春は十色、花は心

    作者:

    ●春
     ある駅の構内に、大きな写真ポスターが貼られていた。
    「『春』……って、凄く簡潔ね」
     中央に大きく、無数の花で模った『春』の文字。
     色とりどりの色彩は、ガーベラや水仙、チューリップにサイネリアといった春の花で構成され、道行く人々の目を引いている。その優しい鮮やかさに、何となくふわふわと心の浮く心地を憶えた唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)もまた、立ち止まり見入る1人であった。
    「春って、桜だけじゃないものね。綺麗……ふふ、いいなぁ。眺めてるだけで嬉しくなるわ」
     浮かぶ微笑みを、きっと姫凜は自覚していない。
     道行く人が1人離れ、また1人立ち止まり、1人離れ……を繰り返して行くその間も、姫凜は暫くそのままポスターを眺めていた。かれこれ5分程は「あの花はこれ、あの花は……」と1人花当てゲームを堪能し、パシャ、と1枚スマートフォンで写真撮影した所で漸く――姫凜はポスター最下部の文字に気付くのである。
    「……『主催・折原生花店。4月16日(土)、春のブーケ講習会』……?」
     それは春の息吹の宿る、小さな花束作りへの招待だったのだ。

    ●ミニブーケを作ろう!
    「ブーケ作りの講習会のポスターだったのよ」
     凄く目を引くポスターだった、と饒舌に語る姫凜はやっぱり笑顔だった。
    「素敵よね、ブーケ作り! 勿論、お手頃価格とあってミニブーケだし、1人1つまでって制限はあるけど……春の花の中から、好きな花を選んで作れるんですって」
     会場は公民館の一室。手頃な参加費で、春の花を使ったミニブーケを作成できるこの講習会は、毎年今時期の土曜日に開催されてきた催しなのだという。
    「何がいいかしらね、ダリアにスイートピー、かすみ草だって春の花だし……カラフルにも出来るし、統一色のブーケも素敵よね」
     花の組み合わせの他、ラッピングによっても赴きの変わるブーケは、きっと1人1人出来上がりが異なる。
     リボンなど装飾品の持ち込みは可能というから、完成品はますます個性豊かに、十色の春を見せてくれることだろう。
     自分へのご褒美にするも良し、誰かを想って仕上げるも良し、仲間と違いを楽しむも良し……楽しみ方は無限大だ。
    「ふふ、本当に楽しみ。4月16日か……」
     そして、語る姫凜が終始妙にご機嫌だったのは、開催日に理由があった。
    「実はね、この日、私の誕生日なの。……あ、お祝いしてってことじゃないのよ? ただ、春の花に囲まれて過ごせるなんて、まるで春にお祝いされるみたいで嬉しくて」
     そういって姫凜は笑うけれど、勿論彼女は知っている。
     誕生日でも、そうでなくても。春の祝福が、生きる人に誰にも等しく訪れること。
    「良かったらあなたも参加しない? 作るのは小さなブーケだけど……自分だけの春を閉じ込めに」
     あなたの春を見せて欲しいと、姫凜は楽しそうに微笑んだ。


    ■リプレイ

    ●Spring has come
     春が来た、と。
     東京でそれを実感してからは幾分か時を経たその日。重い木製を扉を開けた先――公民館の一室は、春の香りと色彩で訪れる人を出迎えた。
    「わぁっ」
     翡翠の瞳を輝かせたひよりに、紗奈も顔を綻ばせた。
    「たくさんお花があるね」
     赤、白、黄色、ピンク、青、そして緑――並ぶ花々の花弁はふわりとして柔らかさを感じる一方、生う葉は先々までぴんとして、今が盛りと瑞々しさを帯びている。
     お好きな花をお取りしますよ、と店員に問われれば、ひよりは優しい笑顔で紗奈を促した。
    「さなちゃんはどのお花にするのかな?」
    「へへ、メインのお花は決まってるんだ。ひよりちゃんには、ないしょ!」
     まだあどけなさ残る笑顔で応えれば、ひよりの顔にも再び笑みが刻まれる。完成後の見せ合いっこを約束すると、2人はここから一旦別行動。
    「――あった! ピンクのガーベラ!」
     紗奈が見つけたそれはひよりの好きな花。淡いピンクは、紗奈がイメージするひよりの色そのものだ。
    「あとはすずらん……ひよりちゃんの誕生日のお花……」
     近くの店員へ聞き、鈴蘭の場所へと案内される。加えて緑を入れたい、ひよりの瞳の色だからと一言相談してみれば、鈴蘭の葉を入れてはどうか、と葉付きの花が手渡された。
     両手にそれらを纏めれば、ブーケの完成図が見えてくる。
    (「ピンクと白と緑ってすごく春の色。……やさしくてあったかいひよりちゃんみたいに、見てるとうれしくなっちゃうブーケになったらいいな」)
     リボンはピンクにしようと決めて。嬉しそうに席へと向かう紗奈を見つめるひよりが抱くのはマトリカリアとアルケミラ。ふわふわと幾つも咲いた小さな花達がとても可愛らしい。
    (「小花を中心にボリュームを出して……メインは……」)
     仕上がりを想像するひよりがブーケのメインに据えたのは、淡いミントグリーンのチューリップだ。
    (「真っ直ぐ伸びる姿が、元気をくれる紗奈ちゃんみたい」)
     紗奈の姿を重ねれば、花もより一層愛らしい。透け感のある山吹色のペーパーで包み橙色のリボンで綴じれば、ひよりなりの春の花束の完成だ。
    (「宝物のように大切な貴方を、笑顔にしてくれますように」)
     陽だまり色のグラデーションの向こうに紗奈の笑顔が見えた気がして、ひよりは穏やかに微笑んだ。席へと向かうその優しい表情に擦れ違い、ほっこりと笑んだ狭霧もまた、花囲む道を辿っていた。
    「あは、どんなブーケを作ろうかなぁ」
     思い浮かべる、花束の行き先――イメージしては、あれこれ花を見比べる。
    (「春らしい、優しい色で纏めよう。ラナンキュラス……色綺麗だな。花言葉は『飾らない美しさ』。カランコエも良い、『幸福を告げる』。こっちはアネモネ、『希望』……白にしよう。そうすれば、こっちは……」)
     気持ちと花の知識を総動員。時間を掛けて選んだ花達を1つに纏め、しかし狭霧は首を傾げる。
    「……んー、何か足りない。センパイらしい色、色……」
     視線の先に、姫凜――今日花贈るその人は今、1人席に着き真剣な様子で花束を纏めている。
    (「真剣な眼差し。……瞳。センパイの、瞳」)
     やがて狭霧が手に取ったのは鮮烈な赤いリボン。
     内容変えずにそのリボンで花を綴じれば、花束は驚くほどしっくりと纏まった。完成したそれを後ろ手に隠し、狭霧はまだ席に着いたままの姫凜へ明るい笑顔で声を掛ける。
    「セーンパイ! ブーケ出来ました?」
    「狭霧くん! ……ふふ、もうちょっと。狭霧くんは?」
    「俺は結構可愛いの出来たんすよー自信作! だから……」
     言葉を、気持ちを沢山込めた春の花束を――狭霧は姫凜へと差し出した。
    「はい、これ。……誕生日おめでと、姫凜センパイ!」
     満面の笑顔。これが3度目になる友人からのお祝いに一瞬驚き、直ぐに笑んで受け取った姫凜は――そのまま狭霧の手を取った。
    「ありがとう、狭霧くん。……いつもね、凄く、凄く嬉しいのよ」
     ぎゅっと握られた手。正面から向けられた姫凜の笑顔と感謝に、狭霧は照れた様にはにかんだ。

    ●春は十色
    「あ、羽柴さんだ。1人? んじゃこっち来て手伝って」
    「……いいですけど」
     見つけた知人の顔に、さくらえはにこりと笑んで手招きした。陽桜が一瞬怪訝な表情を浮かべたのは、昨年目撃したさくらえの破壊力満点のお菓子作りを思い出したからである。
    「そもそもさくらえさんって器用じゃないですよね? 本当にそれ作れるんです?」
    「え、大丈夫だよ、ハサミ使うとこ以外はちゃんと作れるよ」
     使ってるの見る分にはいいんだけど手に持つのがちょっと、という言葉通り、鋏作業以外は極めて器用にこなしていくさくらえの手に、陽桜は不思議そうに目を瞬かせる。そのまま暫くじっと見ていてしまったのだが、やがてはっとして、陽桜は再び自分のブーケ作りを再開した。
     陽桜が選んだのは、赤とピンクのカーネーション。高さを揃え顔を上げた時、通りかかった姫凜の姿が目に留まった。
    「姫凜さん、よかったらご一緒してもいいですか?」
    「あら? こんにちは羽柴さん、彩瑠くんも」
     笑顔で近付いてきた姫凜は、陽桜の手元を見て微笑んだ。続いた「お母さんに?」との問いに、少し恥ずかしそうに笑んで頷けば――私もよ、と姫凜は笑った。
    「――でーきた」
     和やかな会話の最中に届いた声に、陽桜と姫凜はさくらえを見る。
     その手には、ピンクのチューリップと霞草をちりめん和紙とクリアフィルムで包んだ、シンプルだが柔らかい、春。
    「てことで、唯月さん。誕生日おめでとー」
    「え、私に?」
     頷いたさくらえは、ふわりとその花束の様に柔らかく微笑む。
    「ピンクのチューリップの花言葉は、西洋のヤツで「happiness」、幸福だよ。キミの新しい年がたくさんの幸福に包まれますように」
     そんなさくらえからの祝いの最中、陽桜も慌てて鞄の中から小さな包みを取り出した。
    「姫凜さん、私からも。……家で作ってきたので、よかったら」
     中には、桜の花を模したクッキーが入っている。花束を仕上げたら一緒に食べましょう、と陽桜が笑えば、姫凜は頬を赤く染めて微笑んだ。
    「ありがとう、2人とも。……ふふ、2人にも春の祝福がありますように!」
     ちょっと気取って言った姫凜に、3つの笑い声が重なる。そんな賑やかな人の声と花の彩りの傍らで、紅音が静かに穏やかに束ねる春は、大切な唯1人への想いだ。
    (「勿忘草の花言葉は『真実の愛』」)
     選んだのは、青い勿忘草と白い霞草――そのどちらもが春の花。
     色に合わせるように、用意したのは水色の包み紙に白のリボン。広げた紙にそっと花束を乗せれば、ふんわり漂った春の香りに、紅音もふわりと微笑んだ。
    (「白い霞草の花言葉は、『永遠の愛』。彼には、伝わらないかもしれないけれど……『愛してる』なんて、なかなか言えないもの」)
     大好きで、大切で。花が持つ言葉に添えて、ブーケの中へと自らの想いを託していく。
    「喜んでくれると、いいなぁ……」
     渡す彼の笑顔を思えば、紅音の顔にも優しい春の花が咲く。そんな紅音の向こう側では一緒に来た筈の希沙と小太郎の、作業する席は背中合わせ。
     勿論、喧嘩しているわけではない。
    「……先生。こう、綺麗に纏めるコツなどありますか」
    「えーと、バランス! メインの花を決めたら、その隙間に他の花を差していくの。全体見ながら、まるーく、可愛くね」
    「ふむ」
     バイト経験を生かし気合を入れてアドバイスした希沙の耳に、丸く可愛く、丸く可愛く、と、呪文の様な小太郎の呟きが聞こえてくる。くすりと笑った希沙も、緊張を解す様に声を重ねて同じ言葉を呟いた。
     互いに全容を秘めた花束は、お互いへの贈り物。そのための背中合わせだ。
    「では、贈呈式といきましょうか」
    「うん、せーの、……わ……!」
     合図と同時に振り向いた希沙に差し出されたのは、赤いリボンで綴じられた真白のブーケ。そこに収まる2つの花は、記憶を鮮やかに蘇らせる。
     芍薬は、一昨年聖夜に贈られたソラフラワー。
     鈴蘭は、去年ミュゲの日に贈った花。
     それら想い出の花達を霞草で包んだ小太郎のブーケは、2人にしか解らない大切な想い出のかたち。
    「……? お気に召し……わっ」
     大切な想い出を同じ様に大切にしてくれている小太郎がとても、とてもいとおしくて。言葉にならず思わずぎゅっと抱き付いた希沙に、小太郎の頬も僅かに朱を帯びる。
     やがてはっとして慌てて離れた希沙は、ありがとうの言葉と共に自分のブーケを差し出した。
     若葉色のリボンで綴じた中には、ローダンセとスターチスが小太郎と同じく霞草に包まれている。選んだのは春に彩り、枯れても色褪せない花達。そこに、変わらない想いを重ねた。
     その想いに、心に、……熱る予感までいとおしい。
    「……ありがとう、ございます。希沙さん――」
     季節の花知る楽しみも、春を愛でる憩いも、総てあなたがいればこそ。溢れる想いは春を詰めたこのブーケに乗せても足りなくて、小太郎は最後に言葉を贈る。
    「不束者ですが、末永く……よろしくお願いします、ね」
     まるで永遠を誓う言葉。心の隅々までをも赤く染めた希沙は、しかし確りと花束を抱き、微笑む。
    「……き、きさこそ、粗忽者ですが」
     互いに願う。
     何卒――いつまでも、共にと。

    ●花は心
     燈が手に束ねる春は、多様な釣鐘型の花達だ。
     メインにはスノーフレーク――雪の白を花弁に纏い、しかし瑞々しく春の恵みを蓄え愛らしく揺れる花。そこに同じく白いスズランと、春らしいピンクのアセビを添えた。
     謙虚に頭を垂れる小粒の花達は愛らしく、姫凜も思わず笑顔を浮かべる。
    「可愛い。でも、それは?」
    「アクセントに1つだけ差そうと思って!」
     燈が持つのは、釣鐘型というここまでのルールを離れ、青、白、紫……多色の中から選んだ赤いアネモネ。色の強いそれを1本差すだけでぐっと華やかになったブーケには、最後にとっておきの仕上げが残っている。
    「……鈴?」
    「持ち手の所に鈴をつけて、ブーケを振ると鈴の音が鳴るようにするの。素敵でしょ!」
     巻くピンク色のリボンに幾つかの鈴を取り付ければ、ちりりと鳴る音はまるで花達が歌う様。嬉しくてワクワクする、そんな燈なりの春を詰め込んだブーケを――燈はそのまま姫凜へ差し出した。
    「スノーフレークは4月16日の誕生花なんだって! ちょっと恥ずかしいけど……これは姫凜先輩にプレゼント。素敵なお誘いありがとう!」
     「振ってみて?」と、明るい笑顔はほんの少しの照れ隠し。姫凜はその気持ちの籠った花束ごと燈を抱き締め、ありがとう、と微笑んだ。
    「一抱えの春、なんて何かステキじゃァないですかねぃ」
     花囲む道を行く詩織は、やがて道中に見慣れた姿を見留め、その足を止めた。
    「おやおや、キミに花とは意外な取り合わせ」
    「ふん、そっちほど意外じゃないさ」
     詩織の声にそう応えた明浩の手にはアイリスの花。
     別にただのイベント、深く考えることもない――明浩がそんな風にそっけなく言ってしまうのは、花吟味する瞳が真剣だったことを誤魔化したくて。
     数々の花達の中からこの一輪を選ぶ間浮かんだ人が誰だったのか、そこに込めた言葉が何なのかも。
    「やはり花でも言の葉の力を籠めたりするんでしょうかねぃ」
     一方で、小さく笑いながら詩織はイベリスの花を手に取った。小さな花弁を無数に広げる愛らしい花。束にすれば、やはりふんわりと愛らしいブーケが完成する。
     そして、和紙や飾り紐を用いて和風に仕上げた明浩のアイリスのブーケは――詩織へと差し出された。
    「いいかい、この花は叡智や希望などの意味がある。キミもしっかりしろってことさ」
     視線を逸らし放たれたそっけない言葉を裏返せば、それは自分を思って花を選んだという明浩の想いの裏返し――詩織は思わず頬を緩めた。
    「あははは、あたし以外に渡す人もいませんもんねぃ」
    「そういうわけじゃないけど、キミだってそう貰える機会はないだろ?」
    「いいですよ、もらってあげましょう。イベリスのブーケはキミにあげますよぅ、どうせあたしにもあげる人なんていませんからねぃ」
     互いのブーケを交換しながら、明浩は気付かれない様に詩織を見つめる。
    (「アイリスの意味……あとは、あなたを守る。とかね」)
     イベリスはどんな花だろう、後で調べようと思いながら。
    「あ、このポピーはいい色づきですね」
     恵理の目に留まったのは陽の光をそのまま吸い込んだような穏やかな黄色いポピーだ。
    「これを芯に、霞草で囲んで……」
     考えている様子の恵理に、スタッフが声を掛けてくる。迷わずポピーをお願いした恵理は、もう1つ、どうしてもと頼み込んで講習とは別料金で月桂樹の花枝を購入した。
     それらを抱え席へ着いたのち――通り掛かった姫凜へ、恵理は手を上げて声を掛けた。
    「こんにちは、睦月さん。……わ、可愛い!」
     やって来た姫凜の瞳に、恵理が仕上げた花束が映る。ポピーと霞草を留める白いビロードのリボン。その中央にはいくつか苺が差込まれ、ベロアの紅リボンで優しく固定されている。
    「苺の花言葉、丁度いいんですよね。それに花より団子のお年頃への贈物ですし……ふふ」
     恵理の言葉に笑んだその時、姫凜はブーケの影に月桂樹の花冠を見つけた。「これは?」と問えば、恵理は手に取り、そっと姫凜の頭へ乗せる。
    「挑みたい依頼や、楽しいお出かけへの導きに感謝を。私達は勝利と幸せを貴女に――なんてね、ふふ」
     お誕生日おめでとうございます、と。思い掛けない贈り物に姫凜は目を見開くと、花冠へ触れ、ありがとう、とはにかんだ。

    ●やがて巡っても
    「花に囲まれて1人とか、似合わねぇことするもんじゃねぇな……」
     花に明るくない葎が此処を訪れた理由は、それでも花束を渡したい相手が居るからだ。教えを乞われた姫凜は、葎へイメージを促した。
    「どんな人? 例えば……色とか」
    「……真白。純粋そうで、でも意外と気は強ぇかも、時々ぐいぐい引っ張られる感じもある。……その辺は姫凜と似てるかもな」
     結構頑固だろお前、と葎が付け加えれば姫凜は笑う。そんな2人が選んだ花はメインに淡色のガーベラ。添える花も白で纏め、とても清楚な装いのブーケだ。
    「難しいな、そう不器用でもねぇんだが」
    「大丈夫。込めた心は必ず伝わるわ」
     お祝いや送別、婚礼、葬送――人が花に込め重ねる想いは様々。
     そのどれもに、贈る人の心が籠っている。そう姫凜が笑えば葎も口許を僅かに緩めた。
    「花は心、か……あいつも言いそうな台詞かもな」
    「私に似ているみたいだから、ね」
     したり顔で笑った姫凜に、葎は1本残しておいたガーベラを差し出した。耳に掛ける様に髪に差してやれば、姫凜は不思議そうな顔をする。
    「……やるよ。束じゃねぇけど、花は心、なんだろ?」
     誕生日おめでとう――葎の心を込めた花に、姫凜は目許を緩めて頷いた。
    「いつもはちひろさんが師匠だけど、きょうはわたしのほうがおとくい!」
     きゅっと丸くカラフルなラナンキュラスの花達を手に、ご満悦の千佳は千尋へ笑顔を向けた。
    「はいはいご指導お願いしますー」
     応える千尋は一見すれば投げ遣りにも感じられる。しかしそれが彼らしさと知る千佳は、全く動じず花の選別を進めていく。
     マーガレットも加えて、白、黄色、橙と、千佳の手の中に徐々に集まっていくのは元気が出そうな鮮やかなビタミンカラーだ。
    「春の花ってなんだ。花はだいたい春だろ。あー……これでいいや」
     そして千尋が手にしたのはサイネリア。カラフルな花達の中、手に取ったそれはベースは白だが花弁の先端のみが蒼くて目を引いた。
     隙間無く丸く集めて、ラッピングも色を合わせ青いフィルム紙に白いリボンで纏めると――華やかさにどこかきりりとした清潔感が加わった。
    「完成、と」
    「ちひろさん、ちひろさん!」
     仕上がった花束、その白をじっと見つめていた千尋の眼前に突如、鮮やかな黄色が飛び込んでくる。そこには千佳――彼女の笑顔の様に眩しい色彩の花束。
    「あのね、いつもあそんでくれてありがとう!」
    「は? 俺に?」
     千佳は今日、花束は千尋に渡すと決めていた。今日の髪飾りと同じ花達に、めいっぱいの感謝の気持ちを詰め込んだ。
    (「ごめんねを言うよりも、ありがとうを言う方が勇気がいるってはじめて知った」)
     どきどきして、花束を作りながら目が合った時には慌てて逸らしたりもして。でも伝えようと決めていた。
    「わたし、しゃべるのへただから、いっしょにあそんでもらえるのが、うれしいです! だから、ありがとう!」
     千佳のまんまるい春。受け取った千尋は、千佳の髪飾りと花束とを見比べ「ふーん」と呟くと、自分のサイネリアの花束を千佳へと差し出す。
    「じゃぁ俺のはお前にやるよ。あれだ、誕生日のプレゼンtいってぇな!」
     貰った花束、千尋の気持ちが嬉しくて、思わず千佳は体当たり。
    「『しんらい』と『よろこび』の交換こですね!」
    「あ? なにそれ。なんの話だよ」
     それはいつも通りの遣り取りだったけれど。でも春の度、咲く花を見る度に、心を揺らす優しい思い出になる筈だ。
     ――やがて季節は巡るけれど。十色の春に咲くは花、そして花に繋いだ心。
     世界中で花々が、今日も新たに人の心と心を結び、華やかに咲き誇っている。


    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月24日
    難度:簡単
    参加:15人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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