●人は半魚人へと変貌する
踊る、踊る、魔女は踊る。
波が砕け飛沫に変わる岩礁の上、朗らかなる歌声を響かせながら。
スポットライトは月明かり、輝くものは水面に写る数多の星。世界に伝わる歌声は、砂浜にまで届いている。
歌声を耳にした者たちは、すべからく足を運んでいく。波打ち際に佇んで、岩礁で踊る魔女を眺め始めていく。
いつからだろう? 魔女の舞踏を見つめる人々の、瞳が潤み始めたのは。
いつからだろう? 魔女の歌声に耳を傾ける人々が、鱗を持ち始めたのは。
足跡が、消えることなく残る夜の浜。魔女の踊りと歌に誘われ、やがて人はいなくなる。
全ては鱗とヒレを持つ、半魚人へと変貌する……。
●夕暮れ時の教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、いつもと変わらぬ笑みを浮かべたまま説明を開始した。
「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されています。その事件の一つとして、サイレーン配下の淫魔達が一般人を集めて、半魚人のような不気味な姿をした配下に変えてしまう事件が発生するようです」
場所は沖縄。すでに、海水浴場が営業を始めている場所だ。
「皆さんが現場に到着した時点……夜八時ごろですね。この時間帯では、集まった一般人は変化を始めていません。しかし、淫魔を灼滅者が攻撃しようとすると、一般人の方々は淫魔を護ろうとして半魚人のような姿に変わって戦闘に加わってしまいます」
それを阻止するには、淫魔に対抗して歌や踊りによって、一般人に訴えかける必要がある。
歌や踊りの分野で淫魔と対抗するのは難しいかもしれないが、うまいすれば一般人が配下となることなく、有利に戦いを行うことができるかもしれない。
「また……半魚人かした一般人は淫魔を灼滅しても救出することはできません。残念ながら、半魚人化してしまえば灼滅する以外に方法はないでしょう」
続いて……と、葉月は地図を取り出した。
「皆さんに赴いてもらうのはこの辺り。砂浜から岩礁地帯が眺められる場所、ですね」
淫魔は岩礁地帯で歌い、踊り、人を半魚人に変えて配下にしようと目論んでいる様子だ。
「人数は三体。三体とも女性型で、淫魔らしく美しい美貌と抜群のスタイルを持っていますね」
三体の淫魔は月明かりの下、岩礁の上で激しくも切なく、情熱的な……異国風なダンスを踊りつつ、愛に焦がれるような歌声を響かせている。
戦いの際も、歌や踊りで心を惑わせるような力を得意としている。また、その力は広く伝わる。
具体的には、心を奪う歌声、思わず動きを止めてしまうような踊り、情熱を炎へと変え差し向ける……といったものになる。
「また、戦うことになるかもしれない半魚人化した強化一般人についてですが……」
総員、淫魔たちを守るように立ちまわってくる。戦闘力は低く、反撃の威力もさほどないものの、命がけで淫魔たちを護ろうとするため厄介な存在となるだろう。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
「海辺に響く歌声に、そっと耳を傾ける。紡がれゆくダンスに心を奪われる……それだけならば、印象的なできごと……くらいのもので済んだかもしれません。しかし、現実は違いました。どうか、多くの被害者が出ないうちに、灼滅を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
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月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470) |
新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835) |
ヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952) |
水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132) |
神之遊・水海(うなぎパイ・d25147) |
●人が人であるために
寄せては返すさざなみも、星々を映す海原も、今宵は主役になり得ない。
海の砕ける岩礁地帯。飛び石状の足場を舞台代わりに、三人の淫魔が情熱的な舞を歌声を紡ぎ続けているから。
一人の淫魔が腕を伸ばす。合わせ足を上げた淫魔がいたと思えば、もう一人の淫魔が微笑みと共に高らかなる歌声を響かせた。
楽しげで艶やかな音色に誘われて、人々が砂浜へと集っている。
月のスポットライトに映しだされている小さな舞台を、熱っぽい瞳で見つめ――。
――そんな折、軽快な音楽が波に混じるようにして鳴り響いた。
砂浜に舞踏の軌跡を刻みながら、新城・七葉(蒼弦の巫舞・d01835)はバイオリンを演奏し続ける。
スタッカート連打のメリハリの利いた音楽に乗せ、淫魔たちに負けず劣らず流麗な歌声を響かせた。
人間への想いを歌った時、一人の男が振り向いた。
切なげな感情を吐露した時、一人の女が振り向いた。
すかさず水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)が躍り出る。
神之遊・水海(うなぎパイ・d25147)と共に。
淫魔に負けぬ、身振り軽やか情熱的に。
砂浜に足跡を刻むたび、人々が一人、また一人と視線を向けてくる。
視線を受け止めながら、主役を水海へとバトンタッチ。
リズムを刻んでいた水海は、肌もあらわな踊り子衣装。
激しく時に穏やかにベールをたなびかせ、音色に合わせて明るく楽しく舞踏を刻む。
手をまっすぐに伸ばした時、一人の若者が振り向いてきた。
足を大きく振り上げた時、三名の若者たちが目を覚ましたという様子で振り向き海岸線の側へと歩き始めた。
呼応するかのように、淫魔たちの舞踏が激しさを増す。
月に浮かされたかのように、海に急かされたかのように、情熱的な歌声は深く遠く響いていく。
逆らわず、けれども取り込まれることはなく、七葉は奏で続けていく。
人が、人であるための歌声を。
楽しく楽しく、学園に来て初めて知った素敵な感情を伝えるため!
ぶつかり合う歌と歌、描き記される舞と舞。
淫魔たちが手を重ねた時、水海は詩乃と腕を組む。
両者ともにぐるり、ぐるりと回りながら、人々を引き込むかのように腕を伸ばし……。
――そんな折、波打ち際で淫魔たちを眺め続けていた人々の体が震え始めた。
演奏の手は止めず、七葉は道路側へと視線を送っていく。
受け取り、ヴォルフ・ヴァルト(花守の狼・d01952)は駆け出した。
「ウンジュら、クマンカイ!」
「遠くへ逃げろ!」
月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)と共に。淫魔の影響を逃れた者たちを導くため。
促され、人々は帰路を目指していく。
朔耶の放つ力に背を押され、日常へと戻っていく。
最後の一人を見送った後、朔耶は波打ち際へと視線を向けた。
「……おおよそ半数、と言ったところか」
未だ情熱の宴が繰り広げられている舞台上。七葉たちが、淫魔たちが一歩も譲らぬ姿を見せる中、うずくまっていく人々。
一人でも多く救わんと、水海は中心へと躍り出た。
素晴らしい姿に変身し、気を引こうと試みて……。
――されど、変化は訪れる。
七人。
半魚人へと変貌し、淫魔に背を向ける形で……背負う形で、灼滅者たちへと視線を向けてきた。
未だ歌い続ける淫魔たちとは対照的に、灼滅者たちは歌を踊りを止めて身構える。
月明かりが見守る中、望まぬ姿に変わってしまっただろう人々が長く苦しむことがないように。
人々をかどわかした淫魔たちを、その手で葬り去るために……。
●情熱の舞曲が響く中
朔耶は鋼糸を張り巡らさせた。
早々に半魚人たちを倒し、淫魔討伐へと向かうため。
虚空に煌めく鋼糸に力を込めたなら、半魚人たちは動きを止める。
すかさず霊犬のリキが中心へと飛び込んで、右側の半魚人へと斬魔刀を浴びせかけていく。
眺めながら、ヴォルフは朔耶の横に並ぶ。
視線を交わすことはなく……自然と呼吸を重ねながら、翼のように帯を広げ半魚人たちへと差し向けた。
半魚人たちの動きは緩慢で、避ける様子すら見せていない。即座に帯に抱かれ、動きを――。
――解放せんと言うかのように、淫魔たちの歌声が高らかに響き渡った。
けれどそれは、半魚人たちを癒やす歌ではない。
灼滅者たちを惑わす魔性の歌声だ。
心動かされる事のないように、七葉は警告を促す交通標識を掲げていく。
「ん、心の不調に注意、だよ」
前衛陣に浄化の加護が施されていく中、ウイングキャットのノエルがリングを輝かせた。
朔耶はヴォルフに視線を送った後、一歩後ろに退いた。
頷いたヴォルフが前線へと向かう中、半魚人たちの注意に魔力を送り込んでいく。
「せめて、早々なる終幕を……」
言葉とともに魔力を氷結させ、半魚人たちを凍てつかせた。
砕くため、リキは六文銭を射出する。
硬質な音が響く中、水海は硬く握りしめた拳に雷を宿した。
「……」
ちょっと前まで人だった半魚人を殺さなければならない。考えるだけでゾッとしていたけれど……やらなければ、永遠に苦しみ続けるだけ。
唇を噛み締め踏み込んで、帯にとらわれている半魚人の懐へと入り込む。
姿勢を正し、腰の力を乗せた正拳突き。
半魚人を打ち砕き、消滅という名の救済へと導いて……。
半魚人たちの力量は低く、数がいたとしても大きな脅威には成り得ない。
灼滅者たちは程なくして解放を終え、逃げずに岩場で歌い踊り続けている淫魔たちのもとへと向かった。
元より半魚人に守らせるつもりだったのだろう。淫魔たちはひどく脆い。
刃を振るうたびに肌が傷つき、打撃を受けるたびによろめいていく。
されど動きを止めずに、逆巻き始めた炎は情熱だ。
ヴォルフは大気をも焼き払う炎に怯えることなく踏み込んで、先頭に位置していた淫魔に大鎌を振り下ろす。
先端が背中へと突き刺さり、淫魔は空を仰ぎながら動きを止め……。
「……」
重さを失い消滅していくのを感じながら、ヴォルフは残る淫魔たちへと視線を向けた。
そんなおり、燃え盛る彼の体を帯が抱く。
「迷いの空間よ」
担い手たる七葉が治療を始めていく。
炎を確実に消すために、ノエルもまたリングを輝かせた。
余波を受け取り、詩乃は進む。
前へ、前へ、制止を促す交通標識を握りしめながら。
「あなた方は大淫魔サイレーンの配下と聞きましたが、一体大淫魔サイレーンとはどのような方なのでしょう?」
尋ねると共に右側配下へと振り下ろし、左肩を捉えていく。
地面に押さえつけられながらも、淫魔は微笑みを崩さない。
――サイレーン様は素晴らしいお方。会えばきっと虜になる。
歌に返答の言葉を乗せて、舞を情熱的なものへと変えていく。歌い踊り続ける意志は感じた。
だから朔耶は解き放つ。
刃に変えた影を一つ。
詩乃が抑えている淫魔の背後へと送り込み、その背中を斬り裂いた。
「……二体目」
体をのけぞらせ消滅していくさまを捉える中、リキが最後の淫魔へと向かっていく。
ヴォルフが横に並び、ナイフ片手に踏み込んだ。
斬魔刀に合わせナイフを振るい、伸ばされていた淫魔の腕にXの字を刻んでいく。
苦痛を顔に出すことなくステップを踏み、逃れながら淫魔は踊る。
歌声も高らかに響く中、水海が背後へと回りこみ腕を肥大化させた。
「どっせい!」
気合いの入った正拳突き。
踊る淫魔をふっ飛ばし、海の中へと叩きこむ。
淫魔は波打ち際で立ち上がり、ひとつ目のステップを刻み出す。
再び歌声を響かせて、情熱を描き続けていく。
もっとも、力は乏しく……動きもまた、最初に見た時のようなキレはない。
終幕を伝えるため、詩乃はたおやかな足取りで歩み寄る。
瞳をうるませ踊る淫魔と視線を交わし、紫紺の和傘を振り上げ……一閃。
踊りながら、淫魔は消える。
灼滅者たちが見つめる中。
波音が聞こえる静寂が訪れた時、詩乃は小さく肩をすくめた。
「素晴らしい方、ですか……」
●宴のあとに
救うことができたのは、八人ほど。
朔耶は静かな息を吐き、得物を収め空を……。
「……」
仰ごうとした時、リキが足元に寄ってきた。だから落ち着いた調子でしゃがみ込み、頭を優しく撫で始める。
表情が和らいでいくように感じられる朔耶を一瞥した後、ヴォルフは淫魔たちがいた場所へと視線を向けた。
そこにはもう、何もない。
彼女たちが存在した形跡すら……。
「……」
「お疲れ様、皆大丈夫?」
ヴォルフが肩をすくめていく中、七葉が努めて明るい調子で労った。
無事……との返答とともに治療が行われていく中、水海は半魚人たちが……若者たちがいた場所へと視線を向けていく。
「大淫魔サイレーン……これは人類の敵かなぁ」
「……」
七葉は静かな息を吐き、水平線の向こう側を眺めていく。
「歌は人に力を与える。惑わせるものじゃないよ?」
「……ええ、そうですね」
頷き、詩乃は顔を上げていく。
変わらず輝き続けている月を見つめていく。
月は変わらない。今も昔もこれからも、煌めきとともに世界を見守り続けている。
時には狂気を誘い、時には安らぎを導きながら……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年5月24日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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