黒翼卿迎撃戦~攻防デッドライン

    作者:藤野キワミ


     ハンドレッド・コルドロンの戦いは佳境に入った――武蔵坂学園で、祈るような思いで続報を待ち、戦地に赴いた灼滅者たちの無事を希うエクスブレインは、唐突に『白い炎の柱』を視た。
     不吉なビジョンに背筋が粟立ち、学園の外に視線をやれば、白い火柱の意味が分かった。


     『白い炎の柱』の正体――それは、吸血鬼の軍勢だった。
     エクスブレインの予知を搔い潜るため、スサノオの姫・ナミダの協力によって移動してきたのだ。
     黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋と、ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団の混成軍であり、更に、竜種イフリート、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属、スサノオ、動物型の眷属なども加え、渾然一体となって武蔵坂学園へと驀地に進軍してくる。
     指揮官として名を連ねるダークネスも、強力なものばかりだ。
     黒翼卿メイヨール。
     朱雀門・瑠架。
     義の犬士・ラゴウ。
     竜種ファフニール。
     ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール。
     スサノオの姫・ナミダ。
     灼滅者の主力が出払っている武蔵坂を陥落させるには充分すぎる力が結集していた。
    「今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。武蔵坂は手薄だし、勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
     本陣では、手足を切り落とし車椅子に乗った黒翼卿メイヨールが、朱雀門・瑠架に介添えを託していた。
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     彼女は静かにそう答える。
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     瑠架が考えていると、そこへ火急の知らせが飛んでくる。

    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています!」

     ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で勝利に導いた灼滅者達が、急報を聞いて武蔵坂学園へと戻ってきたというのだ。
     それは、彼らが予測していたよりも数時間早い、まさに神速の大返しだった。


    「よく戻ってきてくれた!」
     焦りをあらわにしたエクスブレインの少年は、戦地から帰還したばかりの灼滅者たちを迎えた。
    「お前らが戻ってきてくれたおかげで、武蔵坂学園が占拠されるという最悪の事態は回避できた――が、まだ危機は去っていない」
     強力な吸血鬼軍が、学園のすぐそこまで迫ってきているのだ。
     灼滅者たちの到着の知らせを受けて、吸血鬼軍の一部は戦意を失っているようだが、主将たる黒翼卿メイヨールは、学園への攻撃を諦めていないため決戦は避けられない。
    「メイヨールさえ灼滅あるいは撤退させられれば、将を欠いた吸血鬼軍は退却していくから、なんとしても迎撃態勢を整えて、吸血鬼軍を撃退してほしい」
     興奮に息を上げたエクスブレインは、そこで深呼吸をした。
     敵の布陣は、前線中央に黒翼卿メイヨール。その後ろに朱雀門・瑠架が控え、前線左翼に竜種ファフニール、右翼には義の犬士・ラゴウが展開している。そして後方にはスサノオの姫・ナミダがいる。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で去就に迷っているという状況だ。
    「今回はメイヨールたちを撃退すればお前らの勝利だ――黒翼軍の混乱の隙をつけば他のダークネスを討ち取ることができるかもしれないが、メイヨールを倒せば残りの連中は退いていくだろう。少し前に校長も戻ってきて、なにか話があるようなことを言っていたし、みなで学園長の話を聞こう」
     それは、無事に戻ってこいという彼なりの言葉だった。
     決然と頷く灼滅者を見て、エクスブレインはほっと息をついて、
    「よろしく頼んだ」


     灼滅者たちが、エクスブレインから状況を説明されている頃、黒翼軍では、それぞれの指揮官も動き始めていた。
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     と、メイヨール子爵が気炎を吐く傍ら、朱雀門・瑠架は、
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか――とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば」)
     ちらりと好戦的に騒ぐメイヨールを見やり、
    (「メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     子爵を灼滅させまいと思案を巡らせるのであった。
     そんな彼女と共に行動してきた義の犬士・ラゴウは、
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方――それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     戦意を見せてはいるが、メイヨール撤退に注力することを決めた。
     一方、同じく朱雀門高校勢力にいる竜種ファフニールは、
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     竜種イフリートの軍勢に向け、発破の鬨の声を上げている。こちらは退く気はなく、メイヨールの軍勢同様、乱戦になるだろう。
     そんな中、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールはすっかり戦意を失していた。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     ヴァンパイアの軍勢に合流しているが、灼滅者たちが予想外の早さで戻って来たことが原因だった。
     そして、スサノオの姫・ナミダは、最後方から軍勢を見渡して、目を眇め吐息を一つ。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     そう呟いて、撤退の支援に向かっていく。
     指揮官同士の連携が取れてない、足並みが揃っていない今、強力な軍勢が綻ぶ危機――灼滅者にとっては、牙を剥き壊滅させる唯一無二のチャンスだった。


    参加者
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)
    緑風・玲那(深紅継ぎし忌血の緋翼・d17507)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    榎本・彗樹(自然派・d32627)

    ■リプレイ

    ●突入
    「これ以上やらせない、この身に代えても!」
     緑風・玲那(深紅継ぎし忌血の緋翼・d17507)の咆哮が戦場に響く。
     苦戦を強いられている先行班に牙を剥き、今まさに朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)を踏み潰さんと突進している竜種イフリートへ、玲那の漆黒の影が驀地に伸び、一気に縛り上げた。その隙を見逃さずに乱射されたのは、罪を灼き焦がす眩い光線――。
    「お前たちに恨みはないのだがな……けど、他人の縄張りに土足で踏み込んだ以上、覚悟はできているだろうな?」
     クロスグレイブを構えた神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は、凄みを利かせて笑ってみせた。
    「こっちのは引き受けた」
     榎本・彗樹(自然派・d32627)だ。彼が言葉少なに言えば、霊犬・かのこを胸に抱いた彼女は、「皆さん有難うございます!」と立ち上がり、救援に希望を見出す。
     そして月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)は、術式を織り込み収斂させた魔力を矢へと具現させて竜種イフリートを射った。その狂暴な魔力は尾を引いてイフリートを苦しめる。
    「壊させません。ここは、大切な場所なのです」

    ●手負いの竜種イフリート
     この鮮やかな突入が成功したのは、ひとえに彼女らの作戦の賜物だった。
     激戦が繰り広げられる戦場の後方で、冷静に戦況を見極めていたのだ。
     ハンドレッド・コルドロンの作戦のために手薄になった武蔵坂学園が狙われたのと同じように、詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)らもまた、最善の突入の瞬間を待っていたのだ。
     竜種イフリートどもを迎撃した三班、善戦している彼らの隙をついて突入していくもう三班――仲間たちの戦いぶりによって生まれた小さな綻びを見逃さず、絶好のタイミングで奇襲をかける。
     狙いはただひとつ。
     竜種ファフニールだ。
     手薄になった敵陣の綻びからの突撃は功を奏して、足止めを食らうこともなく本丸へと近づくことができた。
    「……ここから先には、行かせない」
     学園を背に庇うようにイフリートの真正面に敢然と立ちはだかり、彗樹は制約の弾丸を撃ち出して更なる麻痺を与え、続けざまに放たれた漆黒の弾丸は、痺れて動けないイフリートにめり込むように着弾――ウイングキャット・イージアのリングに照らされた、一切の容赦ない小早川・美海(理想郷を探す放浪者・d15441)だった。
    「毒に苦しんでみる?」
     ぐうっと苦しむイフリートを一瞥、その視線を遮るように動いたのは銀色の頭――《戦華》を揺らめかせた華月は、眼前に立ちはだかる巨体に容赦ない数多の拳撃を炸裂!
    「雑魚を相手にしに来たわけじゃないの」
     華月の言葉と重なるように、
    「今以上の被害が出る前に、灼滅します」
     詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)の《雪夜》を抜刀し、裂帛して白銀の剣閃を描き、イフリートを斬りつける!
     湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)もまた、誰も傷を負っていない今、毒を孕んだ漆黒の弾丸を撃ち、彼女に付き従う霊犬も咥えた刀でイフリートを切り裂く。
     名状しがたい恐怖を抱えたひかるは、それでも心に僅かな光を灯して、ぐっと堪え踏んばる。
     瞬間、イフリートの咆哮――轟然と地を震撼させるような咆哮と共に吐き出されたのは、凶悪で強暴で強烈な炎だ。
     多くの灼滅者たちと戦っていたにも拘らず、まだまだ余力を残していそうな力強さを感じるも、その疲労を隠し切れてはない。
     炎は前衛を飲み込んでいくも、イージアに守られた玲那は、イージアの放つリングの光を受け、素早く体制を立て直して聖冽な風を巻き起こした。そこへ、沙月の喚んだ清浄な微風も重なって傷を癒し、炎を鎮めていく。
     手負いの竜種イフリートに対して、こちらは無傷に等しい。
    「湊元さんはイフリートを!」
    「わかりました」
     こくんと頷いて、ひかる。オーラキャノンを噴出させて、六文銭が驟雨となって荒れ狂う。銭の嵐の中、さらなる暴風を巻き起こしたのは摩耶の回し蹴り。
     躱す隙を与えない、激しい攻撃の連続は、まだ止まらない。
     華月は魔力を収斂させたマテリアルロッドをイフリートに叩き込む――魔力の解放! 瞬間、彩歌の影がさす――死角からの斬撃によろめくイフリート。
     九字を唱えた美海、その声音に合わせるように彗樹も石化の呪いをかけた。
     多くの足枷をつけられた竜種イフリートは動くに動けず、そのまま灼滅者たちの優勢は変わらなかった。
     ジャマーの位置からの彗樹の攻撃が竜種イフリートを苦しめ、どこにいても美海の攻撃から逃げることはできない。
     それでも竜種イフリートは炎を噴き上げたり、鋭い爪や牙を剥き出しに突進するも、ディフェンダーの壁は堅牢で崩れることはなかった――が、ひかるの霊犬は前線に勇敢に立ち続け、ひかるを守り散っていった。それはウイングキャットのイージアも同じだ。戦線を維持するためにヒールに努め、彗樹に放たれた炎を受けて散った。
     サーヴァントの犠牲はあったが、守備線は固持されたままで、繰り出されるクラッシャーの猛攻を後押しした。
     そして、戦線を根底で支えるのは、後衛にて、放たれた炎を消す沙月とひかるだ。
     過剰な治癒とならないように見極め、合図を送り合いながら防護符を飛ばして癒しの矢を射る。不屈のメロディが清らかな風にのって仲間を助け、竜種をじわりじわりと追い詰めていったのだ。
    「血と肉と魂を撒き散らして、死んでいきなさい」
     猛然と繰り出すのは、《戦華》を纏った拳打の嵐。冷厳と眇められた赤瞳で標的を睨みつける。
     その猛攻に耐えきれなくなった竜種イフリートは、どう…! と炎を燻らせ地に伏し、消滅していった。
     しかし安堵していられない。
     時を同じくして、穂純たちの班も戦闘を終えていたが、息をのんでいたのだ。
     怪訝に思った摩耶もそちらに目をやって、なるほど納得した。
     先行してファフニールと戦っていた一班が全滅していた。
    「……っ」
     戦闘中によほどのことがあったのだろう、激昂を通り越したかのような烈火の怒りを爆発させて、轟炎を噴き上げるファフニールがいる。
     巨躯から燃え立つ陽炎の奥には、倒れゆく淳・周(赤き暴風・d05550)――彼女を睨みつけているのか、こちらに気づいていない。
    「『灼滅者(あたしたち)』の……勝ちだ…!」
     彼女のその一言に込められた思いは、赤い視線に発露して駆けつけた十六人を捉えていた。
     託されたのは、先行してファフニールと戦った灼滅者たちの思い。
     そして、美海は晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)からの目配せを受ける。
     疾駆する友人は、いまだこちらに気づかない竜の背に目がけて高く跳躍、完全な不意をつく斬撃を打ち下ろす!
    「美海」
     ファフニールの背を蹴り飛ばした反動を利用し、美海の隣に着地した朔夜に呼ばれた。むろん、意味は分かった。
     敵を蝕む漆黒の弾丸へと形を変えた想念が、《荒鎮の十字剣》の切っ先に収束していく。
    「その傷から毒をねじ込むの。デッドブラスター、しゅーとなの」
     撃ち出された猛毒を孕んだ弾丸は、背にできた真新しい炎を噴き上げる真一文字の傷へと吸い込まれていく。
    「竜種ファフニール、落とさせてもらうの」
     ぐう…と低く唸り悶絶するファフニールへ剣先を突き付けて、美海が告げた。

    ●燃え盛る竜種ファフニール
    「……おのれ灼滅者……何度でも竜の逆鱗に触れるか。ならば、そこで倒れている奴ら諸共塵と消えよ!」
     不意を突かれたファフニールは猛火を噴き上げ、こちらを睨めつける。
     しかし怯んでいるひまはない。咄嗟に目をそらしたひかるとて、『勝機』を託されたのだ。
    「榎本さん……合わせます」
    「了解!」
     彗樹の魔力とひかるの心の闇が、ともに弾丸となって竜の炎を引き裂いて、堅い皮膚を撃ち抜いた。
    「華月ちゃん、」
    「大丈夫、心配ない」
     先の戦いでの火傷が残る前衛に、沙月が喚んだ癒しの風が吹き抜け、その風を頬に受けた華月は紅色の槍を突き込む!
    「塵になって燃え尽きるのは、そっちのほうじゃないか?」
     摩耶は、玲那のギルティクロスでできた裂傷を狙うように大剣を振り上げ、精神を斬りつける一刀を閃かせる!
    「あなたの最期、見届けさせてもらいます」
     いつの間にそこへ移動したのか、彩歌はファフニールの死角から凶刃を一閃させる!
    「我もお前たちの最期を見届けてやろう!」
     それこそが復讐だ、報復だ、弔い合戦だ。
     ファフニールの燃え盛る憤怒は、猛然たる炎に発露し、それは長い尾へと伝播し揺らめく――瞬時に、凶暴な気配を感じて摩耶と玲那は動いた。
     共闘班を守るために、彼らを薙ぎ払わんとする尾の前に立ちはだかり、渾身の力で押し返す――が、到底耐え切れるものではない。吹き飛ばされないよう尾を掴み、体勢を整え、どさりと崩れ落ちるように着地。
    「っ、」
    「しっかり! いきますよ!」
     自身に向けて祭霊光を撃ち出し浴びた玲那は、螺穿槍をぶち込む彩歌の声に、「はい! まだいけます!」と答えた。
    「神崎さん、治します!」
    「ん、助かる……湊元は緑風を頼んだ」
     激痛に眉根を寄せた摩耶も、自身の治癒のオーラを纏いながら、沙月から防護符を受け取って、ひかるへ声をかけた。
     彼女は小さく頷いて、玲那を癒しの矢で射れば、玲那はこちらを振り返り、短く礼を述べる。
    「強敵だ、気張っていかないとな」
     自分に言い聞かせるように彗樹。
     狙うは、華月のフォースブレイクの余波がひいた瞬間――石化の呪詛を吐いた。苦しむ竜に追い打ちをかける美海は、さらに彼に怒りを抱かせる火線を放つ!
     その砲撃を受けても、竜は崩れない。
    「誓ったのだ。我が同胞の無念を晴らすと! 仇を取ると!」
     総身から燃え立つ血炎がますます勢いを増し、血でぬめる牙の間から火炎が漏れ出てくる――烈声を迸らせるように炎を噴射!
     眼前はあっという間に炎で染まり、体のあちこちが焼けていく激痛に、肉が焼ける生々しい臭いに彗樹は息を詰め、顔をしかめる。
    「く!」
     なんという破壊力か――満身創痍というにも関わらず、これほどまでの力を見せつけてくる。
    「誓いを立てているのは、あなただけではありません――みんなを守り通す、それが私の剣への誓い!」
     玲那の手に握られた剣の先をファフニールに向けて叫べば、神聖な風が吹き抜けていく。
    「どんどん削らせてもらうぞ」
     神霊剣でファフニールの足を斬りつけた摩耶の背後では、火傷だらけの彗樹が息を整え眠りへ誘うメロディを口ずさんだ。
     微睡み苛まれるも、ファフニールは己が信念のもと、意識を手放すことはない。息を吐く間もなく更なる衝撃、そして猛毒が沁み込んでくる――美海だ。
    「…同胞を悼む気持ちが、あなたにもあったのですね……もし、いえ、なんでもありません」
     炎に巻かれた彗樹へ防護符を投げた沙月は、僅かに睫毛を伏せた。が、次の瞬間には力強くファフニールを睨み据える。
    「いろいろ考えるのはあとよ、沙月!」
     華月は腰だめで拳を握り、オーラを纏った何発もの拳打でファフニールの堅い鱗を粉砕していく。
     一足飛びに竜との間合いを取った瞬間、彩歌が淡金色の軌跡を描いて疾走――炸裂した炎を巻いた強烈な蹴りによって、竜は火煙を口から漏らした。
     ひかるは、心の拠り所とする姿を幻視し、唇にキュッと力を入れる。
    (「……いろんなものが、壊れていくようで…なんだか、怖い」)
     そして、傷ついた彗樹へ癒しの矢を放つ。
    「……負けるのは、嫌」
     ぽつりと呟いた声は、別班が繰り広げる激戦の音と、ファフニールの咆哮にかき消された。
     彼が喚声をあげ強靭な爪を振り下ろしたのは、別班のマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・d21200)。
     すぐさま、彼に治癒の手が伸びるのを見、こちらの班からの救援は不要と判断した華月は、確実に切り裂くために、素早く接近し足を貫き、炎を噴き上げさせた。
     目に見えてファフニールの動きは鈍くなっている。残りの命を燃やし尽くすかのように、全身が燃え上がっている。
     道理だ。彼に攻撃を加えているのは、彼女らだけはないのだ。共闘する八人がいる。
     魔氷が蛭のように絡みつき、足は砕け、猛毒に侵されてなお、加減されることはなかった。
     玲那のギルティクロスが。
     彩歌の黒死斬が。
     沙月の雲耀剣が。
     美海のクルセイドスラッシュが。
     ひかるのオーラキャノンが。
     摩耶の神霊剣が。
     彗樹の影縛りが。
     次々と繰り出される、総勢十六人の灼滅者の猛攻。これを受け続けるということは、いかなファフニールとて辛苦の戦いだろう。
     やがて、その時は訪れた。

    ●決着
     命の――炎の勢いが弱まってきている。
     灼滅者たちの勢いはいよいよ増し、それに反比例するようファフニールは衰えていく。
     『勝機』の全貌が見えてきた。
    「ここまでか……否、我が同胞の恨みを晴らさぬままでは死ねん! おめおめと逃げおおすことはできん! 竜種の誇りにかけて、相討ちとなろうとも、ここでお前たちを殺す!」
     鬼気迫る烈声を張り上げるとともに放たれた、耳を劈く大音声の竜の咆哮は、腹の奥底へと衝撃を与えるほどに、灼滅者たちを竦ませる――耳の奥が痛む、鼓膜が引き裂かれたようにも感じる、名状しがたい根源的な恐怖に足が竦みそうになる。
     しかし彩歌はそれを振り払って、小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978) の豪快で決死の十字架戦闘術でもって、脚を砕かれ動けなくなったファフニールへ疾駆。
    「――ッ!!」
     烈気を漲らせた息を鋭く吐く。
     鋭敏な螺穿槍が奔る。
     轟々と燃え盛る巨躯へと突き刺さる確かな感触、手ごたえに体が震えた。
     まっすぐに伸びた《月華の道標》に深々と貫かれたファフニールは、ついに、
     どお…ッ!
     土煙を、火煙を上げ、倒れ伏した。
     一瞬の静寂――誰もが息をのんだ。
     心の奥底から湧き上がってくる歓喜を手放しで享受したい衝動を、必死に抑え込む理性が焼き切れそうだ。
     とどめを刺した彩歌がそろりと吐息すれば、風前の灯火となった命を振り絞って、ファフニールは、執念で声を絞り出す。
    「人間を殺したダークネスを、お前たち灼滅者が狩る……それが灼滅者というのならば、それも良かろう。だが、ダークネスを灼滅した灼滅者、お前たちは誰に狩られるのだ?」
     竜種イフリートのほとんどは灼滅者によって殺し尽くされた――嘆くようにファフニールは問う。

     虐殺を行った灼滅者を狩る者はいるのか?

     そんな言葉に沙月が息を飲んだのを察して、未だその闘志燃える赤瞳をぎらつかせた華月は、姉の肩を叩いた。
     黙してファフニールの最期の姿を見つめ続けるひかるだったが、すぐに他班の様子を探るよう戦場を哨戒する。
     そんな中、敢然と決然とした皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)の反論の声がした。
     その言葉がファフニールに届いたのか否か――消えゆく彼からの答えはなかった。

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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