目覚めの色香

    作者:邦見健吾

    「あれは……人!?」
     浜辺に打ち上げられた人影に気付き、青年が慌てて駆け寄る。
    「だ、大丈夫ですか?」
    「ん、んぅ……」
     抱き起こして呼びかけると、女性は答える代わりに呻き声を漏らす。良かった生きていた、青年がそう思うと同時に別の感情が湧き上がった。
    (「な、なんて綺麗な人なんだ……!?」)
     腕の中にいる女性の美貌に思わずうろたえてしまう青年。長い睫毛に整った目鼻立ち、弱ったような表情は憂いを帯びて、今まで見てきたどの女性よりも美しく見えた。
    「たす、けて……」
    「分かった、とりあえず家に……」
     うわ言のように呟く声を聞き、青年は女性を抱き上げて家へと向かう。女性は青年の腕の中で揺られながら、密かに邪悪な笑みを浮かべた。

    「サイキック・リベレイターの発動により、大淫魔サイレーンの配下が復活し始めています」
     そして冬間・蕗子(大学生エクスブレイン・dn0104)もまた、淫魔の動きを予知したという。
    「サイレーンの配下は現在の状況を把握しておらず、命令も下されていないため、本能的に活動しているようです」
     しかし上位の淫魔が復活し、軍団を形成すると厄介だ。できれば今のううちに灼滅しておきたいところだ。
    「私の予知によると、淫魔は遭難者を装ってとある青年の家に潜り込み、そこを拠点として一般人を誘惑していきます。放置すれば、多くの人々が淫魔の虜になってしまうでしょう」
     淫魔は青年の自宅におり、そこを襲撃する必要がある。青年はまだ強化一般人にされていないものの淫魔を守ろうとするので、説得するかESPで大人しくさせるかした方が良いかもしれない。
    「淫魔はサウンドソルジャーのサイキックのほか、日本刀のサイキックを使います」
     配下はいないので灼滅はそう難しくはないはずだ。しかし逃走を許せばまた事件を起こすので、確実に撃破すべきだろう。
    「目覚めたばかりとはいえ、相手は大淫魔セイレーンの配下。油断は禁物です。セイレーンを追い詰めるためにも、淫魔の灼滅をよろしくお願いします」


    参加者
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)
    ルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)
    角松・離音(大学生サウンドソルジャー・d27122)
    緋室・赤音(レッドゾーンガール・d29043)
    サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)
    日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)

    ■リプレイ

    ●淫魔は平穏に潜る
    「淫魔ってずるいですよねー……魅了して人のとこ上がり込んで、あとは好きなことやってるだけとかニートですよ……。ほんと羨ま……許せませんね!」
     青年の家に向かいながら本音を漏らすのは、働かないメイドことルーナ・カランテ(ペルディテンポ・d26061)。そういう台詞は真面目に働いてから言ってください。
    「……はっ! ラブフェロモンを使えば私にもバラ色の未来がワンチャン……!?」
     名案を思い付いたとばかりに目を輝かせるルーナだが、それではダークネスと変わりない。ESPの濫用はダメ、ゼッタイ。
    (「大淫魔サイレーンですか。始まってしまったんですね……」)
     高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)は歩みを進めながら険しい表情を浮かべる。今まで武蔵坂は敵の動きに対して反応を起こすことが主だったが、今はこちらから打って出る形だ。紫姫としては、サイレーンについて尋ねたいことがあるのだが……。
    (「サイレーンの配下……ですか。さて、選んだ結果とはいえどう転ぶんですかね」)
     戦いの顛末に予想が付かないのはリーファ・エア(夢追い人・d07755)も同じ。とはいえ出たとこ勝負はいつものことなので、慣れたものといえなくもないが。
    「パンパカパーン! You ain't heard nothin' yet!」
     青年の家の前に到着すると、サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)がスレイヤーカードの封印を解除。玄関の扉を開きながらスタイリッシュモードを発動させ、色鮮やかなデザインのダイダロスベルトが宙を泳ぐ。
    「な、なんだ!?」
    「それじゃ、後はよろしく! 真打カモン!」
     突然の訪問者に驚いて青年が出てくると、サイレンがアガーテ・ゼット(光合成・d26080)にバトンタッチ。
    「悪いけど、2~3時間どこかに行ってくれないかしら」
     アガーテは王者の風を使用し、有無を言わせぬ迫力で青年を威圧。王者の風自体は命令を聞かせる効果のESPではないが、逆らう気力も奪われてしまい、結局言われるがままに家を離れていく。アガーテは外で時間を潰せるよういくらか現金渡そうとしたが、青年はそれを受け取る気力もなかったようだ。
    「いってらっしゃーい」
     リーファは手をパタパタと手を振って見送り、青年はのそりのそりと重い足取りでどこかへと消えていった。
    「あの、どうしましたか……?」
     その時、奥から顔を出したのは可憐な容姿をした少女。少女は儚げな雰囲気を醸し出し、目を離せば消えてしまいそう。けれど纏う艶やかさは間違いなく魔性のものだった。
    (「近所迷惑になるのは良くないわね。後から責められてもいけないし」)
     角松・離音(大学生サウンドソルジャー・d27122)は淫魔の姿を視認するとサウンドシャッターを発動。エクスブレインからの依頼を受けるのは今回が初めてだが、淫魔を逃がさないよう気を付けて倒したい。
    「……あら、お客様を呼んだ覚えはないのだけれど?」
     目の前に敵がいることを理解した淫魔は儚げな表情を不敵な笑みに変え、本性を露わにして灼滅者に襲い掛かった。

    ●目覚めし者
    (「サイレーンの配下……どれほどの実力か」)
     日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)はエアシューズを駆動させて後方から飛び出し、助走を付けて跳躍。流星のごとき蹴りが淫魔を打つ。
    「灼滅者風情がゾロゾロと……ダークネスに楯突こうなんてバカなのかしら? 泣いて謝っても許してあげないわよ?」
    「まさか。そちらこそ泣いても遅いぞ」
     復活したばかりで情勢を知らない淫魔は絶対的強者のつもりで灼滅者を見下すが、優奈は表情を変えることなく撥ね退けた。淫魔の知る頃ならともかく、今の灼滅者は抹殺されるだけの弱者ではないのだ。
    「それじゃ、あたしも行かせてもらうぜ!」
     緋室・赤音(レッドゾーンガール・d29043)は背からダイダロスベルトを伸ばし、矢に変えて射出。淫魔は寸でのところで攻撃を回避したが、意思持つ帯は敵の動きをインプットして次弾に備える。アガーテも十字架を振りかぶって接近戦を挑むが、淫魔の方が一瞬速く、薙ぎ払った十字架は空を切った。
    「さて、久しぶりのお目覚めの所悪いんですが……色々分かる前に退場頂ければって思います」
    「あなた、生意気」
    「もう既に大淫魔も残すところ貴女の上司のサイレーンだけですし。少しでも戦力は削っておきたいんですよ、すみませんね」
    「バカバカしい嘘ね」
     リーファが挑発的な表情で声をかけると、淫魔は苛立たしそうに睨み返した。リーファは縛霊手を素早く打ち込み、霊力の網で絡めて取って敵の機動力を奪う。
    「消えなさい」
    「モップさん出番です!」
     淫魔は腕から生えたヒレを振るって剣のように一閃。しかしルーナはマテリアルロッドの先に自分の霊犬・モップを引っかけて盾にした。毛むくじゃらの体は本当にモップのようで、攻撃を受けたせいかあるいは元からか、ぐったりとしてロッドにぶら下がっていた。
    「海の近くだしね。今日は派手に暴れろ!」
     サイレンが噂を語ると空が陰り、どこからともなく出現したメカザメやらメカダコやらが空中で合体。牙や触腕で怒涛の攻撃を見舞うと消滅した。離音はエアシューズに炎を灯して迫り、烈火を帯びたローラーで蹴り上げる。
    「貴女はどこから来たのですか? いえ、どこに封じられていたんですか?」
    「はい?」
     不意に紫姫に質問をぶつけられ、首を傾げる淫魔。
    (「サイレーンなら私の知りたいことを聞けるかも……」)
     紫姫はスキュラと話す糸口にならないかとずっと霊玉を追っていた。しかしスキュラと同じく大淫魔と称されるサイレーンからなら何か聞き出せるかもしれない。話の通じる相手かどうかは分からないが、ほんのわずかな可能性を繋げるためにも、今はサイレーンのことを少しでも知りたい。
    「貴女の主、サイレーンってギリシア神話に登場するあの海の魔物のことですか? そんな神話の時代からのダークネスなんでしょうか?」
    「クスッ、さあね。サイレーン様に会えたら直接聞きなさい。もちろん会えたらの話だけどね!」
     しかし淫魔は紫姫の問いに答えることはなく、嘲笑を浮かべて歌声を響かせた。

    ●淫は武に長けず
    「面倒な奴らね……」
    「それはお互い様よ」
     忌々しいと言わんばかりの淫魔の視線を受け止めながらも、アガーテは淡々と十字架を構えて狙いを定める。響く聖歌とともに砲口が開き、業を凍てつかせる光弾が淫魔を撃ち抜いた。
    「今度こそ、当てる……!」
     赤音が大きく踏み込み、同時に刃を装備したギターを振るう。叩き付けては振り上げ、豪快かつ巧みな連撃で淫魔を切り刻んだ。
     淫魔の動きは素早く、決定打は未だに与えられていない。しかし攻めきれないのは淫魔も同じことで、灼滅者の攻撃を押し返すことができずに徐々に追い込まれていた。
    「お前の主、サイレーンはどんな性格をしているんだ?」
    「だからサイレーン様に直接聞けって言ってるでしょ!」
     ラブリンスターのように少しは歩み寄れる余地があれば良いと優奈は思うのだが、淫魔の態度からはサイレーンの性質は窺い知れない。淫魔が鋭く腕を振り抜き、斬撃が宙を飛んで優奈達に届いた。
    「負けない……!」
     斬撃を浴びた離音だが、まだ倒れるには至らない。敵の動きを見定めて飛び出し、白銀の光を帯びた一閃を見舞った。紫姫は短槍を横薙ぎに振るい、氷柱を生み出して淫魔を穿つ。
    「殴りますでーす!」
     ルーナは適当な日本語とともに縛霊手を振りかぶり、紅に染められた手甲を打ち付ける。続けてリーファのライドキャリバー・犬が機銃を連射し、リーファは霊体と化した剣を真っ直ぐ突き出して敵を深々と刺し貫いた。
    「ふふふ、ボクはどうしても君の主を倒さなくちゃいけない。どうしても晴らしたい因縁があるからね」
    「因縁?」
     目を閉じて意味深な笑みを浮かべ、サイレーンを倒す理由があると告げるサイレン。淫魔が問い返すと、待っていたと言わんばかりに目を見開く。
    「そう、それは……ボクとアイツの名前が似てる事だ!!」
    「はぁ?」
    「最近廊下とか教室でボクが何回無駄に振り向いたと思ってるんだ! この怒りと虚しさを、決してボクは忘れない……だから倒す!! 覚悟ぉっ!!」
    「そんなの知ったことじゃないわよ! それに私はサイレーン様じゃないってば!」
     唖然とする淫魔を意に介さず、サイレンはバベルブレイカーを突き付けて杭を撃ち出す。サイレンとサイレーン……確かに名前は似ているが、もはや言いがかりと言っても過言ではないだろう。
    「そろそろ観念してもらおうか」
    「うるさいのよ、この若作り!」
    「誰が若作りだ! 私はどう見てもお姉さんだろう!!! 人の気にしていることを……許さん!」
     年相応に見られない容姿を指摘され、先ほどまでの冷静さを失って激昂する優奈。怒りの形相で剣を構えて飛び込み、渾身の力で切っ先を突き立てた。

    ●淫魔は無へと還る
    「それじゃ、サイレーンの前にキミを倒しておこうか」
    「くっ……!」
     サイレンの足元から影が伸び、大きく広がった帳のように淫魔を呑み込む。ウイングキャット・アルレッキーノも肉球でパンチを繰り出した。
    「お掃除ですよー」
     ルーナがエアシューズで加速してジャンプ、頭上から急降下して蹴りを放つ。モップも肉薄して魔を絶つ刃を振るった。さらにアガーテは背後から近づくと縛霊手を突き出し、淫魔の足を斬り抉って動きを鈍らせた。
    「もう終わりね」
     離音の手にした剣が光を透過し、うっすらと輪郭を残して実体を失う。非物質化した刃を一閃し、肉体を無視して霊魂だけを切り裂く。
    「こいつでどうだ!」
     続けて赤音がダイダロスベルトを広げて再び射出。今度は正確に敵を捉え、矢が淫魔に突き刺さった。
    「さっきはよくも……!」
     優奈は依然として落ち着きを取り戻しておらず、怒りを剥き出しにして淫魔に襲い掛かる。断罪輪を構えて踏み出し、自身ごと回転させて斬撃の渦となって切り刻んだ。
    「今の貴女を逃がすわけにもいかないから……私は護る者でありたい。だから、ごめんなさい」
     紫姫は神妙な面持ちで槍を突き出し、螺旋描く一撃が淫魔を貫く。問いかけの答えを得ようと得られまいと、淫魔を灼滅することに変わりはない。
    「灼滅者ごときに……!」
     唇を噛み、ヒレで斬撃を繰り出す淫魔。しかしその攻撃はライドキャリバーに阻まれた。
    「ああ、そうだ。最後に自己紹介だけしときますね。私は武蔵坂の灼滅者です。ええ、灼滅者なんですよ」
    「この……!」
     追い詰められた淫魔に対し、灼滅者であることを殊更に強調するリーファ。それは灼滅者を弱者と見くびっていた淫魔にとっては最大の屈辱であっただろう。
    「まあ、犬にでも噛まれたと思って諦めてください……ね?」
    「キャアアアーーーーッ!!」
     屈辱に震える淫魔を前にしてリーファの目が笑う。そしてエアシューズで疾駆して肉薄し、炎を纏った蹴撃が引導を渡した。

    「お疲れ様」
    「おう、お疲れ」
     離音が周りを片付けながら労いの言葉をかけると、赤音が軽く手を上げて返す。淫魔が自ら出てきてくれたおかげで家の中がグチャグチャにならずに済んだが、何より淫魔を無事灼滅することができて一安心だ。
    「何も無いよりはマシでしょう」
     後始末を一通り終わらせ、メモ書きをドアに挟んで踵を返すアガーテ。その横顔は何事か言いたげなようにも、何事にも無関心なようにも見えた。
     そしてそのメモにはこう書かれてあった。
     ――人魚は本来居るべき海に帰りました。今回の事は忘れてください。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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