届かぬ祈りは誰が為に

    作者:緋翊

     そう。
     遠い日に見た夕日を、覚えている。
     大切な人と共に見た、綺麗な空を。
    「命、またここに逃げ込んでたのね! いつも貴方はそう」
    「……姉さん」
    「今日はどうしたの? クラスの子に苛められた? テストの点数が悪かったの?」
    「ん、と……」
    「まあ、なんでもいいわ。さ、こんな暗い所にいないで。帰りましょう?」
    「うん……」
     少年はいつも、辛い事があると、郊外の廃屋で膝を抱えていた。
     迎えに来てくれるのは、いつだって最愛の姉だった。
    「姉さん、ごめんね……?」
    「今日は夕日が綺麗よ、裕也」
     謝る自分に、明るい微笑みをくれる姉は誇るべき人だった。
     多くの優しさを受けた自分にとって、姉の味方をすることは絶対の真理だった。
    「姉さん」
    「ん?」
    「僕、いつかきっと、強くなるよ。姉さんを護れるくらい、強く」
    「ああ……それは、嬉しいわ」
    「本当に?」
    「本当によ、命」
     姉の役に立てる人間になりたい。
     親が子供を愛さぬ家庭で育った命にとって、姉こそが唯一の家族であり、指標だった。


    「……本当だよ、姉さん。俺は――」
     そう。
     だから、自分は、これから姉の役に立たねばならない。
     多くの血と、肉を――捧げなければ。
     自分と言う存在に、意味は無い。

    「良く集まってくれたな」
     (中学生エクスブレイン・dn0002)は、気難しそうな顔で灼滅者達を教室に迎えた。
     労いの言葉を受けて灼滅者達が席に着く。
    「今日、皆に頼みたいのは……勿論、ダークネスに関する事案だ。具体的に言うと、某所で一般人がダークネスになりかかっている。俗にいう闇堕ちだな。これに対して有効な手を打ってほしい」
     黒板にヤマトが示すのは事件の概要だ。
     事件発生現場は群馬北部。
     その中でも郊外である。
    「ダークネス――ヴァンパイアになりかかっているのは雪村・命。歳は16歳。男性。両親は幼い頃に離婚していて、今は姉と一緒に暮らしている。だが……どうも先日、その姉、雪村・舞がヴァンパイアに闇堕ちしたらしくてな。それで、弟である命も共にヴァンパイアに闇堕ちしかけているというワケだ」
     ヴァンパイアは闇堕ちする際、近しいものが同時に落ちてしまう性質のダークネスだ。
     放っておけば、間違いなく命もヴァンパイアと化すだろう。
     通常であれば、即座にダークネスと化すところではあるが――。
     幸い、命は人間としての意識を未だ残している。
     故に今回は、命に灼滅者の素質があるようであれば、闇堕ちからの救出を。
     その前に完全なダークネスになるようであれば――灼滅を、もたらす必要があるのだ。
    「最悪の事態だけは避けなくてはならない。ヴァンパイアは強力なダークネスだし――」
     少しだけ小さな声で。
     ヤマトは続けた。
    「……理不尽な形で人生を終わらせてしまう人間は、少ない方がいい。そうじゃないか?」

    「お前達は群馬北部の、ここ――地図に印をつけておいた。持って行ってくれ――郊外の廃屋に行ってほしい。どうやら対象は昔からここに出入りしていたらしい。今はここを拠点に待機しているが……今夜、人を襲い、殺すだろう。姉の命令で、な」
     人を、殺す。
     しかも、愛する家族の願いで。
     それは最悪の過ちだ。
     灼滅者達の顔が、一様に曇る。
    「幸い、姉はいない。命に人を襲うよう命令だけしておいて、別の場所で活動しているんだろう」
     ヴァンパイアは強力だ。
     今回、強敵二体を同時に相手取るという事態にはならないようで、それは不幸中の幸いだった。
    「闇堕ち状態の人間を救う為には、戦闘で打ち倒す必要がある……つまり、今回は雪村命との戦闘が必須の任務だ。間に合うようであれば灼滅者になるし、そうでなければ、滅ぶ」
     ヤマトが目を伏せる。
     どちらにせよ、危険な任務だ。
     もっとも、灼滅者である以上、危険と隣り合わせの日常を送らなくてはならない。
     それは――目の前の灼滅者達自身が、誰よりも理解している筈だった。
    「……接触は容易だ。まず、廃屋へ無防備を装った囮を数人先行させれば、間違いなく敵は逃走せず、囮を襲うだろう。その後、全員で敵を倒せばいい」
     それと、もう一つ。
     敵の戦闘力について補足があると、ヤマトは言う。
    「雪村命は、未だ人の心を持っていると言ったよな? その点を活かす方法がある。具体的には、先頭の際、彼の人間の心に呼びかけることで、戦闘力を下げることが出来る、かもしれない。勿論、相手の心理状態と、説得の内容に依存するから、戦術は十分に練り込まなければいけないが……」
     なんにせよ、人の心が残っているというのは、悪い事ではない。
     肩を竦めるヤマトは、皮肉屋を気取ろうとして失敗した者の表情をしていた――。
    「危険で、急な任務だが宜しく頼む。なにせ、彼はまだ、人を殺していないんだ」
     おそらく。
     それが、最も言いたかったことなのだろう。
     ヤマトは、祈るように呟いた。
    「彼の魂を救ってやってくれ。それが出来るのは、もはや、お前達だけなのだから……」


    参加者
    西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)
    シャルロット・メディナ(Mort d Silence・d00758)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)
    不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)
    日下部・讃良(うたかた・d07081)
    ユークレース・シファ(クリアトーン・d07164)
    向日・葵咲(エクリプスキャット・d09295)

    ■リプレイ

    ●鬼の住処へ
     ――そうして、同日夜。
     ひっそりと佇む廃屋へと、灼滅者達は到着していた。
    「それじゃ、行ってくる。手筈は、確認しなくても?」
    「大丈夫、です。どうかお気をつけて……」
     言葉は最小限。
     響くのは、二人の声。
     森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)とユークレース・シファ(クリアトーン・d07164)のそれだ。
     ユークレースの不安に答えるように、彼女の胸元で、ナノナノのなっちんが震える。
    『?』
    「……ん。大丈夫、だよ」
     作戦では、廃屋へ先行する人員が三名。
     彼等は、
    「敵を誘き出す囮。責任は、ああ、重大だな」
    「緊張するね……でも、がんばるよ!」
     そう。
     作戦の要、囮役だ。
     西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)に日下部・讃良(うたかた・d07081)が笑う。
     おそらく、何もかもが遅すぎるということはない。
     きっと、希望か、それに類するものが――この世には落ちている筈だった。
     微かな頷きを残して、煉夜、葛西、讃良が廃屋に侵入。
     後のメンバーは、ひとまず待機だ。
    (「……大丈夫。しっかりしなきゃ守れるものも守れない」)
     仲間を見送る向日・葵咲(エクリプスキャット・d09295)の視線は険しい。
     或いは、天涯孤独を経験した自分を――今回の目標に感じているのかもしれない。
     ぎゅ、と、握り締めたライオンのキーホルダーが微かに呻く。
    「姉弟揃って助けたいところじゃが、果たして姉は……否、詮無き事か」
    「そうそう。色々考えてしまうけれど、まずは目の前の依頼に全力よ?」
     不遇の敵。
     そのイメージを連想し、思わず呟く不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)に、西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)が微笑を向けた。姉をも救いたいと考える心は、尊く、そして保たれるべきだ――例え、幾らかの儚さを伴うとしても。
    「……必ず、救って見せるの」
     闇の先を見据えて、シャルロット・メディナ(Mort d Silence・d00758)が一言。
     否定するものは、誰もいなかった。

    ●襲来
     廃屋は、予想通りに暗かった。
     月明かりが微かに屋内を照らすが、それはあまりにも薄い光だ……。
    「暗いね……どこから行こうか?」
    「一階を虱潰しに、かな」
     肩を竦める讃良に葛西が答える。
     視線を煉夜に送ってみるが、彼もまた、肯定の頷きを返してくる。
     とりあえず、玄関から右手、どうやらリビングらしい空間を探索。
     誰も――いない。
     その後、一階は全て回ったものの、命を見つけることは出来なかった。
    (「二階か?」)
     黙考は一瞬。
     三人は、比較的落ち着いた足取りで階段を上がる。
    (「しかし……間違いなくバレているな、これは」)
     なんとなしに煉夜が苦笑する。
     老朽化した廃屋は、歩く度、ぎしりと軋む。
     どこに敵が隠れているかはわからないが、おそらく邂逅は近い筈だ。
     そして、二階に到達し、手近な部屋を開けたところで――。
    「……」
    「っ!?」
     居た。
     若い男だ。歳は自分達とそう変わらないだろう。
     この男が、雪村命だ。
    「びっくりしたの! ……おばけさんじゃ、ないんだよね?」
    「……ああ」
     讃良の言葉に、命がゆっくりと頷く。
     だが……灼滅者たる彼らには分かっていた。
    「俺は、人間だよ」
     目の前の男が殺気を放っていることに。
     呟く声が、極めて不安げに揺れていることに。
    (「戦闘は、可能だな!」)
     電気が通っていないことを確認していた煉夜が目を細める。
     その部屋の天井は大穴が空いており、月明かりは比較的多量だ。
    「家族のため、か……同情はするがな!」
     瞬間、葛西が笛を取出して、大きく鳴らす。
    「お前……!?」
     流石に予想外だったのか、命が瞠目した。
     もしかしたら、それは、葛西の呟きに反応したものかもしれないが。
    「良し、間に合ったか!」
     瞬く間に、待機組が部屋に到達。
     会心の笑みを浮かべる読魅を初めとして、全戦力が戦場を埋め尽くした。
     この集合は有効だった。
     もしも囮役が一時的撤退を選んでいたら、合流する前に痛手を被っていただろう。
    (「悲しい眼をしています……」)
     相対するのは、まるで、世界のすべてを恨んでいるかのような命の瞳。
     ユークレースは思わず心中で呟いた。
     まだ、彼は、間に合うだろうか。
     否、間に合っていると、信じなければ。
     まだ、誰も死んで、いないのだから。
    「姉の命で成しているこの行為が……正しいと思うか?」
    「お前達……何者だ? 何故、俺の事を――姉さんのことを知っている!」
     葵咲と命の視線が、正面からぶつかる。
     命は怪訝そうにしているが、やがて敵意がソレを覆い尽くしたようだ。
    「……まあいい。俺は姉さんの願いを叶えるだけだ……俺には、もう、それしか無い……!」
     臨戦態勢に移る。
     灼滅者達も戦闘は不可避だと知っていた。
     故に、迎撃の構えへ移行する。
    「お母様……お父様……シャルは必ず成し遂げてみせるの……」
     赤いゴーグルの奥に強い力を宿してシャルロットは誓いを立てる。
     張りつめた空気は、息が詰まりそうだ。
     けれど、負けない。
    「……おおおおおおおおおお!!!」
     命の雄叫びを聞きながら、灼滅者達は戦闘を開始した。

    ●月下戦場
    「先手を取らせて貰うぞ……!」
    「ええ、そうね……!」
     戦闘開始の先制は灼滅者側だった。
     読魅と麦秋のヴァンパイアミストが、周囲の味方に破壊の力を付与する。
    「――どんな理由があっても。人を殺すのは、いけないことなの!」
    「ッ、貴様に何が解る!?」
     続く一撃は讃良の地獄投げ。
     クラッシャーの力に強化スキルの恩恵と、幾重にも重なった攻撃は強烈だ。
     だが、それでも、命は顔を一瞬顰めただけだった。
    「命は……とても、悲しそうな目をしてると思う、です」
    「何を……!」
     だから、ここで戻って、と――。
     命へ攻め入るのはユークレースと、相棒の一撃。
    「アンタ、ホントは気づいてるんでしょ?  どうするのが本当に姉さんの為なのかって……」
    「ッ」
     麦秋の言葉に、命の顔が一層厳しくなる。
     微笑を崩さない麦秋には、独特の凄味があった。
    「心の闇は、抱えて進むことも出来るの!」
    「知ったような口を!」
     麦秋の意志を引き継ぎ、叫ぶのはシャルロット。
    「そう――わたしは、知っているの……闇に飲まれる痛みを!」
    「!?」
     同時、テッドブラスターの力が、命の肩口を焼く。
     それでも、まだ命が消耗する様子はない。
     けれど――それは多分、身体的な状態のみを対象とした場合に言えること。
    「……分かる、ものか」
     命の表情は、優れない。
     灼滅者達の言葉は、きっと届いている。
    「分かるものかァァァァァ!!」
    「ち、」
     攻撃対象は煉夜だ。
     紅蓮の殺意が、舌打ちする彼の胸部に襲い掛かる!
    (「冗談じゃないぞ、これはッ……!?」)
     体力が吸い取られる感触が、激痛に交じる。
     一撃が、重い。
     ディフェンダーの加護を受けて尚、煉夜は意識を繋ぎ止めるために努力を要した。
    「支援する!」
    「すまない!」
     葵咲の回復に一息ついて、彼は礼を言う。
    「……無策じゃ、危なかったかもね」
     思わず、麦秋が呟きを漏らした。
     おそらく、命の精神は灼滅者達の言葉で乱されている。
     つまり、迷いを持ちながら戦って、この破格の性能を実現しているのである。
    「姉が君に命令した時、姉はどんな顔をしていたか、どんな目をしていたか……君は覚えているか?」
    「……当然だ」
     自己強化を図りつつ、静かに問うのは葛西だ。
     命は、小さく、短く返答する。
    「……心の底から、そう言えるか?」
    「……馬鹿な事だ。お前は、お前達の言う事は、戯言だ……」
     澄み切った湖面を思わせる葛西の質問に、戸惑う様に。
    「「本当に……」」
     続く言葉は、讃良とシャルロットのもの。
     言葉が重なり、彼女達は意思を示す。
    「……命の知ってる優しいお姉さんは、本当にそんなことを望む人だったのかな?」
    「黙れ……」
    「姉の命令とはいえ、本当に人を手にかけては、姉もお主も後戻りできぬぞよ」
    「黙れ!」
     攻めるべきは今。
     伝える熱意は、きっと力を持つ。
     浅く頷いて読魅が説得を引き継ぐ。
     命は――。
    「煩い、煩い煩い煩い煩い煩い! お前達は……何故、俺の心を乱す!? 俺は、」

     ――俺には、姉さんしか、いないのに。

     絞り出す青年の声は、どこか、泣き声のようだった。
    「姉は君が人を傷つける事、君の心が傷つくような事を望むような人か?」
    「う、」
    「今の姉を守ることは君の大好きな姉を守ることにならないんだ!」
    「……うああああああああああ!!!!」
     沈痛な面持ちで、葵咲が、言ったとき。
     遂に彼は、悲鳴のような叫び声で攻撃を再開する。
    「命」
     叫ぶ命に、ユークレースは力強く言った。
    「あなたを、必ず、救ってみせるのです」
    「あああああああああああ!!!」
     そう。
     彼にはまだ、絶望以外に残されているものが、ある筈だから。

    ●届かぬ祈りは誰が為に
     祈りにも似た情熱と共に戦い始めて、暫しの時が経過した。
     敵は強力だが、説得の効果は確実に出ている。
     もしも――命の発見時、囮の灼滅者が真正面から隙を見せず戦う姿勢を見せなかったら。
     もしも――説得に真の思いやりがなかったら。
     戦況は変わっていただろう。
     もちろん、悪い意味で。
    「俺は、姉さんを護る……!」
    「護ると言うなら、何故此処にいる。お前は姉の優しさに甘えて逃げているだけだ」
    「違う!」
     見切りの発生に備え紅蓮斬からギルティクロスに攻撃手段を交換して、
     未だ冷静さを失わないのは葛西の声だ。
    「君の姉は本当にこんな事を望む人だったのか? これが本当に正しく喜ばれることだと、本心から思えるのか……お前の好きだった人は、違うんじゃないか?」
    「当然だ。姉さんは……」
     立て続けに攻撃と、そして言葉を重ね続ける灼滅者。
     殺傷ダメージが累積した為、後方へ移動した――これは英断だった。前線に居続けた場合、戦闘不能に陥っていた可能性は非常に高い――煉夜が次に問う。
    「姉さんは……いつも、正しかった。護ってくれた!」
     それに。
     もう、戻ることなんて、出来ない――。
     紡がれた声には、弱さが含まれつつある。
    「真に姉を救いたければ、妾達が手を貸すのじゃ」
    「……命。あなた自身がどうしたいのか、それを、ささらは聞きたいの」
    「くっ……」
     読魅の紅蓮が、讃良の鋼鉄拳と連携し、命を逃がさない。
     ぐらり、と、遂にその体が揺れ始める。
    「俺は、俺だけはっ……姉さんの味方なんだ! 俺にはあの人しか居ない!」
    「っ!?」
     だが、逆襲の力は、未だ大きい。
     紅の十字架が讃良に触れた瞬間、大きな衝撃が彼女を襲う!
    「立て直すぞ!」
     回復スキルを使用可能な者が、メディックにポジションを替えて、すかさず回復スキルを多重発動させる。回復不能なダメージのことを考えると前線の交換についてやや不安が残ったが、素早い多重回復の実施はその不安をカヴァー出来たと言える。命が心を乱され、攻撃対象を集中しなかったことも灼滅者達には有利に働いた。
    「ッ」
     シールドリングを行使しながら、思わず一歩を踏み出したのは、葵咲だ。
     君は一人じゃないと、心の限りに叫びをあげる――。
    「私達は君が闇に飲まれないことを信じている。君の世界を閉じないで……一緒に行こう?」
    「何を……」
    「イイ男がいつまでオネェチャンに寄りかかってんの。ずっと助けられてきたんなら、今度はアンタが姉さんを助けてあげなさいよ……男の子でしょ?」
    「ッ……」
     ギルティクロスを放つ麦秋の瞳は、優しいものだった。
     まるで、その言葉そのものに触れられたように、命が震える。
    「殺されてしまう人も、命も、お姉さんも悲しいまま……そんなのは、嫌です……!」
    「!」
     命の反撃は弱々しく。
     油断せず、攻撃を受けた読魅を癒しつつ、ユークレースは命を見る。
     眼を逸らさずに。
     精一杯の気持ちを、声に託して。
    「なん、だよ……」
     遂に。
     攻撃の限界が来たのか。
     それとも、精神が限界を迎えたのか。
     命は、血まみれのまま、呟いた。
    「どうして……そんなコト言うんだ。あんた達は……俺を殺したいんじゃ、ないのか」
    「……違うの。あなたを、救いに来たの」
     シャルロットが、バスターライフルの標準を向けて、命に言う。
     命は――泣いていた。
     秋雨の中、親を見失った子供のように――くしゃりと顔を歪ませて。
    「ああ……」
    「貴方に神の祝福を……Amen」
    「……そうか」
     ジャッジメントレイの力が、全てを照らす。
     限界を迎えた命は、その力を受けて、ようやく膝を折ることができた……。

    ●道は此処に
     結論から言えば、雪村命には素質があった。
     灼滅者達が固唾を呑んで見守る中、彼は消滅しなかったのだ。
    「……生きられる道が、あったんだな」
     小さく。
     誰にも聞かれぬ程度の呟きを葛西が洩らす。
     冷静な表情の下、止めを刺す役目を引き受ける覚悟さえ持ち合わせていた彼は――。
     心中でのみ祝福を叫んで、柔らかく微笑した。
    「俺、は……」
    「生還おめでと。さて、あたし達の話を聞く気はあるのかしら?」
     顔を上げる命を、麦秋の微笑みが受け止めた。
     命に否はない。
     だから彼は、話した――自分達の所属する組織についても。
    「そうか……」
     噛み締めるように、命が呟く。
    「俺は……そういう風に、生きても、良いんだな……」
    「そういう事だ。だから――これから宜しく、と言っても?」
    「ああ、それは、勿論」
     葵咲が差し出した手を。
     そこにあるキーホルダーを、包み込むようにして受ける。
     この瞬間、彼は確かに、光に踏み出した。
    「きっと……この学園は、命にとって優しい場所になると、思うです」
    「本当に、良かったの。一人では耐えられない痛みでも、分かち合えば耐えられるから……」
     ユークレースが。
     シャルロットが。
     邪気のない笑みを、命に向ける。
     辛い境遇の人間は、学園にも数多い。
     けれど、それでも、闇に屈さずに、誰もが歩いているのだ。
    「……ありがとう」
     命が、初めて笑った。
    「君達は、俺の命の恩人だ……大きい借りだ。でも、必ず返す。そして、一生忘れない……」
     はっきりとした声で、彼は誓う。
     ここにまた一人、灼滅者が誕生した。
    「(いつか、彼の姉と会うときもあるのだろうか……)」
    「(まだ人を殺めていなければ、希望はあるのじゃ)」
    「(そう、だな)」
     小さな呟きは読魅と煉夜のものだ。
     先が開けた以上、展望について思いを馳せることは必要だ――。
    「さあ、みんなで帰ろ。それでね、ヤマトの笑顔を見にいこう!」
     ともあれ、この場所での事件は終了した。
     讃良の笑顔に、皆は頷いて、学園へと帰還する。
     光の道を示された、新たな仲間と共に。

    作者:緋翊 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 9
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ