黒翼卿迎撃戦~数多の屍を乗り越えて

    作者:長野聖夜

    ●黒の軍勢
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     武蔵坂学園へと絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団や、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋と、ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団の混成軍が進軍する様子を見て満足げに頷くメイヨール子爵に、彼の車椅子を押す朱雀門・瑠架が小さく頷く。
     そうしつつも、瑠架は右翼のラゴウと動物型の眷属、左翼のファフニール率いる竜種イフリート、前線に向かっているソロモンの大悪魔・ヴァレフォールとその眷属、そして、今回の作戦に力を貸した後衛のナミダ姫と配下のスサノオたちへと想いを馳せ……小さく息をついた。
     これだけの大軍勢があれば、武蔵坂学園を滅ぼせる。
     其れ故のメイヨールの士気の高さに……瑠架は、僅かに身を震わせ、チクリと胸に棘が突き刺すような痛みを覚える。
    (「今、ここで……」)
     武蔵坂学園を滅ぼさせるわけには行かない。
     その為には……。
    (「タイミングを見て、この軍を撤退させるしかない。でも……どうやって……」)
     自らの思考に囚われ、胸の裡に育まれた迷いと向き合っていた丁度その時。
     メイヨール達の耳に焦ったような声音で、悲鳴とも、驚きとも取れる連絡が届いた。
    「武蔵坂学園の灼滅者達が、こちらに向かっています!」
     その報告に、瑠架が思わず息を呑むが、そこには僅かな安堵が含まれている。

     ――それは、瑠架達の予測よりも数時間早い、神速のタイミングだったから。

    ●進軍を止めて
    「皆……生きていた、か」
     僅かに息を切らしながら小さく呟く北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)。
     安堵を感じさせるその呟きに、灼滅者達は其々の表情を浮かべつつ小さく頷く。
    「此処に戻って来る時にもしかしたら気付いた人もいるかも知れないけれど……今、黒翼卿メイヨールが率いる黒翼軍が、武蔵坂学園の直ぐそばまで迫ってきている」
     優希斗の説明に灼滅者達が其々に返事を返した。
    「幸いにも、皆が早目に戻って来てくれたから、黒翼軍の一部は戦意を失っているみたいなんだが……黒翼卿メイヨールは、武蔵坂学園への攻撃を諦めていない」
     つまり……彼等との決戦は避けられない。
    「ただ、士気が一番高いのは、黒翼卿メイヨールだ。つまり、彼を灼滅または、何らかの手段で撤退させられれば……吸血鬼軍も撤退する。だから、吸血鬼軍の迎撃に向かって……なんとか彼等を撃退して来て欲しい」
     優希斗の言葉に、灼滅者達が其々の表情を浮かべて返事を返した。
    「この混乱の隙をつけば、黒翼軍として、進軍してきているメイヨール卿や、左翼の竜種ファフニール、右翼の義の犬士ラゴウ、後方のスサノオの姫、ナミダや去就に迷っているソロモンの大悪魔・ヴァレフォールと言った有力なダークネスを灼滅出来るかも知れない。……メイヨールの後ろに控えている朱雀門・瑠架も」
     複雑な表情を浮かべる優希斗に其々の表情を浮かべる灼滅者達。
    「ただ、今回の目的は、あくまでもメイヨール卿の撃退による、黒翼軍の撤退だ。……それだけは、忘れないで」
     それと……と小さく続ける優希斗。
    「ついさっき、校長先生が学園に戻って来た。迎撃戦が終わった後に、重大な話があるらしい。詳しい内容は知らされていないけれど。……其れを聞く為にも、皆、必ず戻ってきてくれ」
     優希斗の祈るような呟きを背に……灼滅者達は足早にその場を後にした。

    ●想い、入り乱れ
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     攻めて来る灼滅者達を迎撃すべくメイヨール子爵が気炎を吐く。
     その傍らにいる朱雀門・瑠架が、小さく頭を振り、空を仰ぐ。
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りか」)
     とは言え、最大の懸念は消えた。
     後は、メイヨール子爵を無事に撤退させさえすれば良い。
    (「メイヨール子爵は、ボスコウ等とは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     願わくば、メイヨール子爵の撤退と言う最善を。
     心の裡で呟きつつ、瑠架もまた、配下のヴァンパイアと共に、灼滅者達を迎え撃つ態勢を整える。

     現れた灼滅者達の軍勢に溜息をつく、ヴァレフォールは。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのにねぇ」
     海将や、ザガン、バエル等を灼滅した彼等の実力は、伊達ではないと言う事か。
    「これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないねぇ」
     そう結論付け、機を図る為に目を細め。

     右翼を率いる義の犬士・ラゴウは。
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ」
     感嘆の息を漏らしつつも。
    「だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     ただ静かにそう頷き、傍に控えていたヒスイ達と構えを取り。

     左翼の竜種ファフニールは。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     意気軒昂に配下達に檄を飛ばし、竜種イフリート達もまた、それに答える様に猛々しい雄たけびを上げ。

     各々の軍勢の様子を最後衛から見渡すスサノオの姫ナミダは。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう」
     嘆息した後、周囲に控えるスサノオたちを見回して。
    「さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     小さく呟き、配下を引きつれ逃走を助けるべく、戦場へと踏み出した。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ

    ●開戦
     ――夕暮れ時、武蔵野市。
     戦場を赤々と照らし出す夕日に、これから行われる『宴』によって生まれる夥しい量の流血を想像し、狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)は、自分の中にある殺人衝動が何処かで悦びに震えているのを感じ、少しだけ目を細める。
    「空き巣紛いとは。爵位級ヴァンパイアとしての誇りはないのかしらね?」
    (「この奇襲が無ければ、ハンドレッド・コルドロンでもう少し残敵掃討も出来たのに、忌々しいわ」)
     エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が心中で呟く間に、平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867) が小さく溜息を一つ。
    「戦力が出払っている間に本拠地を襲撃するのは、戦略としては基本だがな。スサノオの炎による情報攪乱と合わせて、いざこちらがやられると厄介だな……」
    「……大丈夫だ。この学園は、俺達が誰にも壊させやしない」
     絶対に、と強く拳を握りしめ、愛刀の鯉口を切るのは、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)。
     その脳裏を過るのは、銀髪の愛らしい少女、真珠。
     ――咲哉にとって、最も大切な人。
    (「本当であれば、メイヨールのことは許せないのですが……」)
     胸中でそう呟くのは、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)。
     『彼女』の最期を不本意ながらも見届け、更に『彼女』と再会できる機会を潰してしまったメイヨールは、彼女にとっては灼滅するに値する敵。
     けれども……子爵を逃がすことでこの争いを止めたいと言う瑠架の想いは、痛い程に分かる。
    (「ですから、出来る事なら……」)
     灼滅したくはない。
     ――セレスティの心を包み込むように、撫でるように通り過ぎていくそよ風。
    (「この学園は、僕に「帰る場所」をもう一度くれた場所」)
     そよ風に優しく頬を撫でられながら、そっと自分の心の奥底に触れているのは、着物姿の彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131)。
    (「沢山の縁と、絆を繋いでくれた、大切な場所」)
     静かに瞼を閉ざしてみれば、その裏に映し出されるのは、ある灼滅者達と共に先手を切って走り出した部隊の中にいるであろう、幼馴染。
    (「僕は、僕にできることをしよう。キミが、自分にできることを、しているのと同じように」)
    「行こうか、皆」
    「分かりました」
     自らの守りたいという想いを言葉に乗せて。
     そっと仲間達を促すさくらえに、天峰・結城(全方位戦術師・d02939)が首肯する。
     そして……彼等は戦場に向かって走り出す。

     ――最善を尽くす為に。

    ●物量作戦
    「これより、宴を開始する」
    「さっさと退け! 瑠架の所に行く奴等の邪魔はさせないぜ!」
     左腕に影を巻き付けながらスレイヤーカードを解放した刑が、迫りくる蝙蝠たちを、罪を灼く光線で焼き払い、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が雄たけびをあげながら、不死者すらも殺すと言われる名刀、クルースニクで、横一列の隊列を組んでいるタトゥーバット達に一閃。
     先行して駆け抜けた部隊による苛烈な攻撃により、壊滅寸前のタトゥーバット達の残党を灼滅し、一気に道をこじ開ける。
    「行け!」
     和守が、愛銃、『HMG-M2C[Excaliber]』を連射して敵を灼滅しつつ、大声をあげる。
     狙いを正確に定めずとも、迫りくる周囲の敵を殲滅する為に派手に立ち回るのは、この乱戦状況においては良手。
     瞬く間にタトゥーバット達が撃ち落とされているこの状況に気が付いたか、迫りくる大量の吸血鬼達。
     男性のみで構成されている軍勢と、女性のみで構成されている軍勢に別れている。
     恐らく、奴隷級吸血鬼たちの軍勢だろう。
    「二手に分かれましょう」
    「そやな。その方が早く終わりそうや」
     セレスティの提案に、傍で共に戦っていた花衆・七音(デモンズソード・d23621)が小さく首を縦に振る。
    「それじゃあ、私達は右の部隊を。みんなは、左の部隊をお願い!」
    「人の留守を狙って襲撃してくるなんて許せないっ」と、息巻く朝山・千巻(青水晶の風花・d00396)の提案。
    「頼んだぜ!」
    「何かあったら、連絡します!」
     笑みを浮かべて首肯する咲哉とセレスティに七音達が頷き、右の部隊に向かうのとほぼ同時に、セレスティ達は、左の部隊に向かって走り出す。
    「足止めが目的だったのだけど。随分、沢山やって来たわね!」
    (「まあ、戦争の憂さ晴らしもあるから、この位の相手で丁度いいのだけれども」)
     軽く髪を掻き上げつつ、エリノアが鋭く目を細め、周囲の空気を極低温へと引き下げる。
     極低温にまで下がった空気に含まれている水分が凍てついた氷柱の形状となり、飛び掛かって来た吸血鬼達をまとめて射貫いた。
     傷から浸食される様にその身を凍てつかせていく吸血鬼達を、セレスティが天使の様な白翼を羽ばたかせて接近、流水を思わせる穂先を持った蒼きパルチザン、Moonlight’s torrentで心臓を一突き、奴隷の楔から解放する様に灼滅。
     咲哉もまた、凍り付いた吸血鬼の死角から姿を現し、愛刀で袈裟懸けに敵を斬り捨てる。
     仲間が倒されたことに恨みを覚えたか、それとも命令故であろうか、迫りくる吸血鬼達の緋色のオーラを纏った一撃を刀で受けつつ、その背をさくらえに預けながら、視線を目の前に迫り来ている奴隷級ヴァンパイア達の先へと向けた。
    「大丈夫。皆は、自分達の『戦場』に向かったよ」
     微笑しながら自らの過去の全てを映し出す玻璃を掲げ、エリノアたちを守る薄い膜の様な結界を生み出すさくらえに、咲哉が安堵した様に息をつく。
     吸血鬼達がそんな彼らを倒すべく襲い掛かるが、結城が咄嗟に投げつけた断罪輪が、2人の前でグルグルと回転しながら方陣を生み出し、それらの攻撃の勢いを削ぐ。
     勢いを削がれた刃が膜に触れて霧散し、一瞬、呆気にとられる吸血鬼達。
    「踏み込みが足りないぜ!」
     その隙を決して見逃さずに明日香が踏み込み、絶死槍バルドルで喉仏を貫き、敵を灼滅。
     戦う意欲を失ったか、怯んだ吸血鬼達に和守が銃剣付き小銃を上空に構えてトリガーを引く。
     加速して撃ち出された銃弾が、敵の群れの頭上に到達すると同時に音を立てて割れ、小さな無数の礫がパラパラとシャワーの様に吸血鬼達の全身を撃ち抜いた。
     苦し気に呻く吸血鬼達を、刑が帯でまとめて締め上げ灼滅する。
     倒れ逝く女吸血鬼の1人の姿が、『彼女』が灼滅された時と重なり、益々顔を俯けつつ。
    「キリがないわね……指揮官は何処かしら?」
     倒しても倒しても迫り来る吸血鬼達にうんざりしながら、エリノアが大地にバベルブレイカーを突き立てる。
     突き立てられた杭を中心に、大地の一部が咢を開くかの様に地割れを起こし、そこに飲み込まれ力尽きる吸血鬼達。
     切り開かれたその道をセレスティが駆け抜け、1人の女の姿を目で捕える。
     それは、鞭を構え、牙を剥き出しにした、紅の瞳を爛々と輝かせる女のヴァンパイア。
     周囲の配下に鞭を叩きつけ、無理矢理進軍させているその様から、彼女がこの奴隷級ヴァンパイア達の指揮官であることが知れた。
     鞭を振るう女は、嗜虐に満ちた残忍な喜びを感じさせる笑みを浮かべている。
    (「……悪趣味ですね……!」)
    「もう此処まで来たの!? 役に立たない奴等ね!」
    「貴女みたいな方を、許すわけにはいきません!」
     摩擦を変化させた炎を纏ったセレスティの回し蹴りを、鞭をしならせ近くにいる配下を引き寄せ壁にして食い止める指揮官。
    「ギャァァァァ!」
     絶叫と共に燃え尽きていく奴隷級吸血鬼を憐れみつつ、セレスティは追撃に備えて後退し、素早くハンドフォンを頭の中で起動させる。
    「指揮官が見つかりました!」
     七音に連絡しながら、セレスティは合流してきた和守達と共に、指揮官たる女吸血鬼を睨み付けた。
     ――戦いは、まだ終わる気配を見せそうにない。

    ●決着
    「さっさとこいつらを殺しなさい! 私の命令を聞けない屑は、この後厳罰よ!」
     指揮官の号令に、嫌々ながらも殺到してくる奴隷級ヴァンパイア達。
     此処で逃げ出した後の彼女の報復を恐れて。
    「クソ……こいつ……!」
     怒りを覚えて舌打ちしつつ、明日香が絶死槍・バルドルの穂先から、妖冷弾。
     それは統制の取れていない吸血鬼達の間隙を縫って指揮官を射抜いたが、彼女は臆することなく鞭を振るう。
     明日香に迫り来るその鞭を止める為、エリノアが素早く前に飛び出し左腕を締め上げられ、苦痛に顔を歪めた。
    「……やってくれるわね!」
     刀で致命傷になりえる一撃を捌きつつも、負傷を重ねる咲哉を援護すべく、結城がラビリンスアーマーを施しているのに気が付き、エリノアが力を籠めて叫び無理矢理鞭を解く。
    「アンタ達! のんびりしている暇なんてないわよ!」
     ヒュンッ、と地面に鞭を叩きつける指揮官に気圧される様に、吸血鬼達がエリノアに殺到するが……。
    「やらせないよ」
     白蛇を模した白練色の帯でエリノアを巻き取り、自分の後ろへと引き付けて庇うさくらえ。
     緋色のオーラによる斬撃と、赤きオーラを纏った逆十字の矢に連続で射抜かれながらも、尚、微笑みを消すことなく、玻璃に宿りし己の深淵を弾丸へと変換して射出し敵の動きを鈍らせる、さくらえ。
    「さくらえ……!」
    「口説いてくれた女の子を、目の前で怪我させるとかありえないでしょ」
     こんなナリでも、一応男なもんでね、と笑みを零しつつ魂を凌駕。
    「畳みかけなさい!」
     指揮官の指示に、魂を凌駕した直後のさくらえに吸血鬼達が襲い掛かるが……。
    「させないぜ!」
     放たれた逆十字の光を、明日香がクルースニクで相殺し。
    「やらせるか!」
     彼女が捌き切れない攻撃は、咲哉が刀で受け流す。
    「一気に攻めろ!」
     怯む吸血鬼達の隙を見逃さず、和守が檄を飛ばし、銃口が焼け焦げんばかりの勢いで、HMG-M2C[Excaliber]を腰だめに構えて連射し明日香達に群がる吸血鬼達を次々に灼滅。
     それでも尚、我武者羅に襲い掛かって来る吸血鬼達の攻撃を受けながら、咲哉が上空に飛び出し兜割り。
     落下速度を載せられ加速した剣先にマテリアルロッドに籠めている魔力を収束させて指揮官を斬り裂き、耳を劈く爆発音と共に、強かな一撃を加えた。
    「あぐぁ!」
    「力の誇示だけで、人の心を掴めると思うなよ。……これなら子爵の方が、まだマシだ」
     瑠架と言う大切な女を想い、彼女の為に命を賭けて戦う彼の方が。
    「自分の部下を支配して、無理矢理戦わせる貴女には負けません……!」
     鞭による反撃を受けながらも、絶対に倒れぬと魂を凌駕させた咲哉が作った死角から、セレスティがMoonlight’s torrentで指揮官の腕を容赦なく貫く。
     深手を負う彼女に畳みかけるべく、刑が、自らの左手に巻き付けた、誰かからの拒絶や、自分自身の孤独を恐れる想いの具現化した殺影器『鎌罪』を無数の両刃の鎌へと変貌させ、ズタズタに鞭を斬り裂いた。
     得物を斬り裂かれ、地団太踏んで悔しがる指揮官の懐に結城が飛び込み、彼女の急所を断罪輪で抉っていた。
    「あ……アンタ達! なにやっているの! さっさとこいつらを止めなさい!」
     隙を突かれ深手を負った指揮官が狼狽しつつも部下達をけしかける。
     部下たちはノロノロと、だが確実に間合いを詰めて来て、深紅の逆十字の光を撃ち出し攻めてくる。
    「させないわよ!」
     エリノアが明日香の前に飛び出し、撃ち出された光による猛攻に頬や、足、腕などを射抜かれながらも、フリージングデス。
     詠唱により生み出された温度の変化が周囲の吸血鬼達の動きを止め、和守の援護射撃が、まとめて敵を射抜いていく。
     無理矢理もう一度こじ開けた指揮官への道を見逃さず、先程の部下の猛攻を凌いださくらえが、その腕を鬼の様に変化させ、指揮官に強烈な痛打を与えた。
    「ガハッ……?!」
     肺の上から叩きつけられたその攻撃に息を詰める指揮官を、咲哉が日本刀で袈裟懸けに斬り裂いている。
    「グゥ……ああ……!」
    「こいつで……終わらせてやるぜ!」
     怒声と共に明日香が緋色のオーラを這わせたクルースニクで逆袈裟に斬り裂いた時、指揮官は絶叫と共に燃え尽きた。

    ●黄昏の始まり
    「た……隊長がやられた……!」
    「逃げましょう! 逃げるわよ!」
     指揮官を落とした直後、周囲の吸血鬼達が我先にと蜘蛛の子を散らす様に走り出す。
    「なんとか終わりましたね」
     結城が彼女達の様子を見つつ、疲れた様に溜息を1つ。
     思ったより、敵を倒すのに手間取ってしまった。
     それだけ、敵の数が多かったとも言える。
    「待て! そっちに行くんじゃない!」
     同じく周囲の様子を見ていた咲哉が、メイヨールのいそうな方角に駆け出す吸血鬼に気が付き、刀の峰を返して一撃で気絶。
     更に刑が自らの影を撃ち出し、同じくメイヨールのいる方角に逃げ出そうとした吸血鬼を灼滅。
     撤退を始めた者達を追撃する必要はない。
     けれども、子爵と戦っている仲間達の邪魔を、吸血鬼達にさせるわけにもいかないかった。
     それ故の、苦渋の灼滅だった。
    「よし。後は……」
    「子爵、だね」
     和守の呟きにさくらえが頷いたその直後。
     不意に、明日香と刑の背に、ゾクリと悪寒が走った。
    「くっ……?!」
    「これは……」
    「2人とも、大丈夫ですか?」
     結城が心配そうに声を掛けるが、2人の嫌な予感は拭えない。
     明日香は縋る様に胸の逆十字架のペンダントを握り締め。
     刑は、堪えようとするかの様に自らの左腕を強く掴んでいる。

     ――その嫌な予感の正体は……風に乗って届いた報が教えてくれた。

    『黒翼卿メイヨール、灼滅!』
     
    「……!」
     咲哉が目を見開き、セレスティが息を呑み、唖然とするエリノアと顔を見合わせる。
     一瞬、今自分達が立っている場所が、何処であるのかを忘れかけた。
    「……これは……」
     止めるつもりだった。
     メイヨールのいる戦場で、彼を灼滅する為に追撃する者達を止める為、声を張り上げる準備もしていたのに。
     茫然自失の和守の姿を見つめながら、刑の脳裏に目の前で救えなかった者のことが過る。
    (「また……救えなかったのか……?」)
     ふと、刑は自分の両手を開いて見つめていた。
     殺したいとは思っていた。
     でも、瑠架の望みの為にも救いたいとも思っていた。
     刑の想いを共有する様に、周囲を痛い程の沈黙と、刺す様な空気が包んでいる。

     ――まるで、黄昏時の先に訪れる宵闇の様に。

     

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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