黒翼卿迎撃戦～聖魔戦線

■リプレイ

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　軍中において、瑠架は指令を発していた。
「ヴァンパイア魔女団の一陣と二陣、鉄竜騎兵団の三陣と四陣を本隊の救援に」
「しかし、それでは手薄になり過ぎます。前線を突破された場合、ここを維持出来なくなります」
　魔女団の部隊長が思わずといった様子で口を開いた。
「それよりもむしろ、速やかな撤退を上申します。今ならまだ安全です」
「黒翼卿が討たれれば、これまでの全ては水泡に帰します。それに、自ら降りるなど、私には許されません。急ぎ黒翼卿を撤退させなさい。我々の撤退はその後です」
　単独での撤退を進言する部下に、瑠架は重ねて命じた。
「ですが」
　奇襲失敗で吸血鬼軍の足並みが大きく乱れた中、突出しているメイヨールを撤退させる事は容易ではないだろう。部下は尚も食い下がった。
「黒翼卿に合流したならば、瑠架が心細く思っており、子爵に傍にいて欲しいと言っていたと伝えなさい。このハンカチを渡せば、私の言葉だと信じてくれるでしょう」
「承知致しました」
　揺るがぬ決意を示す瑠架に、魔女団の部隊長もついに頷き、差し出された白いハンカチを受け取った。

●
　わずか前のこと。　
「へえ」
　感心したような、あるいは呆れたかのような声を、その十七歳の少女はもらした。
　燃えるような紅髪の少女――深束・葵（ミスメイデン・d11424）の眺める光景。それは、まさに百鬼夜行であった。魑魅魍魎の乱舞。黙示録の世界だ。
　武蔵野の地に突如現れたダークネスの軍団。彼らの狙いは武蔵坂学園であった。
「ハロウィンパーティー？　……よくもまあ、こんなに集まったもんだね」
「敵は予想以上の混成部隊だな」
　冷然と男は呟いた。
　二十歳の若者。が、冷め切ったその眼差しには若さというものが全く感じられない。霧凪・玖韻（刻異・d05318）という名の灼滅者であるのだが、この阿鼻叫喚の巷において、その冷静沈着な声音は返って異様に響いた。
「そうだね」
　葵はうなずいた。まさに混成といっていい。
　主力は吸血鬼である。それに加えて竜種イフリートや動物眷属、さらにはスサノオと古の畏れらしきモノの姿も見える。
　でも、と葵は首を傾げた。
「見た所、大将首の御姿がいなさそうだけど……話によると、総大将がアレだってことなんで、いたところで混乱するだけでしょ」
「しかし、やってくれる」
　妙に見るものの胸をざわつかせる白い髪の少女が抑揚を欠いた声でつぶいた。
「戦争で出払っている隙を突いてくるとはな。とりあえずは間に合ってよかったと言うべきか」
　少女はいった。その台詞とは裏腹に、彼女のどこまでも優しく冷たい夜色の瞳には一切の感情はあらわれていない。――遠夜・葉織（儚む夜・d25856）である。
「……嫌よね、やっぱり」
　友繁・リア（微睡の中で友と過ごす・d17394）は小さく笑った。可愛い笑みだ。そして、それは同時に闇に属する美しく恐い笑みでもあった。
「……主力がいない本拠地を突く……ふふっ。よくある奇襲方法だけど、ね」
「だからこそ効くんだよねぇ」
　可笑しそうに、その男は口の端をきゅっと吊り上げた。
　十九歳。華奢な身体つきではあるが、弱々しさを微塵も感じさせぬ若者であった。金色の瞳はあくまで謎めいている。
　名を両角・式夜（絞首台の当主様・d00319）というその若者は思うのだ。機を間違えなければ、奇襲こそ最も効果的な戦術であると。
　古い武士家系の若当主である式夜の脳裏に浮かぶ奇襲戦法の第一は桶狭間の戦いである。
　永禄三年五月十九日。二万五千の大軍を率いる駿河の戦国大名である今川義元を、たった二千の兵を率いた尾張の大名である織田信長が強襲し、勝利した。もし乾坤一擲の奇襲を行わなければ、信長は義元に蹂躙されていただろう。それがひっくり返った。それほど奇襲とは効果的な戦法であるのだ。
「けれど読み違えたようだねぇ、俺たち灼滅者を」
　ニッと式夜は笑った。
「ところで朱雀門･瑠架ちゃんはどこかな？」
　華奢な少年が目をすがめた。
　清水・式（愛を止めないで・d13169）。女と見紛うばかりの美貌の持ち主だ。
　彼の狙いは朱雀門･瑠架が率いる部隊であった。メイヨールを撤退させる為、できうるかぎり戦力を削るつもりである。ダークネスとの和解の道を探るためには、なんとしても瑠架の力が必要であったからだ。この戦いで瑠架を灼滅させるわけにはいかなかった。
「あそこみたいですわ」
　一人の少女が遠くを指し示した。これは貴族的な気品に溢れる美貌と、同時に娼館の女のごとき肉感的な肉体の持ち主で、名をウィルヘルミーナ・アイヴァンホー（白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129）という。
　彼女が指さしたのはダークネス軍団中央後方であった。前を進軍しているのは　黒翼卿メイヨールの軍であるようだ。
　そのウィルヘルミーナの考えであるが。それは式に近いものであった。瑠架とラゴウとは共闘体制を取れるのではないかと考えている。
　そのためにはここで灼滅されては困るのであった。なんとしても撤退してもらわなければならない。
「なら、面倒でも瑠架配下のダークネスをぶっ倒さなけりゃあならねえな」
　二十歳ほどの若者がふんと鼻を鳴らした。ひどく面倒くさげに。
　若者の名は影道・惡人（シャドウアクト・d00898）。何を考えているのか良くわからぬ若者であった。底の見えぬところがある。
　それもそのはず、惡人は謎めいた一族の関係者であった。その一族とは影道一族。有史以来歴史の影で暗躍してきた一族で、惡人はその現当主なのであった。
「わざわざトドメを刺すつもりもねえが、手加減するつもりもねえ。まあ、適当にやるさ。――うん？」
　惡人は眉をひそめた。瑠架配下の軍の勢力が急に薄くなったような気がしたのだ。
「気のせいか？　いや」
　ニヤリと惡人は笑んだ。
「やるなら今のようだ。いくぜ」
「そうですね」
　うなずいたウィルヘルミーナは独語した。
「欲を言うならもうちょっと力付けてみたかったけどなー……。ラゴウ様や瑠架様に消えてもらうと困るし。それじゃあ行こうか、私？」
　その時である。脳裏で声が響いた。
「『私』と私の望みのために、朱雀門へ』」
「はい……淫魔の力で人を救う、私の望みの……ために……」
　苦しむ人を救うため、私が淫魔となる。……これが『私』にかどわかされたか、私の意志なのか……でも、迷えば望みが……叶わなく……なる……。
　惑乱した思考の声。それが自身ものであるのか、他者のものであるのか、ウィルヘルミーナにはすでにわからなくなっている。
　彼女が我に返ったのは、仲間は駆け出した直後のことであった。

●
　八人の灼滅者は馳せた。一時的に手薄となった瑠架の軍めがけて。立ちはだるのはヴァンパイア魔女団である。
「おぅヤローども、殺っちまえ」
「瑠架様に近寄らせるな！」
　惡人の叫びと妖艶な美少女のそれが重なった。美少女――瑠架を守る魔女団の部隊長の一人である。
　瞬間、颶風のように灼滅者がヴァンパイア魔女団を襲った。玖韻の手に鞭剣とも呼ばれる、刀身が自在に伸縮する特殊な長剣――『Phantom Bane』が現出。彼は『Phantom Bane』を閃かせた。
　きら、と。
　光の奔流が渦巻いた。煌めいたのは刃である。
「ぎゃあ」
　疾る刃によって、今まさに灼滅者に襲いかかろうとしていた最前列のヴァンパイアが斬られた。妖艶な、あるいは可憐な、または楚々とした、タイプは違えどいずれも息を飲むほどの美少女である。共通しているのはふたつ。誰もが血濡れたような紅い瞳と鋭い犬歯をもっていた。
「しゃあ」
　重力を無視したような身軽さで最前列のヴァンパイアたちを躍り越え、数人のヴァンパイアが玖韻を襲った。魔性であるが、長い髪を翻らせた彼女たちの姿はあまりにも美しい。その手の剣が禍々しい赤の光を放った。
「ぬっ」
　顔色も変えず、玖韻は跳び退った。が、すべてのヴァンパイアの攻撃を躱すことは不可能である。紅い刃風が舞い、剣先が玖韻めがけて振り下ろされた。
　ギンッ。
　雷火に似た光が散り、数本の刃ははじかれた。式夜が展開したエネルギー障壁によって。
「たすかった」
「どういたしまして」
　礼を口にする玖韻に、ニッと式夜は笑み返した。
「ところで美味しい団子屋を見つけたんだけどねぇ」
「わかった。今度、傲ってやる」
　玖韻がいった。
　刹那である。灼滅者たちとヴァンパイアたちが本格的に接触した。

「ぬうん」
　式が、彼女の背丈を超すほど巨大な交通標識をヴァンパイアに叩きつけた。色は赤。
「ぐわっ」
　ヴァンパイアは衝撃に吹き飛ばされた。地を数度跳ね、転がる。それきり動かなくなった。麻痺しているのだ。
「そのままじっとしていて――」
　迫るヴァンパイアに気づき、式は向き直った。が、遅い。常人には視認不可能な速度で迫ると、真紅の髪のヴァンパイアは、同じ真紅に輝く刃で式を胴斬りした。
「あっ」
　呻き、式は腹を手でおさえた。切断された箇所から内蔵がはみ出そうとしている。血で手がぬめった。
「死ね」
　式の首めがけてヴァンパイアは剣を横薙ぎし――刃は式の首寸前でとまった。その腕を掴みとめている者がいる。影でできた黒い人影だ。
「……式君。逃げて」
　影縛りを発動させたリアが叫んだ。同時に彼女のビハインドである星人が霊的エネルギーの塊をヴァンパイアにぶち込んだ。
「くっ」
　ヴァンパイアが激痛に顔をしかめた。その手からぽろりと剣が落ちる。
「悪いが、刈らせてもらう」
　忍びやかな声は、ヴァンパイアの背後からした。ぎくりとして振り向いたヴァンパイアは見た。月光のごとき煌きをやどした日本刀の刃を。
　刃は声表情を凍りつかせたヴァンパイアの胸を差し貫いた。日本刀の名は忘却。刃の主の名は葉織といった。
「おっと」
　式の状態に気づいた葵が振り向いた。その澄んだ蒼の瞳がきらりと光る。
　サイキック発動。が、その背は無防備であった。ヴァンパイアは見逃さない。
「じゃっ」
　毒蛇の呼気を発して、ヴァンパイアが迫った。葵はちらりと視線をはしらせたのみ。そのままサイキックを発動させた。
　式の身体を取り巻くように光の輪が現れた。それは高密度の精神エネルギーで形成されたものだ。式の傷が瞬く間に癒されていく。
　その時だ。ライドキャリバーが機銃を斉射した。
「くっ」
　幾つもの弾丸を撃ち込まれ、さしものヴァンパイアも足をとめた。肉がはじけ、鮮血がしぶいている。
「あのままでは――」
　金色の髪を舞わせ、ウィルヘルミーナがたたらを踏んだヴァンパイアめがけて疾った。
「来たな」
　ヴァンパイアが振り向いた。同時に真紅の剣をたばしらせる。
　ウィルヘルミーナが身を沈めた。ふわりと残った金髪を刃が断ち切る。
　次の瞬間、二影が交差した。そして――。
　ウィルヘルミーナが振り向いた。そして痺れて倒れたヴァンパイアを見下ろし、告げた。
「灼滅はしませんわ。日本流にいえば峰打ちというやつです。そのままおとなしくしていてくださいませね」
　ニンマリとウィルヘルミーナは淫蕩な笑みをうかべた。
「おいっ」
　その時、叫びが響いた。惡人の叫びが。

●
　戦場を見渡していた惡人は気づいた。数体のヴァンパイアがウィルヘルミーナに襲いかかろうとしていることに。
「逃げろ、ウィルヘルミーナ！」
　惡人が銃をかまえた。
　とてつもなく長大で大重量のそれは大砲を想起させる代物だ。本来なら携帯など不可能であるのだが、灼滅者の超人的な膂力がそれを可能にした。――対ダークネス殲滅型ガトリングガンだ。
　惡人はトリガーをひいた。怒涛のように大口径の弾丸をばらまく。たまらずヴァンパイアが吹き飛んだ。いや――
　まだ躍り上がる幾つもの魔影があった。惡人が銃口をむけたが、間に合わない。
　次の瞬間だ。乱れ飛ぶ弾丸がヴァンパイアを撃ち落とした。
「これでどうだい？」
　ガトリングガン――猿神鑼息をかまえた葵がニッと笑った。
「たいした業だな」
　吹き飛ばされたヴァンパイアの背後から一体のヴァンパイアが飛び出した。黒髪黒瞳の美少女。ヴァンパイア魔女団の部隊長の一人だ。
「褒めてもなにも出ねえぜ」
　ニヤリとすると、惡人はヴァンパイアにガトリングガンの銃口をむけた。
「ぬっ」
　呻く声は、しかし惡人の口から発せられた。ヴァンパイアが飛鳥のように銃身に降り立ったからだ。
「死ねい！」
　ヴァンパイアの剣が閃いた。咄嗟に惡人は身を仰け反らせたが、間に合わない。断ち切られた首から鮮血がしぶいた。
　咄嗟に葵が猿神鑼息の銃口をむけた。が、トリガーをひくことはできない。射線には惡人がいた。
「悲しいな。灼滅者というものは」
　ヴァンパイアが跳んだ。葵を胴切り。さらにヴァンパイアは刃を翻し、
「とどめだ」
　ニンマリすると、ヴァンパイアは真紅の剣を唐竹に振り下ろした。避けも躱しもならぬ葵の頭蓋を紅光が割り――いや、寸前でとまった。ヴァンパイアの手に一本の矢が突き立っている。高純度に詠唱圧縮された魔法の矢だ。
「……ふふっ、そこまでにしてもらうよ……？」
　リアがきゅっと笑った。次の瞬間、星人が霊的衝撃波を放つ。
　が、ヴァンパイアは衝撃波を剣で無造作に払った。同時に疾走。
　魔性の筋力は音速をしぼりだす。一瞬で間合いを詰めると、ヴァンパイアはリアを袈裟に切り捨てた。
「……うう。まだよ。まだ、倒れるわけにはいかない」
　地に膝をつくことを拒んだリアを血剣をひっ下げたヴァンパイアが見下ろした。その顔からは嘲弄の色は消えている。いや、むしろ恐怖の色が滲んでいた。
「……なんてしぶといの」
　とどめとばかりにヴァンパイアは剣を振り下ろし――跳び退った。迫る一影があったからだ。が、同速度で追撃。その影は忘却という名の日本刀を振り下ろした。
「お前の武を砕かせてもらおうか」
　反射的にヴァンパイアは剣で受け止めた。が、彼女の予想を超えてその一刀は重かった。びきりと剣が砕ける。袈裟に斬られたヴァンパイアが倒れた。
「しばらくおとなしくしていてもらうぞ」
　一刀を手に、葉織は静かに告げた。

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　続く血まみれの戦い。攻防は一進一退という様相であった。
　ヴァンパイア魔女団は強力だ。かつ数が多い。それでも少数の灼滅者が対抗できたのはヴァンパイア魔女団には癒し手がいなかった点をあげることができるだろう。
　永遠とも思える時間が流れすぎた。そして――
「うん？」
　惡人が眉をひそめた。どうも様子がおかしい。急にヴァンパイア魔女団が退きはじめたのだ。
「どうしたのかな？」
　血まみれの式が首を傾げた。
　その時である。武蔵坂の使者らしき者の叫びが雷鳴のように戦場に響き渡った。
「メイヨール子爵、灼滅。そして朱雀門・瑠架、投降」
　その瞬間、八人の灼滅者にとっての戦いは終わった。彼らは勝利したのである。
　そしてあらたな歴史が始まろうとしていた。

作者：紫村雪乃	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年4月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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