け前色の瞳をぱちぱちとさせる。
    「あ、そっか。俺誕生日だ」
    「いくつになる?」
    「14だよ。でも毎年なにかやるってことはないから、あんまり意識してないな」
     その言葉にふむ、と唸る。
    「14か。特別な年齢だな」
     海の底の色をした瞳がレンズ越しに告げ、えっ。と声がこぼれた。
    「14歳なんてそんなに特別じゃなくない?」
    「何を言う。14歳は特別だ。しかも中学2年生の14歳はなおのことだ」
     なんのことだかさっぱり分からないが、そういうものなのだろうか。
     そっかー特別かー特別なのかーとか口にする彼に、穏やかな笑みが向けられる。
     
    ●ちょっぴり大人気分で
    「和カフェ行かないか?」
     雑誌を手に衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)が、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)を伴い、楽しそうに声をかける。
    「和カフェ?」
    「そっ、和風のカフェ。……なんだよね?」
     訊かれて日向が振り返り同意を求めると、遥凪は静かに頷いた。
    「前に妹と行ったカフェなんだが、古民家を改装したカフェでな。あまり飾らない自宅のような居心地のよさと、和菓子を中心にしたスイーツが売りなんだ」
     彼女の言葉を補佐するように、これこれと雑誌が掲げられる。どうやらその店が取り上げられた雑誌のようだ。
     ページを広げて見せた店内の写真は、畳敷きの部屋に座卓と座布団が置かれ、花が活けられたりちょっとした和小物が置かれている程度で、確かに店らしい飾りつけはあまりない。
     見開きで紹介されている練切や大福といった和菓子は品のよい器にちんまりと乗せられている。
    「今は苺の時期だから、苺の和菓子が人気だな。苺大福は2種類あって、オーソドックスに苺を包んだものと、ちょっと変わった包み方をしたものがある」
     言いながら指したのは、ころんとまんまるの苺大福と、シュークリームのように求肥からちょこんと苺が顔を出している苺大福。
     小ぶりの和菓子はどちらもこの時期一番の人気らしい。
     その隣に載っている小さな羊羹を指し、
    「苺の羊羹は甘酸っぱくてお茶にぴったりだったぞ」
     一口もらったんだがと付け加え、あとは自分で見るようにと雑誌を差し出した。
     どれどれと覗き込もうとする彼らに日向が提案する。
    「それとさ、せっかくだから着物で行かないか?」
    「着物? また何で」
     怪訝そうな視線を一身に受け、いつもエクスブレインとして注目されることに慣れているはずの彼が今だけは少し気圧され、ふるふると首を振った。
    「だって和風のお店だしさ、着物で行ったら雰囲気出るじゃん?」
     そういうものだろうか。まあ、彼が言うならそうなんだろう。
     着物ねえ。と考え込む一同に、日向は嬉しそうにへへっと笑った。
    「それに、着物って大人っぽい感じがするもんな」
     言うとそういう発想が子供なんだと笑われてしまい、ぷーっと頬を膨らませる。
     けれどきっと、素敵なひと時となるだろう。


    ■リプレイ

     初夏の風が頬を撫でていく。
     着慣れない和装にそっと息を吐いた日向に、ふわり陽桜が微笑んだ。
    「日向くんは大人な着物……です?」
     かすかに衣擦れの音をさせ問う彼女は藍色を基調にした矢絣袴にリボンが揺れるハイカラさん風。
     自分よりよっぽど大人だなとちょっぴり思いながら、
    「格好だけでも大人になれたらいいなって思うんだけど」
     照れ隠しに笑う彼をぱちくりと見つめて、そうだ、と思い出したようにぽんと手を打った。
    「大人といえば、和装でも帽子って似合うらしいですよ」
     ちょっと大人に近づいた日向くんに、あたしからのプレゼントです。
     渡した包みに入っていたのは、アイボリーの中折れ帽子。
    「お誕生日おめでとうございます。あたしもあとちょっとで14歳、ですけど、今は日向くんがちょっとだけお兄さんですね?」
     うふふと笑い、そっかお兄さんかと何となく噛み締める日向へ、
    「日向お兄さん、お兄さんらしく、抹茶パフェを奢ってください♪」
    「え!?」
     思いもよらない言葉に硬直する彼の反応を見つめ。それからくすくす笑って。
    「それじゃあ、奢らなくていいので一緒に食べるのお付き合いくださいな」
     曇天色の髪に帽子を乗せ、もちろんと笑って頷いた。

     陽菜は太陽の描かれた銀時計を開けて時間確認し、ちょっと早く来すぎたかな。と視線を巡らせる。
     ふと。背の高い彼と目が合って、どちらからともなく笑った。
    「和カフェを着物でなんて、ちょっと大人になった気分」
     頬を柔らかく撫でた風に髪を押さえる彼女に、錬も微笑んで応える。
    「和カフェで着物かあ……風情あって素敵、だよね」
     着慣れないというか、何となく落ち着かないけど。
     ちょっとは大人っぽく見えるかな、こういうの着てると。なんて思いながら陽菜を見る。
     彼女が選ぶのは華やかな黄色の着物。花の模様のとか、綺麗だよね。髪もまとめて上げてみて。
     そんな恋人の姿に、錬は言葉に詰まってしまう。
     似合ってたら、嬉しいな。上目遣いに問われ、うん、すっごく似合う。と応えた。
     可愛い、とか、綺麗だ、とか。……いつもならもうちょいさらっと言えるんだけど、上手く言えなくなりそう。
    「……凄く、綺麗」
     素直な言葉に、花のような笑み。
     誘われふたりの場所を取り選ぶのは、和カフェだからこそ、和菓子とお茶を。
     お茶の苦さがお菓子の甘さにとてもあってて。
    「うんうん、どれもおいしい」
     一口サイズだからいろいろ楽しめちゃう。
     嬉しそうに口に運ぶ陽菜を見つめ、お茶は好きだけど、和菓子は久しぶりかも。……なんて思ってたら口元に大福。
     反射的に口を開けて、一口。
     おいしい? 訊かれて頷いた。確かに美味し。
    「交換こもすてきでしょ? 私にも一つくださいな」
     ふわり笑っておねだりを。
     交換だったら、こっちもお返ししなきゃね。羊羹を一切れ、陽菜の口元に。
    「じゃあ。……はい、あーん……なんてね」
     差し出された羊羹をぱくっと食べてついでに指も。
    「ん、美味しい」
     いたずらっぽい微笑み、陽菜はまっすぐに錬を見た。
    「一緒に来てくれてありがとう、今度の夏はどこへいこっか」
     また和装できるところからどうかな、なんて誘えば、そうだねどこがいいかなと笑顔が応える。
     どこでも、いつでも、いつまでも。
     ふたりの時間は、あたたかな陽射しのように。

     そわそわ。そわそわ。……そわそわ。
     どうしたと問う目に、またそわそわ。
     めろが今日の為、あれこれ悩んで決めた着物は淡い水色の単に卵色の帯。
     どこか落ち着かずそわそわしちゃうわ。飴色の瞳でこっそり見つめる彼の姿にも。
    「めろの着物姿も、良う似合うて居るな」
     物語りめいて告げる優京の纏う色は彼女のそれよりも深い紺。
    「淡い水色の単も卵色の帯も、めろらしい暖かな色合いだな」
     まこと花のように可憐で、可愛らしい。褒める言葉に嬉しさと、なんだか気恥ずかしさで頬が紅くなっちゃう。
    「優京ちゃんも、とても、素敵よ」
     気づかれないと、いいな。
     蜂蜜色の髪で頬を隠しちらり見上げると、黒髪の下で優しく見つめる目と合って。自然と笑みがこぼれる。
    「此度は二月の持成しの礼に、善哉でも奢ろうかと思うたが」
     せっかくの旬だ、苺大福を頂くとしよう。
     心変わりにくすりと笑い、お礼なんて、いいのに、と微笑み。
     だって、めろにとっても幸せな時間だったから。
    「めろは何を食べる?」
     勿論、俺の奢りだと冗談めかし問う優京に頭を抱え、悩んだ結果。
     食べたことない苺羊羮に決定。
     ほどなくしてふたりの傍には、色は違えど揃えの器に乗せられた苺大福と苺羊羹。
    「斯うして並んで食事を摂るのは、想えば初めて、な気がするな」
     俺の隣で食べて上手いなら良いのだがと少し不安げに見やると、めろは嬉しそうに笑った。
     ふふ、そう言えば初めてなのね。
    「なら記念日だわ!」
     持ってきていたカメラを取り出す彼女に快く頷いて。
    「記念の写真を? 嗚呼、構わない」
    「わらってね?」
     その言葉には穏やかな微笑みが応えた。
     この幸せな時間を止めるように。シャッターを押して、にっこり。
     俺も後でめろを撮りたいと言う優京に、ふわり柔らかく微笑みもちろんと頷いて。
     穏やかに流れる時間は心地がいい。
    「めろと居ると、時の流れも緩やかに思えるな」
     今日は存分に、甘味を楽しもうか。

    「わ、この家えぇな!」
     声を上げる悟に、想希も室内を見渡した。
    「本当に……いい雰囲気ですね」
     ふたりとも着物に袴で揃え、揃えたように腰を下ろして。
     揃いで苺羊羹と共に頼んだ苺大福は求肥から苺が顔を出していて、隠れてるよか豪華に見えるやろ、と悟が求肥もみもみ笑う。
     何より、可愛らしいですよね。微笑み写真撮ろうとする想希の頬をぷにぷに。
    「……餅のがぷにやな」
     ふふっと笑う彼に、む……と唸る。
    「悟のほっぺは餅に負けないくらいぷにぷにですけどね?」
     大福と交互にぷにぷにしようと手を伸ばし、つんつんぷにぷに。
    「ちょ想希! そんなつついたら中身でるで」
     じたばた。ぷくーと膨れ、
    「ええい! 俺のほっぺ食らいや!」
    「むぐ……」
     苺大福を想希の口に放り込み、食らった側はほおばりもぐもぐ。
    「……おいしい」
     すんごく柔らかおいしいです。溜息に、ふふん! サイコーやろ、と悟はどや顔。
     悟もあーん、と差し出された大福ぱくり。
    「想希ほっぺもうまー」
     苺と餡って案外合うなと幸せ噛み締める相手にくすりと笑い、苺羊羹を一口。
     羊羹も甘酸っぱくておいしい。
     ひとしきり食べ、ふー食うたと満足げに縁側に横になり転がる悟を見て幸せそうに目細め、残ってるお茶すすり。
    「ふふ、本当に」
     飾らない雰囲気がいつでも来ていいよ、って言ってくれるみたいで。
    「気持ちえぇけど枕足りへんな」
    「枕、ここにありますよ」
     膝ぽんぽん。
    「ここの枕もいつ来てもえぇなって言うとるな」
     膝枕に身を委ね、ぽっかぽかや。口にして悟は目を上げる。
    「想希俺ここに住んでえぇか」
    「悟がここに住んじゃうなら、俺も移住しないとですね?」
     いたずらっぽく言うと、微かに藍の滲む瞳が見つめた。
    「2人で住もか」
     笑いかけ、笑みが応える。
    「暑さを呼ぶ前の、きらきらの日差しですね」
     悟の髪を撫でようとし、真似して空を見上げ。不意に陽を浴びる想希にみとれた。
     綺麗や。
     こぼした言葉に問う瞳が向けられる。
    「なんでもないで」
     手を翳し、陽射しの中の愛しい相手を見つめた。
     めっちゃ優しゅうて、俺の大好きな金色や。

     着物着るのは初詣以来だという美智は、初詣の時は振り袖だったが今回は袴で、髪型はハーフアップにしてハイカラさんっぽく。
    「美智は袴か、正月には振り袖も見たけど、やっぱ普段と違った服装ってのは新鮮で良いな」
     感嘆する空を見れば、彼は藍色の着物の上からマントのバンカラ風。
     空さんの今回の着物姿も格好いい……!
    「こうして並ぶと大正時代の男女みたいですね」
     ちょっぴり距離を近くして並ぶと、なんだかレトロな雰囲気で。
     踊る心のまま縁側に席を取り、腰を下ろした彼の隣にちょこんと座る。
     注文した苺羊羹は、ほんのり赤みを帯びた餡が滑らかなつやを帯びていて。菓子楊枝で切ってみれば、こっそり隠れていた小粒の苺が顔を出す。
     一口食べてぱあっと笑顔の花が咲いた美智に、空が笑って味を問うと。
    「苺羊羹、初めて食べるのですが見た目も可愛いし」
     味も甘さと酸味が絶妙で美味しくてクセになりそう。
     幸せそうに語る彼女にもう一度笑うと。
    「空さんも食べてみて下さい!」
     と一口切ってお裾分け。
    「たまにはこうして、ゆっくりするのもいいモンだな……」
     色々と忙しかったんで久しぶりのデートだ。
     この時間はじっくりたっぷり楽しまないとな。
     お茶を飲みながら噛み締め、愛し人を見つめた。
    「卒業したらこういう所で一緒に住みたいかもなぁ」
     まだ少し早いか? 何て笑いながら。
     彼の言葉を聞いて少し照れながら……
    「そうですね、私も空さんとのんびり暮らしたいです。二人きりで静かに、っていうのも良いですけど」
     子どもが元気に走り回る姿を見守るのも良いですよね……
     と。そこまで言って、ぽっと顔を赤らめる。
    「……ハッ! 自分の言葉にちょっと恥ずかしく……!」
     柔らかな髪の色よりもなお赤くなった頬を押さえる彼女に笑い、ふと、少しだけ表情を引き締める。
    「でも卒業したら美智と一緒にのんびりしたいってのは本心だ」
     それまでにもうちょい気楽に生きられる世の中になってりゃいいんだがな。
     物憂げに口にする空に、美智はそっと彼の手に触れ優しく微笑みかけた。
     
     彼の誘いに乗ってくれた灼滅者たちを見やりエクスブレインはそっと視線を落とす。
     穏やかで、のんびりで。だけどそれは。
     楽し気な人々とは対照的に暗い表情を浮かべ、隠そうとした日向へと、リヴィアがてこてこと寄っていく。
    「……お誕生日、おめでとう……です」
     桜色の着物は手にするくまーとお揃いで、プレゼントにと用意したクッキーを渡す。
     喜んでくれるかな。不安そうな彼女に、日向は笑って礼を言ってくまーの頭をぽふんと撫でた。
    「ありがと。リヴィアはいつもドレスだからなんだか新鮮だな」
     言われてちょっぴり頬を染める。
     普段あまり見ない服装のクラスメイトたちは新鮮で不思議だ。
    「おめでとう、日向。今日は楽しもう」
     無表情ながら心からのお祝いを告げる白露の姿を一瞬錯覚したのは、多分彼の着物が普段着ているローブのような灰青だったからだろう。
    「僕たちが初めて会ったときは小学生だったのに、もう中学生で、きっと高校生になるのもすぐなんだろうね」
     保はきっと内面と同じようなおおらかな大人になるだろうし、ガルやリヴィアもどんどん綺麗になっていく。
     クラスメイトを見やり言って、白露は彼へと顔を向けた。
    「日向も頼りがいが出てきた。14歳は特別か。その通りかもね」
    「……うん」
     頷いて、だけど、と無意識に続ける。
    「俺、」
    「日向、お誕生日おめでと、だよ! ……わんわんおー!!」
     言いかけたところに、狼わんこモードだったら尻尾を振ってそうな雰囲気で、元気いっぱいにお祝いするガルの言葉と声にびくりとした。
     その髪の色と同じ赤い着物を着た彼女は、初めて会った頃と変わらない明るさと元気で。
    「日向さん、14歳のお誕生日、おめでとうさんです!」
     びっくりして言葉を失った日向に保が告げ、ふふ、今年も賑やかやなぁ、と笑った。
     日向も苦笑し、ありがと、と応える。
    「賑やか。……うん、賑やかだ」
     桜色に包まれたリヴィアと、鮮やかな赤をまとうガル。それに灰青が落ちる白露に、保は涼やかな灰の小紋に藍の帯を締め。
     髪を結う若葉色の紐が揺れるのを見つめて、対照的なクラスメイトたちにそっと息を吐く。
     両親が留守にしがちで祖父母に育てられた彼は、何年かに一度くらいは両親が日本にいる時だけは違うけれども、誕生日祝いをほとんどしない。
     それが、この学園に来てからもう3度目。
    「ほんと、ついこないだ小学生だったのにな」
     あと2年もしたら高校生だ。笑って、眩し気に目を細めて白を見た。
     普段はメイド服ばかりなので中々着ませんが、たまには良いかもしれませんね。
     そう言っていた悠理は白地に紫陽花が描かれた着物で、やはりこれも新鮮だ。
    「それぞれ、よう似合うてはるなぁ」
     華やかで、色が映えるね。保の言葉に日向はこくり頷いた。
    「ボクは、まぁ見慣れてるかな?」
    「うーん……でも、だからこそってのもあるんじゃないかな?」
     色やデザインは違えども、みんなでお揃いのようで。
     日向を上座に広めの場所に席を取り、メニューをみんなで眺めてそれぞれに注文し。
    「苺羊羹って、聞いた事もないんですよね」
     茶碗に触れながら言う悠理に、俺もーと手を上げる。
    「赤い羊羹なんでしょうか? 美味しいんですかね? 楽しみです」
     顔を上げたその時、小ぶりの器に乗せられた和菓子が届けられた。
     各々の前に並べられた器は模様もその上の菓子もまちまちで。
    「どう? 想像してたのと同じ?」
     訊かれてそうですねとこっくり首を傾げ。
    「苺の酸味て、和菓子と相性ええんよねぇ」
     赤色がきれいで、見た目にも美味しい。
     羊羹はぜひお味見したいな、と思っていた保は、一口食べて幸せそうに顔をほころばせた。
    「初めて着たからか、少し落ち着かないね。でも嫌いじゃない」
     軽く胸元に触れて言う白露と対照的に、ちょこちょこと動いてみるリヴィア。
     それにしても、少し動きにくいなぁ。可愛いのだけど。
     大丈夫かと保が聞くも、違和感はかなり。慣れない。
     もう少しすれば慣れるかも?
    「和菓子か……つぶあんのお菓子はないかな」
     見た目では分からないから、店員を呼び止め白露が訊いてみると、どうやらいくつかあるようだ。
     じゃあそれを。
    「あ……ちょっと、交換せぇへん?」
     保の提案に皆は快く応じ。器ごと交換したり、切り分けて差し出したり。
     日向の器にはたくさん盛られて、申し訳ないからみんなも食べて! と促したり。
    「……ガルくん、あーん……」
     水饅頭とか涼し気な菓子を選び涼味を先取りして食べていたガルは、リヴィアが差し出した菓子をあーん、と食べ、これもおいしい! とにこにこ。
     お返しにとリヴィアにもあーんして、
    「はい、日向もどうぞ。あーん……」
     菓子を一口サイズにして、楊枝に刺してから日向に食べて貰おうと差し出す。
     日向はえっ、と声をこぼし、いやだってこういうのはほらなんていうかえーと、と助けを求めるように視線をさまよわせるも救いの手はなく、そおっと口を開けてぱっくん。
     去年も同じようなことをやったのに、なぜだか今年は不思議と気恥ずかしい。
    「それにしても和風のカフェなんて、雰囲気が良いですよね」
     菓子楊枝で羊羹を切り分けながら、穏やかに悠理は微笑む。
    「落ち着けるといいますか……あまり和風の建物と縁がありませんが、こういうのも良いですよね」
     確かに、日本にいながら和風の建物とはあまり縁がない。
     こうして着物で和風の建物にいると、ゆったりした気分で穏やかな時を過ごせる。
     見慣れたクラスメイトの表情も、どこかいつもと違って見える気がした。
    「そうそう、これ、どうですやろ?」
     そっと保が日向へ小箱を手渡し。
     この場で開けてもいいかと訊けばもちろんと答え、開けた中身は和風の組紐のストラップ。
     ため息混じりで見つめる日向に、
    「今日の思い出に、なるかなぁて」
     優しい微笑みにそっと首を振る。
    「みんなから、たくさん思い出もらってるな」
     日向は笑ったけれど泣きそうな顔で。
    「……日向くん、」
     くまーがハンカチを差し出し、そっと彼の頬を拭う。
     あれ、俺泣いてる?
    「ごめ……ちょ、っと、ごめん」
     中折れ帽子を必要以上に深くかぶって顔を隠しても、その声は泣いていることを隠せなかった。
     気付けばクラスメイト以外にも彼の傍へ集まっていて、ああもう、余計に顔を見せられない。
    「ありがとう。……本当に、ありがとう」
     祝ってくれたことじゃなくて。言葉にできなくて、うまく言えないけれど。
     涙声でありがとうを繰り返す日向に、周囲に笑みが広がる。
     きっとみんな、分かってる。

     特別な日に、特別な思い出を刻んで。
     それは大切な、優しい宝物――

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年6月2日
    難度:簡単
    参加:14人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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