落ち武者狩り

    作者:紫村雪乃


     ぬたりとした濃い闇の中。ドアに手をかけた者がいる。
     鎧武者だ。が、鎧をまとっているのは人間できなかった。白骨化した骸である。
     もしその鎧武者を見た者がいたならば、彼が抱いたのは恐怖より、むしろ畏怖であったろう。それほど鎧武者がまとう妖気は凄絶なものであった。
     ドアを開けると、二体の武者アンデッドは中に入った。外はどこかの建物の地下のようであったが、内部は異様だ。ごつごつした岩肌に囲まれ、まるで洞窟のようであった。
     岩にどっかと腰をおろすと、一体の武者アンデッドが口を開いた。
    「白の王も、安土城怪人、楢山御前も灼滅され、北征入道の完全復活もならなかったな」
    「うむ」
     他方の武者アンデッドが重々しくうなずいた。
    「もはや、我らが戦う理由は無い。再び、我らを使役しうる主があらわれるまで、しばしの眠りにつこう」
     いうと、武者アンデッドは首を垂れた。

    「迷宮の中には、武者アンデッドがいたらしい。まだ、他にも、そういった迷宮があるかもしれないから調査が必要だな」
     武者アンデッドを追い灼滅者たちは動き始めた。待つは雲か嵐か、それとも――。
     


    参加者
    松苗・知子(吸血巫女さん・d04345)
    山田・菜々(家出娘・d12340)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    赤暮・心愛(赤の剣士・d25898)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)
    新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)

    ■リプレイ


     幾つドアを開けただろう。
     いまだに標的は発見できず、さすがに灼滅者たちも焦れはじめていた。
    「これで幾つめっすか?」
     ビルの地下に続く階段を降りながら、うんざりしたように十八歳の少女は誰にともなく問うた。
     童顔の可愛らしい少女だ。が、その黒瞳にやどっているのは獰猛な光である。
     灼滅者。名を山田・菜々(家出娘・d12340)という。
     すると同じ年頃の少女が口を開いた。こちらは女豹のような雰囲気があり、しなやかな肢体の持ち主である。
     嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)。かつて六六六人衆の一人として殺人を繰り返したという過去をもつ殺人鬼である。
    「三十五っす」
     絹代もまたうんざりしたようにこたえた。
    「三十五」
     奈々はがくりと項垂れた。地道にいくしかないとわかってはいるものの、さすがにこれは辛い。
    「でも何処の扉かはわかんないんだから、兎に角片っ端から開けてくしかないよ」
     元気づけるように、浅黒い肌の少女が笑いかけた。艶やかな黒髪をツインテールにした可愛らしい少女だ。ジャングルで暮らしていた名残か、まるで水着のように露出性の高い衣服をまとっている。名を新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)といった。
    「そうよ」
     ドアの前に立つと、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)という名の少女はうなずいた。
     十八歳ほど。近寄りがたい雰囲気をもった冷然たる美少女だ。
    「確かにまだ残党がいる可能性は高い。だから虱潰しにでも探さないとね」
     エリノアはいった。が、奈々が愚痴るのもわかる。
    「こうやって探しているわけだけど。ハァ、こう足で探してるとエクスブレインの有難味が分かるわね」
     エリノアは大きなため息をこぼした。そして、傍らの少女のこの場に似つかわしくない表情に気づき、不審げに眉をひそめた。
     瞳と同じ灼熱色した髪をポーテールにした少女。名は赤暮・心愛(赤の剣士・d25898)といったはずだが、皆がうんざりしているのに、この少女のみは楽しげに瞳をきらきら輝かせているのであった。
    「楽しそうだけれど……どうしたの?」
    「えっ」
     思わずといった様子で心愛は顔を手で撫でた。
    「知らずに顔に出ちゃってたか。武者アンデッドって聞いて、相手するのを楽しみにしてたんだよね!」
     心愛は可愛らしく、しかし虎のごとき物騒な笑みをうかべた。
     一見したところ、心愛は天真爛漫な可愛らしい少女のようである。が、本当のところ彼女は恐るべき戦闘狂であった。
    「でも普通のアンデッドじゃ駄目だったのかな?」
     アンジェラは首を傾げた。幾つかゾンビー映画を見たことがあるが、サムライが地下に出てくるものはなかったような気がする。
    「だからこそ厄介なんだ」
     眠たげに茶倉・紫月(影縫い・d35017)はいった。銀色の髪と血色の瞳をもつ、どこか薄ぼんやりとした少年である。そう、どこといって変わったところのない――が、誰もが彼にある種の怖さを感じるのはなぜなのだろう。
     紫月は面倒そうに続けた。
    「迷宮はノーライフの奴等の十八番。探させる事が好きな奴等だ……」
    「せっかく引き籠ってるのにね」
     くすりと少女は笑った。
     十六歳ほど。裾を短くした巫女衣をまとっている。その裾からは健康そうな小麦色の太ももが露出していた。
     少女――松苗・知子(吸血巫女さん・d04345)はドアに手をかけた。明かりがちかりと点滅し、知子の顔を一瞬隠した。
    「引きずり出して殲滅なんてちょっと残酷かもだけど、でも、そうでもしなきゃ安心できないのが人間ってもんなのよ」
     恐怖。それにより人間は進化した。同時に人間はいつまでも争い合う。
     賢明で愚か。まさに人間は混沌の生き物だ。
     知子はドアを開いた。


    「ビンゴ」
     絹代がニッと笑った。
     アンジェラとエリノアがむけたライトの光に室内が照らし出されている。そこには異様な光景が広がっていた。
     本来ならばコンクリートの壁と床であるはずのビルの地下。が、灼滅者の眼前にはむき出しの岩肌があった。まるで洞窟の中のように。
     すばやく一人の少女が辺りを見回した。刃のごとき鋭い視線をはしらせる。八人めの灼滅者、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)であった。
    「あれだな」
     対ヴァンパイアの決戦存在として育てられた少女の瞳が紅く光った。彼女の目は空間の奥に存在する不気味なモノを見とめている。
     岩にどっかと腰をおろし、うなだれたように眠っている二つの人影。鎧をまとった骸だ。
    「やっと、見つけたっすよ!」
     菜々が叫んだ。すると、その叫びに呼応するかのように骸――武者アンデッドが顔を上げた。
    「見つけたとは……我らを探していたということか。何者だ、うぬら?」
    「灼滅者だ」
     紫月がこたえた。
    「主の器に足りえるダークネスは現れなかったから眠りにつくことを選んだのか。……まぁ、俺には関係ないが。悪いが、安眠妨害をしに来た」
    「いくっすよ」
     絹代が腰を落とした。顔面を防御しつつ左右に身体をゆらりと移動させる。
     ジンガ。カポエイラの特徴的なステップであった。
    「見つかったが最期っすよね。死に腐れ!」
    「いうてくれるな、小娘」
     槍をもった武者アンデッドが苦く笑った。
    「ならばうぬらにも死の味というもの、教えてくれよう」
    「それは御免こうむるわ。この若さでまだ死にたくはないもの」
     エリノアが冷たく鼻を鳴らした。そして、でも、と続けた。
    「本当に落ち武者がいたとわね、私達に見つかった不運を呪いなさい!」
    「我らに出会った不運を呪うのはうぬらの方だ」
     もう一体の武者アンデッドが抜刀した。
     おそらくは居合。一瞬間に武者アンデッドは刃を横殴りに払っている。
     はしる刃は空間に光の亀裂を刻んだ。のみならず、その刃風は恐るべき衝撃波と変じて灼滅者たちを襲った。
     咄嗟に三人の灼滅者が前に出た。知子、菜々、絹代の三人だ。
     スレイヤーカード開放。サイキックエナジーに分解されていた殲術道具を分子レベルで再合成し、彼女たちは手に得物を現出させた。
     次の瞬間、衝撃が来た。さすがに得物では受けきれず、物理的な破壊力をともなった衝撃波が三人の灼滅者たちの身体を撃つ。骨肉が悲鳴をあげ、尋常ならざる圧力に三人の灼滅者たちがおされた。地を削りつつ彼女たちがとまったのは、元いた地点から五メートルも後退した場所である。
     ぶふっと三人の灼滅者の口から血がしぶいた。内蔵が傷つけられたのだ。
    「やってくれる!」
     紫月が槍をかまえた。
     妖の槍。超常なるものを追い詰め殺す怨念が塗り込められた魔槍だ。
    「ふんっ」
     紫月が鋭い呼気を発すると、槍が内包した妖気が変換された。氷柱と化して射出する。
     次の瞬間だ。衝撃と破壊音が撒き散らされ、氷片が飛び散った。槍をかまえた武者アンデッドがふふんと嗤う。
    「氷柱を撃つことができるのはうぬだけかと思ったかよ」
    「なら、これはどうかしら?」
     槍もつ武者アンデッドめがけ、エリノアが馳せた。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     叫び、エリノアは疾走の勢いを加え、槍を突き出した。瞬間的に捻ったその一撃はドリルのような破壊力を生み出し、槍もつ武者アンデッドを穿ち――いや、横からのびた刃がエリノアの槍をはねあげた。
     直後、来た。武者アンデッドの槍の刺突が。
     さすがのエリノアもこれは躱せない。槍が深々とエリノアの腹を貫いた。
    「終わりじゃ、小娘」
     嘲りつつ、武者アンデッドが刃を返した。袈裟に薙ぎ下ろす。
     戞然。
     迷宮を震わせる澄んだ音が響き、雷火に似た火花が散った。
     エリノアの眼前で武者アンデッドの刃がとまっている。横から疾った馬鹿馬鹿しいほど巨大な刀によって。
     刀の名は鏡鐘たる鋼。携えているのは、その刀よりも小柄の少女。――おお、心愛だ。
     心愛はニヤリとした。
    「仲間を庇うことのできるのは、お前たちだけじゃないよ」


     アンジェラが串刺しにされたままのエリノアを抱いた。そのまま一気に跳び退る。槍の傷痕から鮮血ともに肉片が散った。
    「大丈夫?」
     アンジェラがエリノアを横たえた。傷が深い。失血のため顔が土気色になっている。その二人の前に知子と菜々、絹代が立ちはだかった。
    「速く治療を!」
     知子が叫ぶと、明日香が矢を放った。流星の如き煌線をのこし、空翔けた矢がエリノアの身に吸い込まれる。
     矢には癒しの超常力が込められていた。全治とはいえぬものの、エリノアの破壊された肉体が分子レベルで再合成されていく。
    「ほう」
     日本刀をひっ下げた武者アンデッドの口から感嘆の声がもれた。
    「傷を癒す、か。面白い業をつかう。ならば」
     日本刀もつ武者アンデッドがゆらりと動いた。同時に槍もつ武者アンデッドも。
     その目指す先を悟り、絹代が跳んだ。飛鳥のように空を舞い、明日香の前に降り立つ。
    「来たっすね」
     絹代がウロボロスブレイド――マッド・デイモンの刃を鞭状に展開、自身の周囲を竜巻のように疾らせた。
     直後、衝撃がきた。武者アンデッドの渾身の一撃。雷鳴のごとき轟音ともに、日本刀の刃が渦巻く剣風を切り裂いた。
    「くっ」
     肩から斜め下方にざっくりと切り裂かれた絹代が血煙にまかれつつ、よろめいた。その脇を疾風の速さですりぬけたのは槍もつ武者アンデッドである。
    「きえぇぇぇぇぇ」
     化鳥のような声を発し、武者アンデッドが槍を振り回した。圧倒的な槍の圧に、地が円状にひび割れる。
    「あっ」
    「うっ」
     槍に菜々と紫月が吹き飛ばされた。恐るべき槍の衝撃だ。が、不審の呻きをもらしたのは槍の武者アンデッドであった。
    「確か三人はじきとばしたはず――」
    「ここよ!」
     絶叫は空でひびいた。
    「何っ」
     槍を旋回させた姿勢のまま、はじかれたように顔を上げた武者アンデッドは空を舞う少女の姿を見とめた。――知子だ。
    「ぬうっ」
     武者アンデッドが槍を突き上げた。その一閃を紙一重で躱し、落下。下着があらわになることを気にするふうもなく、知子は蹴りを武者アンデッドの顔面にぶち込んだ。
     爆発に似た破壊力の発露。たまらず武者アンデッドが吹き飛んだ。洞窟の壁に激突、岩の砕片をちらし、壁面にめり込んだ。
    「あたしたちの本気、そろそろみせないとね」
     軽やかにステップを踏みつつ、知子は告げた。


    「一気にいくよ」
     アンジェラが地を蹴った。爆発的に加速し、疾駆。地が悲鳴をあげ、摩擦熱が生み出した炎の筋をひきつつ、壁にめりこんだままの武者アンデッドに迫った。
    「させぬ!」
     日本刀を舞わせ、武者アンデッドがアンジェラの前に回り込もうとした。瞬間――
     はじかれたように振り返り、武者アンデッドは刃をかまえた。
     刹那である。凄まじい衝撃をう、刃が軋んだ。同時に地がずしりと陥没した。衝撃の余波である。
    「へえ。やるね」
     蹴りの反動を利用し、武者アンデッドの刃から心愛はひらりと跳び離れた。
    「ううぬ。邪魔をしおって」
     歯軋りし、再び武者アンデッドは動き出した。いや、愕然として武者アンデッドは呻いた。
    「あ、足が動かぬ」
    「私の蹴りは重いんだ。受け止めただけでもただじゃすまないんだよね」
     くすりと心愛が笑った。
     その時だ。アンジェラが岩壁にめり込んだままの武者アンデッドを襲った。
    「これで切り裂いてやるわ!」
     アンジェラが巨大な斧を振りかざした。
     龍砕斧。竜因子宝珠を内蔵した斧型の対竜兵器である。
    「馬鹿め」
     ニンマリすると武者アンデッドは氷柱を射出した。アンジェラの顔に恐怖の色が滲む。氷柱は彼女の心臓を貫かんとしていた。この距離では躱せない。そして散ったのは鮮血――。
     いや、散ったのは真紅ではない。氷の花だ。氷柱は別の氷柱によって砕かれたのである。
    「その業をつかえるのはお前だけかと思ったか」
     妖の槍をかまえ、紫月がふふんと笑った。
    「くそっ」
    「終わりよ」
     ふたつの叫びが重なった。肉薄の勢いのままにアンジェラは龍砕斧を武者アンデッドに叩きつける。
     それは龍す砕く一撃。なんでアンデッドごときがたまろうか。ぐしゃりと武者アンデッドの顔面が粉砕された。
     おおおおおおお。
     耳を塞ぎたくなるほど不気味な咆哮が響き渡った。それが槍の武者アンデッドの断末魔である。
    「おのれ」
     残る武者アンデッドの眼窩に陰火が燃え上がった。
    「うっ」
     明日香は息をつめた。
     対ヴァンパイアの決戦存在として育てられた彼女にはわかる。武者アンデッドが放つ凄絶の殺気が。
     続けざまに明日香は仲間にむけて癒しの矢を放った。
     眼前の敵、侮りがたし。生物兵器ともいうべき彼女の本能がそう告げている。
     その時だ。絹代が叫んだ。


    「アンタらに私は殺せない。武器だって年代物のボロでしょ。セイメイも檜山も、北征入道だって守れなかったんだ。新しい主が出たところで、どうせ守れない。見殺しにしてまた眠る。同じことを繰り返すだけだ。まぁ、アレっすよ。存在するだけ無駄だからここでくたばっとけ」
    「黙れ」
     武者アンデッドの口から軋るような声がもれた。
     絹代の叫び。それは言葉自体が罠であった。何を考えているのか良くわからぬところのある少女であるが、殺人鬼としての技量は天才的といっていい。そして、まさに武者アンデッドは罠にはまった。
    「その口、二度とたたけぬようにしてやろう」
     納刀し、武者アンデッドが馳せた。瞬間移動としか思えぬほどの接近。そして、抜刀。それもまた瞬時の業であった。
     キギンッ。
     武者アンデッドの刃がはじかれた。茫乎として佇む絹代にまきついた帯によって。
    「悪いっすけど、仲間は殺らせねえっすよ」
     帯を放った姿勢のまま菜々が告げた。が、武者アンデッドは刃を返した。
    「ならば渾身の一撃で断ち切るまで」
    「させないわ」
     叫ぶエリノア。その手の妖の槍が必殺の意志に煌く。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
    「ほざけ」
     エリノアが槍を繰り出した。同時に武者アンデッドが日本刀を振り下ろす。
    「……槍の方が間合いは長いんすよね」
     頭上でとまった日本刀の刃を手でどけ、アンジェラは武者アンデッドの胸を貫いた槍を見つめた。


    「こんなでも元々は人間だったんだし、ちょっとだけでも葬いさせてもらってもいい……すかね?」
     すでに土塊と化している武者アンデッドを見下ろし、アンジェラは誰にともなく問うた。
     優しいのか、冷酷であるのか。絹代という少女、やはり良くわからぬところがある。
     ああ、とこたえたのは紫月であった。
    「明確な主っていう個に尽くすのがお前等なら、誰かっていう、不特定多数な存在の為にお前等を潰すのが俺等なんだろうな。個に尽くすことができれば、迷うことなんてないんだろうとは思うが……多数の為にっていうのは、迷う。何を信じるべきかが、明確なソレが無い。そう……俺はいつも迷いながら、戦っている」
     ぽつりともらした紫月の声には、どこか憧憬の響きが滲んでいた。

    作者:紫村雪乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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