走馬灯のゾンビ

    作者:彩乃鳩

     ハンドレッド・コルドロンの後。
     そんな戦いなどなかったかのように、名古屋の街を歩く人々。ごく普通の姿、ごく普通の生活。
     しかし――。
    「憎い、殺したい。憎い、殺したい……」
     よく見ると、その市民の目は虚ろ。
     口からは、呪詛の言葉が吐き出され続けている。
     トリプルクエスチョン灼滅。
     エンドレスノットの撤退に伴い、犠牲者達が『走馬灯使い』の効果で、動き出しているのだ。大量の死者が出た影響なのか、走馬灯使いで動き出した死者の中に、ゾンビ化するものが現れた。
    「……俺を殺した奴、みんなを殺した奴、憎い、殺したい」
     一体のゾンビが呟く。
     他の死者と同様に日常生活を送りながら、自分達を虐殺した、『六六六人衆』および、六六六人衆と気配が似ている『殺人鬼』を、その目は探し続けていた。

    「ハンドレッド・コルドロンの死者の死体は、走馬灯使いのような能力によって動き出しているようだな」
     武蔵坂学園の灼滅者有志が、名古屋市内を探索するなか。そのような情報が飛びかった。
     ハンドレッド・コルドロンの儀式効果であるのか、或いは、トリプルクエスチョンかエンドレス・ノットの能力なのだろう。既に活動を停止した者も多いようだが、自然死として扱われているようで、バベルの鎖の効果もあり大きな騒ぎにはなっていないようだ。
     だが、この動き出した死体の中に、どうやら、本物のゾンビが紛れているようだった。あれだけの死者が出たのだから、ゾンビになるものが出るのも不思議ではないだろう。
     市内を調査していた灼滅者から、ゾンビは、殺人鬼を見つけると無差別に襲い掛かってくるという情報もあった。これを野放しにはしておけない。
    「市内を見回りゾンビを発見し、ゾンビが本能のままに人間を襲いだす前に灼滅しよう」
     灼滅者達は、名古屋の街を巡る。
     憐れな犠牲者達を狩るために。


    参加者
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    乙宮・立花(リーダオーネウォルテ・d06338)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)
    八千草・保(春光謳花・d26173)
    二荒・六口(ノクス・d30015)
    夜霧・一輝(ストップアンドゴー・d34263)

    ■リプレイ


    「この場所は危険です。できるだけ遠くへ避難して下さい」
     乙宮・立花(リーダオーネウォルテ・d06338)は王者の風を使ってから、頑張ってはっきり簡潔に避難誘導する。
    「上手く釣れましたなぁ。他班の方にも連絡しておかないと」
     八千草・保(春光謳花・d26173)が携帯を片手に、都度にサウンドシャッターを使用する。そう、ゾンビに遭遇する都度に。
    (「この調子で、巡回し集まってきたゾンビを予め調べておいた場所まで引き寄せて……人通りの多い場所から順に行って掃討していく」)
     二荒・六口(ノクス・d30015)は、自分達を追ってくるゾンビをちらりと見てから、予め頭に入れておいた人気の少ない場所を思い浮かべた。
    (「……周囲の一般人は殺界形成で遠ざける」)
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)も、ESPで人払い。事前に地図と照らし合わせてルートを確認しており、戦闘予定地も決めてあるので迷うことはない。
     今回、灼滅者達は二班に分かれていた。
     離れすぎないように留意し、連絡を取り合い、ゾンビ達を誘い出す算段であった。
     ハンドレッド・コルドロンの後の名古屋。
     ――その、日常の風景。
    「でも、ここには確実に失われた日常もある。行こう」
     もう一班の一員。
     エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が、皆に声を掛けて街の巡回を始めて幾許か。
     こちらでも、人通りが多い所を中心にゾンビ達が集まってくる。
    (「ゾンビが自分に集まる事を踏まえて、慎重に。判別が完了した一般人集団にはあまり近寄り過ぎないようにしないと」)
     夜霧・一輝(ストップアンドゴー・d34263)は、ゾンビを人の方向に誘うように動かないように気をつけていた。ただし、ゾンビを誘う役が必要な時は率先して前にでる。
    「う、ううう……俺を殺した奴と同じ気配……」
    「ほら、こっちだよ」
     ゾンビ達は、殺人鬼に引かれる性質があるため。
     嫌でも寄ってくる。
    「人のいるばしょ、いないばしょ、どちらも気をつけないと」
     白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は指定場所などを記した地図を確認しながら、エンカウント時にはサウンドシャッターを使う。
    「人気のないところへ敵を誘導しないとだね。夜奈さんと一輝君、引き寄せてもらえるかな」
     できるだけ人の多そうな場所を巡回していたため。
     楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)は殺界形成を使い、一般人がいればなるべくなら逃げてもらう。移動中は広いスペースがある方向を、意識していた。
    「一般人は近場の安全場所や目立たない隅へ避難誘導しないとね」
     そう言って、エアンは王者の風を使う。
     ハンズフリーの通信機器からは、もう一班の仲間達も接敵したことが告げられていた。予め連絡先は交換してある。
     地図で周辺も調べてあり、ルート等も確認済み。
    「これで」
    「他には、いかせない」
     一輝は懸命にゾンビを引きつけ誘導する。イカロスウイングで捕縛しては、必要ならESPで障害物を作る。インカムを装着した夜奈は敵が一般人のほうへ行きそうになれば、鏖殺領域でアピールして同じ方向へと向かわせた。
     灼滅者達は、ニ十体近くのゾンビを連れ回して街中を駆けていた。
     速過ぎず、遅すぎず。
     追いつかれないように。そして、巻いてしまわないように神経を尖らせて。


     予定の場所に誘い込み。
     聞こえてくるのはゾンビになった人達の呪詛の声。
    「……それも当たり前か」
     と、エアンは一度悼むように目を伏せてから。
    「終わりにしよう。もう誰も憎まなくていいように」
     左手の剣を一閃させて目の前の敵を薙ぎ払う。
     ゾンビは、斬られた腕を抱えて悲痛な呻きをあげた。
    「ぐぐぐ……痛い痛い……」
    (「できれば弔いたい。たすけられなくて。とても、くやしいし、かなしい」)
     夜奈は今回戦争で助けられなかった罪悪感を胸にしつつ――その一体を切り伏せる。敵はそのまま地に沈んだ。
    「すっきり死んでしまった方が、よかったのかな……いや、そういう次元の話じゃないけれど。どうしても、考えちゃうんだ」
     梗花が螺穿槍で攻め込みながら、頭を振った。
     武器を振るうたびに、敵は戦意を増していく。この当たり前のことが、今は重く圧し掛かってくるような気がしてならない。
    「……俺は死んだ……お前らも……殺す……」
    「ごめんな……みんなを救うことも、その気を晴らしてやることもできないんだ」
     一輝は回復を積極的に行う。ラビリンスアーマーで自分と仲間の回復と防御力の強化を多く狙う。攻撃は黒死斬をメインにして、足止めによる二次的被害を防止する。
     彼は殺人衝動に抗ってはいるが、衝動自体を否定はしていない。
     そのため、今回の依頼も内容の割にはあまり取り乱すことはなかったが。それでも、どこかやりきれない部分はある。
    「彼等は……あの戦争の被害者だったかもしれないが、今は加害者になり得る存在だ……完全に葬る事が俺達なりの責任の取り方なんだろう」
     エアンはブレイドサイクロンで剣の威力を増した後に、紅蓮斬を見舞う。自身の強化と、相手の弱体化を念頭に置いていた。
    「うごおおお……おおおお……」
    「気が晴れるなら、いくらでもヤナをなぐればいい。でも、ヤナはまだ、しねない」
     群がるゾンビから、夜奈は自分の身を盾としてサーヴァントと一緒になって皆を守る。いつ尽きるともしれない無念の声に必死に耐えて、傷をヒールした。
    「あんまり得意じゃないけど。おりゃっ!」
     一輝がリバイブメロディを奏でる。
     メロディー早弾きよりも、溜めて一発を響かせた……というか、それ位しか出来ないのだが……出来ることを懸命にやるしかない。
    「たぶん、倒しながらもぐるぐる考えちゃうんだろうね。これがいいことなのか、悪いことなのか」
     梗花の黒死斬が舞い。
     フォースブレイクで、ゾンビへと追撃する。
    「そんな善悪なんて振り切れちゃったところに、僕たちはいるんだろうけど」
     斬り裂かれ。
     内部から爆破され、動かなくなる者達。その様を見やる視線は、複雑な色を含まざるを得ないのかもしれない。
     今回参戦した者達の、心情はさまざまだった。
    (「出来うる限り、彼らの心が、再び傷つくのを避けたい」)
     もう一つの班も、無事にゾンビの誘導を終えていた。
     保は一般人を庇った時に出来た傷を、しばし眺めてから。相手へと導眠符を使って、催眠状態を作り上げんとした。
     微睡を誘う。
    「今は夢の最中。幸福な日々の、穏やかな微睡みのうちに、眠りにつけますように」
    「……う、うう……」
     そして、せめてもと魂鎮めの風を灼滅間際の者には施す。
     これが確実な効果をもたらしているか否かは……正直、分からないが。それでも、崩れゆく死者達の姿は少しだけ穏やかに見えた。
    「我等が怨敵六六六人衆。彼奴が憎いか、殺したいか。なれば我等と同じ刃にかかれ」
     織久は標的を合わせゾンビを各個撃破していく。体力の低い敵、一番近くの敵。攻撃に専念して、レーヴァテインの業火を次々に叩き付けた。
     我等。
     本来六六六人衆が相手の時に織久の殺意と狂気に合わせていでし者達。此度は新たな「我等」を迎えるため。
     そして、織久自身。恨みを抱えたままよりは――と闇器を縦横無尽に操り続けた。このレーヴァテインには、荼毘に伏す意味も含まれている。
    「死ね……死ね……死ね!」
    「そうは、させない……」
     ゾンビが、刃を向けてくるのに。
     立花は途切れ途切れの口調ながら、立ち向かって。味方の壁となる。ウイングキャットの柘榴も主人に付き従って、ディフェンダーの役割を果たす。
    「確実に狙っていく」
     スナイパーの六口がオーラキャノンを放つ。
     両手に集中させたオーラは、真っ直ぐに敵の頭部を貫通。目標は、そのまま倒れて動きを止めた。
    「――」
     保は揺り籠のような歌声を響かせた。
     肉体を傷つけぬよう。神霊剣は.で敵の霊魂と霊的防護だけを直接破壊し。敵の肉体に外傷を残さない。
    「炎に、影に溶けよ。貴様らの怨念、我等が喰ろうてやる」
     無数の腕が蠢き。
     織久の影縛りが、ゾンビを四方から絡みとる。炎が付与された敵の身体は、その間にも焼かれ続けていた。
    「ぬ……う、あつ……熱い」
    「数を減らして、いかないとね……」
     立花が敵の集まったところ目掛けて、除霊結界を発動させた。
     内蔵した祭壇を展開し、霊的因子を強制停止させる結界を構築。二体のゾンビが、また消え去った。
    「……まだ、まだ……」
    「殺す、殺せ……」
    「死死……死……死」
     灼滅者達は死者の群れと、攻防を続ける。
     その念の深さからか、ゾンビ達は執拗にこちらへ殺意を向け続け。消耗を強いられた。
    「ディフェンダーの負担が大きいか……」
     六口は状況を鑑みて、ポジションを移動する。
     攻撃重視から、防御重視へ。予想よりも、長丁場に突入しつつあった。


    「せめて彼らが、安らかな眠りに就かれますことを。無念でしょうなぁ。今はただ、迷わずに」
     保は鎮魂と浄化の祈りを籠めて。
     戦場をさらうような風を呼び。透き通った線の細い歌声で鎮魂歌を、歌い上げる。
    「ごおお……オオオ」
    「怨念を奪ってやろう」
     織久が高速の動きで敵の死角に回り込む。
     ゾンビを次々と身を守るものごと斬り裂き、その肉体を両断していった。
    「僕が、回復にまわるからね……」
     立花は声をかけて仲間の傷をヒールする。
     自身のサーヴァントにも指示を出して、体力を補給して戦線を支えた。
    「コロコロコロ……す」
    「相手は手数が多い。それが厄介だな」
     六口は受けたバッドステータスを、随時キュアしていきながら。
     隙あらば、ブレイドサイクロンや閃光百裂拳で敵へカウンター気味に打撃を与えた。
     負傷は増えながらも、灼滅者達は一体ずつゾンビを潰す。
     身心ともに根気の要る作業だったが。
    「これで、最後だ」
     織久が残りのゾンビの首をはね飛ばし。
     亡者が声もなく、身体を消滅させたところで。周りからは、敵の姿は消えていた。
    「終わった、んだよね……?」
     そう、一息ついたところで。
     立花の携帯電話が鳴った。それは、流れの上で今回別々に戦っているもう一班の仲間達からの連絡だった。
    「あちらの方が、数が多いみたい……」
     灼滅者達は頷き合い。
     仲間のフォローへと急いだ。
    「何体集まってくるんだろう」
     エアンは周囲にも目を向けながら、どんどんと集まってくるゾンビ達を見渡す。包囲されそうになるたびに味方へ注意喚起した。
    「また、来たね」
     追加で寄ってきたゾンビに気付き、梗花も注意を促す。轟雷をホーミングさせて、敵増援を牽制する。魔術によって引き起こされた雷が敵を撃つ。
    「少し、厳しくなってきたかな」
     一輝は高速演算モードを使うが。
     正直、回復手が足りていないのが現状だった。
    「きりが、ないかも」
     破邪の白光を放つ強烈な斬撃。
     夜奈はクルセイドスラッシュで、また一体を斬り捨てる。だが、すぐに次の敵と対せねばならない。
     こちらの班は、次第にゾンビ達に包まれ始めていた。
     さすがに体力消費が、冗談では済まなくなってきたところへ――味方が駆けつける。
    「待たせたな」
     六口が駆け込み、神薙刃で活路を開く。
     激しく渦巻く風の刃を生み出し。敵を斬り裂いた。
    「貴様等も我らが喰らうとしよう」
     織久がレーヴァテインの炎を走らせた。
     ゾンビに炎を延焼させて、火葬代わりの攻撃を投げかける。標的となった死者は灰となって、焼け落ちるしかない。
    「何とか、間に合ったね……」
    「すぐヒールするよ」
     立花と保も、すぐに割り込むように参戦。
     味方を庇いながら、力が低下している者から順次回復をうながす。
    「ありがとう、助かったよ。一気にいこうか、夜奈さん」
    「うん、キョーカ」
     全員が揃ったことで、戦局は一変する。梗花のフォースブレイクが大爆発を誘因し、夜奈のグラインドファイアが炎の猛りをあげた。
    「……殺された……殺す殺す……」
    「半分以上は殺人鬼だからさ、その分の恨みは置いてってくれよ」
     一輝はゾンビの一体と切り結び。
     その足を止めさせ。死角からの斬撃で敵の急所を絶った。
    「味方が引き付けている間に――」
     そこに、エアンが身を躍らせ。
     鋭い斬撃を煌めかせる。動きが鈍っていたゾンビは、なすすべもなく灰と消える。
    「まだ、やれるかな?」
    「ええ。今回の敵は、なるべく早く終わらせてあげたい」
     こちらの問いに、対する力強い答え。
     エアンは一輝に集気法をかけ。二人の奮戦が、味方の勢いを加速させる。
    「こちらも――」
    「早々に片付ける」
     六口や織久、他の面々も負けてはいない。
     ウロボロスブレイドが唸り。影が敵の自由を奪う。バラバラに動くゾンビ達は、寸断される運命にあった。
    「ひがい、だしたくない。あなたたちの手、汚したくない。だから、ごめん。もう一度、おやすみ」
     梗花が黒死斬で、腕を両断した最後の個体に。
     刹那のうちに夜奈の続く一閃が、白銀の輝きを全員に焼き付けながら。この戦いに終止符をうった。
    「……う、う……死にたく……」
     それ以上の言葉を残すことはできず。
     ゾンビの身体は、光となって弾け消える。
    「清浄な、風の導きを。行く先に、迷いませんように。どうぞ安らかに」
     保は風を呼び。
     魂と戦場の浄化を試みる。眠りを誘い、傷を癒す優しい風が。死者の淡い光を、そっと空高く運ぶ。まるで、天に届けというように。
    「お疲れ様、でした……。被害、なさそうで……よかった……」
     全てを見届けて。
     立花は、表情を緩める。エアンも周囲を検めて、軽く頷いた。
    「不安は残るけど、これで少しは日常を取り戻す事が出来たのかな」
    「念のため、もう少し巡回してみようか」
     後処理を済ませ。回復を行い。
     灼滅者達は、また街へと繰り出し始める。一番にそれを提案した梗花は、ぽつりと誰に聞かせるでもなく呟いた。
    「……仕事が終わったら、コーヒーでも飲みたいな。とびきり、苦いのを」

    作者:彩乃鳩 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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