夜海に響く堕落の歌

    作者:君島世界

     沖縄の海辺。潮騒の消えた夜。
     揺らぐ松明の照らす岩礁に座し、琴を弾く美しい女がいた。
     そのしなやかな指先は弦を探り、抑え、時に扱いて音に艶気を混ぜる。通りすがりに聞いた男たちがそちらを向くと、彼らは耳を、そして視線をも、釘付けにされた。
     観客を待っていたかのように岩陰から現れたのは、琴の女に負けぬほど美しい、二人の踊り子だ。琴の女が奏でる旋律にあわせ、一人は四肢をたおやかに伸ばし、一人は胴をあでやかに揺らす。
     そして、岩礁に十人の男たちが集まったところで、女たちは一斉に歌い始めた。
     誘惑の歌を。
    「♪今宵良き日を 舞でたのしみ 歌でよろこび」
    「♪更にさらせど さても尽くせぬ 言祝ぎの証」
     ひらり、と。
     女たちの肢体を隠す布が、一枚、また一枚と、波間の中に消えていった。
     見せ付けるように脱いでいるのだ。それに食い入る男たちの体に、ふと異変が起きる。
     ……みしり。
    「♪かの波の先 かの海の中に それはあらんや」
    「♪宝も玉も われのいのちも ヤレ欲しければ」
     まず、男たちの目が飛び出して左右に離れた。
     肌には鱗が浮き上がり、指の間には厚い水かきが生える。
     首筋の肉がたるみ、やがて裂け目ができるとそこは『えら』と化した。
     女たちは妖艶に微笑む。
    「♪さしあげましょう ささげましょうぞ 遠慮はいらぬ」
    「♪おいでやおいで 海に似合いの すがたを借りて――」
     男たちは突然の変身に苦悶の声を上げるが、それはすぐに止んだ。
     女たちの一曲が終わってみれば、集められ、魅了された男たちは全て、異形の半魚人と成り果てていたのであった。
     
    「灼滅者の皆さん、こんにちは! 歌って踊ってエッチは禁止、ラブリンスター・ローレライです♪ 今日は皆さんに、新しい事件の未来予知をお伝えに参りました!
     ついさっき、私が新曲の作詞をしていた時にふと閃いた予知なのですけれど、予知になっちゃった歌詞って、曲をつけてもらっても大丈夫なんでしょうか……? あ、続けますね♪」
     ということで、ラブリンスター・ローレライ(高校生エクスブレイン・dn0244)である。ラブリンスターは席に着いたカメラスタッフ(灼滅者である)に笑顔で手を振ると、一転真面目な表情になって灼滅者たちに向き直った。
    「えーっと、サイキック・リベレイター、ですか? それが発動したことで、この度『大淫魔サイレーン』の力が活性化していることが確認されました。
     そのせいで起きる事件の一つに、サイレーン配下の淫魔さんたちが、一般の人たちを歌と踊りで誘惑して、半魚人みたいな不気味な姿の配下にしちゃう、というものがあるようなんです!
     私の未来予知に出た場所は、沖縄のとある海水浴場です。さすが沖縄、もう海で泳げるなんてすごいですね! 事件が起きるのは夜中でして、皆さんが現場入りする頃には、集められた一般の人たちはまだ変身していません。
     ですけど、この状態で淫魔さんたちをやっつけようとしても、一般の人たちはいっせいに半魚人のような姿に変化しちゃって、淫魔さんたちを守ろうと戦いに加わっちゃうんです!
     なので、一般の人たちを助けるためには、これはもうミュージックバトルしかありません♪ 淫魔さんたちに対抗して、歌と踊りで、一般の人たちの心に訴えかけてあげましょう!
     とはいえ、さすがにこの分野では、皆さんが淫魔さんたちと並ぶのは難しいかもしれません。でも、もし上手くできたのなら、一般の人たちは半魚人にならず、皆さんのペースで戦えるようになるかもしれません!
     ただ――ごめんなさい、もう一つだけ良くないお知らせがあります。
     半魚人化してしまったた一般の人たちは、残念ですが、淫魔さんたちを灼滅しても、もとに戻すことはできません。そうなってしまったら、もう、一緒に灼滅するしか方法は無いんです」
     
     この現場に現れる淫魔は3体だ。琴を弾く奏者がジャマー、周囲で踊るダンサーがクラッシャーとメディックとを受け持っている。
     使用するサイキックのうち、3体に共通しているのは『サウンドソルジャー』のものだ。加えてジャマーは『交通標識』、クラッシャーは『バトルオーラ』、メディックは『リングスラッシャー』にそれぞれ相当するものというように、多彩な攻撃を繰り出してくる。息のあったコンビネーション攻撃にも注意が必要だ。
     また、半魚人化した一般人たちは全員がディフェンダーとなり、淫魔たちを命がけで守ろうとするだろう。戦闘力は低いが、この性質があるため少し厄介な相手となる。
     淫魔たちが一般人を魅了するときに使う曲と踊りは『スローテンポで』『アコースティックな』『古風の』ものであり、この曲調から逸脱することは決してない。彼女らの技量は確かで、単純な音量差でかき消すことはほぼ不可能だ。対するが魂のこもらない雑音雑踏の類であれば、逆に飲み込んでしまうであろう、魔曲である。
     
    「以上が、私が見た未来予知の全てです! 私は学園で、皆さんのことを応援しています! がんばってくださいね♪
     ところで私、気になったんですが……。淫魔さんたち、ミュージシャンが1人でボーカル2人ということは、『センターなし』でライブをするのでしょうか?」
     と、首をかしげてみるラブリンスターなのであった。


    参加者
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)
    ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)

    ■リプレイ

    ●音楽は刃物のように刺さるもの
     ――ズン!
     と、琴の繊細な音色をすり潰すような轟音が、岩礁を打撃した。
     設置されたアンプから、音割れギリギリまでヴォリュームを上げたギターソロが流れ出す。神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が演奏する、バイオレンスギターの叫びだ。
    「私達の歌、絶対に届けてみせるわ! さあ、こちらを見なさいっ!」
     淫魔に釣られていた男たちが振り返るのを、明日等は問答無用の『アルティメットモード』で釘付けにした。まずはよし、と心の中で拳を握る。
     今回の作戦は、いかに男たちの注意をこちらに惹きつけるかに係っているといよう。その為に、まずは音量のインパクトで注意を誘い、次に出すのは、音楽としての技巧だ。
    「みんなで呼吸をあわせましょう、明日等さん! 練習を思い出して!」
     高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)が、手馴れたピック捌きでメロディを弾き出す。出だしなのでまだまだ複雑な進行はないが、ここでトチッてしまえば一気に観衆は興味を失うだろう。
     だから妃那は、一音一音のハーモニーに細心の注意を込める。
    「期待させるんです、すごい曲が始まったんだって……!」
    「では、そのご期待に沿えるよう、ボクもがんばるであります!」
     ハイテンポに始まった灼滅者たちの音楽。そのイントロを飾るべく、ヘルメットを被ったヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)が颯爽と躍り出た。
     彼女はブレイクダンスを担当するダンサーである。エントリーもそこそこに、さらなる注目を集められるよう、大技であるウィンドミルを試みる……が。
     ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!
    (「あ痛たたたたたたくないでありますっ!」)
     ウィンドミルとは、背中や肩を軸にしてコマのように回るアクロバティックなムーヴであり、今回の会場である岩礁は当然表面が硬くゴツゴツしているわけであって、本人は我慢したがこれが非常に痛い(ダメージはないが)。その甲斐があったことを祈ろう。
    「……よくやった。よくやったぜヘイズ! アリガトな!」
     と、大神・月吼(禍憑に吼える者・d01320)が声を掛ける。彼の担当はベース、メロディラインを最下層から支えるリズムマスターである。
    「もっとテンション上げろ! テメエらの感情を吐き出しやがれ!」
     ベースを演奏しながら、ギターのエリアに近寄って煽る月吼。本番は緊張感が違うなと実感したところで、自分の中にあるリズムを紡ぎ出していく。それが同時に、灼滅者たちのリズムともなるのだ。
     月吼にウィンクを返しながら、3人目のギター担当である柿崎・法子(それはよくあること・d17465)はピックを支える指先に力を込める。常時手袋を装着する彼女が、十全にギターを弾けるようになるまでには、相応の努力があったのだろう。
    「今日の為に練習してきたからね。助けられるように演奏しないと!」
     法子はイントロ終わりのトリルをテクニカルに乗り越え、一息吐く間も無く、曲はAメロへと流れていく。淫魔たちの演奏がどうなっているのかは気になるが、今はそちらに耳を傾けていられる余裕はない。
     ぽん、と。
     ビハインド『揺籃』の手に、奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)は馴染みの鞠を投げた。
     にこりと微笑む揺籃に、烏芥は一言、舞え、とだけ告げて、――歌う!
    「大地に足立て 此処を踏みしめて
     両の眼で見定めろ 己自身の居場所を」
     冷めた身体に、熱が走っていく。片時も離れることなく、しかし近すぎることもなく踊る揺籃に浮かされたのか、自分のらしくない調子を今は是として。
    (「ユリカゴ――」)
     烏芥は決めていた。
     あれの亡くした歌声歌舞は、代わりに私が務めようと!
    「盛り上がってきたっ! 続くぜ嵐。俺らのコンビネーション、見せてやろうぜ!」
    「それはいいけど、あたしらのやるのは声楽三重奏だ。忘れるなよ御伽」
     野乃・御伽(アクロファイア・d15646)と杠・嵐(花に嵐・d15801)のコンビが、ついに参戦した。先に歌う烏芥の熱を踏襲しつつ、さらに高位のシンフォニーへと引き上げていく。
    「魔海の愛に 飼い慣らされるな」
    「その誘惑の先に 未来はない」
     御伽が地を走るように歌えば、嵐が宙を滑るように続く。
     歌う二人の追い付きを知って、しかし烏芥は振り向かない。
     同じ場所から、三人は力を一つの声に束ねていく。
     ――そしてここからが、いわゆるサビの部分だ。アルティメット、ゴージャス、スタイリッシュ、ダイナマイト……あらゆる『モード』を発動させて、畳み掛ける灼滅者たち!
    「闇の女 甘い囁き キミのホントはそこにはない
     見つけるのさ 思い出して 果断に咲いた花の様に――」
     御伽と嵐は同じ方を向いて、烏芥は背中合わせに全周を睨む。
     最前で指差した右手を上げていくヘイズを、妃那が足を畳んだジャンプですれ違う。
     法子と月吼の刻むリズムが曲全体を律し、その中から明日等が、届けとばかりに、観客の男たちに音楽と手を差し伸べた。
     そして、全員でコーラス!
    「「「いつか守った ひとひらの明日を!」」」
     ――オオオオォォォォ!
     男たちは、すっかりこちらに夢中になっていた。灼滅者たちが奏でるのは、『アップテンポ』で『エレクトリック』、『流行』のものと、淫魔たちとは全く逆の要素を取り込んだ曲だ。そこに精一杯の願いと魂が込められたならば、真正面からぶつかっても飲み込まれることはない!
     そんな曲を聞いて、琴弾く淫魔は、……にぃ、と嗤った。

     淫魔の奏でる魔曲。その真価が発揮されるのは、『序』を終えて『破』からである。

    ●音楽は真綿のように包むもの
     ギィイイ……ン……。
     それが、アンプの無いたかが琴の奏でた不協和音であることに、全員が一斉に気づいた。
     全員である。男たちはともかくとしても、自分たちの曲に夢中になっている灼滅者たちであれ、例外なく全員。
    「そんな……! マイクも何もないのに、どうやって?」
     その意味を、恐ろしさを知った時には、多くの男たちがそちらに引き付けられている。と、踊り子たちは身にまとう服を脱ぎ捨て、あられもない姿を晒した。扇情的に踊る彼女らの中心に、あの魔的な音を奏でる演者がいるのだ。これで注目しない方が――。
    「いえ! お色気なんかに、ボクと揺籃ちゃんのダンスは負けないであります!」
     ヘイズが、なかば陣地のようになっていた区域を飛び出した。鼻の下を伸ばした男たちと淫魔との間に降り立ち、注目を強引に奪い取る。飛び戻るヘイズに揺籃が入れ替わり、もう一度男たちの視線を自分たちに誘導した。
    「大神さん、神夜さん、高野さん! 打ち合わせ通り、ここから盛り返していこう!」
     法子はそう伝えると、一瞬の間隙を付いて手袋をはめ直す。フィット感が上がると、感情をよりダイレクトに演奏へ込められそうに思えた。
    (「いいテンションだ! だが、ちょっと走りはじめたか? 焦るのは良くねぇな」)
     と、月吼。他の仲間たちとのわずかなズレを察知して、己の演奏から芯のまとめ直しに掛かる。妃那がいち早くそれに気づくと、前だけを向いて弾き続ける明日等に正対した。
    「――!」
    「――ええ!」
     それだけで、以心伝心である。拍子にして32分の1拍以下のズレをすかさず修正し、改めて本気で音楽に没入する彼女たち。
     しかし敵も、音楽を得意とするダークネス。さらに『破』も終えて、曲調はついに『急』へとさしかかった。川の流れが、下流に行くに従って水量を増していくように、音に込められた情感の密度が桁外れに上がっていくのが肌で感じられる!
    「ねえ! 一方向だけじゃダメだわ、もっと立体的に、観客を巻き込んで!」
     という明日等の注文に。
    「そいつは難しいな! だが、やってやるさ!」
     御伽は親指を立てて応えた。肩を並べていた嵐と二手に別れると、烏芥を含めた三角形で男たちを囲みこむ。
    (「小さくまとまろうだなんて、せせこましい理屈は無視だ。あたしたちはもっと大きく、激しくなれるはずだ!」)
     と、本番の舞台でこれまでの限界を超えていく嵐。全力で歌う彼女たちに、合わせる烏芥はふと、奇妙な感覚を覚えた。
    (「こうして歌っていると、皆の演奏に、私の本当の音を引き出されるような――?」)
     なら、ほんの少し……私自身の音で歌っても許されるだろうか。

     偶然か必然か。淫魔と灼滅者の曲は、ほぼ同時にその終止符が打たれることとなった。
     余韻が消えていく中。囲まれた男たちを心配そうに、あるいは不敵に眺める視線の数々。
     そして3人の男が、永遠に人間の形を失った。

    ●悪の音楽を断て
    「シャァアアアアアアアア!」
     魚そのものとなった顔をこちらに向け威嚇する半魚人たち。生き残りの男たちは、その光景に恐れをなして逃げていった。灼滅者たちは、彼らの逃走経路を邪魔されないよう動き回りながら、そして淫魔と相対する。
    「――さて、前座は終わりだ。本番行くぞオラ!」
     半魚人となった彼らの人間性を完全に奪い取ったダークネスへの怒りを、月吼は拳に握りこんだ。
     岩礁を蹴り、首魁であろう琴弾きの淫魔へと向かう。月吼が振り上げる抗雷撃は、しかしある半魚人の身を挺してのカバーに防がれた。
    「駄目です……諦めないで、どうかまた、人間として……!」
     烏芥は呼びかけを続けるが、聴く耳を持たないのか、半魚人たちは諸手を挙げてこちらに突っ込んでくる。揺籃がそれを軽やかにいなすと、烏芥は神霊剣の一閃でこれを斬り捨てた。
    「あな憎らしや、人間ども! その喉掻き切られ、陸の上で溺れ死ぬとよいわ!」
     琴弾きの淫魔が呪いの言葉をつぶやくと、豊満な淫魔がこちらに飛び込んで、周囲に爪の斬撃を振り回す。受けた御伽を別の細身の淫魔が押し倒し、その腹にゆっくり貫手を刺し込んだ。
     ズブ……ブ……ぐち。
    「痛いか、恐ろしいか? 慈悲はやらぬ、このまま死ぬまで幾たび刺し貫いてやろう!」
    「ハ。何言ってやがるストリップ女。てめー相手じゃ興ざめなんだよ」
     御伽はくるりとマウントから抜け出すと、驚く淫魔を尻目に、残る半魚人をクロスグレイブで思いっきり張り飛ばす。退屈そうに傷口を抑える彼に、妃那がエンジェリックボイスの治癒を施した。
    「サイキックの歌なら任せてください! ええ、サイキックの歌なら……」
     あまり突っ込まれたくなさそうに語るので、一同その辺りはスルー。気を取り直して、と、ヘイズが緋牡丹灯籠を振りかざした。
    「さあ、ボクの灯篭は一味違うでありますよ。九条葱宗、即ち葱坊主の花の炎!」
     と、磯の香に負けぬ香ばしい葱の芳香を引いて、ヘイズの炎が琴弾きの淫魔を取り囲む。取り付いたそれらは瞬く間に、淫魔を焼き焦がしていった。
    「ギャァアアアアアアアアア! おの、おのれえええエエエ!」
     絶叫にその身を癒していく淫魔。それでも肌のあちこちが燻っているそれに対し、法子がバイオレンスギター片手に歩み寄る。
    「ギターでね、人を殴るなって言われそうだけど、知らないよボクは……レーヴァテイン!」
     振りかぶったギターに炎を纏わせ、法子は淫魔を思いっきりブン殴った。相当な手応えがあったのだが、ネックどころかペグにすら歪みは無い。さすがは戦闘用ギターである。
    「リンフォース! 出番よ、みんなを守りなさい!」
    「にゃおんにゃおーん!」
     明日等のウィングキャット『リンフォース』が、いつもの毛糸玉を抱えたま味方のガードに回る。明日等本人はダイダロスベルトを槍と変え、琴弾きの淫魔を貫きにかかった。
     ……ざん。
    「おや」
     嵐が短くつぶやいた。琴弾きの淫魔が事切れると、彼女は狙いを別の淫魔に変える。
    「案外呆気なかったな。さて、打ち合わせだと次は、そこのメディックタイプか」
    「!」
     豊満な淫魔は咄嗟に間合いを離そうとするが無駄なこと。クロスグレイブからの光弾が直撃し、淫魔はその邪悪な本性ごと氷像へと固められていった。

    ●戦い終えて、海
     仲間が全て灼滅され、残された細身の淫魔は、ほぼ戦意喪失状態であった。後ずさりをはじめ、海に逃げ出そうとしたのだろうか。
    「ユリカゴ、処分しろ」
     そこを揺籃が捕まえて、至近距離からの霊撃で文字通り海の藻屑とする。あの歌から少し様子の違う主の身を案じてか、すぐに戻ってくるビハインドに、烏芥はなんでもないと手を振った。
    「終わったか。結局、救えたのは7人か……多いのやら、少ないのやら」
     と、月吼は疲れた指を組んで身体をほぐす。凝った節々が、音を立てて直っていく。
     淫魔たちの音楽は、説明にあった通りの恐ろしいものだった。それを相手に、出来る限りの全力を叩きつけることはできたと思う。それでも、と考えてしまうのは贅沢だろうか。
    「ああもう、まだ足りないわ……! さっきの人たち、追いかければ追い付くかしら?」
     明日等はいまだ興奮冷めやらぬといった状態で、しかしもう観客がいないことを心底残念がっているようだ。こういうのもジレンマというのだろうか、武者震いのようなものを止められない少女を、ヘイズがまあまあとたしなめる。
    「いやあ、さすがにもう安全な所にいると思うであります。そっとしておこうでありますよ」
    「それもそうか……で、アンタ。アレ本当に痛くなかったの? ウィンドミル」
    「――正直に言いますと、2度は御免であります」
     暗い表情になるヘイズの肩を、明日等は労いの意味を込めてぱんぱんと叩いた。ほぼ追撃と同義であった。
    「……大淫魔サイレーンの配下。あれは例の冒涜的な呪文を唱える系統だったのでしょうか?」
    「ん、なんのこと?」
     妃那の言葉に、法子が気づいて問う。妃那が説明すると、法子の方も心当たりがあったのか、うんうんと頷いた。
    「あー、あの神話……。それもだけど、この件についてはもっと情報が欲しいな。あの人たちが残ってたら、ボク、話を聞いてみたかったんだけど」
    「皆さんの安全が第一ですから、仕方ないです。他の灼滅者さんからの報告も上がってくるでしょうし、今の所はそれ待ちでしょうか」
     大淫魔サイレーンは、謎だらけのダークネスである。これからまた、多くの情報の精査が必要となってくるだろう。やる事は山積なのだ。
    「――さすが。嵐、歌上手かったぜ」
    「御伽もまあ、割といい線行ってた。合格だ」
     と、御伽と嵐はまず拳を突き合わせ、お互いの健闘を称える。おりしも夜の潮風が吹き始め、熱くなった心と身体を冷ますにはもってこいの夜となった。
    「だろ? 嵐にゃ俺、負けてらんねーって」
    「そんな御伽に、よく烏芥が合わせてくれたな。後で礼を言っておけよ」
     へらりと笑い誇る御伽に、嵐が水を差すような軽口を叩く。二人はまたニヤリと笑いあって、反省会はおしまいとばかりにハイタッチ。
     その爽快な、乾いた音を一つの区切りとして、灼滅者たちは学園へと帰還していくのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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