黒翼卿迎撃戦~ディスコード・ダンス

    作者:菖蒲


     巨大密室『ハンドレッド・コルドロン』――名古屋の市街地での戦いは佳境へと差しかかる。
     現場より遥かの地たる武蔵野に忍び寄る軍靴の音をエクスブレイン達は確かに聞いた。
    「しろい、ほのお」
     白き焔は柱となって、その存在を目に焼き付ける。ぺたりと掌を窓に付け、エクスブレインは「なんで」と小さく呟いた。

     予知を掻い潜り『軍勢』が現れたのは突然のことだった。予知者の目を欺くが為、スサノオの姫・ナミダの力添えで忍び寄った軍勢の数は多数に及ぶ。
     異形を思わす躯を隠すことなく顕現したタトゥーバッド。絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイアの軍勢。バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋やヴァンパイア魔女軍団、殺竜卿が従える鉄竜騎兵団の混合軍は驕ること無く続々と学園へと向かってくる。
    「竜種イフリート、と」
     ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属やスサノオ、動物型の眷属達の雄叫びが恐怖の象徴となり武蔵坂へと木霊する。跋扈する異形達は皆、目的を同じくしていた。

     ――灼滅者の主力が出払った『武蔵坂』を陥落させる。

     手足を切り落とし巨躯を車椅子へと収めた黒翼卿メイヨールは車椅子を押す朱雀門・瑠架へと楽しげに語りかける。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     彼女達だけでは無い。義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫・ナミダの姿も其処にはあった。
     それだけの大軍勢だ。今の武蔵坂には為す術もない。エクスブレイン達は悪いイメージを振り払わんと頭を振った。

    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     多勢による一手が打撃になる事を瑠架とて理解していた。彼女の思惑を余所に楽しげなメイヨールは朗々と何かを語り続けている。
     このままでは――……。

    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています!」
     それは青天の霹靂。ハンドレッド・コルドロンでの戦いを最速での勝利に導く事が叶った灼滅者達が武蔵坂学園へと舞い戻ったという情報。
     子爵にとってその情報は予想を裏切られたに違いは無い――数時間早い、神速の大返しは窮地を救う礎となった。
     
    ●introduction
    「お帰りなさい! 怪我はない? ……帰ってきてくれてよかったの……」
     椅子から立ち上がり、青ざめた不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は戦場から帰還した灼滅者達へと慌て声をかける。
     一難去ってまた一難というのはこの事か。灼滅者の帰還と言う情報は武蔵坂学園を占領するという最悪な事態を逃れる事が出来た。
     しかし――危機が迫っている事は直ぐに分かる。窓に掌をぺたりと付けて真鶴は「すぐそこに来てるの」と惧れを抱く様に華奢な肩を震わせた。

    「吸血鬼軍がすぐ、そこまで……。
     皆が帰ってきてくれて、戦意を喪失した吸血鬼軍の一部もいるの。
     でも、主将の黒翼卿メイヨールは戦意十分で、こっちへの攻撃を諦めてないみたいなの」
     決戦は避けれないと不安げに真鶴は続ける。黒翼卿メイヨールを灼滅するか撃退できれば吸血鬼軍は撤退していく。なんとしても迎撃に成功し、吸血鬼軍を撃退したい――この武蔵坂を護るために必要な事だ。
    「皆が帰ってきて参戦するのは黒翼軍にとって予想外だったみたい」
     落ち付かぬ様子で真鶴はそわりと体を揺らす。困惑する黒翼軍をあしらい、隙を付けばメイヨールを追い払うだけでなく他の有力なダークネスを討ち取れる可能性がある。
    「布陣は説明しておくの。前線中央にメイヨール。その後ろに朱雀門・瑠架。前線左翼に竜種ファフニール。前線右翼に義の犬士・ラゴウ。そして後方に、スサノオの姫・ナミダ。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは前線と後方の間で去就に迷っている状況みたいなの」
     僅かな隙を生かし、最大限の成果をあげられたら――そう思うのは人間の性だ。しかし、危険を孕む事を真鶴はよく理解していると声を震わせた。
    「相手は強大な力を持ってるから、無理は、しないでほしいの……。
     黒翼卿たちを撃退さえすれば、勝利だから。学園を――ここを、守ってほしいの」
     戦えない自分の身勝手な想いだと真鶴は肩を竦めて曖昧に笑みを浮かべた。
     学園で皆が笑ってくれるだけで嬉しい――その為に、どうか……。
     
    ●不協和音
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。
     灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     憤慨するメイヨールの傍らで朱雀門・瑠架は整ったかんばせに思案を乗せる。
    (「灼滅者の大返し……。
     会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     子爵を灼滅させまいと考える瑠架の気持ちを余所にメイヨールは軍を進める。
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。
     だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     義の犬士・ラゴウは瑠架の思惑を知っているからか、彼女の望みを叶えんとその身の振りを考えていた。朱雀門高校勢力であれど、瑠架とは志が別のベクトルを向いているのだろう。竜種ファフニールは戦意を滾らせその身を大きく揺らす。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」

     軍勢を眺めながらヴァレフォールは灼滅者の予想外の帰還に戦意を喪失していた。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     退去するにもタイミングがつかめない。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは撤退する好機を探す様に瞳を泳がせた。
     最後尾に立つスサノオの姫・ナミダは撤退支援に向かい、あまり戦意は見られない。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     様々な思惑が不協和音を奏でた嵐の如き戦場を見回してナミダは小さく息を付いた。


    参加者
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    アリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111)
    立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)
    琴宮・総一(子犬な狼・d28217)
    奏森・雨(カデンツァ・d29037)

    ■リプレイ


     武蔵野の地を踏みしめるダークネス達を見遣って灼滅者達は息を飲む。
     眼前には巨躯を持った吸血種の伯爵。そして、琴宮・総一(子犬な狼・d28217)を始めとする8人の目的たる『スサノオの姫・ナミダ』は後方に位置し撤退の支援を行うべく布陣していた。
     何処か怯えた雰囲気の総一は仲間達と共に敵陣へと飛び込み後方へと駆けてゆく事に不安を感じている。犬耳を覆い隠す水色のパーカーの裾をきゅ、と握りしめた彼の様子を見遣って「大丈夫」と淡々と告げた奏森・雨(カデンツァ・d29037)は努力同好会の友人の肩をぽんと叩き固いアスファルトを蹴った。
     敵陣へと相対する灼滅者達。飛び込む彼らへ飛ぶ一刃を蹴散らす様に立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)は巨大な刃を振るう。ちら、と視線は彼らの後方に位置する事になったヴァンパイア達へと向けられた。
    (「……今は――まだ、」)
     時じゃないと、胸の奥底に湧きあがった敵意と憎悪を飲みこんで彼は言葉を飲みこんだ。
     右翼、義の犬士・ラゴウを相手とする灼滅者の陣が見える。僅かなアイコンタクトで戦闘を回避し、ナミダの元へと急ぐアリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111)が動くたびに彼の纏う漆黒のドレスが柔らかに揺れた。
    「……ラゴウ側は……」
    「うむ、大丈夫じゃ。わらわ達はこのまま突っ切るぞ」
     別働班への連絡を、と事前にやり取りを行っていた望月・心桜(桜舞・d02434)は後方を往きながら僅かな心の揺らぎに息を飲む。彼女達にとって別働隊は『命綱』だ――仲間を信頼して居ない訳ではない、しかし、布陣が崩れ窮地に陥る可能性が一番高いのは自分たちだと認識していた。
     春先の陽気の内に居るとは思えないほど、底冷えする思いはその白い肌をより青く変えてゆく。
     まるで蒼褪めた絶望の淵に居るかの如く、君影草を揺らす銀の痩躯をしかと握った羽守・藤乃(黄昏草・d03430)はこの窮地に立った己を鼓舞する一方で、振り払う事の出来ぬ死という存在を感じとり苦虫を噛んだ。
    (「名古屋の助けられたかもしれぬ命を、またも身捨ててしまうだなんて……」)
     赤黒く侵食する様に鈴蘭が音鳴らす。その音色に慄き震える手は兇気をも孕んで居て。
     名古屋に作られた巨大密室『ハンドレッド・コルドロン』。その戦闘の最中、彼女達に舞いこんだのは本拠地・武蔵坂学園への敵襲。学園に残るエクスブレイン達が見たという白炎はこの戦禍の事だったのだろう。緊迫した雰囲気と共に感じたのは明らかな『混乱』――これを好機と見るべきなのだと狼幻・隼人(紅超特急・d11438)はハッキリと言った。
    「俺らが止まってたらこの戦闘もどうともならへん。やるしかないで」
    「スサノオの白い炎は俺達には予測できない……。でも、ナミダの事を知られたら」
     それは『打開する切欠』になるのだとレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)は仲間を振り仰ぐ。
     向かい来る敵だけを倒し、敵陣を走り抜けた先に居るのは『敵意を持たぬ姫君』 
     灼滅者達は武器を握る指先を僅かに緩める。見えた彼女の姿は普段と違わぬ、静謐さを保っていたからだ。


    「――灼滅者、かえ」
     ちら、と視線を向けたスサノオの姫・ナミダはゆっくりと灼滅者達へと向き直る。
     敵意の持たぬ後方にいる己に向かってくる灼滅者が居るとは思わなかったと素振りで表し警戒する様に己の陣営を振り仰いだ。
    「姫さん。こんな時やけど、ちょっと話そうや。お互い噛み合う事にならんうちになー」
    「話す? 儂と対話を望むのか。……奇特な奴らよの」
     鮮やかなヴェールが風に揺れる。隼人の言葉に僅かながらに眉を寄せたナミダは意図を諮らんと灼滅者を見回す。緊張した様に宿敵(スサノオ)の姿をその眸に焼き付けた総一が小さく息を飲んだ。
     首筋を覆うチョーカーに手を当ててアリアーンは小さく息を吐く。緊迫した空気の中で柔らかな雰囲気の彼はアメジストの瞳を細め言葉を選び紡ぐ。
    「……少しでいい……話しがしたいんだ……」
    「何を」
     姿は可憐な少女を思わせるが、獄魔大将としてスサノオを引き居た事のある女性であるだけあって、言葉の一つ一つは慎重さを思わせる。戦意がない事を確かめ、己の配下に攻撃を行うなと指示を行ったナミダは一歩踏み出し灼滅者達に「儂に何が聞きたい?」とゆっくりと口を開く。
    「初めまして、ナミダ姫。最初に確認で、一つ……私達には敵意は無いし、こちらから攻撃するつもりはない」
    「儂達が戦闘を始めれば、応戦するという心算じゃろうて。構わぬ。儂にも敵意はない」
     雨の言葉に大きく頷くナミダとて警戒を怠らない。彼女とて『義理』を果たすが為にこの場所に居る。その邪魔となるならば、そう考えている事は安易に予測が出来た。
    「初めまして。わらわ、望月心桜と申します。撤退する者には手出しはせぬよ」
    「その言葉、此度の場を設ける為に誓約とさせて頂くぞ」
    『撤退する者には手出しはしない』――それを誓いとし、武装解除も視野に入れると発言する心桜にナミダは首をふるりと振る。
     ここは戦場だ。心桜達の背後には他の陣営が存在している。安易に武装解除をし、襲われる可能性がないとは断言できない。ナミダは灼滅者の意思をよく分かったと頷いたうえで言葉を促した。
    「羽守・藤乃と申します。……黒の王との義理とは? お伺いしてもよろしいでしょうか」
    「スサノオの窮地へと手助けと乞うたのじゃ。
     儂らスサノオは危機に陥る事が多い種族。助力を乞うた以上、儂が義理を返すのは道理であろう」
     藤乃の問いに返されたのは、ナミダ姫がこの場に現れた行動原理として尤も適ったものだった。
    「黒の王への義理は果たしたのじゃろう?」
    「黒の王から儂は軍団が進軍する為の隠蔽と、撤退支援を申し遣った。
     勝つことがあたわぬ状況下なれば、儂が黒の王へ返すべき義理は、まだ果たせておらん」
     首を傾げる心桜へと返されたナミダの言葉は彼女の行動原理そのものだった。
     停戦状態になる事はある意味、必然だったのだろう。戦意の無いナミダを前にして、脅迫や会話を壊す言葉がない様にと隼人は気を配り言葉を選ぶ。
    「んで、結局もうあんま戦う気は無いようやけど、まだなんか戦う理由は有るんか?」
    「此処は戦場じゃろうて」
     ちら、と視線を向ける女に隼人は頬を掻く。以前、ナミダがレインと出会った際には寄り道も良いと彼女は口にしていた。放浪の旅に出ると姿を消したスサノオの姫――こうして姿を顕せば『義理』という言葉を口にする。
    「……義理ばっか果たしとる様に見えるんや。無益に戦いたくない。ナミダ本人の戦う理由はなんや?」
    「スサノオを護るためであれば幾らでも戦う。それが儂という存在じゃ」
     彼女の言葉を耳にしながら、その質疑応答をしっかりと聞いていた春夜は小さく息をつく。
     話したいんだ、と言葉にした時に彼女はいとも容易く了承した。この戦況の揺らぎが彼女にとって余り関心がないことなのか――義理という言葉はある種、戦闘への不参加を顕して居たのだろうか――笑みを浮かべた春夜は言葉にする事なく考え込む。
    「スサノオの為……なんだよな? ひとつ質問させてくれ」
     一瞥し言葉を促すナミダへと春夜は息を飲む。何時になく真剣な表情は戦場で在る事が起因されているのだろう。母妹を殺した吸血鬼への復讐を望んだ彼は、仲間(スサノオ)を倒されても尚、明確な敵意を見せぬナミダの内心を諮る様に、言葉を紡ぐ。
    「俺達はナミダ姫とは積極的な敵対はしてねぇけど、スサノオを滅ぼす存在でもある武蔵坂にだけ義を与える機会だって思わないのか?」


     春夜の言葉に、口元へと薄らと笑みを浮かべたナミダは背後を振り仰ぐ。
     彼女の後ろには彼女が連れた軍勢達が今か今かと指示を待ち、春夜の言葉への『応え』を出さんとしている様にも思えた。警戒を露わにしたアリアーンがバトルオーラを見に纏う。表面に見せた柔和さがガラリと戦闘狂の色へと変わり、戦意を見せる。
     ぐ、と武器を握りしめたレインが「ナミダ」と彼女を呼んだ。久しく見えた彼女へと武器を構えることになるとはと己の主君になるやもしれない彼女の細い肩を眺める。
    「――そう武装せんでも良い」
     朗らかな、鈴の鳴る様な声音であったとレインは感じる。
    「武蔵坂を敵とするものは多いのでな、敢えて、火中の栗を拾おうとは思わぬ」
    「……そうか……」
     ほ、と胸を撫で下ろしたレインを視界に収めたナミダはゆっくりと目を伏せる。春夜の言葉は、ナミダが敵対しない意味を把握するにも十分なものだった。
     ちら、と視線をくべたナミダの視線にびくりとその小さな体を揺らし子犬の様に震えた総一は垂れ目がちな瞳を涙に潤ませる。気丈に振る舞わんと考えて来たものの、ナミダへと問い掛ける言葉がその唇から滑りださず総一は「うう」と僅かに声を漏らした。
    (「……やっぱり、怖いものは怖いです。うぅ……」)
     不安げな総一の気持ちを汲みながら、背後の敵陣へと視線を向けた雨は、混戦状態に陥る灼滅者の一人でも欠けがない様にと不安に滲んだ掌を握りしめる。す、と息を吸い『演者』の如く堂々とした振る舞いをみせんと雨は一歩踏み出した。
    「ナミダ姫、あなたには、何か、成すべき役目があるの……?」
     雨の言葉に、その場にいた灼滅者達は息を飲む。
     戦場の中であれど、妙な緊張感の漂うその空間でナミダ姫は、ゆっくりと口を開いた。
    「予測もついてあろう」
    「ナミダさんから……聞きたいです」
    「……うん……目的が分からないと気に障るかも知れない……」
     雨の後ろから顔を出し、無益な戦闘を避けたいと『宿敵』の様子を伺う総一にナミダは肩を竦める。
     灼滅者は女の整ったかんばせを見詰める。澄んだ声音には何時にない熱が籠められる。
    「多くのスサノオを蘇らせる事じゃ」
    「多くのスサノオを……? それが『スサノオの姫』と呼ばれる所以なのですか?
     安易な言葉にはなりますが、スサノオ達の王と意味を同じくするのでしょうか。それとも、別物ですか?」
     鈴媛を後ろ手に持った藤乃はその名の通りの藤色の瞳を僅かに瞬かせる。
     彼女が義理があるという『王』達――白の王・セイメイ等を始めにした王との関連性を聞けるのではないかと藤乃はナミダを見据える。
    「わらわは王ではないぞ。スサノオ達を蘇らせる責任者のようなものじゃ」
     便宜上、姫ということなのだろうか。ナミダの言葉は淡々と事実のみを告げている。
     スサノオという存在が何であるか。人狼である以上は興味と不安が混じり合うのも致し方ない。
     レインはゆっくりと彼女に向き直り、「覚えているかは分からないが……レインだ」とゆっくりと頭を下げた。
    「またの機会を得れて嬉しい。当ては何か目的は、見つけられたのかな」
    「確たる方法は見いだせなかったが……いずれは必ず見つけ出そうぞ」
     放浪の旅の結果は未だ見つからないのだろうか。その言葉は何処か寂しげな風にも思われる。
     ぐ、と息を飲んだレインはそうかと呟くと共にナミダへともうひとつ、と言葉を続けた。
    「俺達は、ナミダと敵対してくないというのは理解してくれただろうか。
     だからこそ、聞きたい事がある。他の王との間にも恩義はあるのか」
    「ええ。無益な戦闘は私達にも貴女方にも何も齎しません。戦闘を避ける為に、私からも是非お伺いしたいです」
     レインに続き藤乃が問いを投じる。恩義と口にする姫君は何処か言い淀んだかのように瞬いた。
     その仕草を見逃さぬ様にアリアーンは仲間を振り仰ぎ、催促の言葉を一つゆっくりと口にする。
    「……応え、て貰えますか……」
    「構わぬ。儂も長い年月を過ごしてきた故、王に関わらず恩義のあるものは多い。
     義理を果たせば困った時に助けて貰えるからな。相互扶助という奴じゃ」
     彼女の言葉にアリアーンは合点が言った様に小さく頷く。
     窮地に陥ることの多いスサノオ。其れを救うべく奮闘するナミダ姫。
     懇意にする相手が居るかは不明だが、彼女が恩義と口にするのは窮地を脱する為の保険なのだろう。
    「……何かあれば、助けてもらえる……?」
    「無論」
     こくりと頷くナミダへとアリアーンは成程と頷いた。やや首を傾いだのは雨だ。特殊な環境下――与えるだけの空間で育った彼女にとって、ナミダの言葉はあまり実感を持って理解する事が出来ない。そんな彼女の不安に寄り添う様に総一は袖を引いて小さく頷いた。
    『―――』
     心桜の握る携帯電話から伝令が入る。撤退したという不安要素と共に大将を討ち取ったという勝利の歓声。
     瓦解し出す戦線に、逃走経路を確保せんとするダークネスの軍勢。ナミダは周囲を見回した後ゆっくりと動いた。


     武器を握りしめた春夜が退路を確保すべくゆっくりと交代する。必然的に後方へと配置された雨と総一は前線に曝された身を庇う様にダークネス達の動きを確認する。
    「最後に一つ。問題が無ければ、赤の王の事で知っていることを教えて頂けますか」
     喧騒の最中、藤乃が問い掛けた言葉へとナミダは口元へと笑みを乗せる。そ
    「他の組織の情報を漏らすのは、いらぬ恨みを買う行為ゆえ、あまりやらぬ方が良いぞ……そろそろ、仕事のようじゃな。良い暇つぶしになった、さらばだ」
     彼女のその身を覆うヴェールがはためく。撤退の邪魔をしないと言葉にした以上、彼女の『仕事』へ口出しする権利はない。
    「――ナミダ! 武蔵坂をどう思う?」
    「儂は評論家でも、武蔵坂を長く見届けた者でもないからの。論評する程知らぬ」
     背を向けた彼女へレインが放った言葉へとナミダは大きく首を振った。
     武蔵坂学園は『戦禍』のなかにあるのだと彼女は理解している。その言葉から察するにナミダは現状では使命の為に動き、武蔵坂と多くを関わる事を控えている様にも思えた。
     撤退経路を確保せんと指示を出す心桜に応じて、ここあが両の手をぱたぱたと振る。
     こっちこっちと仕草するナノナノを頭に乗せたギンが小さく吼えた。あらかた丸が尻尾を振り、隼人の袖をくいと引けば、その仕草に目をやった心桜が小さく頷く。
    「撤退じゃ!」
     彼女を見詰めたアリアーンは『覚悟』をする事なく済んだ事に安堵する。何処か腑に落ちぬと言った雰囲気の隼人は髪を掻き困った様に肩を竦めた。
    「んー……ま、今回はええか、約束やしこれも義理っちゅーやつや。
     闘いじゃなくて寄り道したい時はまたいつでも来いや。人の味方じゃなくても敵やないなら迎え行くかんな」
     応えなくとも構わないと、あっけらかんとした隼人は「じゃーな」とナミダへと手を振った。
     戦禍の中、まるで踊るかのように姫は身を投じてゆく。
     撤退する戦線の中、戦況の不利を悟ったダークネス達が逃走するその流れを逆走して灼滅者達は戻ってゆく。
     勝利の声と、武蔵坂学園の無事に生きた心地を感じるまでは――あともう少し。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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