「どうしたんだい、元気が無いね」
家に帰るのはいやだ。誰もいないから。
だから誰もいない公園で、一人でブランコをこぐ。
「あたしに何か」
「寂しそうに見えたから」
見上げたら、なんだか人間じゃないみたいに綺麗な人がいた。
「あなた、誰」
「レイ」
「ふーん、ホストみたいな名前。あたしはシノブ。高校3年生」
「今は受験勉強で大変なのでは?」
なんだか親しみの持てる笑顔だ。
「大学は行けないよ。うち貧乏だし。お兄ち……兄が、すごい私立大学行ってるの」
高額な学費と、兄のために増築した家のローン。父さんは夜遅くまで残業、母さんもかけもちのパートに出て顔を見ることがあまりない。
「じゃあ、ボクと一緒に来ないかい?」
レイは手を伸ばした。
「キミが欲しがってるものを、ぜんぶあげるよ。ボクが寂しくなんてさせない」
シノブは少し考えた。学校のことや、家族のこと。そして……
「行くわ」
それらを全部見限って、レイの手を取った。
●
「……今回の事件です」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、地図に赤丸を付けながら言った。
「淫魔『レイ』は、寂しい少女の心を掴むことに長けています。この公園からさほど離れていない空きビルに、女の子達を集めて自堕落な生活をしようと思っているようです」
そのうち食べる気でいるのかどうか。
「最初の一人を連れて、空きビルに戻ってきます。彼女……シノブさんを、助けてください」
シノブは、連れてこられる間にレイジの話を聞いてしまっている。
家族や学校、何もかも捨ててレイジの元に行ってもいいと思うほどに心酔している。
「彼女は自分がどうなってもいいと思っています。言葉で説得することは難しいでしょう。たった数分でも出会った者の心に入り込み、狂おしい思いを抱かせるのが淫魔です」
もう一枚の地図に赤丸を付けて、姫子は呟くように言った。
「ここが、淫魔の根城となるビルです。入ってすぐの階段をのぼれば、広い空間になっていて。そこに二人がいます。戦うのに支障はありません。ただ……」
顔を上げ、灼滅者ひとりひとりの目を見て。
「戦いは、大変な危険を伴います。ここにいる灼滅者全員よりダークネスは強力です。倒すには相当の覚悟と技量が必要でしょう」
倒そうとして倒せない相手ではないが、相応の犠牲が伴うと繰り返し。また、決して1対1にならないようにとも。
「淫魔はサウンドソルジャーと同等の能力を持ち、更に妖の槍での武装もしています。シノブさんは取り巻きになりたてで、灼滅者には劣るものの、解体ナイフを持って向かってきます。KOさえすれば、淫魔から引き離せます。シノブさん……淫魔を庇うように動きますので、気をつけてください」
姫子はペンを置いて、深く頭を下げた。
「ダークネスを侮ってはいけません。必ず全員で、帰ってきてください」
参加者 | |
---|---|
黒夜・零(黒騎士・d00528) |
斑目・立夏(双頭の烏・d01190) |
王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) |
泉・星流(箒好き魔法使い・d03734) |
圷・虎介(声音天の如く・d04194) |
水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337) |
イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189) |
アルヴィ・ヴァンクリフ(毎度ありがとうございます・d07551) |
●
そのビルは、高層ビルの中に取り残されたような廃ビルだった。
かつてはさぞ豪華なホテルだったと思わせる造りだが、今は見る影も無い。
割れたガラス扉の欠片を踏みながら、八人の灼滅者が立つ。
「シノブさぁん、どこ……」
声を上げ駆け出そうとしたイシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)の肩を、圷・虎介(声音天の如く・d04194)が掴んで制止させた。
「エクスブレインの予知がある。来訪を知られて、逃げられでもしたら手間がかかる」
既にここは敵の領域。どこで何が起こっても不思議ではない。
「そないな固いこと言わんでもええやろう」
斑目・立夏(双頭の烏・d01190)は空気を変えるように、笑みを交えて言った。
「自分らが自分らの仕事を、しっかりすればええだけのことや」
くるりと指先で解体ナイフを回し、握りこむ。慣れた感触を確かめる。
深く息をついて、手元のマテリアルロッドを握りしめるのは泉・星流(箒好き魔法使い・d03734)。
「そうだね。無事にシノブさんを保護して、皆で帰ることを考えよう」
「それにしたって、嫌な奴。女の子の弱みにつけ込むなんて、最低だよ」
水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337)が低く言った。
孤独と退屈の中。愛されたい、愛したいという願望は渇望となって心を苛むだろう。その甘美な毒に全てを委ねてしまえたなら、どんなに心地よく楽だろうか。
「……ボクも、嫌いだ」
ぎり、と歯がみする王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644)。
中央のロビーを過ぎ、正面の広い階段前で一旦立ち止まる。
エクスブレインが空き教室で言った言葉を思い出す。この場にいる灼滅者全員よりダークネスは強力で、危険な存在であると。
灼滅者は八人、ライドキャリバーが二台。
「……『Sanctions Charge』」
黒夜・零(黒騎士・d00528)の能力解放の言葉が合図となり、灼滅者は床を蹴った。
●
「よくここが分かったね、灼滅者」
壁の一面がガラス張りとなった空間に『レイ』がいた。
作り物めいた美貌を縁取る金茶に透ける髪、細い体には大きめのシャツを纏い、男か女かはっきり区別はつかない。
それは灼滅者にとってはどうでもいい事だ。
シノブは、レイの座る豪奢な椅子の足元で、膝にもたれるように座っていた。幼い子供が母の膝に縋るように。満たされた表情で、まぶたを閉じていた。
剥き出しのコンクリートの空間に、絨毯と椅子がひとつ。嫌みなほどの豪華を好むという淫魔であるが、居城は作りかけなのか中途半端さが否めない。
「事情がどうであれ、シノブ様にはお伝えしたいことがございます」
アルヴィ・ヴァンクリフ(毎度ありがとうございます・d07551)の声に、シノブは閉じていた目をゆっくり開けた。
「『ただより高いものはない』と」
「……言ってる意味、わからない。あんたたち何?」
「どうやらキミを取り戻しに来たらしい。キミはどうしたい? 帰るかい、それとも」
当然といった表情で、シノブはレイを見上げて微笑んだ。
「あたしは、レイといる」
「なら決まりだ。彼らは敵だから」
いつしか手に巨大なナイフを握らされている。当たり前のようにそれを持ち、立ち上がる。大切な人にもらったものを確かめる手つきで、刀身を撫でる。幸せそうに。
「殺しなさい」
罪が何であるかも知らぬ少女への、残酷な宣告。
見せつけるように少女を背後から抱きしめ、そっと背中を押す。
きり、と少女の目がつり上がった。
「うあああぁあああ!!」
シノブがナイフを振りかざし、戦いの幕が切って落とされた。
らしからぬ叫びを上げての斬撃を、麻弥のマテリアルロッドががしりと受け止めた。床を踏みしめた踵がずれるほどの衝撃。だが、これなら。
すれ違い様に斜めに腕を切り裂かれながらも、拳に宿した闘気を雷に変えて叩き込む。
シノブに立ちはだかるのは、前方に麻弥、数歩下がった位置に虎介と星流。
迅速に、確実にシノブの体力を削り、戦闘不能まで追い込むことを使命とした三人だった。三人の後方にはアルヴィのライドキャリバーが控えている。
「煩いぞ女、そう喚くな」
虎介が指輪から放った魔法の弾丸は、シノブの肩をわずかに削るだけでかわされる。舌打ちして虎介は拳に炎を宿した。
後方から狙いを付けた星流のバスターライフルが、魔術の光線を発射する。
正面から受けてしまったシノブが苦痛の声を上げると、背後から囁くような歌が聞こえてきた。
『可愛いシノブ。もう痛くないよ』
レイの声がみるみるシノブの傷を癒していく。
気力を取り戻したシノブが、再び大ぶりのナイフで斬りかかってくる。肩に深く突き刺さり、毒の痺れを残した刃を素手で引き抜き麻弥はレイを見る。
仲間が五人がかりで抑えているはずなのに、回復を飛ばす余裕がある?
三人は息を呑んだ。
●
優美な細工の施された槍を手に、レイは五人の灼滅者を前にして笑ったのだった。
「荒事は得意じゃないんだよ」
そう言いながらも、ダークネスの発する気は灼滅者を圧倒するかのようで。
「弱みに付け入り、自分の都合の良い様に利用する……か」
「付け入ったわけじゃないよ。彼女は頭のいい子だ」
「馬鹿にしとるんか。そそのかして侍らせるて、なんやねん」
「嫌な言い方をするね、灼滅者」
言葉だけを聞いているなら、のんびりとした立ち話程度だ。その間、零と立夏はレイに肉薄し、激しい攻撃を加えていた。
立夏の流れるようなステップからの蹴りが側面から重い衝撃を与え、続いて零が死角に回り込み背を大きく切り裂くが、防ぐ様子もなくそのままにさせている。
後方からアルヴィがガトリングを連射させ足元を狙っても視線すら向けず、なめらかな足取りで数歩下がっただけだ。
突撃してくる零のライドキャリバーは、軽く振るっただけに見える槍先であっけなく貫かれ、タイヤを勢いよく空回りさせた。絨毯が焦げ付く匂いがする。
「……ダークネス」
空き教室でのエクスブレインの言葉が脳裏をよぎる。
ここにいる八人が束になって戦ったとしても、ダークネスを相手取るには相当の覚悟と技量が必要だと。
シノブを倒すまでの抑えは五人。
「それでもボクたちがやらなきゃ、助けられない」
三ヅ星が片腕を異形化させ、鬼神のような一撃を上段から打ち下ろした。続いてイシュテムのマジックミサイルが届くと、困ったような溜息が聞こえた。
「どうしてもやる気なら、本気を出させてもらうけれど」
ひゅん、と空を切る音。
レイが槍を一閃した音と気付いたのは、零のライドキャリバーが爆発音と共に消滅してからだった。
立夏と零、三ヅ星の三人が旋風に腹を深く切り裂かれていた。最初に熱が、衝撃は後から来た。
三人は本能的に距離を取り、改めて陣形を組み直す。
速い。
「大丈夫ですか!? 今、回復するですの!!」
イシュテムの手の甲にはめられたWOKシールドから、ワイドガードの光が放たれ三人を包み込むが、完全回復までには至らない。
「面白うなってきたやないか。上等や」
拳を握りしめ、立夏が呟く。
「同感だ」
零もまた戦いを楽しむように薄い笑みを浮かべた。
爪が掌に食い込むのを意識しながら、三ヅ星は何かを振り切るように顔を上げる。
「悪いね、生憎ボクたちは一人じゃない」
「こっちのことは気にするな、シノブを先に!」
「わかってる!」
シノブのナイフを受け止め、麻弥が零に叫び返す。
レイへの攻撃までその身に受けていても、シノブはまだ下がる様子はない。
「ちょっと痛いかもだけど、我慢してよねっ!」
周囲を旋回していたリングスラッシャーを呼び寄せ、シノブに向けて射出する。
アルヴィのライドキャリバーの機銃が火を吹き、続けざまに弾を浴びたシノブの体が揺れた。
「くっ……!」
肩で息をして、それでもレイへの射線に立つシノブ。
「そう簡単には引き下がれんよ」
虎介の言葉は全員の意識を表現していた。
●
行動予測力を向上させた星流のマテリアルロッドから巻き起こった魔力の竜巻が、シノブを中心に渦を巻いた。
切り裂かれる痛みに耐え、レイから与えられたナイフを胸に抱くようにシノブが叫ぶ。
「助けて……レイ、レイ!」
興味を失った玩具を見る目でちらりとその様子を横目で見たレイは、あらためて槍を向け灼滅者に向き直る。
「『ひとり』じゃない、か」
立夏の影が駆けるように伸び、大きく広がりレイを頭から呑み込んだ。
「遅い」
続くように、零のバスターライフルが光線を発射する。肩を大きく打ち貫かれ、血しぶきが飛ぶ。
三ヅ星がその身に降ろしたカミの力が、刃となってレイを切り裂く。
「ただいま増量中でございまーす!」
アルヴィのガトリングガンが、爆炎を吹き上げながら弾丸を乱射する。
「頑張るですの!」
震える足を気力で踏ん張るイシュテムの、マジックミサイルが胸元で弾けて全身に傷を付ける。
それらを一身に受けながら、レイは物思うように立ち尽くしていた。
「レイ!」
シノブの悲痛な声が上がった。
大切な人を庇っても庇いきれない絶望。
虎介の歌声で意識が乱れ、ナイフが上手く扱えなくなる。
星流が撃つ光線は、腕を震えさせ刃を振り下ろす位置をずらしてしまう。
それでもライドキャリバーのガトリングの盾となり守るけれど、レイには動きが見られない。
このまま遠くに行ってしまうのではないかという不安が、もう考えなくてよかったはずの不安が、シノブの胸を満たす。
「ひとりだよ」
嗚呼。
足が一瞬止まった。
「……恨んでくれて、いいから」
麻弥の低い声が、最後に聞こえた。
みぞおちに深く食い込んだ慈悲ある拳は、彼女にとって救いになったのか。
シノブはそのまま崩れ落ちた。
「ひとりだよ、死ぬときはね」
満身創痍に見えるレイが動く。気付いたときには三ヅ星の正面にいた。
深く深く、腹に螺旋が突き刺さる。
「……ボクは、ま、だ……」
ぐらり傾ぐ体を意識していたかどうか。
「散れ!」
零が鋭く叫んだ。
ダークネスは圧倒的な強さを持つ。これ以上の戦闘は、無謀に過ぎない。
麻弥はそのまま意識の無いシノブを抱え、階段へ走る。
ライドキャリバーにシノブを乗せる余裕はないと判断したアルヴィは、
「時間を稼ぎなさい!」
立ち尽くすレイに突撃の指示を出して駆けた。
イシュテムは倒れ伏した三ヅ星を支えると、窓に向かって駆け出した。ガラスの割れる音が大きく響き、エアライドで地上に着地する。
割れた窓からはもう一人、箒を出した星流が飛び出した。
シノブが麻弥と無事にビルを出た事を確かめ、虎介と立夏、零も階段を降りた。
ライドキャリバーが爆発する音を背に、苦い思いを噛みしめながら。
静まりかえったビルの中。
割れた窓の下にはもう何の影も無い。遠くを見れば、人間達が日常を送っている光景が見えた。
血のこびりついた槍を放り投げ、レイは日の暮れかけた街並みを眺める。
「次は、どこへ行こうか」
愉しげに、口元を歪ませて。
「楽しかったよ、灼滅者」
作者:高遠しゅん |
重傷:王子・三ヅ星(星の王子サマ・d02644) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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