「それっ!」
強く蹴られたボールがゴールキーパーの手をすり抜け、矢のようにネットに突き刺さる。
「日向、ナイスシュート!」
「へへっ、これぐらい余裕だって!」
仲間に称えられて得意げなのは1人の女子生徒。短い髪に高めの身長、中性的な顔立ちは一見して少年にも見える。男子に混じってスポーツをし、時にはケンカで男を負かす、それが日向・千李という少女だ。
しかし……、
パシン!
「うあっ!」
「アハハ。女の子にいいようにされて情けないの」
夕暮れ時の教室に鞭の音が響き、半裸の男性教師を見下ろして千李の顔は愉悦に歪む。千李は制服ではなく黒光りするビスチェに身を包み、ガーターベルトでストッキングを止め、俗に女王様と呼ばれる格好をしていた。
「あ、汚れちゃった。ほら……舐めて綺麗にして?」
鞭打たれた教師の額から汗が流れて千李のブーツに落ちる。すると千李は笑みを深め、教師の眼前に置いたブーツがカツンと音を立てた。
「わたし、ちょっと前にフライングボンデージ服ってのを倒したんだけど……今度はフライングじゃないみたい」
喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)いわく、男勝りな女の子がボンデージを着て変貌すると予想したところ、それが的中したらしい。
「高校生の少女が淫魔に闇堕ちするのを予知しました。彼女を救出するか、それが不可能な場合は灼滅するようお願いします」
冬間・蕗子(大学生エクスブレイン・dn0104)は紅茶のカップを片手に説明を始め、事件の資料を机に並べていく。
闇堕ちしかけている少女の名は日向・千李(ひなた・せんり)。男勝りな性格で外見もボーイッシュな少女だが、意中の先輩に告白したところ、男っぽいからと振られてしまった。それが闇堕ちのきっかけになったようだ。
「闇堕ちの影響を受けた千李さんは嗜虐的な性格になり、学校の男性教諭を調教しています。それが終わって自信がついたら先輩を自分のものにするつもりのようです」
このまま放っておけば遠からず完全な淫魔になるのは間違いない。その前に闇堕ちから救うか、ダークネスとして灼滅する必要がある。
「千李さんは放課後、誰もいない教室で教師の調教を行います。そこを襲撃してください」
千李自身に加え、調教され強化一般人となった男性教師が敵となるが、強化一般人はあまり強くないのでそこまで気にする必要はない。撃破すれば元の人間に戻るはずだ。
「千李さんの方は、サウンドソルジャーのサイキックの他に鞭を武器にしてきます。鞭には強化一般人を回復させる効果もあるので気を付けてください」
もし千李に灼滅者としての素質があれば、一度倒すことで闇堕ちから救うことができる。しかし完全にダークネスになるようであれば灼滅する他ない。また説得に成功すれば千李の戦闘力を下げることもできるので、試してみても良いだろう。
「どのような説得が千李さんに有効か分かりませんが、闇堕ちによって女性としての魅力がどのようなものか勘違いしているのかもしれません。それでは事件が無事解決するよう、よろしくお願いします」
蕗子はまた一口紅茶を飲み、静かに灼滅者を送り出した。
参加者 | |
---|---|
古室・智以子(花笑う・d01029) |
喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788) |
淳・周(赤き暴風・d05550) |
天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243) |
竹尾・登(ムートアントグンター・d13258) |
赤暮・心愛(赤の剣士・d25898) |
玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034) |
ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129) |
●夕暮れの女王
エクスブレインの予知に従って放課後の高校に侵入する灼滅者達。傾きかけた太陽の光が窓から差し込んで彼らを照らす。
(「千李ちゃんの気持ちはわかるけど……違う方法を探させてあげたいよね」)
喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)は憂いを帯びた顔で歩みを進める。普段明るい波琉那がこうした表情を見せるのは少し珍しいかもしれない
(「自分の魅力に自信がなくなってしまったのですわね……。その自信を、取り戻してあげなければ……」)
ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)も俯き、真剣な表情で拳をぐっと握る。昔の自分のように堕ちさせてはいけないと、心に誓った。
「失恋して女王様に……ですかぁ。その先輩の事がとっても好きだったのですね。うむむ、頑張ってお助けしなくては、ですね!」
「フラれて闇堕ち、か……そんなにショックだったんだ、救ってあげたいね。…………ところで、女王様って何?」
2人に比べて天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)の表情は明るい。一方、赤暮・心愛(赤の剣士・d25898)は女王様と聞かされてもピンと来ない様子で、不思議そうに首を傾げた。
「サッカー少女から女王様とかぶっ飛んでるな! 失恋のショックからそうなるとは……女っぽいともまた違うような」
納得いかないとばかりに渋い顔をするのは淳・周(赤き暴風・d05550)。サッカーと女王様では全く符合がないように思うのだが……。
「女王様スタイルのどこに女性らしさを感じたのかしら? ……罵って踏みつける快感は分かるんだけど」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ、何も言っていないわ」
玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)は小声で言った一言を周に聞き返されるが、しれっと否定する。自身の嗜好はさておき、自分らしいのが一番だと曜灯は考える。
「んじゃ、間違った女王様にはご退場願うとするか!」
周が教室の扉に手をかけ豪快に開け放つ。千李を闇から救い出すためにこそ、灼滅者はここにやってきたのだ。
「何しに来たの、キミ達? 女の子には興味ないけど……いじめてほしいならやってあげないでもないかな」
教室に足を踏み入れると、ボンデージに身を包んだ千李が半裸の男を鞭で打ちながら灼滅者に視線を送る。そのギラついた目は獲物を狙う肉食獣のようでもあった。
「ちょっと待った。そういう趣味は普通の恋愛に飽きた人がやる事らしいよ。日向さんは飽きるほど恋愛してるの?」
(「どうしてこう、恋愛がらみの闇堕ちが多いのかなあ? それにしても、淫魔になった後の性格も凄いなあ……」)
竹尾・登(ムートアントグンター・d13258)は恋愛関係での闇堕ちが多いことを素直に疑問に思いつつ、千李の姿を見て内心引いてしまう。漆黒の装束はエナメル質の光沢を放ち、ビスチェによって浮き彫りになった上半身のラインや大胆に晒された太ももが、思春期の少女の体に秘められた女性の艶やかさを強く主張する。
「振られてしまったことには同情するけれど、だからって……コホン。ま、まぁ、趣味は人それぞれなの」
それはない、と言いかけて千李を刺激しないよう口をつむぐ古室・智以子(花笑う・d01029)。気を取り直してスレイヤーカードを取り出す。
「咲け、黒光司」
そして殲術道具を解放。智以子もまた黒を纏い、偽りの女王の前に立ちはだかった。
●鞭はしなやかに
「行きなさい、オスブタども!」
「ブヒィッ!」
千李は罵りながら鞭で床を叩き、男性教諭達が灼滅者に襲い掛かる。
「あなたの魅力はあたしたちが見つけて上げる。さぁ、迎えに来たわ」
しかし曜灯は男達の攻撃をたやすく躱し、天井すれすれまで跳躍すると身を翻して跳び蹴りを見舞った。直接千李を狙いたいところだったが、まずは男達を倒さなければ千李に攻撃は届かない。
「さあ、魅せましょう? あなたと私達どちらがより魅力的か、一時のダンスを踊りましょう……」
ウィルヘルミーナはどこか虚ろな瞳で華麗に舞い、敵の中で踊りながら斬撃を繰り出した。ステップを踏みつつ、同時に次の動きの準備を整える。
「天下無敵の女子こ……大生と女王様に図が高いわ!」
周は殴りかかってくる男を蹴り飛ばし、文字通り一蹴。
「日向はなんで先生をそんな風にしてんだ?」
「練習だよ。あたしの好きな先輩を、痛い痛い鞭で打ちつけてあげられるように、ね?」
炎に包まれた拳で男性教諭を殴りながら問うと、千李は唇を舌で舐めて答えた。その目には暗い情熱が宿る。
「ふーん、先輩ねえ。男っぽいからダメっていっても女王様は別ベクトルじゃね? そもそも他人をどうにかするのに真逆のキャラやんのは無理あるって」
「何だって……?」
しかし自分で尋ねたはずの周は興味なさそうに、呆れたように肩をすくめた。その様子に、千李は苛立ちを露わにして睨みつける。
「こんな事をしても先輩は振り返ってくれませんよ。それに男勝りな性格でも、ボーイッシュな姿でもほんのちょっとした仕草で女の子らしくなれますし」
優希那は刃が当たらないようウロボロスブレイドの刀身で打撃を与え、力を加減して攻撃。視界の端で師が力尽きるのを見やり、視線を千李に送る。
「男っぽいからってフるなんてひどいよね。ショックを受ける気持ちは想像できるよ。でもね、えーと……調教? して従えるなんて、そんなものが本当に君の望みだったの? 違うはずだよ」
心愛は千李に同情を示しつつ、紫電を帯びた拳を教師に叩き付ける。拳打が急所に命中しまた1人倒れた。
「恋人っていうのは、上も下もない対等な関係のはず。それに、そんな理由でフる人はきっとろくでもない――」
「先輩を悪く言うな!」
「くっ……」
千李の告白を断った先輩を貶める形で説得を試みたが、千李の怒りを煽る結果になってしまったようだ。長い鞭が空気を斬ってビュンと鳴り、鋭い一撃となって心愛を打つ。
「千李、女王様のどのあたりに女性らしさを感じたの? ネーミング? 服装の露出度? そうやっていじめれば自分の思う様になると思ったの?」
「見ての通り、あたしが男を支配している。それが何よりの証拠じゃないの?」
「でもそのやり方は上手くいったとしても、千李じゃなくて『女王様』に従うだけよ?」
「……」
曜灯に問い詰められて押し黙る千李。曜灯の視線は冷たく鋭く、けれどその中に意志を秘めて千李を射抜く。赤を帯びたエアシューズが教師を捉え、最後の1人が倒れた。
「調教してかしずかせるだけでは、愛し愛されているとは言えませんわよ? 可愛がり可愛がられてこそ愛なのではないですの?」
ウィルヘルミーナが気を失った教師を抱き上げ、優しく頭を撫でる。すると千李に鞭打たれた時とは対照的に安らかな表情を浮かべるのだった。
●女王への宣告
「あなたの嗜好にとやかく言おうとは思わないの。でもひとつだけ言わせてもらうなら……いまのあなたの姿、わたしにはぜんぜん魅力的には見えないの」
「うるさい、うるさいうるさい!」
1人残され裸の女王となった千李に、落ち着いた口調で語り掛ける智以子。鋭い言葉が突き刺さり、千李は頭を振り乱して呼びかけを拒絶しようとする。
「邪魔するな……!」
「させないの。……殴りつけて、無理矢理に魅力的だって言わせて、あなたはそれで満足なの?」
迫り来る鞭をエアシューズで打ち払い、智以子が接近。黒のオーラを拳に纏わせて連撃を叩き込んだ。
「告白した先輩の好みは違ったかもしれないけど、ボーイッシュな女の子が好きな男子なんていっぱいいるよ。オレだってそうだし」
ライドキャリバー・ダルマ仮面が唸りを上げて突進し、登が続いた。ライドキャリバーが正面から激突すると間髪入れず肉薄する。
「無理矢理従わせるのって、日向さんの望んでた事なの?」
「……!」
至近距離から問いかけながら鋼のごとき拳を叩き込む。打撃の衝撃とともに真剣な言葉が千李を貫いた。
「女王様は自分勝手の気持ちをぶつけるだけじゃダメ……。強さや厳しさの中にちゃんと優しさを持って凛とした態度で従える人達に向き合わないと、それはただの暴力だよ……」
潤んだ瞳で千李を見つめ、必死に訴えかける波琉那。霊犬のピースが魔を絶つ刃を振るい、跳び上がった波琉那は頭上から急降下して流星のごとく蹴りを見舞った。
「まず他人で練習してるってことは自信もないんだろ? そんなに無理して無茶して、二度と取り返しつかなくなるぞ。サッカーやってるなら致命的な怪我ってやつも知ってるだろ? それでもいいのか?」
人型をしていた周の影が形を変えて千李に伸びる。影は教室の床を這って背後から回り込み、黒い茨と化して四肢に絡みついた。
「フラれた悲しみは、思いっきり泣いて、スポーツに全力で取り組んで、そしたらきっといつかは過去のものになるよ。それからまた新しい出会いを待つのがいいよ」
心愛はエアシューズを滑らせて距離を縮めながらローラーに炎を灯す。間合いに入るや否や大きく蹴り上げ、烈火を帯びた一撃を叩き付けた。
「ひれ伏しなさい……!」
「回復しますっ!」
自身のやり方を否定され、表情に怒りと動揺に滲ませながら激しい歌を歌い上げる千李。しかし優希奈がすぐに反応し、仲間を癒すべくダイダロスベルトを伸ばす。
「人の事を思いやれる優しい女の子が先輩はお好きなのではありませんか? 笑顔で他人を痛めつける今の千李様の姿を見ても先輩は振り返ってくれないと思いますよ」
「そんなこと、言われても……」
優希那は穏やかな口調で諭すように呼びかける。視線が重なると千李は目を逸らすように俯き、唇を噛んだ。
●女王は少女に還る
「あらあら、鞭の振るい方がなっていませんわね? 暴力の中にも優雅さがなければ人を魅了することはできませんわよ?」
「ぐ……」
ウィルヘルミーナが蠱惑的な笑みを浮かべ、実体を失った剣で千李を貫く。千李はすでに満身創痍に近く、説得が効いてきたのか鞭の一撃も鈍くなってきた。
「そもそも女王様にはこう、苛められるのが好きな人しか寄ってこねえよ! スポーツマン自分を苛め抜くのとは別ベクトルの!」
「あばばばっ!?」
周は足に炎を滾らせ、無造作に振り上げて正面に蹴りを放つ。一時はサポートに回っていた優希那も攻撃に加わり、なぜか慌てふためきながら羽衣を矢にして撃ち出した。
「そろそろ終わらせるよ」
登が拳にオーラを収束させると同時にライドキャリバーが機銃を連射、無数の弾丸と拳が千李を襲う。
「一気に決めるの」
智以子はバベルブレイカーのジェットを起動し、一瞬で肉薄。ジェットの加速を乗せて鋭く尖った杭を撃ち込んだ。
「全力でいくよ」
さらに心愛が続き、大太刀に熱く燃え盛る炎を纏わせ、大きく振りかぶって豪快な一閃を見舞った。
「この、この、この……!」
「黙って聞きなさい!」
弱々しく鞭を振るって抵抗する千李を、曜灯が小さい体に似合わない強い口調で、まるで本物の女王のように一喝する。
「意中の人の気を引きたいなら、あくまであなた自身で行かないと。あなたのままでいいのよ? 千李らしく女の子になってみない?」
じっと目を見つめ、さっきとは打って変わって微笑みを浮かべる曜灯。シューズに鮮血色を宿して踏み込み、最小限の動きで回し蹴りを繰り出した。
「お願い……あの子を、助けて……!」
「――!」
波琉那は心の中で祈りを捧げ、意を決して千李の元に飛び込み、そして千李の無事を強く願いながら炎に包まれたシューズで蹴り上げる。覚悟とともに放たれた一撃が千李に決まり、とうとう女王が力尽きた。
「皆様お疲れ様でした。お怪我の具合は如何でしょう?」
「うん、ゼンゼン平気~♪」
優希那が仲間に尋ねると、波琉那がいつもの少し浮ついた笑顔で答える。気を失った千李は波琉那の腕に抱かれ、規則正しく胸を上下させていた。
「んん……」
「もし、千李ちゃんがその気になってくれるのならウチの学校で力の使い方とか学んでみない? もちろん強制なんかじゃなくて、気が向いたらだけど……」
「日向さんを好きって言ってくれる人も居るかもしれないしね。あ、知り合いにドMな人もいるよ……」
目を覚ました千李に、闇堕ちやダークネス、武蔵坂について説明する波琉那。登も千李を学園に誘い、余計な気がしつつも最後に一言付け加える。
「あなただけの改めて魅力を磨いていけば、きっと輝いて望む相手を振り向かせることが出来ますわ」
ウィルヘルミーナは応援の言葉をかけ、そっと微笑みかける。千李ならきっと想いを叶えられると信じて。
「ええ、髪の毛をちょっと伸ばすとか、軽いお化粧だけでも全然変わるのよ。千李なら大丈夫よ、スタイルいいんだから……」
そう言って自分の胸元に視線を落とす曜灯。千李はボーイッシュな容姿ながらも胸は女性らしく膨らんでおり、一方曜灯はまだ中学生になったばかりとはいえ、体付きは小学生にしか見えないぐらいだ。
「ねぇ、あたしたちの学校に来ない? 千李が千李らしくいられる場所よ?」
「もう、落ち着いた? いろいろ思うところはあると思うけど、失恋の傷を癒すなら環境を変えてみるのも手なの」
曜灯の誘いに重ね、小さく笑みを浮かべて声をかける智以子。また告白するにせよ今の恋を諦めるにせよ、一度距離を離すのは有効な選択肢だと思う。
「……うん、ありがとう」
そして千李が頷き、女王だった少女が灼滅者の仲間に加わった。
作者:邦見健吾 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年4月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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