黒翼卿迎撃戦~正義は我らにあり

    作者:日暮ひかり

    ●???
     視界の端にふと強い違和感を覚え、眩しさに眉を寄せた。彼はその光源が『白い火柱』であることを、一瞬遅れて認識する。
     まさか――半ば睨みつけながら火柱を見据えていた鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は、その中から現れたものを視るや、思わず舌打ちした。
     ダークネスの軍勢が武蔵野に攻めてきたのだ。
     ……恐らく、名古屋の戦争で学園の主力が出払っている隙をついて。
     主だった面子はヴァンパイアの眷属たち。加えて竜種イフリートやスサノオ、動物型眷属の姿も見える。それらを束ねるのは義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、大悪魔ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』――そして、朱雀門・瑠架に黒翼卿メイヨール。
    「……予知を掻い潜ってきたかよ。アレもアレで中々やる」
     何故か笑いがこみ上げてきた。手足を失い、車椅子で瑠架に運ばれているメイヨールの姿が素直にひどく滑稽だと思った。その堂々たる進軍ぶりに、恐れ入る意味でもあった。今日が俺の命日かもしれないな、とさえ考えた。
     だが、易々と屈してやる気などなかった。どんな窮地でも絶対に諦めるな――幾度となく灼滅者たちに語ったその言葉を彼が忘れたことは、一度もない。
     
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     一方、混成軍の本陣で相槌を打ちながら、朱雀門・瑠架は悩んでいた。
     ――武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば――。
     その時、願ってもみなかった急報が入る。それは彼らが予測していたよりも数時間早い、まさに神速の大返しであった。
    「――瑠架様! 武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています!」
     
    ●warning!!!
    「よお、お帰り。いよいよ年貢の納め時かと思ったぞ、さすがに肝が冷えた」
     ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で制したのち、エクスブレインから緊急連絡を受け武蔵野に舞い戻った灼滅者達は、当の本人に笑顔で出迎えられ安堵の溜息をついた。まだいつも通りだ。学園も、皆も。
    「改めて迅速な行動に感謝する。見てみろ、君達が戻ってきたもんで奴らもモチベだだ下がりでグダグダだ。……とはいえ、状況は決して良くはねーな。こうしてる間にも、軍勢は武蔵坂学園に迫ってきてやがる……どうも総大将のメイヨールはまだやる気らしいぜ。って訳で、あのクソデブぶっとばしてお帰り頂くぞ」
     砕けた口調とは裏腹に、鷹神の眼は真剣だ。避けては通れぬ決戦である。
     
     一先ず、総大将のメイヨールを撃退し、学園を守ることが第一目標だが。
     敵陣の混迷ぶりは目立ちすぎていた。今なら、隙をついて有力な敵を討てる気もする。
    「必死で仲間をかき集めても所詮は烏合の衆、ねえ……あのみっともない陣立ては少々気の毒ですらある。だが腐っても大物揃いだ、遠慮は一切すんなよ。先に仕掛けてきたのはあっちなんだからよ……こっちは人道的に返り討ちだ」
     校長も待ってっから早く帰ってこいよなと、鷹神は灼滅者たちの背中を叩いて笑った。
     迫る大軍もまったく怖くなかった。
    「君達がこんな奴らに負けるはずない。黒翼卿メイヨールを迎撃せよ!」
     
    ●再び、???
     一方その頃、敵の指揮官達もそれぞれ動き始めていた。
     だがその様子は、やはり――。
     
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     メイヨールが気炎を吐く傍ら、朱雀門・瑠架は考えていた。
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     瑠架の考えを察していたかのように、ラゴウは呟く。
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     一方大悪魔ヴァレフォールはというと、やる気がなさそうに陣をうろついていた。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     その一方で、竜種ファフニールは殺気立っている。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     
     ――烏合の衆。
     そう評されたとしても仕方のない軍勢を最後方から眺め、ナミダ姫は一人嘆息した。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     一体どこへ向かおうとしているのか。戦場は、混沌に呑まれてゆく。
     彼女の残した呟きも、恐らく誰も聞いていなかったろう。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)
    八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)

    ■リプレイ

    ●1
     学園の屋上から慣れ親しんだ街を一望し、この景色を守りたいと改めて思った。夕陽が武蔵野の地を照らしている。僅かな時間も活用し、ファフニールを狙う一団は作戦会議を行っていた。
    「学園守るの、間に合ってよかったね!」
    「そうじゃの。先ずは一安心じゃ」
     鷹神さんの命日はまだまだずーっと先なんだからね――朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)のまっすぐな言葉に面食らっていた彼の顔を思い出し、蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)は笑みを深めた。武家たるもの、いつでも出陣できるよう既に武装は固めている。
    「一難去ってまた一難……どころではないな。まさか、戦争で出払った隙を突かれるとはね」
    「メイヨール達の所為で名古屋での戦争の中断させられちゃったけど。わたし達の学園に再び刃を向けるのがどういう事か、知って貰わないとだね」
    「そうだな。まだ、間に合う……はずだ。今為すべき事を考えよう」
     探求部の部室から持ち出した地図と地形を照らし合わせ、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)と小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)はどこから攻め上がるか意見を出しあっている。時折笑顔を覗かせ落ち着いた議論を交す二人は頼もしかったが、穂純は悲しい事も思い出した。
     取り逃がした敵のせいで、名古屋では苦しむ人が増える。どうして全部守れないのだろう。

     戦況を窺っていた晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)が結衣奈を手招く。先んじて迎撃に向かった三班の善戦で、左翼の敵密度は下がりつつあった。
    「暗殺者に竜殺しなんて縁がないものと思っていたけど、まぁ……出会ったからにはやるだけなの。お互い、遠慮しあう仲でもないの」
    「うん、戦友たるエクスブレインや恩師がいる学園に近づけさせないよ!」
     またよろしくねと握手を交わし、共に地図を覗く。今なら、裏道を抜けファフニールの元へ辿りつけそうだ。

    ●2
     走る。敵が通れぬ民家の間の細い路地を縫って進み、敵陣の奥深くまで疾駆する。
     遂にファフニールまであと一歩の所まで来たが、流石に敵が密集していた。結衣奈と朔夜が提案した土地勘を活かしての進軍も功を奏し、ここまで戦闘を回避してこれたが、いよいよ強行突破しかなさそうだ。
     別方面から進む班に連絡をとり、タイミングを合わせるべきか。皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)が思案していた時、真(d11348)らの班が敵の間をすりぬけ先へ進むのが見えた。
    「そこの班、突出するな。包囲されるぞ――」
     幸太郎がそう言い終わる前に、彼らの姿は敵影の向こうに消える。
    「『Vivere est militare!』 ほっとけねーよ、早く追うぞ!」
     緊迫した状況に冷や汗を流しながらも、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)は通路へ飛び出した。立ち塞がった竜種の巨体へ、半ばヤケ気味につっこんでいく。間に合え、間に合え、間に合え――!
    「どけーーーっっ! 必ず大将の首取ったるかんな、覚悟しろってんだ!!」
     間一髪マサムネの脚を覆ったエアシューズが胴にめり込む。それでも踏み止まる敵を見上げ、八宮・千影(白霧纏う黒狼・d28490)は手に魔力を集めた。毎日訓練している射撃の腕を見せる時だ。
    「呪われし狼姫の牙、その身に受けてもらうよ。呪創弾、石呪!」
     指輪を介して生成した灰色の弾丸を銃に装填し、竜の右眼を撃ちぬく。敬厳は真珠色のオーラで拳を包むと、枳殻の枝を思わせる氣の棘で石化した患部を抉るように殴る。
    「硬い……手強いの」
     運悪く守りに長けた敵だったようだ。手間取りながらも倒し、一行は先を急いだ。

     この数分の間に何が起こったのだろう。
     ただ余程逆鱗に触れる事を言ったか、ファフニールが怒り狂っているのは一目瞭然だった。
     二番槍らしき班と交戦していたが、両者こちらに気づく気配すらない。最初に突入した班は既に半壊状態ながら持ち応え、側近らしき一体と打ち合っている。
     ともかく、敵の足並みが乱れているのは好都合だ。突出したファフニールを追おうとする二体の側近の足元に、朔夜の敷いた五芒星の防壁が現れ進軍を阻んた。
    「わしらがお相手致す!」
    「仲間の元には行かせないよ」
     敬厳と葵が立ち塞がり、血赤色の斬撃と暴発する魔力が戦場を明るく染めた。止められた二体も怒りを露わに炎を噴射する。燻る炎が皮膚を焦がし、武器を握る手が黒ずんでいく。
     強い。二体の竜種を相手どる事も本来なら無謀だが、誰も迷わなかった。
    「ボク達は戦う……こんな卑怯な作戦を使うやつらなんかに負けない!」
     敵に負けじと千影も炎の弾丸を連射する。幸太郎の放つ夜霧が熱気を緩和したが、数の多い前列を繰り返し焼かれ、体力は徐々に減少していく。
    「かのこ!」
     正面から突進を受けたかのこが、甲高い吠え声を発し地に叩きつけられる。角が深々と突き刺さり、白い毛が一瞬で鮮やかな赤に染まった。
     思わずかのこを抱き上げた穂純ははっと顔を上げた。かのこ諸共踏みつぶす勢いで、もう一方の竜種が突進してくる。致命的な一撃を覚悟し、ぎゅっと目を瞑った――その時だ。
    「これ以上やらせない、この身に代えても!」
     玲那(d17507)の凛とした声が響くと共に、閃光が敵陣を薙ぎ払う。予想していた衝撃はなかった。目をあけると、敵は絡みついた玲那の影を振り払おうともがいていた。救援だ。
    「こっちのは引き受けた」
    「皆さん有難うございます!」
     そこからはよく覚えていない。とにかく仲間を助けたい一心だった。無我夢中で攻撃し、最後にマサムネの正拳が敵の装甲を突き破った。
    「これでトドメだ。引導渡してやんよ!」
     ――勝った。敵の消滅を見届けながら息を整えると、丁度玲那達の班も勝利した所だった。

    ●3
     終わりではない。むしろ、ここからだ。
     ファフニールと戦っていた班はどうなったろう――視線を向けた一行は息を吞んだ。

     ……全滅。

     倒れた者の中には見知った顔もあり、穂純の中に得体の知れない感情が沸き起こった。朔夜は友人の美海(d15441)に目配せを送ると、未だこちらに気づかぬファフニールの背に剣の切っ先を向け、音もなく地を蹴る。人に仇なす『竜殺し』を決めた、心優しき暗殺者の眼だった。
     高く跳び、背後から竜の背を狙い打つ。まだ微かに意識のあった周(d05550)が、燃えるような瞳で朔夜を見上げた。小さく頷き返す。
     言葉がなくとも通じる。その想い――引き継いだ。
     打ち下ろした剣は赤銅色の鱗の隙間を抉るように進み、脚にまで達する傷を作る。完全に不意をつかれたファフニールは、全身に刻まれた無数の傷から炎を噴き出し悶絶した。その背を踏みつけた反動を利用し、朔夜は美海の隣に着地する。
    「そっちにも思惑があるようだけど、人の庭で好きにさせる理由はないの。美海」
    「その傷から毒をねじ込むの」
     猛毒の弾丸は竜の背に刻まれた傷口に吸いこまれ、その身体を蝕む。ファフニールはいよいよ激昂し、長い尾を振り回しながら吠えた。
    「……おのれ灼滅者……何度でも竜の逆鱗に触れるか。ならば、そこで倒れている奴ら諸共塵と消えよ!」
    「その首取るか取られるか。後腐れなしでいくの」
     朔夜を追うように動く尾を、もう一方の班が受け止める。マサムネは全体重でその尾を踏みつぶし、敬厳は薔薇の茎を思わせる剣を突き立てた。剣が紅く輝き、奪った血が流れこんでくる。……熱い。
    「来てやったぜ。さあ、因縁の戦いを始めるとするか!」
    「良い度胸だ小童。我が同朋の痛みを思い知るがいい!」
    「名古屋でも言うたがの。貴殿こそ人の庭先で暴れて、無事で済むとは思わん事じゃ」
     本当にここまで来てしまった。とりあえず啖呵を切ったが、猛り狂う竜は想像より遥かに恐ろしく、マサムネは生きた心地がしなかった。仲間の猛攻に晒されてきたファフニールは既に半死半生だったが、流れた血は炎となり、その憤激を表すが如く燃え盛っている。
     ……『誇りの為に』か。
     この竜は随分、いや俺以外は全員まともな動機で戦っているなと、幸太郎はふと考えた。それもほんの一瞬。束縛されぬ者の名を冠した銀灰色のナイフで太い脚を斬りつける。
    「あなたにも私達とは違う別の正義があるんだよね……」
    「お前達が正義だと? 思い上がるな、人間風情が!」
     ラゴウは灼滅者を正義の味方と評したが、彼はそうは思っていないようだ。傷つけられたかのこや知人達の姿が頭を過り、穂純はまた何か厭な気持ちになった。
     ぐっと堪え、影の触手で驕れる竜を縛る。
    「確かに、私達人間の力は小さい力だけど。重ねていければそれは大きな力になるんだよ?」
     毅然とした声と共に、結衣奈の操る帯が飛んだ。
     千影と葵が、炎と氷の弾丸で左右から腕を撃つ。結衣奈の帯に食らいつく顎の下に潜り、朔夜が破邪の剣を突き上げる。動きを鈍らせ、更に相手の体力を奪う。二班からの一斉攻撃に、流石のファフニールも対応しきれていない。
    「ぐ……っ」
    「ボクらは無力だけど一人では戦ってない……ボクの呪いの牙はアナタを蝕み続ける、よ」
     独りではない。
     だから幼い千影すら、勇敢にこの難敵に立ち向かえる。
    「蜂、朝川、マサムネ。四方から囲いこもう」
    「承知致した葵殿!」
    「……はい」
    「よっしゃ!」
     逃げるとは考え難いが、葵は慎重を期すようだ。普段は柔らかい葵の表情はきりと引き締まり、けして感情に流されない。それを受け、幸太郎も千影に要請を送る。
    「後衛は逃走経路を塞ぐ。敵増援の接近にも注意しててくれ」
    「わかった、よ」
     体躯の半分ほどもある銃を担ぎ、千影は走る。配下も駆逐されつつあるのか、後方に敵の気配はない。気温も下がるといいんだが――幸太郎は額を拭った。ファフニールの全身を覆う傷はいよいよ噴煙を上げ、熱気は強まるばかりだ。三体の敵と交戦してきた此方もとうに体力の限界だった。

     頬を流れる液体は汗か。
     血か、涙か。
     もうわからない。それでも戦う。
    「舐めるな。この俺は逃げも隠れもせんぞ、灼滅者!!」
     ――こいつの暑苦しさはある種人間くさいかもしれない、とも思う。

     黄金の爪が正面に居たマサムネの胸を抉る。かは、と血を吐きながらも、マサムネは怯まず槍に魔力を集めた。
    「上等だぜ…………この戦いからは逃しゃしねー!」
    「ぐおおおおおッッ!!」
     超至近距離から放たれた氷の妖気が敵の身体から溢れる炎と反発しあい、爆発的な水蒸気で辺りの景色が白く濁った。敵も味方も判らぬ霧の中、咆哮を頼りに敬厳は駆ける。
    「不退転の覚悟か。その心意気やよし、いざ尋常に勝負じゃ!」
     守るべき生活圏内での狼藉、此方とて許すわけにはいかない。弱きを虐げる者への怒りをこめ、敬厳の誇り高き剣がその額を斬りつけた。千影は額当ての円盤を外し、銃に装着する。ガトリング用パーツが装着されたそれを抱え、跳んだ。
    「ボクの牙は、人を不幸にする存在を砕く! ……だよ。弾雨、散華」
     千影が円盤を回すと、雨霰の如く降る弾丸が竜の身体に穴を開けた。同時に、誰のものかわからない斬撃が背を走る。
    「竜殺し、完遂させてもらうの」
     霧の中から朔夜の声がした。大量の血を失ったファフニールはよろめきながらも、忌々しげに身体を震わせた。
    「ここまでか……否、我が同胞の恨みを晴らさぬままでは死ねん! おめおめと逃げおおすことはできん! 竜種の誇りにかけて、相討ちとなろうとも、ここでお前たちを殺す!」
     胸がちくん、と痛んだ。
     先程から穂純がこの敵に感じていた厭な気持ちだ。仲間を傷つけられて哀しい。腹が立つ。絶対仇を取りたい。もしも殺されたら、その痛みはどれ程のものだろう。
     そっか。
     同じ気持ちなんだ――鏡を見てるみたい。
    「穂純ちゃん!」
     その時、結衣奈が穂純の手を掴んだ。
    「復讐の心と力には負けないよ。学園という絆の力を護る為に!」
     闇に堕ちてなお絆の力を何より信じた娘は、戸惑う少女の手をひいて前に走る。敵が大きく口を開くのが見えたのだ。全ての力をこめた竜の咆哮は大地を揺らし、アスファルトを剥がし、隆起した地盤が二人の肌を激しく傷つける。
     小さな手を固く握ったまま、結衣奈は両脚を踏ん張る。
    「くっ……こっちが苦しい時は相手も苦しいよ、もう一頑張り!」
     笑顔で前を見据える彼女を眺めて、穂純は思った。
     やっぱり学園と皆が大事。だから、痛くても苦しくても頑張る。
     二人の想いを乗せた風が幸太郎の放つ夜霧と混ざりあい、皆を癒し護る嵐となる。心地良い湿気と新緑の香りが辺りを満たし、乾いた空気を一変させていく。
     咆哮がやんだ。
     ファフニールは息を切らしている。……耐え切った。
     身体の炎が弱まり始めていた。命の灯火が消えかかっているのだろう。葵は最後の一手を打ちにいった。

     声を荒げることも、叫ぶこともなく。
     ただ――僕らの力でこの局面を乗り越えられると、そう信じて。
     その脚めがけ、焼け焦げた腕で何度も十字架を振るう。
     一。
     竜がよろけた。
     二。
     めき、と骨がへし折れる音がした。
     ――三。
     竜は身じろぎもしなくなった。もう動けなくなったとも、覚悟を決めたとも見えた。

     彩歌(d02980)の槍が深々とその身を貫き、地響きと土煙を立て、ついにファフニールは倒れ伏した。一瞬の静寂の後、息も絶え絶えに竜は最期の言葉を紡ぐ。
    「……人間を殺したダークネスを、お前達灼滅者が狩る。それが灼滅者というのならば、それも良かろう。だが、ダークネスを灼滅した灼滅者、お前達は誰に狩られるのだ?」
     沈黙。
     立ち会った誰もが返す言葉に迷う中、幸太郎は缶珈琲を開けた。
    「正義だの信念だの、そんな大仰な言葉に興味はない。第一俺に似合わん」
     これはお気に入りの昼寝場所を守るための戦いで、幸太郎にはそれ以上でも以下でもない。他人にとっては一笑に伏すような理由でも、当人にとっては存在意義に関わるような理由がある。
     それがこいつへ突きつける最後の牙になるとは皮肉だが。そう思いながら、渇いた喉を潤す。
    「だが俺が俺らしくできる場所、そこを守る為には神が狩りにこようと譲らない。戦ってやるさ」
     よく言葉にしてくれたとばかりに、七人全員が頷く。
     それが俺の――俺達の、『正義』だ。

     言葉は届いたのだろうか。纏う炎が衰え、完全に鎮火した頃、竜の巨体はゆっくりと消えていった。傍若無人な獣ではあったが、仲間の為に最後まで戦い抜く姿を憎からず思った者もいた。譲れない正義同士はぶつかるしかないのかな――穂純は懸命に涙をこらえ、考える。
     ともあれ。
     結衣奈は思い切り息を吸い、腹の底から声を張りあげた。迎撃戦成功の祈りをこめて。
    「皆! 竜種ファフニール、討ち取ったよーーーーっ!!」
     その一報に前線は沸き、辺りは勝どきの声に包まれる。誇りに生きた竜の弔い合戦は激闘の末、灼滅者達の勝利で幕を閉じた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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