黒翼卿迎撃戦~空前絶後の大返し

    作者:J九郎

     武蔵坂学園の灼滅者のほとんどが名古屋でハンドレッド・コルドロンの戦いを繰り広げているまさにその時。
     突如として、吸血鬼の大軍勢が武蔵坂学園に姿を現した。
     次々と現れる軍勢は、黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋とヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団の混成軍であり、更に、竜種イフリート、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属、スサノオと動物型の眷属なども加え、武蔵坂学園に向けて堂々と進軍を開始したのである。
     指揮官として名を連ねるダークネスも、黒翼卿メイヨール、朱雀門・瑠架、義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』と揃っており、灼滅者の主力が出払っている武蔵坂を落とすには充分すぎる軍勢だ。
     彼らは、スサノオの姫『ナミダ』の協力により、エクスブレインの予知を掻い潜ってこの地に攻め寄せたのだろう。

     そして軍の本陣では、朱雀門・瑠架の押す車椅子に乗った、手足を切り落とした黒翼卿メイヨールの姿があった。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
    「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
     そう答えながらも瑠架の顔は暗い。
    (「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
     密かに瑠架がそのようなことを考えていると、誰にとっても予想外の急報が全軍にもたらされた。
    「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています」
     と。
     ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で勝利に導いた灼滅者達が、急報を聞いて武蔵坂学園へと戻ってきたのだ。
     それは、メイヨールらが予測していたよりも数時間早い、まさに神速の大返しだった。
     
    「……みんな、戻ってきてくれてありがとう」
     涙目になりかけていた神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は、心底安心したように帰ってきた灼滅者達を出迎えた。
    「……みんなが戻ってきてくれたおかげで、武蔵坂学園が占領されるという最悪の事態は逃れる事が出来た。けど、まだ、危機は去ってない」
     校門の外に目を向ければ、強大な吸血鬼軍が、武蔵坂学園のすぐ目前まで迫ってきているのを見て取ることができる。
    「……みんなが戻ってきてくれた事で、吸血鬼軍の一部は戦意を失っているみたいだけど……、主将の黒翼卿メイヨールは、武蔵坂学園への攻撃を諦めてない」
     だがそれは裏を返せば、黒翼卿メイヨールさえ灼滅或いは撤退させることができれば、吸血鬼軍を撤退させることができるということ。
    「……だから、なんとか迎撃して、吸血鬼軍を撃退してほしい」
     幸い、灼滅者達がこんなにも早く戻ってくるのは予想外だったらしく、黒翼軍はかなり混乱しているようだ。
    「……この混乱の隙をつけば、黒翼卿メイヨールを撃退するだけじゃなく、他の有力なダークネスを討ち取ることも出来るかもしれない。」
     敵の布陣は、前線中央に黒翼卿メイヨール。その後ろに、朱雀門・瑠架、前線左翼に竜種ファフニール。前線右翼に義の犬士・ラゴウ。そして後方に、スサノオの姫・ナミダがいるようだ。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で、去就に迷っている状況だ。
    「今回は黒翼卿たちを撃退さえすれば、私達の勝利。ハンドレッド・コルドロンの戦いの後で疲れてるだろうけど、学園を守るため、あと少し、頑張って」
     そう激励の言葉を投げた後、妖は少し首を捻って、
    「……この戦いの直前、校長先生が学園に戻ってきた。迎撃戦終了後に、重大な話があると言ってたけど……」
     そう、付け足したのだった。
     
     一方、吸血鬼陣営では、それぞれの指揮官の思惑が交錯していた。
    「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
     と、メイヨール子爵が気炎を吐く傍ら、朱雀門・瑠架は、
    (「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
     なんとか灼滅者とメイヨール双方を生き延びさせる道を模索し始めていた。

     ソロモンの大悪魔ヴァレフォールは、灼滅者達が予想外の早さで戻って来たことで、
    「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
     すっかり戦う気を削がれた様子を見せており。

     朱雀門・瑠架と共に行動してきた義の犬士・ラゴウは、
    「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
     彼女の望みに従ってメイヨールを撤退させることに注力するつもりのようだ。
     一方、同じく朱雀門高校勢力にいる竜種ファフニールは、
    「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
     この戦場で誰よりもやる気を見せている。

     そして、スサノオの姫ナミダは、
    「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
     そう呟いて、撤退の支援に動き出したのだった。


    参加者
    色射・緋頼(生者を護る者・d01617)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    絡々・解(僕と彼女・d18761)
    鹿島・悠(常笑の紅白・d21071)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)

    ■リプレイ

    ●瑠架の苦悩
    「ヴァンパイア魔女団の一陣と二陣、鉄竜騎兵団の三陣と四陣を本隊の救援に」
     刻々と変化する戦況の中、朱雀門・瑠架は苦悩の末にそう指示を出した。
    「しかし、それでは手薄になり過ぎます。前線を突破された場合、ここを維持出来なくなります」
     部下の言葉もまた、事実。だが今は、他にこれ以上の策はなかった。
     救援の到着までは、いかに武蔵坂を生かすかを思案していた彼女だが、今は一転してメイヨールを生かす為に手を尽くさねばならなくなっている。
    「それよりもむしろ、速やかな撤退を上申します。今ならまだ安全です」
    「黒翼卿が討たれれば、これまでの全ては水泡に帰します。それに、自ら降りるなど、私には許されません。……急ぎ黒翼卿を撤退させなさい。我々の撤退はその後です」
     単独での撤退を進言する部下に、瑠架は重ねて命じる。
    「ですが……」
     奇襲失敗で吸血鬼軍の足並みが大きく乱れた中、突出しているメイヨールを撤退させる事は容易ではないだろう。
    「黒翼卿に合流したならば『瑠架が心細く思っており、子爵に傍にいて欲しい』と言っていたと伝えなさい。……このハンカチを渡せば、私の言葉だと信じてくれるでしょう」
    「……承知致しました」
     揺るがぬ決意を示す瑠架に、魔女団の部隊長もついには頷き、差し出された白いハンカチを受け取った。
    「続け!」
    「我等も急ぐぞ!」
     そして手勢を率いた隊長達は、今なお最前線で戦いに身を投じているであろうメイヨールの元へ急ぐのだった。

     瑠架がメイヨール救援のために軍勢を割き、結果彼女自身の陣営が手薄になったことは、瑠架との接触を望む灼滅者達にとっては僥倖といえた。その上、瑠架の軍勢に攻勢をかけている灼滅者達の活躍もあって、その陣営には明らかに綻びが生じている。
    「こっち! 敵、スクナメ!」
     可能な限り敵の少ない箇所を見極めながら、ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)が戦場を四足で動物のように駆け抜けていく。喧噪渦巻く戦場でも、『割り込みヴォイス』を用いて放たれた元気な声は、仲間達に確実に届いていた。
     それでも、敵に全く気付かれないというわけにはいかない。
     瑠架の本陣を守るのは、朱雀門の制服を着た若い吸血鬼達。恐らく、瑠架個人に忠義を尽くす有志部隊なのだろう。彼らは突出して本陣に向かってくる灼滅者を迎撃するため、次々と赤きオーラの逆十字を飛ばしてくる。
    「大切な人を守りたいって気持ちはわからなくもないけど、だったらなおさら邪魔しないで欲しいな。ねえミキちゃん?」
     次々と飛来する逆十字を、絡々・解(僕と彼女・d18761)は体を守るように展開させたウロボロスブレイドで切り裂いていく。そんな解の背後を護るように霊力を放っているのは、ビハインドのミキちゃんだ。
    (「名古屋のカタギが三十万から死んだ。彼らの死を悼むでもなく取って返して来たのも、全て模索を続ける為の本拠を守る為」)
     戦場を駆けながら、撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)がどす黒い殺気を解放した。
    「その為の活路、切り開かせて頂きやす!」
     その殺気に、朱雀門の有志部隊は怯んだ様子を見せる。だが、その殺気を恐れずに飛び出してきた1人の女子生徒がいた。
    「それ以上瑠架様に近づかせはしませんわ!」
     鮮やかな金髪をなびかせた吸血鬼少女は、手にした大鎌で、先頭を走っていた色射・緋頼(生者を護る者・d01617)に斬りかかる。しかし、
    「させないっ!」
     そこに、小さな体を割り込ませてきたのは淡白・紗雪(六華の護り手・d04167)だ。紗雪はWOKシールドで大鎌を受け止めると、お返しとばかりにクルセイドソードを吸血鬼少女に突き付ける。
    「緋頼さん、ここは僕達に任せて、先に瑠架のところへ!」
     続いて護符揃えを構えた鹿島・悠(常笑の紅白・d21071)が、緋頼を護るように立ちはだかった。
    「しかし……」
     仲間を置いて先に行くことに逡巡を見せる緋頼だったが、
    「みんな、緋頼さんの作戦に賭けてきたんです。今は僕達の思いを託した手紙を、一刻も早く朱雀門・瑠架に届けることだけを考えて!」
     悠の言葉に迷いを断ち切ったように頷くと、吸血鬼少女の隙を突くように駆け出した。
    (「皆はわたしの話を聞いてくれて協力してくれる」)
     そのことが素直に嬉しく、皆の想いを無駄にするまいと、緋頼は全力で戦場を走り抜ける。

    ●手紙に込めた想い
    「彼女1人先行させたところで、瑠架様に勝てるとでも思って?」
     吸血鬼少女の大鎌から、暗黒の波動が灼滅者達を薙ぎ払わんと放たれた。
    「流石、気を吐くだけある……! 生半ではいかなさそうだね……!」
     対する水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)は、双刃の騎上槍『鐵断』を器用に回転させ、波動を受け流す。
     そして、攻撃直後で吸血鬼少女がわずかに体勢を崩した隙に、眼前にいた御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)の姿が、かき消えた。
    「え……?」
     吸血鬼少女が戸惑う間もあらばこそ。軌跡すら見せぬ高速移動で一息に間合いを詰めた白焔の手刀が、吸血鬼少女の首筋を打ち据えた。
    「安心しろ。殺しはしない」
     今回の目的は朱雀門・瑠架に自分達の考えを伝えること。ならば、余計な誤解を招くような真似は極力避ける必要がある。
    「この私が、まさか灼滅者に……」
     吸血鬼少女が意識を失い倒れるのを確認することもせず、灼滅者達は緋頼を追って、瑠架の元へと再び駆け出していた。

     瑠架は、誰よりも早く自らの元に辿り着いた緋頼の姿に気付き、端麗な顔をわずかに曇らせる。
    「武蔵坂の灼滅者……、私を、灼滅に来たのですか?」
     瑠架の問いに対し緋頼はしかし、装着していた白縫銀手を外すと、敵意がないことを示すようにそれを地面に落としてみせた。
    「何のつもりですか、これは」
     なお警戒の色を浮かべる瑠架に対し、
    「敵意がないことを示すのに、他にいい方法が思いつかなかったので」
     緋頼はそう応じると、懐から取り出した手紙を瑠架に差し出した。
    「私達は学園を護る事が第一です。だから、撤退するというのなら自分達も含め一部生徒は邪魔をしません」
    「一部、ということは、そうでない考えの者もいる、ということですよね」
     だが、そう正直に話したことで、瑠架は逆に信じる気になったようだ。手紙を受け取り、その内容に目を通し始める。
     そこに書かれているのは『人、ダークネス、灼滅者の将来に対する、瑠架の展望を聞きたい』そして『その内容次第で進んで協力する』ということ。そして『一部の独断ではあるが学園の中にも共存を考える者がいる』ということ。
     後日の連絡先まで記しておいたのは、この場にメイヨールら他の幹部がいて、直接瑠架と話す機会が得られなかった場合を想定してのものだ。
     その時、背後から聞こえてきた足音に、緋頼ははっとして背後を振り向いた。他の幹部やその増援が駆けつけたのではないかと思ったからだ。だが現れたのは、別方向から進軍してきた灼滅者達だった。彼らもまた、瑠架に渡すための手紙を手にしている。
     緋頼の渡した手紙にざっと目を通した瑠架は、そちらの手紙も受け取ると、流し見を始めた。
    「緋頼、無事か」
     戦線を突破した白焔達7人が駆けつけてきたのは、丁度そのタイミングだった。
    「どうやら、うまく手紙を渡せたようでござんすね」
     手紙を読む瑠架の姿に娑婆蔵がそう呟けば、
    「必要のない争いを避けるのはお互いのためだものね」
     解も安堵したように表情を緩める。
    「アタシ、ルカさん、オシリアイなってみたい!」
     ファムはわくわくしたような表情を瑠架に向けた。
    「さて、これで彼女がどう出るか、ですね」
     一方で悠はまだ緊張を解かない。戦争以降、ダークネスがこちらを甘く見るのをやめたのではないかと感じている悠は、ビハインドの十字架共々周辺の警戒を怠らなかった。
    「せっかく作った機会なんだから、邪魔はさせないよっ!」
     紗雪も、遠巻きに様子を窺っている朱雀門の有志部隊を牽制するようにクルセイドソードを構える。
     やがて、瑠架が手紙から目を上げた。
    「……なるほど。私と話がしたい、ですか」
     表情を変えず、瑠架は2通の手紙を閉じる。
    「いよいよ、だね」
     旭が、期待と警戒の入り交じった表情で瑠架を見やる。自分達の思いが彼女に通じたのかどうか、その答えが、今まさに示されようとしていた。

    ●瑠架の主張
    「撤退しなくてもいいの? 僕らが言うのもおかしいかもしれないけど、ここは危険だよ」
     もう一つの班の崇田・來鯉が発した問いに、瑠架は首を横に振った。
    「子爵が撤退されるまで、撤退はあり得ません。それはできないのです」
     それは、聞きようによってはこちらの提案拒絶とも取れる発言。だがそれでも、こちらの提案に言葉で返してくれたのだ。それはつまり、対話の意志があるということ。そして幸いにも、黒翼卿の軍勢のところへ灼滅者の戦力が集中している為、メイヨールはこちらにまで気を回す余裕はなさそうだ。
    「メイヨールさん、いい人、なの? カワイイ豚さん、みたいだけど」
     ファムが好奇心に満ちた目でそう瑠架に問いかけ、
    「あっ、今そういう場合、チガッタ!」
     慌てて手で口を塞いでみせる。
    「メイヨールの、好きなひとのために何かしたいと思う気持ちはわからなくもないけどね」
     その点においては彼を責められないなあと思いつつ、解は黒翼卿の軍勢と灼滅者が戦いを繰り広げているであろう方向へ一瞬目を向けた。
    「とはいえ、メイヨールも己が盲目的に信ずる相手が考えていることは判らないようですね。……まあ、これは瑠架さんのほうが『ダークネスっぽくない』のでしょうか? ねえ瑠架さん、あなたの目的は、一体何なんです?」
     悠の核心を突く質問に、瑠架は一拍間をおくと、
    「現在の混沌とした世界に秩序をもたらし、人々が平和に暮らせる世界を作ること。それが、私の目的です。その為に、爵位級吸血鬼と武蔵坂の橋渡しがしたかったのです」
     そう、答えた。
    「理想は立派だが、どうやってそれを叶える?」
     白焔が問えば、瑠架は静かに、けれど強い意志を込めて、答えた。
    「武蔵坂学園を『朱雀門高校の下部組織』とすることです」
    「なっ……!?」
     灼滅者達が絶句する。瑠架の言葉は、それだけなら直接的な宣戦布告と取られてもおかしくない、危険なものだ。
    「それが、瑠架さんの考える未来なのですか?」
     真意を測りかねて緋頼が問えば、
    「あくまで形式的に、です。ですが、それでいいのです。武蔵坂学園を取り込んだ吸血鬼は他のダークネスを圧倒するでしょう。実際には、武蔵坂学園と朱雀門高校が協力して平和を維持しつつ、爵位級吸血鬼に対しては『爵位級吸血鬼の権威の下に世界は征服されている』という体裁になります」
     瑠架は淀みなく、丁寧にそう答えた。それはとりもなおさず、彼女がずっとこの考えを温めてきたであろう事の証。
    「武蔵坂学園が、形式的にでも爵位級吸血鬼の配下の組織という事になれば、武蔵坂学園に敵対する勢力は大きく減るでしょう。それどころか、武蔵坂学園に同盟或いは従属を願う組織も次々と出てくるはずです」
     灼滅者の組織に降伏はできなくても、爵位級吸血鬼になら膝を屈する事が出来るダークネスは少なくないのだと、瑠架は続ける。
    「そして今後、今回の名古屋のような大きな戦争があれば、爵位級吸血鬼からの援軍も期待できます。あなた達はまさに、圧倒的な力を得る事ができるのです」

    ●交渉の行き着く処
    「言いてえことは分かりやした」
     皆を代表して、娑婆蔵が口を開く。
    「あっしは世の事物にゃ全て意味があると考える。ダークネス一強の世界に生じた異分子、灼滅者にも生まれた理由はきっと何かある。そう信じておりやす。もしかするとお前さんの言う、世界に秩序と平和をもたらすてぇことが、それなのかも知れやせん」
     しかしと、娑婆蔵の目が鋭く細められた。
    「そいつぁ、朱雀門の総意なんですかい?」
     娑婆蔵の視線を真っ直ぐに受け止めた瑠架は、ゆっくりと首を横に振り、
    「いいえ、違います」
     と、正直に答えた。
    「朱雀門の生徒会長もまた、強力なダークネスの影響を排して人々が虐げられない世界を作るという理想をもっています。けれどその手法は、私の考えているものと大きく異なるのです」
    「生徒会長さんは、どーしようと思ってるの?」
     紗雪が、恐る恐ると言った感じで問えば、
    「『爵位級吸血鬼』と『武蔵坂学園』を戦わせて共倒れにさせる事。それが、生徒会長の考える方法です」
     それは、彼女自身が望む未来とは全く逆のものだ。
    「生徒会長にとって爵位級吸血鬼は、人々を虐げる強力なダークネスそのものなのです。そしてまた、彼は灼滅者についてもこう考えています。『灼滅者は灼滅者である以上、人々を守ろうとするダークネスであっても、最終的に灼滅せねば気がすまないだろう』と」
    「そんなことは……」
     ないと言いかけて、旭は言葉を詰まらせる。彼自身、かつては『正義という名の暴力』を振り撒いていたことがあるのだから。
    「生徒会長は、灼滅者とダークネスが不倶戴天の関係である以上、爵位級ヴァンパイアと同様に、灼滅者もまた滅ぼさなければならないと考えているのです」
     表情を変えずに淡々と語る瑠架に、悠は聞かずにはいられなかった。
    「あなたも、生徒会長と同じように思っているんですか?」
     皆の視線が集中する中、瑠架は口を開いた。
    「いいえ。人間の心の中にも灼滅者の心の中にも、ダークネスは存在します。また、ダークネスである私達もかつては人間でした。ならば、必ず分かり合える。私はそう信じています。信じたいのです」
     それが、瑠架の心からの言葉だと信じても構わないと、そう思えたから。
    「そういうことなら僕達は、撤退の邪魔はしないよ。きっと僕ら、仲良くなれるから」
     解が瑠架にそう撤退を促す。
     そして、灼滅者の一人が、メイヨールを灼滅しない事を約束し、瑠架がその言葉を受け入れ、話は「まとまるかにみえた。
     しかし、その時、思わぬ報が届けられたのだった。
    「メイヨールの灼滅に成功した!?」
     旭が、愕然とした声を漏らす。
    「そんな、子爵が……」
     だが、この場にいる誰よりも衝撃を受けたのは、間違いなく瑠架だったろう。
    「撤退させると……、約束したばかりなのに」
     灼滅者の考えも一様ではないと、瑠架とて分かってはいたはずだった。それでも、彼女の目的を一瞬で瓦解させかねない事態に、彼女の心は保たなかった。
     糸が切れたように、意識を失い倒れかかる瑠架を、天渡・凜が抱き留める。
     メイヨール子爵が倒れたことで、防衛戦は灼滅者の勝利に終わった。
     だが、
    「ルカさん、アタシ達、キライにならない、かな」
     いつもは元気なファムが、不安そうに学園に運ばれていく瑠架を見つめる。
     この結果が果たしてどのような未来を招き寄せるのか、それはまだ誰にも分からなかった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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