黒翼卿迎撃戦~黒き翼、学び舎へ

    作者:波多野志郎


     ――東京都多摩地域東部、武蔵野市。その日、人の目には見えない、白い炎の柱が突如として出現した。
     その白い炎の柱から現れるのは、まさに百鬼夜行。タトゥーバットの群れ、奴隷級ヴァンパイア団、鶏の足の小屋、ヴァンパイア魔女団、鉄竜騎兵団、竜種イフリート、ソロモンの眷属、スサノオ、動物型の眷属――おおよそ、剣呑ならざる混成軍が武蔵坂学園へと進軍を解し知る。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     それを率いるのも、そうそうたる顔ぶれだ。黒翼卿メイヨール、朱雀門・瑠架、義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』――主力がハンドレッド・コルドロンの戦いで出払っている武蔵坂学園を滅ぼすのに十分過ぎる兵力であった。
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     その総大将である瑠架の思惑を多くの者が、知るよしもない。このままでは、彼女の望むぬ結末が訪れる――はずであった。
    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています」
     その緊急の報は、敵の到来を告げていた。皮肉にも、瑠架にとって敵こそが望みを叶える最後の希望だったのだ……。


    「本当に来たわね」
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)の言葉に、コクリと湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)がうなずく。
    「皆さん、戻ってきてもらってありがとうっす。皆さんが戻ってきてくれたおかげで、武蔵坂学園が占領されるという最悪の事態を逃れる事が出来たっす」
     しかし、危機そのものはまだ去っていない。黒翼卿メイヨールが率いる強大な吸血鬼軍が、武蔵坂学園のすぐそこまで迫ってきているのだ。
    「黒翼卿メイヨールさえ灼滅或いは撤退させれば、吸血鬼軍は撤退していくっす。なんとか迎撃に成功し、吸血鬼軍を撃退してほしいっす」
     このままでは決戦は避けられない――今が、覚悟の時だ。
    「皆さんの参戦は予想外だったのでしょう、黒翼軍はかなり混乱しているようっす。この混乱の隙をつけば、黒翼卿メイヨールを追い払うだけでなく、他の有力なダークネスを討ち取ることも出来るかもしれないっすね」
     敵の布陣は、前線中央に黒翼卿メイヨール。その後ろに、朱雀門・瑠架、前線左翼に竜種ファフニール。前線右翼に義の犬士・ラゴウ。そして後方に、スサノオの姫・ナミダ。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で、去就に迷っている状況だ。
    「今回は黒翼卿たちを撃退さえすれば、こっちの勝利っす。よろしくお願いするっす」
     翠織はそこまで語り終えると、ふと思い出したように付け加えた。
    「ああ、この戦いの直前、校長先生が学園に戻ってきたっす。迎撃戦終了後に、重大な話があると言ってたっすけど……」


    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     メイヨールの声を聞きながら、瑠架は思う。
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     中央から離れてなお、ラゴウは彼女の心を読んでいた。そして、戦場を把握する。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     竜種ファフニールの、その気迫を。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     ソロモンの大悪魔ヴァレフォールの戸惑いを。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     スサノオの姫の、撤退の気配を。
     戦端は、こうして開かれる――ここに、黒翼卿迎撃戦が幕を開けた。


    参加者
    遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)
    外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)
    深山・戒(翠眼の鷹・d15576)
    システィナ・バーンシュタイン(罪深き追風・d19975)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)

    ■リプレイ


     ――それは、正しく戦場だった。
    (「完璧な襲撃タイミング……でもこれは誰の思惑通りなのでしょう?」)
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の問いに、答えを持つ者はこの場にいない。ラゴウ配下の動物眷属と戦う仲間達、その横を駆け抜けていった。
     乱戦、そう呼ぶのにふさわしい有様だった。だからこそ、この場でもっとも重要な敵の一人と対峙しなくては意味がない――ライラ・ドットハック(蒼き天狼・d04068)は、改めてそれを口にした。
    「……メイヨールとラゴウを合流させる訳にはいかないわ」
    「そうなれば、灼滅どころじゃ――」
     なうなるわね、という忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)の言葉は、飲み込まれた。
    「ラゴウ!!」
     レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)の声に、その男は振り返った。義の犬士、ラゴウその男だ――既に、他のチームとの一戦を終えたのだろう。その覇気に、システィナ・バーンシュタイン(罪深き追風・d19975)は口を開いた。
    「悪いけど、行かせる訳にはいかないよ」
    「当然だな、君達の目的を考えれば」
     ラゴウが、ロケットハンマーを構える。深山・戒(翠眼の鷹・d15576)は、周囲に視線を走らせた。
    (「メイヨールの戦場は、十分な戦力がある――なら、ここでラゴウを抑えれば……」)
    「――だが、それをさせる訳にはいかない」
     互いの意図は、ここに来て大きく反目している。ラゴウはメイヨールの援軍に行くべく、武蔵坂学園はここでラゴウの援軍を阻むべく――両者は、譲れない場所に立っているのだ。
    「なら、戦うまでだニャー♪」
    「ああ、そのようだ」
     遠間・雪(ルールブレイカー・d02078)の言葉を、ラゴウはあっさりと肯定する。動物眷属に足止めされたチーム、ラゴウと戦いここまで時間を稼いでくれたチーム、そして、ここに至ってラゴウの前に立てたのは2チームのみだ。
    「外なる世界を見て嗤うモノ」
     解除コードを唱え、チェーンソー剣を引き抜き外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)が告げた。
    「お前達の闇は所詮、光が無ければ闇と呼べぬ脆弱な存在である事を教えてやる。天外の光が齎す災いの力でな」
    「出来るのならば、やってみるといい」
     ラゴウが、ロケットハンマーを握る手に力を込める――それと同時、もう一つのチームメンバーである司が言った。
    「ラゴウ、この梟男爵がお相手仕る。いざ尋常に勝負を!」
    「ふむ……皆、良い顔をしているね。その意気や良し……しかし、ここはどうしても突破させてもらうよ」
     ラゴウが地面を蹴る、その巨大なハンマーの一撃が戦いの合図となった。


    「天鷹顕現」
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     戒が着物の帯を翼のように広げ、翡翠が真っ直ぐに疾走する。振りかぶった翡翠の拳が、ラゴウを捉えた。
    「――くっ!?」
     翡翠の鬼神変とラゴウの鬼神変、その異形の拳同士が激突する。繰り出したはずの翡翠が、大きく体勢を崩す――そこへ、ラゴウが片腕でハンマーを振り上げる寸前に、両親から貰った鍵を握り祈りを捧げた玉緒が断斬鋏を放った。
    「させないわ」
     ギギン! とラゴウの脇腹を、玉緒の断斬鋏が突き刺した――そのはずだった。しかし、刃はわずかに刺さるだけで止まる。腹筋で、止めたのだ。
    「温い」
     ドン! とラゴウの放ったハンマーの一撃が、地面を砕いて砂塵を巻き上げる。翡翠と玉緒が同時に後方へ跳ぶ――その玉緒の手首を、ボォ! と砂塵を内側から爆ぜさせてラゴウが掴んだ。
    「そこ!」
     そのラゴウの腕を、ヒュガ! とシスティナの放ったレイザースラストが弾いた。玉緒の手首から、ラゴウの腕が離れる――それを見たシスティナが言った。
    「今だよ!」
     その声を受けて、黒武がラゴウの懐へと滑り込む。
    「ひゃっはー! うちの妹分が世話になったお礼しに来たぜー! 神原燐って、覚えてるかい?ナノナノと一緒に居た蒼髪デモノイドヒューマンの女の子」
     語りながらの、黒武の大上段の斬撃。黒武の雲耀剣を、ラゴウは左足でハンマー部分を蹴り上げて迎撃した。
    「ま、覚えてようが覚えてなかろうが俺がお前をブッ飛ばす事に変わりは無いんですがね!」
    「あの温泉での彼女か」
     一つ、二つ、三つ、斬撃を重ねていく黒武を、ラゴウはハンマーで打ち合っていく。小回りは刀の方が圧倒的に上だ、それを身体能力の差だけで埋めて上回る――目の前のダークネスとは、そういう領域の相手なのだ。
     そして、そのラゴウの死角から戒は間合いを詰める。その着物の帯を広げ、低い体勢での横回転。ラゴウの足を、深々と切り裂いた。
    「頼むよ!」
     戒は止まらず、そのまま駆け抜ける。そこへ、ライラが駆け込んだ。
    「……合わせる」
    「任せたぜ!」
     ズザンッ! とレオンの自律斬線“鏖殺悪鬼”が射出される。銀朱の薄刃を、ラゴウはハンマーで打ち落とそうとし――眉根を寄せた。
    「上手いね」
     ハンマーの軌道に重ねるように、ライラが牙が多数生えた紫色の筋繊維の怪腕を繰り出していたのだ。ハンマーでは弾けないと判断したラゴウは、両腕でブロック。薄刃と拳を、同時にガードした。
    「いやぁ、こいつは助かるね♪」
     雪が機甲斧槍【スワンチカ】を振るい、イエローサインを発動させる。霊犬のバクゥが、雪の目の前で六文銭を射撃する――そこには、もう一つのチームの姿があった。
     ここに至るまで、複数のチームと戦い、なお2チームとの戦いをラゴウは強いられているのだ。状況は、ラゴウに不利である――そのはずだ。
    「戦場と敵は選ばないとも――こちらも、目的を果たすために全力を尽くそう」


     ヒュガ! と宙を舞った瓦礫が両断される――玉緒の鋼糸だ。地面を蹴って横へ跳ぶラゴウに、しかし、玉緒の指先の動きは止まらない。
    「逃がさないわよ」
     ヒュオン! と鋼糸は踊り、すかさずラゴウを追った。ラゴウの右腕に鋼糸が絡み付いた直後、システィナの跳躍からの踵落としがラゴウの右肩を強打した。
    「お願い!」
    「はい!」
     システィナの言葉を受けて、翡翠の胴回し回転蹴りがラゴウの左肩を捉え――ガゴン! と重圧が、義の剣士を襲った。ラゴウの足元、地面が砕ける――だというのに、羅刹はいっそ軽い足取りで一歩前に出た。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     ゴォ! とラゴウの大震撃が、大地を揺るがした。思わず散る灼滅者達、いち早くラゴウの次の動きを抑えに動いたのはライラだった。
    「……そっちの強さは、百も承知よ」
     ギシリ、と拳を作るM-Gantlet【プリトウェン】――その魔力を込めたライラの一撃を、ラゴウは掌打で受け止める。ガギン! と金属同士が激突したような轟音を立てて、二人が弾かれたように後方へ跳んだ。
    「回復は任せるニャー!」
     雪はすかさずイエローサインで前衛を回復、合わせてバクゥの浄霊眼によって癒されたレオンが疾走。ズザン! とIron-Bloodでラゴウの右足を貫いた。
    「――グッ!?」
     しかし、ラゴウは振り返りざまの膝蹴りをレオンへと放つ。貫かれた足を無視しての蹴りに、咄嗟にレオンは自律斬線“鏖殺悪鬼”でガード――威力に逆らわず、バク転して間合いをあけた。
    (「後、1センチ――だってのに!」)
     後少し踏み込めていれば、骨も貫いた――その手応えがあったからこそ、レオンは歯軋りした。肉を斬らせて骨を断つ、そういう言葉がある。だが、それを実際に実現させるのは困難なのだ。
     それをやれる度胸と技術、能力、そして何よりも判断力がラゴウにはある。だからこそ、許せない――ラゴウの視線が、目の前の敵から戦場へと移る事が。
    「今ここでアンタを倒してもちっとも嬉しくねぇ、楽しくねぇ――俺を見ろ、俺たちだけを見ろ! テメェの敵を真っ直ぐ見据えて力を尽くせ! それが出来ねぇってなら――」
     着地と同時、視界が怒りで赤く染まる想いで、レオンは再行動。自律斬線“鏖殺悪鬼”を投擲した。
    「――さっさと失せろォォォッ!」
     ラゴウは、レオンのレイザースラストをガギン! とハンマーで打ち落とした。そこへ、黒武は劫火に燃える後ろ回し蹴りをラゴウの首元へと叩き込む!
    「左――だ!」
    「ああ!」
     足から伝わる感触にラゴウが受け流そうとした方向を黒武が告げ、回り込んだ戒が鬼神変の拳がそこに置かれるように放たれ――ラゴウを大きく吹き飛ばした。
     ズザン、とラゴウは、靴底を滑らせながら着地。ハンマーを振った勢いで体勢を立て直すと、そのまま身構えた。
    「あなたが私達へ復讐したい気持ちは否定できません……でも、貴方以外の思惑で本当に守りたい人を守れずに散るのが……貴方の義なのですか!」
    「――――」
     翡翠の言葉に、ラゴウが視線を向ける。その視線に、戒が真っ直ぐに告げた。
    「撤退するなら、追わないよ」
    「――それは、出来ない」
     ラゴウは、そう答えた。それのみだ、重ねられる言葉はその気迫――覇気に、ねじ伏せられるのみだ。
    (「クソが――ッ」)
     理不尽であるのはわかってる、しかし、レオンはその怒りを抑え切れない。気分的にも士気的にも最高潮の時に戦いたいのに、相手全体が後ろ向きだわ戦闘とは別のこと考えてるわ――これでは、不満しか募らない。
     加えて、ラゴウのこの閉口だ。しかし、ラゴウは小さく付け足した。
    「でも、もう抜ける事は考えない。全力で、君達を打ち倒して堂々と援軍に向かおう」
     ハンマーを灼滅者達へと突きつけたラゴウは、真っ直ぐに視線に力を込めて言い切った。
    「義の犬士、ラゴウ――推して参る!」
    「――そうじゃなきゃなぁ!!」
     レオンの冷め切っていた血が、一気に滾る。この戦いで初めてぶつけられた純粋な闘気に、戦場が確かに熱気を帯びていった。
    「……手加減できる相手じゃないわ」
    「やらなきゃやられるニャー」
     ライラの言葉に、笑顔のまま雪が言ったのける。この状況でも、彼等に揺らぎはない――覚悟のない者など、この場には誰もいないのだ。
    「来るよ!」
     システィナの警告と同時、ラゴウがその全力を持って襲い掛かってきた。
     ――戦いは、苛烈を極めた。しかし、戦力差は覆らない。有利なのは、2チームが揃っている武蔵坂学園側だった。
     それでも、気を抜けばラゴウは灼滅者達を打ち破り突破するだけの力を持っている――だからこそ、誰一人として退く者はいなかった。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     ラゴウが、ハンマーを横一閃に薙ぎ払う。その迫り来る致命の一撃をライラは、M-Boots【ティルフィング】の魔力による加速で跳躍して宙に跳び――。
    「……焦ったわね?」
     ヒュガン! と空中で、ライラは肩のベルトから蒼糸を射出。ラゴウのハンマーを大きく弾いた。
     ガギン! という轟音に、ラゴウが体勢を崩す。そこへ、雪とバクゥが一気に間合いを詰めた。
    「チャンス到来ね♪」
     サイキック加速装置付属の機械斧槍――機甲斧槍【スワンチカ】を雪は薙ぎ払い、そこへバクゥが斬魔刀を重ねる! だが、ラゴウは踏ん張り堪えた。すかさず、その腕を異形の怪腕へと変え――。
    「その拳は、届かせないわ。どこにもね」
     ラゴウの頭上、玉緒が鋼糸を振るう。上空という死角からの一閃、玉緒のティアーズリッパーがラゴウを大きく切り裂いた。
    「――ッ!」
    「まだまだ!」
     踏みとどまったラゴウへ、戒の鬼神変の拳が放たれる。抉りこむように打ち込まれた戒の一撃に、ラゴウの足が地面から引き離された。そこへ、翡翠が兎のように跳ぶ。
    「私たちの帰る場所を守るんです!」
     全体重を乗せたレーヴァテインの炎に包まれた翡翠の無敵斬艦刀の一撃を、ラゴウはハンマーで受け止める。だが、踏ん張りのきかない空中では、重量を味方につけた翡翠が有利だ。
     ズガン! とラゴウが、地面に叩き付けられる。それでもなお不屈の闘志で立ち上がったラゴウに、駆け込んだ黒武が唸りを上げるチェーンソー剣で薙ぎ払った。
    「行け!!」
     味方達が重ねに重ねた攻撃を、黒武のチェーンソー斬りが増幅する――しかし、ラゴウは止まらない。驚異的な精神力で、なおも前へ出る!
    「チェックメイトだよ……」
     システィナがガシャン! とマスケットライフルを展開。レオンもマテリアルロッドを構え真正面から迫った。
     システィナの銃弾の一撃が、レオンの渾身のフォースブレイクが、ラゴウを捉える! ラゴウの巨体が地面に叩き付けられ、ハンマーがその手からこぼれて地面に転がった。
    「――俺たち、勝ちだ」
    「あぁ、君たちの勝利だ」
     詰めていた息と共に吐いたレオンの宣言に、ラゴウは小さく同意する。バキン、と体の端から砕け散っていくラゴウに、翡翠は問いかけた……問わずには、いられなかった。
    「逃げれば追わないと言ったのに何故、最後まで戦ったのですか……?」
    「仲間を捨ててまで生き延びたいとは思わないからな」
     ラゴウが、空を仰いだ。天へと伸ばした手が、指先から砕けていく。
    「義の犬士か、結局何も守れなかった愚か者だな僕は。スキュラ、パラジウム……。瑠架……君は生き延びてくれ」
     ラゴウの手が、何も握れず砕け散って消え去った。
     八犬士の球に刻まれし文字、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字とは仁義八行と呼ばれる。その中でも、義は道理と条理を示す。ダークネスでありながら、その義を最後まで背負ったラゴウという男の、これが最期であった……。


    「何とか勝てたにゃ~!」
     バクゥを抱きかかえ、雪が笑みをこぼす。ラゴウが砕けて消えた場所に雪が黙祷を捧げていると、その報は届いた。
    「おっ、メイヨールの方に行ってるさとからだ……もしもし、そっちはどうなった?」
     その言葉に、周囲に緊張が走る。ラゴウは灼滅出来た、しかし、メイヨール次第では、その結果も意味が変わってしまうのだ……。
    「灼滅か! すっげえ、やったな!! メイヨール、灼滅だってよ!」
     その声に、喝采が起こる。
    「……何とか防衛は成功したようね」
     武器を仕舞い、ライラは小さく呟いた。この戦いも、一つの勝利でしかない――しかし、今はそれを素直に喜ぶだけの価値はあるだろう。
    「もしかしてまた大きな戦いが始まるのかな……杞憂だと良いんだけど」
     システィナは、そうこぼしてラゴウが最期に仰いだ空を見上げた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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