魔性の佳声は黄昏に蠱惑し

    作者:夕狩こあら

     長崎県のとある海水浴場――。
     初夏の潮風が波飛沫に濡れる髪を悪戯に遊ばせる浜辺で、魅惑的な歌声とリズムが男達の耳を擽った。
     漣に紛れて届く佳声は優艶を帯びて美しく、糸を手繰るように声主を辿った男達は、頓て波間に佇む岩礁の上で舞い踊る3人の天女を見た。
     或いは人魚か魔女か――否。淫魔である。
     1人は細指を弦に踊らせて魅惑の音色を奏で、2人は繊麗なる四肢を嫋やかに撓らせて舞踏を魅せている。
     媚薬の如き甘さと毒を漂わせる魔曲に足を止められた男達は、その瞳に焼き付く淫靡な景――即ち、美女らが舞踏に合わせて互いに衣を脱がし合う様に完全に心を奪われていた。
     1枚、また1枚……と岩場に落ちる衣装。
     そして滑らかな肌が漸う暴かれる裡――、
    「オ、ヲヲヲ……ォォ、ッ……」
     集まった男達の肌は鈍色の鱗に変わり、声は理性を失くして邪獣の如く、醜き半漁人と化して黄昏に呻くのだった――。
     
    「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されているッス」
     今回、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)が提示した海水浴場の周辺地図は、その影響で起きた事件のひとつ――サイレーン配下の淫魔達が一般人を篭絡して集め、半魚人のような姿をした配下に変えてしまうという怪事件が発生する現場だ。
    「このホラーな事件は、日没直前、海釣りに来ていた男子大学生10名が淫魔の餌食になってしまうッス」
     彼等が奇怪な半魚人となれば、淫魔を守る為に灼滅者に刃を向けてくるだろう。
     残念ながら救出はできず、戦闘不能にするか、淫魔を灼滅すると死亡する。
    「兄貴や姉御らが現場に到着した時点では、集まった一般人は変化を始めていないッス」
     然し灼滅者が3体の淫魔のいずれかでも攻撃しようとすると、彼女達を守ろうと、学生達は半魚人化して戦闘に加わってしまう。
     戦闘力は低いものの、敵数に配下が10人も加わると、力をつけた灼滅者といえども厄介な戦いを強いられるのは間違いない。
    「そこで、兄貴らの魅惑のヴォイスと凄絶ダンスが有効になるんス!」
     これを阻止するには、淫魔に対抗して「歌」や「踊り」を駆使し、一般人達のハートに訴えかけるのが効果的だ。
    「何せ相手はそのスジの者……。歌や踊りの分野で淫魔と対抗するのは難しいかもしれないッスけど、うまくすれば……一般人が配下となること無く、有利に戦闘を行う事が出来るかもしれないッスよ!」
     思わず拳を握るノビルに、灼滅者達の凛然が頷きを返す。
     配下となってしまえば灼滅するしかない一般人をどう扱うか――先ずは彼等の対応について、次いで対策として歌や踊りをどう演出するかを話し合って欲しい。
     無論、戦闘も重要となる。
    「淫魔はサウンドソルジャーに類する攻撃技と、歌い手は手持ちの楽器をバイオレンスギターの如く、踊り手は自身の影を武器に使ってくるッス」
     学生達が半漁人化すれば、鋭い爪を断斬鋏の如く振り翳してくるだろう。命懸けで淫魔を守る――厄介な壁になる。
    「半魚人化した一般人は淫魔を灼滅しても救出は不可。そうなったら灼滅する以外に救済は……」
     精神的に過酷な戦いを強いる事になる――とノビルは眉を顰め、灼滅者達は身を小さくする彼の肩を叩き、戦場へ走った。


    参加者
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)
    咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    興守・理利(竟の暁薙・d23317)
    志羽・鈿女(ヒーローオブプリマドンナ・d31109)

    ■リプレイ


     艶かしく、撫でる様に。
     潮騒に紛れる蠱惑の歌は、汀に足を留めた男達の耳を擽り、その心奥に潜む雄性を揺り起こして海妖と成らしめる筈であった。
    「……聞こえる……」
     爪先を逡巡に泳がせた男達は、弓弦を擦る様な笑い声――幾許か嬌声に似たそれに振り向くと、耳を澄ました瞬間、それとは別なる清廉に袖を引かれた。
     風の脚に運ばれる佳声は、夏の海を謡う独唱。
    「――綺麗だ」
     黄昏に相応しい、郷愁を帯びた調べは男達を招き、旋律を追って踏み入れた彼等は、頓て漣の如く打ち寄せるイントロに迎えられる。
    「おぉ」
     初夏を想わせる清爽な音を奏でるは、対を成すアコースティックギター。
     メロディの響きと共に傍らの舞人は静より動となり、靭やかに影を躍らせて彼等を誘う。
    「おおお」
     軽快なる音は波の如く、漸う男達の身体を揺らし、その脚が自ずとリズムを刻み始めた時――、
    「行くぜ、俺達のステージの始まりだ!」
    「――うおおおっ!」
     波濤の如き椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)の躍動が、一同の拳を天に突き上げさせた。
     茜の空をアクロバティックに舞う彼は、楽曲の山場に合わせて身を翻し、「カッコイイ」に憧れる男心を鷲掴み。
    「ちょ……ちょっと!」
    「何よ、アンタ達!」
     計算外だと淫魔が慌てて割り入れば、美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)がアップテンポに激しく歌い踊り、
    「まだまだ陽は沈んでないんだからね?」
    「ウエーイ!」
     逢魔ヶ刻とは、即ち闇に染まりきらぬ今の事。
     淫魔らの退廃的な舞曲に生の光を差し射るか、楽しげなダンスと明るい笑顔――そして魅惑の馨香で男達を虜にする。
     物理的に光を放つ館・美咲(四神纏身・d01118)も、レヘンガに身を包んで燦然。
    「助かる者が多いに越したことはないからの。ここは全力で舞ってやろうぞ!」
    「エキゾチック~!」
     全体的に小振りな彼女ながら、アルティメットモードで覇気と存在感は抜群。夕陽を額に集めて煌々と踊る姿は、観る者を圧倒した。
    「折角のセッションだ。俺も手伝わねぇとな」
    「ソロダンス、かっけー!」
     間奏でステージ中央に躍り出たのは巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)。
     精悍なる肉体を力強く弾ませつつ、荒削りながらも豪快なストリートダンスは声援を集めて愈々盛り上がる。
    「まっ、負けるものですか!」
    「横取りはさせないわ!」
     人を堕としてこそ淫魔。
     対抗心を燃やした3体は負けじと歌い踊り、更に肌を暴いてお色気に訴えると、
    「随分と必死じゃないか。プライドが許さないか?」
     咬山・千尋(高校生ダンピール・d07814)がスラリと伸びる美脚を岩に乗せつつ、皮肉めいた微笑を注ぐ。
     アイメイクをキメてヴィジュアル系を装う彼女は、スタイリッシュモードで華やかに狂熱を煽り、
    「あなた達の目を醒ましたいんだ。気付いて欲しい、人外の旋律に捕われている事を」
     集まる視線に訴えるは興守・理利(竟の暁薙・d23317)。
     メロディを乞いリズムを待つ――自ずと湧き上がる渇求に応えるよう五指はフレットを滑り、音楽の悦びを奏でて魂の鼓動を呼ぶ。
    「ッ! こうなったら全部脱ぐわよ!」
    「……色気だか何だか知りませんが、私からすれば下品としか言いようがありませんね」
    「なんですって!」
     仲間の演奏に歌を合わせる霧月・詩音(凍月・d13352)は、独唱で男達を導いた張本人。
     気高き美声は慈雨の如く、その幽玄が敵を更なる焦燥へと駆り立てる。
    「何よ、何者なのよ、あんた達!」
    「名乗りなさい!」
     その言葉を待っていたか――8人目の灼滅者が遂に姿を現した。
     繊麗なる躯を潮風に預け、斜日を背負うは正にヒーローのそれで、
    「歌って踊れる可憐なヒーロー、志羽・鈿女! 参・上! です!!」
    「おおおおー」
     最終決戦形態に変身した志羽・鈿女(ヒーローオブプリマドンナ・d31109)の登場に、感嘆の声が重なる。
     彼女の華麗なる歌と踊りも加わって熱気は最高潮となり、海嘯の如き気勢は敵も狼狽えるほど。
    「生意気な……!」
     麗顔を禍々しく歪めた妖魔は、嫉妬を露に歯切りした。


     一同が掲げたテーマは「明るく健康的なお色気」。
     歌舞のエキスパートである淫魔と同じ土俵で戦うに、毛色を変えたのが妙策だったろう。
     事実、この「自らも加わりたくなるようなノリ」は、場に心地良い一体感を生んでいた。
     美咲は揺れる衣装の嫋やかさに、冬崖は均整の取れた肉体を以て。
     両者が視覚に魅せれば、詩音は凛然たる佳声に聴覚へと訴える。
     理利はギター歴の浅い千尋(黒いウサミミ装備中)を支えつつ、
    「! 同じメロディを即興ですって?」
    「しかもアレンジまで加えて……悔しい!」
     魔曲の旋律も爽快なアッパーチューンに変える粋な腕。
     唇を噛む淫魔らを前に鈿女が颯爽と踊れば、その心火は猛るばかりで、
    「いいバイブス!」
    「凄ェ跳躍……!」
     奏音は際どい歌詞をキュートな歌声に乗せて朗々と(胸が揺れるのはお約束!)、彼女と連携する武流は水を得た魚の如く、派手に動いて惹き付ける。
    「、忌々しい」
    「認めないわ!」
     成程、8人は魔性の舞曲より男達を繋ぎ止めていたが、淫魔とて易々と諦める性分ではない。
     その性は蛇の如く、
    「的を絞って一本釣りよ!」
     各々が狙いを定めて艶歌を紡げば、パニックテレパスで逃げ行く足は鈍色の鱗と化していく。
    「ひぇ……ば、化け物……!」
    「今すぐこの場から離れて下さい! 足元が暗くならないうちに、早く!」
     恐怖に竦む足を理利の声が後押し、その指に避難方向を与えられた7人は避難した。
     残る3人は夕闇に悪声を裂き、
    「ヲォォッ、ヲヲオ……!」
    「……分かっていたことじゃが、困ったものじゃな」
     邪獣の咆哮を前に美咲は柳眉を顰める。
     これがサイキックリベレイターの影響と思うと、眼前の景は胸に迫り、
    「最善の努力はしたが……致し方ねぇか」
    「あぁ、今更悩んでもしょうがない。俺達が選択した以上、その責任を果たすまでだ」
     灼滅せねば救われぬ命を前に、冬崖と武流は改めて決意する。
     蓋しこれは灼滅者の性か、一同は悲運に見舞われた者達を悔む一方、その炯眼は沈着の裡に異形化を見定め、
    「淫魔らとはまるで姿が違いますね」
    「鰭や鱗といった特徴がない淫魔達……主の姿は、果たして……」
     邪眼を剥いて迫る海獣を紙一重で交わしつつ、詩音と鈿女は流し目を合わせ、
    「半魚人化は、海底に連れ込む為の『適応』……?」
    「手勢を集めて何をするのか、気になるね」
     千尋と奏音は背後に据わるであろう首魁、その籌略を量って唇を引き結ぶ。
    「さぁ、可愛い坊や達。軽く蹴散らして頂戴」
    「私達を守って闘いなさい!」
     常に先を見る彼等に対し、敵はあまりに狭窄的。
     永らく地上の情勢より離れれば、灼滅者が看過できぬ存在――脅威と成った事実を知らず、目の前に広がる光景も俄かには信じ難い。
    「なっ……どういう、事!?」
     其は疾風の如く、或いは嶄然たる石厳の如く。
     湿り気を帯びた魔爪が襲い掛かると同時、冬崖が不撓の拳を、千尋が不穢の剣を振り翳して盾に踏み出ると、
    「ヲヲオッ!」
    「オォォヲヲ!」
     衝撃が抗衡に爆ぜた瞬刻、双翼を成す鋭槍――美咲と武流が超重力の踵落としを合わせて敵躯を歪に折り曲げる。
    「嗚オヲォォッ!」
     悶絶する黒影を割って迫る3体目には、鈿女が得意のダンスにリズムを弾いて勢を削ぎ、
    「あぁ、私の僕が!」
     淫魔が嘆く間もない。
     クラッシャーに掣肘された2体は、奏音が奏でる熱いビートと、それとは真逆に冱てる死の魔法に命を削られ、朽ちゆく骸は詩音の藍瞳に見届けられる。
    「嘘、よ」
     こんなにも早く倒される筈がない――。
     淫魔らは唇を噛みつつ残る1体を呼び戻すが、後衛に舞う護符【梵天呪符・因果】の、風花の如く翻る合間より理利の藤色の双眸を見ると、
    「……ッ」
     凄然たる殺気に、息を飲んだ。


     畢竟、それは「知る者」と「知らざる者」の差であった。
     両者の間には力差もあったろうが、一同が歴然たる優勢を攫み得たのは、灼滅者を排除していた「あの時」の感覚のまま岩礁に上がった――淫魔の浅慮も大いにある。
    「まさか……私達のお色気に敵う相手が居るなんて」
     全員救出を目指した灼滅者にとって「3人」を犠牲にしたのは手痛いが、淫魔としては「7人」も獲物を逃した、その数は酷くプライドを傷付けた。
     最も腹立たしいのは、ダークネスを相手に互角以上の闘いを見せる彼等の強さで、歌と踊りで心を一つにした一同は、戦闘でも感情の絆を繋いで連環は宛ら鋼の様であった。
     日頃より交流のある武流と奏音は抜群のコンビネーションで敵を翻弄し、
    「男が色気だけで動く生き物と思うなよ?」
    「ダンスに続いて、あたし達の息の合った所を見せてあげる♪」
     淫魔が奏でる誘惑の歌をキレのあるパッショネイトダンスで相殺すると、岩場のギャップを足掛けに天翔けた灼熱がカウンターに墜下する。
    「熱ッ、! 半魚人ちゃん、やり返して!」
    「オヲヲォォッ!」
     指に弾く魔弦で心を操るか、一度は怯んだ脚を勢い良く踏み出した異形は、狂気の爪を振って驀進するも、
    「色香に心奪われるような人間も、どうかと思いますけど」
     自陣の乱れは許さぬとばかり詩音が斬影刃を放てば、硬い鱗も深く刻まれ、血煙すらその布陣に届かない。
     元々、一般人に迫害を受けてきた所為で彼等を好まぬ彼女であるが、その刃の鋭さは、歌で人を絡繰る淫魔への怒りだろう。
     長年歌を心の慰めにした、思い入れの深い身ならではの犀利に、鮮血は赤く紅く躍り、
    「ォォヲヲ……ッ、ヲッッ」
     ぬらりと照る体表を朱に染めた凶獣が膝折れば、ここに美咲の螺穿槍が止めを刺す。
    「妾が被ろうぞ。業を背負うなら戦闘に酔う者にこそ相応しかろう」
     醜悪なる海妖でも、元は同じ――人間。
     一般人を手に掛ける惨苦を仲間に味わわせまいと疾駆した颯は、生温い紅血をしとど浴びつつ闇を狩り、
    「、ッ」
     僕の灼滅を目の当たりにした淫魔らは、血汐を滴らせる花顔の殺気に思わず退く。
     3体が僅かに爪先を浮かせた、その瞬間――。
    「私の読み通り!」
    「!」
     淫魔の逃げ癖を読んでいた鈿女が、すれ違い様に鋭い三段蹴りを放った。
    「アン! ドゥ! トロワ!!」
    「キャア!」
     海に逃げられては勝ち目がない彼等にとって、退路を断つは重要な戦術。
     戒心を走らせていた彼女は、その焦燥を楔打って淫魔らを相対させると、
    「……やるわね」
     強張った表情で微笑した3体は、矜持の色香を限りなく迸らせて言った。
    「貴方達を、失った手駒の代わりにするわ!」
    「冷たい海の底にいらっしゃい!」
     刹那、その機微に反応して楯が踏み出る。
     千尋は遠近の同時攻撃で迫るジャマーとスナイパーに【七四式殲術サーベル】を翻し、地より這い寄る黒影を切先に薙いでは、鋭撃を以て迫る躯には剣身を差し出してガードした。
     創痍を省みぬ白兵戦――その雄渾は、馴染みの朋友・理利に対する信頼そのもので、
    「連中が欲しいのは兵隊か情報か」
    「或いはその両方――、他の事案も気になります」
     黒塗りの和弓に射られる癒しを片手に受け取りつつ、冷静を崩さず言を交わす。
     後衛にて戦況と敵情を探る怜悧は、頓て淫魔の淫魔たる闇を見て。
    「ウフフ。貴方達も私達の事が知りたい?」
    「、っ」
     一斉に退いた妖艶は、婉然一笑、
    「全てを晒してくれるなら、全てを見せてあげるわ」
    「――!」
     その闇黒に逸早く反射した冬崖が、仲間を庇うと同時、夥しい血を繁吹かせた。
    「ぐっ、っっ……っ」
     1体は指に鎖骨を抉り、1体は脇腹に影を刺し、そして1体は血塗れる頬に爪を立て。
    「美しい男はその儘の姿で僕にしましょ」
    「私の物よ」
    「いいえ、私の」
     心なき骸すら虜にする禍々しき芳香。
     それは悟性で抗える代物でなく、自身の闇に触れられた彼は、愛槌【Beelzebub】に淫魔と己が血を赫々と伝わせながら――青眼を見開いた。


     或いは。
     己が瞳に胸から取り出された闇――心臓を見れば、彼も堕ちたかもしれない。
     然し冬崖が戦友を信じた様に、仲間もまた彼を信じて冴刃を突き入れ、
    「頑丈に出来てる。お互いに」
     冬崖の体力と精神力を見越した千尋は、3体が揃って足を留めた瞬間を逃さず、その剣先にジャマーを捉えて肩口を貫穿した。
    「嗚呼あ、っ!」
     精悍に奥深く差し入れた指では防御もできず、故に反撃もない。
     迸る血飛沫は追撃の銃爪となり、
    「歌を穢す行為、償って貰います」
    「俺も血の代償を頂こうかね」
    「ッッ!」
     零距離で巨槌に殴打された躯が、苦渋に歪む視界で見たのは、凡そ感情の乗らぬ端正。
     淫魔はそれを詩音と認める間もなく、晦冥に喰われて磨り潰される。
    「アァ……ッァア……ッッッ!」
     先ずは1体。
     予め撃破順を共有していた一同は、削撃経路を最適化して怒涛の如く。
    「刻みなさい……! これがぁ……エトワールの、輝き!!」
     舞うは蝶か蜂か、大地より祝福を得た鈿女は天高く跳躍すると、重力を乗算したご当地キックでキャスターの機動を殺し、
    「合わせます」
     自陣を強化し終えた理利は、ここに殺戮衝動と鏖殺の技を解き放つ。
     言は短く、鏃は鋭く腱を切り裂き、
    「ギャア嗚呼ァァッッ!」
     淫魔が激痛に崩れれば、その淡然は経緯を諭す。
    「勝手ながら、首魁を斃す為に貴女方を呼び起こしました。
     おれ達の都合に振り回して申し訳なくもありますが……」
     恨むなら――この世界の仕組みを。
     事実は酷薄と迫り、
    「ヒ……ッ、ヒィ……ッ」
     無知を恐怖と変えて転輾つ身を、次に美咲が煉獄の炎に迎えれば、その肢体は焦熱に躍りながら髄まで灼き尽くされる。
    「今際の刻まで舞うが良かろう」
    「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!」
     最早、皮肉も聞こえまい。
     醜い絶叫が空を裂くと同時、傍らでは更に1体が灼滅され、
    「武流くん、いくわよ!」
    「奏音、行こう!」
     図らずとも声が重なるのは、巧みな連携の証か――奏音は優しさと気遣いを忍ばせながら、瑞々しく艶やかなステップに魔弾を弾き、彼女の牽制を援護に跳弾の如く疾走した武流は、光刃【ヴァリアブルファング】に敵躯を両断して静寂(しじま)を呼ぶ。
    「ッ……ッッ!」
     無念を叫ぶ間もなく淫魔が黄泉路を辿ると、未だ残照の映ゆる空にハイタッチが響き、
    「お疲れ!」
    「んー、思いっきり歌って踊れて気持ちよかったー♪」
     清々しい笑顔が交わる通りの制勝に、漸くの安堵が零れた。

     空に紫黒が滲むまで。
     ラストナンバーは魂を鎮める漣であった。
     赤陽に照る海が血の揺らめきに見えるのは、その波の下に潜む闇を知るからか――若しか己が両手では救えきれぬ犠牲を知るからか分からない。
     ――唯、今はやれることを。
     その思いは自身すら慰めつつ、黄昏に奏で、歌い、舞い踊る灼滅者達は、遠からず邂逅する強大な闇を前に、静かに志気を高めるのであった。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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