●発見
ハンドレッド・コルドロンの戦いもいよいよ佳境に入った頃のこと。戦火渦巻く名古屋の地を思い、鷹取・仁鴉(高校生エクスブレイン・dn0144)は一人、学園の空き教室でため息をついていた。
「この戦いも、勝利に終わればよろしいのですが……」
戦況については逐次連絡が届いている。そこに追加の予知があれば、即座に伝えるつもりでの待機中だ……ふと。
窓の外を見ると。
「あれ……は? あれは、なに!?」
本当に、突如のできごとだった。
仁鴉の目には、武蔵野の地に、白い炎の柱が立ち上っているように見えた。
その中から続々と出現する、ダークネス・吸血鬼の軍勢――!
机から通信機をひったくって駆け出す仁鴉。教室を出て、まずは屋上だ。あの光景の情報を一刻も早く確認し、通達しないと……!
吸血鬼たちは混成軍を編成し、武蔵野学園に向けて進軍し始めた。
その多勢を以ってすれば、灼滅者の主力が出払っている学園を落とすのは容易なことであろう。
黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋。
ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団。
竜種イフリート、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属、スサノオ、その他動物型の眷属。
それらを手勢に引き連れる指揮官として、さまざまな種族の有力ダークネスたち……即ち。
黒翼卿メイヨール。
朱雀門・瑠架。
義の犬士・ラゴウ。
竜種ファフニール。
ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール。
スサノオの姫『ナミダ』。
混成軍の本陣、手足を切り落とし車椅子に乗せられたメイヨールは、瑠架に押してもらいながら嬉しそうに彼女へ話しかけていた。
「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
と、瑠架は表向き慇懃に返しながらも、心中ではまったく別のことを考えている。
(「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば」)
と、そこに緊急の連絡が飛んできた。曰く。
「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています!」
軍勢に動揺が走る。まさか、ありえない、という悲鳴に似た声も聞こえてきた。
だが、それは事実。ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で勝利に導いた灼滅者達が、急報を聞いて武蔵坂学園へと戻ってきたのだ。
彼ら吸血鬼混成軍の予測よりも数時間早い、それはまさに神速の大返しであった――!
●作戦指令
急く心を落ち着けるように、仁鴉は深呼吸を一つ。言葉の速さに焦らず、しかし伝えるべきを手短に伝えるべく、意を決して唇を開いた。
「武蔵坂学園の灼滅者の皆様、こんなにも速く戻ってきていただいてありがとうございます。おかげで、学園が占領されるという最悪の事態を免れることができましたわ。……ですが、危機はまだ去ってはおりませんの。
強大な吸血鬼軍は、武蔵坂学園のすぐそこまで迫ってきております。その一部は皆様の到着で戦意を失っているようですが、主将・黒翼卿メイヨールは攻撃をあきらめておらず、決戦は避けられません。
黒翼卿メイヨールさえ灼滅あるいは撤退に追い込むことが出来れば、吸血鬼軍は撤退していきますので、なんとか迎撃していただきますよう、お願いいたしますわ」
続いて仁鴉は簡単な図を黒板に描き、戦場の説明を開始する。
「皆様の到着は予想外だったのでしょう、吸血鬼軍の統率はかなり乱れております。この混乱の隙を突けば、黒翼卿メイヨールを撃退するだけでなく、他の有力なダークネスを討ち取ることも出来るかもしれませんわ。敵の布陣としましては――」
前線中央に黒翼卿メイヨール、その後ろに、朱雀門・瑠架。
前線右翼に義の犬士・ラゴウ、前線左翼に竜種ファフニール。
後方に、スサノオの姫・ナミダ。ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で、去就に迷っている状況である。
「今回は、黒翼卿たちを撃退さえできれば、私たちの勝利ですの。好機ではありますので、有力なダークネスの灼滅を目指すのもよろしいですが、皆様のご無事を優先していただければと思いますわ。……というのも、学園に戻られた校長先生が、戦いが終わった後で、なにか重大な話をされる、とのことでしたので」
●混乱の渦中
車椅子に収まった黒翼卿メイヨールは、両目を吊り上げた激怒の表情で命令を飛ばした。車椅子を支える瑠架は、口を挟まず自分の思考に集中する。
「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
黒翼卿メイヨールがあやうく車椅子から転げ落ちそうになるのを、片手間ながら十分にバランスを取り戻す瑠架。
(「灼滅者の大返し……。会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。
とにかく、最大の懸案は消えたわ。あとは、メイヨール子爵を無事に撤退させれば。
メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない……」)
ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、気炎万丈の黒翼卿メイヨールとはうって変わって、完全に戦意を削がれている。
「爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
と、戦闘前から既に逃げ出す算段を付け始めていた。
「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ」
前線右翼、義の犬士・ラゴウ。変動する戦場の中にいて、彼の意思は一つに固められている。
「だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
それは、瑠架の望みに従うこと――今回は、黒翼卿メイヨールを撤退させること、である。ちらりと左翼を見ると、朱雀門の同僚・竜種ファフニールが、黒翼卿に勝るとも劣らない戦意の高揚を見せていた。
「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう! ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
竜種イフリートの咆哮が、混沌にこだまする。
軍勢の最後尾、スサノオの姫『ナミダ』は、その位置から戦いの全てを眺めていた。
「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。
さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
と、『ナミダ』は配下の古の畏れに命令を下した。撤退するダークネスの支援を行え、と。
参加者 | |
---|---|
鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181) |
斑目・立夏(双頭の烏・d01190) |
アルコ・ジェラルド(アルバクローチェ・d01669) |
藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892) |
宮武・佐那(極寒のカサート・d20032) |
ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055) |
ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821) |
秦・明彦(白き雷・d33618) |
●
「武蔵坂学園の防衛を最優先任務として認識した。……行動を開始する」
藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)と見上げる空が、かなたの端から黒く濁っていく。目を凝らせば、それら全ては吸血鬼の使役するタトゥーバットどもであると知れた。
天を逆さに寄せる黒波。するとそこかしこに、呪光の輝きが眼を開いた。
照準はこちら、我ら武蔵坂学園灼滅者。百雷の羽ばたきが辺りを揺らす中――鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)は、朗々と声を張り上げた。
「傾注!」
その声が、指令が通る。彼女に付き従い、並び立つ者たちは皆、耳をそばだてた。
「戦戦研はこれより、メイヨールの軍勢に対し、全力で強襲をかける。邪魔する者は全て――」
抜剣。
「――叩き潰せ!」
狭霧のタクティカルナイフが、前方を指す。刀身から発せられる毒気の暴風が、今にも切って落とされようとしていた戦いの幕を、逆にこちらから敵側へと吹き飛ばした。
「気合入れてくわよ。学園の存亡が、私たちに掛かっているのだから!」
「オオオオオオオオオ!」
バトルクライに震える戦場を、灼滅者はヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)らを先陣に突撃していく。取り囲もうと殺到するタトゥーバットを、まずヘイズの赤い妖刀『雷華禍月』が、正眼に切って落とした。
「いくら来ようが、片っ端から叩き斬ってやる……」
「やるねえヘイズ! こりゃ俺も負けてらんねえ……なっ!
間髪いれず、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)のオーラキャノンが敵の出鼻を挫く。文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)と鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)がそこを追撃していった。
「俺たちの学園は俺たちが護る!」
「灼滅者の底力、そして俺たちの絆の力を舐めんなよ!」
そんな彼らを、草那岐・勇介(舞台風・d02601)は怪奇煙で支援していく。
「学園が正しいかどうかは分からない。でも、失いたくなんて無いんだ!」
「学園を護るため、私にも協力させて!」
そして八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)が、威力減衰覚悟でレガリアスサイクロンを叩き込むと、
「こちらに攻めてくるなら、切り開いて道とします」
藤林・手寅(無機質なポーカーフェイス・d36626)その間隙をこじ開けていく。
「ったく、名古屋から大慌てで戻ってこれだもんねえ、メンドくさいったらありゃしない」
「でも、どうせならチャンスにしたいわね。回復は私たちに任せて、行きなさい!」
明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)と葵璃・夢乃(黒の女王・d06943)の声援に後押しされ、ヘイズはさらに速度を上げた。
「今日は大猟だ、喰らい尽くせ……禍月!」
ひゅう、と彼の姿が掻き消える。するとタトゥーバットの頭を貫いて、禍月が鋭角に空を衝いた。タトゥーバットは次々と、ヘイズの何もかもを知覚できないまま、一太刀で絶命していく。
徹也もまた、開戦からずっと最前線に張り込んでいた。時折自分に向くタトゥーバットの攻撃を、そしてその衝撃を、ただ視覚と同じ情報の一端として認知し、戦いが赴くまま敵を叩き潰していく。
「――徹やん! 右やで!」
聞き慣れた声。その意味の理解は、斬撃を振り抜いた後に追いついた。
斑目・立夏(双頭の烏・d01190)だ。
「斑目か――」
「とどめ、貰うとくで」
立夏は追撃の気弾を放ち、傷の浅かったタトゥーバットを粉砕した。己の戦果からは注意を外し、彼は仲間の様子にも目を配り始める。
「おっと。すこしばかり傷あんねや、なあ徹やん」
「任務の遂行が最優先事項だ。生命活動が維持出来れば問題は無い」
「あはは、そう言うと思とったわ。ほな背中は護っとくさかい、気張ってきや!」
そう、決して友を、仲間を孤立させはしない!
立夏は周囲の声を聞く。誰かがタトゥーバットを討ち漏らせば、そこからは必ず支援依頼が伝わる。誰かが不意に傷を負えば、そこには必ず回復要請が上がる。
「やること仰山やけど、聞き漏らさんようにせなな」
「問題ない。全て俺たちの効果範囲内だ」
不断の動きを見せる徹也に、立夏は己のギアを上げていく。
全チームの中でも最大数の戦力を持つ彼らは、意識して一塊となり、突出する者のない堅実な進軍を続けていた。慢心からか、包囲からの各個撃破を狙うタトゥーバットどもは、それが戦力の逐次投入とほぼ同義であることに気づかず、数を減らしていく。
「――は!」
秦・明彦(白き雷・d33618)が振るう黒鉄の棍が、傷を負ったタトゥーバットに止めを刺した。棍から徹ってくる手応えを握り締めて、なお襲ってくる敵軍を見上げる。
「雲霞の如しとはまさにこの事か……!」
闘志は萎えない。それどころか、こんこんと心の奥底から湧き上がってくるようだ。
「メイヨールッ!」
彼の怒号が、周囲を激震させた。
戦争だから言ってしまえばそれまでだが、まるで火事場泥棒のように留守を狙っての襲撃に、明彦は明確な怒りを覚えている。長柄を構え直し、次のタトゥーバットを睨みつけた。
「そっちから来るなんて良い度胸じゃねーか、朱雀門! ブチのめしてやる!」
「俺は援護に回ろう。遠藤、ともに、頑張ろう」
遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)の啖呵に、ライル・メイスフィールド(大学生エクソシスト・d07117)が続く。
「さて、そこはできれば同士討ちしてくれるかなあ?」
続いてアルコ・ジェラルド(アルバクローチェ・d01669)が、ギルティクロスを遠くに放つ。彼が涼しげに言った通り、一匹のタトゥーバットが不意に横を向いて――。
「ギキィイイイイイ!」
予想外の方向からの攻撃に、受けた側のタトゥーバットは沈んでいく。アルコはにぃと笑うと、傍らのウイングキャット 『ノア』に話しかけた。
「さぁノア、オレたちが狙い撃つのは敵の妨害のためだ! 存分に邪魔してやろうぜ!」
「にゃああおう!」
上機嫌に鳴いたノアが、ばりばりと猫魔法を乱射していった。
「不運でした、と卿には申し上げておきましょう。武蔵坂には情報があり、私たちがいる」
ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は、戦場の奥にいるであろうメイヨールに告げる。そんな彼に1匹のタトゥーバットが急接近し、牙による噛み付きを仕掛けてきた。
「そして迎撃・防衛戦こそ、私の得意とする戦場です。なお攻め入るならば――」
ユーリーが鷹揚にそれを跳ね返すと、傍らに控える霊犬『チェムノータ』が斬魔刀で斬り捨てる。フ、と息を吐く彼に、すると宮武・佐那(極寒のカサート・d20032)のラビリンスアーマーが巻きついてきた。
「うん、かっこいいですよユーリ、チェムも。王さまもほら、動いていただかないと」
促したのは、佐那の頭上に乗って動こうとしないウィングキャット『王さま』だ。王さまはあくびをして、立派なしっぽをぱたんと振ると、それで発動した猫魔法が手近な敵を捕縛した。
「助かります、佐那」
「いえいえ、この位は当然です。仲間として、婚約者として」
2人は一瞬だけ――本当に一瞬だけ、見つめあう。同時に視線を外し、同時に新たな目標を見つけ、そして同時に駆け出した。
……そして、戦が動いた。
「空の上からコンニチワ! 見たまえ、かなたより敵の援軍が来るぞ!」
タトゥーバットを駆逐した灼滅者たちは、上空からの監視を続けていたマー・リン(おばか・d22103)からの報告もあり、瑠架側からの援軍がこちらへ向かうのを確認した。
ヴァンパイア魔女団。戦況を脅かしうる強敵である。
灼滅者たちは傷ついた体に鞭打って、さらなる戦場へ踏み込んでいく!
●
「砲撃来るぜ! 構えろ!」
アルコは警戒を促すと、自身も対抗射撃を放つべく、ガトリングガン・ミニーをそちらへと回す。
「へへ、ヴァンパイアでもこいつを食られば弾けるぜ! FIRE!」
正式名称『Minnie feat.p-bird』。大気の壁を劈くその轟音と弾丸が、ヴァンパイア魔女団の血の大砲と交差し――。
「瑠架様の命令ぞ! なんとしても……なんとしても、黒翼卿を撤退させよ!」
「……瑠架、ね。ああ、あいつも大変だな」
突き抜けた。初撃交換はどちらにも大きな被害を出さず、このままの正面衝突が予想された。
「なんて直接言ってやれてもよかったんだが、まあ今回は無理か」
白兵戦が始まる。ユーリーは戦況を見定め、現在の位置での迎撃を選んだ。
もちろんここで、打って出られないこともないが……。
「……万が一にも、ここを抜けさせる訳にはいきませんからね」
戦果に逸るよりは、堅実な守りを。クルセイドソード『暁王剣』を握り締め、迎え撃つ。
「灼滅者ども、お退き! 決して黒翼卿に手出しはさせぬ!」
近接した魔女の爪撃に、ユーリーは体を軋ませながらもこれを防ぐ。
剣戟、そして火花。
「死地に踏み込んだのは卿らが先でしょうに!」
それで、魔女たちの覚悟は知れた。悲壮であるとも思えた。
「待って。若干傷みが出てきているようだね。一旦こちらへ」
無道・律(タナトスの鋏・d01795)がユーリーを治療を施し、入れ替わりに明彦が前に出る。
「そのメイヨールは、どうした、こちらに出てこないのか? 俺たちなぞ、一撫ででバラバラだろう?」
「小僧ッ! おのれ、黒翼卿を愚弄するか!」
「どうかな。少し、虫の居所が悪いのは確かだが」
と、敵の波状攻撃に出向く格好となった明彦。魔女たちの放つ赤い弾丸に、両拳の守りを固め。
「はぁああああああ!」
迎撃の連打。自身を大いに傷つけながらも、味方の被害を最小限に押し止める――。
「――それが、狙いか!」
「ご明察。次は、こちらの反撃が行くぞ! 玉砕覚悟ならその通りになるだろう!」
そう。その通りに、赤が駆け抜けた。
「禍月ッ! 似合いの鉄火場だ、存分に喰い荒らせ!」
「ギ……ッィィイイイイイイ!」
魔女は、身を抜ける裂傷に金切り声を上げた。零れ落ちる血から生命エネルギーが吸い出され、ヘイズの元へどくどくと流れていく。
「雑魚がいくら集まろうが、俺を止められるか!」
傷の完治はもとより望めないが、仲間の回復を他に向けさせるには十分な量だ。ヘイズは斬り抜けて足を止めず、魔女団の中心にいるであろう強敵を探す……が。
「有力敵がいないのか? どいつもそこそこに強いが、突出した者は……」
佐那もまた、同じ結論に至っていた。ヘイズとは違い、味方に与えられる被害からの逆算だが。
「どういうことでしょうか……。王さま、何かご意見はありますか?」
「にあおう」
「ですよね、わかりませんよねー」
「…………」
尻尾をぴしぴしと振る王さまに合わせて、佐那も味方の治療に専念する。同時に、どうしても気になってしまうのが、相手の趨勢、現状だ。
「あの、魔女のみなさん? 何か不都合な点などあるのでしょうか? 例えば――」
「団長の死を無駄にするな! せめて瑠架様のお言い付けは完遂させよ!」
「――あ、なるほどです」
相手の士気が妙に高いのもうなずける。士気というか、捨て身の意気というか。
「ま、ここにいるんだから関係ないわよね。相手の事情なんて、本来はさ」
と、狭霧が出る。逆手のナイフを目の前に引き上げ、刀身に歪みの無いことを確認し。
「嘆け、魔女ども! 君たちの目的は、もはや叶う道理が無い!」
狭霧が声高に叫ぶのは、戦いの常道、デマの拡散を狙ってのことだ。
「周りの軍勢はもう撤退を始め、メイヨールは孤立しつつあるわ。武蔵坂の情報の速さは、ついさっき身を持って痛感しているでしょう?」
「そうそう、あんなデブの言うことなんか聞けるかーって」
同じようなデマを、矢崎・愛梨(中学生人狼・d34160)を初めとして何人かが吹聴して回る。
しかし。
「飛語ぞ! 真偽、検討するにあたわず! 持ち場を守――ゴボ」
狭霧はどうにかあの魔女の喉を刺したが、言葉を制することはできなかった。にぃと唇を突き上げる魔女の傷を開き、絶命の返り血が届く前に間合いを離す。
――この時点で、魔女側にもし司令塔がいたのならば、撤退の判断を下していたのだろう。
タトゥーバットを退けてなお、このチームの戦力は質・量ともに衰えを見せていなかった。未だ戦線を離脱した者はおらず、攻撃・防御・回復のバランスもよい。
対してヴァンパイア魔女団には、口走っていた者もいたが、戦況を俯瞰すべき団長がいないのだ。ゆえに統制が取れていない。瑠架の命令に背いて逃げるという考えにも、至れない。
「敵も必死だね……けれど、メイヨールへの道は、俺たちが作り出す!」
神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)のクルセイドスラッシュが魔女をひるませると、次ぐ饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)の狙撃が胴を穿つ。
「数が減ってきたから、単体攻撃でどーんと!」
と、灼滅者たちは数的優位を活用して、続々とヴァンパイア魔女団を殲滅していく。
「峠は、どうやらとうに越えてたようやなあ」
後衛から眺める立夏にも、それはよくわかった。こちらの攻撃で、相手を灼滅する速度がどんどん上がっているのだ。
今も己のディーヴァズメロディが、弱った魔女に膝をつかせた所だ。魔女がそのままザラザラと砂のように崩壊していくのを一瞥し、立夏は一歩を前に踏んだ。
「敵戦力、容赦せんと削れるトコまで削っとく。それに集中や」
「――く」
対称的に、眼前の魔女がたたらを踏む。
「限界まで、なんて意地張るからそうなるんやで。あんま無理せんときゃよかったのに、な?」
その呟きに応えたのは、徹也であった。
「……それが『任務』なのだ、立夏」
徹也が魔女の間合いに入ると、その周囲に、おそらく奥の手であろう術式陣が展開していく。
「馬鹿め! バーバ・ヤーガ様の弟子として、おめおめと降るなどできるものか!」
血殺の焦点が、徹也の眉間に当てられようとする。が、間合いの大小を比べるなら、もう。
「俺を狙うか。なら、それでよい」
徹也の全身像がゆらりと掻き消える。魔女の背後に回り、視界を手で塞いだ徹也は、逆の手刀で腹を刺し貫いた。
術を発動する前に、魔女は灼滅される。光の消えた瞳には、命令を守れぬことへの無念があった。
●
そして、臆病者の敵が残る。ヴァンパイア魔女団は、灼滅を恐れてほとんど前に出てこなかった者を除き、壊滅状態にあった。
「まずい……わね。まさか姐さんたちが、こんな容易くヤられるなんてさ……!」
「普通思わないよねぇ!? 畜生、アイツら、口ばっかりの嫌味なヤツらだった!」
「どうするの、どうするのォ? ねえ、逃げようよ! 死にたくないよ、私!」
その弱音を聞き漏らさず、アルコは皮肉たっぷりに告げる。
「あ、逃げてくれる? おとなしく撤退してくれれば、オレは深追いはしないよ。オレはね」
「もっとも、あの早死しそうな百貫デブの代わりになるって言うのなら、私のフラストレーション解消に役立ってもらうことになるけどね……?」
狭霧がナイフ片手に強く出ると、残った魔女たちの心はついに折れたらしい。一人は歯噛みし、一人はこちらを睨みつけ、最後の一人は泣きながら、戦場を一目散に逃げていった。
「あ、見てくださいユーリ! 他のところも撤退を始めてますよ!」
戦況も落ち着き、ようやくユーリーの側へと戻ってこられた佐那が、遠くを指差す。それに従ってユーリーも、背筋を伸ばす。
「メイヨールさんの所は……他の武蔵坂の皆さんが、うまく到着してるようですね」
「そのようですね、佐那。空城の計、とは少々異なりますが、結果的に卿と剣を交える絶好の機会となりました。さて、どうなりますか……」
眺めていると突然、前方の武蔵坂友軍が大音声を発した。すぐさま灯屋・フォルケ(Hound unnotige・d02085)が、その情報の確認に取り掛かった。
「はい……はい、了解! 朗報ですね、皆に伝えます!」
どうやら、首尾よく黒翼卿メイヨールの灼滅に成功したらしい。
ヘイズはずっと抜き身であった雷華禍月を振るい、付着した血脂を払った。ようやくの納刀に、しかしまだ物足りない様子で。
「これで終わりか……」
そう一人ごちる彼を、戦戦研のメンバーが健闘を称えるべく取り囲んでいく。
「おお? やるなあ武蔵坂! わいは正直、メイヨール倒すんは無理筋やと思てたんやで?」
あはは、と陽気に喜ぶ立夏。徹也は警戒を保ったまま、休めの姿勢を取った。
「任務、完了。立夏も柿崎もよくやってくれた、感謝する」
「あはは、私でもお手伝いになれたのなら良かったわ。とりあえずクールダウンにしましょ?」
指示通り、回復役に徹していた柿崎・泰若(紅景の微笑・dn0056)は、そう言って一息つく。思えば名古屋からこっち、戦い詰めのハードな一日であった。
「ふう。あちらでは有力敵を多数取り逃がしましたが、あのメイヨールを倒せたのなら、まあ許せなくも……いや、どうだろうな」
明彦は気さくに微笑んで場の雰囲気を和らげる。戦いが完全に終わったわけではないが、危険度はかなり薄いだろう――。
――そうしてこの戦いも、武蔵坂学園の勝利に終わるのであった。
作者:君島世界 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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