黒翼卿迎撃戦~羽ばたく黒は号砲

    作者:灰紫黄

     異変が起きたのは、名古屋で灼滅者が???達を迎え撃っている、そのときのことだ。
    「ちょっと待って、どういうこと……!?」
     学園で待機していた口日・目(高校生エクスブレイン・DN0077)の瞳に写ったのは、巨大な白炎の柱だった。そう、それはブレイスゲートに似た……。
     そして、そこからダークネスの軍勢が姿を現す。
     かつての戦いでも見られた吸血鬼の軍勢だけではない。さらに、竜種イフリート、スサノオ、動物型の眷属まで揃っている。朱雀門と袂を分かったとされる朱雀門瑠架の勢力が総攻撃を仕掛けてきたのだ。
     狙いはおそらく、サイキックアブソーバー。

     武蔵野に現れた軍勢、その中心。巨漢というにも行き過ぎた男が車いすに乗り、背後の少女に話しかけている。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     男の思惑とは裏腹に、少女は撤退の機を模索していた。と、そこに配下が慌てて飛び込んでくる。
    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています」
     これは吉報か否かは分からない。いずれにせよ、まだ何も決まっていないのだ。

     目はひどく憔悴していた。一杯の水を飲み干してから、ようやく口を開いた。
    「ええと、戻ってきてくれてありがとう……名古屋のことを考えるとそうも言ってられないんだろうけど、とにかくこれで反撃の芽が出てきたわ」
     灼滅者達が戻らなければ、爵位級ヴァンパイア率いる軍勢によって武蔵坂学園は占領され、サイキックアブソーバーは破壊されていただろう。
    「メイヨールはやる気マンマンみたいだけど、他の指揮官クラスはそうでもないみたい。これは付け入る隙になるかもしれないわ」
     敵の布陣は、
     前線中央に黒翼卿メイヨール。
     その後ろに、朱雀門瑠架。
     前線左翼に竜種ファフニール。
     前線右翼に義の犬士・ラゴウ。
     そして後方に、スサノオの姫ナミダがいる。
     ちなみにソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で、去就に迷っている状況のようだ。
    「メイヨールさえ撃退すれば、向こうは退いてくれるはずよ。具体的な方法は任せちゃうけど、みんなならなんとかできるって信じてる。というか、信じさせて」
     今までも灼滅者は多くの敵を打ち破ってきた。今度も、学園を守ってくれる。そう信じなければ、送り出すこともできない。
    「あと、校長が少し前に戻ってきてるらしいわ。迎撃のあとで話があるとか……いえ、今は目の前の敵に集中して」
     エクスブレインとして目に言えるのはそれくらいだ。だから、彼女の仕事はここまで。あとは全て、灼滅者に懸かっているのだ。

    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     見かけに反して戦意にたぎるメイヨール。その傍らで、瑠架は思案を巡らせていた。
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)

     義の犬士・ラゴウは武人として主の命を守る気のようだ。
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     一方で、彼の盟友たる竜種ファフニールは文字通りに燃えていた。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」

     さらに、
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     大悪魔ヴァレフォールには思惑があり、
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     スサノオの姫ナミダは撤退するダークネスを支援するため、後方へと動いた。


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    氷上・鈴音(絶対零度の氷の刃・d04638)
    天渡・凜(心の声の導くままに・d05491)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)

    ■リプレイ

    ●血路
     それは、圧倒的な戦いになるはずだった。武蔵坂学園の主戦力が名古屋に出征しているうちに、学園を襲う計画。けれど、その狙いは一瞬にして崩れた。速やかにトリプルクエスチョンを討ち取った灼滅者は反転、学園に舞い戻ったのだ。
     吸血鬼の軍勢には拭いきれない動揺が広がり、戦意の差は不和となって戦場を蝕む。
    「吸血鬼魔女団の一陣と二陣、鉄竜騎兵団の三陣と四陣を本隊の救援に」
    「しかし、それでは手薄になり過ぎます。前線を突破された場合、ここを維持出来なくなります」
     灼滅者の攻撃は、大将であるメイヨールに向かう。いかに子爵といえど、サイキックアブソーバーによる制約と帰るべき場所を守る戦士の士気には敵うまい。
    「それよりもむしろ、速やかな撤退を上申します。今ならまだ安全です」
    「黒翼卿が討たれれば、これまでの全ては水泡に帰します。それに、自ら降りるなど、私には許されません。……急ぎ黒翼卿を撤退させなさい。我々の撤退はその後です」
    「ですが……」
     なおも引き下がらぬ部下に、瑠架は白いハンカチを手渡した。
    「黒翼卿に合流したならば、瑠架が心細く思っており、子爵に傍にいて欲しいと言っていたと伝えなさい。……このハンカチを渡せば、私の言葉だと信じてくれるでしょう」
    「……承知致しました」
     瑠架の覚悟に、魔女団の部隊長も言葉を飲み込んだ。深く頷き、隊員とともに前に出る。
    「続け!」
    「我等も急ぐぞ!」
     魔女団、騎兵団ともにメイヨールの元へ向かう。急げ、急げ、急げ。

     朱雀門・瑠架の迎撃に向かったのは五班。メイヨール迎撃に向かう灼滅者も多く、想定していたより容易に瑠架へ近付くことができたようだ。さらに前線に向かった部隊を一班が、残る部隊も二つの班が抑えてくれた。
     ならば、あとは瑠架に迫るのみ。
    「いた、あそこよ!」
     先頭を走っていた玉城・曜灯(紅風纏う子花・d29034) が、求めていた姿を認めて叫びを上げた。その行く手を、学生を服を着た吸血鬼が遮った。離反した瑠架に賛同した朱雀門の生徒だろう。その手にはクルセイドソードがある。
    「向かってくるなら……っ!」
     跳ねるような歌声が護りごとヴァンパイアを砕く。エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136) だ。明るい旋律は、ときに高く切ない色を帯びる。
    「お願い、邪魔をしないで!」
     天渡・凜(心の声の導くままに・d05491) のロッドの紫黄水晶が輝き、雷閃を放つ。できれば戦いたくはない。だが、選択肢などないのだ。
    「いやー、友達が危険な目にあった事、結構頭にきてるんだよ……?」
     霊犬のティンの援護に合わせ、桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800) は鬼の腕を叩き込んだ。学園にいるのは灼滅者だけではない。エクスブレインや教員職員もいる。その危険を思うと、瞳に宿る怒りも自然と温度を増していく。
    「ごめんんさい、でも……っ」
     小さく呟き、源野・晶子(うっかりライダー・d00352) はライフルの引き金を引いた。戦いになれば手加減はできない。敵を選べぬ苦悩が指を鈍らせることはなかった。なぜなら、今は学園を背に戦っているのだから。
    「すみません、副会長……」
     灼滅者の攻撃に、生徒の一人が倒れた。敵地に乗り込むには未熟すぎたようだ。激戦を経た灼滅者の前には、時間稼ぎにもならない。
     仲間を灼滅されて怯む護衛の隙を突き、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765) が瑠架に近付いた。
    「瑠架さん、お久しぶりです……今回も、こんな形でお会いする事になってしまって……」
     小さな手には、空色のリボンをしのばせた封筒が。戦うためではない。言葉を交わすためにこそ、灼滅者達は瑠架の元へとたどり着いたのだ。

    ●朱姫
     瑠架への手紙。同じことを考える班は他にもあったようだ。先に届いた手紙に目を通してから、彼女はアリスの手紙を開いた。
    「……なるほど。私と話がしたい、ですか」
     表情を変えず、瑠架は手紙を閉じた。もはやその余裕さえないのかもしれないが。
    「撤退しなくてもいいの? 僕らが言うのもおかしいかもしれないけど、ここは危険だよ」
     護衛に威圧を与えながら、崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213) が問うた。瑠架の身を案じるのもあるが、敵を学園から退ける意味も大きい。大返しによって盛り返したとはいえ、まだ学園は危機を脱していないのだから。
    「いえ。子爵が撤退されるまで、撤退はあり得ません。それはできないのです」
    「どうして、メイヨールがそんなに重要なの? 子爵だから?」
    「その通りです。彼は爵位級吸血鬼。灼滅されれば……武蔵坂学園と本国との関係は完全に破綻してしまいます」
     瑠架は少し言葉を選びながら、自らの考えを口にした。それは予想もつかない言葉だったが、だからこそ嘘を言っているようには見えない。
    「ちょっと待って、破綻も何も元から敵同士でしょ? どうしてそうなるのかしら」
     氷上・鈴音(絶対零度の氷の刃・d04638) だけでなく、他の灼滅者も困惑を隠せない。
    「いいえ。爵位級吸血鬼達はまだ武蔵坂学園を……その、重要視はしてはいません。そもそも敵対しているとは思ってないのです」
     それは余りにも大きすぎる、強すぎるが故の傲慢だ。だがだからこそ、瑠架の思惑は成立する。古き吸血鬼と若き戦士の狭間にこそ、自らの役目があると彼女は言った。
    「サイキックアブソーバー……サイキックエナジーを吸収する存在の登場で、世界は変革のチャンスを得ました。現在の強力なダークネスが隔離された世界は、力ない人々が虐げられずに暮らす事ができる世界だと私は考えています」
    「本当に? みんな平和に暮らせるなら、ボク達はこうはなっていないんじゃないかな」
     ぴこぴこ羽を揺らしながら、エメラルが口を挟む。彼女は人造灼滅者だ。ダークネスの力と身体を人の心で御する者。ダークネスと戦うために、自ら手術を受けた者も多い。
    「はい。力を取り戻したダークネスは己の欲望のままに暴れ、人々を傷付けるでしょう。それを止めるには、絶対的な力が必要です。それが爵位級吸血鬼とあなた方、武蔵坂学園なのです」
     ひとつに、『爵位級吸血鬼』という権威。ひとつに、『武蔵坂学園』というサイキックアブソーバーに阻まれぬ力。この名と実を合わせることこそ瑠架の真意だった。
    「それって、つまり……」
     言いよどむ鈴音の言葉を、瑠架が継ぐ。静かではあるが、その裏には強い意志が秘められていた。
    「はい。武蔵坂学園を『朱雀門高校の下部組織』とすることです」

    ●理想
    「えっ……?」
     灼滅者達に衝撃が走った。瑠架の言葉は、それだけなら直接的な宣戦布告なのだから。
    「武蔵坂を朱雀門に併合する……それが朱雀門さんの望みなんですか?」
     おそるおそる尋ねる晶子に、
    「あくまで形式的に、です。ですが、それでいいのです。武蔵坂学園を取り込んだ吸血鬼は他のダークネスを圧倒するでしょう。実際には、武蔵坂学園と朱雀門高校が協力して平和を維持しつつ、爵位級吸血鬼に対しては『爵位級吸血鬼の権威の下に世界は征服されている』という体裁になります」
     瑠架は丁寧に答えた。淀みはない。ずっと前から、用意していた答えなのだろう。誰でもなく自分に。探し、求め、定めたもの。
     また、爵位級吸血鬼の傘下に入る利点もあると彼女は付け加えた。
    「それがあなたの目指す世界なの? なら今まで朱雀門がしてきたことはなに?」
     瑠架と言葉を交わしたいと思っていた灼滅者は少なくない。曜灯もその一人だ。だがそれが叶いつつある一方で、また新たな疑問も生まれる。
    「私の考えでは多くの人々を救えるでしょうが、残念ながら全ての人々を救うことはできません。……例えば爵位級吸血鬼が弱体化して活動し、戯れに人を殺すことは止められません。あるいは、同盟或いは従属したダークネス組織についてもある程度の自由は認めなければならないでしょう」
    「それって、大勢を助けるために少数を見捨てるってことだよね?」
     來鯉の表情は険しい。ヒーローを名乗る者として、認められない考えだった。
    「……否定はしません。ですから、今の武蔵坂学園は私の考えを受け入れてもらえないでしょう。私の考えを受け入れてもらうためには、朱雀門高校を武蔵坂学園に匹敵する勢力とし、対等の立場で話し合いを行う必要があると考えたのです」
     当時は武蔵坂学園を意識していたかは分からないが、転校生事件、デモノイドやデモノイドロードの取り込みなど、朱雀門高校が関わった事件は多い。吸血鬼だけでなく他種族の勧誘にも積極的だった。その行動は戦力の増強に一貫しており、瑠架の言う、『サイキックアブソーバー影響化での戦力』を集めようとしたのだろう。
     瑠架の具体的な考えが見えた一方で、それは朱雀門の総意ではないと彼女は続けた。指導者である生徒会長とはかなり相違があるらしい。
    「瑠架さんも……会長と同じ考えなんですか?」
     そうではないはずだ、とアリスの表情からは読み取れた。それはほとんど期待や願望に近いものだが、間違いではなかった。
    「いいえ。人間の心の中にも灼滅者の心の中にも、ダークネスは存在します。また、ダークネスである私達もかつては人間でした。ならば、必ず分かり合える。私はそう信じています。信じたいのです」

    ●霹靂
     瑠架の理想、信念。それらは正しく伝えられたはずだ。
     未熟な理想論、机上の空論と笑う者もいるかもしれない。けれど、その底にある心を灼滅者達は見た。
    「そのために、メイヨールに死なれると困るんですね……言うこと全てが正しいとは思いませんが、あなたは真摯な人だと思います」
     夕月の言葉に、場の緊張がほんの少しだけ緩む。多数のために、少数を切り捨てる。それが本当に人々を救うとは限らないだろう。だが、お互いに言葉を尽くし、交わすだけの相手と確認できた。
    「分かりました、メイヨールは灼滅せずに撤退させるようにしましょう」
     武蔵坂を代表する意見では無いが、その真摯な言葉は瑠架の心に響いたようだ。
    「ええ、お願いします」
     わずかに頷く瑠架。ほとんど動じぬ表情に、刹那だけ安堵が見えた気がした。
     だが、雷がそれを引き裂いた。メイヨールを撤退させようと動き始めた灼滅者に報せが届いたのだ。
    「メイヨールの灼滅に成功した!?」
     本来なら喜ぶべきはずの情報だ。これで敵軍は撤退し、学園は危機を脱するのだから。素直にそれを喜べないのは当然、瑠架がいるから。報は瑠架にも届いていたらしく、どんなときも保っていた冷静さが乱れていく。
    「そんな、子爵が…………」
     目は大きく見開かれ、肩も震えている。将としての威厳はもはや失われていた。
    「撤退させると……、約束したばかりなのに」
     赤い瞳からこぼれる涙はひと雫。支えを失った心は前兆さえなく一瞬で倒れた。意識もそれに伴って断絶。地面に倒れる前に、凜が抱き留めた。
     将を失った吸血鬼軍はなす術なく撤退していく。灼滅者達は警戒しながら、力ない背中を見送った。
    「……今のわたしの心みたい」
     気を失った瑠架を背に負い、凜はロッドを見上げた。紫黄水晶がうっすら曇っている。
     敵が撤退するにつれて、戦果も徐々に明らかになっていく。学園を守るための戦いは、灼滅者の勝利に終わったのだ。この決戦が新たな戦いの口火とならぬよう祈りながら、灼滅者達は帰路に就いた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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