サイレーンの魔女

■リプレイ

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　月光降る蒼い闇を八人男女が走っていた。
　超常の力をもつ超人。灼滅者だ。
「……性質としては深きものどもよりも緑の深淵の落とし仔に近いのかしらね。確かに作中ではセイレーネスの正体とされていたけれど……」
　八人のうち、一人の女が首を傾げた。
　二十歳ほど。しなやかで引き締まった肢体は猫族の獣を思わせる。漆黒の髪であるから、さしづめ黒猫、しくは黒豹といったところか。
　もの問いたげな視線をむける少女――可愛らしさと野性味の両方をあわせもった不思議な雰囲気をもった上里・桃（スサノオアルマ・d30693）に気づき、エリザベス・バーロウ（ラヴクラフティアン・d07944）は微笑を返した。
「いえ、こちらの話。気にしないでね」
　エリザベスがいうと、安心したように桃はうなずいた。なんとなれば桃にとってエリザベスは信頼できるクラブの先輩であったから。
「そんなことより、桃、大丈夫？」
　気づかわしげにエリザベスが問うと、桃は両手の拳を握り締めた。
「エリザベスさんとは模擬戦をやったこともあるし、明かりもたくさんあるし、大丈夫です」
「じゃなくて……」
　言葉をつまらせると、困惑した顔でエリザベスは桃を見つめた。
　今回の作戦の要。それはいかに淫魔の誘惑から一般人を引き剥がすかということだ。が、果たして桃に可能だろうか。
「大丈夫よ」
　一人の少女がしっかりうなずいた。
　リュシール・オーギュスト（お姉ちゃんだから・d04213）。音楽家の父とオペラ歌手の母をもつ彼女にはわかる。音楽の何たるかが。
　いかに心を込めるか。それが音楽の要諦の一つである。
「私にはわかります。上里さんならきっとやれます」

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　浜辺近く。濃い潮の香りが届いてくる。
　足をとめた灼滅者たちは耳を澄ませた。潮騒にまじってウクレレの音色が聞こえてくる。
　すでに大学生らしき人影は見えなかった。おそらく浜辺にいるのだろう。
　灼滅者たちは駆けた。すぐにその足が砂を踏みしめる。
「……あれですわね」
　モデル並に美しい顔と均整のとれた肢体の少女――ストレリチア・ミセリコルデ（白影疾駆の呑天狼・d04238）が目を眇めた。
　浜辺に佇む十人ほどの人影がある。全員二十歳ほどの男性だ。大学生であろう。
　そして、彼らの眼前。岩礁があり、波が打ち付けている。
　その岩礁の上。月明かりに異様なものが浮かび上がっていた。
　潮飛沫に濡れる三人の美少女。一人はウクレレを弾きながら歌っており、残る二人はその音楽にあわせて踊っている。――淫魔だ。
「大淫魔サイレーン、か」
　傲岸そうな口調で、その女はつぶやいた。
　十四歳ほど。透けるような白い肌の、どこか儚げな雰囲気の美少女だ。
　名を比良坂・柩（がしゃどくろ・d27049）というその少女は獲物を狙う獣のようにぎらりと深蒼色の瞳を光らせた。
「校長の話では比較的弱い勢力らしいけど、今まで活動を停止していたような相手だ、油断はしない。ボクが『癒し』を得るために、サイレーンとやらの配下がどの程度のものなのか、確かめさせてもらうとしようか」
「んじゃま、いっちょ派手めに惹きつけるとすっか」
　灼滅者中、唯一の男がニヤリとした。丸眼鏡にジャケットなしのスーツという出で立ちの飄然とした若者だ。
　名を物部・暦生（迷宮ビルの主・d26160）というその若者は楽しそうに仲間をちらりと見回した。彼女たちの美貌なら淫魔にも負けないであろう。
「綺麗どころの女性陣が、な」
「任せて」
　ハーフらしき彫りの深い顔立ちの少女が片目を瞑ってみせた。むっちりした肉体の持ち主であるのは、衣服の胸部を圧す二つの巨大な肉球からわかった。
　名は喜屋武・波琉那（淫魔の踊り子・d01788）。その肉体のためばかりでなく、蜜が滴るような艶やかさを身から放散しているのは、彼女が以前淫魔の奴隷であり、また彼女も淫魔として覚醒する素地があるからかもしれない。
「人の心を惑わす悪い子はいっぱいお仕置きしなくちゃだよ！」
「そうよね」
　鮮やかな蒼い髪、やや垂れた大きな瞳の少女がうなずいた。
　最後の灼滅者、赤松・美久（いまいち萌えない小悪魔・d34175）。過去、淫魔に堕ちかけた少女である。その小悪魔的な可愛らしい顔と豊満な肉体でどれほどの男を誘惑したことか。
　だからこそ許せないのである。憐れなのである。淫魔のことが。
「いくよ」
　美久は駆け出した。

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　艶っぽい美少女――淫魔で名をアリサという――がウクレレを弾きつつ、歌をうたっていた。その音楽にあわせて他の二人の美少女――猫を思わせる気の強そうな淫魔はリナ、真面目そうな顔立ちの淫魔はエヴァという――が身をくねらせて踊っている。二人は裸であった。
　引き寄せられるようにふらりと大学生が足を踏み出した。
　その時――
　大きな爆裂音が響き渡った。やや遅れて閃光が闇を白や青、赤に染め上げる。
　ぴたりと大学生たちの足がとまった。淫魔の歌や踊りが止んだからである。
　さすがに驚いた顔の淫魔たちが視線をはしらせた。その先、ニヤリと笑っているのは暦生である。
「やっぱ夏の海は花火だよな」
　暦生は肩に担いでいた大きな荷物をどすんと下ろした。アンプやスピーカーであるが、このような荷物をたった一人で運んできた暦生の力を何と評してよいか。
「何なの、貴方たち？」
　冷たい目に怒りを滲ませ、リナが問うた。
「灼滅者」
　傲然と柩がこたえた。
「灼滅者？！」
　驚いたようにエヴァは目を瞬かせると、
「わたしたちの邪魔をするんですか」
「ええ。パーティははお終いです」
　うなずくと、美久の衣服が分解した。一瞬だけ輝くような裸身があらわとなる。直後、美久の身を別の衣服が包んだ。
　水着を思わせる官能的な衣装。セクシーコスチュームである。
　美久が使用したのはサイキックであった。超常の力で現実を上書きしたのである。
「ぬ……抜け駆けで力を得ようなんて許しませんからね」
　美久が叫ぶと音楽が鳴り始めた。サンバだ。すると暦生がタンタンでリズムを刻み、桃がブブゼラを吹き鳴らした。エリザベスが音がもれるのを封じたため、他の一般人に聞かれる恐れはない。
「始めるよー！」
　波琉那が踊り始めた。サンバのリズムあわせて上半身をくねらせ、腰を振る。大きな乳房がぶるんと揺れた。発達した尻が空をきる。爆発的な魅力をまとわせた衣服と相まって、それは息を飲むほど官能的な眺めであった。
　見えぬ糸に弾かれたに大学生たちが振り向いた。するとアリサがウクレレの絃をぴいんとはじいた。
「わたしたちもやるわよ」

●
　再び大学生たちが海にむかって歩きだした。さすがに灼滅者たちは慌てた。
　灼滅者たちの美しさ、そして官能的な踊り。通常ならば、その魅力に抗うことのできる男があろうとは思えない。が、淫魔は裸身までさらしていた。その魅力は魔力の域にまで高められているのだった。
「このままじゃ……もっと」
　美久がさらに身をくねらせた。水着のように頼りない衣装から局部が覗いてしまいそうになるが、かまってなどいられない。
「うふふ」
　アリサが嗤った。
「それじゃ男の心をとらえることはできない」
　アリサがウクレレの音色を高くした。二人の淫魔がさらに淫らに踊る。ピンク色の乳首や股間をわざと見せつけるようにして。
　たらまず波琉那が叫んだ。
「その子達の口車に乗って海に入っちゃったら……歌って心躍る事のない操り人魚になっちゃうんだよ！」
「そうです！」
　リュシールもまた叫んだ。大学生たちにむかって。そして、己の裡に潜む淫魔にむかって。
「お兄さん達、花火の楽しさを知ってるんでしょう？　浜辺を走る楽しさも、皆で食卓を囲む楽しさも。その楽しさを全部捨てて、冷たい海の底になんて行っちゃダメ。戻って来て、お願いします」
　ゆらり、と。三人、足をとめた。
「そんな悲しい運命、見たくない。お願い、一緒に抗って！　そしたらきっと、輝く夏に連れ戻します！」
　リュシールがさらに楽器の音色を響かせた。想いのすべてを込めて。
（「彼ら心を動かす。それ位出来なきゃ、ママみたいな歌手になんて！）
　と、さらに五人、足をとめた。そして身を揺らせた。まるで何かを振り放そうとするかのように。が、まだ振り向くことはできないようだった。
　すると彼らの前に一人の少女が進み出た。狼耳と尻尾を生やしたストレリチアだ。
「このリズムは命の鼓動。繋がる、うた。にんげんのうた、ですのよ。あっちに行っては、だめ」
　ストレリチアは両手を広げた。その身から、甘い花のような人を魅了せずにはおかない香りを放散させる。
「もっと人のよろこびを、感じましょう？　私といっしょに暖かくなりましょう？　あっちにあるのは冷たいものだけ、ですのよ」
　淫魔を凌ぐほど淫蕩に微笑み、ストレリチアは歩き出した。岩場にむかって。
「早くいくのよ」
　エリザベスが促す。そして、語った。昏い物語を。
「これより語られるは、お前たちが二度と知るべきではない深海の恐怖だ。疾く立ち去るが良い」
　形相を変え、八人の大学生が後退りはじめた。
「後は任せてくださいませ」
　大学生を誘い、ストレリチアは離れた岩場に入り込んだ。そして岩に片手をつく。引き締まった肢体からは想像もできないほどの大きな乳房がたぷんと垂れ下がった。
「……私のはじめて、欲しくありませんか？」
　顔だけ振り向かせ、ストレリチアは恥かしそうに誘った。身を捧げても、彼らの命を救うつもりである。
　桃のようにむっちりとした尻を突き出したストレリチアの指がボトムにかかった。躊躇うようにゆっくりとずらし、濡れた局部をさらけだす。そこまでが大学生たちにとって限界であった。獣のようにストレリチアに飛びかかり、水着をむしりとる。
　怒涛のように打ち付ける快楽の津波。淫風に吹きくるまれたストレリチアの喘ぎ声が潮騒にまじって響いた。

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　二人の大学生の足が海水に浸かった。
　その瞬間である。異変は起こった。顔が魚のように異形化し、全身を銀鱗がおおったのである。その姿はまさに半魚人であった。
「……こうなったら手遅れね」
　エリザベスは迷いを振り捨てた。
　彼らを殺す。無残な悲劇を終わらせるために。
　エリザベスの手から帯が噴出した。唸りとんだそれは槍と変じて半魚人と化した大学生を貫いた。
　同じ時、柩は馳せていた。もう一人の半魚人にむかって。
「ぎゃあ」
　もはや人間としての意識はないのか、獣のように半魚人は鋸の刃のような牙をむいた。
　次の瞬間、すぼりという気味悪い濡れた音が響いた。鬼のもののように異形化した腕が半魚人の腹を貫いている。柩の腕だ。
「ぬっ」
　淫魔たちの形相が変わった。美少女から悪鬼に。
「はッ！」
　リナとエヴァが跳んだ。物理法則を超越した跳躍。舞うように飛翔し、エリザベスと柩を襲った。
「わたしたちの下僕を」
「よくも潰してくれたわね」
　リナとエヴァの蹴りがエリザベスと柩にぶち込まれた。爆発的な衝撃を撒き散らし、エリザベスと柩が吹き飛ぶ。
「まだよ」
　アリサがウクレレをかき鳴らした。空間に亀裂を刻みながら破壊音波がはしる。
　キイィィィィン。
　不可聴域の爆発。その場の全員の身体が揺れた。空間そのものが揺れ動いたのだ。
「音を武器とすることができるのはあなただけじゃないのよ」
　美久がバイオレンスギターの弦をはじいた。
　恐るべし。アリサが放った破壊音波を美久は同じく破壊音波により迎撃したのであった。
　その時、波琉那の霊犬の目が蒼く、そして美久のサーヴァントであるハルにゃんのリングが金色に光った。すると瞬時にしてエリザベスと柩の傷が癒えた。
「ちいぃ」
　舌打ちし、再びリナとエヴァが倒れたままのエリザベスと柩に襲いかかった。鉈のような蹴りをぶち込む――いや、脚はとまった。飛鳥のように跳んだ波琉那の飛び蹴りにより。さらには暦生がかまえた交通標識に受け止められて。衝撃にぎしりと骨を軋ませ、しかしこの場合、波琉那と暦生はニヤリと笑った。
「同じ手は」
「効かないだよな、俺たちには」
「ほざくな！」
　悪鬼の形相でリナが叫んだ。そして身を旋回。蹴りを再び放つ。
　その眼前、迫ったのは桃であった。圧倒的な破壊力をひめた脚をくぐりぬけ、肉薄。煌く銀毛につつまれた手を叩きつけ、刃のように鋭い爪でリナを切り裂いた。
「そんな蹴りは私に通じません。エリザベス先輩の蹴りはもっと凄いですから」
　地をステップしつつ、桃は告げた。

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　瞬間、そのエリザベスの口から呪詛のような言葉が流れ出た。
「ニューイングランドの大海蛇。十八、九世紀盛んに目撃されたんだが……その都市伝説には続きがあってな。大海蛇を殺そうとした白人を、原住民はこう言って止めたそうだ。殺せば災いがある、とな」
「ぎゃあ」
　耳を塞ぎたくなるほどのおぞましい絶叫をリナは放った。その全身からおびただしい血を滴らせて。
「ひっ」
　エヴァが跳び退った。が、柩は逃さない。閃いたのは高次元素粒子――すなわち霊的物質によって構成された刃だ。無論、切り裂いたのは同じく霊体――エヴァの霊魂であった。
「リナ、エヴァ！」
　さすがに愕然とし、アリサが立ち上がった。二人の淫魔を救うべく、その指がウクレレの弦にかかった。
「そうはさせない！」
　リュシールの手に、とんでもなく巨大な多銃身の機関銃が現出した。灼滅者の超膂力によってのみ携行可能となった、対ダークネス殲滅型ガトリングガンである。
　次の瞬間、ガトリングガンが吼えた。怒涛のように大口径機関銃弾をばらまく。閃くマズルフラッシュが消えた時、アリサの命も消滅していた。

「……終わったようだな」
　ため息とともに、暦生はつぶやいた。その目はおぞましげに消滅しつつある半魚人と化した大学生たちを見下ろしている。
「サイレーンってのがどんなのかは知らないが、配下がこんな悪趣味な術を使うなんてよ……正直、仲良く出来る気がしねぇんだがなぁ」
「そうだね」
　淫魔たちを見つめ、波琉那が鉛のように重いため息を零した。その薔薇色の紅瞳に浮かんでいるのは凱歌の光ではなく、憐憫の翳りだ。
　同じ翳を滲ませ、美久もまた淫魔を見つめた。敵ではなく、人として彼女たちを弔うつもりである。何故なら、美久もまた淫魔を裡に潜ませる者であるから。彼女たちの悲劇は決して他人事ではなかった。
「……これ、必要でしょうね？」
　戸惑った顔で桃が上着を掲げてみせた。遠くからストレリチアの喘ぎ声が響いてくる。随分と楽しそうだ。
「それだけじゃ足りないだろうね」
　ふふん、と柩が鼻を鳴らした。

作者：紫村雪乃	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年5月22日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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