たんぽぽお化けの花畑

    作者:飛翔優

     春に咲く花は、満開の桜だけではない。
     菜の花コブシ、華木蓮……鮮やかに輝く、春の花。
     少女は空き地のたんぽぽを愛でながら、傍らに佇む少年に向けて語っていた。

    ●たんぽぽお化け
     ねえ、知ってる? たんぽぽの、こんな話?
     少し前の授業で、たんぽぽってすっごい長い根を張るって話があったじゃない? そう、それ。お母さんに聞いてみたんだけど、雑草として抜かないと行けない時は大変なんだって。
     でね、たまに欲張りなたんぽぽがあるらしいんだ。なんでも、この空き地くらいだったら普通に飲み込んじゃうくらいに広い根っこを持ってて、土だけじゃなくて生き物も養分にしちゃうんだって。人間も、根っこで絡めとって吸い取っちゃうんだって。
     確か……そう、あの空き地だったかな? だから近づいちゃいけないって、お母さん言ってたの。
     ……ねえ、もしもたんぽぽに襲われたら、守ってくれる? その空き地、たんぽぽ以外の花も綺麗らしいから、一度見てみたくて……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、静かな笑みを湛えたまま説明を開始した。
    「とある空き地を舞台に、次のような噂がまことしやかに囁かれています」
     ――たんぽぽお化け。
     纏めるなら。いきものの命すら養分にしてしまうたんぽぽがいる。近づいてきた者を根で縛り上げ、命を吸う……といったもの。
    「はい、都市伝説ですね。退治してきて下さい」
     続いて……と、葉月は地図を取り出した。
    「舞台となっているのは、この空き地。元々何かの予定地だったのが、予算不足か何かの理由で放棄されたとても広い場所ですね」
     今となっては手入れもされておらず、様々な植物の楽園となっている。特に、今の時期はたんぽぽが目立つとか。
    「そこに足を踏み入れれば、誰かがたんぽぽの根っこに絡まれるかと思います。ですので、その方をサポートして根っこを引っ張って下さい」
     全員で協力しで無事に引き出す事ができたなら、奥の方で成人男性が両手を広げたくらいに巨大な花を持つたんぽぽが顔を出す。後は、そのたんぽぽを倒せば良い、という流れになる。
     敵戦力は都市伝説たるたんぽぽお化けのみ。力量は、全力を尽くせば倒せる程度。
     様々な命を吸収してきたのか、とてもタフ。攻撃は、根っこを絡みつかせ命を吸う、根っこで複数人をなぎ払い加護を砕く、複数人に綿毛を付着させて軽く浮かばせることにより攻撃を鈍らせる。複数人の頭にたんぽぽを咲かせて心を惑わす……といったものとなっている。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図などを手渡し、静かな息を吐き出した。
    「なぜこのような都市伝説が生まれてしまったのかといえば……私有地である空き地で遊ぼうとする子供がいないように、学校で習うだろうたんぽぽの根の長さを交えて語り始めた……などといったものなのかも知っれません」
     もっとも、と締めくくりへと移行する。
    「人に害をなす存在である以上、放ってはおけません。どうか、全力での戦いを。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    七里・奈々(隠居灼滅者・d00267)
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    桐谷・結(高校生シャドウハンター・d11933)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)

    ■リプレイ

    ●ある、穏やかな日に
     春麗らかな陽気に包まれた、街の外れにある大きな空き地。予定地……の字だけが残る看板とまたぐ事ができる程度の柵だけが障害となる場所に、灼滅者たちは躊躇うことなく足を踏み入れた。
     黄色に赤、全体的に広がる色調豊かな緑色……地面を埋め尽くすかのように繁茂する花の群れ。
     ツツジに菜の花……と観察するうち、小さく揺れるたんぽぽを発見した。
     視界を広げてみれば、全体的にタンポポの数が多い。無道・律(タナトスの鋏・d01795)は穏やかに瞳を細め、静かな言葉を紡いでいく。
    「タンポポ、特に西洋タンポポの生命力は凄いよね。同じタンポポでも別の種の栄養を奪い枯らしてしまう事もある。大きな意味で生存競争と淘汰の摂理だろう」
    「たんぽぽって結構力強い植物だったんだね―? こんなにちっちゃくて可愛いのに、根を張る力はすごいのねー」
     サイズ小さめな小学女子夏服で豊満なボディを包んできた七里・奈々(隠居灼滅者・d00267)はしゃがみ込み、うんぬんと頷きながら小さなタンポポを愛でていく。
     日差しを浴びて、伸びゆくタンポポ。
     負けじとばかりに、陽光を浴びて輝く多種多様な植物たち。
     この空き地に咲いている他の花は、タンポポに……都市伝説・タンポポお化けに襲われたりはしないのだろうか?
     もし仮に襲われたとしたら、きっといずれはタンポポも滅んでしまうかもしれない……そんな会話を交わしながら、灼滅者たちは空き地の中をゆっくりとした歩調で歩き回る。
     場所を変えるたびに微細な変化を見せてくれる香りも楽しみながら、上名木・敦真(大学生シャドウハンター・d10188)は真剣味を帯びた表情で呟いた。
    「たんぽぽお化けですか……根っこを回収できればコーヒーにできますね。いや、都市伝説だから無理か……。さすがに今咲いているタンポポは掘り起こせないし」
     少しだけ肩を落としながら空き地全体へと視線を移し、都市伝説の出現を待ち望む……。

    ●タンポポお化けは命を求め
     空き地の中心へと到達した時、灼滅者たちは別れてタンポポお化けの捜索を開始した。
     道路の反対側、住居を守る木製の塀へと到達した時、白き翼を持つ猛禽類を思わせる鳥人姿なセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は顎に手を当てながら踵を返していく。
    「さて、次は……」
     仲間たちの行く手を伺い始めた時、右手側の方角から救援を求める小さな悲鳴が聞こえてきた。
     見やれば、根に手足を縛られている奈々の姿があり……。
    「そっちに来たか。今、向かうぞ」
     即座にセレスは走り出し、仲間たちと合流しながら奈々の元へと向かっていく。
     さなかにも根は奈々の腰に、胴に首筋に……と絡みつき、ただでさえはちきれそうなボディを更に絞り上げるようにしつつ地中へと引っ張り始めていた。
     抗い続ける奈々の元に、最初にたどり着いたのは律。
     律は奈々の体を掴みとり、足腰に力を込めて引っ張り始めていく。
    「っ……話に聞いていたとおり、中々力強いね」
     二人の力を合わせても、徐々に引きずられていく奈々の体。
     ならば三人、四人と増えたなら、徐々に勢いは失われていく。
     五人、六人、七人八人……全員の力を合わせたなら、もはや引っ張られることなどない。
     徐々に空き地の中心へと引っ張りながら、桐谷・結(高校生シャドウハンター・d11933)は若干頬を緩めていく。
     力を合わせて、地中に埋もれている植物を引っ張りだす。なんだか、とある絵本を思い出す……と。
     ならば掛け声も合わせるべきか、それとも心のなかで留めるべきか。
     うんとこしょ、どっこいしょ……灼滅者たちが無意識のうちに力を込めるタイミングを合わせる中、やがて抵抗していた力が失われ……。
    「おっと」
     尻もちをつかぬよう上手く力を抜きながら、森沢・心太(二代目天魁星・d10363)は奈々の向こう側、引っ張りあげた存在へと視線を向けていく。
     見上げるほどの高さと成人男性が両手を広げたくらいの大きさの花を持つタンポポ……タンポポお化けが、何本もの根をうごめかしながら灼滅者たちを見下ろしていた。
    「……さて」
     心太は拳に雷を宿し、大地を蹴る。
    「攻撃役として攻めていきましょうか」
     これより戦いの時間と駆ける中、セレスは瞳に力を宿す。
     精神が研ぎ澄まされていくのを感じながら、小さなため息を吐き出した。
    「タンポポと聞くと季節の移り変わりを実感できるが……巨大タンポポとは季節感以前の問題だ。後ろから見たらひまわりと大差ないんじゃ……」
     小さな好奇心を見に宿しつつ、続く攻撃のために槍を引き抜いた。
     一方、皇・銀静(陰月・d03673)は飛び上がる。
     黄金の柄の宝剣を掲げながら。
     頂点に達すると共に振り下ろせば、掲げられた根とぶつかり合った。
    「……」
     刃が半ばまで至ったところで勢いが失われたのを感じたから、根を蹴り剣を引き抜き後方へと退いていく。
     着地とともに、深い溜息を吐き出した。
    「しかし、なんでもかんでもこうして都市伝説になりますね」
     タンポポ、明るく楽しい象徴。そんな物をこんなものに……と怒る人もいるかもしれないが、銀静にとっては明るい物の象徴も蹂躙して叩き潰したい気もする、
     言葉には出さずに剣を構え直していく中、後方に位置する律が警告を促す交通標識を天へと掲げた。
     前衛陣に根っこの魔の手に抗う力を与えながら、静かな思いを巡らせていく。
     タンポポお化けを見れば、命は争っている様に見えるかもしれない。でも、それだけじゃない。競い合いながら互いにバランスを取り合って矯正している。
     この、様々な植物が咲き乱れている空き地のように。
    「……だから心地いい、安らぐんだ」
     頬を緩めながら、タンポポお化けへと視線を向け直す。
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)がタンポポお化けの懐へと至り、剣を横に薙いでいた。
     大木の如き茎を斜めに傷つけられながらも、揺らぐことなくタンポポお化けは根を振り回す。
    「……たんぽぽは、どんな環境でも咲く、粘り強い花です。でも春の希望の象徴であるたんぽぽが、死をもたらす存在であってはなりません」
     眉根を寄せながら、右へ左へと飛び回り根っこをくぐり抜けていく。
     一方、敦真は展開した防衛領域で根っこを弾きながら突貫した。
     勢いのまま茎にぶちかまし、タンポポお化けを揺るがしていく。
    「……あなたの相手は、この私です。皆さんに多くの負担をかけさせたりはしませんよ」
     呼応するかのように、タンポポお化けは花を敦真の方へと向けていく。
     根っこを、敦真へと集中させ始めていく……。

     足元が小さく盛り上がった時、奈々はバク転を刻んで退いた。
     直後、土を突き破り伸びていく根が見えた。だから更なるバク転を刻み、攻撃範囲から離脱しようと試みる。
     アクロバティックに動くたび、抑えきれない膨らみは軽やかにたわわに……大学生という年齢と小学女子夏服というミスマッチを考えればどことなく背徳的に弾んでいく。
     気にすることなく塀へと至り、壁を足場代わりにして跳躍した。
    「今度はこっちの番だよ!」
     今まで根っこが貫いてきた場所を飛び越えて、タンポポお化けを間合いに収めながら着地する。
     即座に再び跳躍し、鋼糸を思いっきり振り上げた。
     胸元がちぎれ飛んでしまいそうなほど胸をそらし、頂点に達すると共に鋼糸を振り下ろす。
     伸びゆく鋼糸はタンポポお化けの葉を切り落とした。
     呻くかのように震えていくタンポポお化けを、軽やかに着地し退いていく奈々を見比べながら、燐は足に炎を宿した。
    「今はまだ、大丈夫そうですね」
     治療が必要ないのならば攻め時と、大口径のウィールに花をあしらったエアシューズを用いて根っこの間を滑走する。
     懐へ至るとともに腰を捻り、茎に回し蹴りを叩き込んだ。
     炎に抱かれしその巨体が、他の植物を焼くことはない。
     全て、影に抱かれたから。
    「上手くいきましたね。この調子で……」
    「結ちゃん、後ろだよ!」
     担い手たる結が呟いた時、奈々がその背後に視線を向けつつ警告した。
     地面が盛り上がっているさまを見て、即座に燐が走り寄る。
     飛び出してきた根と結の間に割り込んで、剣を振るい打ち払った。
    「手を出させはしませんよ。そのために私はいるのですから」
     踵を返し、結と視線を交わしながら、再び最前線へと躍り出る。
     非物質化させた剣にて力そのものを切り裂く中、一部始終を眺めていた心太は拳に雷を宿した。
    「流石ですね、神凪先輩。では僕も、負けてられませんね!」
     大地を蹴り、距離を詰め、茎へと殴りかかっていく。
     阻むように掲げられた根っこごと茎をぶん殴り、三歩分ほど後方へと退かせた。
     姿勢を正そうとしているのか、立ち止まりながらも震えて続けているタンポポお化け。
     戦いが始まって初めて見せた表情を前にして、セレスは静かな息を吐く。
    「流石に堪えてきたようだな。この調子で攻めていくぞ」
     槍の穂先で氷の塊を生成し、茎めがけて解き放つ。
     進路を阻むかのように掲げられた葉を凍てつかせ、まともに動けぬ存在へと変えていき……。

     葉が落ちても、根を断たれても、茎を傷つけられても……変わらず暴れ続けているタンポポお化け。動きは鈍っているけれど……今だ、諦める気配は見せていない。
     心太は足に炎を宿しながら、背後へと回りこんでいく。
    「情報通り、本当に頑丈ですね。僕も頑丈さには自信がありますが、ここまでやられたら流石に倒れますよ」
     けれど……と後ろ回し蹴りを放ち、タンポポお化けを揺さぶった。
    「それももうすぐ、終わりですね」
     更なる炎に抱かれて、苦しむように震えていくタンポポお化け。
     根による牽制も減じた中、銀静は間合いの内側にて飛び上がる。
     苛立ちをつま先へと乗せて、放つは花弁に向けたジャンプキック。かばうために掲げられた葉を……凍りついていた葉を打ち砕き、向こう側へと着地した。
     後を追いかけることもなく、どこからともなく生み出した綿胞子を飛ばし始めていくタンポポお化け。
     余裕を持って避けていく仲間たちを眺めながら、奈々は鋼糸を振り回す。
    「だいぶ余裕はあるけど、最後まで油断せずに頑張ろう!」
    「そうですね。足元を救われてしまっては元も子もありません」
     こちら側も少しずつ消耗していることに違いはないのだから……と、結は花弁に向けてオーラの塊を撃ち出していく。
     オーラは虚空を駆け抜けて、守るものを失ったタンポポお化けの花弁の中心へと突き刺さる。
     仰け反るように揺らぐさまを前にして、律は警告を促す交通標識を掲げた。
    「今が好機です、支えますので……総攻撃を」
     放たれる浄化の加護を受け取りながら、燐は帯を手元に引き寄せる。
    「私が道を作ります」
     まっすぐに放てば、タンポポお化けに至るまでの道で蠢く根っこを切り裂き散らす。
     すかさずセレスは安全になった道を駆け抜けて、槍を縦横無尽に振り回した。
    「これで……」
     茎を切り裂く穂先に込められた魔力に誘われ、完全に動きを止めていくタンポポお化け。
     余裕のある足取りで、銀静は懐へと入り込む。
     険しく瞳を細めたまま、茎を何度も、何度もぶん殴る。
     さなかには結が背後へと回りこみ、鋼糸をしならせ茎を斬り裂いた。
     茎を半ばまで断ち切られてなお立ち続けるタンポポお化けに向かい、心太は腕を肥大化させて跳躍し……
    「これで……終わりです!」
     花弁を力強くぶん殴り、タンポポお化けを塀の側へと叩きこんだ。
     空を仰ぐタンポポお化けは、小刻みに震える様子を見せた後……跡形もなく、消滅した。

    ●植物は今も伸びやかに
     落ちた葉も、暴れまわっていた根っこも、散っていた綿胞子も……全て、戦いが終わると共に消え去った。
     種が残っていれば……と律が肩を落とす中、敦真は空き地全体を見回していく。
     戦いによる少し荒れてしまっているが、この程度ではきっとへこたれない。今もなお、日のある場所を目指し起き上がろうとしている植物が見えるくらいに。
     だから、後片付けを終えた後……そんな植物を見て回ろう。
     植物の楽園となっているこの空き地で、春の草花の鑑賞会を行おう。
    「お重のお弁当も用意してきました。良ければ、お腹を満たしながら」
     賛同者を募り、後片付けの後に鑑賞を始めていく敦真。
     一方、銀静は寝転がる。
     植物たちを傷付けぬよう、地面が露出していた場所で。
    「……」
     心によぎる思いもつまらないと一蹴し、穏やかな陽気に身を委ねた。
     自然のまま、咲き誇りゆく植物たち。生命力あふれる彩りが……きっと、心を鎮めてくれるはずだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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