黒翼卿迎撃戦～思惑の行く末

■リプレイ

　迫り来る猿型眷属の爪をひらりと避けながら、神門・白金（禁忌のぷらちな缶・d01620）はいつも通りの気軽さで鋼糸を操った。
「さて、どんなやつがくるのかな、……やっぱり獣臭いやつなのかね」
　どこか呑気に放った鋼糸は、確実に猿型眷属を捉える。
　何とか逃れようともがく敵に、琴鳴・縁（雪花の繭・d10393）から魔力を帯びた霧が放たれた。
　先ほどまでの戦闘の傷が癒え、力が奥底から湧いてくる。
　歯をむき出しにして威嚇する猿型眷属を見下ろした縁は、小さく息を吐く。
「臭いは知りませんが、そうですね。もういい加減、メイヨール共々退場願いたいですねえ……。ここでラゴウ灼滅してしまえば今後が楽そうです」
「ひとつの戦いに戦力を集中したら、武蔵坂学園の守りがそのぶん手薄になってしまう……。ダークネスさんたちに組織だって動かれたら、私たちじゃやっぱり敵わないのかな」
　不安そうに零した山田・透流（自称雷神の生まれ変わり・d17836）に、猿型眷属が襲い掛かった。
　迫り来る牙を左腕で受け止めた透流は、食いちぎる勢いの猿を引き剥がすように妖の槍を突き出した。
　螺旋状に貫かれた猿が、透流の腕を離して消える。
　一振りで猿型眷属の残滓を払った透流の周囲を、複数の輪がくるりと回った。
　羽柴・陽桜（波紋の道・d01490）が放ったシールドリングが、透流の傷を癒して消えていく。
　防御の加護を受けた透流に、陽桜は不安そうに口元を引き締めた。
「こんな風に殺し合い潰し合いをするよりも、やる事は他にあるはずですよね」
「やる事……。帰りたいです……。お家に帰って早くごろごろしたいです……」
　やる気なさそうに空を見上げたアイスバーン・サマータイム（精神世界警備員・d11770）は、威嚇する狼型眷属に妖の槍を突き出した。
　螺旋を穿つ槍に、狼型眷属は一声吠える注意深く距離を取った。
　ため息をつくアイスバーンに、森沢・心太（二代目天魁星・d10363）はくすりと笑った。
「そうですね。帰るべき学園をこれ以上やらせないためにも、この戦い、勝ちましょう」
　言い終わるのが早いか、ＷＯＫシールドを構え駆け出した。
　透流に襲い掛かった狼型眷属の牙を、祖母のお守り「金剛不壊・真」　弐式で受け止め、受け流す。
　バランスを崩した狼型眷属に、ヴィントミューレ・シュトウルム（ジーザスシュラウド・d09689）が縛霊手を構えた。
　霊的因子を強制停止させる結界が、狼型眷属の動きを一瞬停止させる。
「私たちに挑んだことを、後悔させてやりましょう」
「意趣返しとはやってくれるけど……ある種の単独行動にも思えるね」
　動きを止めた狼型眷属に、黒影・瑠威（悪と闇を内包した刃・d23216）の妖の槍が閃いた。
　高速の動きで狼型眷属の死角に回り込んだ妖の槍が、毛皮を切り裂き灼滅する。
　ひと段落した戦場に息を吐いたヴィントミューレは、携帯メールの着信に視線を落とした。
「ルフィアの班が、ラゴウと接敵したようよ」
　ヴィントミューレの報告に、灼滅者達は駆け出した。

●
　瑠架の陣へと向かうラゴウの行く手を、灼滅者達は遮った。
　図らずも同時に立ち塞がった二組十六人の灼滅者を前に、ラゴウは立ち止まりロケットハンマーを構えた。
「おっとラゴウさん、行き止まりですよ。ここは学園、戦うには向いてはせんで」
　同時に布陣したチームの一人、千布里・采が注意深くラゴウと距離を取りながら相対していた。
　十六人の灼滅者達を前に突破の隙を狙うラゴウに、心太は祖母のお守り「金剛不壊・真」　弐式を構えた。
「あなたにも思うところはありそうですが、この奇襲の手際については賞賛の思いです。ですが、僕達の学園をこれ以上やらせません」
　決意を新たにした心太に、熊型眷属が襲い掛かった。
　太い腕から繰り出される鋭い爪を避けると、返す盾で熊型眷属の鼻面を殴打する。
　別チームのメンバーが、ラゴウに攻撃を仕掛けるのが視界の端で見て取れる。
　加勢に行きたいが、ラゴウの護衛の動物型眷属が次々と襲い掛かってくる。
　まるで凶暴な動物園のような眷属たちに、白金は楽しそうに日本刀を閃かせた。
「あれだな、ちょっとしたお祭りみたいだな。熊しかいない動物園……という訳でもなさそうだし」
「ラゴウも動物園も、容赦する必要は感じませんねえ」
　死角から切り裂かれた熊型眷属に、白いベルトが真っ直ぐに伸びた。
　まずは動物型眷属を相手にすることになり、アイスバーンは不服そうにため息をついた。
「名古屋で疲れちゃってるのに……。眷属の相手なんか、してられないんだけどなぁ」
　言いながらも放たれた無数の拳が熊型眷属を捉え、消滅させる。
　消えた熊型眷属の陰から現れた犬型眷属が、咆哮を上げた。
　精神をひっかくような声に、前衛が思わず耳を塞いだ。
　その隙を突いて、鷹型眷属が急降下した。
　防護の隙を突いて突撃する鷹型眷属の嘴が、瑠威めがけて突き出される。
　腕を深く貫かれた瑠威の耳に残る咆哮が、静かに消えた。
　陽桜から溢れ出る清めの風が、服破りを消し去り心に平穏を取り戻させる。
「ラゴウさんと歩み寄ることって、できないのかな？」
　不安そうな陽桜に、瑠威はふと遠い目をした。
「……分からないわ。でもここで、仲間をやらせるわけにはいかない」
　回復しきれない心太を狙って音もなく攻撃を仕掛けた猫型眷属に、瑠威はＷＯＫシールドを構えた。
　盾に突き立てられる爪は防護を破れず、癒しの力が包み込んだ。
「戯れはこの位にしましょう」
　冷静な声と共に、ヴィントミューレから冷気が吹き荒れた。
　数体の眷属を巻き込んで吹き荒れた冷気の嵐が、猫型眷属をその場に縫い付ける。
　宙に浮いた猫型眷属を、縁の霊犬・清助の斬魔刀が切り裂く。
　斬魔刀を追いかけるように突き出された雷を帯びた拳が、猫型眷属に突き刺さった。
「生きるために、この戦いに勝ってみせる！」　
　透流が放った抗雷撃で氷から解放された猫型眷属は、宙を舞うと消えていった。

●
　戦いは続いた。
　眷属の数は多く、その攻撃力は侮れないものがある。
　だが灼滅者達は見事な連携でその全てを捌き、着実に数を減らしていく。
　こちらに向かってきていた動物型眷属を全て倒した灼滅者達は、ラゴウを撤退へと追い込むために加勢に向かった。
　ラゴウは強い。
　別チームの戦力は高く、連携も見事に取れている。
　だが、底がないかのように見えるラゴウの体力を削り、撤退へ仕向けることまではできていない。
　そこへ灼滅者達が戦列に加わった。
　いかにラゴウといえど、十六人の灼滅者達の攻撃に少しずつ焦りの色が見え始めた時だった。　
「……早々にお帰り頂けるだろうか、それができないのなら今ここでお主らを滅することになるぞ」
　挑発するような篠崎・伊織の言葉を継いで、ヴィントミューレも口の端に笑みを浮かべた。
「これに懲りたら二度と私達と事を構えないことね。いい？　次はないわよ」
「義の犬士が仲間を見捨てて逃げると思うのか！」
　二人の挑発に、ラゴウはロケットハンマーで答えた。
　全てを圧殺するような圧力が、伊織に向けて放たれる。
　伊織に迫るハンマーの前に、巨大な鬼の腕が現れた。
　伊織との間に割って入った心太の鬼神変が、ロケットハンマーを真正面から殴りつける。
　力対力の真っ向勝負に、心太は歯を食いしばった。
「ぐ、凄まじく重い一撃ですね」
　どこか楽しそうに口の端に笑みを浮かべた心太は、ロケットハンマーの軌道上から移動した庵を目の端で確認すると、大きく後退した。
　ロケットハンマーが地面に大きなくぼみを作る。その反動で吹き飛ばされ、その場で膝をついた。
　傷を負った心太に、清浄なる風が吹き渡った。
　アレクサンダー・ガーシュウィンが心太の傷を癒し、立ち上がる力を与える。
　息を吐いた心太は、アレクサンダーに一礼した。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちだ」
「心太さん！」
　大ダメージを負った心太の耳に、美しい旋律が響いた。

●
　癒しを乗せた陽桜の歌が、心太に共鳴しゆっくりと、だが確実に傷を塞いでいく。
　立ち上がった姿に安堵の息を吐いた陽桜は、ラゴウと真っ正面から向き合った。
「ラゴウさん。……皆が同じ、ではないですけど。あたしは、できるならこんな風にあなた達と戦いたくはありません」
　陽桜の訴えを、ラゴウは黙って聞いていた。
「この学園には、殺しあうだけじゃない、歩み寄りたいって思う人も居るんです。あなたはどうですか？」
「僕はただ、瑠架と子爵を撤退させたいだけだ。殺し合いや潰し合いが目的じゃない。もし邪魔するならば、排除する。それだけだ」
　肩を竦めたラゴウは、灼滅者達を見渡した。
「では、こちらから聞こう。君たちは、何故戦うんだ？」
「……例え武蔵坂学園が、ダークネスさんが支配するこの世界に生まれたアダ花だったとしても。私は私の居場所を守るために戦う」
　ラゴウの問いに、透流は拳を握り締めた。
　顔を上げ、決意の籠った目でラゴウを見据える。その目に、先ほどの不安はなかった。
「生きるために、死に物狂いでもがいてみせる……！」
「なるほど。それが君の「義」か！　ならば僕も、僕の「義」を最後まで貫くだけだ！」
　ロケットハンマーを握り締めたラゴウに、瑠威は一歩前へ出た。
「ラゴウ。……以前洋館前で、戦ったことを覚えている？　場所は違えど似たような感じになっているね」
　ラゴウは瑠威の姿に頷いた。
「君はタトゥーバットの時にいたな。確かにあの時と、状況は似ている」
「ラゴウ。あなたはこの戦いに何を見出だす？　あなたの事だから考え無しはあり得ないと思うけど」
　瑠威の問いに、ラゴウは押し黙る。少し考える素振りを見せるが、やがて頭を一つ振った。
「今はただ、瑠架と子爵の安全な撤退が第一だ」
　判で押したような返答に、瑠威は小さくため息をついた。
「まぁどちらにしろ強者と戦えるのは悪くない。「此方側」に戻ってきたばかりだから、リハビリに付き合ってもらうよ」
「瑠架と子爵を撤退させて……その後はどうするんです？」
　ラゴウの答えに、縁は挑発するような笑みを浮かべた。
「現状維持をしたいのか、何か変えたいのか。ラゴウさんはどっちなんでしょうね？　グダグダダラダラ言いたいことも言わずにいるから、こうして眷属の無駄死にが出てるんですけどねえ」
「……そうだ！　僕は、僕の眷属から犠牲が出ようとも、瑠架の望みを叶える！　それが僕の義だ！」
　はっきりと答えるラゴウを、傷を癒した心太は、真っ直ぐに見た。
「先ほどの一撃、北征入道の一撃とも遜色ない。流石ですね。ですが、なにやら余計な事を考えての攻撃では僕達は退きませんよ」
　心太はを構えると、ラゴウを殴りつけた。
「あなたの全力で来て下さい！」
「そうさせてもらおう！」
　ロケットハンマーを振り上げたラゴウは、怒りと共に心太へロケットハンマーを振り回した。
　大きく弧を描いたハンマーの強打を受けて再び倒れた心太に、瑠威は癒しのオーラを指先に集めた。
　完全に癒えきらない傷が、ゆっくりと癒えていく。
「残念だけど、ここを突破される訳にはいかないわ」
「その機動力、削がせて貰おう」
　ラゴウに向けて放たれた白金の封縛糸が、ロケットハンマーを握る腕に巻き付いた。
　食い込む糸に眉をひそめたラゴウに、デフォルメされた数匹の羊が飛んでいった。
「えっと、わたしの引きこもりライフを邪魔する方は全員穿ちます。ジンギスカンさん食べちゃって下さい」
　アイスバーンの声と共に、ジンギスカンさんがラゴウに噛みつく。
　邪魔そうに腕を振って影業を払ったラゴウに、砲撃が突き刺さった。
「要は大将首を取ってしまえば、烏合の衆になるのでしょう」
「ダークネスさんも、眷属さんも、全員灼滅する……！」
　強い気概を見せながら振るった妖の槍が、螺旋の穴をラゴウに穿つ。
「あなた方の罠も、美味しくいただきましょう」
　縁が掲げた怪談蝋燭から、大輪の牡丹の炎が溢れ出す。
　炎に巻かれたラゴウは、大きく笑うとロケットハンマーを振り上げた。
「僕もここで退くわけにはいかない……！」
　ラゴウの周囲に、激しい風が渦巻く。
　風の刃はダメージが累積した心太を大きく引き裂いていく。
　吹き飛ばされ、重傷を負い意識を失った心太を庇うように、灼滅者達は展開した。

●
　灼滅者達の包囲網を突破しようと、ラゴウは攻撃を続けた。
　だが、あくまでも撤退させるために戦う灼滅者達の防御は厚く、包囲網を突破することができない。
　焦りが滲むラゴウ包囲網に、別チームも加わり包囲は更に厚くなる。
　以前戦った時よりも確実に強くなった灼滅者達に、ラゴウは方針の変更を考慮に入れ始める。
　防戦に回ったラゴウに、炎を帯びた強烈な蹴りが放たれた。　
「貴方への借りだけは、返さないといけない。以前、膝を付かされた屈辱だけは、晴らさないといけない！」
「あなたに恨みはないけど、ダークネスさんは全灼滅者の敵。悪いけど、ここで倒させてもらう……！」
　リーファ・エアのキックと、透流の槍と。
　同時に放たれた連撃を受けたラゴウの顔に、決意の色が浮かんだ。
「やむをえん。ここは、子爵の撤退を優先しよう。子爵が撤退すれば、瑠架も戦場に留まる理由が無くなる。無事で逃げてくれよ」
　ラゴウは大きく後退すると、前線中央へ向けて駆け出した。
　撤退するラゴウを、追う者はいない。
　遠くなる背中を見送った普・通は、仲間達を振り返った。
「そうだ、連絡をくれた班は無事でしょうか。急いで助けに行かないといけないですね」
「あれから時間も経っているし、心配ね。行きましょう」
　通と縁の言葉に頷いた灼滅者達は、ルフィア達の救援へと駆けつけた。
　灼滅者達が駆けつけた時、鼬型眷属が灼滅されるのが見えた。
　ラゴウと接敵後突破され、動物型眷属と戦っていたのだろう。
　二班の戦場に動物型眷属が少なかったのは、こちらの班が押さえていてくれたからに間違いはなかった。
「そちらの怪我の具合はどうだ？　もし傷が深いようなら、手を貸すぞ」
　日下部・優奈の申し出に、一瞬考える顔つきになった長沼・兼弘は、志賀野・友衛に肩を貸しながら応える。
「大丈夫だ。……すまないが、後を頼む」
「ここは任せろ。学園までもーすこし頑張るのだ」
　白金は撤退する兼弘の腕を気軽に叩いて、学園へと送り出す。
　近づいてくる動物型眷属の気配に、灼滅者達は殲術道具を構えて応戦する。
　どのくらい戦ったのだろうか。
　戦場に残った虎型眷属達が、空を見上げると一斉にどこかへ撤退していった。
「何か、情勢に変化があったんでしょうか？」
　縁の問いに、白金は首を傾げた。
「分からないけど。難しい事は考えずに、できることをやっていこう」
　白金の声に頷いた灼滅者達は、行動方針を決めると駆け出した。

作者：三ノ木咲紀	重傷：森沢・心太（二代目天魁星・d10363）  死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年4月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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