我々だけのバトルストリート

    作者:波多野志郎

     ――その道を通る者の力を試す。
     その男にとって、それは一縷の望みとも言えた。小柄な男だ、一六十をいくらか超えた程度。しかし、少年ではないのはその顔に刻まれた皺と表情で見て取れる。
     その背の低さには、理由があった。黒い空手の道着から覗く筋肉だ。鍛えに鍛え、発達させた筋肉がその成長を阻害したのだ。だからこそ小柄、そして高密度の筋肉と骨格を持つ男だった。
    「来い、来い、来い」
     強い者が、現れる事を願い。男は、ただそれを求めその路地で待ち続けた……。

    「石の上にも三年って言うっすけどね……」
     ただ、実らないんすけどね、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はため息混じりにこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、アンブレイカブルの行動だ。
    「その路地は、基本的に人通りは激しくない通りなんす。ただ、近くに空手の道場があって、その道を使う人もいるかもしれない……その程度で」
     なのに、男は――アンブレイカブルは、待っている。誰かを、ではなく強者を、だ。
    「なんにせよ、放置はできないっす。みんなにはこの対処をしてほしいんすよ」
     夜、男はその路地で待ち構えるために姿を現わす。そこで、戦ってほしい。
    「光源とESPによる人払いは必須っすね。路地は一車線よりいくらか広い程度、隠れられる場所がないんで不意打ちは無理っす」
     敵はアンブレイカブル一人。黒い空手の道着をまとった、小柄な男だ。しかし、小柄ながら怪力の持ち主であり小回りがきく。かなりの強敵であるのは、確かだ。
    「結果として、このアンブレイカブルの願いを叶える形になっちゃうっすけど……どうか、被害が出る前に終わらせてほしいっす」


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    嘉納・武道(柔道家・d02088)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)

    ■リプレイ


    「――来たか」
     岩をこすりあわせたような、低い声が路地裏に響き渡った。一六十をいくらか超えた程度の男だ。黒い空手着から覗く筋肉が、薄暗闇にもよく見える――その男の姿に、嘉納・武道(柔道家・d02088)はため息をこぼす。
    「参ったね、どうも。こうして対峙すっと他人にゃ見えねぇってのが、笑えねぇぜ」
     アンブレイカブルを目の前にして、外見の共通性に武道は頭を掻いた。
    「強い者と戦いたい、と言うのは少しわかる気もするでござるが、手当たり次第というのが相変わらずアンブレイカブルでござるな。ここで一つ、拙者達と戦って貰うでござるよ!」
    「ほう?」
     告げるハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)に、アンブレイカブルは小さく笑う。ゆらり、と音も気配もさせず立ち上がる小柄な男に、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)が言った。
    「強者を待ち受けるアンブレイカブルか。こいつらは相変わらずだな……だが、シンプルで良い、存分に戦って灼滅させて貰うぞ!」
    「シンプル? 違うな、お前たち――俺達以外が、複雑なだけだ」
     アンブレイカブルが、腰を落とす。左足を前へ、半身に構える――その構えに、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)を飲んだ。
    (「アニメやゲーム、TVや映画では見慣れた構えですが……」)
     動きに、構えに、淀みが一切ない――ただ、構えるだけでその力量が如実に伝わる型だった。
     その伝わる強さに血の滾りを感じて、ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)は歯を剥いて笑った。
    「ま、望んだ強者かどうかは拳交えてから判断しやがれってな」
    「折角純粋に戦いを楽しめるんや存分に闘り合わせて貰うで!」
     花衆・七音(デモンズソード・d23621)がそう告げた瞬間、アンブレイカブルの拳がギシリと軋みを上げる。力を込めた、あまりにもあからさまな挑発だ。
     これから、殴るぞ? そう敢えて告げたアンブレイカブルに、穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)が笑った。
    「ああ、面白いぜ!」
     ドルン! と肯定するように、傍らでライドキャリバーのクトゥグァが、エンジン音を轟かせる。
    「さて、死合いをはじめましょうかねぇ……」
     のんびりと言い捨て、紅羽・流希(挑戦者・d10975)が堀川国広の柄を手に取った――刹那、アンブレイカブルが崩れ落ちた。
    「――違います!」
     気付いたなつみが、声を上げる。崩れ落ちるように体の力を抜き、そのままの勢いで加速を得る――縮地と呼ばれる技法の一つだ。
     一足で灼滅者達へと間合いを詰めたアンブレイカブルの下段正拳――振り下ろした拳がアスファルトを砕き、振動を撒き散らした。


     アンブレイカブルの大震撃、その最中を蝶胡蘭が跳んだ。
    「加藤 蝶胡蘭だ。正々堂々、押し通らせて貰うぞ――参る!」
    「来るがいい!」
     赤色標識にスタイルチェンジした交通標識をくりると回転、勢いを乗せて蝶胡蘭がレッドストライクの一閃を振り下ろす。それをアンブレイカブルは、両腕で受け止めた。
    「っ!?」
     その感触に、蝶胡蘭が目を見張る。攻撃を受け止められた経験は、少なくない。しかし、この手応えは異様だ。まるで巨大な岩を殴りつけたように、びくともしない――それほどの、腕力なのだ。
    「行きます!」
     サイリウムをばら撒き、なつみが踏み込む。横回転、シールドに包んだバックハンドブロー――裏拳によるシールドバッシュだ。しかし、アンブレイカブルは蝶胡蘭の一撃を振り払うと、構えた左腕でガードする。
    「拙者のニンポー、見きれるでござるかな? ニンジャ、ハリー。尋常に勝負でござる!」
     言い放ち、口元の赤いスカーフをひるがえしてハリーが足場を蹴った。タン、という軽い足音からすぐさま加速、壁を蹴って死角へと回り込んでバトルオーラをまとった手刀を――。
    「わっつ!?」
     その手刀を、アンブレイカブルは振り返り様の下段後ろ回し蹴りで蹴り落とした。手首の内側を足の裏で捉えると、器用にハリーを小手返しの要領で宙を舞わせる。
    「洒落にならんね……!」
     タイミングを合わせて上空を取っていた闇が滴り落ちる黒き魔剣――七音が、螺旋を描きながら落下。ヒュゴ! と迫る七音の螺穿槍をアンブレイカブルは振り上げた拳で迎撃――その隙に、ダグラスが駆け込んだ。
    「――ッ!!」
     肉食獣が絶対の間合いから喉笛へと牙を向けるように、ダグラスの雷を帯びた拳はアンブレイカブルの顎を捉え――切れない!
     アンブレイカブルが強引に、前に出たのだ。拳を振り上げる前に、肩を抑えられた。獣で言えば、首元を掴まれたのと同じだ。
    「ハハッ!!」
     そのまま、アンブレイカブルはダグラスを吹き飛ばし、強引に包囲を突破する。それに、クトゥグァが真正面から突っ込んだ。しかし、その突撃も拳の一撃で受け止められ――猟犬ロイガーで自らを傷つけ、クリエイトファイアを燃やして白雪が駆けた。
    「そんなに驚くなよ。遅かれ早かれ怪我はするんだ。おまえだってそのつもりだろ?」
     白雪の破邪の白光をまとった猟犬ロイガーによる斬撃に、アンブレイカブルは刃の腹に掌打を重ね打ち落とした。
    「なるほど、狂犬か」
     アンブレイカブルの呟きに、我が意を得たりと白雪がより炎を滾らせる。
    「俺たちは似た者同士だ。狂犬は狂犬らしい戦いをしよう」
    「吼えるものだ」
     アンブレイカルが鮫のように笑った刹那、その首元へ流希は堀川国広による居合いの一閃が放たれた。それをアンブレイカブルは身を沈める事でかわし――。
    「やれ」
     流希の言葉と共に、踏み出した武道の抗雷撃が身を沈めたアンブレイカブルの顎を捉える。しかし、突き上げた拳には何の感触も残らない――アンブレイカブルが、自ら後方へ跳んでいたからだ。
    「柔と剛併せ持つ、か……ますます笑えねぇ」
    「柔と剛、それは正反対ではあるが別種にあらず――言わば、表裏と知れ」
     言われるまでもない、そう武道は思う。柔能く剛を制すと言うが、柔と剛は切り離せないモノだ――それは、一つの武道自身の目標でもある。
     剛と柔、自在に使いこなしてこその武――目の前のアンブレイカブルは、少なくともその道を自分よりも先に行っているらしい。
    「実力は天と地の開きがあるってのが余計に笑えねぇ……が、何とかしてみるわな」
    「それこそ、武の面白きところよ」
     武道の言葉に、アンブレイカブルは闊達に笑う。路地裏の戦場は、より激しく熱く、加速していく――。


     ダダン! と路地裏に激突音が、響き渡る。
    「ここで来るはずのない猛者を待ってるだけで一生を終えればよかったのにな。そうすりゃ、俺達も無駄に闘わなくても良かったのによ。思ったとおりの戦いが出来ると思うなよ」
    「どんな戦いであろうと、文句はなし」
     流希の堀川国広による大上段の斬撃、雲耀剣をアンブレイカブルは紙一重でかわし――切れない。道着と肉を斬られ、鮮血が舞う。
    「もう一丁や!」
     そこへ自らの横一閃の斬撃で、七音は的確にアンブレイカブルの急所を裂く。だが、アンブレイカブルは構わなかった。ヒュゴ――! と拳にまとった暴風を突き上げ、ヴォルテックスの旋風を生み出す。
    「今回復するぞ!」
     すかさず蝶胡蘭が黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を振るい、イエローサインを発動させた。それを受けて、背を押されるように旋風の中から飛び出したのはなつみだ。
    「やああ!!」
     ヒュオン! と輝きを宿したなつみの手刀が、アンブレイカブルへ放たれる。アンブレイカブルは、それを手首を掴んで抑えこもうとした。だが、それを阻んだのは、なつみ自身だ。
    「させません!」
     手首を掴まれそうになった刹那、なつみは腕を引く。その勢いを利用した蹴り、スターゲイザーがアンブレイカブルの側頭部を強打した。
     その間隙に、影から影へと駆けたハリーがアンブレイカブルの背へとマテリアルロッドを押し付ける。
    「ニンポー、フォースブレイク!」
     ドン! という衝撃音。アンブレイカブルの小柄な体が、宙に浮かされた。
    「ハハハハッ!」
     そして、そこには待ち構えるように笑い声を上げるダグラスがいる。全体重を乗せた拳、ダグラスの鋼鉄拳がアンブレイカブルの胸部を叩き込まれた。
    「ふ――ッ!」
     アンブレイカブルは逆らわず、殴り飛ばされる。地面に激突する寸前で、ぐるんとバク宙。ズサァ! とアスファルトの上へ着地に成功した。
    「行くぞ」
     そこへ、武道が踏み込む。何度も見せた下からの拳打、アンブレイカブルは完全に間合いを計り最小の動きでかわした――はずだった。
    「っ!?」
     だが、その拳がブラフだ。最小の動きであったからこそ、武道の即座に放った鋼鉄拳の直突きに対応できない。腹部に食らったアンブレイカブルが、わずかに後退した。
    「何度も見せて、計らせてこれか――ッ」
     からくりを悟ったのと同時、ガガガガガガガガガガガガガガガガガン! とクトゥグァの機銃が掃射させる。ヴォン! と唸りを上げる狂犬ツァールを振り上げ、白雪が跳んだ。
     交差する白雪とアンブレイカブル、白雪は靴底を鳴らしながら急静止。貧血で蒼白な顔に不敵な笑みを浮かべ、炎に包まれた腕で手招きして挑発する。
    「ようやくエンジンがかかってきた。チキンレースを楽しもうぜ」
    「よかろう?」
     アンブレイカブルは、即座に受ける。巌のごとき剛と流水がごとき柔、双方を兼ね備えたアンブレイカブルが、迷わず灼滅者達に襲い掛かった。
    (「流石に敵の攻撃は激しいな、メディック一人で回復が間に合うかどうか」)
     蝶胡蘭の判断は、正しい。アンブレイカルの縦横無尽な攻勢を無傷で乗り切る事などできず、一歩間違えばそれだけで瓦解する際どい戦況だった。それでも、退く者はいない――それは、ある意味で皮肉な光景だったろう。
    「ああ、強者を望む。その気持ちはよーく解るぜ。だから俺はテメェを斃す。理由なんざ解ってんだろう?」
     ダグラスの言葉に、アンブレイカブルは答えない。答えを必要としていない、それを理解しているからだ。
    「最終的に立っていた方こそが、今この瞬間の強者って事だ。そういうモンだってな!」
     血が踊る、どうしようもない程に高揚する。戦う事に、我を忘れそうになる。拙いと思えども戦う事が、愉しくて愉しくて堪らない――そう、皮肉だ。灼滅者とダークネス、その差はあれど戦いへと傾ける想いに何の違いもなかったのだから!
    「来るぞ、気を付けてくれ!」
     蝶胡蘭の声に、武道が構える。アンブレイカブルの体が崩れ落ちる――そこから一瞬きで間合いを詰める縮地によって、アンブレイカブルが拳を繰り出した。
    「――ッ!!」
     武道が、左前腕を前面にかざす。ガギィ! と強引に、アンブレカブルの鋼鉄拳に左腕を絡め――シュガ! と腕の上に拳を滑らせた。
    「おお!」
     アンブレイカブルが感嘆の声と共に、宙に舞う。武道の、渾身の地獄投げだ。
    「もう一回やれっつっても出来ねぇけどな」
     アスファルトの上にアンブレイカブルが叩き付けられ、ビキリッ、とアスファルトに亀裂が走る! アンブレイカブルは、息を乱しながらも立ち上がり――その頭頂部を、なつみの踵落としが叩き込まれた。
    「が、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
    「受け切りま、す――!!」
     なつみのスターゲイザーに構わず突っ込んだアンブレイカブルの肘を、なつみは掌で受け止め後方へ跳ぶ。追おうとしたアンブレイカブルを、真横からクトゥグァの突撃が防いだ。
    「が、あ!?」
     ミシミシミシ、と軋むアンブレイカブルの骨の肉。その肉体ではなく魂を、白雪の猟犬ロイガーは切り裂いた。
    「やっちまえ!!」
    「任せろ!」
     アンブレイカブルの足が、ふらつく。そこへすばやく間合いを詰めた蝶胡蘭の抗雷撃が、アンブレイカブルの顎を打ち抜いた。
     アンブレイカブルが、宙に浮かぶ。そこへ、獣のごとく狙いをすましたダグラスがMiachを構えた。
     アンブレイカブルが、空中で拳を構えるのを見やって、脳裏に考えが走る。体格差を考えれば懐に入られるのは危険、リーチを考えれば間合いは遠い方が有利――そんな考えも、獣の思考に埋め尽くされていく。
    「……全く、大して変わらねえよなあ、俺もテメェも」
     結局、全力で一撃を真っ向から打ち合う、それだけだった。尖烈のドグマスパイクと鋼鉄拳に、お互いが弾かれる――その隙を、ニンジャは見逃さない。
    「ニンジャケンポー・閃光百裂拳!」
     ダダダダダダダダダダダダダダダダダダン! とハリーの高速の拳打が、アンブレイカブルを再び地面に叩き付けた。体勢を崩し防御が間に合わないアンブレイカブルは、そのまま叩き付けられ――なおも、立ち上がる。
    「だが、それも終わりだ」
    「こいつで決めるで!」
     左から流希の居合いが、右から七音の自らを用いた薙ぎ払いが、同時にアンブレイカブルを捉えた。両腕で左右の斬撃を狂える武人は受け止め――。
    「くは、ここまで、か……まぁ、良い勝負であった……」
     ズザン! と刃の挟撃に、その身を両断された……。


     ズタボロになってアスファルトに座り込んだ白雪に、よろけながらクトゥグァが近付く。それに、白雪は優しく笑って言った。
    「よぉ、まだ走れるか、相棒」
     車体を撫でられ、クトゥグァはエンジン音を低く轟かせる。もちろんだ、そう答えたように。
    「他に痛む者はいるか?」
     蝶胡蘭の確認には、小さな笑いがいくつも起こる。無事な者など、一人もいない。傷ついて、それでもなお退かずに真っ向から全力を尽くした、だからこその結果だった。
    「それじゃ、そろそろ行こうか」
    「彼が望んだ武人としての最後が迎えられたと思いたいですよ……。それにしても、ここを通る人はいつもいる人が消えた事をどう思うのでしょうかねぇ……?」
     蝶胡蘭の言葉に歩き出した彼等の中で、流希が普段の調子に戻ってゆっくりとこぼす。その答えを知る者は、ここにはいない――それは、救われた者達のみが知る事だ。
     裏路地は、こうして無人へと戻る。人知れず救われた命は多く、そしてあの狂える武人の技と姿は、真実を知る彼等の記憶の中にだけ残された……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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