黒翼卿迎撃戦～討ちてしやまむ

■リプレイ

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　灼滅者たちは、通い慣れた武蔵野の地を駆けていた。
　黒翼卿メイヨールによる武蔵坂学園襲撃。
　ハンドレッド・コルドロンを釣り餌に灼滅者の留守を狙ってのものだったが、あまりにも早く戦いに勝利し、取って返し戻ってきたがためにその目論見は阻止されようとしていた。
　彼らの戻りがあと少しでも遅ければ武蔵坂学園は陥落し、灼滅者たちは学び舎を取り戻すために戦うこととなっていただろう。
　大軍を率いるダークネスの中で灼滅者たちが目的とするのは、黒翼卿メイヨールただひとり。
　戦端を切る前に空月・陽太（魔弾の悪魔の弟子・d25198）は空からメイヨール子爵の居場所を確かめていた。　敵の群れの相手を仲間たちが引き受けるのを任せ、時に襲いかかってくる敵をいなして、まっすぐに。
「あの肉ダルマ、ビジュアル的に耐えられないんだよな」
　駆けながら、住矢・慧樹（クロスファイア・d04132）が本心を口にする。
「あいつを落とせば何かが変わりそうだ……！　いくぜっ！」
　ぐっと得物を持つ手に力を込め足を速める。
　彼だけではない。一番槍となるつもりで、皆一心不乱だった。
「例え私が闇堕ちしていても、この大軍を単独で突っ切るのは無理ですからね」
　積極的に前へ進もうとする仲間たちに、九形・皆無（黒炎夜叉・d25213）が諌める言葉をかけた。
「回りをちゃんとみて下さい、連携を忘れぬよう」
「ああ！」
　先月まで闇堕ちしてた男が言うとブラックジョークですねと内心で自嘲する彼に短く応え、荒矢・識（紅蓮の切先・d04612）が地面を力強く踏み込む。
「ただでさえ名古屋で多数の犠牲者が出てるのに、ここで負けたら東京でも、いや世界中で大惨事が巻き起こる。そんなの看過できるわけがねぇ！　だから奴らには早々に退場してもらおう！」
　メイヨール子爵の元へと急ぐ灼滅者は彼らだけではなかった。余裕を見ては他のチームの灼滅者たちと連絡を取り、突出せず孤立しないように注意し立ち回る。
　途中、朱雀門・瑠架の軍勢からの援軍が来たという情報が届きそちらへ行きかけるが、到着する前に他のチームが足止めに入ったために再びメイヨール子爵の元へと急いだ。
　と。
「何だ……？」
　不意に戦いの流れが変わる。敵が撤退を始めたのだ。
　まさかと思いいっそうに早く向かおうとする灼滅者たちの前に、異様な光景が飛び込んでくる。
　ぽよんぽよん、ぽよよん、ぽーん。
　巨大な肉塊が、体中に包帯を巻いた3体の女性ヴァンパイアを従え、飛び跳ねながら移動していた。
　我が目を疑う灼滅者たちの前でソレ……黒翼卿メイヨールはふうふうと息をつき、再び移動しようとして、灼滅者たちに気付く。
「わかってるよ。ちゃんと撤退するよ。まずは、瑠架ちゃんと合流して一緒に逃避行するんだ」
　息を切らせて言うメイヨール子爵は、切り裂かれボロボロになった衣服をまとい、左脇腹に深い傷を負い、切り落とした左腕の下には穴が開いている。
　折あれば彼を回復する包帯の従者は傷を負っているように見えないが、先行して子爵の本陣に切り込んだ仲間たちとの戦いで随分と傷付いたようだ。その言葉から察するに、撤退の勧告を受けたのだろう。
「敵が撤退を始めたのは、これが原因のようだな」
　ダークネスへの殺意に満ちた目をメイヨール子爵から離さず、果乃・奈落（果て無き殺意・d26423）が口にする。
　どうやら逃げ出してきたようだが、これは灼滅のチャンスだ。
「間に合った……ここから先には行かせないよ！」
　強い怒りに燃えて睨みつける大夏・彩（皆の笑顔を護れるならば・d25988）に、メイヨール子爵は鬱陶しげな表情を浮かべた。
　「僕は瑠架ちゃんのところに行かなければならないんだ、邪魔するな」
　苛立たしげに叫ぶ言葉と退路を遮り、アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル（そして陽は堕ち闇夜が訪れる・d08003）がそっと息を吐く。
「やっと出てきましたね。もう待ちくたびれましたよ」
　待っていた理由など分かりきっている。復讐の時は今だ！
「留守を狙って押し込み強盗なんて、なんとも薄汚いヴァンパイアですこと」
　黒橡色の刀身を持つ小太刀を手にじりと距離を詰めた。
「せっかく表舞台に出てきたのですから、存分に苦しんでくださいまし！」
「武蔵坂を狙う敵は許さないよ！」
　この襲撃のせいで名古屋で復活したダークネスの撤退を見逃すことになっちゃったしね。
　黒揚羽・柘榴（魔導の蝶は闇を滅する・d25134）が語気を強めると、メイヨール子爵は話が違う、瑠架の元へ行かせろとわめき散らす。
　その間にもじりじりと距離を詰め退路を断つ。他のチームも合流し、包囲網は完成した。
「わざわざ出向いてくれるとはな……、手間が省けた。ここで仕留めてやる」
「ほんっと、吸血鬼とやらは人の本拠地に攻め込むの好きですね。こそこそと狙ってくる藪蚊は、始末させていただくとしましょうか」
　奈落と皆無の言葉に怒りで巨躯を震わせるメイヨール子爵を、識がざっと日本刀を振るって差し向ける。
「手を出した事を後悔させてやるぜ！」
「お前たち、僕と瑠架ちゃんを騙したんだな！」
　再びわめく子爵級ヴァンパイアに、陽太が深くかぶっていたフードを払った。
「瑠架瑠架とうるさいね。いずれ奴も同じ所に送ってやるから黙れ」
　以前仕留めそこねた敵を確実に仕留める。その決意に満ちた目と声にぐっと唸り、ぐるりと視線を巡らせた先で炎が揺れた。
「よぅ、ご対面だな」
　構えた武器に炎をまとわせ、慧樹はにっと笑う。
「俺の炎で焼かれたら、少しはスリムになるかもなっ！　食らえ！」
　言葉とともに、黒翼卿へと激しい炎熱が迸った。

●
　メイヨール子爵へと向けて放った炎撃は、しかし彼を守るよう命令されている包帯の従者が庇って届かなかった。
　舌打ちする慧樹を背に地を蹴り陽太が刀型特殊狙撃魔銃を振るう。刀身から欠け離れた刃は死角を襲い、手負いの身をなお斬り刻む。
　間隙空けず柘榴とアルベルティーヌの斬撃が急所を狙い断ち、深く刻まれた傷からばっと血が噴き出た。
「お前たち、こいつらに手を出させるな！」
　一度は落ち着いた呼吸を荒げ喚き散らす子爵級ヴァンパイアの命令に、包帯の従者たちはそれぞれに身構える。
「うじゃうじゃと……邪魔だよ！」
　彩の構えた十字火砲から放たれた砲炎は戦場の"いろどり"となり、名の通り白い霊犬・シロが彼女に続く。
　仲間の負傷具合を確かめ今はまだ治癒の必要はないと判断した皆無が、自身の魂を冷たい炎と化しヴァンパイアたちを撃ち灼き、慧樹のサーヴァント・ぶんぶん丸の機銃掃射に薙ぎ払われた。
　苦悶する包帯の従者へ向かって、識は裂帛の気合いの声とともに猛然と打ち込む。
　一閃！
　美しい弧を描いた切っ先は、包帯の従者をひと薙ぎに斬り払う。
「メイヨール、お前を食らいたがっている獣がいるぞ」
　告げる奈落の語る七不思議は巨大な黒い犬の都市伝説。
　3メートルにもなる猛獣が牙をむいてメイヨール子爵の既に傷を負っている左脇腹へと食らいつき、その肉を噛み千切る。
　ぎゃああああああ！！　醜い悲鳴が上がった。
「お前たち！　絶対に許さないよ！」
　先が失われた腕では傷を押さえることはできず、ぼたぼたと血を流しながら叫ぶ。
　深く傷を負っているが、それでもまだ灼滅者たちを相手するだけの力はあるようだ。
「ちっ……流石に一筋縄ではいかないか」
　苦い顔をする奈落に、でもと柘榴が頷いた。
「同じクラブの知り合いが多いのは心強いね」
　その上、彼らの他に2組のチームが黒翼卿と対峙している。決して油断はできないが、仲間がいるという事実は心強かった。
　次の攻撃へと移ろうとしたその時、
「お前たちを倒して瑠架ちゃんの元へ行くんだ！」
　ぶるりと身を震わせ、メイヨール子爵は赤いオーラの逆十字を出現させる。
　怒りに任せ放たれたギルティクロスはアルベルティーヌをまっすぐに狙い撃ち、
「させない！　……くぅっ！？」
　素早く攻撃と彼女の間に割って入った彩が悲鳴を上げた。
「ダイカ！」
　アルベルティーヌの目の前で倒れかけた姿を柘榴が支える。
　たった一撃。それも、手負いのダークネスの。だがそれは、決して軽くはない。激しいダメージに息が、否息の根が止まりかねない。
　皆無は救いの手を表す佛継弥勒掌を差し伸べ癒し、自分もと識が集気法で回復を助ける。
「傷を負っていてもこの強さか……子爵級は伊達じゃないな」
　きりと歯を軋ませ唸る。
　積極的にかばってダウンさせないように立ち回るつもりだったが、今の彼には荷が重いだろう。
　治癒を受けた彩は他のチームの仲間たちがメイヨール子爵へと向かっていくのを見やり、
「これくらいの攻撃、大したことないね……まだまだ、これからだよ！」
　まだ残る痛みに少しだけ引きつる笑みで気合を入れる。
「そうとなれば第2ターンだぜ！」
　気合を入れて慧樹が縛霊手を構えて結界を放つ。
　包帯の従者は捕えたもののメイヨール子爵にはよたよたとした動きにかわされるが、柘榴の放った制約の弾丸が巨体を貫きぐぎぎとうめき声が上がった。
　奈落が掲げる怪談蝋燭に赤い炎がともり、緋い炎の牡丹となって襲いかかる。緋牡丹を避けることができずにメイヨール子爵は身を焦がし、振り回す腕を避けて刀型特殊狙撃魔銃をまっすぐに掲げ陽太が一息に振り下ろす。
「さっきのお返し！」
　叫んで彩の繰り出す十字架戦闘術を、奇妙な仕草で受け流す。
「お前の攻撃なんか当たるものか！」
　ふうふうと息を荒げながら得意げに胸を張るメイヨール子爵。
「では、試してみましょうか」
　げしっ！　蝙蝠ストラップのついた少し厚底のおでこ靴が炎をたなびかせその腹に直撃した。
　打撃と炎の痛みに悶える子爵級ヴァンパイアから目を離さず、スカートの裾を整えてアルベルティーヌが当たるじゃないですかと言い捨てる。
　炎に焼かれて身体が燃えただれ、それでも再度彼女に向けて攻撃を放とうとするメイヨール子爵に、他のチームからの攻撃が向けられる。
　対峙した当初から既に満身創痍だったが、まだ限界ではなかった。
　しかし24人もの灼滅者の攻撃を受けてはさしもの子爵級ヴァンパイアも無事ではいられず、彼を護り癒すべく追従する女性ヴァンパイアもひとりまたひとりと倒されていた。
「食らえ俺の必殺技！」
　明慧黒曜に炎をまとわせ慧樹が一息に距離を縮める。
　ざんっ！　深く傷を抉ると同時にその傷を炎が焼き、とんっと地を蹴り柘榴の放った斬撃が抉る。
　ぐらりと巨躯がかしいだところへ奈落が従える黒い犬の都市伝説が襲いかかった。
「ぎゃあっ！？」
　容赦なく噛みつかれカエルが潰れたような悲鳴を発したメイヨール子爵に、白炎をまとった鈍色の靴で地面を踏み込み、流星の如き勢いを付けて彩の飛び蹴りが炸裂した。
　じたばたと暴れる相手に今度こそお返し！　と言ってみせ、その言葉に笑みを浮かべたアルベルティーヌは古の若武者の形見を疾らせる。
　深く急所を抉られいっそ芸術的に血を迸らせるメイヨール子爵へ、識が日本刀を手に構える。
　見るも哀れな姿だが、いまだ敵の戦意は失われず。であれば、容赦する理由はない。
　迷うな――
「――……！！」
　激しい掛け声と共に鋭い斬撃を放つ。
　追い打ちをかけるように皆無の放つレガリアスサイクロンが敵を薙ぐ。
　後を継いで他チームの攻撃が畳みかけられ、黒翼卿メイヨールは最期の時を迎えようとしていた。

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「目、目がぁ……僕の目がぁ！？」
　左目を蹴り潰されのたうち回るメイヨール子爵は息も絶え絶えに、思うように動かない身体を瑠架を思う一心で動かす。
　この忌々しい灼滅者たちの前から一刻も早く去って、一刻も早く愛する瑠架の元へ行かなければ。
　だが、その行く手を遮る者がいた。
　あくまでも無表情に、しかし明確な意志をもって、陽太は肉塊のようなダークネスへと狙いを定めた。
「前回は失敗した。けれど今回は間違いなく灼滅してやるぞ、メイヨール」
　一閃。Klinge zu Zerstreuenと呼ばれる得物はその刀身が欠け、離れた刃は魔弾と化す。
　魔弾の射手が放つ刃にその身を刻まれ、子爵級ヴァンパイアは醜い悲鳴を上げてのたうち回る。
　無様だな。小さく口にし、三和・悠仁（d17133）へと目を向けた。
「わざわざ格下を不意を突こうとしてまで殺そうっていうんだ……窮鼠に喰い破られて殺されても、文句はねぇだろ」
　慈悲も同情も一切なく、『無銘の鉄碑』を構える。灼滅されゆく者へ向けるには相応しい武器だった。
　そしてその武器は、灼滅者によって容赦なく叩きつけられる。
「……これで、最後、です」
　傷つきボロボロになったメイヨールは力なく地面を転がり隙だらけとなった。
　そこへ正面から神宮時・蒼（大地に咲く旋律・d03337）が異形化した腕を振り抜く。貫手がメイヨールの胸を抉り、蒼は体を蹴るようにして腕を引き抜く。その手には心臓が握られていた。
「ぎゃああああああ！！　僕の心臓が！？」
　ぽっかり空いた胸を見下ろしたメイヨールは、慌てて心臓を奪い返そうと手を伸ばす。
「……奈落へ、堕ちろ……」
　蒼が力を籠める。すると心臓はぐちゃりと握り潰され、肉片が地面に飛び散った。
「あああああああ！？　こんな……嘘なんだな！　僕はこれから瑠架ちゃんと……！！」
　メイヨールの体が膨らむ。蒼は手の血糊を振り払いながら慌てて距離を取った。風船のように膨らんだメイヨールの体が限界に達し、バンッと破裂した。肉片は塵となり何一つ残さずに消え去っていく。
　少しの間。
「……勝った」
　不意に誰かが小さく、恐らく無意識に口にした。
　顔を見合わせ、互いに確かめ合うと、安堵の息をこぼす。
　幾人かは、他の戦場へと向かった仲間たちへ黒翼卿灼滅の報を入れるために連絡を取る。
　黒翼卿メイヨールは討ち取られた。この戦いも終息するだろう。
　だが。
「……どうかした？」
　フードをかぶりいつもの調子に戻った陽太が問うと、皆無は思案に気を取られながら応える。
「ああ、空月さん……いえ」
　朱雀門・瑠架はメイヨール子爵を灼滅させまいと動いていた。しかし彼女の目論見は潰え灼滅されてしまった。
　慧樹の思った通り、何かが変わることになるだろう。
　それがどんな意味を持つのかは、今この場にいる彼らには分からなかった。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年4月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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