黒翼卿迎撃戦~攻防! 武蔵坂

    作者:ねこあじ

     ハンドレッド・コルドロンの戦いに多くの灼滅者が向かい、やや閑散とした武蔵坂学園が、ふいにざわつく。
     ――武蔵野の地。
     そこへ、突如、吸血鬼の軍勢が出現した。
    「……これは」
     一人のエクスブレインが呟く。
     学園に待機していたエクスブレイン達の目には、軍勢は『突然現れた白い炎の柱』から出現したように感じられたのである。
     エクスブレインの目を掻い潜る白い炎の柱――遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は水晶玉に手をかざした。

     移動する軍勢のなかに、スサノオの姫・ナミダの姿があった。
     恐らくエクスブレインの予知を掻い潜るために、共に軍勢と移動してきたのだろう。
     次々と現れる軍勢は、黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋と、ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団の混成軍。
     更に、竜種イフリート、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属、スサノオ、動物型の眷属なども加え、武蔵坂学園に向けて堂々と進軍している。

     それらを指揮するのは、黒翼卿メイヨール、朱雀門・瑠架、義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』――今の武蔵坂学園を陥落させるには、充分すぎる手勢。
     手足を斬り落としたメイヨールは車椅子に乗り、それを朱雀門・瑠架が押している。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
     どこか弾んでいるようなメイヨールの声。
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     応じる瑠架は車椅子を押しながら考え事をしているようだ。
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     軍勢の歩みは止まらない。どうすれば――そう考えていると、緊急の連絡が入ってくる。
    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています」
     報せに、波及していく軍勢のざわめき。
    「はやい……早すぎる!」
    「ええい、彼奴らは何をやっているんだ!」
     黒翼軍はかなり混乱しているようだ。
     ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で勝利に導いた灼滅者達。
     急報を聞き、武蔵坂学園へと戻ってくる。
     それは、彼らが予測していたよりも数時間早い、まさに神速の大返しであった。


    「皆さん……! 戻ってきてくれてありがとう!」
     学園内に足を踏み入れる灼滅者達の姿を見て、鳴歌は安堵の声をあげた。
    「やはり、きたか」
     帰還した灼滅者のなかの一人、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が言う。
    「嫌な予感はしていた。武蔵坂学園が占領されるという、最悪の事態は逃れた、というところか。
     そのような事態になっていたとしたら――我々が学園に帰り、おかえりって出迎える吸血鬼の軍勢……うむ、ごめんこうむりたい」
     そしてルフィアは窓の外へと視線を移した。
     強大な吸血鬼軍が、学園のすぐそこまで迫ってきているのだ。
    「……少し落ち着いた方がいい」
     慌てた様子で説明しようとする鳴歌に、ルフィアが声をかける。
    「うん、ごめんね。少し、落ち着くわ。ここまで戻ってくるのは大変だったよね。
     ――じゃあ、今の状況を説明するわね。
     皆さんが戻ってきてくれたことで、吸血鬼軍の一部は戦意を失ってしまったみたい。けれど、主将である黒翼卿メイヨールは、武蔵坂学園への攻撃を諦めてなくって、決戦は避けて通れない。
     黒翼卿メイヨールさえ灼滅あるいは撤退させれば、吸血鬼軍は撤退していくから、なんとか迎撃に成功して、吸血鬼軍を撃退するようお願いしたいの」
     戻りの早い灼滅者達に、吸血鬼軍はかなり混乱している様子。
     この混乱の隙をつけば、メイヨールを撃退するだけでなく、他の有力なダークネスを討ち取ることができるかもしれない。
     とはいえ無理は禁物だ。
    「今回は黒翼卿達さえ撃退すれば、私たちの勝利よ。学園を守るため、よろしくお願いします」
     ぺこりと鳴歌がお辞儀をする。
    「それと、この戦いの直前、校長先生が学園に戻ってきたの。迎撃戦終了後に、重大な話があると言っていたのだけれど、一体なんなのかしらね……?」


     灼滅者達が、エクスブレインから状況を説明されているのと同時刻。
     黒翼軍では、それぞれの指揮官も、それぞれ動き始めていた。
     しかし、それらは統一されたものではなく、個々の思惑によるものだ。

    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     と、メイヨールが気炎を吐く傍ら、瑠架は、
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。
     とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば」)
     ちらりと子爵へと視線を向ける。
    (「メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     子爵は、灼滅させるわけにはいかない。それを第一に考える。
     前線中央に位置する子爵の後ろへとついた。

     ヴァンパイアの軍勢に合流している、ソロモンの悪魔ヴァレフォール。
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     灼滅者が予想外の早さで戻ってきたことにより、戦う気が削がれているようだ。
     布陣は前線から後方へと、不安定。戦場内をうろうろとしていた。

     瑠架と共に行動してきた義の犬士・ラゴウは、
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     と、瑠架の望みに従ってメイヨールを撤退させることに注力するようだ。
     一方、同じく朱雀門高校勢力にいる竜種ファフニール。
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     咆哮し、灼滅者達と戦う気満々の様子だった。
     ラゴウとファフニールが、左翼・右翼と部隊を率いていく。

     最後方から軍勢を見渡すのはスサノオの姫・ナミダ。
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。
     さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     そう呟いて、撤退の支援へと向かうのだった。


    参加者
    一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    上里・桃(スサノオアルマ・d30693)

    ■リプレイ


     ハンドレッド・コルドロンの戦いによって多くの灼滅者が名古屋に向かった隙をつき、黒翼卿メイヨールと朱雀門・瑠架率いるヴァンパイアの軍勢が学園を制圧しようと動く。
     しかし、灼滅者達は迅速に名古屋での戦いを制し、ヴァンパイア軍勢の予測を上回る速さで武蔵野市武蔵坂学園へと帰ってきたのだった。
     敵陣、前線右翼へと向かったのは五チーム。
    「さぁて、延長戦だ、延長戦」
     敵の懐に飛び込んだ一橋・智巳(強き魂に誓いし者・d01340)が、二メートルはあるような熊眷属の胴にやや下から拳をのめりこませた。
    「こっちはいいとこで中断されて溜まってンだ。暴れさせてもらうぜ?」
     そのまま敵の肉を削るが如く突き上げれば、闘気を変換した雷が軌道を残し昇雷となった。
     怒り狂った獣の咆哮、半身を思いきり捻り繰り出す熊眷属の前足は、庇いに入った志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)の肩を強打する。
     ウイングキャットのサヤが、敵の後頭部に肉球パンチをし、一瞬気を取られる熊眷属。
    「大丈夫か、志賀野」
     声と同時に、がら空きとなった熊の懐へ滑りこんだ赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の蹴り――宿した緋色のオーラが敵を穿つ。
    「すまない、思い切り飛び出してしまった。大丈夫だ」
     一瞬へたれそうになった耳をピンと立て、畏れを纏う友衛は銀爪で敵を切り裂いた。
    「増援、来ます!」
     戦場を俯瞰するように警戒していた上里・桃(スサノオアルマ・d30693)の声。
     熊眷属に接敵する直前、敵を確認した御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)は交通標識の色を青へとスタイルチェンジさせた。
     間近。複数の光線に撃たれた熊眷属は重々しい音を立てて倒れ、獣の返り血などものともしない裕也のばら撒く光線は距離をつめてくるイタチ型眷属にも放たれた。
     二拍の間を置き、桃のリングスラッシャーがイタチ型眷属一体を弾き飛ばす。
     一気に距離をつめる彼らは右翼外側から攻めていた。
     威嚇の声をあげるイタチ達を、帯を射出し展開したラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)が捕縛する。
    「包囲していく形となっていますね」
    「そのようだ」
     裕也の言葉に、ラススヴィが頷き応えた。
     連戦に続く連戦、絶え間なく現れる動物型眷属に応戦し、その数を減らしていく。それは他の四チームも同じで、ラゴウの軍勢を自然と包囲する形になった。
     一丸となり動けば、自然と足並みは揃い、連携はとれる。それは武蔵坂学園の灼滅者達の強みだろう。
     ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が霊子強化ガラスに鎧われた魂を削り、冷たい炎を二体へと放った。冷気が舞い上がり、ルフィアの銀髪をなびかせる。
     帯を射出し敵を貫く長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)には、帯伝いに眷属の重さがダイレクトに伝わってきた。
    「遠目では分からないものだが、大きいな」
     バスターピッグよりやや小さいくらいだが、胴長のくねくねとしたイタチ型眷属はまた違った手応え。
     貫いた胴を逆戻りしていく帯の動きに眷属は一度地面に倒れるも、すぐに起き上がった。
    「そして素早い。油断は禁物だな」
    「だが、速攻で倒せば問題ない、ってな!」
     ルフィアの声を背に、敵へ駆ける智巳――瞬間、紫のパイルバンカーのジェット噴射で眷属の眼前へと一気に迫った。
     バベルの鎖が薄くなる死の中心点を雷の牙が如くの勢いで貫けば、眷属は獣の咆哮をあげ、息絶えるのだった。


     眷属達との戦闘に入り、しばらくが経つ。
    「ラゴウはまだ動かないのでしょうか」
     桃が呟いた。
    (「ラゴウは瑠架に必要な人材……あまり倒したくはないけれど、学園の安全が懸かった戦いに手は抜けない」)
     そしてもう一つ。軍勢を抑え、ラゴウが何らかの行動を起こせば、こちらも移動なりラゴウの灼滅なりに動くつもりであった。
    (「子爵か瑠架への支援、もしくは撤退へと動いたならば、撤退するラゴウを追って、ナミダ姫と対しているチームと合流できるのだが」)
     急所を瞬時に見出し、無敵斬艦刀で敵を斬り伏せたラススヴィが、考える。
     魂に封印したスサノオの、いや、人狼の宿命故につい意識が向く。スサノオの姫へ。
     友衛の狼の尾が忙しなく動いた。他班と連携を常に意識し、突出しないように。
     油断なくラゴウの軍勢に対峙するとともに、これからの行動が彼らにはあった。
    「「オオォォォ、オン!!!」」
     灼滅者と戦い、何かを嗅ぎ取った眷属の狼が吼えた。戦場内を駆け回り偵察していたかのような狼が他の眷属を連れ、こちらへと向かってくる。
    「まずいな」
     兼弘が呟いた。智巳と裕也が目前の眷属を灼滅し、前方へ目を向ける。
     その数、八。更に大きな熊二体が駆けてくるのが見え、その間に大きなハンマーを持つ――ラゴウ。
    「ラゴウ本隊だ」
     そう言ったルフィアが数メートル飛び退き、彼我の距離を稼ぐ。恐らく十数秒――だが時間としては充分だ。ヴィントミューレ・シュトウルム(d09689)達にこれからラゴウ本隊との交戦に入る旨の連絡を入れた。
     敵数が多い。接敵直前に散開する敵の統制された動きに、ルフィアは察した。
     ――こちらが、分断される。
     刹那、『ドン!!』と轟音とともに衝撃が後衛を襲った。
    「上里!」
     桃を突き飛ばし庇った布都乃が厚みのある衝撃波をまともに受け、飛ばされる。
    「やあ、久しぶりだね」
    「ラゴウ……!」
     布都乃の顔を見たラゴウが軽く声をかけた。
    「少し分けさせてもらったよ」
     眷属が前衛に襲いかかる。次いで後衛を襲うのは、聴覚を灼くような強烈な咆哮。
    「アンタは義の八犬士なんだってな。朱雀門に対してここまでさせる「義」……なんなんだ?」
     獣の牙を武器で防御し振り払う智巳の言葉に、ふ、と口端をあげるラゴウ。それは何やら憂いを帯びたものであった。

     敵一体に対し協力して戦う灼滅者が数人の、定石。
     それが今、敵一体に対して灼滅者が一人、かつ、フリーとなった敵の遊撃にあうことで、一気に天秤が傾く。
    「はっ。ヤる気満々だな――だがここでぶっ倒れるワケにはいかねぇンだよな」
     智巳の障破裂甲の高速射出された先端が狼眷属の胴を貫き、地に打ちつけた。
     まさしく紫電の一閃。
    「……!」
     地に打ったままの体勢から、智巳は武器を支えに半円を描くようにスライディングをし、敵の追撃を躱す。剛腕の振りに空気がびりびりと震えた。
     凶暴そうな黒熊だ。
    「次の相手は熊かよ!」
    「一橋さん!」
     遠くから桃の声が聞こえてる。
    「悪い、しばらく手が離せそうにないぜ!」
     唸る黒熊眷属と対峙し、目を離さぬまま智巳は応えた。
     裕也は牽制として影を常に動かし、赤から青へと標識の色をスタイルチェンジさせた。チェンジした瞬間、敵群へと光線が放たれる。
    「長沼さん!」
    「ありがたい……!」
     敵は全員が前衛。威力は落ちるが、裕也は回復の補助として動く。状況的に、回復に専念したい兼弘の動きを助け、自らも次手は回復すべく黄色標識へと変化させる。
     運動ベクトルを支配され、やや狂った動きを見せた狼眷属を、桃が流星の煌きと重力を宿し蹴り飛ばす。
    「志賀野さん、この眷属のとどめをお願いします!」
    「分かった!」
     刹那、できた『間』を利用し桃は周囲を見た。
    (「振り回される」)
     敵の動きに。
     各個撃破に『動ける』のが数人、それも声掛けがなければ危ういレベルだ。
     桃の声に、咄嗟に反応した灼滅者の手で二体の眷属が灼滅された。
     友衛はこの乱戦のなか庇いと回復に動きながらも、側には一挙手一投足が喰らいつくが如く離れない眷属を相手取ることとなっていた。
     回復に専念するサヤは尻尾のリングを光らせ、ラススヴィも敵の攻撃故に砕かれる加護を補うべく味方の全身を帯で鎧の如く覆う。
     牽制に大きな斬艦刀を振れば、眷属達が飛び退くもすぐに戻ってくる。灼滅者に与えられる『間』はほんの一瞬だった。
    「『うずめ様は言いました。お前達は血と蝙蝠により危機に陥るであろう、と』か。全く厄介な蝙蝠子爵だ、なあラゴウ」
     鬼腕が鋭く風を切った。
     次の瞬間、膂力を駆使したルフィアの鬼の拳が狼眷属を殴り飛ばす。
    「倒せば生徒会長の思うつぼ。しかしただで逃がせば此方の損。ラゴウ、あんたは優秀だ――だからこそ、駄賃に相応しいと思わないか?」
     開けた場に迫るのはラゴウだ。
    「ならば僕を止めることだ。助力を待つ者がいる。突破させてもらうよ」
     強大なハンマーを、遠心を利用し片手のみで振ったラゴウがハンマーを上方に持ってきた時、既に柄は長く両の手で支えられ、布都乃を叩き潰すが如くの勢いで攻撃した。神速だ。
    「――つく、づく……ッ、吸血鬼の下に居るタマじゃねえなアンタ、は……」
     一度地に叩きつけられた布都乃が血を吐き、息荒く掠れた声で言った。
    「あまり無理は、するな」
     どこか耐えるような、一呼吸分置いた兼弘の言葉。立つなとは言えなかった。帯が布都乃を纏うように動き、回復していく。
     布都乃が立つ。誰かが立ち塞がらなければ――他の班がくるまでに、一分でも長く。
    (「正義を語る堂々たる振舞い。嫌いじゃねえぜ」)
     言葉にしようと思ったものは、肺の灼けつく痛みにとうとう声にならなかった。布都乃はラゴウを見据え、抑えるべく荒い息をぐっとのみこめば血の味がした。
     踏みこみ、フェイントをかけ敵懐へ滑りこんだ布都乃は、重力を宿した蹴りを放つ。
     

     寄る眷属を退け、ルフィアがラゴウへと剣柄の宝玉を叩きつけ、自身の魔力を流しこんだ。
     時間が経ち過ぎたわけではない。
     ラゴウ本隊と接触し、感覚にして数分。数多の眷属、そしてラゴウの猛攻に劣勢へ傾きながらも奮闘する。
     誰かが倒れれば瓦解する、そのライン。
     ラゴウが動いた。
    「包囲され、道が無いならば、道を切り開けばよいだけだ。このロケットハンマーでなっ!」
     轟!!
     と風を切る音、そして足止めのために常に立ち塞がっていた布都乃の体を砕く音が灼滅者の耳に届いたのは一拍、二拍あとだった。
     地を激しく擦り、殴り飛ばされた布都乃の意識は、ない。
    「手合わせ、感謝する」
     ラゴウが言い、駆けた。
    「赤槻!」
     駆け寄る兼弘、攻撃の手を緩めず襲ってくる眷属をラススヴィが斬艦刀を振って払いのけた。
    「息は?」
     背中越しに聞くラススヴィは噛み付く狼眷属に刃を喰いこませ、遠く地面に向けて放り投げる。
    「生きている」
     兼弘の声に駆け寄ってきた灼滅者達が息をついた。今のところは、無事。
     悔しくもラゴウは見送る形となってしまったが――休む暇など、まだない。
     灼滅者を仕留めるべく牙をむく、狼眷属が残り四体。熊一体はラゴウについていった。
     ラゴウを追って新たな眷属がこちらへ向かってくる可能性もある。
    『ここ』を、『さらに先』を、突破する余力が残っているかと問われれば、是も否ともいえないところだった。
    「今は、こちらを片付けるのが先決か」
     止まらない狼眷属の急所、首を斬艦刀で斬り落としたラススヴィは、刃先が止まるのを地に任せ、その一瞬に周囲を見た。
     先に黒熊一体を仕留めていた智巳が、バシン! と己の掌を拳を打った。
    「まずは目前の奴らからってな! ――それに、ラゴウのところへ他のチームが来たようだぜ」
     駆けつけた二チームが新たにラゴウと対峙したようだ。
     右翼外側、そこからラゴウがどちらへ向かうのか、予測しかできないが撤退でないことは確かだ。
    「眷属どもをこれ以上先に進ませるわけにもいかんだろうしな」
     ラゴウの足止めに入ったチームのためにも。兼弘の声に、こくりと桃が頷いた。
    「はい。キャップさんの言う通り、私達の戦い方で敵を確実に倒していきましょう」
     気になる事は、ある。けれど今は、先のように翻弄されず、目前の敵を一体ずつ灼滅させていくこと。
     そうしなければ、次へ移る判断ができない。
     この間にも眷属達は連携し、攻撃を重ねてくるのだ。
     友衛が敵の体を突如凍り付かせる死の魔法を発動した。
    「頑張ろう」
    「志賀野さんは無理しちゃだめです!」
     頷いた友衛に、桃が言う。足元がふらついている。
    「う、うう……分かった」
     耳と尻尾がへたれた友衛は、立っているなかでは一番消耗が激しい。残っているサヤが布都乃の側から、ふわりと飛んできた。リングが光る。
     新たにやってきたイタチ眷属を目に、裕也は目を据えた。
     飛ばした影で狼眷属を絡めとり、ギリギリと音が鳴るがの如く縛り上げる。裕也の攻撃に怯んだ狼を、ルフィアが空を切り裂くように鋭く軽やかな蹴りを見舞った。
    「もうひと頑張り、ですね」
    「……そうだな」
     裕也の姿に、ルフィアが目を向けた。友衛だけでなく、前衛・中衛の消耗の激しさは目に見て取れた。


     迫る眷属との戦闘。
     イタチ型眷属にとどめをさし、ルフィアが呟く。
    「これ以上、戦いを続けるのは危険だな」
     倒れた布都乃、友衛はかろうじて意識を保った状態で、ウイングキャットのサヤも消えてしまった。
    「撤退すべき状況、ですね……」
     裕也が肌にはりついた髪を指先で払った。ぬるりとした感触。
     目前の敵達は倒したが、こちらへ駆けてくる眷属を再び確認した。敵も減っている。まばらで、間隔は空いてきたのだから。
     その時、複数の灼滅者達が駆けよってくる。大丈夫ですかと声がし、そのまま数人が前へと躍り出た。
    「そちらの怪我の具合はどうだ? もし傷が深いようなら、手を貸すぞ」
     日下部・優奈(d36320)の申し出に、一瞬考える顔つきになった兼弘は、友衛に肩を貸しながら応える。
    「大丈夫だ。……すまないが、後を頼む」
     撤退することを伝えれば、神門・白金(d01620)が兼弘の腕を気軽に叩いた。
    「ここは任せろ。学園までもーすこし頑張るのだ」
     そう言って、送り出してくれる。
     桃の手を借りつつ、ラススヴィが慎重に布都乃を抱えた。そして戦場に目を向ける。
     土埃の混じる血を拭い、智巳が先頭に立った。
    「さぁて、遭遇した敵をひきつける役目は任せな」
    「僕も先頭に立ちますね。ヴァンパイア勢がいないとも限らないです」
     裕也もともに立つ。外側からの攻め手であった故に、退路はいくつか確保しているものの、そこに眷属やダークネスがいるかもしれない。
    「では殿を務めよう」
     ルフィアが言った。動けるものは再びこの戦場に出向くかもしれない。しかし今は一度学園へと送り届けなければ。
    「さあ、もうひと踏ん張りだ」
     元気付ける兼弘の声に、一歩を踏み出し、灼滅者達は撤退していくのであった。

    作者:ねこあじ 重傷:赤槻・布都乃(渇求の影・d01959) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ