英雄譚にお別れを

    作者:菖蒲

    ●『なりそこない』
     斜陽の街はチープな冗談が伝播していた。
     妹が――燈がいじめの対象になったのは運が無かったからだ。体の弱く引込み思案の彼女は友人も居らず、保健室で過ごす時間が多かった。
     ――あかりちゃんてさ、ウザいよね。
     対象となってからは悲惨なものだった。反抗しない玩具になって息もし辛かった事だろう。幼い彼女は解決策を見つけること無く、泣く事しか出来なかったのだから。
    「おにいちゃんが、あかりのみかただもんね」
     そうだね、と握りしめた掌の温もりは何時になっても忘れる事は無い。
     この世は偶然の塊だ。転じて必然となるのは稀にある。
     そう、全て偶然だったのだ。
    『妹が苛められて泣きながら裏山に逃げた』のも。『足を滑らせ転落した』のも。そのまま還らぬ人となったのも。誰も、彼女を見つける事が出来なかったことだって、悪い冗談の様な偶然だった。

     裏山で彼女を見つけたのは春の陽射しが暖かな昼下がりだった。
     長い髪が赤い血でべったりと張り付いている。バスケット一杯の花は萎れていた。
     彼女は死の気配を孕みながら岩場に寝そべって、鳥の囀りを聞いていた。
    「あかり――」
     まるで冬の冷たさに曝されたかの様に冷えた頬は柔らかさを喪っていて。
     脳裏に過ぎったのは死と言う圧倒的な存在と、護り切れなかったという後悔。周囲の人間は誰も『味方』にはならなかった――況してや、自分さえも彼女の『ヒーロー』にはなれなかった。
     ――おにいちゃんが、あかりの……。

     そうだ。そうだね、燈。
     君が人魚姫の様に泡沫に飲まれてしまうというのならば、俺が英雄になる。
     俺がこの身で君を護るから――もう、怖がらなくて良いんだ。
     
    ●introduction
     それは春の日には似合わない事件だった。
     教卓の前にパイプ椅子を置き、腰掛けた不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は資料へと視線を落とし小さく息をつく。
    「鏑木・螢さん。闇堕ちしてダークネスになりかけてるヒトがいたの」
     通常であれば、闇堕ちによりダークネスとしての意識が人間の意識を掻き消すのだが、彼は元の人間としての意識を所有しているのだという。
     ダークネスの力を持ちながらもダークネスに成りきれない。どっちつかずの存在は、自己欲の為にその力を振るう場合が多い。
    「マ……わたしが見つけたのはノーライフキング。
     いじめにあっていた妹が偶然の事故で亡くなった男の子なの」
     子供らしい悪戯の延長線上だったのだろう。体が弱く、引っ込み思案であった燈には救いとなる相手が兄しか居なかった。仕事で忙しい両親の代わりに面倒を見ていた兄を慕った小さな妹は、不幸な事故で亡くなった。
    「わたしには兄弟はいないけど、でも、大切な人を喪う怖さはわかるの」

     ――おにいちゃんが、燈をまもってくれるんだよね。
     ――燈、おにいちゃんがいるだけでがんばれるんだよ。

     不幸な事故でも、彼女が裏山に上ったのはいじめが発端だったのだと彼は考えた。否、『良い子』の妹が一人でその様な場所に行かないと知っていたからだ。
    「燈さんは、本当は螢さんの誕生日をお祝いしようとしたの。
     ……バスケット一杯に沢山の花を摘んで、お兄ちゃんを喜ばせたかった」
     夕暮れ時に帰って来なかった妹――真実を知らず、護れなかったという後悔が始めて目にした死という存在が彼をダークネスたらしめた。
    「燈さんを見つけて螢さんは思ったの。『もう一度』がないように」
     正義感と彼女の『ヒーロー』であろうとした心が、妹を眷属と化した。
     闇堕ちにより、周囲の人間を拒絶した螢は妹と二人で廃屋へと潜んでいる。
     ふたりきりの世界を土足で踏み荒らす――そんな感覚がすると誰かが口にした言葉に真鶴は言葉を無くした様に唇を噛み締める。
    「勿論、彼が灼滅者としての素質があるなら、闇堕ちから救って欲しい。
     でも、無理なら灼滅して欲しいの。誰かが、不幸になるまえに……今、見逃せば、全てを取り込んでしまうかもしれないの」
     歪な英雄譚は彼を次第に傍若無人な屍王へと変えていく事だろう。
     今は二人だけ。それで満足する筈がない、そう、徐々に復讐心を持たぬとは限らない。一般人を巻きこみ迷宮を作る屍王へと育つ前に、対応を望むのだとエクスブレインは月色の瞳を揺らがせた。
    「味方は居なかった。誰も救ってはくれなかったの。皆、敵だと思ってるの。神様が、妹を護る『もう一度』をくれたんだって、彼は思ってる。
     だから、ふたりきり――……でも、それだけじゃ寂しいと思うの。
     自分の英雄だったお兄ちゃんが、これじゃ、妹さんだって報われない」
     眸を揺らがせて、真鶴は救いがあればいいのにと灼滅者達へと告げる。
     全てが敵だと、妹の苦しみを周囲へと、そう考え出したその想いに終止符を打ち、彼の人間の心に触れる事が出来たならば。
    「みんな、頑張ってほしい……できれば、って思う。
     でもね、どんな未来が待ち受けていても気に病まないで。
     マナたち……わたしたちだって、また、彼みたいな誰かの『英雄』にならなくちゃいけないんだもの」
     言葉を探す様に、無事を祈ると小さく告げてエクスブレインは頭を下げた。


    参加者
    シャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)
    瀬良・啓太郎(対岸の聲・d30650)
    烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)
    ペーター・クライン(高校生殺人鬼・d36594)

    ■リプレイ


     花冷えの陽光は、春の優しさを感じさせない。黒いストラップシューズでくしゃりと踏んだ桜の花びらを見下ろして風に攫われたいのちを確かに感じた黒鐵・徹(オールライト・d19056)は柔らかな宵の色の瞳を僅かに揺らした。
     髪先を遊ぶ春風は、心を穏やかにさせるというのに凍て付く心の融かし方がどうしても分からないと唇を噤んだ烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)はからんと下駄を鳴らし、山際に立った廃屋を見上げた。明かりは付いていない、玄関先に散らばった枯れた花が痛々しい時の流れを思わせる。
    「……あの、入っても……」
    「うん。入ろう。ボクたちしか出来ない事があるだろう……」
     ぽん、と海月の頭に手を置いて勇気づける様に――それは己を鼓舞する為だったのかもしれない――百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)は心に決める。桃と青のメッシュの髪が頬を擽る。鮮やかな縁の眼鏡に指先を添えて煉火は「よし」と小さく呟いた。
    『英雄』の言葉は、どうしようもなく尊大で。どうしようもなく異端だった。
     ソレに縋るのも、憧れるのも煉火にとっては十分に理解できて。兄が妹にとってのそれで在りたいと願った幻想を否定する事はできないとシャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)はゆっくりと瞼を下げた。花瞼は僅かに震え、英雄の哀れな結末に小さく息を付いた。
    「悲しい英雄譚ね……」
    「英雄は信じる物が無くなったら折れるんだよ」
     それが憐れな道であれど。花の芽吹きにさえ気づかずに盲目的に信じ込む。正義は信仰と似ているとはよく言った話しだ。柔らかな声で告げた北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)は己の胸中で疼く闇を抑える様に胸元へと手を当てて深く息を吐いた。
    「ヒーローには全部敵に見えてんだろな……俺達も」
    「身勝手で、傲慢だ」
     憤慨したペーター・クライン(高校生殺人鬼・d36594)は柔和な太陽に構うことなく影を進み廃屋の扉へと手を掛ける。
     軒に落ちた枯れた花は幼い妹が兄の為にプレゼントしようとしたものなのだろう。その花の意味にさえ気付かずに何を以て『良い子の妹』を理解しているというのか。英雄であるという幻想、妹に頼られる兄という盲目的な理想論。彼女を苦しめたのは誰なのか――考えるだに彼の肩は震える。
     数回のノックの後、がらりと開いた扉の向こう側、居間とを区切る薄い扉の向こうから人の気配がする。周囲との音を遮断し、瀬良・啓太郎(対岸の聲・d30650)はペーターの怒りや仲間達の望む未来を想像し、肩を竦めた。


     悪夢の様な過去は、常に傍に在った。狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)の双眸に映ったのは眠たげに瞼を落とした小さな少女を慈しむ様に髪を梳く少年の姿。
    「燈、寝るのか」と優しげな声で語りかけるその姿は己の過去が如何しても重なった。
    『助けて――――』
     目の前で妹を喪った全ての始点。小さな掌を取れなかった恐怖と責め苦は、己の源泉とも言えるのだろう。幼い妹を喪い、彼女を眷族とし守ると決めた少年をどう責められようか。
    「……誰だ」
     剥き出しの警戒心に、貢は小さく息を飲む。自分の言葉は、牙だ。傷つけるかもしれないと――仲間達の掛ける言葉の優しさに賭ける様に彼は、一歩後退する。
     小さなノックと共に現れた来訪者は兄妹にとっての敵となるか。
     徹は妹を庇う様に立ち、睨みつける鏑木・螢へと柔和な笑みを浮かべた。頬の傷が僅かに歪み、甘えたがりの子供の無垢な笑みは彼の傍らの妹とよく似ている。
    「君を助けに来ました、こんな所でずっと『ひとり』にはさせません」
    「助け……? ひとり?」
     何を、と吐き出しかけた言葉を飲みこんで螢は徹を推し量る様にじっくりと見つめる。華奢な少女は仕立ての良い制服に身を包んでいる。春の日に、小学生が廃屋に訪れて『言う言葉では無い』事は神秘の界隈にも疎い少年にもよく分かった。
    「ボクらは……キミ達兄妹の味方だよ。今キミ達を止める理由は無い、けれど……」
    「なら、何しに来たんだよ?」
     死んでしまった妹。傷だらけの変わり果てた『バケモノ』となった彼女を、常人には理解されない存在なのだと少年は厭でも理解していた。
     言葉を選び、寄り添わんとする煉火から燈を隠す様に手を広げ、螢は噛みつく様に言葉を吐き捨てる。
    「放っておいてくれよ。燈は――妹は、俺が守るから」
    「守る、だけならボクらは止めやしない。でも、妹を苛めた相手に復讐しないってキミは誓える?」
     武器は手にしていない。ひらりと手を振った煉火の掌を飾ったネイルはこの空間では妙に大人びて感じる。
     ぐ、と息を飲む螢へとシャルロットは「貴方はこのままだと人を殺すでしょうね」と小さく返した。
    「苛められてるのを、知って……」
    「良識者は貴方の様子から理解できるものよ。妹さんが苛めを苦に山へと言ったというなら不可解な点が幾つかあるでしょう?」
     月色の瞳はあくまでも冷静だった。長い銀の髪を揺らし、天女の様な羽衣を纏ったシャルロットは微かに目を伏せる。変わり果てた姿の妹の手に握られた籠を兄はまだ気付かない――盲目的に、『守護すべき存在だ』と理解しているからこそ見る事ができない。
    「まあ、さ、『不幸な事故』だって言われても納得できるもんじゃないよな。
     螢と一緒に入れると燈ちゃんは喜ぶかもしれない。でも、こんな小屋に二人で引き籠るなんて燈ちゃんは望んでいないと思うぜ?」
    「でも、燈を護るには……ッ」
     少しでも頑な心を和らげ様と葉月はひとつ、ひとつ言葉を選ぶ。中性的なかんばせに僅かに浮かんだ悲哀に螢は頭を抱え燈の身体を強く抱きしめた。葉月とて彼らを非難する事は出来ない、只、このままでは彼らの閉じた世界が終わってしまうのだと厭な程に理解してしまったから。
    (「灼滅者って辛いよな……」)
     誰かの死に安寧を齎すだけでは無い、誰かの生に終わりを教え、誰かの心を安易に踏み躙る。
     少しでも『その傷』を塞いであげれたらと願わずにはいられないと彼は唇を噛み締めた。
    (「――助けてあげたい。俺と弟みたいな関係じゃない……想い合える内に」)
     来訪者から妹を護らんと強く小さな体を抱きしめた兄の仕草を見つけ啓太郎は茫と考える。
     故郷の弟の不和は取り返しが付かないのだろうけれど、この二人の様に想い合える内に救いがあれば。
    「落ち付いて聞いて欲しいんだ。燈が、どうして山に行ったのか。螢には聞く義務がある」


     啓太郎の言葉は燈の一連の行動を淡々と説明するものだった。途中、口を挟みかけた螢がぐっと言葉を飲みこみ、説明を行う彼を見上げている。
    「あの、あの……大丈夫、ですか……」
     青ざめた顔で『真実』を飲み込めずにいる螢へと海月はゆっくりと言葉を掛ける。武装をしない仲間達を見回して、この侭、言葉で『説得が成功』する事を祈り海月はたどたどしく言葉を紡いだ。
    「守れなかったから、自分を悔やむ、今度は守ると言う気持ちは……
     とても素敵ですし、かっこいいと思います。――でも、これで良いのでしょうか……」
     ぽつり、ぽつりと。零されてゆく海月の言葉。砂の海に零されてゆく雫が如く、珈琲に混ざるミルクの様に融解し落ちてゆく。
     想いの片。
     燈を抱き竦めた腕が僅かに震え始める。嘘だろ、と唇から漏れた言葉は絶望が入り交じっていた。
    「……螢、君の気持ちは、解る。俺も妹を喪った。助けてと言った妹を、助けられなかった」
    「妹を……」
     俺と同じ、と。共有の想いを感じとったのかとその瞳は縋る様に向けられる。
     未だに螢には信じられなかった。八人の使者が告げた『妹の死因』。起因する己の誕生日。
     苛めという彼女を社会的に抹殺したと考えれた要因の排除が敵わなくなった虚無感。
    「妹が生き返るならどんなにいいか。この手が、彼女の手を離さなければ――この手で、助けられたなら」
     貢の言葉に僅かに螢のかんばせが緩む。感情の混ざり合った表情は何にも言い難かった。
    「……何故、もっと早くに動かなかった!」
     憤りを露わにしたペーターの言葉に螢は燈を強く抱きしめる。彼の言葉に寄せた眉は顰められてゆく。厳しい表情を見せた少年に対して、ペーターが感じていたのは不快感だった。
    「お前が味方としてすべきことは、両親を説得して妹を転校させることだ。誰かに相談することだってできただろ!」
    「そうして――信じて貰えるのかよ」
     震える声音は、同級生の少年を『心ない大人』と同義だと見做したかのように冷め切っていた。
     冷えた空気に貢が戦闘態勢を整える。心に寄り添わんと言葉を探した煉火が「違う」と慌てて放った言葉に帰ったのは確かな敵意。
    「大丈夫だって言う燈を無理に閉じ込めてられるのか!? 子供の喧嘩に誰も介入しないだろ!?
     俺が守らなきゃって……今度こそ、燈を護らなくちゃいけないって言うのは間違ってるのかよ!」
     軋む床を踏みしめて、螢が手にした大鎌を振り上げる。前線へと特攻する彼を受けとめた貢は「螢!」と彼の名を呼んだ。
    「螢、神様なんかいないんだ。縋っても、掌から零れたら何も、返ってこないんだ!」
    「……あ、燈は帰ってきた。燈は……ッ」
     溢れた涙の真意にぐ、と息を飲んだシャルロットは糾弾する声を制する様にクロスグレイブをゆっくりと下ろした。
    「それは幻想よ。あんな姿になって……彼女が――妹が喜ぶと思うの?」
     地面を蹴り、ペーターが怒りをぶつける。死と言う『救い』を齎すが為にと彼が放つ一撃を受け止めて少年は叫んだ。
    「どうせ、お前らは皆、皆ッ――敵なんだよ! 口先だけで、何も救えやしない!」
     は、と息を飲んだのは海月。螢の眼前に迫ったペーターの一撃は只、安寧を求めるかのようだった。


     少年は確かに人だったのだろう。闇に飲まれ掛けただけの半端者。眼前で止まったバスターライフルの銃口を見詰めて螢は小さく笑みを零す。
    「殺すんだろ……?」
    「敵として灼滅する前に、妹の気遣いを無駄にしたくない」
     誕生日を祝おうと淡々と告げたペーターの言葉に螢は無傷の侭、悄然とした妹を抱き締める。
    『良い子の妹』という幻影を押し付けがましく彼女に与えた兄の存在に苛立ちが抑えられないかの如く、ペーターは駆除すべき『犯罪者』を見下ろした。
     座り込み、妹を抱き締めた兄は虚ろな瞳をうろつかせ、解除コードを唱えた葉月へとちらりと視線を向けた。
    「お前が言ったとおりだよ。……不幸な事故だって思っても納得できなくて理由を探して……。
     これが、八つ当たり以外の何かあるのかよ……燈は俺が守らなくちゃ――ッ」
     まるで幼子の様にぼろぼろと零された涙。ぐ、と息を飲んだ葉月は震え掛けた声音を抑え、ゆっくりと、言葉を選んだ。
    「燈ちゃんだって、兄貴が堕ちるのを望んじゃいないだろ? ……まだ、今なら間に合うんだよ!」
    「彼女は強く、優しい子なんだ! こんなに小さいのに、辛くてもちゃんと大切な人を思う事が出来る……そんな妹だからこそ守ろうと思ったんだろ?」
     子供の様に泣きじゃくり感情の置き場を探る様に一打放った拳を受け止めて煉火が身体を捻る。
     ココア色のショートブーツがかつん、と固い床を蹴る。煉火の背から顔を出した徹が放った光は弾丸の様に飛び込んだ。
    「妹さんが死んだのは君が守れなかったせいじゃありません。八つ当たりなら僕らにしてください。僕らはこんなの全然痛くないです。だから……」
     闇堕ちし、姿を消した『兄』――徹にとって苦い思い出になりつつあるそれを忘れぬようにと彼女は胸に抱く。
     誰もが兄妹に思いを寄せた。姿を消した兄を思う徹も、亡くした妹を思う貢も――疎遠となった弟を思い描く啓太郎も。
     宵色の紐で編んだ琥珀。彼を見守る輝きに啓太郎は飾りに込められた思いをなぞる様にゆっくりと口を開いた。
    「どんな夜でも朝陽がまた昇る。……大切な人を喪いたくない気持ちは分かる。
     涙なんて流し足りない程に辛い。十分に分かる。今の螢じゃ英雄には見えないんだ……。
     俺達は、糾弾しに来たんじゃない。君の事を本当の苦しみから解放したい」
     一人でないと鎌に付けたコハクが勇気づける様に。消えぬ苦しみの記憶から救い出してくれた暖かな掌を忘れられないと啓太郎は唇に笑み乗せる。
    「不幸と思い違いが生んだ悪夢はもう終わりにしましょう……?」

     燈のために――

     シャルロットは淡い笑みを乗せる。十字の銃身のライフルを手に、啓太郎の一撃の後、その体を靱やかに滑り込ませた彼女の掌がぱしん、と乾いた音を乗せる。
     銃身の重い一撃では無い、生身の人間を殴りつけた乾いたてのひら。
    「ッ――……俺は、燈のヒーローに……」
    「守る人が居る強さには敵わないや。キミは燈ちゃんの心を殺して、『嘘』を護るのかい?」
     肩を竦めて煉火が武器をゆっくりと収めてゆく。へらりと笑った彼女の表情は何時もと同じ色を乗せていた。
     泣きじゃくる少年の傍らで小さな攻撃を放った燈へと視線を向けてシャルロッテは十字のライフルを下ろす。『眷属』はその存在が無意味な程に無害な攻撃で兄を護る様に立ち回っていた。
    「燈は、螢を守ってくれてたんだな」
    「俺たちは、ヒーローになんてなれないんだ。なれやしなかった。
     でも、俺達はしゃんと生きてかなくちゃいけない。自暴自棄になって妹を無碍に扱っちゃいけないんだ」
     しゃがみこんだ少年の細い肩にそっと手を乗せて貢は彼へと頭を下げた。
     やけに細く感じたのは泣きじゃくる少年が子供の様だからだろうか。冷静な貢の表情は僅かに曇る。
    「俺達を兄と呼んでくれる、沢山の花をと笑ってくれた妹に恥じない為に。兄である、為に。俺に君を、取り零させないでくれ――頼む」
    「こんなんじゃ、俺は、どこにも……」
     足枷の様に、この場所から動けなくなったと少年は地面に項垂れる。
     小さな掌が兄の背にそっと乗せられて優しく撫でつけた。もう一緒には居られないと言葉無くとも告げる様に。
     彼女のへの手向けと放ったペーターの一撃に変わり果てた姿の少女は崩れ落ちてゆく。
     死に抗った『英雄の為り損ない』は崩れる妹の姿に絶叫し、落ちた籠をそっと抱き締めた。
    「妹さんから、あなたへのプレゼント……なんです。
     あなたは妹さんにとっての英雄だったんです。あの、だから、これからも、英雄じゃなくちゃ駄目なんです」
     闇雲に振るう訳では無く。面と向かって守るために――妹の英雄であり続ける方法を探そうと海月の差し出す小さな掌をそっと少年は握りしめた。

     彼女の最期の望みをかなえようと設けた誕生会はほんの小さな事だった。
     小さな籠に、少女が集めきれなかった花々を飾って。
    「誕生日おめでとう。貴方の今後の人生が実りあるものであることを祈るわ」
     シャルロットは柔らかに祈りを告げる。
     涙の後に――彼の上には鮮やかな幸福の花が、降り注いだ。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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