海岸線のリィザ

    作者:

    ●策謀のbeauty
     海岸に沿って続く道の上に立つ、女は酷く美しかった。
    「どうしたものかしら……」
     金の髪は月光を蓄え、白く豊満な体からはまるで光が零れる様。その肢体を惜しげもなく風に晒す水着の様な露出の衣装は、海岸にいることに何ら不自然さを感じさせない。
     唯一違和感を覚えるとするならば、その背には悪魔の様な華奢な黒い羽が在ったが――それすらも許された妖しい魅力と思えるほどには、女の美しさに調和していた。
    「先ずは場所の把握。次に拠点ね、そして情報……全く、どうしてこんな所に居るのか……」
     現在地は解らない。方角もよく解っていない。目が覚めたら、何故か女は1人そこに居た。
     夜の中に在っても、海に面した高台のそこは月明かりも手伝って美しい景色を有していたが――正直今はそれどころで無い。そもそもまるで景色に興味も無さそうな女は、不機嫌に辺りを見回していた。
    「……あら……」
     やがてその視線が高台を降りて続く道の先に灯り点る小さな町を捉えた時、不機嫌そうだった女の口元が、にまりと歪な笑みを形作る。
    「……ふふ。み・ぃ・つ・け・た♪」
     いかに美しかろうとも――それまでになく甘ったるい声を上げ、町を指差し妖しく笑う淫魔である女の企みが良いことである筈など無かった。

    ●海岸線のリィザ
    「大淫魔・サイレーン……早速、復活したその配下達が動き出した様よ」
     空き教室の一角で、唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)は灼滅者へ向け声をあげた。
     サイキック・リベレイター。使用対象がどの勢力になろうとも、使うと決まれば必然予知を語ることになると予想していたのだろう――その日姫凜が手に持つノートは新品だった。
     そして捲ったその最初のページには、タイトルの様に『リィザ』と大きく書かれている。
    「あなた達に灼滅して欲しい淫魔リィザは、復活したばかりで――復活の経緯や状況も当然把握していないし、命令だって受けてない。だから今灼滅しなくちゃいけないわ。仲間と合流したり、上位の淫魔から指示が出て、それが耳に届いてしまう前に」
     復活した淫魔達側の状況把握が進めばそれだけ、軍勢を成し灼滅者達の脅威となる可能性が高くなるのだ。敢えて強い口調で言い切って、姫凜は予知記したノートへ灼滅者達の視線を促した。
    「リィザは、新潟の越後七浦海岸近くの高台に現れるの。海岸線に沿った道を、町を目指して歩いてる。町で一般人を篭絡して配下を増やしながら、情報を集めるつもりなんだと思うわ。だからあなた達はリィザが町へ着く前に接触しなくちゃいけない」
     方法は実に単純だ。町へ向かう道中に潜み、奇襲を仕掛けて敵を討つ。断崖の多い海岸には岩場も多く、隠れる場所は豊富にあると姫凜は語る。
    「リィザは、手に持つ武器は無いけど――淫魔のサイキックの他にバトルオーラを使用するみたい。ポジションはジャマー。1人で、他に敵は居ないけどダークネスには違いないから甘く見れない。くれぐれも気をつけて」
     そこまで語って顔を上げると、姫凜はいつになく強い眼差しで灼滅者達の瞳を見つめる。
    「賽は投げられた、……なんて格好つけたいわけじゃないけど、選んだ以上、戦いは始まってしまったわ」
     受け身ではもう居られない。勝利するため、仕掛けることを武蔵坂学園は――灼滅者達は選んだのだから。
    「だったら私も、全力で力を貸す。……先ずは緒戦。あなたたちの笑顔の帰還を信じて此処で待ってるわ」
     必ず勝って帰る様にと。
     送る姫凜の瞳に声に、迷いや躊躇は欠片も無かった。


    参加者
    マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)
    ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)
    麻崎・沙耶々(ユアーオンリープリンセス・d25180)
    果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)
    照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)

    ■リプレイ

    ●2人のリィザ
     海岸沿いに町へと続く長い道に、人影が1つ。距離歩くには不似合いなヒールの音が、カツカツと一定のリズムを刻んで響いていた。
    「サイレーン様はどうしているかしら……」
     口元に手を添え考え込む淫魔・リィザは、周囲の景色など気にも留めていなかった。だから道の両脇を岩場が挟むやや暗い一角に差し掛かっても、潜む者達の存在に気付けない。
    「――待ってたよ、淫魔!」
     突如、背後に人の声が現れた。予期せぬ気配に体が反応するより早く、左脇腹に痛みが走る。
     そのまま肩を、足をと次々貫くのは宙を舞う帯だ。それも三方向から――つまり、現れた人の気配は1つでは無い。
    「っ、何者……!?」
     漸く振り向いた淫魔の視界に飛び込んだのは、大きな黒蝶。いや、背に黒き蝶の羽を宿した黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)の姿だった。直ぐ脇の岩場の上からは、和装の少女――矢矧・小笠(蒼穹翔ける天狗少女・d28354)が天狗の様にひらりと大地へ舞い降りる。
     先ほど自身を襲った魔術帯の内の2つがしゅる、と2人の周囲を旋回している辺り、明確に敵だと淫魔の頭は理解した。残る1つの魔術帯を目で追えば、辿り着いた果乃・奈落(果て無き殺意・d26423)の表情はフードに隠れて窺えない。
    「ようやくこちらから攻勢に出れる機会だからな。この機会を逃す手は無い。……しかし少し誰かを思い起こすような見た目だな」
     声に男と察しても、その正体は解らない。
    「何のつもり!? どこから……」
    「――こんばんは! いい夜だから消えて頂戴ね!」
     直後、空から新たな声と刃が降って来た。斬撃では無い、真上からの重力に加え回転により突貫力をも増した突きの名は螺穿槍。
     肩から背、腰にかけて一直線、抉る様に生じた傷に淫魔が思わず体を逸らすと、自然上向いた視線に、月に透け空に散らばる金髪と、絡む様に棚引く長く赤いリボンが映った。
    「ここで確りと潰しておかないとね!」
     逆光のブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)の表情は、唇だけがくっきりと、笑みを浮かべているのが解る。地面につけた槍の切っ先を軸に中空に留まる少女に、淫魔は視線鋭く手を伸ばすが――その姿は一瞬で月光の中に掻き消えた。
     否、ブリジットはかわしただけだ。しかし突然直視した月光に、淫魔の目は眩み――その光に紛れ降り注ぐ新たな一手へ気付くのが遅れた。
    「マナと一緒に遊びましょ。悪い子はお仕置きですの!」
     マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)のマジックミサイルだ。真正面から胸を貫いた魔力の矢に、淫魔は思わず膝を折る。その隙に麻崎・沙耶々(ユアーオンリープリンセス・d25180)が掲げた『催眠注意』と書かれた交通標識が、戦いに備え仲間へ注意を促す黄色い光を振り撒いた。
    「リィちゃんと全くおんなじ名前の淫魔なんて……な、なんだか笑っちゃうけど、笑いごとでもないよね」
    「……まぁったく」
     笑いたい様な、でも笑っていいのか迷う困った様な沙耶々の声に、溜息交じりの答えが返った。直後、未だ膝を折る淫魔の腹部に潜り込む様に雷を纏う拳が差し込まれ、パァン! と音立て体を空へと打ち上げる。
    「眠っていたダークネス、どんな強敵と戦えるかとわくわくしておりましたのに……一発目からこの仕打ちとは」
     腰にも至る金の髪を上品に肩から払う百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)の内心は今日、酷く複雑だった。この髪も、容姿も、どうやら戦闘スタイルも――どさ、と今地面へ落ちた淫魔と不本意にも特徴が限りなく近いけれど、……何よりも名前。
     1つしか無い大切な名を、よりによってダークネスが名乗るとは。
    「リィザお姉ちゃんの名前を騙るなんて不届き千万っ! そんなわるーい淫魔は、てんぐ様が退治してくれる、ですっ!」
     地に伏せる淫魔をびしっと指差し、天狗面で顔を覆った小笠が高らかに宣言する。その声に淫魔の手が怒りにかぐっと握りこまれたのを見れば、反撃を予想して灼滅者達も再び戦いの構えを取った。
     既に戦場には奈落の『百物語』とマナの『殺界形成』。先に見える町の住民達を戦闘に巻き込む心配は無いだろう。
    「――つまり、だ」
     最後に岩陰から姿を見せた照崎・瑞葉(死損ないのディベルティメント・d29367)は手に交通標識を握っていた。その視線がゆっくりと体を起こす淫魔の、より強調された胸の谷間を捉えた時、握る手はさらに強くギリィ! と鈍い音を立てる。
    「金髪で胸の大きいリィザを退治すればいいんだよね!!」
     何となくベクトルが違う気がする瑞葉の怒りの声と同時に、標識には『巨乳注意』の文字が浮かび――黄色い注意喚起の光が、前に並ぶ仲間達へと降り注ぐ。
     一斉に駆け出した灼滅者達に、立ち上がった淫魔のリィザが、まるでおいでと誘う様にゆらりと妖しく微笑んだ。

    ●猛攻
    「サイレーン様の目覚めに従ってたっくさん淫魔が出てきましたねい。……なんだかいよいよ最終決戦! って感じですの!」
     淫魔の両手から柘榴目掛けて放たれた毒々しい紫のオーラに、癒すべくマナは指先をくるくると中空で動かし詠唱を開始する。
    (「でも、なんだかマナ達が侵略者みたいでこれはこれで……嫌ですねい。……でもでも、負けていられませんの!」
     指の軌道上に、白い光線が奔っている。その優しい光にマナの癒しの意思を感じ取った沙耶々は、今は攻め時と地面から己が影を手繰り上げ前へと駆けた。
    「リィちゃんへの風評被害を食い止めるためにも、びしっとやっつけちゃおう!」
    「――紛らわしい淫魔だね!」
     応えた声は柘榴だ。リィザのライドキャリバー・ブラスに守られ先の攻撃に傷1つ負っていない彼女のマテリアルロッドは、込められ圧縮した魔力に紅く光を放っている。
     沙耶々とは逆サイドから淫魔へ間合いを詰めたその時――浮かび上がった五芒星こそ、力の解放の合図だ。
    「ここで灼滅してやるよっ!!」
     パァン! 沙耶々の影が淫魔の両肢を絡め取った瞬間に、激しい音立て柘榴の魔杖が淫魔の側腹を打った。流し込まれた魔力が体中を巡り軋む痛みにはっと淫魔が息を詰まらせれば、次の一手が間髪入れずに淫魔を襲う。
    「絶っっ対に負けませんわ!」
     ドン!! 金の髪とロングスカートを翻し放つ、それはリィザの鋼鉄拳。打ち込み即座に後退すると、とん、と肩が柘榴の肩に触れた。
     視線重ねれば、互いに勝ち気な笑みが浮かぶ――負けられないのは、何も淫魔にだけじゃない。
     一方、ダークネスへの強い敵意を宿し、奈落は戦場を駆ける。
    「確実に仕留めるぞ」
     足元の駆動輪がジャッ、と一際強く地を蹴った。跳びあがって頭よりも高く掲げたその足元には炎を纏い、反動にフードから覗いた瞳も燃え盛る様な赤で淫魔の姿を鋭く射抜く。
     するとそこに、淫魔を境に奈落と鏡対称に動く、もう1つの人影。
     顔を覆う仮面は赤く鼻高く、疾風の様に軽やかな身捌きは天狗そのもの。良く知る小笠のその動きはぴったりと自分の息に添う様で、奈落は僅かに口元を緩める。
     グラインドファイア。2つの蹴打が淫魔の両肩を同時に叩けば、淫魔の視線が強く鋭く中空の2人を捕捉した。
    「……どういうつもりか知らないけれど、死にたいことだけは解ったわ!!」
     両の手が、小笠と奈落を掴まんと伸びる。あわやと思われた瞬間、突如真横から現れた赤い光がバシンと淫魔の豊満な胸元を打ち、岩場まで吹き飛ばした。
    「えっちな方のリィザ! 矢矧ちゃんにも果乃さんにも、手出しなんてさせないよっ!」
     ホームランよろしく振りぬいた交通標識を肩に担いだ瑞葉の、それはレッドストライク。格好良く決まった影で、その手はギリィ……ッと力強く交通標識の支柱を締め付けている。標識は『胸揺れ禁止』の文字と共に、嫉妬の炎に赤く染まっていた。
     そして瑞葉の視線の先――岩が粉砕され舞った砂煙の中から、ガラガラと岩の崩れる音がした。しかしこの程度でダークネスは終わらない。解っているから、駆ける足を止めたブリジットは両手にカミの力を纏わせ、大地疾走する風の刃を砂煙目掛けて解き放つ。
     ぶわ、と散った煙の中に――傷負う体を癒しのオーラで包む女が、笑みを消して立っていた。

    ●異なるもの
    「大淫魔は流石に、リィザよりちょっとは強いよね」
     戦いの最中、敢えて挑発的に放った瑞葉の言葉は大淫魔サイレーンの情報収集を狙っていた。
    「でもどうせ大したことないだろうけどさ」
     しかし淫魔は、不快そうに眉根を寄せただけでそれには応じない。何しろ目覚めたばかりのこの淫魔には、答えられる材料が無いのだ。だから言葉で返す代わりに、淫魔は喉の奥から魅了の力を込めた歌声を放つ。
     ズバン! ブリジットの影の先端がその体を斬り裂いても、淫魔の歌声は止まらない。それはまるで、伝説の歌姫――戦場を渡る誘惑の歌声が狙うのは1人でも、その魔性の強さを感じ取って沙耶々は駆ける。
    「……っ、誘惑するって言っても……!」
     ドン! と友人・リィザを突き飛ばして庇い、淫魔の歌声を真正面から受ける。脳髄に直接響く様なその強い誘惑に、抗うのは灼滅者にも簡単なことでは無い。しかしそれでも、両耳を手で覆った少女は声を上げて抗った。
    「こっちのリィちゃんの方が、貴女なんかよりずっと強くてステキで魅力的なんだからーっ!!」
     リィザの友としての、それはとても素直な想いだっただろう。『絶対に守る!』と言葉を続けた少女に、他の仲間達も黙ってはいなかった。
    「マナも行きます! ワンちゃん……じゃなかった、ケレーヴと一緒に皆さまをきゅあっきゅあですようー!!」
     きらきらと輝きながら振られるマナの剣に刻まれた祝福が、風となって広く仲間達へと渡ってゆく。主の魔力に応える様にウイングキャット・ケレーヴも尾のリングを眩く瞬かせると、光は沙耶々を暖かく包み、風は脳内に鳴り続く誘惑の歌を和らげ、流れ去っていった。
     そしてその風の中を1人、少女が軽やかに駆け抜ける。
    「てんぐ様の一撃は風と共にあるぞっ!」
     両手を翼の様に広げ、小笠は目に留まらぬほどの速さで不規則な軌道を駆ける。しかし淫魔の背後を捉えた瞬間、天狗面の少女は蒼穹の色を秘めた髪を揺らして立ち止まり、その姿を現した。
    「喰らえっ、『天狗のつむじ風』!!」
     それは、小笠のご当地ビームだ。突風の様に空気を散らす力の流れは真直ぐに淫魔の背中へと向かう――しかし淫魔が振り向かないのは、正面から迫る、もう1つの人影が在ったからだ。
     小笠との連携――機動力を奪う重力乗せたリィザの蹴りはしなやかに、淫魔の上体目掛けて伸びる。これを確りガード出来ても、直後背に受けた小笠からの一撃には無防備だ。
     狙い通り急所に入れば、淫魔は体を仰け反らせる。その表情には、明らかに動揺が窺えた。
    「あと少しだっ! ……ダークネスに断罪を!!」
     叫んだ柘榴の足元に、光で描かれた五芒星が浮かび上がる。するとびゅっと凄まじい勢いで飛び出した魔術帯が柘榴の周囲を旋回したのち、今日幾度目か淫魔の体を貫いた。
    「……っ、あぁああ……!」
     余裕無くあがる悲鳴が、戦いの終わりが近いことを確信させる。察した奈落は、その声に呪いを込めて嘗て対峙した都市伝説の怪を語った。
     七不思議奇譚。何処か奈落にも似ている気がする、黒いフードを被り巨大な刃を振り回すその通り魔は、獲物に執着する――その、次の獲物は。
    「……ひっ……!!」
     弱り果てた淫魔の体を、抗えぬ恐怖の情が支配した。奈落に背を向け町へと至る道を駆け出す女を、しかし灼滅者達が逃す筈もない。
    「おっと、カバディカバディ……逃げられると思ってるの?」
     ――ドン!
     次の瞬間、ひゅっと突然に姿現した少女の手により、淫魔の胸に槍が突き刺さった。
    「……ぁ……」
     やや下向きに貫通した槍の穂先から、血があとからあとから滴り落ちる。その槍の柄を掴む少女――金の髪と赤いリボンを風に揺らすブリジットが語る声音ははっきりと、死に逝く淫魔の音遠のく耳にも確かな言葉で伝わった。
    「君が淫魔なのも悪いんだけど」
     ブリジットは、握りを逆手に持ち変えると、無造作に淫魔の体から引き抜く。
    「一番は名前被りしているのが悪いから。……天に太陽は二つもいらないの」
     激しい飛沫を散らした後に――淫魔はその身を地に沈め、2度と動こうとはしなかった。

    ●無二の貴女
     月がぽっかりと明るい――戦い終えた灼滅者達には、適度な疲労感と穏やかな脱力が待っていた。
    「金髪でバトルオーラを使うリィザって聞いて、最初はリィザちゃんが闇堕ちしたかと思ったよ」
     労いに少しからかう様な笑みを添えて柘榴がそうリィザへ声を掛ける。その最中にも瑞葉は順に仲間達へ祭霊光の癒しを試みていたが、沙耶々の前でぴたりと止まった。
    「名前と、特徴もリィちゃんにそっくりなんて……ほっといたらリィちゃんがえっちな人だって噂になっちゃったのかな! そして道行く人々からあらぬ視線を受けて……きゃーん!」
     柘榴に乗っかるように言った沙耶々が両手で顔を覆い、何だか嬉しそうに仄かに頬を赤く染めた。直後にべしっと、沙耶々の最後の悲鳴(歓声?)は後頭部に見舞われたリィザの平手によるものだったが、そんな沙耶々の胸を凝視し、瑞葉はギリィ……ッと何やら敵意を滲ませ歯噛みする。何というか、歪み無い。
     しかしそんな気楽さも戦いを終えてこそだ。天狗面を外して小笠が笑えば、瑞葉にブリジット、マナもつられる様に笑い出し、辺りは和やかな空気に包まれる。
    「リィザ、か……」
     倒れた淫魔はもう動かない。その姿を1人見つめる奈落は、最後にこう呟いた。
    「お前よりも俺の良く知っているリィザの方が、よっぽど強かったな」
     灼滅者1人では倒せないダークネスの強さは知っている。それでも――込めた意味は、物理的な力のことばかりでは無い。灼滅者・リィザへの信が、同名淫魔の討伐に仲間を集わせ、仲間達の今日の強さを生んだのだと。
     それは灼滅者であること以上に、1人の人間としてのリィザへの、最大級の賛辞だった。
    「……正直、お母さんに貰った大事な名前をーなんて思ってましたけど……ふふ」
     夜の道で、リィザは僅かに肩を揺らして笑う。海岸沿いのそこには時折湿気と塩分を含んだ冷たい浜風が吹き抜けて、淫魔リィザはサラサラと、風の中へ砂の様に散っていく。
     もしかしたら、まだ何処かに同じ名を持つダークネスは存在するかもしれない。でも、少なくともこの場所で今日――2人のリィザは1人になった。
    「皆様にこんなに褒められたら、恥ずかしくて、どうでもよくなってしまいました」
     でも、独りでは無い――月光に照らされ照れた様に笑う少女の笑顔は無二にして淫魔などより余程魅力的に輝いて、仲間に笑顔を齎した。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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