夕方の公園。空は夜の黒と夕焼けの赤を上下に分けた色で包まれる。
多くの子ども達が帰路に着く頃、塾やスポーツ教室を終えた少年達が公園へ集まり始めた。
「まだ残ってた?」
「家にちょっとだけ。さっき駄菓子屋見てきたけど、あそこにはもう無かった」
塾の鞄をベンチの上に放り投げ、無造作にズボンのポケットから取り出したのは、3つ程の水風船。
「充分充分。やっぱストレス発散にはこれだよな!」
そう言うと黄緑色の水風船を摘み上げ、公園の水道蛇口に風船の口を被せる。風船と蛇口をしっかりと握り、反対の手でゆっくりと栓を捻る。と、同時に風船に水が溜まり、風船を膨らませていく。
「そういえば、俺夏休みにおばあちゃんとこ遊びに行って聞いたんだけどさ」
ピンクの水風船を持ち、自分の番を待っていた少年が話し始める。
「おばあちゃんの家の傍の公園で水風船投げ合って遊ぶと、水に濡れた女の人が出るんだって」
「お前ん家母ちゃん?」
「違うよ!」
その女の人は全身濡れていて、冷たい水を操り傍にいた者を殺してしまうらしい。おばあちゃんの話では近くの川で溺れた人とか言っていたけれど、おじいちゃんの話では悪ガキを懲らしめるための人とか言っていたような気がする。
「やっぱお前ん家母ちゃんじゃん」
「だから違うって!」
蛇口から外し、水でたぷんたぷんとなった水風船の口を伸ばし縛り上げる。
準備は万端。あとは日頃の鬱憤をこいつで晴らすのみ。
「こらっ!! あんた達! 今何時だと思ってんの!!」
突然後ろから浴びせられる聞きなれた怒鳴り声に、思わず水風船が手からこぼれる。
「ぎゃー! でたー!!」
「というわけで、諸君にはこれを支給しよう」
教室に集まった灼滅者達に手を開くよう急かすと、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はその掌に水風船を纏めて渡していく。
なんですか? これ。
「みんな貰ったね? じゃあ今回の都市伝説についての説明いくよ」
掌の物の説明を求めるが、聞いては貰えないらしい。
「今回都市伝説の現れる場所はここの公園ね」
そう言って広げた地図を指差す。大きな駅から離れていることを考えると、バスでも通っているのだろう。周りにはぽつんぽつんと民家らしき建物のマークもある。
「普段はこのあたりのおじいちゃんおばあちゃん達のグランドゴルフ会場みたいな広場なの」
公園といっても遊具はなく、防災用の倉庫とトイレがあるくらいだと言う。
「でね、ここに水で濡れた女の人が出るって都市伝説があるの。そこで、みんなにはその都市伝説の消滅をお願いしたいの」
ただし、とまりんは人差し指を立てて都市伝説の出現条件について説明する。そう、都市伝説の出現には条件がある。それを満たさなければ現れることはないのだ。
「水風船を投げ合ってもらいたいの、公園の北と南に分かれて……」
ああ、それで『これ』ですか。
公園の北と南にはそれぞれ水道がある。それを使って水風船を投げ合えばいい。公園に水風船が飛び交うことが条件だというまりんは、みんなで同じ方向に投げたり順番で投げたりするのはダメだと力説する。
「なんていうか、合戦をイメージしてくれたらいいと思う!」
「あ、あと補足ね」
と、都市伝説についての説明。いや、先生。こっちが本題なんですが。
「現れるのは黒く長い髪の20代位の若い女性。全身を水で濡らしているけど、透けないから大丈夫」
水で作った触手を放って絡めてきたり、水滴を鋭い刃物のようにして切り裂いてくる。どちらも強力だが相手は一人。それに、条件さえ満たせば公園の真ん中に現れるため、簡単に包囲することができるだろう。
あとは人払いを考えたいところだが……。
「それなら大丈夫。明日は老人会のバス旅行でこの辺りの人達みんないないから」
昼間から水風船で遊んでも怒られないよと、まりんが超が付く程の良い笑顔で親指を立てる。
「灼滅者のみんななら大丈夫だよね」
それよりもこの時期である。窓から入る風が心地よくなってきた、比較的過ごしやすいこの時期である。朝晩は布団が恋人となるこの時期である。
「あ、風邪引かないように気をつけてね」
ですよね。
手を振って笑顔で見送るまりんを横目で見ながら、水風船を握りしめた。
参加者 | |
---|---|
遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221) |
紫藤・海梨(ラビリンスコインズ・d02230) |
長谷部・仁(深紅の瞬く闇夜に躍れ・d02953) |
刀崎・剏弥(古色蒼然たる執事見習い・d04604) |
神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756) |
藤堂・焔弥(喧嘩鬼・d04979) |
源・頼仁(伊予守ライジン・d07983) |
久我縫・桜(惰眠を貪るローレライ・d09054) |
●これは都市伝説の討伐というお仕事です!
頭上には照り付ける太陽。澄み渡った空の下。公園というには小さく質素な広場に、灼滅者八人が集まっていた。
「本当に人がいないんだな」
神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)は来た道を振り返りながら呟いた。静まり返ったゴーストタウンのように、人に出会うことなく此処までやってきた。
「本当。これなら存分に白熱した水風船合戦ができるぜ!」
満面の笑みを浮かべるのは源・頼仁(伊予守ライジン・d07983)。海に面した愛媛のご当地ヒーローだけあってか、今回の水風船合戦が楽しみで仕方ない様子だ。目をキラキラさせた頼仁に、遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)は顔をしかめながら注意する。
「いいですか?今回は都市伝説の討伐が目的です」
水風船合戦もそのための行為に過ぎないためはしゃぎ過ぎないようにと、一同を見回す。彩花の眼鏡が昼間の太陽の光の反射を受けて、キラリと光る。
「それにしても、こんな半端な時期に水遊びとはな」
青空に映えるピンクの長い髪を揺らしながら久我縫・桜(惰眠を貪るローレライ・d09054)が呆れたように溜息をつく。暦は秋を迎えたが、エクスブレインが未来予測を『アウトプット』してしまったのだから仕方ない。じゃあ来年の夏頃に、と呑気な事はさすがに言ってはいられないのは承知の上。
「条件を満たしたガキが、被害に遭うといけねぇしな」
仕方ない、と重い腰を上げるのは長谷部・仁(深紅の瞬く闇夜に躍れ・d02953)。
「ええ。何はともあれそのまま見過ごすわけにはいかないわね」
紫藤・海梨(ラビリンスコインズ・d02230)も同意する。
「水風船投げか……。俺も昔何度かコレで遊んだのを思い出すな」
藤堂・焔弥(喧嘩鬼・d04979)が見本にと作った水風船を軽く手の上で投げる。たぷんたぷんとなった水風船はその重みですぐさま焔弥の手の中へと戻ってくる。
「おお! 焔弥は経験者だな!」
相変わらず輝いた目の頼仁に得意気に語り始める。
「ただし、俺が昔遊んだのは絵の具が混ざった特製カラー水風船だったな。遊んだ後は地獄絵図と化していたけどな」
「カラー水風船!? それもいいな!」
頼仁が更に目を輝かせたところで二人に割って入るのは――。
「いけません!」
手を腰にあて目を吊り上げる彩花。やっぱりこの人しかおりません。
鋭い眼光の上精悍な鍛えられた容姿の焔弥でさえも、三つ編みの彩花の眼鏡奥に光る瞳に殺気だった物を感じ顔を引きつらせる。一見すると凄い光景だが、焔弥中学3年生、彩花高校1年生ということだけは一応明記しておこう。うん、本当一応。
「それではそろそろチームで分かれるとしましょうか」
刀崎・剏弥(古色蒼然たる執事見習い・d04604)が掌を上に向け北側を示す。男子チームは北側、女子チームは南側に陣地を取るチーム分けの方針だ。
●ですからこれも都市伝説の討伐のためなんです!
北と南に分かれ、各々のチームで水風船を用意する。水道の蛇口に水風船を取り付け、水を流し込みながら膨らませていく。慣れない為か、また人によって器用不器用があるのか、出来上がった水風船の大きさにはかなり違いがある。
「よーし! そっちは準備できたかー?」
北側から聞こえる焔弥の声に、南側では海梨が腕を頭上にあげ大きな円を作る。
「よっしゃー! それじゃ始めるぜ!」
公園の北の端から中心部まで、全力の助走をつけて頼仁がグレープフルーツ大にもなった黄色の水風船を投げ飛ばす。水風船は女子チームの一番前衛にいた煉の数十センチ前で落ち、水しぶきを上げる。
合戦の合図だ。
「頼仁、いざ尋常に勝負だ」
小さな水溜りとなった地面を蹴って煉が走り寄り水風船を投げる。
「当てやすそうな奴にぶつけてやれ」
桜に指示された桜のビハインドもまた、小振りな水風船を持ち北へと向かって投げる。そして北側へと投げられた水風船二つは、中央に咲く傘の花へと直撃する。ゆっくりと向きを返る傘の持ち主は剏弥。傘だけでなく、その服装も厚手のレインコートと準備は抜かりない。
「なんかずるい」
「間違ってはいないけど、卑怯な気がするぞ」
そんな声も聞こえるが……。
「当然の備えと考えたのだがな」
御尤もな剏弥の回答。高校二年生らしい大人な御意見です。
「こんなことやってらんねぇよ……」
そう呟くのは水風船を片手にした仁。都市伝説のためとは言え、遊ぶことに抵抗を感じ、そっぽを向いて一人愚痴を溢す。どうして俺が、と思わずには居られない。しかしながら、仁のそんな思いは誰に伝わるわけもなく、ぼうっと突っ立つ姿はただの大きな的に過ぎないわけで。
「何ぼさっとしてるんだ? こう言うのは楽しまないと損だぞ?」
言うが早く、煉の水風船が仁の顔面へとヒットする。
「ごはっ!? ……おい! 何しやが……ぶへっ!?」
続けてヒットするのは桜の水風船。
「お、当たったか。俺の仕事は終わったな。後は頼んだ」
桜を庇うようにしてビハインドが間に入る。
「……誰だコノヤローッッ!!」
ムキになって投げた仁の水風船は空高く上がり、時間差を置き海梨の頭上へ。煉が危ないと口にしたのは、ほんの直前のこと。
「きゃ! 冷たっ!」
仁の水風船を受けてブロンドの髪が濡れる。光る髪が水雫を浴びて更にキラキラと輝く。
「女子の力を舐めないことね!」
海梨が思い切り投げた水風船は図体大きな焔弥に阻まれる。
「はっはっは! そんな攻撃じゃこの壁は崩せんぞ!」
いや、でも服はびっしょりと濡れて肌が透けてるわけですが。
南側の奥に水風船を持ったまま一人呟くのは彩花。都市伝説討伐のため都市伝説討伐のため都市伝説討伐のため、と呪文のように何度も呟く。
「早く出現させて終わらせましょう」
濡れた髪を手で絞り、後ろに下がってきた海梨が話掛ける。
「判ってま……」
返事をしようとした彩花に水風船の洗礼。水風船が破裂し、彩花の制服を濡らしていく。
「彩花姉ちゃん、スクール水着とは……」
「これしか持ってなかったから仕方ないでしょう!?」
発端の水風船の投手頼仁に向かって、顔を真っ赤にして持っていた水風船を投げつける。
「助太刀するぞ」
煉もまた頼仁に向かって。さすがに二つも同時に当たれば小さな桶の水を被った位濡れる。
「く! こんなことで俺がやられるかー!」
「かかってこい! 頼仁!」
水風船が飛び交う公園。地面は既に水溜りや踏まれて泥溜まりとなっている。そして戦況はというと女子やや優勢。
「だー! そっち一人多いだろ!」
既に壁として充分すぎる程の役目を負った(全身びしょ濡れとなったとも言う)焔弥が堪らず声を上げる。
「足を数えろ。ほら同じ8本ずつだ」
「ビハインド足ねーよ!」
桜の反応に焔弥が筋肉質の腕を大きく振り水風船を投げつける。その水風船もまたビハインドが壁となり、桜の靴を濡らす程度。
「ふむ、此れも都市伝説を呼ぶ為……とは言え、童心に返ると言うのだろうか?」
傘の先に水風船が弾けたゴムの残骸を付けたまま、剏弥が軽く水風船を投げる。ゆっくりと飛んだそれは、走り回っていた煉の足元で弾けると、水と土が混ざり、泥となって煉の足を汚す。
「意外と面白いものだな。童達がストレス解消に選ぶのも分かる気がすると言うものだ」
「ごちゃごちゃ言うな」
完全武装の剏弥には無駄と判っていても、両手に持っていた水風船を投げつける。剏弥は涼しい顔で傘を自身の前に構え、煉の水風船の攻撃を軽く防いだ。
●やったね、都市伝説が討伐できるよ!
北から南へ、南から北へと更に激しく水風船が飛び交う。それは当に合戦上の射撃作戦さながら。
そんなカオスな公園に、ちょっとした違和感を感じた仁が眉をひそめる。
「ん? なんか一人増えてねぇ?」
「向こう、ビハインドがいるんだよ」
残り少なくなった水風船を抱えた焔弥が答える。
「いや、足で数えるなら合計10本」
「それって……」
勢い余って焔弥が投げた水風船は、公園の中央に現れた一人へと吸い込まれるように飛んで行く。避ける素振りも見せず、黒く長い髪に隠れたその顔面へと直撃した。
「ようやくお出ましだな」
煉が挨拶代わりにと、持っていた水風船を女性の足元に投げつけた。落下と同時に水風船のゴムが割れ、水飛沫をあげる。同時にスレイヤーカードの解除を行い、武器を手にする。
「始めよう 百鬼夜行を……」
焔弥の解除コードに続き、全員がその力の封印を解いていく。
一気に空気が真剣そのものの、本当の戦場の空気へと変わる。
黒髪の都市伝説の女性が唸り声をあげ、体から水を放出させ触手を形成する。そしてそのまま触手は剏弥に絡み付く。
「光栄だな」
剏弥は絡み付く触手毎都市伝説の女性をシールドで殴る。長い黒髪の間から見える口が、悔しそうに歯を覗かせる。
「実害があるとなると仕方無いな、恨みは無いが此処で灼滅させて貰うぞ」
煉が足元から影を伸ばし、影喰らいが女性を飲み込む。そして一帯を照らすオレンジの光は頼仁のご当地ビーム、ライジンマンダリンフラッシュ。爽やかな香りを感じるのはその名前のせいだろうか。
「フォローは任せてください」
彩花が広げるエネルギー障壁のシールドは前衛に向けて。
「ビハインド、仕掛けろ」
パッショネイトダンスで態勢を整えながら桜がビハインドに指示すると、それに即座に答えるかのようにビハインドは霊撃を放つ。バッドステータスこそ与えられなかったものの、ダメージは蓄積される。
海梨はバベルの鎖を瞳に集中させた。奥深く吸い込まれるような紫の瞳に、その意思の強さが伺える。焔弥もシャドウの象徴を胸元に具現化させ、強さを高めていく。
「水以外も味わってもらおうか」
仁が長刃のナイフを振るうと、ナイフに蓄積された呪いが毒となり、更に竜巻となり、黒髪の女性をターゲットとして放たれる。
『くっ』
女性から何かを堪えるような声が漏れる。だが、その様子を観察している暇はない。女性は長い指を広げ、大袈裟に振るった。濡れた指先から放たれた水滴は瞬時に刃となり、海梨を襲う。
「ったく、しつこい水ね!」
向かってくる水の刃を避けるが、刃が予想以上の大きさの形状を有していたため避けきれず腕をかすめた。
すぐさま攻撃の隙に剏弥が飛び込み、都市伝説の細い足を切り裂く。続いて煉もまた、影を纏わせた日本刀で殴りかかる。引き摺り出すは彼女のトラウマ。影が濁流を呈して都市伝説を襲う。
「ライジン段々畑ラッシュ!」
頼仁が空中で幾度となく止まるかのような残像を残すジャンプキックを放つと、それは女性の腹部に食い込む。
「全て打ち砕く この拳でッ!!」
焔弥の拳がその言葉と共に固く鋼となる。続くようにしてその拳を打ち込んでいく。耳には桜の歌声。神秘的なその声は催眠をも付加させる。
「自動命中ってな!」
仁のホーミングバレットは宣言どおり都市伝説にダメージを与える。
回復手段のない都市伝説の末路までそう時間は掛からなかった。灼滅者達に与えられたダメージはほぼ次のタイミングにはゼロとなり、代わりに包囲され攻撃を続けられた都市伝説は水を操る手が鈍くなっていく。
「サヨウナラ、水も滴るいいお姉さん?」
悪しきものを滅する裁きの光を海梨が放つと、都市伝説はその場に水となって消えていった。
●都市伝説を討伐したんだから
「……えっくしっっ!」
安物のレインコートがボロキレのようになり、濡れ鼠となった仁が鼻を擦る。横では甲斐甲斐しく桜のビハインドが主人の足元を丁寧に拭いていた。
「冷たかった……」
動かなければ濡れた服が一層冷たく感じる。海梨が身震いすると、剏弥がバスタオルを差し出した。
彩花は自分の服をぽんぽんと叩くと、一瞬にしてスクール水着を映していた制服がカラリと乾く。便利な防具ESPクリーニングです。
「なあなあ! まだ決着ついてないんだし、水風船合戦を……」
「依頼ならともかく遊びはご免こうむります!」
頼仁の提案は速攻却下された。
「まあ、帰る前にもう一仕事残ってるしね」
海梨に言われて見渡す公園には、水風船の残骸が。ピンクや青、黄緑色のゴムの欠片が、ドロに混ざってあちらこちらに散らばっている。都市伝説の討伐とは異なるもう一つの片付けの仕事が目の前にある。
剏弥が差し出した暖かい紅茶を傾けながら、片付けの相談を始めた灼滅者だった。
作者:荒砂涼 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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