黒翼卿迎撃戦~翻り、討て

    作者:西灰三


     名古屋で灼滅者達がハンドレッド・コルドロンを収めようと戦っている頃、同時期に武蔵坂付近に現れた存在がいた。それは吸血鬼勢力の軍勢であった。彼らはエクスブレインの予知をかいくぐるためにスサノオの姫・ナミダの協力で『白い炎の柱』に紛れてここまで来た。
     次々と現れる軍勢は、黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋と、ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団……。吸血鬼とその眷属だけに限っても多様な面子だが、それらの指揮官は更に多様だ。
     黒翼卿メイヨール、朱雀門・瑠架、義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』。これだけの戦力を揃えれば主力のいない武蔵坂学園を制圧するのは容易いだろう。無論これらのトップであるメイヨールはそう考えている。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     だがメイヨールは知らない、彼女が如何にこの軍勢を撤退させようかと思案していることを。
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     彼女が考えている間にも侵攻の準備は着々と進む。そんな中、伝令が彼女らのいる場所に飛び込んできた。
    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています」
     メイヨール達の想像を超えた動きがこれから始まる。
     

    「みんな、戻ってきてくれてありがとう!」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)が灼滅者達をほっとした表情で出迎える。
    「みんなが帰って来てくれたおかげで、ここが吸血鬼達に占領されずにすんだんだよ。……とは言ってもすぐそこまで来てるんだけど」
     当面の危機が去ったというわけではない。敵勢力の一部は戦意を失っているようだが。
    「相手の主将のメイヨール子爵はやる気みたい。だからこの子爵を撃退するなり灼滅できれば黒翼軍は撤退していくよ」
     つまりそのようにして追い払う必要があるということだ。
    「元々それぞれの思惑があって、そこにみんなが帰って来てくれたから足並みが揃ってない。それでも個々の強さは油断できないけど……今なら他の強力なダークネスも灼滅出来るかもしれない」
     クロエは有力なダークネスとその居場所について説明する。
    「敵の布陣は、前線中央に黒翼卿メイヨール。その後ろに、朱雀門・瑠架、前線左翼に竜種ファフニール。前線右翼に義の犬士・ラゴウ。そして後方に、スサノオの姫・ナミダがいるようです。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間でどうしようか迷ってるみたい」
     この中でメイヨールを何とかすれば黒翼軍は撤退して行く。
    「今回は敵を撤退させればボク達の勝ちだよ。学園を、守って」
     いつになく真面目な表情でクロエは灼滅者たちを見つめた。
    「フラグじゃないけれど……校長先生がこの戦いの直前に戻ってきたんだ。重大な話があるって。……気をつけてね」
     

     灼滅者達がエクスブレインからの説明を受けていたその頃、黒翼軍の中でも動きが活発になっていた。
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     徹底攻撃を考えるメイヨールと、彼を灼滅させまいと考える朱雀門・瑠架。そして彼女の望みに同調するのは義の犬士・ラゴウだ。
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     彼とは逆にメイヨールに近いといえるのは竜種ファフニールだろう。戦意は更に燃え上がっている。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     また、ソロモンの大悪魔ヴァレフォールがヴァンパイアの軍勢に合流している、がエクスブレインの情報にあるように態度は曖昧だ。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     そして、スサノオの姫ナミダは、最後方から軍勢を見渡している。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     彼女は既に撤退する者達の援護に向けて思案を進めていた。それぞれの思惑が交錯する中、果たしてどんな結果が待っているのか。


    参加者
    花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)

    ■リプレイ


     黒翼卿メイヨール子爵、彼の率いる黒翼軍の多数の戦力を取り揃えていた。だがしかしその足並みが揃っているとはお世辞にも言えない。
    「……ナミダ姫の方からこちらに敵が来ることはなさそうだな」
     赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)は敵陣の後方に目を向ける。彼らが容易に敵陣の中央に踏み込めたのも敵の連携が取れていない証左の一つであろう。
    「ここまで思い通りに行くのも拍子抜けねえ……」
     リサ・ヴァニタス(アンバランスライブラ・d33782)がつまらなさそうに肩を竦める。戦場の他の場所では今頃激しい戦いになっているだろうが、こちらはそれほどでもない。
    「ナミダ姫も僕らの相手……ヴァレフォールも戦意は低いらしいのでこんなものではないでしょうか」
     葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)は撤退しようとしていた眷属の攻撃を受け止めながら呟く。
    「ところでそのヴァレフォールはどこにいるんでしょう」
     不機嫌そうにその眷属を切り捨てて花藤・焔(魔斬刃姫・d01510)が周りをうかがう。
    「他のチームと連携するんやろ?」
    「挟撃するつもりですね、ですが……」
     銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)の問いに志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)が奥歯に物が挟まったような物言いで返す。向こうからの連絡は無い、どうも意思の疎通が上手く行っていなかったようである。それでも撤退してくる敵を灼滅していく中で目標を見つける。
    「あ! 本命がこっちにきたおっ!」
    「ケっ、こっちにもいるのかい……!」
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)が叫ぶと同時に獣相を持つ大悪魔、ヴァレフォールが吐き捨てる。どうも相手はもう片方のチームからナミダ姫の方に撤退しようとしていたようだ。そういう意味であれば彼らがヴァレフォールの進行上にいるという事には意味があるだろう。
    「折角ご足労いただいたんだし、ゆっくりしていきなさいよ。……死ぬ程もてなしてあげるから」
    「丁重すぎるお迎えに涙が出そうになるねえ。謹んで遠慮させてもらいたいところだけど」
     虹真・美夜(紅蝕・d10062)の言葉にヴァレフォールは鋭い爪を伸ばして灼滅者達を睨めつける。
    「はいそうですか、とはさせてもらえないよねえ」
     灼滅者達が答えるよりも早くヴァレフォールが動く。この一角でも激しい戦いが始まった。


    「ここからは前を行くも、後ろに引くも修羅の道。志穂崎藍、参る!」
     藍が攻めの姿勢でヴァレフォールに向かって走りだす、拳に雷を貯めこんで突き出せばヴァレフォールはするりと身を翻してそれをかわす。
    「真っ直ぐすぎるのさ! 勢いだけじゃあアタシは取れないよ!」
     前の戦いでも脅威となった鋭い爪が藍の喉元に突き立てられようとする。だがそれを即座に間に入った統弥が黒い力場の盾で弾く。
    「統弥さん、私の背中預けますね」
    「藍が全力で相手を倒せるよう、サポートは僕がやる。頼りにしているよ」
    「ソロモンの大悪魔とだって統弥さんと一緒だったら、全然怖くないんだから」
    「アタシの前でいちゃつくなんざ余裕だねえ、ええ」
     ヴァレフォールは軽口を叩きつつも、追撃を防ぐために後ろへとステップを踏む。だが灼滅者の方が多勢。碧が彼女の動きについていき碧い剣身を横に振る。
    「サレオスはいま何処にいるか知らないか?あいつを追っているんだが」
    「目の前のいい女を前にしてあの甲冑野郎にご執心かい?」
     ヴァレフォールは相手の剣を掴んで防ぎ、目の前の相手を嗤う。
    「答えろ」
    「レディに刃を向けて話を聞こうなんざジェントルマンとは言えないね。もっとも答える気も無いけどさ!」
     剣ごと彼を投げて彼女は目の前の相手をあしらう。
    「うふふ、確かにちょっと乱暴よねえ、彼」
     リサが投げ飛ばされた碧をキャッチして隙を減らしながら呟いた。
    「だろう? もう少し優しくしないとモテないってアドバイスしてやんな」
    「でもリサは乱暴なのも嫌いじゃないわよ?」
    「何の話してんのかは分からへんけど、もっと聞きたいなあなんて」
     彼女らの話に耳を傾けながらも右九兵衛は援護射撃を忘れない。彼の死角からの攻撃によってヴァレフォールの動きが制されている。
    「あなたには感謝しているんですよ、ヴァレフォール」
    「ハッ! どうせろくな話じゃないんだろう!」
     焔の刃を弾き飛ばし、そのままの勢いで蹴り飛ばすヴァレフォール。吹き飛ばされながらも彼女はとっさに受け身を取りダメージを負いながらも立ち上がる。
    「虫の居所が悪いところに丁度いい憂さ晴らしの相手が出てきたのでですね」
    「弱いトコを狙うのは当たり前だと思わないかい」
    「おっ? まだ闇堕ちしてないのが数百、数千控える学園に攻めるとか良い度胸だおっ」
    「さっきまで出払ってたところじゃないか。もっともこんなに早く帰ってくるとは思わなかったけどね」
     マリナの振りかぶった大鎌が僅かにヴァレフォールの腕を傷つけるが大きな痛手とはなっていないようだ。
    「こっちも直接喧嘩売りに来るとは思ってなかったからね。あんたを倒してから文句言いにいくよ」
    「あの嬢ちゃんも色々面倒な子だよねえ。心中お察しするよ」
    「そりゃどうも」
     美夜とヴァレフォールの爪が交差する。思惑渦巻く戦場で戦いの趨勢は未だ定まらない。


    「……アンタ何か隠してないかい?」
     ヴァレフォールは攻撃と防御を繰り返す中で右九兵衛に向かって眉を吊り上げる。
    「……何の話でっしゃろ?」
     ガトリングから放たれた弾丸がヴァレフォールの足元をかすめる。
    「隙あり!」
     そのかすかなゆらぎ、それに合わせて統弥が強く盾を叩きつける。
    「チっ! 勢いづいてきたか!」
     彼の攻撃によって更にそのゆらぎが大きくなる。それは灼滅者達の攻撃を引き寄せる呼び水となる。
    「統弥さんの作ってくれた隙、逃しはしません!」
     鋼のような拳がヴァレフォールの脇腹に突き刺さる。にわかにヴァレフォールは顔を歪める。決定打には遠いが有効打には違いない一撃だ。
    「切り潰します」
    「じゃぁ、イッちゃってくださぁい!」
    「この隙に力任せにぶん回して当てれば効果は出るんだおっ!」
     袋叩きの要領で焔とリサとマリナが続いて交通標識と日本刀をそれぞれ振り下ろす。灼滅者達の連続攻撃にヴァレフォールが激昂する。
    「調子に乗ってんじゃないよ……!」
     ヴァレフォールは即座に氷の術式を編み近くにいた灼滅者達を凍てつかせる。即座に凝結し伸びる氷の結晶が彼らの皮膚を突き破りダメージを与えていく。更に追撃を受けてしまえば氷の刃は更に奥深くまで到達してしまうだろう。
    「………!」
     前線の仲間とヴァレフォールとの間を割るように美夜が流星のような飛び蹴りを放つ。
    「っと、危ない。受けると酷い目に会うところだった」
    「受けておいてもいいんだが」
    「嫌だね、そろそろ帰らしてもらうよ。ノルマはこなしたさ」
     碧が近くの仲間達の傷を癒しながら呟く。ヴァレフォールは戦意を失わない彼らを見るが既に逃げの態勢だ。
    「あはっ、もっともっとリサと楽しく遊びましょう?」
    「仕事なんでね。遊ぶのはまた今度さ」
     灼滅者達の傷は深い。ソロモンの大悪魔を相手に治癒を専門にする者もおらず、かつ人数も多くはない。リサの言葉に彼女は余裕を持った口調で返す。
    「貴方ごときがソロモンの大悪魔を名乗るなんて、本当にソロモンの大悪魔って、たいしたこと無いのね。私から技を奪ってみせなさいよ」
    「その言葉は奪いたくなるほど程の技を手にしてから言うもんさ、お嬢ちゃん」
     藍の挑発も柳に風だ。そもそもヴァレフォールは大多数の灼滅者相手に戦う気は無いのだ。
    「義を重んじる軍勢なのにさっさと逃げるとか、あとで粛清コースじゃないのかおっ? マリナ達を押し切って退路作るのが筋じゃねーかおっ?」
    「そんなのは他の奴らに任せればいいさ。それにこれは負け戦なんだ。責任があるというのならあの肉団子の方だろうよ」
     マリナの挑発も効果が無い。ヴァレフォールは灼滅者達をかわしてナミダ姫の方へと向かおうと翼を開き急ごうとする。
    「逃げられませんよ」
    「痛っ! まだやる気かい」
     焔がヴァレフォールの背から斬りつける。直ぐ様にヴァレフォールは踏みとどまり、自分とナミダ姫との間を阻む灼滅者達を睨めつける。
    「アンタ達は本拠地を守れる、アタシは自分の身を守れる、それでいいじゃないか」
    「はあ、俺はそうでもええけど……」
    「僕は逃がす気は無いんですよ。もちろん学園を守った上でですが」
     右九兵衛の言葉とは反対に、統弥と碧が前へ出る。彼らも余裕は無いもののここでヴァレフォールを灼滅するつもりだ。
    「そういうことよ。最後まで付き合って上げるわ」
     美夜が淡々としめる。ヴァレフォールはそんな彼らに対し眉間に皺を寄せて獣のような前傾姿勢を取る。そして弾けるように飛び出した――灼滅者達とは反対方向に。


    「なっ!」
    「悪いがアンタ達と最後までやりあうつもりはないね! このままさよならさ!」
     灼滅者達が反応するよりも早く、ヴァレフォールは姿を消した。そして気づけば多くの他の敵の気配も少なくなっている。
    「……終わったのか」
    「そうみたいね」
     碧と美夜が呟いた。
    「ちょっと物足りないわねえ」
    「こちらに全力出させる気すら無かったみたいだお」
     リサとマリナは小さく溜息をつく。
    「まあ、ええんちゃう? とりあえず学園は守れたみたいやし」
    「……うん、そうだよね……」
     右九兵衛の言葉に藍は小さな声で頷いた。連携や勝つための個々の方策がもっとできていれば灼滅出来たかもしれないが。焔が鞘を握りしめてうつむいている。そんな中、ヴァレフォールを追っていたもう片方の班が現れる。そんな彼らに統弥が顛末を話す。
    「すみません、ヴァレフォールに逃げられてしまいました」
    「気にするな、奴が吸血鬼軍に合流できなかっただけ十分だぜ」
     彼の言葉に矜人が短く答える。確かにたった今ヴァレフォールはナミダ姫達とは合流できていない。どこかの勢力に合流する前に補足できれば倒せる機会も巡ってくるかもしれない。
     振り返ればもうどこにも眷属もダークネスもいない。武蔵坂学園としての勝利を手にした彼らは校舎へと戻っていくのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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