彷徨えし魂と図書館の悪魔

    作者:飛翔優

     舞い散る桜に抱かれて、人々が弾んだ調子で歩いて行く街の中。魅咲・狭霧(中学生神薙使い・d23911)は、コンビニの前で行われている少女たちの会話を耳にした。
     
    ●図書館の悪魔
     ねえねえ、知ってる? あの図書館の話! そうそう、それ、図書館の幽霊の話!
     なんでも、毎日そこに通っていた本好きな女の子がいたらしいの。でも、その女の子は不慮の事故で亡くなってしまって……。死んだことに気づいていないのか、はたまた死んでからも本を読みたいのか、毎晩毎晩その図書館に篭っていた。
     でも、ある日、その女の子は読んでしまうの。その図書館に奥底に隠されていた、悪魔が宿っていた本を! 開いた瞬間、悪魔が飛び出してきて、額にある第三の眼に女の子を閉じ込めてしまったらしいの。
     以後、悪魔は女の子の姿を借りて、夜の図書館で本を読みながら噂を聞いてきた誰かが来るのを待っている。もちろん、魂を奪ってしまうためにね……。

    「……」
     怖いねー、でも面白そうだね―、こんど忍び込んで……などと続いていく会話をよそに、狭霧は噂の内容をメモに記した。
     静かな息を吐いた後、武蔵坂学園へと踵を返していく。
     エクスブレインへと知らせるため。真実ならば解決策を導かなくてはならないのだから……。

    ●夕暮れ時の教室にて
    「それじゃ葉月、後をよろしくね」
    「はい、狭霧さんありがとうございました! それでは早速、説明を始めさせていただきますね」
     倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は狭霧に頭を下げた後、灼滅者たちへと向き直った。
    「とある図書館を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――図書館の悪魔。
     纏めるなら、本好きな女の子の霊を捕まえた悪魔が、女の子の姿を借りて夜の図書館で本を読んでいる。噂を聞いて足を運んできた者の魂を奪い去ってしまう……というもの。
    「はい、都市伝説ですね。退治してきて下さい」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「舞台となっているのはこの図書館。時間帯としては夜十時以降、利用する方も職員の方もいなくなった時間帯、ですね」
     その時間帯に、用意されている鍵などを用いて侵入し、図書館へ向かう。そうすれば、本を読んでいる少女が見えてくるだろう。
    「それが、図書館の悪魔。図書館の悪魔は少女の姿を用いて、人を惑わそうとしているわけですね」
     攻撃を仕掛ければ、悪魔は本性を表して襲い掛かってくる。後は退治すれば良い、という流れである。
     姿は、山羊の角と蝙蝠の翼を持ち、第三の瞳が額にあり、黒いペイントが目元などに施されている女悪魔。力量は、全力を尽くせば倒せる程度。
     命中精度に自信あり。技は、魂の力を吸収し自らの傷を癒やす、物語の中から大量の魔物を呼び出し何度も何度も襲わせる、悪意を植え付ける波動で心を惑わす。そして……。
    「先ほどお話した女の子は額に閉じ込められている……という話らしく、その瞳から救いを求める叫び声が聞こえてくる事があります。しかし、冷静に対処して下さい。それもまた……怒りを誘うこともまた、悪魔の策略ですので」
     以上で説明は終了と、葉月は地図などを手渡した。
    「補足するならば、噂話の中にある本好きな女の子の霊……これは。実際にあったお話が元になっているようです」
     毎日のようにその図書館に足を運んでいた少女が、不慮の事故で死亡した。
    「あるいは、そんな悲しいお話が語られるにつれてねじ曲がり、このような都市伝説と化してしまったのかもしれません」
     ですので、と締めくくりへと移行した。
    「どうか、全力での戦いを。都市伝説の中にある存在とはいえ、苦しみ続けている少女のためにも。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    唯空・ミユ(藍玉・d18796)
    成田・樹彦(サウンドソルジャー・d21241)
    魅咲・狭霧(中学生神薙使い・d23911)
    四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    椿本・呼石(御伽の欠片探し・d33743)
    錫原・燈(語り部見習い・d36700)

    ■リプレイ

    ●少女は本を読み続けた
     あまねく空を満たす星々が、薄雲に陰りし夜のこと。夜霧に覆われし街灯がおぼろげに輝く道を歩き、灼滅者たちは街中の図書館へとやって来た。
     ライドキャリバーのプリンセスチェアに腰掛けている椿本・呼石(御伽の欠片探し・d33743)は、古書を胸に抱きしめながら図書館の全景を眺めていく。
    「大好きな本に魂を奪われるなんて、とっても辛いお話ですの。私も大好きなプリンに魂を奪われるのは絶対嫌ですもの。そんな悪魔は許せませんわ!」
     都市伝説・図書館の悪魔との戦いを前にして張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
     足取りも若干だけれど軽いものに変えながら、灼滅者たちは用意された品を用いて図書館の中へと進入する。
     街灯も届かぬ図書館内。非常灯の他に、光を放つものはない。
     足を取られてしまわぬよう、懐中電灯で周囲を照らす。
     四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)は図書館のカウンター前、棚の少ない開けた空間に目星をつけ、戦闘の際の標となるようケミカルライトをばらまいた。
     一つ、また一つと生まれていく輝きが生まれていく中、図書館の奥……歴史書を中心とした古い書物が収められている棚の近くにある席に、小さな光が灯っていることを発見した。
     目を凝らして眺めてみれば、一人の少女が本のページをめくっている。
     仲間と共に悠花は立ち止まり、悲しげに目を伏せた。
    「……」
     胸の前に手を置いて、自分に言い聞かせるかのように呟いていく。
     あれは本物じゃない、本物じゃない……と。
    「……」
     彼女のように、今の段階で積極的に仕掛けられない者がいるのは織り込み済み……と、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は仲間たちの様子を確認した。
     同様に様子を伺っていたらしい唯空・ミユ(藍玉・d18796)と視線がぶつかり、ならば任せると本棚の影に身を隠す。
     そんな中、誰よりもはやく錫原・燈(語り部見習い・d36700)が歩き出した。
     灼滅者たちが見守る中、燈は少女の元へと近づいていく。気づいたらしく顔を上げていく少女と視線を交わし、頬を緩めた。
    「ねえ、知ってる? 図書館の女の子の話」
    「え?」
    「それはね……」
     燈は語る。
     かつて、本好きな少女がいた。
     家に帰ってかばんを置いたら、取るものも取らずに図書館へ出かけて、夕方のチャイムが鳴るまで過ごしているほど、友達にも本が理由なら仕方ない……と呆れ混じりにけれども楽しげに語られるほど、本が好きだった。
     けれどもあるし、不慮の事故に会い命を落とす。幽霊になっても本を読みたいという気持ちは変わらずに……一人寂しく夜の図書館で本を読んでいる。
     けれども噂を聞きつけて会いに来た少年少女と、お友達になる……そんな、優しい物語を。
    「……」
     物語を締めくくるとともに、燈は手を伸ばしていく。
    「ねえ、あなたの名前を教えてくれない? ワタシたちと友達になろうよ」
    「……」
     少女は口の端を持ち上げた。
    「いいわよ、友だちになりましょう……でも」
     伸ばされた手は取らずに立ち上がり、ゆっくりと腕を伸ばしていく。
    「そのままじゃダメ。だって……」

    ●悪魔は少女と共にあると
     殺気を感じ、ミユは放つ。
     より強い殺気を、少女に向けて。
     即座に後ろへ飛んで行く様を見つめながら、ミユは告げていく。
    「あなたのそれは、亡くなった子への冒涜です。正体を現して下さい」
    「あら、バレてたの?」
     クスクスと笑いながら、少女は変貌した。
     羊の角と蝙蝠の翼、第三の瞳を持ち黒いペイントが目元などに施されている女悪魔へと。
    「残念、一人美味しく頂けそうだったのに」
    「こっちの姿なら平気です。怖かったお返し、覚悟してください」
     紡がれゆく言葉を聞き流しながら、悠花は間合いの内側へと踏み込み盾突撃を放っていく。
     後を追うかのように床を蹴った魅咲・狭霧(中学生神薙使い・d23911)が、体を反らし盾突撃を受け流していく悪魔に向けて帯を放った。
    「ここまで酷い事をする都市伝説さんは、許すことができないです」
    「徹底的に倒さなくちゃ、ね」
     帯が右肩をかすめていくさまを視界の片隅で捉えつつ、成田・樹彦(サウンドソルジャー・d21241)は大型の斧を掲げながら跳躍する。
     体重を乗せて振り下ろすも、伸ばされた左手を覆うかのかのような不可視の力に阻まれ横に流された。
     直後、ライドキャリバーにまたがっていた土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)がドリフトしつつ背後へと回りこんだ。
    「図書館の悪魔め、今宵がお前の灼滅のときなのですよ!!」
     エンジン音を唸らせ急加速。
     盾領域を掲げながらの突撃で、悪魔を前方へとふっ飛ばした。
    「っ!」
     前転を刻み体勢を整えていく悪魔の額に、燈の放つ蹴りが突き刺さる。
     のけぞりよろめく様を見逃さず、ミユが一跳躍で懐へと踏み込んだ。
    「まだまだ、こんなものでは終わらせませんよ」
     槍による螺旋刺突を繰り出して、悪魔の右肩を薄く削いでいく。
     体を反らし、転がりながらも悪魔は後方へと離脱して、再び体勢を整え始め……。

     悪魔の操る力の多くは、怒りを植えつけた悠花と瑠璃が主に受けている。
     故に、呼石は意識の多くを二人に注いだ。
     治療役を担う者として。
    「……」
     本の中に七不思議を封じている自分。
     第三の瞳に少女の魂を閉じ込めている都市伝説が同じことをしているように思わなかったわけではない。
     けれど、違う。
     呼石は七不思議たちと一緒に生きていたいから。苦しめるためじゃなく、嬉しい気持ちを共有するために生きていたいから。
    「……力を貸してくださいの。悪い都市伝説さんを一緒にやっつけますの!」
     だから呼石は語っていく。
     書物に綴った物語の数々を。
     彩りに満ちた言の葉で仲間たちを支えるため。
     悠花が、瑠璃が動きの精細を取り戻していくさまを横目に、樹彦は懐へと飛び込み斧を縦横無尽に振り回す。
     左右へのステップで掠めさせるに留めた悪魔は、双眸を楽しげに細めながら額の瞳を見開いた。
     遠目でも感じることのできる、瞳の中にいる存在。
     メガネをかけた少女が一人、ガラス戸を叩くかのように振る舞いながら叫んでいる。
     助けて……と。
    「……」
     涼しい顔で受け流し、柩は一跳躍で距離を詰めた。
     即座にバックステップを踏んだ悪魔を更なる跳躍で猛追し、魔力を込めた杖を突き出していく。
    「所詮は都市伝説。他のみんなはどうか知らないけど、ボクはキミの思惑に乗るほど甘くはないよ」
     足を踏み、喉元に杖の先端を突きつけた。
    「さあ、ボクが癒やしを得るための糧となってくれたまえ」
     魔力を爆発させ、悪魔を後方へと吹っ飛ばす。
     額の瞳を閉ざし、喉を抑えながら立ち上がっていくさまを見つめながら、燈は考える。
     瞳の中に閉ざされている少女を、救う手段はあるのだろうか。
     少なくとも、無闇に怒っていてはダメなことはわかるけど……。
    「……考えている暇もあんまないわね。今は……」
     弱らせる事に集中すると、鎖で繋がれた黒白一対の杭を握りしめ虚空に幾つもの刃を生み出した。
     悪魔は全身を切り裂かれながらも、何処からともなく一冊の書物を取り出していく。
     聞き慣れぬ言葉を唱えた時、辺り一帯に無数の殺気が生み出された。
     ライドキャリバーに乗る瑠璃がドリフトしながら割り込んで、殺気の群れを手招きする。
    「仲間の気持ちもわたしがまっもーる!」
     呼応するかのように、闇の中から狼のような、蜘蛛のような、蟻のような、猫のような……様々な異形が飛び出して、瑠璃にライドキャリバーに襲いかかる。
     盾領域で防ぎ、帯で弾き、剣で受け流し……ライドキャリバーの横っ腹で受けながらも、頬を楽しげに緩めていく。
    「ふふっ、この程度で堪えたりなどしないのですよ!」
     受けきれなかった爪に、牙によって裂かれた足を治療するために、盾領域の加護を身に宿し……。
     
     瑠璃に、悠花にダメージが蓄積していても、倒れるには程遠い。
     対照的に、みるみるうちに悪魔の動きは鈍っている。鈍るにつれて、叫び声は大きな物へと変わっていた。
     まっすぐに第三の瞳を見つめながら、呼石は語り続けていく。
     少女を救い出すために、仲間を支え続けるために。
    「負けたらダメですの。もう図書館にこの悲鳴が響かなくて済むように、頑張らないといけませんの!」
    「止まりません。これは偽者。一番つらいのは、こんな風に利用されている彼女自身だから」
     言霊による治療を受け取り名がら、ミユは杖に魔力を込めて駆けて行く。
     右側面へ至ると共にフルスイング。
     腕に掠めさせると共に魔力を爆発させ、悪魔を机の側へとふっ飛ばした。
     待ち構えていた狭霧が、制止を促す交通標識を振るって打ち返す。
    「畳みかけましょう。もう、多くの体力は残っていないはずです」
    「……」
     よろめきながらも、悪魔は笑った。
    「いいの? 私を殺したら、彼女も消えてなくなってしまうというのに」
     言葉とともに、悪魔は腕をかざしていく。
     すかさず瑠璃がライトキャリバーと共に割り込んで、身に受けた。
     全身から力が抜けていくかのような魔性の技を。
     されど表情が変わることはない!
    「言ったよね? 仲間の気持ちも私がまっもーる! って!」
     元気な笑顔を浮かべたまま、魔性の技を振り払う。
     口元を歪めて行く悪魔から距離を取りつつ、仲間たちへと視線を送った。
    「今だよ、みんな!」
    「ああ」
     頷き、樹彦が間合いの内側へと踏み込んだ。
     斧が虚空を唸らせた時、悪魔の頬に斜め傷が刻まれる。
     のけぞり距離を取ろうとしていく悪魔を猛追し、狭霧が非物質化させた剣を突き出した。
    「終わらせましょう。女の子の苦しみも、この物語も!」
    「……」
     非物質化された剣が悪魔の中心を貫く中、柩もまた同様の刃を用いて反対側から貫いた。
     力そのものを傷つけられ、悪魔はうめき声を上げていく。
     双眸にはすがるような表情も浮かべていたけれど、無視して悠花は魔力を宿した棒を両手で構えた。
     ――きっと、悪魔は嘘つきだから……。
     棒をまっすぐに突き出せば、謝る事なく額を突く。
     魔力を爆発させたなら、ガラスが砕けるような音を響かせながら悪魔は机の側へとふっとんだ。
     灼滅者たちが見守る中、悪魔の体が光に満ちる。
     光は少女の姿を形取り、満面の笑みをほころばせ……。
     ――ありがとう!
     言葉を残し、天へと向かうかのようにして消滅した。

    ●新たな物語を綴るため
     気づけば、悪魔は跡形もなく消え去っていた。
     無事に終わらせる事ができたのだと、ミユは呼石と共に少女が消えた場所を見つめていく。
    「今度こそ、どうか安らかに眠って下さい」
     祈りと共に紡がれゆく言の葉は、響くことなく天へと昇る。
     穏やかに目を細め見つめていた狭霧は、静かな息を吐くとともに呟いた。
    「悪魔から無事、解放された本好きな女の子の霊の噂話を広めてあげたいです」
    「都市伝説だって、語り部なら語り直せるはずだもの……ね」
     燈は頷き、微笑んだ。
     そのためにも、まずは日常に帰還しよう……と、灼滅者たちは後片付けを始めていく。
     かつて、本好きな少女が毎日のように通っていた図書館。愛された本の数々を、人々は今も楽しんでいる。
     楽しんでいる分だけ、きっと少女にも届くはず。
     人々の幸せが、綴られた数多の物語が!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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