古くからの海辺の温泉街・熱海。今、その波止場に、場違いな人影が一つあった。
「さて、覚醒したは良いが、いかが致しましょう?」
船の係留用のビットに足をかけ、憂いを含んだ表情で頭を悩ませているのは、誰もが目を向けずにはいられないほど整った顔立ちの、麗しき僧侶だった。
「サイレーン様はもとより、他の仲間とも連絡がつかないとは。これは、思案のしどころですね」
懐から取り出した一輪の菊を何故か口に咥え、仏像もかくやと思わせる華麗なポーズを決めつつ考え込む僧侶。
「あの、お坊様、何かお悩みですか?」
そこへ、観光客らしい5人ほどの女性のグループが声を掛ける。熱に浮かされたようなその表情は、既にこの僧侶の美貌に心を奪われているかのようだ。
「これは美しいお嬢様方。実は拙僧、しばらく俗世間を離れ荒行に励んでおりまして。久しぶりに下界に降りてきたばかりなのです」
なぜか無意味に袈裟を大きくはだけ、上半身を大きくのけぞらせつつ、流し目を女性達に向ける僧侶。
「よろしければそこにある寺にて、最近の世情などのお話を聞かせていただけませんか?」
海岸から少し離れたところにある小さな古寺を指さす僧侶。綺麗に剃り上げられたその坊主頭が、神々しく輝いた。
「嗚呼、サイキックアブソーバーの力が増している……。サイキック・リベレイターを発動したことで、大淫魔サイレーンの配下の動きが活発化しているのが分かる」
集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
「……みんなには、サイキック・リベレイターの効果で復活した大淫魔サイレーン配下の淫魔を灼滅してきて欲しい」
復活した淫魔達は、現在の状況を把握しておらず命令なども出されていない為、淫魔の本能に従って行動しているようだ。
「……でも、より上位の淫魔が復活すれば、その命令に従って軍団を作り上げる可能性があるから、今のうちに灼滅できるだけ灼滅しておく事が重要」
そう言うと妖は、皆に改めて視線を向けた。
「……今回みんなに灼滅してもらいたいのは、英念という淫魔。英念は声を掛けてきた女性達を近場の廃寺に連れ込んで、籠絡しようとしてる」
英念に籠絡された女性達は、英念の為なら自分の命を投げ出すことすら厭わなくなってしまうという。
「……英念は、サウンドソルジャーと断罪輪に似たサイキックを使ってくるみたい」
英念と接触できるのは、廃寺で英念が女性達を籠絡している最中になる。
「……英念は戦いはあまり好きじゃないから、身の危険を感じたら女性達を盾代わりに利用して逃げようとするから、注意して」
厄介なことに籠絡された人々も、英念をかばうように動くようだ。ただ、英念は一般人に危害を加えるようなことはしないという。
「……ここで淫魔の勢力を削いでおけば、来るべき大淫魔サイレーンとの決戦が楽になるのは間違いない。変な相手だけど、みんな、頑張って」
妖はそう言って、灼滅者達を送り出したのだった。
参加者 | |
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彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131) |
住矢・慧樹(クロスファイア・d04132) |
ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183) |
片倉・光影(風刃義侠・d11798) |
ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129) |
伴・創(子不語怪力乱神・d33253) |
篠崎・伊織(鬼太鼓・d36261) |
城崎・莉々(高校生エクソシスト・d36385) |
●美坊主との接触
「そも、人には一〇八の煩悩があると申しますが、拙僧は悟りを開くためには一度煩悩を解き放つことも必要だと考えるのです。そう! 煩悩を! 解き放つのです!!」
篠崎・伊織(鬼太鼓・d36261)が古寺の入口の引き戸を薄く開き中を覗き込んだ時、英念は女性達を前に説法をしている真っ最中だった。
「美坊主が女性達を籠絡しようとしている……。えっと、こういうの何て言うんだっけ……? あ、『リア住(リアル住職)爆発しろ!』だっけ?」
思わず背後を振り返りそう尋ねる伊織。
「それは違うと思いますけれど」
城崎・莉々(高校生エクソシスト・d36385)は真顔で返すと、自身も古寺の中に目を向ける。
(「でも、英念さん……仏教徒には変な人がいるのですね」)
「これも――宗教の違いでしょうか?」
莉々の問いに、片倉・光影(風刃義侠・d11798)が首を横に振った。
「宗教の違いというか、淫魔にもいろいろな種類がいるってことなんだろう。さて、サイレーンの居場所をつかむヒントをこの淫魔が持ってればいいんだけどな」
「それは、直接聞いてみるしかありませんわね」
白と黒のローブ・デコルテに身を包み、サイレーンへの手土産を装ったウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)の言葉に、ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)は頷くと、意を決して引き戸を開け放ち、古寺の中に踏み込んでいく。
「おやおや、この古寺にまさか来客とは。一体、どちらさまでしょうか?」
突然現れた八人の若い男女の姿に、英念が秀麗な眉をひそめた。明らかに不審感を持っている表情だ。その不審を解くべくジンザの取った行動は――、
「その肉体美! 古の大淫魔サイレーン様が麾下、英念坊とお見受け致します!」
諸肌を脱いでその場に平伏することだった。続けて、ウィルヘルミーナと女装した彩瑠・さくらえ(三日月桜・d02131)も、さりげなく篭絡された女性達を押しのけつつ、ジンザに倣って平伏する。
「貴方様が英念様……お噂はかねがね」
さくらえは、一度視線を上げて英念と目を合わすと頬を赤らめ、
「物憂げなご様子の中にある美しさも、振る舞いの色香もすべて素敵でございます」
上目遣いに瞳を潤ませると、改めて平伏したのだった。
●美坊主との駆け引き
「ほう。しばらく眠りについていた拙僧をご存知と?」
英念の声に混じるのは、おだて上げられたことによる優越感と、正体不明の相手への警戒感が半々といったところか。
「実は我々、さるダークネスの配下の者でございます。恥ずかしながら、その主が未知の外敵によって窮地に陥っておりまして。その折も折、伝説の大淫魔サイレーン様の復活を察知し、助力を乞う為に参上した次第です」
ジンザの口上に、英念は額に指をあて、遠くを見る目で考え込む。
「ほれ彩瑠、手土産の般若湯で英念様に酌を! そして、こちらの娘はあなた様への手土産でございます」
もうひと押しとジンザは、背後にかしこまる二人に合図を送った。
「ささ、英念様♪ ワタクシ達の心づくしどうぞ召しがってくださいませ」
ここぞとばかりに馴れた様子で酌をする和装のさくらえと、
「その美貌、その輝き……ああ、貴方の下へ差し出される事、嬉しく思いますわ……。もっと近くで、そのお顔を拝見したく思います……」
魅了されたように装い、英念に密着する勢いで縋りつくウィルヘルミーナ。
「おお。なんと見目麗しい娘達。拙僧、仏の道を志す身でありながら煩悩に溺れてしまいそうになりまする」
英念は苦悩するように身をよじらせて天を仰いだ。その英念の耳元にウィルヘルミーナが、
「貴方は知っていますでしょうか? スキュラ様の動向を? よろしければ、耳を傾けて頂きたく思いますわ……」
そう囁く。
「ほう。かのスキュラの動きも掴んでおると? しかし拙僧に言わせればスキュラのごとき、サイレーン様の足元にも及ばぬ存在。そのような者の話など、聞く必要はありませぬ」
「なんと! やはり、サイレーン様は計り知れぬ力をお持ちと見ました。不勉強ながら我ら、古い言伝でしかサイレーン様のことは知りませんもので」
ジンザがここを好機とそう切り出せば、背後で会話の行方を見守っていた莉々も後を受けて、
「サイレーン様は、今どこで休んでおられるのでしょうか? 私、ご主人様の配下にして頂いてから、日が浅くて」
そう、英念に尋ねる。
「サイレーン様はどのような能力や勢力をお持ちなのですか? 私、ついていけるかな?」
無知を装い情報を聞き出そうと言葉を続ける莉々だったが、
「おやおや。あなた方は拙僧がサイレーン様の情報をホイホイと初対面の者に話すような不忠者と見くびっておいでですかな? それよりもまずは、あなた方が先に自らの主について話すのが筋ではありますまいか?」
言葉遣いは丁寧でその声色は温厚。だが、英念の目は鋭く酌滅者達を見据えていた。
「それに、そこの御仁は先ほどから何やらこの古寺が気になるご様子。何を調べておいでかな?」
英念が目を向けたのは、皆の後方でさりげなく周囲の様子を観察していた伴・創(子不語怪力乱神・d33253)だった。視線や挙動が不自然にならぬよう、可能な限り目立たぬように注意して英念の逃走経路や脱出口の目星をつけていたのだが、英念の観察眼は、創の予測を遥かに超えていた。
「失礼。このような古寺に来るのは初めてだったので物珍しかったのです。未熟故の散漫、とご容赦下さい」
深く頭を下げ非礼を陳謝する創。だが英念はまだ疑念を持っているのか、重苦しい沈黙が寺内に満ちる。
「ちょっとちょっとぉ、なに後から入ってきて勝手に英念様とお話してるのよぉ。あたしたちが、英念様のありがたい説法を聞いてるところだったのに」
そこへ、押しのけていた女性達が、話が途切れた隙をついて割り込んできた。
「あー、悪いけど、今大事な話の最中だからさ、ちょっと下がっててくれるかな?」
住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)がすかさず女性達を遠ざけようと動くが、
「お待ちを。その方々は拙僧の大切な信奉者。勝手にこの場から連れ出すというのは、見逃せませんな」
その慧樹を、英念が制止する。
「あの程度の女達、また直ぐに群がって参ります。追い払ってしまっても惜しくはないでしょう」
すかさず創が慧樹をフォローするが、
「人の出会いは一期一会と申します。如何に他の者が新たにやってこようと、その方々は他には存在しない、かけがえのない者達なのですよ」
英念の甘い声と流し目に、女性たちは顔を赤く染め、慧樹や創を押しのけて英念の元へと向かおうとする。
「んー、勘のいい坊さんでしたか。どうやらここまでのようですね」
英念からこれ以上情報を引き出すのは難しいと判断したジンザが立ち上がり、目で合図をすれば、さくらえが心得たとばかりに『パニックテレパス』を発動させた。
「これからちょっと危ないことになるからさ、すぐに逃げな!」
すかさず慧樹が女性達に指示を飛ばすと、釣られたように3人の女性達が古寺の外へ向かい駆け出していく。だが、逆に英念の方へ駆けていく女性も2人いた。彼女達にとってみれば、英念の元こそが最も安全な場所なのだろう。
「随分とあの坊主に心酔してしまってるようだな。仕方ない」
光影はその2人の前に立ちはだかると、即座に『魂鎮めの風』を発動させた。どこからともなく吹き込んだ爽やかな風が、たちまち2人の女性を眠らせる。
「この2人は任せてくれ!」
さっそく慧樹が駆け寄り、女性達を担ぎ上げると、ライドキャリバーのぶんぶん丸に乗せ、外へと向かって駆け出していった。
英念は女性達を呼び止めようと口を開きかけるが、
「魅了したと思い、注意を奪われてしまった時が、一番の籠絡タイミングですわよ?」
英念に絡みついていたウィルヘルミーナが、それを許さない。ウィルヘルミーナは接触した状況のまま、英念の首筋に魔力の弾丸を撃ち込むと、一気に出口側に飛び退いた。
「……随分と鮮やかな手並み。やはりあなた方は、サイレーン様と敵対するダークネスの手の者でしたか」
盾にする間もなく女性達を解放されてしまった英念が、撃たれた首筋を抑えながら冷たい目で酌滅者達を見やる。
「ダークネスの手の者? 少し違うな」
赤鬼の面で素顔を覆った伊織が、その英念の言葉を遮った。
「我らは、灼滅者だ!!」
●美坊主との対決
「灼滅者……。ああ思い出しました。闇に堕ちることもできず、さりとて人のままでもいられない、この世の理から外れし外法者が、確かそのような名で呼ばれておりましたな」
英念は珍獣でも見るような目で灼滅者達を見回した後、懐から華麗な動作で車輪状の武器を取り出した。しかし英念が何かするよりも早く、光影が動いていた。
「真風招来」
構えていたスレイヤーカードを解放すると、間髪入れず導眠符を投げつける。だが英念は、構えた断罪輪で、導眠符を真っ二つに切り裂いた。
「やれやれ。拙僧、無益な殺生は望むところではありません。あなた方もサイレーン様の現在の状況はご存じないようですし、拙僧はこの辺りでお暇させていただきましょう」
言うや、袈裟姿とは思えぬ身軽さで壁を蹴り、まるで壁面を走るようにして出口に向かう。
「あんた、さっきも一般人には危害を加えなかったし、やろうと思えば人質にできたのにそうしなかった。だからちょっと心は痛むケド……今後の為にもここで倒させてもらう!」
だが、出口の前には女性達を退避させていた慧樹とぶんぶん丸がいる。慧樹は明慧黒曜を水平に構え、駆けてくる英念目掛けて突き出した。槍は狙いたがわず英念の脇腹を突き通す。
「ああ、拙僧の美しい袈裟が!」
英念の動きが、思わず止まる。そしてその隙を、灼滅者達は逃さない。
「遊びはオシマイ。殴らせてもらおうか、美坊主サマ?」
さくらえが鬼のごとく変化した腕で、英念の顔面を殴りつけた。その一撃で吹っ飛んだ英念だったが、空中で華麗に3回転を無意味に決めた後、鮮やかに講堂の中央付近に着地する。
「おお、鼻血が……。これは美しくありません」
そして、懐紙を取り出して鼻をぬぐって見せた。
「随分と、余裕があるな」
そんな英念の懐に創が素早く飛び込み、手にしたチェーンソー剣を一閃させれば、英念の纏っていた袈裟がずたずたに切り裂かれていく。
「またも拙僧の袈裟を!? あなた方、少々戦い方が無粋ではありませぬか? 戦いとは、このように美しく行うべきです!」
言うや英念が、舞った。いや、そうとしか言えない可憐かつ耽美な動きで、次々と灼滅者達を断罪輪で切り裂いたのだ。
「(先ほどの女性達に攻撃しなかったことといい、慈悲はやはり、全ての者に共通する心ですね。こちらに積極的に攻撃をしないのも、慈悲だと思いたいです)」
ウイングキャットのアルと共に傷を負った仲間達を癒しながら、莉々はそんなことを心に思う。主が憐れみを異教徒――そしてダークネスにさえかけてくれたのだと。
莉々の考えが正しいのかどうかはともかく、英念はその後も積極的に攻勢に転じることはなく、隙あらばこの場から逃げ出そうとした。だがその度に守りを固めるジンザとウィルヘルミーナに阻まれてしまう。そしてそこへ、ライドキャリバーの神風に騎乗した光影が追いすがり、逃走の機会をことごとく潰していた。
●美坊主の散り様
「いい加減にあきらめるんだな。お前は、ここで終わりだ」
光影の放った風の刃が、英念を背後から切り裂く。
「いやいや驚きました。まさか灼滅者が群れるとこれほどの力を発揮するとは。時代は変わったものですね。ですが、美しさは時がいくら流れても不変!」
ボロボロになった袈裟の上半身部分を脱ぎ捨て、半身を晒しながらお経を唱え始める英念。するとたちまち、その身に負っていた傷が消えていく。だが、そのお経では傷を癒すことはできても、破れた服を繕うことはできない。
「読経の邪魔をしてすまないが」
英念の美声による読経をかき消すように、創の持つチェーンソー剣が爆音を放ち、高速回転する刃が英念のむき出しになった上半身を切り裂いていく。
「おお! 血まみれの拙僧もまた、美しい……」
よろよろと後ずさりながらも、英念は構えた断罪輪を創目掛けて投げつけていた。だが、
「悪あがきは、いけませんわ」
その断罪輪も、ウィルヘルミーナの振るったクルセイドソードに叩き落されてしまう。
「さて、現代のコト知りたいんでしたっけ? ならコレが『壁ドン』って奴です」
あと一息と判断したジンザが、英念に急接近すると『B-q.Riot』を駆使した格闘術で、英念を壁際まで追い詰めていく。そして、
「目の前の敵を今、この手で……滅する!」
伊織が、英念を壁に打ち込もうとでもいうかのように、拳の連打を浴びせた。
「お、お待ちを……。このように殴り殺されるなど、死に様として美しくありません。拙僧、散るときはせめて華麗に……」
最期まで言い終えるだけの力も残されていなかったのか。英念は壁にもたれかかるようにくずおれ、そして静かに目を閉じたのだった。
「南無~」
赤鬼の面をずらし半分素顔を晒した伊織が、手を合わせて祈りを捧げる。
美坊主・英念の死に顔は、死してなお、美しかったという。
作者:J九郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年5月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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