雨天望む死闘

    作者:君島世界

    「てメェこの野郎ッ! このスーツの落とし前、どう付けるつもりなんだ、エエッ!?」
     雨降る路地裏、一見してその筋の者とわかる大男が、時代錯誤な黒い着流しに身を包んだ優男の肩を掴み、強引に壁に押しつけた。そんな危機的状況下にあっても、優男は皮肉な笑みを浮かべたままで、長い白髪の裏に隠した眼からじっと大男を見ていた。
     状況の発端は数分前にさかのぼる。自分のシマである所の繁華街を、大男が肩で風切って歩いている時に、ふと現れた優男が大男の傘にひょいと手を伸ばしたのだ。
     力か技か、指を絡められた傘の柄が二度三度と折り曲げられる。その手はさらに傘の骨と布とをばらばらに引きちぎって、ただの燃えないゴミにまで分解した。
     面子を潰されたと逆上した大男は、優男を追ってこの路地裏までやってきた。気づけば、御用達テーラーで仕立て上げた自慢のスーツは泥染みにまみれ、見るも無残な様相に変わり果てている。
    「いざようたか。その懐、抜くのが遅いぞ」
    「アア?」
    「……既に。ヒヒ」
     優男が意味不明の言葉を呟いたと、大男がそう知覚した瞬間、彼の世界が右に回った。なすすべなくその脳天は地面に激突し、――暗転する。

    「要は喧嘩を売って回っているというわけだ。被害者はいわゆるヤの字のオッサンから、調子に乗ってナイフ隠し持ってるような自意識過剰のバ――なんだよお前らその目は」
     俺は絶対そんなことしねえって、と弁解混じりに説明を続けるのは、エクスブレインであり残念言動系のフシがある中学生、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だ。
    「ともあれそのアンブレイカブルだがな、……名前は敷島・無道(しきしま・むどう)。白髪を無視すれば見た目40代の痩せた男だが、俺たちで言うところのストリートファイターの技に長けていて、はっきり言ってめちゃくちゃ強いぜ。複数で囲んで立ち向かうとしても、直接カチ合う距離にいる奴はちょっと覚悟が必要だ。甘く考えてると痛い目を見る」
     ヤマトは真剣な表情で、接近戦系の装備を持った灼滅者たちを見回した。
    「敷島は手下を持たず、雨が降る日を好んで繁華街を出歩き、武器を持った人間に喧嘩を売っておびき寄せるなり、その場で襲い掛かるなりする。ナイフのガキは後者のパターンだな。『武装してるなら覚悟ができてるもの』っていう一方的な論理を押し付けて、出会った奴をことごとく病院送りにしている。発見が遅れれば命に関わるレベルでな。
     今回不意を付くなら、『スレイヤーカードの封印を解除していない状態で、敷島が大男を連れ込んだ路地裏から出てきたところを、一斉に包囲する』という方法がある。黒い着流しを着た白髪の男だから見つけるのは簡単だし、武器を持たない人間に敷島は大した注意を払わない。お前らなら尾行は簡単なはずだ」
     だがこいつはちょっと変わっててな、とヤマトは怪訝な表情をした。
    「バベルの鎖でお前らの襲撃を予知しても、逃げ出すとか手下を増やすとか、そういった事は一切しない。場合にもよるが、向こうから姿を現して、存分に戦える開けた場所まで案内したりもする。さっき言った方法以外では不意を撃てないが、襲い掛かればその場で戦闘になるだろうぜ。
     だが、何度も言うが敷島の戦闘力には注意しろよ。束になっても、とは言わないが、少なくとも1対1じゃ絶対に敵わない。忠告を聞かぬ者には暗黒の結末が待っていた――なんて事になっちゃ、エクスブレインのレゾンデートルに関わるからな」
     内容こそ真面目なものだが、ヤマトは集まった灼滅者たちに全幅の信頼を寄せているのか、冗談めかしてその言葉を言い放った。
    「でだな、敷島の灼滅ができれば理想的だが、実際は撤退させるだけでも構わない。あまり深追いしすぎて余計な怪我をしてもしょうがない……弱気で言ってるんじゃないぜ。
     アンブレイカブルってのはどいつもこいつもこうなんだが、十分敵が強ければ叩き潰すだけで、殺そうとはしないんだ。それどころか生かしておいて、リベンジに来た所をまた返り討ちにする、なんて事をいっつもやってやがる。今回はお前らが十分脅威だと見せ付けることができれば、敷島はそのまま姿をくらますから、戦闘には負けても作戦は成功となるぜ。
     だがまあ、最初から逃げ腰でかかっちゃあ、向こうだって納得しないだろう。元々お前ら灼滅者にしか相手ができない連中だ、ここは一つ気合を入れて、その勇気で予告された災厄に立ち向かってくれ!」
     ヤマトの言葉に、集まった一同は強く頷いた。


    参加者
    スウ・トーイ(黒禁門・d00202)
    藍染・鈴之介(破邪顕正・d00242)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    結城・星空(トイソルジャー・d02244)
    マルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)
    藤宮・京(癒しの歌声・d03213)
    前田・光明(中学生神薙使い・d03420)
    姫川・御綾(天掌姫・d08548)

    ■リプレイ

    ●狩る者、狙う者
     人の肉体がアスファルトを打つ音とはこういう物なのか。雨脚の向こう、一本道になった路地裏の更に奥で、ダークネス『敷島・無道』は今日の人狩りを一つ終えた。
     獲物はスーツに身を固めた極道者。屈強な体の懐には違法な銃器を隠し持ち、しかし抜くことすら出来ずに、無道の仕掛けた強引な逆落としの投げで、その頭と意識とを砕かれたのであった。
     なんたる暴力か。びしゃ、と聞こえた水音には、降り続ける雨とは別の液体も混ざっていることだろう。
    「あれが敵、アンブレイカブル……!」
     力のこもった独白を、姫川・御綾(天掌姫・d08548)は無意識に呟く。無道の凶行を遠巻きに見つめる彼女は、しかしまだその手に殲術道具を取り出してはいない。
     それは、御綾と共にその場にいる他の灼滅者たちも同じであった。エクスブレインの予知に、この後路地裏から出てくる無道を無手のまま包囲してから、一斉にスレイヤーカードを開放すれば不意を付ける……とあったからである。
    「悪ぃがあの筋者の不運は担いでやれねぇな。ベルトの所に挿してんの、ありゃ明らかに拳銃だよねぇ」
     スウ・トーイ(黒禁門・d00202)が淡白に指摘すると、その見解に結城・星空(トイソルジャー・d02244)は間を置かず頷いた。
    「うん、実銃だなぁ。だから自業自得とまでは言わないけど、危険を冒してまであの場所に踏み込むのは……」
     あの無法者のケアは、ここに集った灼滅者たちの使命とは関係が薄い。即死ではないのは不幸中の幸いか。
    「でも、ダークネスにはこれ以上暴れさせられないよね。なんとしても、ボク達で止めないとっ!」
     力強く、しかし余計な気配を漏らさないよう小声で、藤宮・京(癒しの歌声・d03213)は活を入れる。と、その視線の先で、乱れた着流しを整えていた無道に別の動きがあった。
    「あ、こっちに来る……。権三郎さん、ステイステイ……いいこ。そのままね……」
     唸りも毛を逆立てもせず、視線だけで敵を狙う霊犬『権三郎さん』の背を撫でながら、マルティナ・ベルクシュタイン(世界不思議ハンター・d02828)はスレイヤーカードをポケットからそっと抜き出す。合わせて、他の灼滅者たちも同様にスレイヤーカードを構えた。
     無道は、背後の捨て置いた被害者にもはや何の興味も示してはいない。そのこれからどこに行くかを漠然と考えていそうな思案顔を見て、鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)はため息と共に言う。
    「この雨の中傘も差しちょらんとは、ますらおじゃね……。でもまあ、結局は中身ダークネスなんじゃよなあ、むっちー」
    「ああ、敷島の名前って無道だったっけ! むっちーねえ……、その名前を聞くのは、是非とも今日で最後としたいものだぜ」
     藍染・鈴之介(破邪顕正・d00242)が厄介そうに首を振る間にも、無道はゆっくりと、祭をそぞろ歩くように殺風景の中を進んでいる。遠からず路地裏から抜け出せば、灼滅者たちが囲むこの場所が、戦場となるだろう。
    「さて皆、開放のタイミングは無道の足運びに合わせよう。角から出て三歩……その距離なら効果的に包囲できるだろう」
     前田・光明(中学生神薙使い・d03420)は、無道の歩幅と速度とを目測しながらに言う。雨の中でも足音が聞こえてきそうな距離だというのに、無道は依然こちらに注意を払う様子は無い。無道が標的に選ぶのは武器を持つ人間のみ――その嗜好を逆手に取った作戦だ。
     ごく、と、誰かが固い唾を飲み込んだ。彼らの緊張を編みこんだ空気の中へ無道が出てくるまで、あと六歩、五歩、四歩――。

    ●戦闘狂い
    「無道っ! バトルスタートだぁー!」
     初手を取ったのは、甲にWOKシールドを展開させた星空だ。低姿勢の突撃から勢いに任せて伸び上がり、渾身の裏拳を無道の横っ面に叩きつける。
     星空の打撃直線を無道の裏に伸ばしていった先に、次は飛び掛るスウの姿があった。同じく展開されたWOKシールドを振りかぶるスウが放った攻撃は、対角線上から無道を打ちのめした。
    「ほら、遊んでくれよ旦那! 素人相手で天狗じゃつまらねぇだろ?」
     着地から人差し指で挑発の手招きをするスウの隣から、槍を脇に備え背筋を伸ばした御綾が歩み出てくる。目を伏せるような一礼の後、御綾は腰と重心を低く構え、槍の切っ先をまっすぐ無道へと向けた。
    「修羅道に堕ちたその拳、止めさせて頂きます。……なんとしても!」
     刹那、と例えるにふさわしい速度で、御綾の槍は無道の胸を突き弾く。飛ばされた無道は背後の壁に衝突し、糸の切れた操り人形のようにその場へ座り込んだ。
     うつむいた無道の表情は、真白い前髪に隠れて全体を見ることは適わない。が、ゆっくりと立ち上がりかけたその口元だけは、どうやら薄く笑っているらしいことがわかる。
    「そのままおとなしくしてろ、無道!」
     無道が姿勢を正すその隙を逃さんと、光明が畳み掛ける。光明が振りかざす手を号令として、その足元から放たれた鋭利な影は、アスファルトの僅かな起伏をことごとく剃り払いながら無道へと肉薄する。
    「……くふ」
     顔を上げた無道は、やはり笑っていた。光明の影業と交錯する瞬間も、その急所を貫かれてもなお、無道はただならぬ形相を痛みに崩さない。
    「ふむ、我慢の子じゃったらちょっと絡め取るんよ。黒髪縛り――【鉤虫】!」
     その様子を近くで観察していた珠音の黒髪が、雨中の僅かな間隙を縫うように伸び広がり、無道の四肢に噛み付いていった。髪の中に仕込まれた鋼糸が、珠音の意思と操作に従い、より合わさってその形状を変えたのだ。
    「動きを止められた……? マルティナちゃん、権三郎さん! 今のうちに!」
     京の言うとおり、無道は体を糸に任せたままで動き出そうとはしない。ここで追撃すべきか、優勢を固めるべきか……京は少しだけ迷ったものの後者を選択し、護符揃えから防護の力を持つ符を引き抜いて、前線で盾を構えるスウに投擲した。
    「わたしはこっち、権三郎さんは、あっち……」
     詳細な説明も取り決めもなく、目配せとしぐさだけで意思を疎通しあい、マルティナと権三郎さんは同時に行動を開始した。マルティナが番えた矢の狙いに集中する間、権三郎さんは無道に六文銭の弾幕を放ち、万が一にも主の集中が妨げられないように手助けする。
     ふっ、と放たれたマルティナの癒しの矢は、射線を六文銭と交差させながら、しかし一切の干渉無しにそれぞれを抜きあい、超感覚の助けを最も必要とする珠音に命中した。ぞわ、と珠音の意識は活性化させられ、総毛立つような感覚と共に、黒髪で支える鋼糸の隅々まで神経を伸ばし巡らしていく。
    「まだだ! こいつの灼滅が始まるまで、気を抜くんじゃねーぞ!」
     叫んだ鈴之介はこめかみに指を当て、戦場に臨む己の脳の演算速度を一気に上昇させていく。これまでに見た戦況から、無道の体躯と稼動範囲、そこから予想される運動限界を概算し、未だ底の見えない敵の本当の実力を、仮想データとして上積みしていく。――言う通り、油断してはいけない相手なのだ。
    「……しゃくめつ、と申したか」
     その時、今までなされるがままに猛攻を受けていた無道が、初めて彼を包囲する灼滅者たちに『視線』を向けた。
    「成程、珍しく武技に殺す気概あるものと、ヒヒ、堪能したわ」
     白髪の奥から、人ならぬ光を宿した瞳が覗く。
    「然らば、足りぬ。秋雨には似合わぬが、そちとら、育つ麦なら踏んでやろう、枯れる草なら抜いてやろうぞ。…………喝!」
     気合一拍、無道周辺の空気が、豪振した。

    ●異名は異形を表す
    「きゃあっ!」
     珠音が小さく悲鳴を上げる。一体どんな怪力が働いたものか、あれほど無道の体に絡み付いていた鋼糸が、瞬きのうちに無力化されていた。
    「鷹森ちゃん!」
     戒めから放たれた無道の危険性を、次に目の当りにしたのがスウであった。ゆっくりと珠音に歩み寄ると見えた無道の前に、スウは全速力を出して駆けつけようとするが、――どうしたことか、僅か数歩の距離なのに、間に合う気がしない。
     己でも気づかぬうちにスウは腹の底から叫んでいた。届かせよう、届かなければ、という思いが、衝立にならんとして意識の先を走っていったのか。
    「――、先約か」
     振り仰ぐ視線の投射と、拳の着弾との間にタイムラグは知覚できない。スウの盾を徹して芯まで刺し込んできた衝撃の向こうに、涼しげな無道の立ち姿がゆがんで揺らぐ……。
    「ふむ、よく備えた」
     無骨な指を握り開きしながら、棒立ちの無道が感慨深く呟いた。その無防備な背中に、御綾が槍を走らせる。
    「どこを見て……!」
     槍頭が空を裂いていく感触を確かめながら、御綾は無道が見せた動きを思い返していた。あの一瞬では何が起こったのか御綾にも分からなかったが、記憶の中でリプレイしてみればそれは、尋常でない速度の足運びが実現させた、達人級の体裁きの賜物なのだとはわかる。……なら。
    「はて」
     御綾が自分の未熟を悔いる間も無く、無道は前に踏んだ一歩で、点の直撃を鮮やかにかわしてみせた。だが、かわされると予測してはいても、布石となる事はできる。
    「トーイさん、下がるんだぁ!」
     未だ衝撃に崩れたままのスウをかばう様に、武器を龍砕斧に持ち替えた星空が前に出てきた。この時、御綾は伸ばし打った槍をすぐには引かず、無道の引き足を抑えるような位置に置いている。この状況をどう対処するか……強引に後ろに下がるか、前に出るかがわかれば、無道の戦闘傾向を調べる鍵となるだろう。
     星空は決意をこめた斧を全力で叩きつけ、――そして無道は、嬉しそうに笑った。
     ……無道が踏み込んだ震脚の残響が、側で地を踏む者たちの足裏を浮つかせる。彼らの全てが、爆音とともに目の前で繰り広げられた光景の余韻に身を浸していた。
     折しも雨降りの勢いは増し、街々を薄墨の色相に塗り替えていこうとしている。事情を知らぬ遠くの者は、どこかで雷が落ちたのだろうとだけ考えて、疑問は持たないだろう。
     無道が下げた拳には、未だに闘気の紫電が炸裂音を立てながら纏わりついている。……あの音の正体は、この場にいる灼滅者たちの誰もが見たことの無い練度の一撃であった。その猛威は星空の攻撃を相殺しても余りある威力を、轟音に変えて空に打ち上げたのだ。
     歴然、という実力の差を、灼滅者たちは悟る。……だが、しかし、それでもなお。
    「……っと、やっぱ強ぇなー……でも」
     周囲に霧が立ち込め始めた。それは強かに降り注ぐ風雨の中にあって散逸せず、立ち向かう者たちの戦意を支え、いまひとたびの闘志を奮い立たせる、魔力の霧だ。
    「でも、負けらんねーしな!」
     その中心で、霧の主である鈴之介が、頬を叩いてファイティングポーズを取る。鈴之介は不退転の覚悟を秘めて、遊び場に行く時のような笑顔を無くさないままに、眼前の怪物へ正中を向けた。
    「ん。ウチもまだまだお相手できるんよ、むっちー。黒髪縛り――【血吸蛭】!」
     弾かれた鋼糸を繰り寄せて、珠音は己の役割を諦めず、仲間の手助けを頼りに無道へ向かう。珠音が次に組み編む鋼糸は、前に見せた【鉤虫】とは別のもの……薄紅を乗せた、蛭に似た形状を取り始めた。
    「そう、次はもっと深くまで、貫いてやるさ……!」
     構えた腕に神薙の風を下ろした光明も、仲間と並び立つその位置を己に命じる。敵わないかもしれないと自覚する事と、どうせ無駄だろうと諦観する事は、決してイコールではないのだ。
     この場にいる誰もが、戦いを諦めていない。それは、やむを得ずWOKシールドの展開量を増やし、防御に徹しているスウも同じであった。よろめきながらも立ち上がり無道を睨むその瞳に、京とマルティナは無言で頷き、権三郎さんを交えて治療に専念し始めた。
    「私だって負けないよ、無道! こうやって誰かを支えるのだって、信じるっていう力なんだから!」
     スウの背後から響く京の、透明で力強い歌声が、肉体の震えを取り払っていく。同じくマルティナと権三郎さんも、それぞれに癒しの力を光条に束ねスウを回復させた。
    「権三郎さん、気合入れていくよ……。誰も、一人だって倒させない……」
     いつになく真剣なまなざしで治癒に集中するマルティナ。その体に当たる雨粒の苦を、権三郎さんも主と同じく身から払わぬことによって共有し、忠義の証とした。
     可能ならば、時間と手間を掛けてでも完治させたいところだが、与えられた衝撃の深さも、戦場という限定状況もあり、彼女達が満足いくレベルまでには持って行くことができなかった。それはつまり、……ダメージを完全に抜くことはできない、ということでもある。
     その足りない手応えを笑顔の裏に隠しながら、癒し手は戦士を前に送り出した。

    ●実りあれ、と
     灼滅者はしかし、徹底的に抗戦した。傷ついた者は下がり、その穴を誰かが前に出て埋める。動ける者は無道に一矢報いんと挑み、うずくまる者も立ち上がる為の根性を決して手放そうとはしなかった。
     幾度も拳を交えるうち、いつしか、無道の笑みは深くなっていた。まなじりは下がり、口唇は三日月となって赤く下顎に張り付く。彼自身も浅くはない手傷を負っているものの、それに構う以上の喜びが、無道を包み込んでいるかのようであった。
    「――ああ、善い哉。補い、支え、揃い立つ……、他者にすがる身の極み、是非にも見とうなったわ」
     笑いながら、無道はパンパンと手を叩いた。と同時に、無道を包んでいた殺気が、雨の中に解けるように消えていく。
    「さて、ここいらで切り上げじゃ。今のそちとらには少々飽いたゆえな」
     今更戦いをやめようとする無道に理由を問う余裕は、もう前線の灼滅者たちにはなかった。それほどまでに痛めつけられてはいたが、誰一人として意識を失うほどの被害を被ってはいない。
    「時が惜しい。床に伏す暇あれば、努めて技磨くがよい」
     そう言い残し、無道は身を翻して雨煙の裏側へと消えていった。無道が角を過ぎ、その姿も気配も感じられなくなったところで、満身創痍の灼滅者たちは一斉にへたり込んだ。
    「あのっ、路地裏の人、先に通報とかしちゃうけど、大丈夫だよね?」
    「権三郎さんは、こっちでみんな見てて……。ほら、電話、権三郎さんは難しいし……」
     消耗の少ない京とマルティナが、路地裏の奥で伸びているはずの男のフォローに回る。それをかろうじての笑顔で送りながら、残った者たちはたった一つ、同じことを考えていた。
    「くっ、そ、……む、無道ぉー! もっと……、また……!」
     震える肺を抑え付けて、星空が途切れ途切れの絶叫を空に放つ。その意を全くの差異なく胸に刻んだ灼滅者たちは、それぞれの頼る殲術道具を――盾を、刀を、槍を、形なきその影を、髪の一房を――地に倒れて望む雨天に掲げ、誓った。
     雨はまだしばらく止みそうにない。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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