情熱と理の鏡拳士

    作者:飛翔優

    ●夕暮れ時の殺人劇
    「……来たな」
     昼と夜の狭間に染まる公園で、活発そうな顔立ちをした少年が顔を上げる。
     瞳の先には、不機嫌そうに瞳を細めている少年。年の頃も同じくらい。
     前者の名を火浦要、後者の名を氷室内匠。近所の空手道場に通う幼い頃からのライバルである。
    「果し合い……か。お前らしくもない……と言えば嘘になるが、何があった?」
     表情に似合わず心配気な言葉を紡ぐ氷室に対し、火浦は小さく瞳を閉ざす。
     ――遠慮する必要など無い。強者と戦いたい心のままに、更なる力を得ればいい。その足がかりとして、幼い頃からのライバルを殺してしまおう。
     ――止めてくれ、この俺を。取り返しの付かない事をしでかす前に。この心を、お前の拳で殺してくれ!
    「別に。ただ、決着を付けたいと思っただけさ」
     相反する心を抱いたまま、火浦は音を立てて構えを取る。気取られぬよう逆光に表情を隠したまま、呼吸を整え始めていく。
    「……何があったのかは知らん。だが、つまらんな。そのようなお前と戦うなど……いや、違う」
     氷室も静かに構え直し、静かな双眸で見据えていく。逆光に隠され見えぬ表情を、その心境すらも。
    「その性根、叩きのめす。決着は、また今度だ!」
    「行くぞ!」
     響くは二つ、地を蹴る音。
     繰り広げられるは殺人劇。
     アンブレイカブルとして覚醒した火浦が巻き起こす、ライバルとの望まぬ決着で……。

    ●暮れなずむ教室で
     火浦要という高校生男子が、闇堕ちしてアンブレイカブルになる事件が発生しようとしている。教室にて灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、そう切り出した。
     通常、闇堕ちしたならダークネスの意識を持ち人間としての意識はかき消える。だが、、火浦は元の意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらもなりきっていない状態だ。
    「もしも火浦さんが灼滅者としての素養を持つのであれば、闇堕ちから救い出して来て下さい。ですが、完全なダークネスになってしまうようであれば……」
     全力で、確実なる灼滅を。
     大まかな概要を告げた後、葉月は具体的な説明へと移っていく。
    「皆さんが火浦さんと接触することになるのは午後六時頃、夕焼けに染まる公園で。そこで、火浦さんは氷室内匠さんと言う名の、同じ高校に通うライバルと果し合いを行なっています」
     両者は同じ空手道場に通っていて、周囲からは激しき拳にて実力以上の相手をも打ち倒す可能性を秘める火浦と、冷静沈着なる拳にてどこからでも勝機を見出していく氷室、といった風にたびたび対比されて語られる間柄だった。性格も感情豊かで明朗快活な火浦に対し、表情の変化に乏しく愛想もない氷室とある種対照的な形だったが、彼ら自身は互いを憎からず思っていたらしい。
     が、なまじ実力以上の相手を倒してしまえるからだろう。火浦は強者との戦いを求めていた、更なる力を渇望していた。
     求め続けた果てにアンブレイカブルに片足を突っ込んでしまい、これから更なる強者と戦っていく第一歩として、ライバルたる氷室を選んだ……という流れである。
    「あるいは、そんな自分を氷室さんに止めて欲しかったのかもしれません。もっとも、このままでは願いはかないませんが……」
     一旦言葉を止め、葉月は小さな息を吐く。静かに瞳を閉ざした後、改めて口を開いていく。
    「皆さんにはまず、この二人による果し合いを止めてもらうことになると思います。……幸い、氷室さんは火浦さんの異変を感じ取っていますから、ある程度は容易く行うことができるでしょう」
     しかし、決闘を止めたとしてもアンブレイカブルと化すのは止められない。果し合いを止められたことに苛立ち、アンブレイカブルとして覚醒してしまうだろうから。
     実力としては、八人で戦って互角な程。操る技はもちろん手足による打撃であり、追撃やホーミング、ブレイクたパラライズといった力のいずれか二つを込めた攻撃を行って来る。威力自体も高めであり、重々注意が必要となるだろう。
    「以上が今回の依頼に関する情報になります」
     メモを閉じ、葉月は顔を上げていく。締めくくりの言葉を紡いでいく。
    「皆さんと互角程度とはいえど、決して油断できる相手ではありません。どうか全力で立ち向かい、悪しき力を灼滅してきて下さい。そして何より無事に帰ってきて下さい。約束ですよ?」


    参加者
    月見里・月夜(コラっ見ちゃいけません・d00271)
    杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)
    田所・一平(ガチンコ・d00748)
    荒上・戌彦(赤錆・d01094)
    氷神・睦月(不滅の氷槍・d02169)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    弐之瀬・秋夜(猛る焔界・d04609)
    綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)

    ■リプレイ

    ●決闘不成立
     夕暮れに染まる公園の、広々とした中央部、睨み合うは火浦要と氷室内匠。冷たい視線の交わる場所に、月見里・月夜(コラっ見ちゃいけません・d00271)らが割り込んだ。
    「誰だテメェら!」
    「……」
     敵意を剥き出しにしている火浦とは対照的に、氷室はあくまで冷静に目を細めていく。そんな二人に軽く視線を送った後、月夜は頭を掻きながら口を開いた。
    「悪いな、兄ちゃん達。第三者が割り入るのは俺も好きじゃねぇ。でもあんたも分かってんだろ? これが十分異常な事だってよ」
     最後の言葉は氷室に向けて、決闘を止めさせるため。
     声を漏らす微かな音が聞こえるのに合わせ、荒上・戌彦(赤錆・d01094)が言葉を引き継いだ。
    「決着はてめえに任せてやる。そん代わり、てめえ等の決闘を邪魔してる馬鹿をぶっ飛ばすのは俺等に任せな」
    「何を勝手なっ」
    「今の彼は、空手じゃないの。野暮だとは思うけどね、止めさせて貰うわ」
     火浦の抗議を遮りつつ、田所・一平(ガチンコ・d00748)が強い語調で締めくくる。
     一呼吸分の間をおいて、氷室は大きなため息を吐き出した。
    「成程、仔細までは伺えぬが、どうやら異常事態らしい。止めてもらわねばならぬ程に、な」
    「氷室、てめぇ!」
    「本来なら俺の手で果たすべきとも思うがどうもそうは行かないらしい。すまない、よろしく頼む」
     声質も表情も変えぬまま、氷室は小さく頭を下げる。
     離れろと言うまでもなく踵を返し、公園の端へと向かっていく。
    「ま、待てっ!」
    「火浦……いや、アンブレイカブル、てめぇの相手は俺達だ」
     慌てて駆け出そうとした火浦の進路を塞ぎ、戌彦はゆっくりと向き直った。
    「くっ……」
    「俺の拳が、今からてめえを殴ってやる。ライバルとの決着を自分の手でつけてえ、って思うならよ。…ちったァ踏ん張ってみろや!」
     きつく細めた瞳に敵意を宿し、固く握り締めた拳にはぶっ飛ばすとの想いを込めて。体中から絶え間なくオーラを立ち上らせて、ただ静かに構えを取った。
    「俺が、俺たちがライバルだ!」
     弐之瀬・秋夜(猛る焔界・d04609)は人懐っこい笑みを浮かべつつ、やはり巨大な剣を抜き放つ。
    「……」
    「安心しろー。とりあえず俺が何とかする。ブッ飛ばしてなぁ!」
     茜色に煌めく切っ先を突き付けて、未だ残っているはずの火浦の意識に呼びかけた。
    「……はっ」
     ライバルに逃げられ、乱入者に宣戦布告され、進路も塞がれ苦渋の滲んでいた火浦の口元が、いびつな笑みに歪んでいく。いつしか禍々しきオーラが立ち上り、全身を覆うようになっていく。
    「だったらまず、テメェらから血祭りに上げてやるよ!」
    「What's beyond your life?」
     構えを撮り直す火浦が足で大地を鳴らしていく様に呼応して、雲母・凪(魂の后・d04320)は武装する。刀とナイフを握り、モダンな柄物の着物を肩にかけている姿を取り、冷たく双眸を細めていく。
    「咲け、竜胆」
     杞楊・蓮璽(東雲の笹竜胆・d00687)もまた灼滅者としての力を解放し、ただ静かに姿を変えた。
    「魔性の力を得て一般人に勝った所で何が誉れだ。己の誇りを棄てるのか、あなたは?」
    「知らねぇなぁ!」
     音も立てずに槍を構え、火浦を凛と睨みつけたなら、火浦は瞳を血走らせながら大地を蹴る。
     呼応し、前衛陣も駆け出した。
     風に乗せられ散る土煙が、戦いの開幕を告げる狼煙となる!

    ●夕暮れに、偽りの拳は空を切る
     火浦は立ち止まると共に腰を落とし、素早く拳を引いて行く。
     すかさず放たれた掌底を、綾木・祇翠(紅焔の風雲・d05886)は盾を突き出し真正面から受け止めた。
     金属板を起点として、衝撃が腕から全身へと伝わっていく。関節が軋みを上げ痛みが思考を満たすけど、祇翠はおくびにも出さずに笑いかけた。
    「破壊だけの力だな……信念がない軽い拳じゃ俺は倒せないぜ?」
    「のわりには、随分辛そうだな」
    「冗談!」
     挑発も一笑に伏すと共に跳ね除けて、火浦の構えを崩していく。息をつく暇も与えず飛び込み気を雷へと変換し、勢いのまま殴りかかる。
    「信念なき力に価値はない、その事を叩きこんでやるぜ!」
    「っ!」
     オーラに阻まれ、拳も雷も肉体へは届かない。
     衝撃は伝わるか、僅かに火浦が後ずさる。
    「どうだ? お前も空手家なら感じるものはないか?」
    「……」
     返答のないことに静かな笑みを浮かべつつ、祇翠は一旦距離を取った。
     狭間に拳が、斬撃が放たれて、火浦のアンブレイカブルとしての力を削っていく。
     芯までは伝わらぬか、火浦は厳しく目を細めたまま足を引いた。
     素早く正面へと回りこみ、氷神・睦月(不滅の氷槍・d02169)は身をさらけ出す。
    「っ!?」
    「ぐ……」
     弧を描く外回し蹴りを頭に受け、睦月は頬に血を伝わせる。
     素早く脚を掴みとり、距離を取ることを許さない。
    「……氷室さんと決着を付けたかったのでしょうー。なら、貴方自身の力で決着を付けないでどうするのですか!!」」
     変質した腕で顔を殴り、酷く醜く歪ませる。
     脚を手放しても距離を取らず、睦月はただ待ち望んだ。
     問いへの解答を、火浦要としての思いの丈を。
    「……」
     回答なく、火浦は距離を取っていく。
     頬を拭いつつ、睦月は小さく肩を落とした。
    「仕方ありませんー……いえ、同じ事でしょうかー」
     力の質を切り替えて、妖気の変換を開始する。冷気と成し、つららを生成し始める。
    「あなたの闇は私たちが引き受けましょうー。だから、拳を握りなさい、あなたが火浦要だというのなら」
     火浦要の拳を受けるため。
     アンブレイカブルを滅ぼすため!
    「……」
     斬撃を受け、あるいはいなし、拳を拳で払う火浦は応えない。ただただ強く歯噛みして、彼女を睨みつけている。
     視線を遮るように、一平が横合いから飛び込んだ。
     勢いのベクトルを前方へと切り替え盾を叩きつけたなら、鈍い音が響き渡る。
     盾越しに火浦が腰を落としていくさまも見えたから、一平はそのまま構え直す。一呼吸の間を置いて放たれた一撃は、想定よりも酷く軽い。
    「おい、テメェ。お前が欲しがった力ってのはこんなもんか?」
    「……」
    「これが力? 無様だなぁおい。お嬢ちゃんの手打ちのがよほど様になってんぜ」
     信念か、迷いか、火浦の拳に重さはない。
     強さも無ければ勢いもない。ただ、人を殺すという破壊だけが虚しく存在するだけ。
    「お前は空手で強くなりたかったんだろうが。同じ土俵でアイツを越えたかったんだろうが! こんな無様な力で勝ってテメェは満足できんのかよ!」
     勝つだけならば、それこそいくらでもやりようがある。外道になればなおさらだ。
     しかし、火浦は拳にこだわった。変な力に頼ったというのに。
     一平はそれが、中途半端な姿勢が許せない。だからこそもう一撃を受けるため、盾の強度を高めていく。
    「……ちっ」
     予定通り、火浦の視線は一平のもの。新たに刻まれるであろう衝撃に備えるため、一平もまた身構えた。

     巨大な剣で切り込んだ対価として、胸に掌底を打ち込まれてしまった秋夜。
     たたらを踏んで二歩、三歩と下がっていく彼と細かな傷が積み重なっていた仲間を癒すため、蓮璽は瞳を閉ざす。静かに息を整えて、心を落ち着かせて言葉を紡ぐ。
    「――風よ、来い!」
     清らかなる風を吹かせるため。傷と共に刻まれた痺れを払うため。
    「ちっ」
     積み重ねてきたものが崩れていく様に苛立つか、火浦が表情を歪めていく。睨まれもしたけれど、蓮璽の様相に変化はない。
     背筋を伸ばしたまま、凛と槍を構え直す。即座に対応できるよう、火浦の動きだけを注視する。
     拳撃をくぐり抜け放たれた膝蹴りを、一平が完全な形で受け止めた。
     癒す必要もないだろうと、蓮璽は即座につららを作り出す。
    「頭ァ冷やせよ!!」
     槍を突き出すとともに撃ち出せば、粒子を煌めかせながら火浦の肩めがけて飛んでいく。漂うオーラとぶつかり合った果て、切っ先が道着を貫いた。
    「くっ」
    「おおっと! そっちばかり気にする余裕は無いぜ!」
     蓮璽へと向き直ろうとした火浦の背後に、戌彦がすかさず回りこむ。
     無論、振り向く暇も与えず剣を振るい、炎宿りし軌跡を描く。都合四つ目の呪詛を与え、更に熱く燃え上がる。
     熱さに震える暇など与えぬと、凪が間髪入れずに切り込んだ。
     肩にかけた着物をたなびかせながら姿勢を落とし、下から上へと切り上げれば、ふくらはぎに深い傷跡が刻まれる。
    「……やはり、受けられないのね」
    「何っ!?」
     睨まれながらも冷静に、凪は姿勢を整えた。
     眉一つ動かさず、ただ、表情とは裏腹にやや饒舌に語っていく。
    「強さを求めるのは、悪いことじゃない。でも、人を辞めてしまう事は、強さには結びつかないと思うの」
     事実、多大な力を得てなお、火浦は追い込まれている。人数差を考慮しても、決して覆せないほどではない力量であるはずなのに……。
    「それに多分……あなたの求める強さじゃない。だから……」
    「……」
     ……反論も紡げぬ様に、凪は冷たく言葉を切る。腰を落として身構える。
     己が、戌彦らが重ねたからか動きを鈍らせている火浦を、アンブレイカブルを倒すため、仲間が創りだしてくれるはずの死角を探っていく。
     折よくロリポップキャンディーを加えた月夜が側面へと飛び込んで、回転のこぎりを稼働させながらの斬撃をぶちかました。
     キャンディーの砕ける音が響く時、火浦は此度初めて膝をつく。

    ●いつか、闘いの契を
     血のごとく艶やかな赤の逆十字。凪が静かに示したなら、火浦に向かって進んでいく。
     もがきながらも、苦しみながらも、火浦は身をよじった。されど罪からは逃れられず、肩を裂かれてうめき声を上げていく。
    「……」
     声の主は火浦でなく、恐らくは打ち据えられしアンブレイカブル。ならば全力で殺そうと、凪は口元を歪めナイフを構え直した。
    「くそっ」
    「っ!」
     刹那、破れかぶれの拳が彼女を襲う。僅かに身を引き直撃だけは避けたけど、衝撃に押され軽くふらついてしまっている。
     痺れも与えられたかもしれない。
     ならば――。
    「ご安心をー、私が癒しますー」
     ――睦月が優しき風をなびかせて、傷を痺れを溶かしていく。攻め手を継続できるよう、強い願いを乗せていく。
     余波に抱かれ癒されながら、月夜が火浦と凪の間に割り込んだ。
     勢いのまま拳を握りしめ、体中より吹き上がる炎を纏わせた。
    「目覚ましやがれ。今のお前に好敵手相手に拳を振るう資格はねぇよ!」
     左肩に担いだ剣を力点に、拳を引いてからのストレート。頬を強く殴り飛ばし、更なる炎を与えていく。
     構えを直すと共にキャンディーの欠片を噛み砕き、火浦が立ち上がるさまを眺めていく。
     火浦の表情に変化はない。ただ険しく目を細め、彼らを睨みつけているだけ。
     言葉も無い。紡ぐことができぬのか、紡ぐ言葉が見つからぬのか。
    「……」
     今一度欠片を噛み砕き、月夜は炎を噴出させる。拳を炎で包み込み、再び攻め入る隙を探っていく。
     さなか、祇翠が懐へと飛び込んだ。
     雷を纏いし拳を鳩尾へと叩き込んだ。
    「が……あ……」
    「……」
     もはや全て語り尽くしたと、祇翠は何も口ずさまない。
     体をくの字に折り下がっていく火浦から視線を外し、続く者のための道を空けていく。
     更なる斬撃が叩きこまれていく中、秋夜が剣を横に構えた。
     風の音、人の呼吸、身動ぎすらも聞こえぬほどに精神を研ぎ澄まさせた。
     世界が速さを無くしていく。
     スローモーションの景色が広がる中、一平が深く腰を落とす。
    「……っ!」
     ただ、真っ直ぐ、正拳を偽りの肉体へと叩き込んだ!
     直後に戌彦が背後へと回り込み、一発、二発と瞬く間に繋がる拳を放つ。
     一撃、二撃と打ち込んで、正常な動きを奪っていく。
    「っ!」
     秋夜は駆けた。
     戦いの幕を引くために。
     朦朧とする意識の中、火浦もまた身構えた。
     ただ、闇雲に踏み込んで、強く、高く蹴り上げる。
    「……」
     祇翠が左手で抑え、受け流す。
     体の動くままに火浦の背中を軽く押し、秋夜の正面へと向かわせた。
    「とりあえず帰れ? アンブレイカブル!」
    「が……」
     振り下ろされし斬撃は、終幕への軌跡を描いていく。
     倒れた火浦は昏倒し、偽りの力も消え失せた。
     悟ったのだろう。彼らに呼ばれるまでもなく、氷室が走り寄ってくる。
    「……競い合える友が居るってのは、羨ましいんだなァ」
     表情は変わらずとも、行動で分かる氷室の心。ほのかに目元を緩めつつ、戌彦は肩の力を抜いた。

    「終わったぜ。これで今度こそ、果し合いができるな」
     キャンディーの棒を吹き飛ばし、月夜は明るく笑いかける。駆け寄ってくる氷室へと。
     小さく頷き返した後、氷室は深く頭を下げた。
    「本当に、感謝する。火浦を救ってくれて」
     耳を澄ませば聞こえてくる、憎らしいほど静かな寝息。
     頭を上げた氷室の瞳に映ったのは、睦月ののんびりとした優しい笑顔。
    「もう、大丈夫ですよー。もう、あなたのライバルは闇になど負けない……いいえ、きっと、元々負けない強い人ですからー」
    「ふっ、そうあってくれるといいのだが……」
    「ま、喝は入れてやった方がいいだろうな」
     イタズラっぽい笑みを浮かべつつ、蓮璽は簡単なアドバイス。ああ、と頷き返す表情は、どこか微笑んでいるようにも感じられて……。
    「ああ、そうだ。起きたら、今日から俺もライバルだ、って事も伝えておいてもらえるか?」
     空気が和らぐ中、秋夜が明るく申し出る。一つの願いと、武蔵坂学園へのお誘いを。
    「成程……確かに、そうだな。伝えておこう」
    「……後」
     ひと通りの言葉が交わされた後、一平が静かに口を開いた。
    「空手での決着、いつか見せてくれ」
     しっかりと氷室の瞳を見据え、眠る火浦にも聞こえるよう朗々と声を響かせて。
     ああ、と、力強い了承の言葉を耳にして、祇翠は茜色の空を仰いでいく。
     恐らくは、そう遠くない未来。二人が紡いでいくだろう、夕焼けに染まる公園での果し合い。
     別れか、再会への約束か。いずれにせよ、友情物語が描かれる事に違いはない。
    「……悪くない、か」
     優しい風が服とともに、祇翠は口の端を持ち上げる。夕焼けの狭間に星を見つけ、緑色の瞳を細めていく。
     願わくば、彼らの歩む道が幸いであることを。今度こそ、果し合いがきちんとした形で行われんことを。
     ライバルという絆が、これからも途切れてしまわぬことを……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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