三重奏、美しく儚くも無く

    作者:陵かなめ

     風そよぐ夜の波打ち際。三人の老婆がふらふらと海の中へと進んでいく。
     その足取りは弱く、歩き進むことさえ大業に見えた。
     それでも三人は膝の深さまで海に入り、そして祈り始める。
    「サイレーン様、このわたくし、黒紅ペグにあの頃の美しさを、取り戻してください」
    「サイレーン様、栗梅・アジャスター・駒子ですわ。どうか、どうか、あの頃の美貌を取り戻させてくださいませ」
    「サイレーン様、糸巻枕子は、あの美しかった私を取り戻して欲しいのです」
     口々に己の願いを口にし、一心に祈り続けた。
     波は幾度と無く打ち寄せ、時間が過ぎていく。
     その祈りの時間はしばらく続いた。
     そして。
    「ああ!」
     老婆が歓喜の声を上げる。
     海がピンク色に光ったのだ。
    「私の姿が、肌が、髪が!」
    「ああ、この手、この頬、この腕の力!」
     祈っていた老婆達の姿が変わる。彼女達は次々に闇堕ちし、若々しく美しい淫魔に変貌していった。
     
    ●依頼
     教室に集まった仲間達に向け、千歳緑・太郎(高校生エクスブレイン・dn0146)が説明を始めた。
    「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されたんだよ」
     そして、その事件の一つとして、一般人が海に呼び集められ、一斉に闇堕ちする事件が発生しようとしているというのだ。
    「今回は、三人の楽器演奏者のおばあさんの事件なんだ。若い頃は各地で演奏会を開いていた、弦楽器の演奏者達だよ」
     ヴァイオリンと、ヴィオラと、チェロ。美しい三人の奏でる音楽は、人々に愛されていた。それだけならば良いのだが、三人は、演奏後寄ってきた観客の男性を手玉に取り、その財産を根こそぎ奪い取ってきたのだ。男性が家族を失い、生きる寄る辺を失い、全ても失ったとしても、三人には関係の無いこと。獲物の財産を全て奪いつくすと、次の土地へ移るだけだったと。
     三人は、老後の蓄えなどせず、湯水のように好き放題男性の財産を使っていた。けれど、やがて歳を取り容色が衰え、栄華から没落していったのだ。今は三人に貢ぐ男性は居ない。その没落は必然だった。
    「今回、淫魔化することによって、全盛期を超える美貌を手に入れて、おばあさん達は過去の栄光を取り戻そうとしているようだね」
     以上の状況を説明し、太郎はこう付け加えた。
    「それから、闇堕ち直前に現場へ到着することはできるよ。でも、攻撃を仕掛けようとしたら、防御本能からすぐに闇堕ちしてしまうんだ。だから、闇堕ち前に攻撃することはできないよ」
     次に、闇堕ちする三名の詳しい説明があった。
     ヴァイオリン奏者の黒紅ペグ(くろべに・―)は、主に言い寄ってきた男性の財産で宝石を買い漁ったようだ。飽きたものは簡単に捨ててしまった。現在は、昔培った宝石の知識で、若い女性が持つ宝石を蔑み罵るのが唯一の楽しみだ。
     ヴィオラの栗梅・アジャスター・駒子(くりうめ・―・こまこ)は、お金を使うのが大好きだった。獲物の財布から札束を貰い受け、目に付いた洋服やバッグを全て買い求めたと言う。そして、購入した品物には興味を失い、ぞんざいに扱ってすぐにダメにした。現在は、ビンに入れた十円玉を眺めてはため息をつき、たまにビンを割ってストレスを発散する日々だ。
     チェロの糸巻枕子(いとまき・まくらこ)は、とにかく他人の物を欲しがった。手に入れた財で金に物を言わせ、女も男も、服も宝石も、とにかく他人が所有するものを奪った。奪われたものが傷ついたり泣いたりすると無上の幸福感を覚えたという。現在は、古びた家の窓から、幸福そうな通行人を睨み付けて一日を過ごしている。
    「説明した通り、戦闘を仕掛けたりESPをかけたりすれば、すぐに闇堕ちして戦闘開始となってしまうんだ。けどね、海がピンクに光るまでに説得は可能だよ」
     うまく説得する事ができれば、闇堕ちを防ぐことができると言うのだ。
     しかし、彼女達は元々悪徳を積んだ人間だ。しかも、衰えた美貌を全盛期以上にしてくれるという、サイレーンの呼び声に対抗する事は困難だろう。
     説得の難易度は高い。
    「戦闘になれば、三人はサウンドソルジャー相当のサイキックとバトルオーラ、契約の指輪を使って攻撃してくるよ。十分注意してね」
     最後にと、太郎は皆の顔を見回した。
    「三人が祈り始めてから海が光るまで、全員を説得するのは難しいかもしれないよね。でも、もし一人でもうまく説得できれば、敵の戦力をかなり減らせるよ。勿論、説得せずに正面から戦っても良いと思う。それはみんなで相談して、やり易いようにしてね。どうか、気をつけて」
     そう声をかけ、説明を終えた。


    参加者
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    水野・真火(水炎の歌謡・d19915)
    フィアッセ・ピサロロペス(ホロウソング・d21113)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)
    白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)
    ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)

    ■リプレイ

    ●海辺
     生暖かい風が頬を撫でる。
     詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)は風になびく髪を片手で押さえ、現れた老婆達を見る。歩く姿も、そして身形も、落ちぶれた老人と言う印象だ。
     彼女達が過去に行ってきた事は、眉をひそめられるような事ばかりだ。
     誰かを、しかも故意に傷つけてきたのなら報いを受けるべきなのだとも思う。いや、今ある日々が、確かに報いと言えるかもしれない。
    (「……ですが、私にはただ、満たされた事の無い哀れな女性達にしか見えません」)
     沙月は思う。
     このまま灼滅をして、命を奪われる事は、できれば避けたいと。
    「男を手玉にとって、散々甘い汁を吸った挙げ句このザマか。やりきれねぇなぁ」
     近くで身を潜めていた北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)が呟いた。
     老婆達の曲がった背中はとても小さく見える。
    「祇園精舎を少し思い出しました」
     葉月の言葉に耳を傾けながら水野・真火(水炎の歌謡・d19915)も海に向かう老婆の背中を見た。
     いくつになっても綺麗なままで。
     そう思うことは、けして悪いことではないと思うけれど、と。
     重そうな身体を引きずるようにして、老婆達は膝の深さまで海に入った。そして、祈り始める。
    「歳食っても綺麗な人だって世の中には多いんだけど、今の自分を直視しない人間が綺麗なままでいられる訳ないわよね」
     ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)が白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)を見て肩をすくめた。
     歌音はしばらく難しい顔で押し黙っていたが、そのタイミングで顔を上げた。
    「やって来た事思うと思いっきりぶっ飛ばしてやりたいけれど……演奏で感動をさせる事は出来た。それならまだ僅かでもいい所はあるかもなんだよな?」
    「そう、かしら?」
     ウィスタリアは、磨く努力をしない人間が醜く老いる事に同情はしない。
     けれど、あの老婆達は、報酬の発生するレベルの腕を持っていたことも確かだ。そこだけは素直に尊敬したいとも思う。
    「そのままでも愛される可能性を取り戻す機会、気づかせたい!」
     祈り始めた老婆に向かって歌音が歩き始めた。ウィスタリアもその後に続く。
     このまま放っておけば、彼女達は若く美しく、闇堕ちするのだろう。
     フィアッセ・ピサロロペス(ホロウソング・d21113)は少しだけ昔のことを思い出していた。だからこそ、目の前の老婆達を強く否定することはできない。
    「フィアッセ達も参りましょう?」
    「それじゃあ、まずは説得を試みましょうかね」
     頷いて、若桜・和弥(山桜花・d31076)が立ち上がった。
     その言葉に促されるように、皆も老婆達へと向かう。
    「本当に熱心に祈っていらっしゃいますね」
     ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(白と黒のはざまに揺蕩うもの・d33129)は皆に歩調を合わせながらも、老婆達の姿をじっと観察していた。
     その言葉通り。
     老婆達はただただ熱心に、海に向かって祈りを捧げていた。

    ●説得
     灼滅者達は力を使わぬよう注意しながら老婆達に声をかけた。
     貴方達は、演奏者としての力があったはずだと。美貌だけではない、演奏会を開くほどの何かを、振り返って欲しいと。
     ウィスタリアや歌音が説得した。
     今からでも音楽に向き合えば、宝石もブランド品も、また手に入れる事ができる。歳を取ってからも活躍している演奏家も沢山居るはずだ。歳を取ってからの貫禄や艶だってあるだろう。
     真火と葉月もそう言って、老婆達を引き止める。
    「楽器の腕でセレブなパトロン捕まえる手もあるんじゃない?」
    「そんな事、美しくなればもっと叶うさ」
     ウィスタリアの言葉に、枕子はそれだけを言って、また海に向かって祈り出した。
    「美しさが全てという訳ではないんじゃないですか?」
     真火は祈り続ける老婆達に言葉を投げかけた。
    「昔は純粋に音楽を愛していたのではないのですか?」
     宝石も、ブランドの品も、今からでも音楽と向き合えば、また手に入れられるものだと思うから。
    「煩いね。愛だけで、金が降ってくるもんか」
    「演奏はそれなりになったさ。でも、一世を風靡することは出来無かった。上手に成れても、一番に成れない。はは。結局、頂点には届かなかった。だが若さが、美しさがあれば、お金は手に入るんだよ」
    「最近、楽器を弾いたことはありますか。触れていないのならば弾いて見ては如何でしょう」
     フィアッセもゆっくりと、柔らかく言って聞かせる。貴方方には死ぬまで音楽があるのだからと。
    「それは、若い者の言い様だよ」
     駒子が深くため息をついた。
    「いいえ、今若かったとしても、何十年かしたらフィアッセたちも同じです」
    「祈れば若さを取り戻せるんだ。こんな良い話は無いよ」
     灼滅者と老婆達と、うまく話に折り合いをつけることができぬまま、時間は過ぎていく。
    「突然現れて何を言っているんだこの胡散臭い餓鬼共は、と。そうお思いかな」
     時間が過ぎれば全員が闇堕ちしてしまう。しかし、和弥の言葉が流れを変えた。
    「なるほど道理だ。で、それを言ったらサイレーン様も大概じゃない?」
    「どう言う事だい?」
     駒子が少し興味を示したようだ。
    「例えば貴女に、人を若返らせる力があったとして、どう使うだろう」
    「は?」
    「赤の他人に分け与える? 無償で? ……本当に?」
    「そんな勿体無い事、するはずが無いじゃないかい」
     何よりお金が好きな駒子はすぐに首を振った。だって、きっとその力には莫大な値段が付く。
    「搾取の構造なんて他人より詳しいだろうにさ」
     冷ややかに和弥が指摘する。ペグと枕子は互いに顔を見合わせた。
    「貴方方は騙されています」
     フィアッセが再び訴える。
    「確かに外見は若返ることも、美しくなることもできます。けれど貴方方の意識は乗っ取られて、いずれ消えてしまうのですよ」
     どうしても、目の前の老婆達を強く否定はできない。
    「消える?」
     流石に、動揺したようだ。
     今までのやり取りを見ていた沙月は思った。やはり彼女達は、満たされたことの無い哀れな女性達にしか見えないと。
     本当に欲しかったのは、お金や美しさだろうか?
     ただ満たされなかったから、それらに執着しただけでは?
    「仮に仮初の美しさを取り戻したとしても、得られるのは安息の日々ではなく」
     沙月の瞳は真っ直ぐ老婆達を見ている。
    「いつか必ず私達に殺されるという恐怖のみですよ」
     老婆達は、眉をひそめ黙り込んだ。
     そこで、仲間と老婆達のやり取りを聞いていたウィルヘルミーナが前に出た。
    「そもそも貴方たちはどうしてここに来たのですか?」
    「どうして、とは?」
    「どうしてサイレーンに祈りを捧げる気になったのですか?」
    「そりゃあ、若さを取り戻してもらうためさ」
     その為に、ここへ来たのだと言う。ウィルヘルミーナは、それ以上の情報を引き出せそうにないと感じ、一旦引く。
     同時に、ふらふらと駒子が波打ち際まで歩き始めた。
    「やっぱり、おかしい。……そうだ。何の対価も……無く、……そんな大きな力を使うはず、無い……!」
     他の二人は、その場を動かない。これが、分かれ道となった。

    ●変化
     その時が来た。2人の老婆の姿が劇的に変わっていく。
    「私の姿が、肌が、髪が!」
    「ああ、この手、この頬、この腕の力!」
     そして、2体の淫魔が歓喜の産声をあげた。
    「いい年して、ヒトとしての生を棒に振ってんじゃねぇ!」
     すぐに葉月がカードを構える。こうなってしまっては、もはや説得は不可能。
    「Are you ready?」
     力を解放し、仲間達を見た。
     灼滅者達もそれに倣い気持ちを切り替える。
    「こちらへ。安全な場所までお守りします」
     沙月は闇堕ちしなかった駒子に走り、手を伸ばした。
     老婆はよろよろと海から出たが、走って砂浜を逃げるなどとてもできそうに無い。
    「うーん。走れそうに無いですな。手を貸したほうが速いね」
     そう言って、和弥も老婆の側に付く。2人の背後では、戦闘が始まっていた。
    「……こうして被害者が出てしまうのは、封印を解いた私達の責任、なのでしょうね」
    「え? 何か?」
    「いいえ。さあ、こちらです。どうか、戦いに巻き込まれませんように」
     沙月は小さく首を振り、そっと視線だけ淫魔へ向ける。
    「あはは。さあ、跪け!」
     黒紅ペグだったモノは、大きく海を蹴り、距離を詰めてきた。両手を伸ばし、大きな動作で軽やかに舞う。前衛の灼滅者めがけ、踊りながら攻撃を仕掛けてきたのだ。
     前衛の仲間は、それぞれ敵との距離を見て、跳んだ。
    「葉月さん真火さん。皆さんも、気をつけてください」
     フィアッセは交通標識を黄色標識にスタイルチェンジし、イエローサインを前衛の仲間に向けて放つ。
    「フィアッセさんも、気をつけてね」
     フードを外し、真火が礼を言う。ウイングキャットのミシェルにメディックへ行くよう指示を出し、自分は癒しの矢を己へ向けた。
    「なるほど、もうご老体ではないようですね。けれど……無理……ですわ……。何かに、頼るだけでしか己を発揮できない貴女方など、大した力になるはずありませんもの♪」
     白と黒のドレス姿となったウィルヘルミーナが妖艶に微笑む。
     仲間を庇いながら、剣をかざした。狙うは糸巻枕子だった淫魔だ。ウィルヘルミーナの神霊剣が、真っ直ぐ敵の身体を貫いた。
    「ふ、ふはは。そんなモノでは私は死なない。ははは」
     枕子は笑いながら傷口を押さえ、もう片方の手に嵌めてあった指輪を空高く掲げる。傷口がすぐにふさがった。
    「よし、婆ちゃんは大丈夫だよな。それじゃあ」
     歌音は仲間が駒子を逃がしたのを確認し、枕子の懐に飛び込む。
    「上っ面に執着したその醜さ! マギステック・カノンがぶっ飛ばして更生させてやるぜ!」
    「何を言う!」
     慌てて飛び退く枕子を追い、更に踏み込む。
    「いくぜ!」
     オーラを拳に集束させ、何度も強く打ち付けた。
    「今の若者は金がないから、あんたらに貢ぐと変わりと無理目だと思うぜ?」
     よろめく枕子に葉月が向かっていく。一つステップを踏んで背後に回り、マテリアルロッドで勢い良く殴った。
    「っ。それなら素敵な大金持ちのおじ様からたーーーっぷり良くして頂くわ♪ この、美しい姿でね♪」
     痛みに顔をゆがめた枕子が、口元で笑って愉快な声を上げる。
    「見た目の美醜なんて皮1枚剥いじゃったら皆同じだわよ」
     説得に失敗したのなら迷わない。ウィスタリアはヴァンパイアの魔力を宿した霧を周囲に展開した。
     すでに人払いも完了している。
     灼滅者達は、淫魔を灼滅せんと向かっていった。

    ●瓦解
    「ふう。もう歩けないよ。ここで勘弁しておくれ」
     まだ砂浜を抜けていないが、駒子が座り込んでしまった。老人には、砂の上を歩くのも一苦労のようだ。沙月と和弥は顔を見合わせ駒子を見た。本当は近くの道路まで避難させたかったが、無理のようだ。ここならば、おそらく攻撃は飛んで来ないだろう。
    「それでは、こちらでお待ちください」
    「無いとは思いますが、あっちは危ないから、近づかないほうが良いよ」
     沙月と和弥は戦っている仲間の元へ走り出す。
     戦いは続いているようだ。だが、敵の1体はよろめいている様にも見えた。沙月は仲間の負傷を見て、走りながら優しき風を招き、回復の手を向けた。
    「1体は体力を減らしているようですね。皆さん、回復します」
     風が前衛の仲間を包み込み、傷を癒していく。
    「さて、それじゃあ行くかね」
     戦いを前にし、和弥は眼前で両拳を撃ち合わせた。これは、暴力に伴う痛みを忘れない為のルーティンだ。例え好ましからざる者であっても、心置きなく殴って良いとは思っていない。
     弱っている枕子に飛び掛り、杖に穂先を形成し抉った。
    「ぐ、ぁ、わ、わたしの、身体が?!」
     離散していく身体を掻き集めるように身体を抱き、枕子は呻き声を上げる。
    「貴女方とサイレーンへ、魅せて差し上げますわ♪ 自分で築き上げた優雅さと力強い舞踏を……」
     そこに、ウィルヘルミーナが踏み込んだ。優雅にステップを踏み、力強く手足を伸ばす。情熱の篭った踊りで確実にダメージを与え、ついに敵の体を消し飛ばした。
    「あは。なぁんだ、枕子、崩れちゃったの♪」
     それを見て、ペグが甲高い笑い声を上げる。
    「気分はすっかり淫魔のようだね」
     真火はそう言って、美しい、聖歌のような歌を歌い上げた。
     同時に仲間達が攻撃を叩き込む。
    「……ああ、胸糞悪い」
     ウィスタリアが小さく呟いた。
    「どうした?」
     隣を走っていた歌音はちらりと視線を流して首を傾げる。
    「何でもないのよ、歌音ちゃん。さあ、行くわよ」
    「よしっ、続くぜ」
     ウィスタリアが淫魔の胸元を狙い、指差した。そこから切り裂くように赤きオーラの逆十字を出現させる。ペグの身体が裂け、どろりと血が流れた。
     続けて歌音がリングスラッシャーを飛ばす。
     灼滅者達の攻撃が次々に命中し、少しずつペグの体力を削った。
     だが、今なお淫魔になった老婆は、楽しそうに攻撃を繰り出し、踊り歌っていた。自らの血飛沫が周辺へ飛び散るのさえ、愉快な目で見ている。アレはもう、人間とは言えないのだろう。
     フィアッセはそんなペグの様子を見ていた。
    (「フィアッセが遙か未来に年老い衰えたとき、同じ誘惑を受けたら」)
     と、考えてしまう。
    「フィアッセ、大丈夫か?」
     フィアッセの様子に気づき、葉月が声をかけた。
    「はい。フィアッセは大丈夫です」
     今の所、淫魔が逃げる様子は無い。ならばと、2人はタイミングを合わせて踏み込んでいく。
     フィアッセは敵の自由を奪うように攻撃を叩き込んだ。
    「ぐ、あ、あは。わたし、私」
     最後に、葉月がペグの前に躍り出た。
    「サイレーンなんてチートな手段に頼ってんじゃねぇよ」
     歳を取っても活躍しているセレブは沢山居る。それなのに、と。足払いをかけ、軽く敵の体勢を崩してやる。出来た隙を見て、苛烈な閃光百裂拳を叩き込んだ。
     淫魔の身体が吹き飛び、波打ち際に転がった。
     暗い海辺に派手な水しぶきが上がる。
     次に見た時、ペグの身体は崩れ去り、消えていった。

    「大丈夫だったか? 演奏聞かせてくれよ! 周りを感動させた演奏なら楽しみだぜ!」
     戦闘が終わり、歌音は呆然と座り込む駒子に声をかけた。
     駒子はのろのろと顔を上げる。
    「老いて、もう楽器の構えを長時間、保てないのさ。だが、気前良く公演料をくれるなら、聞かせてやっても良いよ」
     どうやら、駒子はビンに入れた十円玉を眺める生活に戻ることが出来そうだ。
     淫魔が消えた海では、ウィルヘルミーナが老婆がそうしていたように祈っていた。
     これは、サイレーンの望んでいた事なのか、個々の暴走か。
    (「一度、あなたとお話ししたいですわ。私の望みを、聞いていただきたいです……」)
     心の中で問いかけてみたが、誰の返事も無かった。
     ともあれ戦いは終わり、灼滅者達は学園に帰還した。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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